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1966-05-12 第51回国会 参議院 運輸委員会 第23号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十一年五月十二日(木曜日)    午前十時三十二分開会     —————————————    委員異動  五月十二日     辞任         補欠選任      白木義一郎君     浅井  亨君     —————————————   出席者は左のとおり。     委員長         江藤  智君     理 事                 岡本  悟君                 金丸 冨夫君                 岡  三郎君                 吉田忠三郎君     委員                 木村 睦男君                 源田  実君                 谷口 慶吉君                 中津井 真君                 平島 敏夫君                 前田佳都男君                 相澤 重明君                 大倉 精一君                 木村美智男君                 瀬谷 英行君                 浅井  亨君                 岩間 正男君    政府委員        運輸大臣官房長  深草 克巳君        運輸省航空局長  佐藤 光夫君    事務局側        常任委員会専門        員        吉田善次郎君    参考人        新国際空港建設        同盟連合会副会        長        高木 佐一君        新国際空港設置        反対同盟会長  久保 忠三君        富里村新国際空        港問題対策協議        会会長      内田勝一郎君        新国際空港設置        反対同盟会長  深澤 太朗君        富里村議会議員  森  政義君        国際空港設置反        対同盟連合行動        隊長       吉田総一郎君     —————————————   本日の会議に付した案件 ○運輸事情等に関する調査  (新空港問題に関する件)     —————————————
  2. 江藤智

    委員長江藤智君) ただいまから運輸委員会を開会いたします。  委員異動について報告いたします。  本日、白木義一郎君が委員を辞任され、その補欠として浅井亨君が選任されました。
  3. 江藤智

    委員長江藤智君) 運輸事情等に関する調査を議題といたします。  本日は、新空港問題に関する件につきまして、六名の参考人方々から御意見を伺います。  参考人の皆さまに一言ごあいさつ申し上げます。  本日は、御多忙中のところ本委員会のために御出席くださいまして、ありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。  これより参考人方々に順次御意見をお述べ願うのでありますが、議事の進行上、お一人大体十五分程度でお述べを願い、御意見開陳が全部終わりましたあと委員の質疑を行なうことといたしますので、御了承願います。
  4. 岡三郎

    岡三郎君 富里の新国際空港については、当委員会としては、過去において、運賃値上げ法案審議の過程において、現地のほうから、実情調査をしてもらいたい、こういう要請があったことをわれわれは知っているわけです。それに基づいて、委員長理事打合会でこの問題についていろいろと協議をして、その協議の中から、委員長理事打合会としては、現地実情調査するという基本方針については一致しているわけです。その後、その方針に従って、現地調査について、運輸省あるいは千葉県庁連絡をとっていろいろと進めてまいりましたが、いろいろとその間に、千葉県の実情等から、それについて意見が出てきて、延び延びになっておったわけです。したがって、われわれとしては、現地のいろいろな事情政府動き等を勘案して、やっぱり国としても現地実情というものをとにかく把握する必要があるということで、とりあえず本日ここに現地実情を聴取するという段階に至ったことをわれわれはここで確認するとともに、これを一つの出発として、なお基本方針について十分運輸省あるいは千葉県と連絡をとって、すみやかに現地実情調査ができるようにするということを前提として、この委員会を開きたいと思うわけです。ただ、現地事情がいろいろとあるので、その間についてすぐ早急にいけるかどうかという点については委員長理事に一任になっているわけですから、その点については今後十分検討してみたいというふうに考えますが、以上のことを確認して、参考人意見聴取に入ってもらいたいと思うわけです。
  5. 江藤智

    委員長江藤智君) ただいま岡委員が言われたような経過でございますことは、われわれも十分に承知をいたしております。したがいまして、現地調査につきましても、当委員会委員長理事会におきまして非常に検討いたしました。その結果、まず現地の御意見というものを公平にひとつ承ることにしようということで、きょうのこの参考人意見聴取ということになったわけでございます。いずれ理事会で打ち合わせまして、適当な時期に現地のほうを調査するということにつきましては、以前からの方針どおりでございますから、その点は御了承お願いいたしたいと思います。
  6. 岩間正男

    岩間正男君 ただいまの岡委員の発言がありまして、確認されたわけでありますけれども、これを促進してほしいと思うのですね。すでにこの要望があり、当委員会も、国鉄運賃値上げ委員会の休憩時間にも、わざわざ現地から大ぜい見えて、それから特に要望がありました。あれからすでに三ヵ月を経ているわけですね。それで、理事会で精力的にこの問題が討議されておったことを私見ておったわけですけれども、これを多とするわけですけれども、やはり実情を一日も早く調べるということが重要だと思う。したがって、きょうの参考人意見聴取は、その前提としてというようなお話がありましたので、ぜひ現地調査をすぐに促進するように私は特に切望したい。現地ではこういうようなことを言っていることもあわせてつけ加えたいと思う。それは、現地調査を何回も願っているのに一向来てくれない、それなのに参考人だけはこれは早く呼ぶと、こういう形ではまずいのではないかという意見がもっぱら行なわれているというように聞いておりますから、そういう実情にも照らして、促進を私は切望する次第です。
  7. 江藤智

