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1966-02-28 第51回国会 参議院 運輸委員会公聴会 第1号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十一年二月二十八日(月曜日)    午前十時三十三分開会     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         江藤  智君     理 事                 岡本  悟君                 金丸 冨夫君                 岡  三郎君                 吉田忠三郎君     委 員                 木村 睦男君                 谷口 慶吉君                 天坊 裕彦君                 中津井 真君                 平島 敏夫君                 前田佳都男君                 松平 勇雄君                 吉武 恵市君                 相澤 重明君                 大倉 精一君                 木村美智男君                 瀬谷 英行君                 浅井  亨君                 中村 正雄君                 岩間 正男君    事務局側        常任委員会専門        員        吉田善次郎君    公述人        明治大学教授   清水 義汎君        産業計画会議事        務局長      前田  清君        交通事故をなく        す会代表     山家 和子君        早稲田大学教授  高橋 秀雄君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○国有鉄道運賃法の一部を改正する法律案(内閣  提出、衆議院送付)     —————————————
  2. 江藤智

    委員長江藤智君) ただいまから運輸委員会公聴会を開会いたします。  本日は、国有鉄道運賃法の一部を改正する法律案につきまして、四名の公述人方々から御意見を伺います。  公述人皆さま方に一言ごあいさつを申し上げます。本日は御多忙中のところ本委員会のために御出席をくださいまして、ありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。  それでは、これより公述人方々に順次御意見をお述べ願うのでありますが、議事の進行上、お一人大体二十分ないし二十五分程度でお述べを願い、公述人方々の御意見開陳が全部終わりました後、委員の質疑を行なうことといたしますので、御了承願います。  それでは、まず清水公述人にお願いいたします。
  3. 清水義汎

    公述人清水義汎君) 明治大学清水でございます。  今般の国鉄運賃値上げに対しまして、若干意見を述べさしていただきたいと思います。  まず、最近の運賃値上げ特徴を見ておりますと、昭和三十二年度の第一次の五ヵ年計画、続いて昭和三十六年度の第二次の五ヵ年計画ともに、輸送力増強という形の設備投資原資調達運賃値上げ部分に充当をするという形の特徴が見られておるわけでございます。今回の第三次の長期計画二兆九千七百二十億の計画につきましても、その中の相当部分運賃負担で補わざるを得ないという形の説明がなされているわけでございます。  その必要性国鉄理由一つといたしましては、昭和三十九年度にきわめて営業収支が悪化をしておるということを理由一つにあげておられるわけでございますけれども、昭和三十二年から三十八年までをながめてまいりますと、総額千八百十九億の利益国鉄はあげているわけでございます。特に昭和三十八年度におきましては、五百四十三億という利益を計上をしておる。昭和三十九年度の監査委員会報告書を拝見をいたしますと、三百二十四億の赤字という形で、前年度と比べて非常に経営状態が悪くなっているということを言われておるわけでございますけれども、その点につきまして若干私は疑義があるわけでございます。昭和三十八年度の決算内容昭和三十九年度の決算内容を並列的に比較することには問題があるのではないか。それはどういう意味かと申しますと三十八年度と三十九年度では決算のしかたが変わっているということでございます。これは監査委員会報告書の中にも明記されておりますけれども、減価償却のしかたが変更されております。そのために、減価償却の前年度より増加した部分が三百十二億という金額にのぼっております。これを前年度——昭和三十八年度と同じような決算の方式で行なったならば、はたしてどうなるか、少なくとも三百二十四億の赤字は出ておらなかったのではないかということが言えるわけでございます。  第二に、減価償却の問題でございますが、減価償却を行ないますことは、一般企業におきまして企業競争力を高めるため内部留保を強くしていくというのがその趣旨の一つであるというふうに理解をしておるわけでございますけれども、公益事業のような場合、また国鉄のような巨大独占企業の場合に、一般私企業と同じような形で減価償却を行なうことがはたして適正であるかどうかという問題点も出てくるわけでございます。減価償却そのものが、物理的な限界を基準にして行なう場合と、経済主義的な見地から行なう場合とでは、当然そこに変化が出てくるわけでございますけれども、その点についての再検討が必要ではないか。これは、特に交通機関相互間の競争が激化されてまいりますと、当然、私鉄対国鉄航空機国鉄というような競争関係に入ってまいりますと、企業競争力を強化していくという形の中で、制度上にもいろいろな問題が出てくるわけでございますけれども、そのような形の公益事業なりあるいは公共企業として考えた場合に、非常に問題があるのではないか。すなわち、このような企業性公共性というものの接点をどこに求めるかという点でございます。この点につきまして、国鉄運賃の今回の値上げにつきましては、どこに接点を求めるかという形が明確になっておらないように理解をするわけでございます。  第二に、現行運賃でございますけれども、現行運賃は、私は二つの性格を持っているというふうに考えております。一つは独占価格的な性格を持つ側面と、もう一つ競争運賃的な性格を持つ側面でございます。たとえば一等運賃を見ました場合に、戦前におきましては、一等は二等の倍である、二等は三等の倍という形になっております。ところが、現行は、三等運賃の一・六六倍という形でありまして、倍率におきましては、相対的に一等運賃は低くなっております。このことは、当然、戦後の航空機の発達に伴って、飛行機に対する競争運賃ではないかというような考えがするわけでございます。ところが、反面、二等旅客運賃については、対抗する競争の面が、現在では非常に国鉄が優位にあるために、独占価格的な性格を持っておる。この場合に、運賃を設定する基準が、原価主義でいくのか、あるいは競争運賃でいくのかという点についても、その原則が明らかでないわけであります。このことは、貨物運賃においても言えるわけでありまして、もし今回の改正が、一等級から四等級までという形の等級改正を行なって、実質的には自動車貨物との競争関係の中で貨物等級表の中に織り込まれる商品が構成をされてまいりますと、貨物運賃旅客運賃との性格というものは、全くそれぞれ別々の形で存在をするという形になるわけでございます。また、特に東海道新幹線をながめました場合、国鉄でも発表しておられるように、将来は岡山あるいは博多まで、その後は東北線新幹線化ということも考えておられるように聞いております。この場合に、一体、新幹線幹線輸送が切りかわっていくという前提で考えました場合には、運賃値上げ理由一つとしての、運賃は非常に安いのだ、いわゆる旅客運賃は百六十一倍である、卸売り物価指数は三百四十四倍であるという形が、必ずしも言えないのではないかというふうに考えられるわけでございます。  具体的に一例をとりまして、東京——大阪昭和十一年と現行新幹線比較した場合、一体どういうことになるかと申しますと、基本運賃昭和十一年には五円九十四銭でございました。現在は千百八十円でございます。この指数は、昭和十一年を一といたしますと、百九十九倍ということになってまいります。「こだま」の千三百円を戦前急行運賃比較いたしますと、十一年が一円、現在が千三百円でございますので、料金については千三百倍ということになってまいります。特急の場合には、超特急比較いたしますと、戦前が二円、現在が千六百円でございまして、八百倍という指数が出るわけでございます。こういう見地から考えますと、新幹線の「こだま」と在来線急行とを比較いたしますと、三百五十七倍という形になってまいります。「ひかり」の場合には、十一年を基準に置いた場合には、三百五十倍という数字になってくるわけでございます。それで、この新幹線ヨーロッパTEEのような形と比較するということは、わが国の場合では不適当かと考えます。なぜならば、ヨーロッパの場合には、同一路線上に、普通の列車が走っている中へ、特別のほかのデラックスな旅行を好む者が、一等車のみで編成されているところのTEEを使用しております。また、ドイツ以外のほとんどのヨーロッパの国におきましては、急行であろうと、国際特急であろうと、TEEを除いては、特別料金を払わない。切符一枚で乗車をすることになっております。この点につきましては、国鉄資料の中で比較をされておりますが、「第三次長期計画とその効果」という資料の二三ページのところに、東京大阪間五百五十七キロに対する普通旅客運賃ということで各国と比べておりますけれども、この場合に、西ドイツを除きましては、 フランスイギリスの場合には、特急でございましても運賃だけで乗れますために、この場合の比較というものが、新幹線比較する場合には「こだま」なりあるいは「ひかり」なりと比べていかなければならぬ。そうなりますと、在来線東海道線が千百八十円で、普通運賃のこれを一〇〇といたしますと、実質的には在来線の大半が新幹線に移っておりますので、東京大阪間の旅客というものは、こういうことばは不適当かもしれませんが、極言いたしますと、半強制的に新幹線に乗らざるを得ないという形になってまいりますと、この場合に「こだま」の指数が二一〇、「ひかり」が二三五、イタリアの場合は二三六、イギリスが三一六ということになってまいります。しかも、一般所得水準というものを考えますと、イギリスなりフランスの場合には、平均賃金のアベレージが、週大体イギリスで十四ポンド、これを月に直しますと五万六千円の平均賃金でございますので、所得水準比較をいたしますと、欧米と比べ、ヨーロッパイギリスあるいはフランスその他の国と比べましても、相対的には非常に安いということは、新幹線の場合には必ずしも言い切れないのではないかという疑問を持つわけでございます。  特に都市交通におきましては、御承知のように、ロンドン・トランスポートの運賃というものを考えますと、日本の地下鉄あるいは国電と比べましても、国民所得水準というものの比較の中で相対的に検討いたしました場合には、必ずしもわが国よりも高くないという結論が出るわけでございます。しかも、料金は、その運賃法からまいりますと、国会の審議を経なくてもきめられることになっております。これは、従来のように、運賃大阪まで五円九十四銭、急行料金が一円、特急料金が二円という形で、普通運賃よりも低くなっているときには、さほど問題がないかもしれませんけれども、現行のように料金運賃よりも上回っているというような状態のときには、現在のこの国鉄運賃法の中で料金と切り離して運賃だけを論議することがはたして適切であるかどうかという点についても多くの疑問を感ずるものでございます。  最後に、こういう形の中で考えますと、運賃制度なり料金制度なりという点にも問題が出てまいりますし、設備投資利用者負担ということは、利用者をして投資者的な役割りをさせている。しかも、それは無限の投資者であるという形になってくるわけでござまして、このように利用者負担という形がやむを得ない形の中で必要であるという場合には、それ相応の条件なり、日本国有鉄道法法律全般の近代的な感覚からの再検討なり、そういう中で改正をされていかなければならないと思うわけでございます。しかも、各交通手段過当競争の激化というものを放置したままでの運賃値上げという形は、かえって将来悪循環を招くのではないか、そのような見地から、今回の国鉄運賃値上げについては無条件な賛成はできかねる次第でございます。
  4. 江藤智

