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東海林委員 いま
課長のお話を聞くと、栃木県に
豚コレラ発生以来非常に万遺憾なきを期しておったようなふうにも聞こえる点もあるのですが、私にはそうは考えられません。あなたには少し聞きにくいかもしれないけれども、直接私がこの問題にタッチした
経過を率直に申し上げます。
私は、八月十六日に韮川地区の同志のところに参りました。まず東長岡のSという
養豚をやっておる仲間のところに参りました。この農家は種牡豚、種牝豚十三頭、子豚約百三十頭くらい飼育している農家です。四年前ごろから
経営の
中心を
養豚に置いておるわけです。
皆さんの
指導を受けて、豚舎もりっぱな豚舎で、運動場も二反歩もわざわざ運動場に使っておる。私どもは前に行って、ここの豚は貧乏人の人間よりもずいぶんりっぱな家に住んでおるなと言ったくらい、りっぱな豚舎をやっております。種類も
皆さんの
指導でランドセールを入れまして、一頭何万円の優秀豚を持っている熱心な男です。行ってみたら、夫婦とも頭をかかえているのです。どうしたんだと言ったら、親豚はすでに六頭だめになった、子豚六十数頭ももうだめだ、こう言うのです。
家畜保健所からだれか来たかと言ったら、ちっとも来てくれない、何もいままで
指導がなかった。何の
病気になったかと聞いたら、いや、まだ
病気はわかりません。どうしているのかと言ったら、私のうちは、実はこの辺では一番あとから
病気が出たので、周囲ではどんどん
病気が出ておった、それで
獣医さんを頼んでも手不足でなかなか来てくれないし、またお金も高いので、私のところに相談に来るので、実は私は、いいことか悪いことか知らぬけれども、薬屋に行っていろいろな高い薬を買ってきて、どうも日射病らしいと言う人もあるし、トキソプラズマらしいと言う人もあるし、
流行性感冒と言う人もあるので、いろいろな薬を頼まれて注射しておる、こういうことでございます。奥さんが足に負傷しておった。どうしたんですかと聞いたら、うちで全財産をかけている
養豚がこんな
状態なんで、頭がふらふらしているので、つい足元が留守になり、足に竹を突き通してけがをした、こういうことであります。また、そのすぐ近くでも、主婦が
中心になって
養豚をやっていて、粒々辛苦してようやく種豚を十一頭、子豚を六十三頭飼っていた。ところが、みんなやられて、いま残っているのは親豚がたった四頭だけになってしまった、ノイローゼになってお里に帰っている、こういう例もあるということでございます。それから、少し離れたNという農家に私は行きました。この人はやはり数年前から非常に熱心にやっている人です。これは
養豚専業ではありませんが、それでも親豚五、六頭と肉豚四、五十頭を常時飼っている。これはりっぱな豚舎であります。そこへ行って聞いてみると、ここも全部やられているということでありました。
そこで、これではとても同志めぐりをしているどころではないというので、うちへ帰って局長に電話をかけたところ、局長は省議があっていないというので、
太田参事官に電話をかけました。県でもいろいろやっているかもしれぬが、私から見たら信用できぬ、
農林省での豚に関する最高の技術者を派遣してくれと要求したら、県に連絡した上でそういたしましょうということでございました。ところが、翌日、
太田参事官から私の不在中に電話がかかってきました。私は引き続き市内を歩いておったのですが、その返事によりますと、県のほうに連絡したら、県のほうからは、もう下火になって心配は要りませんという御返事でございましたので、派遣をする準備をいたしましたけれども、とりやめましたというお話でありました。私は憤慨したのであります。私は現実にきのうときょうと二日間見て歩いたが、そんなのんきな
状況じゃないじゃないか、すぐ派遣せいということでお願いしたところが、それじゃまた手配するということになった。それが十七日の話でございます。それで、十八日に衛生試験場の