    委員長江藤智君) その点につきましては、委員長及び理事会にひとつ御一任願いたいと思います。  それでは、まず高木参考人にお願いいたします。
  8. 高木佐一

    参考人高木佐一君) ただいま御指名をいただきました、私八街町の高木佐一でございます。御案内と思いますが、私は富里八街山武地区国際空港問題に関する賛成派のいわゆる建設同盟を代表いたしまして、本日若干意見を申し述べさしていただくことを、光栄を存じます。  したがいまして、建設同盟を中心といたしまして、空港問題の若干をいろいろ申し述べてみたいと思いますが、たいへん時間の制限もございまして、ことに私ふなれで要を尽くせないと思いますけれども、十分時間をいただいて話し合う機会なり、あるいはただいま現地調査という御意見もございましたので、そういう機会に十分な、ことに私ども意見を聴取していただきたい、かように考えます。一応短い時間ではございますが、賛成同盟、いわゆる建設同盟について若干ひとつ申し述べます。  昭和三十八年空港問題が台頭いたしまして、賛否両論地元で立ち上がったのであります。その際、富里八街山武の各部落から、これは誘致したほうがいいという意見が出てきた者が寄り寄り集まりまして、各部落賛成の会というものが出てまいった。それで、ばらばらに部落ごとに捨てておいては一貫した強力な誘致運動ができないんじゃないか、これを一本にしようじゃないかということで、建設同盟連合会というものを規約をつくりまして発足さしたのであります。それで私、その副会長をつとめておるわけでございます。その後、会員が現在世帯数にいたしまして二千百世帯部落にいたしまして三十二部落会員二千四百十八名を持っております。かようなわけで、政府当局並びに各先生方等も訪問いたしまして、われわれの趣旨のあるところをるる述べてまいったのであります。今日に至るまで三年有余にわたりましてまだその結論を得ないということについて、われわれ賛成派といたしましては非常に苦悩しておるわけでございます。  次に、代替地問題、あるいは補償、あるいは賛成実態、騒音問題について若干触れさしていただきたいと思います。いま地元では騒音問題について非常に大きな誤った宣伝がされておるということであります。たとえば反対派が、これは各支援団体等も含まれておると思いますが、十キロ以内は人が住めなくなる、あるいは鶏が卵を産まない、牛乳が出なくなる、ノイローゼになるというような、きわめて仮説的な、地方の純真な農村民を迷わすようなことばをもって非常に宣伝をされておるのであります。その先入観がしみついておりまして、長い間に、いまもってそれを十分な実情の理解をせしめるに非常に困難な事態になっておるやに考えます。こういうようなことで、騒音問題に対するところの純真な農村民を惑わしておる。だから、この点について、政府当局なり政治の方々は、十分な正しい騒音の状態現地住民皆さんにPRしなければならぬのじゃないか、この点まず私はたいへん残念に思っております。この一つの最もいい方法としては、昭和四十五年でなければこの音が実際に聞こえないのでありますから、とりあえずいま羽田空港現地方々に実際に体験してもらうということであります。これは予算も必要なことでございましょうけれども賛成反対にかかわらず、この羽田空港を見学して、つぶさにその実情を見てもらうということが、一番いまなされる、実行のできる一つの正しいPRではないか、かように考えます。  次に代替地の問題でございます。これは政府のほうでは、三里塚及び県有林等を開放すれば付近に六百五十ヘクタール内外の土地があるはずである、これを代替地に充てるべく考えられておると聞きます。しかし、一応私どもは去る三月五日に各運輸当局並びに大臣に献言いたしました。三里塚牧場は由緒ある宮内庁の牧場であって、これは空港完成後は相当有力に効力を果たすべき役割りのものではないか、全部開放しないで一部はこれは保存されたい、そしてその不足するところの代替地民間にたくさんあるのだから、ぜひその民間代替地を買い上げて、これに充当してもらいたいということを上申いたしまして、それでは民間代替地というものはどんな状態かと申しますると、これは政府がいまだ条件を提出しておりませんから、私ども開き直って、これでお前たちが提供してもらいたいということはできません。しかしながら、政府からいろいろ説明を聞いておりまして、住民を犠牲にするような貧弱な低い補償ではあり得ない、こういうふうに確信しております。その点におきまして、代替地の供与につきましても、私ども賛成方々と話し合いをして、そして一番困っておるところの代替地を提供しようじゃないか、こういうことをいろいろ申し合わせました結果、ただいまでは、これは運輸当局にも提出してございますけれども、三月に入りましていろいろ調査した結果、六百三十ヘクタールというものが現に私ども手元に浮かび上がってきております。これは政府条件が出ない、私たち説明のもとにも、それだけ確保できるという状態になっておる。これに政府条件を出すにあたっては、私は優に空港建設地であるところの七百万坪あるいは二千三百ヘクタールを上回るところの代替地民間から提供できるということを確信をいたしておるのでございます。また、その第一の裏づけといたしましては、これは三十九年度に取ったものでございますけれども、われわれ賛成同盟の中から、土地を供与してもよろしいというのも、町歩、反歩を入れまして署名捺印して集まっております。これはあとでごらんいただければ幸いと思います。その最初の三十九年度におけるところの提供のこの町歩は、戸数にして八百九十三戸でございます。地積にして千六百六十六町八反八畝——これは古いことばでございまして申しわけございませんが、いまのヘクタール等あとでお直し願いたいと思います。こういうようなわけでございます。したがいまして、代替地問題につきましては、何ら民間土地を使用するならば苦慮する必要はないという確信をいたしております。  なおまた、昭和四十年の十二月に、これは一体それならば現地人たちは、移転をする、あるいは空港がきた場合には、いかなる考えを持っているか。たとえばいまの農業を継ぐか継がないかというようなアンケートを取ったのであります。二千四百十八名にわたるアンケートが参っております。と同時に、空港補償移転代替地等についてはわれわれ幹部並びに千葉県知事に一任するというような文章をつけて署名捺印されてまいっております。その結果がどのようになっておるかということを集計いたしましたのが、全体で二千四百十八人、農を続ける、いわゆる専農するという人が三百八名、すなわち一二・五%であります。農を兼ねて他に若干商売をやりながらやろう、いわゆる兼農を希望する者が七百五十三人、つまり三二・八%であります。なお、離農をするという人、これは六百五十一人にのぼっており、パーセンテージは二五・五%であります。なおまた、これが不明だというような者が七百六人、二九・二%であります。  かようなわけでございまして、代替地にいたしましても、七百万坪必要だから代替地は七百万坪必要だというようなことはあり得ない、私たちはそう考えております。したがいまして、新空港が決定してその用地が決定した場合には、いわゆる千五百戸といわれております、それが七百万坪——二千三百ヘクタールでございます。それが三分の一、せいぜい六百ヘクタールもあれば代替地として十分満足すべきものであるというふうに現地は考えて差しつかえないと私は確信を持っております。これは書類等運輸省当局にも提出してありますので、あとでお調べ願えれば数字等がはっきりすると思います。  次に、時間がございませんので、補償問題にいきましょう。補償問題はいまだその内容が公表いたされません。早く条件を出してもらいたい。条件を出さないで物を売り買いするということがあり得るか。また、賛成反対にしても、何らのつかむところがなくて真の反対賛成があり得るかということであります。いまはただ、われわれが賛成しておるということは、私たち政府から説明を聞いたものをまた説明をして、そうして信じさせており、政府を信頼させておるという姿であります。どうか、補償等を含む内容の問題につきましては、早急にこれを提示して、ほんとう賛成反対の姿をキャッチしていただきたいと思うのであります。また、この賛成反対につきましても、その上でなければいまの賛成反対の表面にあらわれただけの姿をもって空港問題の真の賛成反対を論ずることは私はおかしいのじゃないかと思います。その点、重々ひとつ御参考に願いたいと思うのであります。  時間はまだ……。
  9. 江藤智