    委員長江藤智君) ありがとうございました。
  5. 江藤智

    委員長江藤智君) 次に、前田公述人にお願いいたします。
  6. 前田清

    公述人前田清君) 前田でございます。肩書きについております産業計画会議となっておりますが、本日の私の意見は、産業計画会議意見ではございませんで、私個人の意見であることを、最初に申し上げておきます。  世の中の景気は少しよくなってきたと申しておりますが、相変わらず不景気は続いておりまして、中小企業の倒産は続いております。その中で消費者物価が騰貴していく、しかも一年間の公共料金ストップが解けて公共料金が軒並み上がるときに、国鉄運賃まで上げるのはやり切れない、これでは生活がますます苦しくなるばかりだ、こういう国民感情はあたりまえのことで、私もなるべくなら国鉄運賃を上げないで済むものなら上げずに済ませたいと考えております。しかしながら、これはあくまで国民感情でございまして、国鉄運賃を上げなければ全体として世の中がうまくいかないということであれば、苦しい中にも運賃値上げを承認しなければいけないと思うのであります。  まず第一に考えなければならないことは、国鉄運賃貨物旅客も押えられるだけ押えられてきたことであります。政府が物価抑制政策とか低物価政策とかを実行するに際しまして、一般物価よりも、国が値段をきめたりあるいは価格を認許可するいわゆる公定価格公共料金のほうがやりやすいために、物価改定が行なわれるたびごとに、一般物価公定価格との間で物価水準が開いてまいります。国鉄運賃ばかりでなく、公定価格公共料金一般物価に比して低い水準に置かれることになってきております。これが過去の事実でございます。しかし、公定物価公共料金を押えることによって一般物価水準抑制されたでありましょうか。公定物価だけでも安ければ、それだけ生活が楽になるのだから、国民として喜ばなければならないが、公定物価抑制一般物価の上昇を押える力のないことは、過去一年間公共料金ストップした中にも消費者物面が上がってきたというなまなましい歴史で明らかにされていると思います。理屈よりも実際がはっきり示しております。公共料金ストップは、物価水準を必ずしも低くしないばかりでなく、反対に悪い影響があります。  当面の問題の国鉄について考えてみますと、鉄道運賃が上げられないために、国鉄経理赤字は、三十九年度約三百億、四十年度は約一千億に達したと見られております。国鉄経理赤字であっても、国鉄は、賃金であるとか、電気代であるとか、石炭代というような一般経常支出を払わないわけにはまいりませんから、資金不足設備資金支出にしわ寄せされてこざるを得ないのであります。その結果は、まず新しい設備拡張をやめて、どうしてもやらなければならない設備の修繕がやっとで、設備拡張どころではありません。そして当然の設備拡張さえ怠りがちというのが現状であります。それも、国鉄運賃が安過ぎるために資金が不足するからであります。鉄道輸送の困難を緩和する方法としては、車両をふやす方法路線をふやす方法とがあります。車両をふやせば当面輸送力は大きくなりますが、いかに車をふやしましても、ダイヤが詰まっては車の運転ができないから、根本的に輸送を緩和するためには路線をふやさなければなりません。  国鉄路線は、昭和十九年二万五十六キロありましたが、戦争の鉄不足に供出して、昭和二十年には一万九千六百二十キロにまで減りました。この線路の供出は直ちに復旧を要するものでありましたが、その復旧に十年かかりました。昭和三十年になってやっと二万九十三キロと戦前営業キロに追いついたのであります。その後十年間たってやっと六百五十キロの線増が行なわれ、昭和四十年において国鉄営業路線は二万七百三十八キロであります。いま必要な線増が何キロであるかは、国鉄あるいは運輸省の計画が出されておりますから、具体的説明は省略いたしますが、線路増強には多くの資金が要るため、資金不足国鉄としては、やむを得ず、輸送増強手段として、車両をふやし運転間隔を詰める手段をとっていることを指摘しておきます。しかも、通勤交通では、ダイヤを詰めても及ばず、定員の二倍、三倍どころか、四倍近くも詰め込んで、鋼鉄製車両を文字どおりふくれ上がらせて、しかもその車両を、安全運転の限度である五、六分間隔をこえて、二分とか、はなはだしいときには二分以下の超過密ダイヤで、しかも安全速力をこえた高速力で突っ走らせております。レールの故障を十分点検する時間のないほどダイヤが詰まっております。これが東京——大阪周辺国鉄通勤輸送現状でございます。  その結果はどうなっているか。しり押し、はぎ取り、乗りおくれは日常茶飯事で、くつが脱げてなくなる、外套とか洋服が破ける、ボタンがとれるくらいのことはしんぼうするとしましても、事故がふえることは心配でございます。一般鉄道事故は減少しつつありますにもかかわらず、通勤輸送関係事故は毎年増加しております。踏切事故でも、初めは電車のために通行人が死傷したり、あるいは自転車や自動車が飛ばされていましたが、近年には死傷電車乗客側にも及んでまいりました。極端な表現をすれば、国鉄運賃値上げをさせなかったために乗客が命を落とすという状態にまで、過密ダイヤになっているのでございます。いかに国鉄職員士気高揚を叫んでも、運転安全装置投資過密ダイヤの解消を行なわない限りは、国鉄として乗客死傷事故防止に絶対の保障はできないのであります。今回の国鉄運賃値上げは、国鉄乗客が自己の生命安全を保障するためにも賛成しなくてはならない。  第二に、自由経済の行なわれる民主国家では、物を消費しサービスを利用する人は、その消費する物やサービスを生産する費用を払わなければなりません。これは民主国家経済原則であります。国鉄は国のものである。国鉄が国のものであるということは、国鉄国民のものであるということであります。したがって、この生命の危険にまで及んでいる国鉄投資不足に対して投資を行なう財源は、乗客貨物輸送者、すなわち国鉄利用者が出すか、あるいは国すなわち国民投資による以外はありません。運賃値上げして財源とすることは、国鉄を利用する人が設備拡張資金負担することであります。これに対して国が設備拡張資金投資することは、国鉄を利用するとしないとにかかわらず、国民全体が国鉄設備拡張資金負担することになるのであります。国の投資も、結局は国鉄利用者負担するのが当然で、国鉄を利用しない人にまで負担をかける理屈は立たないように思われます。したがって、国鉄設備拡張は、結局は国鉄利用者負担、すなわち運賃によらざるを得ないのであります。ところが、世間には誤解があって、国が出せば自分負担にはならない、通学割引通勤割引国鉄負担と思っている人が多いようであります。数年前、ある運輸大臣が、赤字線のあるのはなぜかという国会での質問に答えまして、赤字線のあるのは黒字線があるからだと答弁して笑われたとか聞いておりますが、しかし、この答弁は理屈上は全く正しく国鉄の実情を表現しているのであります。国鉄経理は全体として収支とんとんであるのが理想である。利子と償却のほかに少しの余剰もないのが理想的決算であります。そうなると、赤字線赤字黒字線黒字で埋まることになる。これを裏から言えば、赤字線があるのは黒字線があるからだということになります。すなわち、国鉄には通学割引通勤割引負担する資力はなく、その分の赤字一般乗客運賃収入に転嫁して赤字を埋めているのであります。一般乗客は、自分の乗った運賃のほかに、つとめ人の通勤費学生通学費を払わされている。こんなばかげた話はないのでありますが、一般乗客は、この事実を知らず、通勤通学割引国鉄国家負担となっていると思っております。そのために、通勤通学割引割引率引き下げ一般の人まで反対するのであります。この真相を知れば、話はまた別になるのではありませんか。学生諸君といえども、自分定期割引国鉄負担となっていると思うから割引率引き下げ反対デモを行なうので、もしその割引が赤の他人一般乗客負担になっているのになおデモをやるというのでは、少し常識がなさ過ぎるのではないかと思います。この事実を誤解して、石田国鉄総裁までが、通勤費雇い主負担だから上げてもよいが、通学費は父兄の負担だから上げるのはちゅうちょすると言っています。しかし、いずれもが一般乗客負担となっている半面を忘れておられるようであります。さらに、もう一つ誤解があります。通勤定期雇い主負担だというが、それは一カ月九百円をこえる部分に課税することでも明らかなように、通勤定期賃金の一部であって、通勤費は明らかに雇い人の側の負担で、雇い主負担ではありません。通学定期を割り引いて就学を奨励するのはよろしい。しかし、その割引分が、一緒に電車に乗り合わせたというだけで赤の他人一般乗客に転嫁されるのでは、あまりに理屈に合わないと思います。いわんや、義務教育小中学校生割引定期を使って遠距離通学をするのはどうかと思います。定期乗車で通学しないでも通える学校があるはずです。遠距離通学を全面禁止せよとは言わないが、もし遠い学校にやりたいなら、他人に迷惑をかけないで、あたりまえの電車賃負担するのが当然で、理屈上からいえば、電車を必要以上に混雑させるのだから、割り増しの運賃を払ってもよいくらいだと思います。少しことばは荒いが、何も赤の他人電車賃負担させてまで越境入学を奨励するいわれはないと思いますが、どうでしょうか。今回の運賃改定では、一ぺんに法律のきめている五割まで割引率引き下げるというのではありません。三分の一程度の手直しをするにすぎません。通学通勤割引が不合理だといっても、一ぺんに運賃値上げ割引率引き下げとの二重負担をさせては、現在の通勤者通学者に対してあまり影響が大き過ぎるから、多少の考慮は必要であります。しかし、いままでが恩恵を受け過ぎていたので、今回の改定でもまだ一般乗客に相当迷惑をかけていることを認識して、割引率を漸次引き下げることを快く承認すべきであります。なお、法定の五割引きというのも、昔の、国鉄経理に余裕があり、割引国鉄黒字利益の範囲内にあった時代の遺物で、将来はコスト主義に基づき合理的割引率漸次改定を重ねるべきだと思います。  第三の問題点は、貨物運賃値上げであります。この点につきましては、後に高橋公述人から十分お話があると思いますので、省略さしていただきまして、時間もだいぶたつようでございますから……。  第四に、今回の運賃改定が、不景気で、しかも消費者物価の騰貴が問題になっているときに行なわれることはあまり歓迎すべきではないということは、冒頭にも申し述べましたが、しかし、旅客貨物輸送の大宗を国鉄にたよらざるを得ないわが国現状において、増加する輸送需要を充足し、また輸送安全と確実とを保持するためには、この悪い時期にでも運賃値上げを行なわなければならないような国鉄現状を正しく認識していただかなければなりません。運賃値上げをしないで輸送力の確保と安全を保つ方法はないか。輸送安全輸送力の確保のためには、設備改善と拡張とが必要であります。そのためには資金がかかる。これまではだれが考えても変わりがない。ところが、資金調達の方法は必ずしも一つではありません。国鉄の必要な資金国鉄利用者負担するのは当然のことと思いますが、それを政府に負担させろと言う方があります。国鉄資金計画でも、政府の出資を期待しております。しかし、政府負担とは、結局税金から出すことで、それは国民全体の負担ということであります。国鉄は、現在は公共企業体で、独立採算制をとっております。これを官営にするとか、あるいは現行制度のままでも国の出資をふやすというのであります。官営時代、鉄道院の時代にも、国鉄は独立採算制をとっていました。しかも、鉄道院時代の鉄道特別会計は、独立採算制であったばかりでなく、黒字経営で、むしろ余剰が多く、余剰金を一般会計に繰り入れていたのであります。しかるに、国鉄の費用を政府予算で負担しろというのは、まさに時代逆行であります。国鉄国家が直接にやっていた時代にも、国営企業で経営していたのに、それを一歩民営に近づけた公共企業体にした今日に、その精神からすれば、政府に負担をかけることはなるべく避けるべきで、国鉄の費用は全部国鉄利用者負担すべきであります。かりに政府に出資を求めるにしても、その分に対する金利と減価償却とは国鉄利用者負担しなければなりません。この考え方が正しいとすれば、資金はだれが出しても、すべて国鉄にかかわった費用は国鉄利用者負担、すなわち運賃で回収されなければなりません。そうなれば、運賃値上げを実行せざるを得ないのであります。  第五に、国鉄当局は、定期割引は大き過ぎるとか、運賃が安過ぎるとかいいますが、定期乗客が多い山手線や中央線でもりっぱにもうかっているではないかという反駁もございます。この反駁もまさしく事実でありますが、しかし二つの点で間違いがあるのではないかと思います。  その第一は、定期割引は、国鉄が全国画一運賃制度をとる限り、全国的計算で一般乗客と定期乗客との関係を論ずべきであって、一部の路線の定期乗客のみを抜き出して論ずることは理論的には正しくありません。  もう一つは、山手線や中央線が引き合っているのは、定員の三倍以上も乗せて過密ダイヤ運転しているからで、外套や洋服を破り、靴をなくし、文字どおり命の危険という条件のもとでの話であります。ラッシュ緩和のために時差通勤が行なわれておりますが、それにも限度があります。夜間通勤をしてくれという時代が近づいていると言っても過言ではないでしょう。夜八時か九時に出勤し朝五時か六時に帰宅せよという時差通勤も、現状のままでおけばすぐ来るのであります。  以上、輸送力を確保し、安全輸送を行なうためには、運賃値上げは万やむを得ない措置で、このことを承認しなければ、国鉄に対して安全輸送輸送力の確保を求めることができません。物価騰貴で、しかも景気のよくない今日、国鉄運賃値上げに賛成するのはよくよくのことであります。したがって、運賃値上げを承認するには条件があります。すなわち、国鉄運賃値上げができたら、輸送力確保と安全輸送とについての公約を必ず実行してもらわなければなりません。文字どおり、生命を犠牲にする覚悟がなければ、国鉄に乗って通勤できない状態に置きながら、運賃を上げて、その上に定期割引も少なくするという二重負担をしいる権利が国鉄にあるのか。値上げをするなら、もう少し楽に乗れるようにしてからしてくれ、こう要求するのは、通勤者として当然の主張であります。それに対して私が、先に運賃を上げてやらなければ、輸送力確保も安全輸送もできないと言って国鉄の肩を持つのは、国鉄に力がないことをよく知っているからで、身の安全のため、輸送通勤の必要のために、やむを得ず運賃値上げに応ずるのであります。余裕のある中から値上げされた運賃を払うのではありません。不足の中からやむを得ず出すのです。この苦しい金をむだづかいされてはたまりません。この国民の気持ちを国鉄の経営者も従業員も忘れないでほしい。  私はこの条件をつけて、今回の国有鉄道運賃法の一部を改正する法律案に賛成するものであります。
  7. 江藤智

