○鈴木力君 私は、
日本社会党を代表して、ただいま議題とされております「
国民の
祝日に関する
法律の一部を改正する
法律案」に対し、
反対の討論を行なうものであります。
わが
日本社会党は、
国民の
祝日について、基本的に、本法第一条、すなわち「自由と平和を求めてやまない
日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな
生活を築きあげるために、ここに
国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「
国民の
祝日」と名づける。」の精神に徹していなければならない。したがって、国の
祝日をきめる場合は、一片の法令等で上から押しつけるべき
性格のものではなく、まず
国民全体が念入りの論議をする必要がある。その上、真に
国民全体がこれを受け入れ、
国民生活に定着するものであることが必須の要件であり、むしろ
国民から盛り上がるべきものである。この前提に立って、二月十一日の紀元節の日を建国記念日とすることは、何らの歴史的根拠もなく、八紘一宇式の軍国主義、天皇制復活につながる危険性がきわめて強く、平和、主権在民の基本的人権尊重などを理念とする
日本国憲法と相いれない、時代と逆行するものである。したがって、諸外国では、ほとんどの国が近代国家成立の日をそれぞれ建国または独立の記念日としているごとく、もし
日本が建国記念の日を
決定する場合は、
日本が、天皇主権と軍国主義が否定され、その反省の上に立って、自由と平和、主権在民、基本的人権尊重などの理念を明確にした近代国家として発足した日、すなわち
昭和二十二年五月三日、憲法施行の日とすることがふさわしい、という
態度を明らかにしてまいったのであります。この
立場から、本法案の
政府原案に対し、強く
反対してまいったところであります。
この際、二月十一日の紀元節と建国記念の日の
関係について、さまざまな議論がありますので、もう少し詳細に御
説明申し上げたいと存じます。
政府が提案理由
説明の中で、「との日を二月十一日といたしましたのは、この日が明治初年以来七十余年にわたり
祝日として
国民に親しまれてきた伝統を尊重したからであります。」と述べておりますが、この発想について疑義があるのであります。はたして、そのとおりに
国民は親しみ、また祝ってきたでありましょうか。紀元節は、官庁、
学校等の公式の場には一つの式典として存在したことは事実であります。しかし、それは
国民の
生活になじんだのではなく、
国民は、官庁、
学校の一行事として
理解しても、
日本の国の創業の日として祝う意識はなく、その
生活とは無
関係であったのであります。それのみではありません。戦前は、たとえば明治時代、紀元節の制定は天皇制確立の手段として使われ、日清、日露両戦争をはじめとする
日本人の戦意高揚の具に供せられておりました。それが、大正、
昭和に及ぶにつれて、この傾向はさらに強められ、
昭和十年代には、八紘一宇のスローガンの示すように、建国の神話が戦争の理念となり、
国民をいや応なしに戦争に
協力させるために大きな役割りを果たしたことは、あらためて申し上げるまでもない事実であります。このことは、
昭和十五年二月十一日、建国二千六百年記念祭において、「今ヤ非常ノ世局ニ際シ、斯ノ紀元ノ佳節ニ當ル。爾臣民、宜シク思ヲ神武天皇ノ創業ニ騁セ、」、「和衷戮力、益益国体ノ精華ヲ発揮シ、」云々との詔書が出され、戦争を戦い抜くことが強調されたのであります。そして、翌
昭和十六年、アメリカに宣戦の布告をしたことをもっても明白でありましょう。終戦までの
日本国民は、忠君愛国という美名のもとに、国の威令には
批判を許されず、盲目的に信じ込まされ、隷従をしいられてきて、
国民の幸福と
生活を奪う手段の一つとしての紀元節の公的な形式的な行事を、冷たく見つめていたにすぎないと言えるでありましょう。
昭和二十五年二月十一日の朝日新聞「天声人語」に、「二月十一日の昔の紀元節には、「雲にそびゆる高千穂の、高嶺おろしに草も木も、なびき伏しけん大御代を……」と歌ったものだ。権力と武力の山おろしに、民草がなびき伏し、風雲急なりと見るや、これを免れぬ運命だとあきらめ、たあいもなく、なびき伏す姿勢をとって、太平洋戦争にまき込まれていった経験は、高千穂の神話でなく、ついこの間のことである」云々としるされております。敗戦の痛手もいまだいえきらない当時の
国民感情の一端が、ここに集約されていることを、強く感じます。多くの
国民は、紀元節の国家行事が
国民の
生活になじみ、祝うどころか、雲にそびゆるの歌は、なびき伏す民草の悲哀の歌であったのであります。これをどうして
国民に親しまれた日ということができましょうか。また、終戦後二十年を経て、いわゆる紀元節に親しまなかった三十歳未満の
国民は、
日本の全人口九千八百有余万中、実に五千六百万人いるのであります。
国民の五五%以上が紀元節と無