    委員長江藤智君) あと時間は一分ほどですけれども、まあ十五分程度ですから……。
  10. 高木佐一

    参考人高木佐一君) ひとつ御注意願います。  次に、賛成反対実態について現地の状況を申し上げたい。ただいま申しましたとおり、賛成にしても、反対にしても、まだ条件が出ていない。それからもう一つ敷地のアウトラインが発表されていないじゃないか。どこがかかるのかわからなくて、そうして賛成反対だというような概念的なものでいま出ておるのじゃないでしょうか。したがいまして、反対というものは、何千名デモしたとか、決起大会をやったとかいわれておりますけれども敷地というものはいわゆる二千三百ヘクタールで限られております。その敷地内の人たち賛成ならば、空港の工事は可能だと私は思う。四キロも五キロもあるいは十キロも離れた千葉県内のとんでもないほうから反対を申し出て、そうして反対運動をしておるということは、空港の直接の設置とは少しかけ離れた一つ運動ではないか、こういうふうに考えるものでございますので、この点さらにくどいようでございますがお含みおき願いたいと思います。  それで、この間新聞記者の方が来て質問して、賛成側の姿は弱いじゃないか、ムードが足りないじゃないか、反対側を上回るようなムードをあげたら委員の方も政府もあるいは一般国民も納得するんじゃないか、こういうことを質問されたのであります。私はそれについて一言申し述べたいということがあります。
  11. 江藤智

    委員長江藤智君) 簡単にはしょっていただきたい。
  12. 高木佐一

    参考人高木佐一君) ですから、この反対実情を申し上げますと、現地ではいまそういうようなデモをやっておりますが、どうもデモを見ると顔の知らない人が多い、いなかはみんな顔知っておるのでありますが、宣伝ポスターを掲げてあるところは不買同盟をやられます。したがって、空港反対の看板を掲げておかなければ反対の方みんな買いに来てくれないということで、店頭に反対宣伝ポスターを掲げて営業の方便にしております。また、これは一例でございますので特にお聞き願いたいのは、私のせがれがそば屋を町でやっております。そうすると、おまえのところは反対の傘下に入らなければ店へ来なくなると言われまして、それで、行動隊というんですか、はち巻きをして成田の駅前へ署名運動に出かけたことがあります。また、私の孫が学校へ行って先生からおまえのところは反対賛成かと言われたときに、どうも反対と言わなければPTAや先生方に変な目で見られやしないか、それでおじいちゃんも反対になってくれと言われました。そこで私は、反対ポスターをもらってきて、賛成の店にじかにはりました。これでよいかと言うと、これでいいこれでいいと言って学校へ行くようになったという辛らつなことがあるのであります。
  13. 江藤智