    委員長江藤智君) どうもありがとうございました。
  8. 江藤智

    委員長江藤智君) 次に、山家公述人にお願いいたします。
  9. 山家和子

    公述人(山家和子君) 交通事故をなくす会の代表としてということで今日伺いました山家でございます。  私は日本母親大会の連絡会の仕事をしておるわけでございますが、交通事故をなくす会と申しましても、これは交通関係の各労働組合、それから子供たち、夫たちの命を守るという願いを持って私たち婦人たちなどが集まりまして持っている連合体でございます。ここから母親の代表という形で出てきたわけでございます。  そこで、私たちといたしましては、いま専門家の三名の先生方が公述人としてお話をされておるわけでございますけれども、池田内閣以来、さっきから何べんもお話が出ておりますけれども、全くどこでとまるのかわからないというような物価高の中でもって、どうやったら自分たちの家計のつじつまを合わしていったらいいのかということで困り切っている全国の主婦や母親の声をぜひ国会方々にお聞きいただきたいという意味で申し上げたいというふうに思うわけでございます。  二月二十五日に総理府の統計局が四十年度の勤労者世帯家計調査というのを発表されましたので、もちろん、皆さま十分に御存じでいらっしゃると思いますけれども、一体どういう中でこの国鉄値上げが行なわれるのかということについては、先ほどの公述人がおっしゃいましたような国民感情というものが当然ございますけれども、これは感情というようなものではないんだということをもう一ぺん明らかにして、その中で行なわれる国鉄運賃値上げである、それはどういう作用を私たちの家計に及ぼしているのかという意味で、いまの統計局の数字と申しますか、あまりこまかく数字を申し上げる必要はないと思いますが、統計局の発表をここで引き合いに出したいというふうに思うわけでございます。  つまり、私たち国民の所得は、特に勤労者階級の所得というものは、物価高の中で、四十年度においては、はっきりとお役所の出された数字でさえ、実質減になっているということはたいへんなことではないかということです。これは名目賃金と申しましょうか、手取り収入と申しましょうか、これは私たちのところに、つまり、おふくろさんのところへ幾らお金を渡されてくるかということになってくるんじゃないかと思うのですけれども、そこでは、前年に比べてはっきり減ってしまっている。なぜ減っているかと言えば、さっきから言っているように、物価値上げ、一年間に七・六%上げた物価値上げの中で、私たちの実生活というものが切り下げられてしまっているという状況の中で出ている今日の物価値上げであるということでございます。しかも、これは四十年の問題でございます。四十年度では、先ほどからも言われましたように、公共料金値上げというものが行なわれなかったという状況がございます。その中で、なお物価値上げが七・六%であって、その中で私たちはいままでよりも低い水準生活をしなければならなくなってきている。ところが、ことしのお正月は一体どういうお正月であったろうか。私たちはお元日から、おしゃもじかついで歩くということにいかなかったわけでございますけれども、一月一日というのは米価値上げの日でございます。これはたいへんな記念日だと思うのです。毎年元日に値上げがやられるということになりますと、何かそれが年中行事になってしまって、昭和四十二年においてもまたお元日に行なうのではないか。たいへん静かな値上げが行なわれたと私は思っております。もし、ほかの日でございましたら、そうはいかなかったのではないかと思うのですけれども、そういうことでございます。そのあと、もうすでに私鉄運賃値上げが行なわれました。それから、いまここで問題になっている国鉄運賃値上げが、それから都議会の水道料の値上げが、ありとあらゆる公共料金値上げが行なわれるということは、これは必至であります。いままでとまっていたから、無理に押えに押えていたからここで出てくると言われますけれども、いままでとまっていた分が上がったので、ほかのものは上がらないというようなことは、これはどうも子供が考えても、そうはいかないと思います。そのことについてはあとで申し述べます。  一体、私たちの家計がどういうふうになっているかということについて、少し時間をいただいて具体的に申し上げたいと思います。昨日は雨の中でございましたが、物価メーデーがございました。これはどうしてもじっとしていられない勤労者の人たちが、私たちの給料を上げてほしい、物価を上げてもらっては困るということで、二月の物価メーデーという妙な名前のメーデーでございますが、そういう行動をとったということであります。しかし、きょうはまた違う行事が行なわれております。この国会に近い久保講堂で主婦の内職大会というものが、これは労働組合員の主婦たちが中心になって行なわれておりますが、これはきょう一日かかって、自分たちの毎日やっている内職——給料が低いからどうしても食べていけない、とても給料の中から子供の教育費は出っこない、そういうところから、毎日の私たちの家計の補いをつけるために内職をやっているが、それがどれほどひどい搾取であるか、どれほどひどい保障されていない条件なのかということを、ぜひ私は皆さんに行って見てもらいたいと思いますが、内職の賃金や何か表になって出ておりますが、それをやっているような、そういう人たちの家計簿でございます。  これは東京というわけにもいきませんけれども、これは島根県の電産関係のある主婦の十一月の家計簿でございますが、主人が三十四歳、妻が三十二歳、子供が八歳と七歳ですから、小学生二人でございます。そうすると、標準的な労働者の家計だろうと思います。そこでは、夫の給料が三万四千七百七十五円、時間外手当が五千九百四十一円、計四万七百十六円でございます。それから内職をしている奥さんのほうが、これが三千三百円でございますから、両方合わせまして四万四千十六円というふうなことになりますが、その中で、夫は外で働いているわけですから外食をする、その外食費が一カ月で千三百円でございます。主食のための費用が、これは値上げになる以前の米代でございますけれども、主食費が四千五十八円、副食費が九千六百二十一円、一万円に足りない副食費でございます。それを全部合わせてみると、一万四千九百七十九円というのが、一カ月の外とうちと両方で食べる費用であります。総理府の統計の中にも出ておりますが、エンゲル係数がまた上がってきたということがございます。これはどういうことなんだろうか。一万四千九百七十九円という金額というものが、親子四人の一カ月の、うちも外も引っくるめた食べる分量というのは、これはたいへんなことであるということの中で、これはどんなものであろう、どんな種類のものであろう。特に国が責任を持ってきめていく公共料金というものが上がるということは非常に困ったことだというふうに思わざるを得ないわけであります。  これは単なる感情だとか、いやだとかということではなくて、その次に一体どうなってくるのだろうかという問題を考えると、こわくてしようがないということなんです。だからこそ、ほんとうに忙しい内職をしているおかあさんたちというのは、一時間に幾らということになるわけでございますから、ほんとうにうちをあけるということ自体がたいへんなわけですけれども、その人たちが各県から出てきて、そして私たちの内職の保障をしてほしい、家内労働法を制定してほしい、あるいは、おとうちゃんたちの賃金を上げてほしいということを、いま一生懸命、久保講堂で話し合っている。その人たちはこういう暮しをしているのだ。その中でこの国鉄運賃の問題も皆さま方にぜひお考えいただきたいというふうに思うわけなんでございます。  そういう中で引き続いて行なわれます国鉄運賃値上げというのは、平均二五%というふうに伺っております。特に今度の国鉄運賃値上げについては、先ほどからの公述人方々が申されましたように、貨物運賃という分もございますけれども、旅客運賃というのがその中の大事な、値上げ幅の大きい部分ということになっておりますし、特に勤労者の——車に乗って通う人はいいんですけれども、勤労者の運賃値上げ、定期の額というものが非常に高くなってくるということが、いま申し上げたような勤労者の生活水準のいま引き下げの行なわれている中での問題ということで、大きな問題になるのではなかろうかと私は考えるわけでございます。  で、運賃値上げのしかた、その他について、もう御専門の方々がそれぞれにお話しになったわけですし、運輸委員会方々も皆さん御承知のことだと思いますので、しろうとの私がそうそうこまかくあげるということは必要ないかと思いますけれども、特徴的な問題としてやはり考えられますことは、今度の国鉄の第三次の計画というものの中で、やはり非常に高級な列車というものがふえてくるという問題があると思います。そして普通急行というのは減ってしまうのだということを伺っております。このことも一体だれが得をして、だれが損をするのか。どうしても何か新幹線に乗らないと用が足りないようになってくるということがあるのじゃないだろうかということを、今度の第三次の国鉄計画を見ましたときに、私はどうしても考えちゃうわけです。  で、大体こういうことになって、その上で、しかも遠距離の運賃というものが非常に上がってくる。いままででございますと、ここのところは私もあまりこまかくきちんと申せないのですけれども、専門家に、もう御検討いただいておる分だと思いますけれども、遠距離の分だけが、旅客のほうが損をするということがあるわけです。しかも、いま都市には非常に地方から出てきている人たちが多いわけです。そのことはついこの間も、暮れ、お正月の帰省の時期に、一体どれほどひどい国鉄の雑踏があったか、ほんとうに汽車の座席をとるということはたいへんなことであったということからもわかると思いますけれども、そこら辺のところで、たとえば鹿児島から東京へ出てきている人が、一年に一ぺんぐらいは帰りたいということで汽車に乗ろうとすれば、これは約一万円に近い往復の料金を払わなければならないという条件が出てくるというのは、これはひどい話ではないだろうかということを私は思うのです。  で、その次に、毎日毎日私たちが使っている汽車、電車ということでどうなんだろうか。今度の国鉄運賃で一番ねらわれる——ねらわれると言っちゃ悪いかもしれないけれども、よけい上がるのは、やはり通勤定期と、それからその次は通学定期ということになっておるそうでございますけれども、通勤定期通学定期というのは、やはりこれは倹約しましょうというわけにいかないわけでございます。そこのところはやはりほかの品物が上がるのとは違うのじゃないか、お米が上がるのとも違います。で、一日でも休むわけにいかないわけですから、上がったということになれば、それだけのお金というものはどうしても払わなければならない。いわば強制された金額ということになるわけだと思いますけれども、通勤のほうの定期は、平均六八%、通学定期は三二%という値上げの数字も出てきておるわけでございます。これは距離により、いろいろな形でもって違ってくると思いますけれども、やはりこれはどうしても、さっき私の申し上げた非常に苦しい皆さんの家計費の中で、動かすことのできない値上がり分として、がっちり入ってしまうのだということがございます。しかも、さっきから、都市が非常に過密都市になってきている、人口は集中してきているという話がございまして、それに関連して、山手線、中央線と、あるいは大阪関係のところ、そういう大都市のところでは、非常にたいへんな状況が、殺人的な電車の状況があるというお話がございましたけれども、それとあわせていま地価が非常に上がっておりまして、家をつとめ口のそばに持つということは、だれにとってもたいへんなわけです。皆さまも御承知のように、ベッドタウンというのはどんどんどんどん遠くなってきております。埼玉県あるいは千葉県から通っている、東京で申しますれば。通勤者の数が非常に多い。そういう中で、決してこれは容易な問題ではないのです。で、大企業のところで全部持つ手はないかというようなお話もございますけれども、決してそういうふうになっているところばかりではございませんし、また、公務員の場合にも、大体これはとまりがあるわけで、九百円以上というところで頭打ちにされております。この辺は今後どういうふうにお考えいただくのかわかりませんけれども、何しろ、町のまん中にはとてもわれわれは住めないわけでありますから、非常な交通地獄を長い時間かかって、何しろ、つとめ先に着いたころにはくたくたになってしまうわけです。しかも、その間に、さっき申されたような肋骨の一本ぐらい折れてしまうような、そういう状況を越えて通ってきているわけです。仕事をしているわけです。運賃が上がるということは、これが一人一人によって違ってまいりますでしょうけれども、やはりこれは非常な問題ではないだろうかと私思うわけでございます。  それから学生の場合におきましても、これも決して上げてもかまわないという問題ではないのではないかと思います。先ほど来、早稲田大学の紛争というのが、非常な大きな問題になっておりますけれども、これは学費の問題が一番集中的に大きな問題になってきたのが原因でございます。さっき内職の話をいたしましたけれども、内職をおかあさんたちがしなければならないということも、どうやって子供に教育を受けさせるかということが、毎日食べるための問題とあわせて大きな問題、将来の問題としてあるわけで、そこら辺にかかってきているわけですが、通学定期というものは、やはり教育費の中の非常に大きな割合を占めているということがございます。で、先ほど、ベッドタウンが遠くになってきたということを申し上げましたけれども、今度、学校はどうなのかということになりますと、学校もたいへん遠いところにいってしまっておるということがございます。たとえば慶応大学が日吉にございますし、各大学をもっといなかに持っていけという話がしばしば出てまいります。政府の政策の中にも乗ってくるというような状況がある。学生の通学用の費用というものは非常に大きなものなのです。で、越境入学のお話、先ほどございましたけれども、これはあまりむきになって申し上げることもないし、私も越境入学反対でございます。そういうことは問題ないのですけれども、高等学校以上になってまいりました場合には、相当額の費用を学生たちは払わなければならない。これはもう一つ、定時制の高校生あるいは夜の、二部の大学生たちということになってまいりますと、勤務先と、それから通学用の定期という二本建てになってまいりまして、いよいよますますその負担は大きくなるということもお考え置き願いたいと思うわけでございます。  でございますから、私はどうしても避けることのできない、私たちが倹約しようと思ってもできないようなものが、そういう形で上がってしまうということはたいへん困るということなんですけれども、ここでちょっと話をかえまして、私はいま国電の目白駅のそばに住んでおります。そういたしますと、どういうことになるのだろうかということを、今度は一般乗客の立場から申し上げてみたいという気がいたします。私は池袋へ出ようと思いますと、十円かかるわけですね、現在でございますと。それが今度二十円になるという問題がございます。で、今度の改定の前のところでは、一キロ当たりが二円七十五銭、池袋までは一・二キロあるのです、目白から。そういたしますと、その計算でまいりましたら、三円三十銭ということになるわけでございますが、現行最低料金が十円でございますから、いまのところ十円払っております。これが今度二十円になってしまうわけでございますね。どうもこの二十円になってしまうということが、私には納得いかないわけでございまして、この前にバスの料金が十五円が二十円になったということがございました。私鉄運賃が最低料金十五円が二十円になった、あのときは、五円玉というのがいま少ないのだ、だから十五円ということにしておくとぐあいが悪い、バスの車掌さんが非常に労働条件がきつくなるので二十円にするのだというお話を伺ったのです。バスの方たちのほうから出ております。ところが、どうもそうじゃないらしいのです。今度の十円が二十円になるよりも、十円にしておいたほうがよほど簡単だろう。その理由は全然成り立たない。そこで、基本料金をどういうふうにしなければならないのだろうかということの御説明は、私はあまりまだよく聞いたことがないわけです。全般的に上げなければならない中で、十円を二十円にしなければならないのだということだけしか伺っておりませんので、どうもそういうところがぴんとこないということでございます。  それから、これも私は質問者ではないのでちょっと困るわけでございますが、どこかで明らかにしていただきたいと思いますのは、また私鉄を引き合いに出しますけれども、これは先にやっちゃったから引き合いに出しますけれども、二段バネ方式ということがあったわけです。これは一体どういうことかと申しますと、一キロ当たり幾らということになりますと、そうすると、そのキロ数計算を切り上げてしまうということがまずあったわけです。それから切り上げをいたしまして、今度はそのキロ数を、今度で言うと三円六十五銭にかけるということをすると、そうすると、また端数が出てまいります。その端数をまた切り上げてしまうというように、二重切り上げのシステムを私鉄が使っておりました。この間やったその悪評高い二段バネ方式が、今度の国鉄の場合にも使われるのではないかということを心配しているのですけれども、基本料金十円、二十円のところは、初めから高いのですから話にならないかもしれないけれども、先のほうになると、どういうふうになるだろうか、非常に大きな額が出てくるのではないかということを私考えてみたわけです。たとえば、これは仮定でございますけれども、私の住んでおります目白から目黒まで十・一キロあるのだそうです。三円六十五銭を、十・一キロでありますから、つまり、十・一倍いたしますと三十六円八十六銭になるわけです。ところが、そういうことにならないのですね。まず二段バネだといたしますと、十・一キロというのは十一キロになってしまうわけです。で、三円六十五銭を十一倍いたします。そういたしますと四十円十五銭になるわけです。四十円十五銭、これも十五銭端数でございますから、これを切り上げますと五十円になってしまう。ということにもしなるとすればたいへんだなあと私思っております。山手線と黒字線については何か多少の情状酌量があるということをどこかで聞いたこともございますので、実はどういうことになるのか、これはもっと長距離二段バネ方式があるのかどうか、この運輸委員会で皆さんすでに御承知のことだろうと思いますけれども、私はどこでも聞いておりませんのです。そこの計算方法については、だれかに教えてほしいなというふうに思っているわけでございます。  それから、先ほど定期で毎日通っていく学生あるいはつとめ人と、それから一般乗客というものが何か全く赤の他人というような、公述人同士が論争するという種類のものでは、ここではないと思いますから——ですけれども、ちょっと気になるものですから、私も考えておったことなんですけれども、つまり、一軒の家で働きに行く人もいれば、きょうは隣の町まで行ってデパートで買いものをしようと——デパートといっても、これは大体勤労者階級の奥さんたちが行くところは六階か何か一番安いところ、あるいは地下室でございますけれども、それにしても、そこへ行ったほうがうちの近所で買うよりもわりあいていさいよく安いものが買えるからということで、そういうことがかなりあるわけです。ところが、そういう人たちとさいふが別なのかというと、決して別ではないのです。さっき申し上げましたように、家計費の中に通勤費がある、あるいは通学費がある、そこへ奥さんの交通費がささやかながら入っているということでございます。また、その同じ学生にいたしましても、通勤通学のときにはそういうことなわけですけれども、学生にしても、サラリーマンにしても、やはりお休みになれば帰省もする、あるいはスキーにも行く。スキーに行くのはなまいきだと言われればこれは困りますけれども、それくらいのことなら、かんべんしてください。やはり一番安い汽車をねらって、そうして長いものを一生懸命かついで行くということがあるわけでございまして、これも赤の他人じゃなくて、同一人であるということだろうと思います。私は、やはり全体として国民生活がこれほど逼迫している中で、やはりそういう家計の中で大きく響いてくるというものについては、全体の人たちが、特に国の政策を、政治を切り盛っていらっしゃる皆さま方のところでは、ほんとうに慎重な御配慮をしていただきませんと、やはり怨嗟の的になるのではないかと私思いますし、いま事実、怨嗟の的にならないこともないではないかと思います。