関係の
国民であることを思えば、それが
国民の
意思であるかのように言う言い方は、少数の懐古趣味の
国民の代表意見ともいうべきでありましょう。私は、この原案の発想は、「親しまれ」、「伝統を尊重し」という
ことばの陰に、やはり当時の権力支配、軍国主義へのあこがれが根底にひそんでいるものと思えてなりません。
また、神武天皇は史実の人でなく、神話の存在であることは、本院文教委員会における参考人のひとしく述べたところであり、
国民の常識であります。
日本が国家の形態をなしたのは、三世紀末から四世紀の初めであるということも、一致した学者の意見であります。これに対し、建国の日は後世であっても、神話で長く伝えられてきた神武天皇即位の日を建国記念の日として祝うことは、何らの矛盾がないという議論があります。建国の日は別に存在することが明らかでも、神話を信ぜよという議論は、まさに小
学校の児童にも通用しない噴飯ものと言うべきでありましょう。また、キリストの誕生日が史実で明らかでないのに誕生日として信じているがごとく、神武天皇の神話を信じ、建国の日として祝えという議論は、宗教と
国民の
祝日の意義を混同した議論であり、かつての戦争を、時代の社会的背景によるものとして是認し、今日の社会と矛盾しないという説とともに、
日本国憲法を否定する暴論であるのであります。だからこそ、終戦と同時に、自由を獲得した
日本国民は、事実無根の神話から出発し、天皇制確立と戦争推進の手段として使われた紀元節を、厳粛な反省の上に立って廃棄したものであることを、銘記しなければなりません。以上述べました趣旨によって、わが党は、本法案の
政府原案が二月十一日を建国記念の日としておったことに強く
反対してまいったのであります。
さて、本法案の
審議の経過については、各位の御存じのとおり、山口衆議院
議長のあっせんによって、衆議院において三党申し合わせに基づき共同修正がなされて、本院に送付されてまいりました。わが党は、この申し合わせと修正の趣旨に幾多の疑問点がありましたが、すなわち、政令事項であり、期限を切っていることから、
政府が一方的に
決定する余地があるのではないか、原案に固執して
審議会に当たるのではないか等々でありましたが、その経緯にかんがみ、申し合わせの趣旨を尊重し、文教委員会において十分時間をかけて
審議し、疑問点を解明しようとの
方針のもとに、
審議に当たってまいりました。この
審議の
計画と段取りの取りきめについて協議中に、一方的に
審議を強行し、われわれの
審議しようとする熱望が奪われようとする事態もありましたけれ
ども、重宗参議院
議長の調停により、
審議の機会を持つことができました。その結果、私の持っている疑問の諸点は必ずしも十分解明されたとは言い切れないのでありますが、重宗
議長より
政府に対して、
審議会の委員の人選について公正を期するよう申し入れもあり、委員会においては、安井
国務大臣より、二月十一日は原案から取り除かれて、
決定は
審議会にゆだねられたものであること、したがって、
審議会に対しては修正
決定の趣旨に従って公平不偏な
態度で臨むこと、
審議会の委員の人選にあたっては、三党と十分話し合い、公正慎重を期し、円満に行なうよう措置すること、運営にあたっては、公正不偏、広く
国民の各界各層の
要望にこたえるよう特段の配慮をする旨の答弁があり、佐藤
総理大臣もわが党の
質問に対し、重ねて同趣旨の御答弁があったことでもあり、世論の対立を避け、本法第一条の趣旨が生かされることを期待して、一応了といたした次第でございます。願わくは、単なる答弁に終わることなく、真に、
国民がこぞって祝い、記念することのできる日を
決定され、私が解明不十分である諸点を事実をもって解明されることを強く期待するものであります。
しかし、なおこの法案に大きな欠陥があります。それは建国記念の日の
決定を政令にゆだねたことであります。元日の日以下、今回追加されますスポーツの日、老人の日を含めて、十一の
祝日が
法律事項であるのに、ひとり建国記念の日のみが政令で
決定されることは、重大な誤りをおかしているものと言わざるを得ません。それが単に
法律のていさい上の欠陥ということではなく、この日のみが別扱いで政令により
政府から示達の形で
国民におろされるという手続は、
国民から盛り上がるべき記念の日の
性格から、きわめて遺憾であります。
政府の一方的押しつけを許す手続で
決定されることは、
国民に対し
不信と危惧の念を抱かしめる危険を持っており、
国民がこぞって祝おうという精神に沿わないものであるわけであります。また、
国会の
審議権とその
責任の
立場から申しますと、
国会みずからが
審議権の放棄または
責任回避をしたとの
批判も免れることができないのでありまして、絶対
納得することができません。強く遺憾の意を表する次第であります。
以上、本法案に対する
反対の理由を申し述べまして、私の討論を終わります。(
拍手)