    委員長江藤智君) それじゃ、それくらいのところにしていただきます。どうもありがとうございます。  次に、久保忠三君にお願いいたします。
  14. 久保忠三

    参考人久保忠三君) 御指名にあずかりました反対同盟の副会長をやっております久保であります。本来ならば会長の梅沢君が来て代表して意見を言われるのでありますが、不慮の事故にあいまして入院加療中でありまして、おまえ行けということで私が参りました。私は元来農業というものをやっておるので、舌先で世の中を渡っている者でないので、なかなかしゃべることがむずかしいのでございますので、全部の時間をしゃべろ、こう言われましても、なかなか全部の長い時間をしゃべることは困難だというように考えておりますので、一応その点をお含みおき願いたいと思います。  なお、私ども、きょうここで聞いたことが、一応運輸委員会として地元意見を聞いた、こういうことで今後の問題を処理するのかどうか、このことについてあとで御回答願いたいと思います。  なお、私どもとしては、いま反対というような立場に立っております。そういうことはどういうことであるかというと、御承知のとおり、昭和三十八年の九月に富里八街山武地区、こういうところが空港候補地にあげられました。県会のほうであげられたのが九月の十二日でございます。これはたいへんなことになるぞということで、皆さんが大ぜいで寄ったわけでございます。それでいろいろあらゆる方面調査をして、空港ができた際にはわれわれどうするか、こういう問題で種々討議してまいりました。そうした結果、どうしてもここへつくられては困る、こういうことでございます。それによって反対したのでございますが、いまわしはあまり個人攻撃はしたくないのでございますが、賛成者のほうからちょっと出ましたので、一応その点についても触れていきたいと思います。ということは、わしどもとしては、この三カ町村地域農民の、ほんとうに今後農業を続けたいというところの反対でございまして、この内定まではほんとうにそういう姿で参ったのでございます。それで、県のほうへいままで百数十回にわたる請願陳情というものがなされてきて、その中には血判もし、血書まで出して、総理はじめ各関係官庁、また地元代議士諸公にも全部出しております。そうしてやってまいりましたが、われわれとしてほんとう地元デモとか何かは東京へ来てやったことはございません。そしてほんとうに正常な姿で請願陳情を行なってきたにもかかわらず、何らわれわれの意見をいれることなく、内定という段階に入られた。内定のちょうど前の日でございますが、わしどもやはり観光バス二十六台ばかりで来て、切々な気持ちで訴えておりますが、そういうのに地元に一回も来ないで内定という段階に入られた、こういうことでございます。  なお、われわれが反対している一つの理由というのは、ただ個人的な問題ばかりで反対ではございません。皆さん運輸委員方々でございますが、もし農林委員としてあったならば、日本の現在の農業というものはどうあるべきか、まずこれを重点に考えてもらいたい。おそらく日本人が、現在いくら科学が発達したといえども、かすみや空気を食って生きていけるわけじゃない、やはり日本国民食糧というものは日本国である程度生産しなきゃならない、これがまず日本の国の経済の根源ではないか、こういうふうにわしども考えております。現在、いま日本の国の農業基本法というものは、零細農家をなるべくなくして、大農経営に持っていこう、それで他産業との格差を是正したいと、こういう農林省としての、国の方針としてやっている、そういうのが現在の農業基本法でございます。それに対しまして、わしどものところは、少なくとも現在反対されておるところは、三町、四町、多い者は五町歩、そういう経営規模を持っております。それで、いま国がそうした基本方針に基づいて大農経営に持っていこうとする、わざわざそういうふうなことをやらなくも、現在そういう農業経営を行なっているのでございます。そこへあと施設とか何かを施せば、りっぱに国が言っているような農業経営をやっていくのでございます。なお、わしども千葉県としての見地から見ますと、非常に反当所得が低いと、こういうふうに県では申しておりますが、一応今度は二戸当たり農業経営というものの内容でいきますというと、反当とすれば八番目か九番目くらいでございますが、県下の一世帯当たりとするというと、二番目か三番目くらいに入っております。各戸の農家がいま自家用車を全部入れて、東京方面へつくったものの出荷をしていると、こういう非常に近代的な農業に位したところであります。そうした食糧を増産する意味からいっても、農地というものは一たんつぶしてしまえば二度と返ってこない。そうして、そういう山坂があり、非常に苦しいところであれば、これはわれわれもイエスをするかもしれません。しかし、平たんであれば、飛行場をつくるにはいいかもしれませんが、われわれ農業をやるにしても、山坂のない平らなところであればこそそうしたりっぱな農業がやっていかれるんだ。なお、誘致派のほうから、あと継ぎとかいろいろな問題が出ておりますが、あと継ぎがいないというのは、やはりそうしたまじめな農業をやっていないからあと継ぎがないので、まじめな農業をやっているうちにはりっぱな嫁も来るし、むこも来る、そういうようなところでございます。ふまじめであったならば、そこに対してはおそらく娘もやれないというのが、これは人間の人情だと思います。そういうところで、わしども反対している農家に対してはそういう懸念は一切ございません。  なお、先ほどから、だいぶ遠くから反対をやっていると言いますが、わしども富里八街山武と三カ町村反対同盟を結んで現在やっておりますが、その中で現在反対者でわれわれの傘下に加盟している方が、大体五千世帯参加しております。