だから、きのうのようなこともあるし、きょうの内職大会のようなこともあるということをやはりはっきりさせたいというふうに思うわけでございます。  それから安全輸送の問題です。私もどうしても安全輸送してほしいと思うわけです。まあ、やはり朝だれかが出ていくとき、「気をつけて行きなさい」——私は自分が飛びはねておりますから、自分が言われるほうですが、だれか家に残る者が、そういうことで水杯で、何か少しおそくなると何かあったのではないかという状況がございます。これは道で自動車にはねられることを一番心配されるけれども、しかし、国鉄としても心配のそとではない。さっきから言うように、ボタンがちぎれたくらいでは済まない。つまり、軽いところでは、手の骨や足の骨がどうかなるというところがら、もっと大きな障害を起こしかねないというほどの状況の中で、しかも、私も安全輸送については、特にきょうは交通事故をなくす会から代表として出てきているということなわけですから、みんなが心配していると思います。ただ、そのことがイコール国鉄運賃値上げにつながるかどうなのかということについては、一考の余地があるのではないかというのであります。  たとえば、国鉄の要員増加抑制政策というのがあるのだというふうに伺っております。四十五万人という国鉄職員の数をふやさないのだという方針を国鉄はとっていらっしゃる。それから、先日出された審議会の答申もそれを支持していらっしゃるというのを見まして、私は非常にびっくりいたしました。過密ダイヤをなくすということを言われている。で、とにかく、いま非常にたくさんの輸送を必要としているということが言われている。その中で、その場所で働いている人をふやさないということで、一体安全輸送ができるのかどうか。その人たちの労働条件について、それは常識的に心配するのがあたりまえだと私は思うのです。国鉄事故については、過密ダイヤの問題というのか基本的にございますけれども、それだけでなくて、やはり労働者の非常な過重な労働というものが私はどうしても大きな原因になるのではないだろうか。私たちが道を歩いて、おりまして、ひょっとそれでも何かにつまづいてころぶということがあるのです。何かの形でもって放心状態になるというようなことは、疲れている場合必ず出てくるものです。それが現状国鉄の労働者の条件ではないだろうか。もっとそれを何倍にも何倍にもしたような過労の中での労働条件、悪条件というものがあるのじゃないだろうか。私は、国鉄の労働者の人たちがじゃあ夜勤のときにどうなんだ、どんなところで仮眠態勢がとれるのだろうかということも、国鉄のPRといいますか、労働組合のつくられた映画などについても見せてもらいましたし、話してももらったわけでありますが、ほんとうにへんてこりんなところで休まされているのだと思いました。しかも、人員を絶対的に減らしている。しかも、それはふやさないと言われている。その中で運賃を上げて、そして運賃が上がったから安全が確保されますよということを一体どういう考え方でおっしゃられるのだか、私にはよくわからないというようなわけでございます。私は、運賃がとにかく今度のような大幅な値上げをされるということについては、これは公共料金であり、しかも、ほんとにそれが家計の中での動かしがたい、倹約したくてもできないものであるということが一つと、それから、さっきの安全輸送の問題についても、前に申されました公述人の方と全く同じ状態の中から逆の結論が引きの項目に分けまして申し上げます。まず第一に、運賃改定はなぜ必要かという問題、それから第二には、運賃水準の問題をどの程度、どういうふうに考えるべきかという問題と、もう一つは、第三に、貨物運賃の問題、この三つに分けまして、大体私の考えていることを申し上げたいと思うわけです。  まず第一に、運賃改定必要性につきまして。これはもうすでにここに重ねて申し上げることはないと思うのでありますが、一言申しますれば、先ほどお話が出ておりますように、大都市の通勤運輸の混雑の緩和、あるいは過密ダイヤの解消、あるいは幹線の輸送力を増強して日本経済成長のための隘路打開策としての線路の増設、それからまた、いまお話がありました安全輸送確保のための保安施設工事等が必要である、こういうことはもうすでに国鉄の基本問題につきましていろいろ懇談会で研究されました結果、答申もあり、それによりまして第三次長期計画が設定されている、これは御承知のとおりでありますが、そして、これらの工事資金が約二兆九千七百億円計上されておりますが、これは過大ではない、過小であっても過大とは言えないというふうに考えるのであります。すなわち、これらの工事を行なっても、まだ都市通勤混雑の緩和ということは、おそらくまだ十分にはできないで残っておるということになるのでありましょうから、少なくも、これだけの工事は必要であるということは疑う余地はないと思うのであります。  そこで、この資金を調達するために、何に財源を求めるかと言いますと、公債または政府の財政投融資ということが、まず考えられるわけであります。そして、その公債または政府の財政投融資にまつ——主としてはそれによるのでありましょうが、そのほかに国鉄の借り入れ金の利子というもの、資本関係費用の負担ができるように負担力を正常化していくということが、国鉄企業の健全経営のためには、どうしてもやむを得ないと思うのであります。そうして線路を増強しまして、輸送力を増大し、あるいは速度向上のために工事を行なうということになりますれば、人件費も、物件費も、ある程度膨張してくる。したがって、運輸量の増加以上に経費がだんだん高くなって、コストも高くなりますので、国鉄会計が赤字になるというふうに考えるのであります。  それから、いままでは、国が物価政策の立場から公共料金抑制するという必要があるとして、一年間運賃の是正を押えてきたのでありますが、これは、長引けば長引くほど、経営上の赤字はどんどん増加してくるし、工事も進捗いたしませんし、交通問題は依然として解決しません。また、国鉄赤字を国が補償して、そうして健全経営を続けるというか、国鉄財政のつじつまを合わせるということは、いまの時点におきましては必ずしも適当ではないと思うのであります。と申しますのは、現在は海運、あるいはトラック、あるいは飛行機、各種の交通機関が併存する状態でありまして、それがわずかな量でなくて、相当大きなそれぞれ各機関がシェアを持っておるのでありまして、従来のように国鉄が独占経営をしていた時代とは違っております。その時代のもとにおいて、国鉄が国の援助のもとにその経営を続けるということは、民間の交通機関と公の経営する国鉄とが不当競争をするということになりますので、他の交通機関を国の援助のもとに圧迫するということになるので、決して経済の正常な秩序を確保することにはならないのであります。でありますから、国鉄は正しい運賃関係に是正することが必要であると思うのであります。  物価政策の問題は、これは公共料金だけを一時押えるというようなことで局面を糊塗いたしましても、それは決して長く続くものではなくて、もっと根本的に、総合的に物価の問題については考え方をきめていただく必要があると思うのであります。国民の消費価格のうちの四割から五割までは、いわゆる流通関係のものであり、しかも、流通問題と申しますのは、大企業と違って生産性が上がらない。生産性が上がらないにもかかわらず、ある程度賃金を大企業並みに上げないと労働力の確保ができない。したがって流通関係の十分な供給力を確保するためには流通関係のコストは上昇する。それが運賃あるいは料金という形になってくるのでありますから、これらの問題は、経済構造そのものの改善であるとか、あるいは、そのほかいろいろな国の総合的な経済政策を行なってこの対策を考えないと、皆さんの御心配になるようなインフレがほんとうに起こってくるのではないかということも懸念されるのであります。でありますから、私といえども、この物価問題における運賃問題というのが非常に重要であるということはもちろん考えるのでありますが、この対策は、国として大いに力を入れて、本格的に取り組んでいただきたいと思うのであります。  第二に、運賃水準を、それではどの程度にすべきかという問題でありますが、これには、まず第一に、運賃と原価の関係でありますが、国鉄の原価計算によります人キロ、トンキロ当たりの原価と運賃との関係でありますが、いままでの原価計算上の原価と申しますのは、これは実費でありまして、これは経営を合理化するための経営分析の資料としては、実費というものを調べるということはまことに適切でありますが、動態的な、ダイナミックな経済市場における運賃というものを判断していく場合には、単純に過去の原価計算による原価をそのまま容認して、それを基礎にして運賃の問題を考えるのは適切でないのであります。実費は過去の実績を示すものでありまして、運賃の問題は、これからあとの将来の問題であります。これからの輸送に幾ばくの原価が必要であるかということと、いままでの実費が幾らかかったかということとは、区別して考えなければならない。たとえば通勤運輸の実費を見ましても、過去は利益が出ていたかもしれません。しかし、輸送力を増強していくということになりますと、大都市内の線路を増強する費用は著しく巨額を要します。インフレ前の、現在の鉄道がつくられたときの工事費と比べれば問題にならないのであります。しかも、通勤輸送の需要の弾力性は非常に小さいので、運輸量は、輸送力が増加しても、その割合には増加いたしません。また、混雑緩和を目的としておるのでありますから、運輸量の増加率以上に輸送力を増加しなければ問題にならないのであります。したがって、原価が過去よりも高くなるということは当然であります。現在の運賃を調整しなければならぬということは、そういう意味においても理解できると思うのであります。  また次に、踏切の改良とか安全ということのために、あるいは信号など保安関係の工事にいたしましても、同様に、過去の実費の中に含まれているそれらの関係の費用は少ないのでありますが、これからあと安全性を確保していくということになりますと、その費用がふえていくのでございますから、それも原価がこれからあと増加していくということは当然考えられるのであります。  それからまた、この原価につきまして、最近数年間の原価と、それから過去の原価とを比べてみますと、戦前の十年間、あるいは戦争後の、終戦後最近まで、三十年までの十年間、そのころは運輸量が増加すれば原価が低減するという現象があらわれておったのでありますが、最近のこの十年間におきましては、いわゆる三十年から四十年に至るこの十年間におきましては、運輸量が増加しましても、原価は低減しないという関係が起こっております。それの原因は、一つは人件費が高くなっているということもあるのでありますが、そればかりでなく、やはりこの現在の鉄道の輸送力が行き詰まっておる、行き詰まっておりますと、そこでその行き詰まったときを限界として原価はむしろはね上がっていくのが当然の状態なんであります。いわゆる鉄道の運送原価というのは能力原価でありまして、その能力の限界に達するまでは漸次下がっているのでありますが、その限界に達すると、今度は原価は急激に上がるということになるわけであります。そういう意味におきまして、現在、国鉄が行き詰まった輸送力を拡充するために、部分的に工事をいろいろやりそして輸送力をふやすという場合、能力をふやすことに関連して原価はだんだん高くなってきておるというようなことがあるのでありまして、今後もこれから漸増し、実際の交通需要の増加率以上に輸送力をふやすということになれば、必ず原価というものは高くなっていき、その原価が一体幾らになるかということを考えて運賃の問題を考える必要があるわけです。  また、あるいはその昭和三十年ころを基礎にして現在の運賃は高いとか安いとかということを議論されますが、物価指数運賃指数というものの関係は、相対的にある程度批判の材料にもなりますが、しかし、現実の運賃水準を幾らにするかということをきめるにはこれからあと運送の原価は幾らかかるかということを具体的にすることによって初めてきまるのでありまして、物価指数運賃指数の関係の比較だけでは、きめ手にはならないのであります。やはりこれからあと、運送のために合理的経営をやって、金が幾らかかるかということを考えて水準をきめていくということが、必要であろうと思うのであります。  それから、今度は旅客運賃貨物運賃のバランスの問題、上げる率の問題でありますが、その第一といたしまして、最近は道路の舗装が非常に進行しておりますし、自動車輸送量も非常に多くなっております。名古屋——大阪間の一つの具体的事例を申しますと、昭和三十八年度におきまして、鉄道で一日に輸送した数字は五千百七十二トンでありましたが、自動車輸送した数字はその倍の一万一千八十四トンになっております。また海運の輸送につきましても、運輸白書にもありますように累年増加しております。その原因の一つは、国鉄サービスの旧態依然たるあり方、幹線輸送力が行き詰まっておりますし、またサービスの改善とスピードアップが十分に行なわれていない。賃率関係にしましても、鉄道はまだ独占時代の運賃負担力に基づく貨物等級制度が残っておりますので、貨物運送原価は自動車よりも低いにもかかわらず、鉄道輸送を利用されないということであります。これは国民経済的に見て、決して望ましいあり方ではないと思うのであります。できるだけやはりサービスを改善し、運送原価の安い鉄道を利用されることが、国民経済的に見て重要ではないかと思うのであります。したがって、サービスの改善、輸送力の確保のためには運賃を是正する必要があるのでありますが、しかし是正するとしても、競争状態下における是正でありますから、その競争程度に応じて、是正する程度はなるべく低いほうが望ましいと思うのであります。  第二は、営業費中の人件費、修繕費、業務費というようなものは三十九年度は三十八年よりも高く、貨物のほうが高くなっております。これは結局運輸量が三十九年度は三十八年度よりも貨物は増加しなかったが、しかし費用は現在の能力を維持する限り同じようにかかってくる。したがって、輸送量が少なければ、コストは相対的に高くなるというような関係になってくる。それからまた貨物以外の旅客関係においても上がっておりますが、それは結局旅客関係におきまして、サービスの改善が相当行なわれたということも原因しておりましょうし、それからもう一つは、現在の原価計算の方法を見ますと、旅客列車を通過させるために貨物列車が待避しておりますが、待ち合わせておるのでありますが、その待ち合わせするための費用というのは、現在の計算方法では旅客の運送原価にあらずに貨物の原価になっておる。したがって、貨物のコストが旅客のコストの一部を負担するというようなことになっておるのでありますが、これらの関係は、現在の鉄道の経営を分析する資料としては、こういう原価計算も適切でありましょうが、なお、運賃関係の資料としての原価ということになりますと、費用発生原因者にコストを負担させるような方法に原価の計算方法を修正する必要があろうと思うのであります。  また、過密ダイヤ解消、通勤線と長距離線を分離するということを含めた幹線の線路増強ということは、主として旅客列車のサービス、いわゆるスピードアップということが主たる目的でありますから、新投資の資本関係費用というものは、運送速度というものを高く評価しておる旅客関係で負担することが必要ではないかと思うのであります。  その次に、それにしても貨物というものは、短期の限界原価と考えられるものについては、やはり貨物負担する必要があります。いわゆる線路とか車両の修繕費、運転費、業務費というようなものは、これは貨物関係として負担させることが必要であろうと思います。  それから物価指数運賃指数の関係でありますが、旅客のほうの上がり方が、貨物の場合よりはいままでの沿革から見ると上がり方が少ないのでありますから、この際、貨物関係よりも旅客関係を、指数面から見ましても少し大きく上げてもバランスはくずれないと思うのであります。  以上申しましたようないろいろの項目を十分考慮した上で、旅客関係、貨物関係の負担が適切かいなかということを考えていく必要があろうと思います。  そのほかに、もう一つは、全体を通じての問題として、現在の運賃水準をきめる場合に考慮しなければならない問題は、鉄道企業負担をしておる社会的な費用であります。少なくとも不経済線の社会的費用負担ということにつきましては、国の補償ということが必要になってくるのであります。道路もよくなり、自動車運輸の発達した今日では、必ずしも鉄道でなければ輸送できないということになっていないのでありまして、地方の運輸量の少ないところでは、鉄道よりも安い費用で運送できる自動車輸送することが、国民経済的にも望ましいのであります。ただしかし、鉄道を望むというのは、鉄道運賃が安く押えられておるから、地方の人々は鉄道を希望するということになりましょうが、もしそれをどうしても認められるということになりますれば、国鉄輸送引き受け体制は残すことにして、輸送方法としては、鉄道によらず、自動車で代行するほうが合理的であり、むだも少ないということで、外国でも自動車代行ということが貨物関係において行なわれております。また、旅客におきましても、鉄道のかわりにバスを利用することが、短距離区間においては行なわれております。いずれにしても鉄道の原価が自動車運送の原価をこえる程度部分は、社会的費用の負担として国で見ることが必要であろうと思います。自動車が発達しなかった時代と違って、現在は、相当自動車が発達しておるわけですから、幹線の余力財源で不経済線の赤字を補給することは相互扶助、いわゆるクロス・サブシディする余地はだんだんなくなっていくのでありますから、今後はどうしてもこの問題に対しては、この問題を十分検討して対策を講じていく必要が、だんだん起こってくると思います。  第三は、貨物賃率制度の問題でありますが、これは国有鉄道の現在の貨物賃率制度は、独占時代の遺物でありまして、今後の交通革命期におきましては、運賃制度調査会の答申にもありましたように、原価を重視した運賃に改めなければならないと思います。すでに貨物等級は、そういう意味で等級間の指数を圧縮されておるのでありますが、今回の改正案では、一そうそれが圧縮されるようになっているのは当然の措置でありますし、私も賛成であります。外国でもまた、そういう対策をとっておるのであります。また、運賃理論としては、できるだけ各交通機関の運賃は、それぞれ各運輸機関の原価を反映させたものにすることが、旅客や荷主など交通機関を利用するにあたっての選択基準を誤らしめないことになるのでありまして、それが経済学的にも主張されておるのであります。  なお、小口貨物のためには、すでに小口混載制度が強化され、鉄道の貨物駅も著しく圧縮されておりますので、これが軌道に乗れば、この方面も相当合理化が行なわれると思います。  次に、車扱いでありますが、車扱いにつきましては、これは大量のものでありますが、重要物資別に輸送需要に応ずるようなサービスの改善を行ない、また包装とかコンテナー利用など、これは小口の問題もありますが、とにかく流通費軽減に協力するような計画になっておりますのでありますから、運賃は多少高くなっても流通費全体を通じて見ますと、それほど負担は大きくならないということが考えられるかもしれません。また、サービスが重要物資別にピストン輸送が行なわれて、操車場が介在しなくてもよいようになりますと、鉄道の輸送自体も軽減されると思いますので、賃率についてもこれらの大量貨物については、なるべくそれぞれの原価を考えて、きめこまかに具体的場合に妥当するような特約賃率を作成するなど、弾力的な取り扱いをすることが必要でありましょう。また、従来の運賃計算単位が貨車単位になっておりましたのを今度は積載重量別に調節されることになりますのは、これはまた独占からの脱皮でありまして、適切な措置と考えるのであります。要するに、国鉄が今回の第三次長期計画により輸送力を拡充するとともに、運賃の是正を行なうのでありますから、それに相当するサービスの改善を行なって、喜ばれる国鉄になり、国民の所有する財産としての国鉄の健全経営が確保されることが重要であると考えるので、国鉄においては、できるだけ経営の合理化につとめ、なるべく運賃是正の限度を少なくするように希望いたしまして、大体原案に賛成であります。
  10. 江藤智