豚コレラ室長の熊谷氏に来てもらったわけです。その二日目に
太田参事官に重ねて派遣を要請した際に、
地元の
農政事務所、
家畜保健所、市役所、農協、この四カ所に私のおるところで一緒に電話をかけさせまして、明日
農林省から係官が来るということを予告をいたしました。そのとき、あとで向こうの返事を秘書から聞いたところが、
農政事務所と農協のほうは、そのことは
家畜保健所がやっているからということで、きわめて無関心な態度の御返事であったわけです。いよいよ熊谷室長の来る十八日の日になりまして、到着の時間が確定しましたので、さらに私は
地元の
家畜保健所にその旨を連絡をいたしました。室長は午後二時過ぎに私のところに来られました。なぜ私のうちに来てもらったかというと、
家畜保健所の所在よりは私のうちのほうが初めて来る人にわかりやすいから来てもらったわけです。ところが、その時間になっても、私が連絡した四カ所からはどなたも一人もおいでがございませんでした。しかたなくて、私と小川という県
会議員と秘書と三人が同行しまして、先ほど申しました韮川の東長岡のSといううちに参りましたら、市の
養豚組合の連合会長外四名くらいの熱心な方がおいでになって、いろいろとお話がございました。そこにもどこからも、役所
関係あるいは農協からは一人の
関係者もおいでなかったわけです。それで、その熊谷室長の話では、どうも
農林省から聞いておった
状況と全く違う、これはたいへんだということで、非常に熱心に見てもらったわけです。
さらに、そこで二時間ばかり
たちまして、もう
一つ、今度は安良岡地区の、これはBという農家に行きました。この方は常時二百頭から三百頭の肉豚を
中心に
養豚をやっておる方です。行ってみましたら、やはり十数頭の子豚を、これは見込みがないのだというので豚舎から出しまして、木の下に金網を張って隔離いたしてあるわけです。さらに豚舎の中を見ますと、あの暑いところでございますが、豚の耳がまっ赤になって苦しがっておる。そして、われわれしろうとが見ても
病気だとはっきりわかるような豚がたくさん集まっておるわけです。そこで、今度また初めのところに引っ返しまして、どうもこれは何
病気だろうとわれわれが聞いたら、もう
自分は一見しただけで
豚コレラの疑いきわめて濃厚だと思う、こういう室長の話なんですね。しかし、まあ内臓の検査をしなければ確実なことは言えない。そうしたところが、ちょうどその日の朝、十八日の朝ですね、
家畜保健所から来て、SのうちからとNのうちからと一頭ずつ子豚を高崎の病性検討所に持っていったということが判明したわけです。しかし、Sのうちで一体どこの豚舎の豚を持っていったかということを聞いてみましたところが、一番早く、八月の初めから
病気になって、二週間ないし二十日間ぶらぶらしているが、ともかく死なない、その豚の仲間から持っていったということなんです。熊谷室長は、どうもその豚の様子とほかの豚の病状が違うという疑いを持ったらしいのでございまして、どうもあれは少し違うんじゃないか、したがって、こちらの新しいほうの子豚を持っていって病性を検討しなければならないから、ここからも一頭持っていって調べてみたい、それからもう一頭、さっきのBといううちからも持っていってみたい、こういうことでございまして、そこで、
地元の
家畜保健所長に県
会議員の小川君から電話をさせました。そのときの
家畜保健所長の御返事は、県から待機を命ぜられておるから、県に連絡した上でなければ何とも申し上げられませんというのが御返事でございました。三十分ばかり待ったけれども、何とも返事がないので、もう一度電話をしたところが、
家畜保健所長は、県とは話し中で連絡がつきません、こういう返事でありました。小川県議が憤慨しまして、県があとで文句を言ったらおれが責任を持つから、すぐ来い、こう言ったら、あなたは初めてオートバイで来たわけです。そうしてさらにさっき申しました追加の二頭を高崎の病性検討所に持っていっていただく、こういうことにしまして、同時に