これはどういうことがあっても絶対にあの土からは一寸も離れない、こういうことでございます。これは決して条件とかどうとか、そういう問題ではございません。わしどもは当初からこの空港問題に対して、もし条件がよかったら売ろうと、条件が悪かったら反対しようと、そういうやましい考えは絶対持っておりません。いかなる場合があっても、戦後の食糧事情を思った場合に、われわれ農民が日本国民の食糧をまかなわなければならないのだと、そういうたてまえからいって、どうしてもこの農地は国民のために守るのだ、こういうかたい決意のもとに反対を続けてまいっております。もし間違ってあそこに政府が飛行場を決定した暁には、必ず暗礁に乗り上げる、乗り上げさせるという確信を持って反対をしております。ですから、まず誘致派のほうからお話のあったとおり、ただわれわれの意見だけを聞いて国の方針をきめるということなく、まず地元へ来て、地元実情調査して、反対派の言っておることがほんとうなのか、賛成派の言っておることがほんとうなのか、はだに感じて実態調査をしてこの空港問題には取り組んでもらいたいと、ましていままで、かつて運輸省当局政府皆さんも、一回でも地元に来てみたことがございますか、おそらくないと思います。来てみれば、ほんとうにこの土地をつぶすのがいいのか悪いのかということがわかるわけでございます。そういう点におきまして、わしたちは、ただ一回の写真をもって、あそこが一番いいからあそこにつくろうじゃないかと、そういうようにきめられたことを、はなはだ遺憾に思っております。  なお、わしどもは、そういうことで、決して地元住民はイデオロギー的なものにおだてられてやっておるのではございません。自分たちほんとうの農民の姿としてやっております。だがしかし、わしどもは最初からそういう姿でやっておりますが、もし政府がここへ決定したという暁には、どなたも手伝ってくれるものはない、そういう場合には、いかなるものでも入れる、応援してくださるものに対してはわしどもは一切遠慮はしない、そういうかたい決意をもって徹底的にこの問題は最後の最後まで戦う、こういうかたい決意でございます。血を流そうとも、どういう事故が発生しようと絶対一歩も引っ込まない、そういうかたい決意でございますので、どうぞその点は皆さんお含みおきの上この問題をお考え願いたいと思います。わしとしては、時間一ぱい話せと言われましても、なかなか舌があまり……、農民でございますので、長い時間の原稿も用意しておりません。ただ自分として考えておりますことだけをやっております。  なお、わしの地区には、戦争時代八街飛行場がございます。そのときにわしの親戚が五名かかって移転しております。わしは一年有半うちの仕事を捨ててそこの移転を手伝っております。その方々がその周辺に全部おります。その方々が二回も三回もそういう土地を追い出されては困るという、そういう悲壮な覚悟で現在おります。  なお、先ほど御料地等いろいろな方面を開放するとか、民地があるとかいうことも誘致派のほうからお話があったのでございますが、ただあるあると言いますが、ほんとうに平らなところがあるかと、こういうことになれば、平らなところはございません。山坂のところでもって、ここは反対のやろうらが飛行場でおっ飛ばされてきたらおれのところはしょうがないからこれを分けてやろうとか、こうしてやろう、こういう考えでございます。なお、御料地、県有林がすぐあの近所にございますが、わしも長い間農業をやっておって、御料地の面積が何ぼ、県有林が何ぼあるかも全部知っております。県有林は面積ございますが、現在終戦後の開放によりまして全国ほとんど開放して、いま残っておるのは竹林、風防林、道路と、こういう面積で、農地として使える面積は全体の半分あるかないかと、こういうことでございます。まず御料地でございますが、わしどもは大正三年に埼玉からあそこへ開拓に参って、わしで二代でございます。御料地の開拓でもって非常な草畑を広げて開拓していま現在に至ったわけでございます。自分は自分の金で百万ばかりかけてやっております。そうしたいままでの経験から言って、農民というものは転々と歩いてはたしてそれで成功できるのか、農民はやはり大地にぴたっと根をおろして営々としてやるのがほんとうの姿である。とにかくつとめ人なんかとわけが違います。畑を持ってそっちこっち歩くわけにはまいりません。それで、いま御料地の開放の問題も出ておるようでございますが、あれは草の種の非常に多いところでございます。いまここに開拓者の方が一人来ておりますが、二十年たってもその草退治に非常に困難をしております。そういうことでございますので、ただ代地があるからといってりっぱにした草の出ない土地と草のある畑と取りかえられてはたして農業が今後スムーズにやっていかれるのか。近代農業云々といいますが、ほんとう政府がそれだけの意思があるならば——零細農家というものは日本人に非常にあるわけでございます。その零細農家を見捨てておいて、それで今度飛行場をつくって、あそこにまた零細農家をつくると、そういうことがはたして国の政治としてやっていいものであるか悪いものであるか、こういうこともよく皆さんとしてお考えおき願いまして、この空港は十分検討なさいまして、まずあそこをつぶさないように皆さんのほうからよくお考え願いたいと思います。  原稿は書いてきませんので、急でございましたので、時間一ぱいはしゃべれませんが、以上をもちまして、簡単でございますが、本日の私ども意見として述べさしていただきます。なお、あとの質問に対しましては、また詳しいことは私のほうから申し述べるつもりでございますので、よろしくひとつお願いしたいと思います。
  15. 江藤智