    委員長江藤智君) ありがとうございました。
  11. 江藤智

    委員長江藤智君) 以上で公述人各位の御意見開陳を終わりました。  それではこれより公述人に対する質疑に入ります。御質疑のある方は、順次ご発言を願います。  ちょっと速記をとめてください。   〔速記中止〕
  12. 江藤智

    委員長江藤智君) 速記をつけて。
  13. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 それじゃ一番最初に前田さんにお伺いいたしますが、あなたがいままで述べていただくことは、だいぶ具体的でありまして、時間がございませんから要約して申し上げますけれども、今回の運賃値上げに対して賛成か反対かという観点からおっしゃっていただきたい。つまり運賃値上げが是か非かという抽象的なことじやなくて、今回のという前提でもってお願いしたいと思うのですけれども、今回のような大幅値上げ内容が妥当であるかどうか。第一点として、つまり旅客運賃では、場所によると三割増しじゃなくて五割増しなり、倍増しというような地域が出てくるわけです、線区が出てくるわけです。そういったような大幅な値上げでなお妥当と思うかどうかということが第一点であります。  それから二番目は、公共負担の実情でありますけれども、いままでの衆参両院の委員会における審議の中で明らかになりましたことは、国鉄総裁の言明によれば、三十二年から三十九年までの公共負担の総額が五千二百億になる、四十年度だけで九百億になる、こういうお話でした。その公共負担内容というのは、通勤、通学をはじめとして、貨物運賃のいろいろな割引、新聞輸送割引等があるわけであります。ですから公共負担も一ぺんには片づけられないと思うのでありますけれども、こういったような公共負担国鉄負担をするということは、国鉄会計でもって負担をするということであります。言いかえれば、先ほど前田さんのお話によると、利用者負担原則に立つならば、当然これは利用者がつまり運賃でもつてまかなうのがほんとうだというふうにおっしゃいました。そういうことであれば、運賃でもってたとえば石炭の費用であるとか、石炭は未収金等が四十何億ある、こういうことまであります。つまり石炭の運賃を払わない、俗なことはでいうと踏み倒している。そのかわり、石炭を買う場合には国鉄は高く買わされておる、こういう実情がある。それから木材とか、石炭石とか、鉄材とか、肥料とか、こういったようなものは、いずれも安く運んでおる、こういうことであります。それから農産物、生鮮食料品、これも同様であります。考えてみますと、純然たる政策として農産物とか生鮮食料品とか、こういうものを安く運ぶというようなこと、あるいはまた観点は違うかもしれませんけれども、大きな企業の生産財を運ぶという費用、こういうものを一般の切符を買うお客さんの運賃でもってまかなうということは、これは当を得ないことになるのではないか、先ほどの理論から言うと。そういうことになるのではないか。そこで公共負担に対して政府出資がゼロである、石田総裁が言っていることは、いままで懇談会で三千億ないし二千億はぜひ政府で出資してくれ、こういうふうに頼んだけれども、政府が首を縦に振らない。むしろ社会党なり自民党が政府に首を縦に振らせるということでないと困る、そうでないと運賃値上げをせざるを得ない、こういうふうに石田総裁は言っているんです、いままで。でありますから、今後の運賃値上げでもって増収の見込まれる分は二千億です。四十年度の公共負担分は九百億です。だから、そうするといままでの五千二百億の公共負担のうち半額とも言わない、三分の一とも言わない、五分の一の一千億を政府が負担をしてくれておって、しかも四十年度に見込まれたところの九百億、約一千億ですね、これをまた政府が負担をするということであるならば、これは二千億の運賃値上げをしないで済むという、簡単な計算でありますけれども、そういう計算が出てくるわけですね、一応は。この計算は、全然国鉄利用者以外の人に負担をさせるという性格のものではなくて、純然たるこれは公共負担である。純然たる公共負担は、ヨーロッパでは全部政府がめんどうを見ているんだそうですけれども、日本だけはめんどうを見ていないんだ、石田総裁の言によれば。日本のような公共負担を全然国がめんどうを見ないというやり方、政府出資ゼロ、こういうようなやり方が、はたして妥当であるというふうにお考えになるかどうか。  それからもう一つ通勤輸送の問題でありますけれども、通勤通学輸送について安全を確保するためには、どうしても値上げをしなければならぬというふうにお話がございました。これはこの前の第二次の、三十六年の第二次五ヵ年計画国鉄の宣伝のポスターなんですけれども、この前の運賃値上げのときに、この運賃値上げをやれば五年後の国鉄はこうなりますと言って、通勤通学も楽になります、それから年末年始やお盆などにも、いまのような混雑はなくなります、それから全国どこにでもすわって楽しい旅行ができます、こういうふうに書いてある、この前の運賃値上げのときのポスターに。いま五年後にそういうふうになったかどうかということを考えてみますと、運賃値上げによって約束どおりにならなかった。なぜそうなったかというと、東海道新幹線に四千億もかかったとか、見込み違いがあったとか、こういうような話があったんです。そういうようなことを考えてみますと、運賃値上げによってごく簡単に通勤通学輸送が楽になるということをわれわれは信じていいかどらかというと、過去の実績からいうと信用できないということになる。それから一昨年こういうことがありました。浅井さんが質問した中で、東京通勤は非常にひどいものがある、このひどい混雑を緩和することができるのかという質問があったんですけれども、必ずしも直ちに、たとえば秋葉原と東京の間のあの混雑はこうしますという確答は得られなかったんです。つまり定員の三倍半も乗っけている。浅井さんの表現によれば、おりの中のサルみたいなものだ、こういうふうに言われたんです。しかし私は秋葉原と東京の間を乗っておりますけれども、朝のラッシュにはおりの中のサルといったような、そういう余裕のあるものではないと思うんですね。かん詰めのイワシぐらいじゃないかと思うんです。こういう状態がよくならないで、そのまま運賃値上げということになるわけですね。そうすると、よくてサルなんです。よくてサル、悪くてイワシ通勤着、こういうことになるわけですね。それで、「ウン」と値上げで「チン」とがっちり、こういうような状況なんですけれども、これはちっとも改善されるという当てがないのです。  そこで、以上申し上げたような点から、お話がありましたけれども、どうも通勤がよくなるという保証はいままでなかった。それから、その原因となっているものは何かというと、公共負担である。公共負担に対する政府出資というのはゼロだ、今回もゼロだ。これでこのままいって、はたして安全が確保されるという見通しがあるかどうか、こういう問題になってくるのですけどね。まあ特にお急ぎのようですから、以上の点を簡単にお伺いしたいと思います。
  14. 前田清

    公述人前田清君) 第一の大幅値上げが出る点があるじやないかという点でございますが、これは私公述の中でも申し上げましたように、過去において国鉄運賃を押えてきたということが、今日大幅の値上げをしなければならない原因になっておるので、また、この際非常に大きな値上げは、もちろん私としても歓迎すべきじゃないと思いますが、ある程度のものを認めなければ、これがまた将来に大きくなって、ちょうどまりを押えているようなもので、将来これが膨張しましてまた大きな値上げにならざるを得ない、あるいは、ひんぴんたる値上げを行なわなければならない。国鉄は当分値上げをしないと言っていても、やり切れなくなればまた値上げをしなければならぬ、こういうことになりますので、今回国鉄が出しておりますある程度のことはやむを得ない。それから、ある部分について多少大幅になるのも、これもやむを得ない、不本意だけれどもやむを得ないということで、過去の累積の結果だというので御承認を得たいと思います。  それから公共負担の点でございますが、いろいろ公共負担にもございますのですが、私が少し言過いぎるぐらいにして申し上げました通学の定期の値上げの問題でございますが、これは石田総裁もおっしゃったそうでございますが、フランスなどでは文部予算の負担になっております。私も、こういった公共負担というものは全然社会のためにならないということを申しているのでなくて、公述の内容をよく御検討いただけばわかりますが、それが他の利用者負担に転嫁されているところに問題があるということを申し上げておるのであって、公共負担をやめろということは決して申しておりません。そうして必要な公共負担、たとえばいま申し上げました通学費のごときは、これは文部省のほうの予算、教育費として出して、国鉄に国費から出して、それで他の利用者負担に転嫁されないようにする必要がある。これが公共負担の中でも一番大きな部分と思います。あるいは新聞なんかの割引もありますけれども、この分は金額にしますとわずかのものでございます。  それから、利用者負担のために将来の値上げの原因というものを考えておかなければならないと思うのでございますが、いま運賃を押えますと、先ほども申し上げましたように、将来これがまた値上げの原因をつくるという点を、十分御考慮願いたいと思います。  それから安全確保の問題でございますけれども、私これは最後に条件つけましたように、国鉄が従来運賃値上げをいたしまして、こうするという公約をいたしておりましたのを破られたということは、御指摘のとおりだと思います。でありますから、今回の運賃値上げにつきましても、運賃値上げをした分はこういうふうに使うのだということを示しておられるのでございますから、その方面に使ってもらわなければならないと思います。  それから、具体的に秋葉原の問題は、私よく実情をわからないのでございますが、これに対しましても、方法はあると思います。で、それが、今回の運賃値上げに直接つながるかどうかは存じませんが、この部分輸送を緩和する方法はないということは言えないと思いますので、そういうふうな、たとえば国鉄の申しますように、定員の二・四倍までならば新聞が読めると、三倍になるとどうなり、いまのように三倍何ぼになると命が危うくなると、こういうふうなことを申しておりますが、大体定員というものがありながら、定員の何倍というようなことを言っていることがおかしいので、もう定員をお変えになって、定員はこれだけだと、それはいまの通勤輸送の状況ではやむを得ない程度に定員のその数をふやして、もう定員をこしたらいけない。たとえばいまビルディングのエレベーターなんかは、定員は十六人なら十六人になっておりますと、十七人目の人には乗せない。これがもう安全のためには必要なことだと思いますので、そういうふうに国鉄としてはお変えになることがいいと、こう思います。まあお答えになったかどうか存じませんけれども……。
  15. 岩間正男

    ○岩間正男君 一つ簡単に前田さんにお聞きしますけれども、いま国鉄がこのような状態になったのは、運賃を押えてきたからだと、こういうお話なんですね。ところが、実際はそうじゃないのじゃないですか。第一次のときも、第二次のときも、これはいろいろまああげたわけですね。先ほどから話が出ているように、通勤輸送の緩和、安全の確保、それから幹線輸送の増強、こういったことをあげてきたんですけれども、実際はこれは行なわれていない。実績を見ますというと、第一次の場合には、通勤輸送の緩和なんかはわずかにこれは六〇%しかできないでしょう、最初の目標の。それから第二次の場合は五五%に減っている。その原因というのは、やはり新東海道線をつくって、三千五百億の膨大な、全体のこれは資金量の二六%くらいをそっちのほうへ回している、こういったやり方ですね。第三次で、それならそれをやらないという保証は実際にないのじゃないか。また第一次、第二次計画を繰り返す、こういうことを非常に心配しているわけです。したがって、どうしてもいまのようなひどい状況を直すためには、運賃値上げはやむを得ないのだということを言っていますけれども、これは単にうたい文句でね、通勤輸送の緩和とか、それから過密ダイヤの解消とか、あるいは安全の保障というのはうたい文句で、運賃を上げる。上げてしまえば、全然また別な方向に資金を使っていくというのが、いままでのやり方だと思います。この点はどうお考えになるのですか、この点についてお聞きしたい。
  16. 前田清

    公述人前田清君) その点は私がお答えする範囲ではないと思いますけれども、私も岩間さんと同じ考え方を持っておりまして、値上げは必要だ、この点は岩間さんとあるいは意見が違うかもしれませんけれども、その資金国鉄が第三次計画といって公約しております点に使うということを条件として私は賛成しているのでありまして、過去において、これがどうなったかということにつきましては、私としてはどうもお答えができませんし、また将来につきましても、私はそういうものを国民の一人として監視するということはいたしますけれども、それ以上の能力もございませんので、もう私としては、それを条件にしているのだということを強く申し上げまして、お答えにいたしたいと思います。
  17. 相澤重明