農林省にも内臓を持っていきたいからということで、それじゃ晩ゆっくりひとつそれらのことは連絡してくれ、こういうことを私どもお願いしたんですが、それらの
経過から見て、私は、県なり
家畜保健所が何か
豚コレラに対して故意におそれを持っておるような感じを持ってしょうがないのです。
さらに、Nという
養豚家が私に憤慨して言うたことがあります。十八日の朝、
自分のところに子豚を持ちに来た
家畜保健所の係員が、だれが一体
東海林に告げ口をした、もし
豚コレラになった場合にはおまえがそのもとだぞ、本尊だぞ、こういうことを言われて、
自分は非常に脅迫されたような感じを受けて憤慨した、こういうことを私に言いました。
もう
一つあります。十七日の日に、私が
太田参事官に非常に強い発言をした日でございますが、夕方に、電話ですから顔はわからないのですが、県
畜産課の
家畜衛生係長から私のところに電話がありました。また晩の八時半に県の
畜産課長の名前で私に電話がございました。その
趣旨は、私も少し憤慨しておったからあまりこまかくは聞かなかったが、私が受け取った
趣旨は、県で万般の
措置は講じておりますからあまり心配しなさるな、こういう
趣旨でございました。このことは、私の邪推かもしれないのですが、何も
農林省までそんなことを言わなくてもいいじゃないか、県で始末するよという
趣旨じゃないかと思うのです。そういう点から見まして、あなたが万般の
措置を講じたというようなことを言われますけれども、私はなかなか信用できない。
またあります。十七日の日、私は細谷という
太田市内の地区、いまの韮川地区からそんな離れた地区ではございません。そこの
養豚家に念のために行ってみました。幸いそこは
病気がございませんでした。私はおまえのところ
病気がないかと聞いたら、
病気はない、
東海林さん、どこかに何か
病気が出ておるのですかというのが向こうからの反問でございました。同じ
太田地区で、
発生地区とは離れていない地区です。それが十七日の日です。あなた方が先ほど
農林省に出したのでございましょうか、私がこれをちょっと見ますと、確かに八月十七日ごろまでには屠畜場にも病豚が出て、それを調べた、しかし、それについては
豚コレラという所見はなかった、こういうことが書いてあります。私も
太田の衛生保健所にも連絡してみました。その係の話によりますと、八日、九日、十日と連続して廃棄処分の豚が出ておるわけですね。いずれも強戸、毛里田、休泊地区からの出荷豚です。それじゃおまえは
家畜保健所に連絡したのかと聞きましたら、連絡しました、
家畜保健所から
獣医も来ました。その処置はどうしたかということを聞きましたら、内臓はビニールの袋に入れて埋めました、肉は
豚コレラかどうかはっきりしませんので、冷蔵庫に入れて一応保管しております。
病気の鑑定はどうしたかと言いましたら、県の衛生部に一応内臓を送りましたが、私が聞いたところでは、まだ何ら県からは回答がございません、ただし、
太田の保健所の前に、館林の衛生保健所から県に送った分については、
豚コレラでないという決定があったそうですというのが当時の話でございました。
私はこういうふうな
状況から見て、何か
家畜保健所なり県の態度が非常に消極的じゃなかったかということを感ずるわけです。笑い話でございますが、東京から私のところに親類の娘が炊事の手伝いに来ておりました。十七日の夕方めしを食べるときに、おじさん、
太田は豚肉が安いですねと言った。何でそんなことを言うのかと言ったら、東京では百グラム五十五円するのに、
太田の肉屋に行ったら、豚肉大安売りと大きい張り紙が出て、三十九円ですよと言った。また、元市長をした私の友達が来て、
東海林さん、このごろおもしろい話がありますよと言うのです。どうしたのだと聞くと、うちに出入りしている日常非常にけちんぼの農家が、今度大きい豚を持ってきてただでくれていきましたよ、こういうことです。また、
太田市内のあちこちではこのごろ豚カツの厚さが厚くなったという話もいろいろあるのですよ。