    委員長江藤智君) ありがとうございました。  次に、内田勝一郎君にお願いいたします。
  16. 内田勝一郎

    参考人内田勝一郎君) 御指名をいただきました内田勝一郎でございます。私はここの刷りものに新国際空港問題対策協議会会長ということになっておりますが、私の申し上げるところは、会においてきまったとか、そういうものではございません。これは私、内田の意見でございますから、そのように御聴取をいただきたいと思います。私は富里村におきまして肥料商を営んでおるものでございます。したがいまして、農家方々との接触はきわめて多いものでございます。  そこで、私はまず新国際空港の建設に際して、最初この問題の起こったのは昭和三十八年の九月ごろと記憶しております。そのときに富里村が国際空港候補地としてあげられたことを記憶しております。当時私は空港に対するところの知識は全く持っておりませんでした。特に騒音の問題、あるいはまたその空港ができたことによってその地域の住民に及ぼす影響、あるいはまたその地域におけるところの効果、こういうものについては全く知識がございませんでした。したがいまして、この問題については、私はすこぶる懐疑的であり、また不安が伴っておったのであります。その後私は機会を得まして、空港だけを視察をしてまいりまして、その結果私が非常に疑問に思ったところの、その住民に与える影響、あるいはまたその地域の開発並びに経済的効果、さらには騒音の問題、これらについても、さように私たちが心配しておるほどのものではない、いわゆる百害あって一利なし、そのようなことは絶対ないものである。ただし、これには国なりその空港を管理するところにおいて十分住民の対策を考え、またその地域の開発に十分なる意欲を持ってこれを進めていき、したがって十分なる公共投資をしていただかなければならぬ。ただ、ほっておいただけではなかなかそのようなものにはならぬけれども、終局的にはなるかもしらぬが、その速度を早めるためには相当の公共投資もやってもらわなくちゃならぬ——補償はもとよりでございます。さように考えますと、これは空港というものは決して悪いものばかりではない。ただ、いかにこれを受け入れるか、どういうふうにこれを持っていくかということが問題である、かように考えたのでございます。そういうような結論に達したので、ございます。さらにまた、千葉県におきましても、北総の台地、いわゆる印旛郡、香取郡、山武郡、これらは県民所得の上から見ますと、きわめて低いところでございます。したがいまして、こういう点から見ても、この空港ができることが、その地域の発展なり、いわゆる県民所得の格差を是正する、こういうものに役立つだろうかというような問題も、これはやり方によってなるのだというような確信を得たものでございます。したがいまして、私はどこまでも、ただ反対だ、反対だということではなく、国が国際空港というものが必要である——これは私が申し上げるまでもありませんが、これはどなたもそのようにおっしゃっております。決して日本国際空港が必要でないとは申しておらないのであります。しかも、その国際空港が必要であり、羽田の現状から見れば、これは早急に解決しなきゃならない問題である。一部では国際空港は軍事基地に使われるのだとかなんとかと申しますが、それはその方面の方がそのようにいわゆる説を唱えるでございましょうが、われわれはさようには見ておりません。したがいまして、どうしてもつくらなければならぬ。しかも、この空港の位置をきめるにあたりましては、きわめてきびしい条件が伴っております。最も民間空港におきましては安全性の高いところであります。しかも、都心から六十キロ以内でなければならぬ、高速道路を利用して自動車で一時間以内でなければならぬとか、あるいは建設が容易であって、しかもその維持管理にも容易でなければならぬ。空域が広いということはもちろんでございます。いろいろなきびしい条件が伴っておりまして、そうして技術的に見て私は富里内定したものなり、かように考えておるのでございます。一部の方から聞きますところによりますと、あの付近にはりっぱな政治家がおらないので、霞ヶ浦を調査をしたが、それは不適当なものであって、茨城から千葉県へ追いやられたのだ、りっぱな政治家がいないからだと、このように申しておりますが、私はさようなものでないと信じております。また、さようなものであってはならない。もしさようなものであるならば、それは直ちに取り消すべきである。いやしくも国家的な仕事であり、全国民の要請に基づいてやるものだ、こういうものであるならば、それがあくまでも選定にあたっては技術的なものであって、将来国に残されるようなりっぱなところにつくるべきだ、それに基づいて当局は内定したものなり、かように信じております。いまにおいては、これをとやこう言うよりも、どう受け入れるかということが一番の問題である、かように考えておるのでございます。  そこで、あまりこまかいことを申しておりますと、時間の関係がございまするので、省かしていただきますが、まずもってさように考えてまいりますと、一番の問題は、私は住民の対策であろうと思うのです。大きく申しまして、住民の対策、これには補償の問題はもちろんでございます。転業の問題もございます。代替地の問題もございます。騒音の問題もございます。これらの問題をいかがにするかというようなことを何ら提示がなくて、これは先刻もお話がございましたが、おまえたちはこれを食ってみろいいのだぞというかけ声だけでは、なかなかこれは承知しないだろうということは、いま反対という立場からもお話がございましたが、われわれの生活が土地に基づいてやっておるのが農業でございますから、その明日の生活がどうなるかというようなことに非常に不安を持っております。