    ○相澤重明君 やはり、前田さん時間がないようですが、全国的に見ましてですね、国鉄の持つ役割りというのがたいへん大きいと思うんです。しかし、国鉄全体の線路からあがる収益というものを見ると、ずいぶんもうからないところがたくさんあるということを、まああなたも御承知だと思うんです。特にあなたが産業計画会議の立場でいらっしゃるから、そういう、よく前に言われた政治路線赤字であっても、国鉄なんだから、線路敷かなきゃいけない、こういうことに対して、あなたのお話の独立採算制、企業性、こういうことをしいれば、どうしても運賃値上げしなければ、これはやっていかれない、しかも大幅にしなければいけないということになると思うのですよ。そこで、そういう政治路線といわれる、赤字路線といわれるようなものが、国鉄利用者あるいは国鉄の労働者にしわ寄せだけをしていいのかどうか。こういう点は特に産業計画会議のあなたの立場ですから大事なことじゃないか。しかし国鉄は必要なんじゃないか、こういうお考えもあると思うのです。そういう点をどういうふうにお考えになっているか、一点聞きたい。  いま一つは、あなたの公述の中でいわゆるこの公定物価ですね、公共料金というものを押えてみても、しょせんは一般物価は押えられないではないか、こういうお話でございました。なるほど他面そういう面もあると思うのですが、それではこの物価を上がることを野放しにして、あるいは政治政策というものを考えないでそういう公定料金等を申請のままに許すとしたならば、一体どういう結果が生まれるだろうかということと比較してみて、私はやはりまずいながらもこの公定料金等を、いわゆる公共料金等を押えたということは、まことに一面においては非難ごうごうたるものがあったけれどもやはり役立ったのではないか、こう思うのだが、あなたはやはりこの公定物価公共料金を押えたことが結果はよくなかった、こういう御判断をされておるのかどうか。  第三は、これはあなたのほうの会長さんだったと思うのですが、松永先生が、かつて国鉄というものは必要ないじゃないか、私鉄にしたらいいじゃないか、全国分断をしたらどうかというような電気事業と同じような考えを一時出されたこともあるわけですね。つまり、あなたの論理が発展をしていくと国鉄というものはあまり必要ない、これはもう独立採算でいけば、企業性を追求をすれば私鉄でもそれはできるわけですね。私鉄でもできるわけです。そういう意味で、国家投資ができない状況なんだから、これはもう利用者にそこを、乗る人が悪いとはおっしゃらないけれども、乗る人が負担しなければいけない、こういうことになると、やはり国鉄と私鉄とまああまり公共負担というものがなくなれば違いがないのじゃないか、こういう点がいわれると思うのです。そういう点で、松永先生のおっしゃったそういう考え方がその根底にあるのかどうかですね。これはたいへん大事なことで、あなたのほうは特に全国的な産業面を担当されておるのでお尋ねをしておきたいと思うのです。  第四点は、いま瀬谷君からもお話のあったことにお答えになった、たとえば外国で子供のための費用は文部省が一部負担をする、こういうお話がございましたが、そのことはあなたもお認めになっておると思うので、それならば国鉄が、実際に公共負担内容によっては、そのいわゆる原動力となっておるところが負担をするのもあってもいいのではないか、こういうことをお認めになっておるのかどうかですね。  以上四点についてお答えをいただきたいと思います。
  18. 前田清

    公述人前田清君) 第一点の赤字線の問題でございますが、いわゆる政治路線というようなことにつきまして、これもまた私のお答えすることではないと思いますが、しかし赤字路線が好ましくないということは言えないと思うのです。それは国鉄国家の資本で経営している限り、いわゆる低開発地域というものの開発ということは、国鉄一つの任務だと思います。そういたしますと、低開発地域におきましては赤字路線になることは、これはやむを得ないことでありまして、私鉄の場合におきましても私バスの場合におきましても、やはりその私鉄、私バスといえども公共機関でございますから、赤字路線を、赤字路線になると知りながら開発地域まで延長している例は、幾多あるわけでございます。この点は開発路線赤字というものを認めなければならぬ、しかしそれが国鉄の経理全体を危うくするようなふうになるほどのものをやってはいけない、私はこう考えております。  それから公定物価を押えたって、物価の関係がどうなるかということでございますが、これは私が申し上げておりますのは、その特定のある物価を押えても何にもならない、それで公定物価というものは抑制すべきである、こうは考えますが、その抑制のしかたは、その物価そのものを押えるのじゃなくて、物価の上がらないような条件をつくる、上がる条件を排除する、こういうふうないき方でなければならない。そのものを押えますと、必ずそこに反動が起きてくるから、物価の上がらないような条件をつくるように持っていかなければいけない、こういうふうに考えるわけであります。  それから私営分割の問題でございますが、私も、関係のないことでございますが、松永委員長と同じく、もう今日の時代になりまして日本の経一済も大きくなってまいっておるのでございますから、国鉄であれ私営であれ、企業体であるということは変わりがない。これを認めるか認めないかも議論がございますが、企業体としてやるならば、この資本は国が出すか民間でやらすかということは、あまり関係のないことであって、ただ民間でやったほうが企業精神が旺盛であって、かえって運賃も安くなり、そのほうが一般国民のためになるのじゃないかという考え方は、依然持っております。競争原理を取り入れるということがいいと私は考えております。  それから第四は、公共負担をどう考えるかということでございますが、私は公共負担のうち、当然国家負担すべきものがあると思いますが、それはそのものを負担しなければいけない。たとえば通学を割り引くならば、これを国鉄負担にしないでこの分、国鉄でこれだけ割り引いてというものを国会なら国会で御承認になりまして、教育費として文部予算でお出しになる、こういうふうなはっきりした筋道をおとりになるべきだと、こう私は考えております。
  19. 岡三郎

    ○岡三郎君 いまの説明でだいぶわかってきたのですが、先ほどの公述の中においては、料金が上がらないために死人を出している、それで自己の生命安全を守るため料金を上げることが必要なんだ、こういうふうに言われたと思うのです。そこからいって、いま各委員が言っているように、つまり通勤、通学の割引一般乗客にかかっている、通勤、通学の割引一般乗客にかかっているから、通勤、通学のほうの割引率を低くして、それで一般乗客にかからぬようにしなければいかぬ、こういうふうに前田さん言われたと思うのです。つまりこの中には公共負担というものについて、これは当然独占事業であるということもあるが、企業性といいますかいわゆる独立採算制のワクというものを強く考えて、国家出費というものは、これは経済の悪循環をもたらすとかいうことで言われておったのじゃないかと思うのです。私はその中ではっきり聞きたいことは、いま通学の問題について文部省が出すべきだ、そういう事例も外国にある、そういう意見を聞いて少し安心したのですが、たとえば無料パスの問題をいろいろと言われておりますが、いま顔パスというのがずいぶんある。いいですか、顔パスはばかにならぬというので、先般石田総裁が国鉄労組の協力を得て顔パスについて厳重にこれを何とかしなければいかぬ、こういうことを言われて、これも労働組合の応援がなければいかぬということを言われておったわけですが、つまり非常に独立採算ということを言って、それから原価主義とかいろいろなことを言われるけれども、こういう面について国鉄が損をしている。それから先ほどいろいろと言われたように、諸物資の輸送についてもそうなんですが、新聞紙自体についても小さい問題ではなくして、どんどんと新聞社は新聞料金を上げて、そのほうの割引率については正当に払うとは言わぬわけです。そこで私は、やはりこの点はっきりしてもらいたいのは、今回の審議会なり懇談会でもいっているように、料金を上げざるを得ないということと同時に、国が持つべきものは負担せにゃいかぬと、その点をどっちかこっちかじゃなくて、懇談会でいっているけれども、料金も必要ならばある程度やっぱり上げなきゃいかぬけれども、国鉄のいまの企業の中においてのいろいろな公共性という名によるところの負担とか、その他のいろいろな影響、こういう負担というものを抜きにして考えれば、大幅な料金値上げをせざるを得ない。そういう点を考えて、上げるにしても、できるだけ小幅に料金改定をしていかにゃいかぬじゃないか、こういうことをいっていると思うのです。ところが、値上げ論者に言わせるというと、そういうことを抜きにして、こういうふうに借金で、こういうふうに輸送が行き詰まって、こういうふうに身の危険が来ていると、これはとにかく通勤通学とか、その他影響を受けているが、そっちのほうの割引率を減らして、みんなこっちのほうへカバーしろというふうに言われていることがずいぶん多いんですが、私はそうじゃないと思うんですよ。いまの原価主義でいっても、たとえば中央線の複々線化、あるいは方々でやっておりまするけれども、もう常識で考える以上に土地価格が上がりている、その他の権利というものが上がっているわけですね。国鉄負担できないような現状の経済のあり方を放置しておいて、ただ旅客運賃でやれやれと、こういうふうな形の面のしわ寄せというものがいま国鉄にもきている。私は、そういう点で、端的に言うて、公共料金というものを軽々に政府が出し切れない点もわかるにしても、やっぱり国鉄というものが公共性をしょっているんだということを、はっきりと日鉄法で、国有鉄道法でいっているわけですけれども、それに対して、政府出資をふやすことも認めているわけですね。いま政府が八十九億の中で四十億、当時国の費用を出しておる。それも戦前ならばいざ知らず、戦後出していると、こういうことなんですね。そうすると、戦後の四十億なんというものは微々たるものです。ほとんど料金改定ですね、国民負担でやってきている。だから、そういう点で過密化したということが国鉄のなしたる原因ではなくして、いま必然的に起こっている、こういう点で私は地下鉄の例をとるのですがね、地下鉄はもちろんあれを全部独立採算で企業としてやっていった場合に、全部あれを乗客にかけるとすれば、あれはやがて破産すると思うのです。私は同じことがいま国鉄に迫っていると思う。そういう点で適正運賃というのは一体どうなんだと、そういった場合に、私は、やはり水道料金と同じように、みずからの持っているところの影響ということではなくして、国家全体の、人口都市集中という面を受けてこの輸送力打開に当たったときに、産業計画会議で取り上げられている産業の計画と同じように、全体の中においてやはりこの企業というものをどういうふうに持っていくのかといった場合に、どうしても私は安易にものを考えるのではなくて、当然国鉄がしょってはならぬもの、国としてしょわしているものですね、これをどれとどれとどれは、これは国鉄にしょわせることよりも、利用者にしょわせるよりも、国全体の国民がしょうべきである。これは農地報償制のときに、旧地主に対して国家資金、税金でこれをまかなったが、私たちはこのときも反対したわけですけれども、それは農地報償ということの形で——旧地主が損をしている、しかし、それをもらった小作の方々はどんどん宅地にして膨大な利益を得ている。利用者負担とかそういうことならば、その人たちから税金を取って、旧地主にやってくれるならば、国民はまずがまんすると思う。ところが、そういうときには、一方的に国民全体の名によって旧地主に補償することに賛成してきているわけです。これは話はちょっと別になりますが、そういう点でもう一度前田さんにお願いするのは、公共性というものの負担をこれを軽視して運賃値上げ論をしてはならぬじゃないか、だから国民利用者負担するということは当然である、ある程度までそれが合理的になされるならば、国民は納得するし、われわれも納得すると思う。ただ、そうではなくして、この間の話のように、機3号という補正予算の中において、二月十五日に、もうぎりぎりなんだというときに延びちゃった。その金を政府は簡単に国鉄に何とかしろ、こういうふうにして六十億なり五十億なりを簡単に処理しようとしている。そういうふうな形で、全部それが利用者という名前において国民にぶっかけられてきたのじゃ、これは困るのじゃないか。そういう点で、公共性というか、公共負担というものを、もう一ぺん、先生がどういうふうにとられているか。つまり懇談会とか、ああいう審議会でいろいろと論争されておりまするけれども、運賃値上げが是としても——あなた方の立場の論理として是としても、公共性を無視して、全部それを利用者にぶっかけるということ自体が、それは無理じゃないかというのがわれわれの論理である。その点について御解明願いたいと思う。
  20. 前田清

    公述人前田清君) だいぶ何か私がお答えすべき点を逸脱して、佐藤総理でなければ答えられないようなことを……(「そうじゃない、あなたの意見を聞いてるんです」と呼ぶ者あり)私の意見といたしましては、ある必要な公共負担分は、これは他の予算で当然負担しなければならない、例をあげましてたびたび同じことを申し上げてあれですが、たとえば学生定期の割引分というようなものは、学生定期の割引が必要であるならば、これを必要とお認めになって、そうして他の予算でお払いになり、そうしてそれはあくまで条件は、学生定期の割引がこれだけ必要であるということを認めるということが条件になります。それをお認めになった上で、それはその分は国鉄にかけないで、私は文部省の予算で、教育予算でお出しなさい、こう申しているのでありまして、学生定期の割引が必要であるか必要でないかという議論は、ここでいたしておらないわけであります。この点も御了承願いたいと思います。
  21. 江藤智

    委員長江藤智君) 浅井君、それじゃもうお急ぎだから、ちょっと簡単に……。
  22. 浅井亨

    ○浅井亨君 いま総理大臣でなければとおっしゃいましたが、まことにそのとおりだと思います。私もいまお聞きいたしますと、いわゆる国策によってやるものであるならばいいけれどもという、あの赤字路線でございますが、そこで経理を脅かさない程度という、こういうわけでございますが、現在の国鉄状態というものは、全部今日までの国策によりまして、そのしわ寄せがいわゆる今度の運賃値上げになってきたと思うのです。そうすると、やはりどちらも私は国策だと思うのですが、こういう点ではどのようにお考えになっておりますか。いわゆる過密都市ができたとか、都市の分散とか、道路交通の問題とか、いろいろなものが全部国策によって決しられるものでありますが、その国策がいわゆるずさんであったがために、かような通勤ラッシュができたというような問題だと私は思うのです。そうするならば、同じ国策であるならば、この点は国がその負担をして、そうして解決すべきものじゃないかと、こういうふうに考えるわけなんですが、この点はどのようにお考えになっておりますか。いま岡さんにもお答えのようにお答えであろうとは思いますけれども、まあ、そのように私も考えているわけでございます。
  23. 前田清

    公述人前田清君) これは具体的な問題でございまして、他の例をあげますと、たとえば封書が十円である。ところが、山の上の一軒家でも十円で封書が届くと、ところが、この封書を届けます費用は、おそらく何十円か百何十円かかるわけでございます。それでも山の上のところへ封書を出すのも十円でして、これはこれを何百円取ってみても、その全体の封書の代金が下がるわけでもないし、また十円で運びましても、皆さんの負担が非常にふえるというのでもない。こういうような具体的な一つの例を考えまして、一つ一つを考えていかないと言えない問題だと思いますが、赤字路線の一部においては、低開発地域の将来の発展のために赤字路線といえどもやらなきゃならない、この部分日本人全体、日本国全体の経済のために他の地域の、あるいは国鉄に乗る方が甘んじて負担することをがえんじなきゃならぬ、こういう点もあるということを私は申し上げたのでございます。
  24. 江藤智

    委員長江藤智君) それでは前田公述人に対する質疑は、一応この程度にいたしまして、他の公述人に対しての御質疑をお願いいたします。
  25. 木村美智男

    木村美智男君 高橋先生に二つばかりお伺いしたいんですが、できるだけ簡潔に伺いますけれども、一つは、先ほど何か海運の問題あるいは航空機の問題、トラックの問題なんか出されたときに、国鉄が独占の段階にあった当時はある程度国の援助というものは許されたけれども、今日の時点では、国鉄に国が援助をするということは、いわば不当な競争関係に立たせることになるから、そういうことはよろしくないんだという意味合いのことを言われたように思うんですが、誤りございませんか。——そうですね。で、そうだといたしますと、純然たる民間といっていますけれども、これは多少公共的性格が薄いか濃いかということにもだいぶ関係は持ってくると思うんですが、たとえば航空機なんかは、これは先生、全然民間がやっておりまして、国のほうからは援助がないというふうに考えられておるんですか。
  26. 高橋秀雄

