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枝村委員 説明を求めても、国が建てたコロニー
施設はいまのところないのですから、ほとんど
民間あるいは財団法人ですか、そういう法人でつくっている
施設だけだから、なかなか答えはないと思う。ただ、高崎で今度コロニーと称するものをつくるということに初めて国が乗り出したということなんです。それで、
日本においては、結核患者あたりがなおらぬままに外にほうり出されておる、そうしてあすから生活ができぬ、だからそういう
人たちが集まって集団生活をしようというところから出ておるようであります。これは大臣もよく知っていらっしゃると思う。特にこの周辺の大宮工場から客車をもらって、その中で集団でというのが最近まであったわけです。そういうのが始まりでありますが、しかし、これに対して国や地方公共団体は、生活
保護法によって確かに生活の
保護だけは与えておったようであります。しかし、そのほかの一切のめんどうは見ておらぬというのが、今日のいきさつの中の状態ではなかったかと思う。
そこで、私
どもが一番
関心を持つのは、国際的に進んだところを見てまいりますと、イギリスの例が非常にいいと思うのです。これはただ単に、先ほどあなたが言われたように、長期に居住し、そうして全人格的市民生活を行なうために、
地域社会で、かつ生活共同体としての性格を有する総合的な
施設ということではなくて、そういう世の中の見捨てられたということではありませんが、
身体に
障害のある
人たちが、自力ないしは
政府の
補助によって、生産手段を持って、そうしてかたがた療養していく。療養が先か、生産手段が先か知りませんが、両者が一体となってこういう
施設をつくっていく、
地域社会をつくっていく、こういうコロニーでなければならぬ。ところが、
日本の場合は、そういうのが確かにわずかはあるようで、授産場とかなんとかいってあるようですが、ほとんどがそういう生産手段を伴う
施設になっていない。その大きな原因は一体何かということをわれわれ
考えますと、やはり
政府がめんどうを見ていないからだと思う。見れば、ただ単に生活
保護法によるところのお金をちょっぴりやるというだけである。イギリスあたりでは最賃制が確立していますから、それでその
人たちを守っていく、赤字が出るならば
政府が大々的にそれを
補助していく、こういう
制度が確立しておる。それで初めてコロニーとしての存立の意義が生まれてくるように私
どもは思うわけです。ですから、
政府もいままでのようなことであってはもちろんなりませんが、そういう外国の先進国の最もすぐれた点を常に模範としながら、それを導入しながら、りっぱなコロニーをつくっていくように心がけていただきたいと思います。重症身心
障害児も、コロニーという総合
施設があるために、将来の明るい希望が持てることになるわけですから、しかも、先ほど言いましたような、そういう国の大きな力によっていくということになればたいへんいいことですから、そういう方向にひとついってもらいたいと思います。
ところが、いまの
政府の方針に対して、コロニー
関係者は非常に嘆きというようなものではありませんが、強い不満があるわけなんです。これが結局は、高崎でいまつくられるコロニーに対して、いろいろな意見が出てきておるのだというように思うのです。それを
一つあげれば、先ほどちょっと言いましたように、生産的なコロニーをつくるという意欲は
政府に全然ない。しかし、先ほど言いましたように、収容授産
施設についてはだいぶん
考えてきておるようだがという、こういうちょっぴりの希望は持っておるようであります。それとまた、福祉行政は
厚生省が
関係するが、雇用の
関係については労働省が
関係しておる。その
関係では、長野に一億円かけて大きな労災
施設ができております。そういうことでありますが、しかし、総合的な
対策がないために、その間の谷間におる
人たちは非常に不遇な目に会わされておるとか言っております。また、そういう
二つに分かれておるからいろいろなわ張り争いがありまして、先ほど言ったようなりっぱな方向に進んでいくということに、ちょっぴり足でも引っ張るような
傾向が生まれてきているのではないか。だから一元化の必要があるということを
関係者の
人たちは一生懸命言っておるようでありますから、これに対しても十分心をくんでいただきたいと思うのであります。
それから、高崎コロニーについては、
最初は非常に期待を持っておったようであります。ところが、その後、それを提唱された秋山ちえ子さんあたりも、次第に冷淡な態度に——まあ冷淡なと言うと語弊がありますが、どうも冷ややかな態度で見詰められるようになったというふうに聞いておる。それは一体どういうことかということをわれわれやはり心配するわけですね。それで、いろいろ聞いてみますと、まず、言われるのは、つくる以上は
全力をあげてその内容をよくしてもらわねばならぬが、いまのような官僚の取り扱うそういうサービスでは、ほんとうに心あたたまる、あたたかい
施設の中での待遇やその他の問題がどうも期待できない、こういうことがあるようであります。しかも国立ですから、そこの所長とかその他の
管理職に当たる
人たちはみな官吏でありますから、これはそれがふえれば、何人かがそっちのほうにまた横すべりしてえらい人になるかしれません。そういう
人たちの運営では、ほんとうに
国民が期待しておるコロニーとして運営されるであろうかという心配がまず第一にあるようであります。
それから、こういうものは一カ所に集中してつくるよりも、六十億も予算を何カ年計画かで使うならば、これはやはりいま
政府が方針を持っておりますように、各県に
一つずつつくるというほうに使ってもらったほうが価値があるのではないか、こういう意見があるようですね。これは重症
心身障害者の
人たちだけでなく、身障者の
人たちが常に望んでおるようであります。そのことは常識です。一カ所に集中するとなれば、北海道から鹿児島までみな来なければならぬ。ところが、地域でこしらえれば、その周囲の
人たちはすぐ
入所もできようし、それから
関係者、近親者が再々見舞いに行ったりなんかして、心の通ういろいろな日常生活が行なわれるし、それがささえになって患者もいい方向に進んでいく、全快の方向に進んでいくということも望まれるわけです。ですから、そういうことを
考えて、やはり地域に密着したそういう運営をする。あるいは患者とのいろいろの対話あるいは取り扱い、こういうことができるから地方につくってもらいたい、こういう希望があるわけなんです。
そういうことから、全体として熱意が当初よりきわめて冷淡になってきておるように
考えるわけなんです。ですから、
厚生省当局は、そんなことはない、
関係者はいまだに非常に熱意を持ってこれを見詰めておるというようにお
考えになるかしれませんが、あなた方に対しては、面前で堂々とそういうことはちょっと言えぬ立場にあるようです。これはもともとそういう意見にこたえてっくろうとしたのでしょうからね。ですが、この面ではそういう非常に心配しておられるという
関係者がたくさんある。特に、いままで
民間のこのコロニーや
保護施設を直接取り扱う
人たちは、とりわけそういうことを
考えておるようであります。それは単に、国立ができるから、
民間のそういう
施設を経営しておる
人たちが取られるとか取られぬとか、そういうなわ張り争いで言っておるのではない。
日本の将来のために心配されておるということをひとつ十分当局者も
考えて、この高崎につくるコロニーの建設については配慮してもらわねばならぬ、こういうふうに思っておるのですが、当局はどういうふうにお
考えになりますか。