これは当然でございます。ひとり農業ばかりではございません。多くの、零細ではございますが、あの地域にございますこれらの商業でも、一体空港ができて今日人が少なくなったならば、おれたちは一体どこに行って商売をやったらいいのだろうというようなことまで案じておるのは、当然でございます。したがいまして、明日のことが明示されない限りにおいては、なかなかこれは決心がつかぬ。しかもまた、人間が——どなたでもそうでございましょうが、職業を変えるいとうことは、これは容易なことではございません。言い得べくしてなかなかやりにくいのはこのことでございます。長い間自分がやってきた仕事を変えていこうというようなことは、これは容易なことじゃございません。農業をなさっておる方は、農業ならば生きていけるが他のものでは困難だということは、無理からぬ。しかしながら、政府がおやりになるのに、空港をつくったからあとをつくればいいのだ、いかにもおまえらはどうでもいいのだというようなことは、私はない、またあってはならぬ問題だと、かように考えております。したがいまして、先刻からもお話がございましたが、まずもってこの住民に対するところの、大きく言えば住民対策を、これを十分考えて、いわゆる血の通ったあたたかい施策をもって住民に立ち向かっていって、いわゆる国とその地域の者が助け合って、一体となって進めていかなければならぬところの大きな問題である。ただ単に反対とか賛成とかというような問題ではなく、大きい視野に立ってともにこれをいかにすれば処理できるのかというように進めていかなければならぬ問題である、私はかように考えております。したがいまして、十分住民に対しましては行き届いたきめのこまかい、補償の問題であれ、転業の問題であれ、さらにまた代替地の問題、騒音対策の問題、あるいは公共施設に対するところの補償の問題、都市計画の問題等もございます。これらの問題を明示して、明日の行くべきところを明確に示して納得を求めることが最も急務である。これをなさないでおいて、新聞紙上に伝えられるところ、反対が非常に多い、これは当然でございます。政府や何かは、これに対してPRや何かいたしておりません。いわゆる真実を知らしめないでおいて、反対はどこだ、賛成はどこだということ自体が、私は遺憾であると、かように考えるのでございます。ただいま久保君から話があったように、純真なる農民が、ほんとうの農民の姿で私たちはやっておったが、内定——内定後ということです、内定後におきましては、革新団体の方も、これは農民が大事だということでございましょう。何かその理由は知りませんが、革新団体の方も一生懸命になってこの反対のほうの応援をなさっております。これは事実でございます。理由はいかがであるか別といたしまして、事実でございます。したがいまして、その革新団体のその説を聞き、さらにまた過去におけるところの砂川、妙義等々軍事基地におけるところの反対闘争をなさった委員長の話を聞き、そうして反対をすればいいんだと、団結をして反対をすれば勝てるのだというような一方的なことだけを聞いてやってまいります。しかも、部落座談会を開いて、これらのいわゆる学習と申しますか、よくそういうことばを使っている。そういうことを推し進めておりますと、純真な農民の中には、そういうものかな、政府にだまされるな、だまされてはならないぞ、そんなうまいことを言ってもいかぬ、だまされる、こういうような気持ちを植えつけていることになるのでございます。何としても一番の不安な根源であるところの問題を解明して、これに光明を与える、行くべきところを明示して、これでどうなんだというようになさらなかったならば……。いかにしても反対は多いのだと、こういうように見えるのでございましょうが、その実内面的には必ずしもそうでないのでございます。これは高木君が先ほど数字をもって示しておりましたけれども、農村というものは、隣の家が反対だから、部落においてだれそれが反対であるからというようなことで、隣近所をながめてその仲間になっておる。その地域がたまたま指導者が反対を唱えておりますと、もしもこれが来なかったならば、反対の仲間に入っておらないと村八分を食ってしまうというようなことから、まず自分のことはそっとしておいて、隣近所をながめてこれの仲間になる。どうせおれ一人どっち向いたところでこの空港に影響するものじゃないというような安易な考えでやっておるのが、これが実態でございます。これはおそらくどこでもそうでございます。このように考えますと、必ずしも表面にあるものが、それがほんとうの姿であるとは、私は言い得ないであろう。私のところにある部落反対会長といいますかな、その部落のそういう人が参りまして、われわれやっておるけれども、この地域にこういうものができることには決して心からやっているのじゃないのだ、ただし相当の補償があってやっていけばいいのだ、いわゆるこれに対する対策が十分であればいいのだと、しかしわれわれはそういうことを言うことはできないからお前たちが行って幹部の人に話してくれというようなことまで言ってくるのもあるのであります。これは名前をあげてもいいのでありますが、いろいろな関係がございますので、そういう個人的な名前をあげることは差し控えさしていただきます。委員長がもし必要なら、委員長だけにはあとで個人的には申し上げてもよろしいのでございますが、この席で申し上げることはその人のことをはばかって私は遠慮さしていただきます。さようでございますので、まず一体真実のところを国が示して、誠意をもって住民に臨むということが最も必要である、かようなことを重ねて申し上げるものでございます。
  17. 江藤智