    公述人高橋秀雄君) まあ一応あとからお答えしますので……。
  27. 木村美智男

    木村美智男君 そこで私いまお伺いしたいと思っているのは、いわゆる不当な競争関係に立つか立たぬかという問題は、これは国が援助をしたか、あるいはその他の方式かということにかかわらず、——私はそういう見方からすれば運賃値上げして資金をどんどんつくってやることも、これは不当な競争関係に立つんじゃないだろうか、そういう意味でおっしゃられるならばね。ですから、むしろこれは不当な競争関係かどうかということよりも、国が政策として本来やるべきものを国鉄にやらせている場合には、つまり、そういう公共的な任務をしょわせている場合には、その度合いに応じてある程度国が、国鉄の経営が圧迫されないように配慮をすることの必要がどの程度かということの問題にすべきなんであって、こういう不当競争関係になるからという立場からすれば、それは運賃値上げも、それも先生の主張からいけば、これは認めないという立場をとられるのがあたりまえなんで、私はその点が一つ納得できないものですから、そこをひとつ御解明をいただきたい。  それからもう一つは、非常にいいことをおっしゃられたのは、いまの主張とは今度は少し逆になったんですが、最後のほうで、いわゆる社会的費用ということばを使われた。で、赤字線の問題を取り上げられたわけなんですが、そういうものについては、赤字線というのは、先ほど前田先生への質問を通していろいろかわされましたけれども、要するに、その地域の地域開発あるいは産業の振興、それから非常に僻地における国民の不便を便利にしてやるというような立場からは、本来なら、これは一般の私企業ならそんなところへ鉄道を敷くなんてことはとうてい常識じゃ考えられないわけですね。しかし、国鉄なるがゆえに、そいつをやれということに実はなるわけです。そういうようなところに政治路線というようなことばがそこへついてくるわけですね。したがって、そういう意味でいえば、まさに先生のおっしゃるような社会的費用ということの部分になると思うのですが、いま委員会の中で問題になっているのは、実はそういった社会的費用に属する部分についても、これはむしろその地域の、たとえば北海道の美深というところからこの間新線が開発されました、二十一キロばかりの。一昨年ですか、これはまるきり初めから赤字で、将来黒字になる見込みは一つもありません。それから中国へ行きますと、岩日線というのがあります。岩国から入っているのですがね。これもやはり先ほど言ったような趣旨でつくられた。そうすると、そういうところから出る赤字というものは、たとえば先ほどの前田先生のおっしゃることでいけば、その地域の利用者負担をすべきだという趣旨にやはりなれば、これはたいへんなことになるので、その点については、今度は学割りの場合には、一応文部省がある程度認むべきだという趣旨ですから、私伺おうと思ったら帰られたので、いまのような話については、やはり先生と同じような社会的費用ということになってくるのじゃないかと思うのですが、要するに、伺いたいと思うのは、何か今日赤字になってきていること自体が、実は運賃が安いから赤字になったというこの理解が——一年間で九百億ですからね。あるいは公共負担というものは、去年は八百くらいだったのですけれども、過去の七年間ですか、三十二年からですから約九年間のうちに六千億ですから、この六千億というのは膨大なものです。これはもし償却をされるというか、それだけのものが入っていたと仮定をすれば、それは今日運賃値上げをある程度やらなくても相当の設備改善もできれば、輸送力の拡充もできれば、電化もできるという形になって、今度運賃値上げするにしましても、二五%平均のそういうでかい運賃値上げはやらなくても、わずかに三%か五%くらい手直しをすれば済むという、これは一応の理屈上成り立ってくるわけです。そういうことから考えてみますと、いまおっしゃられている、要するに原価主義の問題、運賃政策の問題、そういった意味で非常に安いからこれは直さなければならぬのだということがほんとうに重点なのでしょうか。いま申し上げたような国鉄の経営のあり方というものについて、この公共性の問題、そしてなおかつ、一方で犠牲をしながら、自前でやれという独立採算制というワクをはめている、この企業のあり方に問題があるのかということについても、先生どうお考えになられるか。
  28. 高橋秀雄

    公述人高橋秀雄君) まず最初に、国鉄が海運とかトラック等と競争している場合に、これに対して国の援助を受け、競争することが不当競争になるということを申し上げたのでありますが、これは都市交通のような場合は別にいたしまして、長距離の交通につきましては、鉄道よりもむしろトラックのほうが輸送分野は大きいというような面もたくさんあるわけです。そういう場合に、鉄道が国の援助のもとに安い運賃競争に参加するということは、民間事業を圧迫するということになるわけです。ですから、こういうことに対しては、やはり公正な立場で競争ができるように、それぞれの運輸機関が適正なコストを負担するということでなければいかぬ。その意味におきまして、競争をしている場合には、その一方に国が援助するということは不当競争になる。この意味において、西独の連邦鉄道法にも、これは公共企業体でなくて、政府直営の機関だ、その直営の機関でも、それに対して一般会計からその国有鉄道に対して金を融資というか補助する場合には、競争によって相手方に影響を与える場合には、補助を出していかぬということを法律ではっきりきめておる。こういうように、競争関係においては一方にだけ援助するということは私は不当だと思う。ですから、コストは少なくとも運賃で回収するというたてまえが当然だと思う。  それから航空が赤字だろうかというようなことを御質問ありましたが、航空の実態を私よくは知りませんが、まあ寡聞にして聞いておる程度では赤字のようであります。そして国がまたそれに対して援助していないから、それに対して援助をすべきだというような問題もあります。これは国策によって、あるいは国がそういう航空機の発達ということを援助しなければいかぬというようなことを考えた場合には、あるいはそれによって援助されることもいいと思います。あるいは間接には多少援助しておるのじゃないかと考えるのは、郵便なんかを航空会社に運ばしているということが、外国なんかでも、かなりそれは経済上航空会社の財政には寄与しておるということを聞いておりますが、それぞれの交通機関がやはり適正にコストを負担する意味におきまして、航空もやはり適正なコストを負担すべきである。ですから空港なんかの費用なんかも、それぞれやはり負担しなければいかぬのじゃないかと思うのです。それから海運なんかの場合も、港湾の費用を、日本では非常に形式的に、外国の船も日本の船も平等な港湾料金を取っておる。ところがほかの国では、自分の国内船に対しては有利な安い料金でやっておるというような政策をとっておるが、日本はそれに対して積極的にそういう政策をとらない。そういう国策的な立場から、貿易とかほかの問題は別といたしましても、国内関係につきましては、各交通機関がそれぞれやはり適正なコストを負担した運賃でいくというのが、根本の原則じゃないかと思うのです。その場合に、社会的費用との関連においてどうかというお尋ねがあったわけですが、これは私が申しましたように、社会的襲用、赤字線の場合には、その原価が非常に高くなるわけです。高い運賃をその赤字線利用者に全部負担させるということは、おそらく適切でない。でありますから、ほかの国でも赤字線はぼつぼつ撤去しておるわけです。アメリカのような場合には、日本国鉄の二倍に相当するような五万キロくらい撤去を完了しておる。それから英国の公共企業体であるところの国鉄なんかも、やはり数千キロすでに撤去しておる。ある程度そういうことは必要でありましょう。しかし、まあ赤字線であっても、その線が国民経済全体から見て必要だ、その地方の開発のために必要だということを国会でお考えになって、そして建設線の予算なんか御審議になるんでありましょうが、もしそうであれば、そういう政治的な意味で特にその赤字線の存続を必要とするということに判断された場合には、これに対してある程度社会的費用として国一で負担されることはいいかもしれません。しかし、それにしてもそれは赤字の全額負担ということはやはり不当だ、やはり先ほども申しましたように、少なくもトラックで運んだ場合のコスト程度運賃でやはり取って、それをこえる部分については補給されるというようなこまかい作業が必要じゃないかと思う。それにもう一つ考え方があるのは、鉄道と自動車と、同じ二地点間の輸送でありますが、サービスの質が違う、サービスの質の違いだけはやはり考慮して調整を加える、そして赤字線赤字の一部だけはやはり国が負担するというようなことも将来考えていくべきじゃないかというふうに私は考える。でありますから、前の問題とあとの問題とは、私としては、決して矛盾はしていない、こう思っているのであります。先行投資になる分は当然国が負担すべきだと思います。
  29. 木村美智男

    木村美智男君 それからもう一つですがね、私のほうにお答えいただいた中で、結局、私も考えるのですが、これは高橋先生おそらく交通関係では権威者だろうと思うのですが、いろいろやっぱり総合的に、交通機関全体を総合した交通政策を考えなければ、これはもう国鉄だけを取り出してそれだけの問題ではなかなか解決はつかぬと思う。ただ先生おっしゃられた中で、たとえば国策としてということを言われております。航空は去年あたりでも、たとえば日本航空に十八億くらいの援助を国がしておる。船の海運関係なんかは二千六百億くらい。これは利子を取らずにただでやっぱり貸して、何とかいま輸出力を強化せんければという立場で、造船産業に対してそういう膨大な金を無利子で貸してきておる。こういう関係が一面にあるわけですね、そこで、ただいま先生、国鉄の今度の運賃値上げは、国鉄がやり切れなくなってそれで運賃値上げ計画したようにあるいはお考えかもしれませんけれども、これは内閣にある国鉄基本問題懇談会で、今日の日本の人口全体、それから高度成長から中期経済計画に移るこの過程の中で、全体の輸送力というもの、特に基幹産業としての国鉄輸送力はどうなければならぬか、そういう立場から考えて、いわゆる俗な表現をすれば、通勤輸送の緩和であるとか、幹線輸送の充実であるとか、あるいは安全の確保とかいうキャッチフレーズになっておるわけです。しかし、それ全体は今後七カ年をもって——四十年度以来ですね、何とか国全体の産業経済全般をその国策にのっとって進めていく場合の国鉄の受け持つべき役割りを、この七カ年間で二兆九千七百億の金を使ってやろう、こういうことなんです。だから、ちゃんと内閣では経済閣僚懇談会でその方針をきめて、もしこれがどうかなる場合には、政府もこれを何とかしなければならぬというところまではものは言っておるのだけれども、肝心な裏づけのほうの銭は一銭も出していないから、もし出すとすれば、利子のかかる政府の財政投融資という、六分五厘からのあるいは利息を払わなければならぬという、そういう利息つきの金だけですから、これは国鉄の借金がふえるだけで、そうなればこれは四十六年度には三兆にもなるのですね。ところが、そうすると、結局またまたどうなるかといえば、これは物価が今後インフレの方向をとっていくでしょう。これは目に見えておる。そうなれば、今度運賃値上げをしても、また近い将来運賃をもう一回上、げなければ間に合わないことになるので、この際私どもは、政府がそういう国策的な立場から、いまの問題について銭をやっぱり出せということを言っておって、それを利用者だけ、あるいは国民にだけおっかぶせるのは不当じゃないかというここの議論になっておる。そこで先生に、いま言ったような今回の運賃値上げというような問題が、今日当面しておる国鉄の機能、国民経済の今後の五ヵ年計画なら五ヵ年計画の中で果たすべき役割りというところから見ると、国の政策としてきておるのだが、この点は先生の説からいって、全然これは利用者負担のほうに持っていってまあやむを得ない問題だ、こういうふうにお考えになられるかどうかという、その点をひとつ。
  30. 高橋秀雄

    公述人高橋秀雄君) まあ国策という意味でばく然とお話が出たのじゃないかと思うのですが、なるほど国鉄の七カ年計画ですか、それを二兆九千七百億の予算でもって一定の規模の改良工事なりあるいは通勤緩和のための施設をやるということは、国策でおきめになったんだろうと思うのですが、それはそれでけっこうでありますが、それでそれは国の各交通機関のバランスを考えておきめになっておるでしょう。しかし運賃の問題というのは、営業上の条件の問題でもってどこをどう工事をするかということとは、やはり切り離して考えなければならない。営業関係については、競争関係の営業であるということになれば、これは交通機関がそれぞれのコストを負担した、利用者負担原則をやはり貫かなければ不公平な取り扱いが行なわれ、経済界の動的な動きがゆがめられるということになる。その影響も相当大きいと思うので、でありますから、どこに線を敷くとか、あるいはどういう工事をやり、輸送の緩和をどうするかという問題と、営業政策の問題とははっきり切り離して私は考えるべきだ。この面におきまして、利用者負担原則というのは、これはやはり貫くのを原則にしなきゃならない、こう考えております。
  31. 中村正雄

    ○中村正雄君 私高橋公述人に一点と、山家公述人に二点だけ、簡単に要点だけお尋ねしたいと思います。  高橋さんに最初お尋ねしたいのは公述の中にありました、国鉄の独占企業性格がだんだん薄れてきておる、したがって競争関係にありまする民間企業が相当出てきておる、したがって国鉄にだけ援助するということは不当競争になる、その立場は十分わかると思うのです。ただ私お尋ねしたい点は、たとえば国鉄を運営するについて修繕であるとか、補修であるとか、いろいろな減価償却に入るべき問題は利用者運賃負担するというのは十分理解できるわけなんですが、今度の計画を見てまいりましても、山陽線の新幹線であるとか、複線化であるとか、電化であるとか、言いかえれば設備拡充の計画があるわけなんです。民間の企業でありますると設備拡張する場合増資という手段があるわけです。借り入れ金という手段があるわけなんですが、したがって国鉄企業として見た場合、こういう設備拡張の場合はちょうど株式会社が増資すると同じように、政府の出資の増額ということを考えるべきじゃないかということが、一点考えられるわけなんですが、こういう点についても、政府出資でなくして、設備拡充も利用者負担でやるべきであると、こういうふうにお考えかどうか、この点お聞きしたいと思います。
  32. 高橋秀雄

    公述人高橋秀雄君) 設備拡張の場合、民間の場合であれば増資であるとか借り入れ金によるのですが、国有鉄道の場合、やはり公共企業体、企業として経営している以上は、やはり同じ考え方であるべきだと、こう思うのであります。したがって政府が出資するにしましても、やはり、それに対する利子は支払うべきだ。また民間から公債を募集するとか、あるいは民間から借り入れ金を行なうというような場合、あるいは国の財政投融資から金を借りるという場合、ひとしくやはり利用者が払わなきゃならぬ。やはり資本コストとして原価に当然計上してやっていくべきだ。この点は外国の例を一つ引きますと西独の国有鉄道におきましても、同じ国家の経営であって、法人格は持っていなくても、やはり一般会計から特別会計の国鉄に金を貸した場合には利子を払い、そうして自分の持っている自己の財産については自己資本利子というものを計上して、それを回収するように努力せよということを法律に書いてあるわけなんです。ということは、やはり企業である以上、狭い意味の経営原価のほかに、資本利子、資本関係の費用というものを回収していくようにすることが、社会の進歩に順応した拡大再生産を行なうことになっていくのであって、国が融資した金はやはり利子を生んで、将来ますます発展する国家のために、その金が使えるようになるということを、健全な経営として当然考えなきゃならぬ。これは民間であろうと、国家の経営であろうと、同じように考えることがいいんじゃないかと思うのです。でありますから、やはり借り入れ金——増資という方法はないので、借り入れ金か出資によるわけでありますが、出資としても、それを無利子で借りる、借りるというか、出してもらうということは考える必要はないし、また考えてはいかぬと思うのであります。少なくとも目標としては、それに対しても利子は負担すべきものであると、私は考えております。
  33. 中村正雄

