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藤田藤太郎君 そうしますと、六百三十一円の二十二日稼働で、
あと三日失保があって、そのほかどういうぐあいになるのか知らぬけれ
ども、民間で働くと、それから七百五円にしても二十日働いて一万四千円ですね、そうでしょう。そうすると二十二日働いて一万五千四百円ですか、そうして休みもあるでしょうが、民間の賃金がものすごく高いということですね、それはそうなります。そうでなければ二万という理屈に合ってこないんじゃないですか。そうしますと、あなたがおっしゃったように、
審議会を通じて、民間の賃金その他でいいところだとおっしゃるけれ
ども、それは理屈に合わぬじゃないですか。どうなっているんですか。
それから、私はもっと詳しい資料をいただきたいのですが、きょうはあまり時間がないから、きょうのところはこれぐらいにしますけれ
ども、四万五千九百五十九円というのは六大都市の四人家族の平均だとおっしゃる。四人家族の中でも、奥さんがどこかで働いて高給を取っているとか何かの条件でしょう。失対労務者がだんだんと高年齢になってきて困っているというのと対照的のこの数字じゃないですか。いいとこだけをとってこうだということにはなかなか言えない。非常にこまかいことを言うわけだけれ
ども、もっと
実態をおっしゃってもらわなければ、そんな二万何ぼでこれがいくと、たとえば失対で二十二日働いて、三十日として三日日曜を人並みに休むとしたら、
あと五日ですよ。五日というと一日千円くらいの日当で民間でもらわなければ理屈に合ってこないということにここはなるし、それから、この七百五円とか六百三十一円というのは、これは一本じゃない。婦人もあれば、年をとって労働力のない人もある人もあるはずです、失対賃金というのは。そうなってきたら、平均でこんな七百五円で見るのには少し無理があるし、四万五千九百五十九円というふうなものはどうもあな
たちょっとしろうとが
考えたって感じが出てこないのじゃないか。ここらの
実態をもっと詳しいものを資料に出してください。そうでないと、こんなところでこんな
議論してたって、私はつまらぬと思う。だから六百二十九円、平均ですよ、全国。地方へ行ったらものすごい、五百円、四百円台のところもあるのですから、そんな人がどうしてそれじゃ
生活しているか。私の聞きたいのはこれも
一つだけれ
ども、それは
生活保護と併給を受けてどうして
生活をしているかというもっと
実態を調べてもらわなければいけない。高齢でやめさした人の
生活を、
あとをどうめんどうみていくのかということをあなたのほうの行政でできなければ、
政府や厚生省に要求して
生活保護法でみてあげる、
生活していけるようにしてやるのが働いている失対労務者を管理している
皆さん方の役目じゃないですか、私はそうだと思う。私のほうは私のところの分だけで、
あとは知りませんということで、結局私のところの給付は打ち切りました、どうぞ
あとは適当なところでまた
生活の道をつけなさいというような、そういう失対労務者にそういうやり方じゃぼくはだめだと思うのですよ。だから、そこらの点もどうなっているかの資料をひとつ出してもらいたい。それで、たくさん私のところにはものすごい——これは皆さんのところにもみな来ていると思う、失対労務者のはがきが。実際の
生活をみな書いてきているわけです。テレビも買えない人もあるだろうし、子供を学校へやるのも義務教育一ぱい、義務教育も何かではしょらせなきゃどうにもならぬ。
新聞少年で盛んに
政府はおほめになります。私は
新聞配達の少年が朝早くからしっかり働いている点はほんとうに敬意を表します。感謝をいたします。しかし、そういうことを実際にせなければ、勤労奉仕の精神だけで子供は
新聞配達やっているのじない。私はやっぱり食わんがために
新聞配達をやっている
人たちが多いと思う。しかし、私はやってほしいことはやってほしいし、感謝をしていますけれ
ども、そういうものとか、最近納豆売りというのはあまり来ぬように私は思いますけれ
ども、ああいう子供にああいうことをさしてみたり、子供もみんな働きながら——働くのが私は悪いとは言いません。それは
一つの社会に出るための、学校の勉強をしながら働いてやることはいいと思いますけれ
ども、そういうことをして、失対に行く、失対に入りたい人の
生活というのは、私は悲惨だと思うのです。それが失対の労務者の平均が四万五千九百円でございますというようなことを言ったって、これは世間は通らぬですよ、ほんとうに。だがら、そこらの問題をよくやって資料に出してくださいよ。そうして私はここで失対打ち切りと、あのおもなる原因は、失対労務者が年寄りであるし、そうして労働力に転化がなかなかしにくいし、それで本人自身があまり働かぬから、そんなものは打ち切ったらいいという、私は感情的とは言いませんけれ
ども、そういう感情的な面が多分にあった、それで打ち切りをされたのだが、もっと
国民の
実態に合った私は失対
関係というものを
考えるべきだ。いま
局長は
経済の推移によって
云々という
お話がありましたけれ
ども、もっと真剣に私はその辺は
考えるべきときが来ているのじゃないか。だから、資料としてはその殺到率の問題もひとつ区分けをして出してください。各地域の殺到率、毎月
調査されているのですから、一番新しいものをみんな委員にいただきたい。それから、年齢別に分析したものもいただきたい。その上に立って私は、この失対労務者と、失対で働くところがないから働きたいという、単に
生活保護に追い込むことは政治としては一番まずいやり方だと私は思う。やはりみんな労働力を持っている、社会でやはり貢献する能力をみんな持っている、その能力を社会に使わせなければ、これは生きた政治とは私は言えないと思う。そういう意味も如えて、きめのこまかいことで
労働省は失対労務者やその他の問題をどう今後めんどうをみていくか、病気になったときだとか、それから、高齢でやめたとき、
あとのめんどうをどうみていくか、
労働省が厚生省に要求したらいいと思います。
政府に、総理
大臣に要求して、これはこうやりましょうということで閣議で
大臣がきめて
方向をつけることも大事なことだと私は思います。しかし、私は、私の見る地域が、何か知らぬけれ
どもどうも、感情的な面が先行してほっぽらかしにされているのじゃないかという気がいたすわけです。ですから、きょうはこれでやめますから、この次のときまでには資料はできるだけ早くその
関係書類全部出してください。それを
委員長から確認していただいて、そうして私はこの問題をもっと深刻に浮き彫りにしないと、やはり片一方では社会的にはもったいない、それから、片一方ではこの方
たちの
生活を見るに忍びないと、私はそう思う。それから、地方に行きますと、非常に多くの人が失対で働いて、足らぬものは
生活保護でもらっているなんという、こんな姿というのは行政としてあまり感心したものじゃない。じっとしている人が、働いて社会に貢献している人の収入で
生活する、
生活保護で足らぬものをもらっているというようなやり方は、私は感心できない。そこらの
関係もひとつ
調査して出していただきたい。お願いしておきます。