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大橋(敏)
委員 いまのお説では、結局
昭和電工鹿瀬工場にその問題がある、責任がある、このように理解されるわけでございますが、私がなぜこのようにその問題をくどく念を押すかというと、ふしぎなことが二つあるわけでございます。その前に、要するに国の結論、このような段階でまたもやあいまいになるのではないか、このように懸念している被害者はずいぶん多いと思うのであります。そこで私は、その点で二つの事柄をあげてみたいと思います。
その
一つは、
昭和四十一年の二月二十五日に、参議院の農林水産
委員会で、私たち公明党の北條雋八氏が水銀中毒の対策の問題で
質問をしております。その当時のことが私
どもの資料にございますので、その一部を申し上げてみたいと思います。「偶発的な農薬事故による水銀中毒か。工場廃液からきた水銀中毒か。
——の論争と、共同研究のすえ、工場廃液説が有力視されるにいたった。水銀中海にかかった
患者は、最初、手足の先や口のまわりのしびれを訴えた。つぎに、目に異常が現われ、視野は紙筒から外をながめるように狭くなった。言語
障害、運動失調におちいるのに長くはかからなかった。被害は動物にもおよんだ。阿賀野川下流に大量に浮き上がったニゴイを食べたネコは、気が狂った。よだれをたらし、千鳥足でふらついているかと思うと、とつじょ、飛びはね、暴れ回り、壁に体当たりをくわせて、悶死した。部落の人たちは、漁村にネコの姿が見られなくなったことに気がついた。犬も気が狂い、カラスや豚も死んだ。」さらに続きまして、「阿賀野川異変から一年半。四十一年二月二十五日。参議院農林水産
委員会に臨んだ公明党の北條雋八氏は、農薬による水銀中毒禍対策を
政府にただしたのである。」そして、「長野県佐久総合
病院が十三部落を
調査した結果、農薬使用者の一七・二%が中毒症を起こしている。」ということについて農林
大臣等に
質問をしているわけでございますが、その内容をずっと読み上げていけばたいへん長くなりますので、この辺でその披露はやめますけれ
ども、私がふしぎに思うことは、そのときに問題にされているのは、化学の廃液ではなくてあくまでも農業用水というのが中心となった議論でございます。そしてそのあとで科学者を参考人として招いて
意見を聴取した中にも、ほとんどの
意見が農薬中心になっております。こういうところに、今回の判定が自信ある判定であるかどうか、これをひとつ心配しております。というのは、おそらくはこの
調査結果による判定によって、地元の被害者は確かに訴訟を起こすであろうと思うのです。もしこの判定が間違っておるならば敗訴になると思います。たいへんな問題がこれにからむわけでございますので、私はこのようにくどいように聞いているわけでございます。
それからいま
一つふしぎに思うことは、
昭和二十八年ごろから三十九年にかけまして起こった熊本県の水俣病の事件の際には、熊本大学の医学部が水俣病研究班を組織いたしまして、そして研究に当たった結果は、新
日本窒素水俣工場の廃水に有機水銀化合物が含まれ、それが原因であったと草間的には立証された、そしてその成果が世間には高く評価されたのである、こういうふうに聞いておりますが、しかしながら工場側では、そうじゃないんだ、旧
日本の海軍が湾内に捨てた爆薬類によるものではないかと主張いたしまして、これまたそのとき対立したわけでございます。そのためか、このときも
厚生省はこの原因について断定を避けた、こうあります。そのために、その会社となくなられた方の
遺族、あるいは
患者の間の補償問題がうやむやに終わっておるという事実があるのであります。この点についてもう一度先ほどの
調査の結果の自信の
程度、これについてはっきりした
表明をしていただきたい。