    ○中村正雄君 次に山家公述人に二点お伺いしたいわけですが、一点は、公述の中に、島根県のある家庭の家計費の公述がございました。おそらくエンゲル係数に利用されたと思うわけなんですが、総収入が四万四千円で、主食いわゆる食事関係を一万四千円出してます。言いかえれば三分の一程度が食生活に費やされている。これだけ見ますと、非常に文化的な生活になると思う、いまの日本水準からいいますと。そうするとあとの三万円がどういうふうに使われておるかということが公述人一つの理論になると思うのですが、その説明が全然ないので、何のために一万四千円が食事費であると言われてもわからないわけなんです。この点明らかにしてもらいたいと思うのです。  第二点は、いま国鉄運賃値上げをすると、利害関係だけから見た場合は、私は国民が全部反対すると思います。賛成する人はいないと思います。問題は、国鉄計画利用者によって負担さすか、税金によって負担するか、二つのことしかないわけです。したがって、山家公述人の立場からすれば、今度の国鉄計画についてはおそらく御賛成であろうと思うのです。したがって、いわゆる国鉄の今度の輸送力増強長期計画も、反対であれば別ですが、やはり混雑をなくすにも輸送力を増強しなければいけないという立場であれば、それの資金はそれではどういうふうにして調達すべきかという点についての御意見を聞きたいと思います。
  34. 山家和子

    公述人(山家和子君) 先ほど私が島根県の電産関係の主婦会の人たちの家計を出しましたということは、いまおっしゃられましたように、それならエンゲル係数けっこうじゃないかというお話もあるわけです。これはしかし昨年のそれの分です。エンゲル係数だけの問題で言うことでなくて、四十年度でこういう状況である、四十年度でさえこういう状況であった。それが四十一年度しかもこういうふうに米価、私鉄あるいは国鉄という形でもって上がっていく中で、これではおさまらない。しかも四十年度でさえやはりエンゲル係数は非常に増加しているという、さきの総理府の統計の上に立ってこれを申し上げたということだったわけです。で、これについて、これは東京であるとすればもっと違った係数が出てくると思います。島根県という状況の中ですと、食料費の占める度合というものは非常に少ないと考えていいんじゃないかと思うんですけれども、なおそうなんでという意味でこれを出したということでございます。  それからその次の御質問でございますけれども、それはいまの高橋公述人のお答えと全く反対の答えになってくるわけでございますが、長期計画そのものについて、これは技術的な面でいろいろございますので、その全部について私が賛成だとかあるいは反対だということにはなりませんけれども、少なくとも、うたい文句で言われている分、つまりいまの非常に危険な状態、不便な状態というものをなくすんだということについては、これはだれも反対の人はいないだろうと私は思います。そういう意味では私も賛成いたします。しかし、その資金をどこに求めるかということになってまいりますと、先ほども申し上げましたように、ちょうどさっき申し上げたことがまた繰り返えされるような形になりますけれども、一般企業の場合でしたが、それが利用者負担という形でもって行なわれるということはないはずだ。これが国鉄の場合には公共企業であるということがはっきりしていて、これが国策として行なわれていくということの場合に、やはり私は借り入れ金という形にはならないと言われますけれども、国がこれを負担すべきだということを考えるわけです。その利子負担というものをどういうふうに考えるのか、あるいはそれでは国民の税金がふえるではないかということが出てくると思います。これは全体の国庫の問題になってくるわけでございますけれども、しかし、現状さっきからやかましく私が申し上げたように、国民生活条件の中で、これだけの平均二五%という大幅の運賃値上げをするということにとってかわるだけの理由がこれはあると私は思うわけです。ですから、利子負担については、これはいろいろな段階があるとは思いますけれども、これをやはり国が無利子あるいは非常に低い利子という形でもって考えるべきだ。そうして国が国民の肩から取り除くべきだ。そういう形によって国鉄のいまの混乱状況というものを改善していくべきだというふうに思うわけです。
  35. 大倉精一

    ○大倉精一君 時間がないようですから、私は簡単に一、二点だけ、特に高橋先生、清水先生からひとつ御意見を聞かしてもらいたいと思います。  運賃問題については、一般ではいろいろな議論もあり、あるいは理論もあるだろうと思うんですけれども、大事なことは、その時点において物価が異常な状態である、経済が異常な状態である、その時点における運賃論議というものは、少し変わった観点からやはり論議すべきじゃないかと思うんです。特に私はやはり物価ないし経済の状態における国鉄運賃の位置づけですね、どう位置づけするか。これは前田さんにもお伺いしたいと思ったのですけれども、時間がありませんから残念でしたが、先ほど前田さんの論法によると、たいして物価影響ないということであります。しかし、現実に公共料金一年間ストップした昭和三十九年度の物価の上昇率は、消費者物価で三・八形ですか、全般で四%くらいだと思うのですね。現在の物価の事情からすれば、相当物価抑制にきいておったと思うのです。ですから、もし三十九年度に公共料金を一年間ストップしていなかったら物価はどうなっているか。私は非常に心配です。ですから、私はまず第一に、国鉄運賃というものは、日本物価経済の中においては非常に大きなウェートを持っている。こういうところからいまの段階における運賃論議は展開しなければならぬと思うのです。私は物価の上昇が大体二%前後の正常な状態の場合においては、そんなに大きな問題にはならぬと思うのです。いま皆さん方においで願って御意見を聞くのも、こういう異常な物価状態の中では、国鉄運賃をどうするかということが大きな問題になっておりますから、そういう点についてひとつ御意見を承っておきたいと思うのです。  それからこういう時期において、はたして国鉄のいまの計画というものは妥当性があるかどうか。妥当性というと語弊がありますけれども、いわゆるたとえば東海道新幹線の延長、岡山まで新幹線をつくるという、そういう計画がこの段階において一体必要であるか。むしろ一般国民の中には、この際通勤輸送安全対策の工事だけやって、そうしてあと経済が正常に戻ったときにそういう計画をやったらどうかというような議論もあるようです。でありまするから、この際そういうようなデラックス計画というものははたして妥当かどうか、これも実は疑問に思っておるわけです。特に貨物輸送というものは、過去の実績を見ましても伸びておりません。昭和三十六年あるいは三十二年と運賃値上げしたときを見ましても、貨物輸送は、年によっては減っております。ただ旅客輸送がずっと伸びておるのですけれども、これは大部分が大都市周辺の通勤輸送が占めておるのではないかというような気がいたします。したがって、この際私はそういう国鉄運賃というものの経済性、政治性からいきまして、いまの段階において国鉄のいまの計画は再検討する必要があるのじゃないかというような気がするのですけれども、そういう点について両先生の御意見をお聞きできればありがたいと思います。
  36. 清水義汎

    公述人清水義汎君) 第一点は、国鉄運賃物価に与える影響がどのくらいか、運賃値上げの趣旨弁明を見ておりますと、公式的な数字の上ではあまり上がらないという説明をされております。しかし、現在の社会の物価問題というものを考えますときに、必ずしも計算どおりの形で物価が上がったり下がったりするわけではないわけであります。特に最近の独占企業におけるところの価格が、民間企業でありましても、人為価格的な性格を持っております。そういうふうになりますと、この国鉄運賃値上げというものが、他の物価値上げに非常に値上げをしやすい心理的条件をつくっている。経済心理の上からでは、他の物価影響を与えないということは決して言い切れないと思うわけであります。現に、昨年度運賃値上げの方針が発表されますや、そんなに影響を与えないといっておられる国鉄当局の中で、各鉄道の中で売っておりますお茶自体が十五円が二十円に値上がりになっております。これを見ましても、他の物価に対してほとんど影響がないのだということは、経済心理の面からいってもないのではないかというふうに私は考えるわけでございます。  それから第二点の第三次長期計画の適正の問題でございますけれども、個別資本として、個別企業として考えた場合においては、適正だという議論が出るかもわかりません。しかし、日本国有鉄道というのが全国の統一路線網という中で、わが国輸送で非常に大きな役割りをしておりますと同時に、他の自動車施設との競争関係の上に立脚して日本の運輸配置がなされております。しかも戦後の日本経済というものが、非常に大きな構造的な変革を遂げております。その中で適正輸送というものは、そのような国民経済の構造的な変革に伴うところの運輸市場と交通生産というものが適正配分の中で、ある一定の規制された競争がなければいけないと思うわけであります。ところが、今回の国鉄の第三次長期計画というものは、国鉄という一つの資本側からみた長期計画ではありますけれども、日本におけるところの新しい経済構造に伴った運輸配置という形の全般的な構想の中で考えておらないわけでございます。そのことが、御質問の中にありましたように、たとえば貨物運賃につきましては、非常に競争運賃との政策運賃のような形になってきている。一面において、路線トラックなり地場運送はダンピングを行なっている。ところが国鉄のほうは、貨物輸送の特に良質貨物をトラックにとられないような形の中で運賃を考えていかなければならぬということになってまいりますと、その競争自体で国民経済全体にとって必ずしもプラスと言い切れない。そういう意味では、このような大規模の計画の中には、総合的な運輸政策の一環の中で立案をしていかなければならぬ、かように考えます。同時に、新幹線の場合には、非常にデラックスな列車でありまして、ことに料金国会の審議にかけずに、運輸大臣の決定権になっておりますために、この料金国会の審議を経ずしてきめていかれますから、将来的には料金が、運賃より高い料金が上がっていく。これは上げようと思えば上げられるわけでありますから、そのあとでまた運賃値上げになるということになると、値上げがダブルヘッダーのような形で値上げになる。それから同時に、そういうような料金制度というものが、戦前料金というものは、これは使用料的な性格であります。運賃というものは、輸送原価に対する対価であります。ところが、最近の料金というものが、使用料的な性格から運賃的な性格にかわっておりますので、そういうような点をあわせますと、必ずしもこれでいいのだというふうには私は考えられないわけでございます。
  37. 高橋秀雄

    公述人高橋秀雄君) 物価とあるいは経済の現状において、運賃値上げはどうかという問題でありますが、国鉄貨物輸送の実態をみますと、その大部分、九割以上は大量貨物であります。小口貨物のような一般雑貨、一般荷物を託送するようなものはほとんどなくて、大量の大企業が託送する貨物である。そういう貨物を託送する大企業は、技術革新によって生産性が向上し、利益が多くなっているのだから、その中で運賃値上げ部分は十分吸収できなければならない。あるいは企業者にいわせれば、できないといわれるかもしれませんが、全体を通じて大ざっぱに議論すればできるはずである。また過去の実績をみましても、三十二年、六年の改正をして、二回上がっておりますが、この大量貨物を扱っているものの価格指数をみますと、卸売り物価はこの間にわずかに一、二%の違いであって、ほとんど変化していない。これを見ても、国鉄貨物輸送の大部分を占めるものが物価影響はあまりない。また、そのぐらいは吸収できるはずである。できるからこそ大企業が生産性が上がり、利益が上がりまた労働賃金も上げられたのです。だから貨物の関係においては、少なくともあまり影響はないというふうな私は見方をしているのであります。それは一般雑貨の場合には、多少影響することもありましょう。ありましょうが、国鉄輸送の大部分を占める大量貨物は大企業が託送するものであり、それは生産性が高いのだから、そのくらいの吸収性は私はあると思っております。  次の問題といたしまして、新幹線の問題でありますが、新幹線も非常に国鉄がデラックスなサービスをすることがはたして適切かどうかという御議論でありますが、私の見るには、寡聞でありますが、新幹線がはたして国民のためにプラスにならなかったろうかということを考えてみますと、たとえば大阪会議があるときは、朝早く出ていけば十時からの会議に間に合う、あるいはその日のうちに帰ることができる。そうなると、往復の汽車賃はなるほど高くなるかもしれないが、宿泊費は助かる。ですから、利用者全体のほんとうの負担というものを見ますと、むしろ新幹線を利用することによって利益を得ておるからこそあの高い料金を払う。もし高かったら払わない。払うのは、それだけの利用価値があるからというふうに考えていいのではないかと思うのです。もう一つ、それじゃ新幹線国鉄の経営としてはたしてぜいたくなものかどうかということを考えてみますと、必ずしも私はぜいたくじゃないと思う。というのは、新幹線輸送原価は、監査報告を見ると、大体一人キロ当たり七円ぐらいになっておりますが、運賃収入は一日四円九十八銭、約五円取っておる。最初の年度においてすでにもう七円の原価に対して相当部分運賃として回収しておる。これが四十一年になれば必ずペイする。決してむだな投資ではない。しかも、コストの中には三千五百億の利子が計上されて、なおかつペイし得るというふうに考えるわけです。ですから、むだな投資じゃないと考えております。
  38. 山家和子

    公述人(山家和子君) 簡単に申し上げますけれども、物価との関係というところで、たとえば七・六%のこの一年間での値上がりということでも、これは数字として出てきておるわけですけれども、私たちが実際に市場で買い物をするときの感じ、あるいは家計簿をつけるときの数字というものはそんなものではないということは、これは家計簿を預っている普通の勤労家庭の主婦全部が感じている。それぽっちじゃないと皆思っている。たとえば東京でいいますと、給食費だって毎年百円ずつ上がっているという状況があるのであります。これが代表的なものだとは言いませんけれども、しかし非常な高い率の値上がりをしているということが、低所得者のところほど強いのだということがまず一点。それから公共料金が上がった場合には一般物価へのはね返りがあるということを清水参考人のほうからも、そういう心理が働く、そういう条件が出てくるというお話がございましたが、それがことし出てこないという保障はどこにもないと思うのであります。ことしの消費物価の値上がりを五・五%に押えたいということを佐藤首相が言われたというわけで、ここには総理も企画庁長官もおられないわけですけれども、しかし、片方でこれだけ大幅の公共料金値上げをしながら、一般物価の値上りを五・五%にどうして押えることができるかということは私にはどうしても納得できないし、そのことは解明されていないというふうに思いますので、そのことをはっきり申し上げたいと思います。
  39. 江藤智

    委員長江藤智君) 公述人の御都合もありますので、これにて質疑は終了いたしたいと思います。  公述人の皆さまに申し上げます。本日は長時間にわたり、貴重な御意見の開陳を賜わりありがとうございました。本委員会といたしましては、皆さま方の御意見を今後の審議に十分役立たせたいと存じます。本日はどうもありがとうございました。  これをもって公聴会を散会いたします。  運輸委員会は午後二時半より開会いたします。    午後一時二十三分散会