それがさっき聞きますと、二十日に決定して殺処分を命じたのが、その日が九頭、二十一日が二百六十五頭、二十二日が百四十八頭ですよ。そんなに急に出るはずがない。それ以前から
豚コレラが出ておったはずですよ。ですのに、あなた方のほうでは、十八日以前には、いろいろ調べたけれども、
豚コレラの所見なしということがずっと書いてある。そして十八日に
農林省の
指示によってやっと調べたところが、十九日には疑似コレラになって、二十日には真性コレラになった。私は、
地元の上毛新聞並びに東京の各新聞の
地方版にこの
豚コレラの問題が毎日出ておるのを見ております。初めはたしか
皆さんのあるいは市役所等の報告を新聞記者もそのとおり受けたと思います。
豚コレラが出たのは、これは農民が申告しなかったから手おくれになった。二十日の新聞に初めて出たのですが、
太田市に豚の奇病が出た、こういうことです。従来もよく私は知っています。豚の奇病が出た、不明熱が出た、こういうことで問題を処理した従来の例を私は知っております。そして
皆さんの
説明によると、農家や
家畜商は、
豚コレラとなって移動禁止をされたり殺処分されたりすると困るので、隠すくせがある、こういうふうにみんな農民や
家畜商が悪いようなことを言っておる。
指導者側の反省というものは全然出ておらぬ。九月三日、これは最後に一段落ついたところで、
太田市役所の発表というのが新聞記事に出ておる。どういう原因かということになると、「(1)生産農家が
届け出をおこたった (2)定期
予防注射を農家がすすんでうけなかった (3)業者の貸し付け豚には、ほとんど
予防注射がうけていないため、とくに業者手持ち豚の
発生が目立った (4)市場の閉鎖、移動禁止の処置をおそれて
届け出をしぶった」などがおもなる原因である、こう書いてある。ところが、これは最後の締めくくりですが、ここに
家畜保健所長も来ているから記憶していると思うが、たしか
太田市役所で記者会見等やって、
保健衛生所長や市の
衛生課長などといろいろ話し合ったようですが、初めは、
皆さんの言うように新聞記者も百姓が悪いのだというような書き方をしておった。ところが、二十三日になりますと、何とこの上毛新聞は五段抜きで「県も知っていた?」、こういう大きいのが出ている。それから二十五日だったと思ったが、県で
家畜防疫関係のお役人さんと
畜産業者が集まって、こういうことが書いてある。そこには「二十二日から始まった
家畜衛生週間の行事として、二十四日午前前橋・農業会館で
家畜衛生県大会が
畜産生産者など約三百人が参加して開かれた」というのですが、これは二十二日から始まった週間の行事で、二十四日に大会が開かれた。三百人も集まったが、役所側からも農家のほうからも、これだけの
豚コレラについて一言も発言がなかった。
家畜衛生週間の行事の大会で、これだけの
豚コレラが出ておるのに、一言も集めたほうからも集まった人間からも発言がなかった。だから「
家畜衛生大会、反省、具体案素通り」、これも四段抜きの記事が出ておる。これは新聞記事が全部うそだとは私は考えられない。こういう点から見て、あなた方、さっきからの
農林省の
説明なり答弁も変だが、県当局の答弁も全部、何か役所のほうは悪くないので、農民が
届け出ないのが悪いのだというような
趣旨のことでは、今後一体この問題について真剣に対処するという心がまえがあるのかないのか、私はその点を疑わざるを得ないのですよ。
以上、私は
自分がこの問題に
関連したことのありのままを申し上げて、若干
皆さんに意地悪なところもあるかもしれないけれども、しかし、そういう点を申し上げないとどうもあなた方の心がまえが変わらぬと思うから、あえて申し上げるのです。私が申した事実について、何か県側と違うというような点があり、あるいは
農林省で違うという点があれば御指摘願いたいのですが、そういう点に立って、今回の問題についての反省をもう少しはっきり出してもらいたいと思います。まず、
農林省から出してください。