    委員長江藤智君) あと一分ほどで時間になりますから。
  18. 内田勝一郎

    参考人内田勝一郎君) さようでございますか、申しわけございません。  それでは騒音の問題でございますが、抜かしておるところもございますですが、これはもうたしかに飛行機が飛べば、いままでの農村のような姿ではございませんが、世の中が進歩してまいりましていろいろなものができてまいりますと、それに対してある程度の騒音がつきまとってくる、またいろいろな弊害もあるということは、これは免れないところでございます。ひとり空港だけではないと存じます。ただ、これをわれわれの力によってどの程度まで軽減してわれわれの生活を営むのに支障がないようにするかということが問題であって、これをみんななくしてしまったならば、東京の空には飛行機は飛ばないでございましょう。自動車は走らないでございましょう。排気ガスがどうのこうのといっても、自動車をなくすことは、これはわれわれの生活からはできない。でございますから、騒音というものは、ことにSSTの問題になりますと、これはまだ未開発でございます。しかもこれはアメリカでも注文しております。英国でも注文しております。いずれも外国でつくられるようでございます。まだ日本ではございません。しかし、向こうでできたものでありましても、いわれるところの十キロ四方の人が住めなくなる、壁が落ちてしまってガラスが割れてしまうということがあれば、彼らの国においても、これを民間の空の交通機関、国の交通機関として一体利用できるだろうか、かようなことが疑われるのでございます。私はさようなことはない。そこまでのものならば、それは実用的には少なくとも民間の飛行機としては利用されるべきものではないと、そう思っております。また、航空機の権威者の木村博士の話を聞きましても、飛行機は最初からそんなに速力が出るものではありません。当然でございます。初速からマッハ2とか3というものが出るものではない。しかも、高度は一万とらなければならない。名古屋付近まで飛んでいかなければ、高度が一万以上にならなければマッハ2、3というものは出るものではないと、かように言われておりますと、まず学者の意見ほんとうだろう。また、事実現在の飛行機でも、飛び立ってすぐ全速力が出るものではございません。これは自動車でも何でもそうでございます。したがって、騒音に対しては問題はございますが、これも先ほど申し上げました騒音に対する対策を考え、あわせてそういう飛行の方法や飛行の技術等々も考え合わせると、人が住めなくなって、無人のところになるということは、これは一つの杞憂であると、かように考えておるのであります。したがいまして、時間が迫ってまいりましたのでだんだんはしょらしていただきますが、ですから、空港の問題にいたしましても、住民対策にいたしましても、代替地の問題もありますが、代替地の問題を一つとりますと、実はこの間私は反対の方にお目にかかったときに、一対一はどうか、実質的に一対一になったらどうかというお話になったら、一対一は要らないと、私はふしぎに思ったのでございます。その人は三ヘクタールくらいをやっておるりっぱな農家です。おかしいなと思って聞いてみますと、いや、なかなか今後の農業というものはむずかしいものだ、だから一対一で代替地をもらうということは、いわゆる現物補償をもらうことになるので、現物補償をもらってしまって、移転料をもらってから移転すれば、手に残るものは何もなくなってしまう。それなら今後の生活はなかなか困難だ、だから一対一は要らない、もっと集約した農業をやっていくんだと言ったが、一対一が要らないということになると、代替地は相当程度のものを国が準備することは当然でございます。大事な農地を買い上げるのでございますから。しかし、それが全部でなくても事足りるというようなことは、これはもう当然だろうと、そういうふうに確信を持っております。部落実情なんかにつきましてもございます。これは森君からお話があると思いますが、ただここで御要望申し上げたいことは、十分りっぱな住民対策、これには補償の問題その他全般含まれます。大きく言いまして住民の対策でございます。中には代替地も含まれておりますが、りっぱなものをお立てになって、一日もすみやかに関係の地域のところに示してもらう、あるいはそれができなかったならば県に示してもらって、そうして納得のいくようなものを示してもらいたい。それによって、これを早急にいずれにしろ決定してもらわぬと、不安と焦燥の中に住民がおるということは、まことに不幸なことと、かように考えるものであります。  一例をあげますと……。
  19. 江藤智

    委員長江藤智君) どうもありがとうございました。
  20. 内田勝一郎

    参考人内田勝一郎君) それでは、要望事項もまだ終わりませんけれども、時間も参りましたので、これで終わります。
  21. 江藤智

    委員長江藤智君) もし要望事項がございましたら、簡単に。
  22. 内田勝一郎

    参考人内田勝一郎君) いまの対策の問題と、それから早期にこれを決定してもらいたい、そうして不安を除去してもらいたいということと、先ほど来申してございますほんとうのことをよく知らしてもらいたいこと、一方的なものであってはならない。政府はこれだけのことをするんだぞというしっかりした決意のもとにりっぱな対策を持って——騒音の問題もそうです、都市の開発の問題もそうです、交通機関ができ、りっぱな高速道路ができまして、そうしてそこに人が住みついて、人口が増すならば、いまよりも経営規模は小さくなっても、もっと農業が悪くなるという、代替地があるなれば悪くなるということは、ちょっとこれは私には考えられない。やりようによってはできないことはない、かように確信しております。したがって、こういう点につきまして十分国が施策をととのえたならば、いわゆる真実のことを知らして住民に将来の光明を与える、こういういわゆる真実のPRが最も必要である、かように思うので、この点に十分御留意されて御実行あらんことを切望いたしまして、終わらせていただきます。
  23. 江藤智

    委員長江藤智君) ありがとうございました。  次に、深澤太朗君にお願いいたします。
  24. 深澤太朗

    参考人(深澤太朗君) ただいま御指名いただきました、私反対同盟の副会長の深澤でございます。このプリントには「製茶業」と書いてございますが、本業は百姓でございまして、現在五ヘクタールぐらいやっております。そして副業に製茶をやっておる、こういう状態でございます。  それでは、私が反対しておる理由を申し上げます。  参議院の先生方には、この問題についてはたいへんお世話になりまして、まずお礼を申し上げる次第でございます。特に一昨年は、公団法の成立のおり、附帯決議をつけていただきまして、生活権を脅かし農業ができなくなるところには空港をつくることは避くべきだとの御決定をいただきましたので、政府もまたこれを尊重するとのことでありましたので、安心いたしておった次第でございます。ところが、一方的な決定、内定になりまして、地元政府に対する大きな不信を持つようになり、こうなれば命をかけても反対するという状態になってきたのであります。県や政府は、補償額をふやし代替地を出せば反対が切りくずせるとお考えのようですが、それは現地状態をあまりにも知らない見方であると私は思います。  本地方は、三町、四町という自作農が相当の数おります。そして、四町程度でしたら、夫婦二人で、いまは機械化されておりますので、十分営農はできるわけでございます。なぜかといえば、その耕地はみな一区画にまとまっておるわけです。ほかの他府県のように散在しておらない。一区画にまとまっておるということが、この営農の最大な利点だと私は考えております。それで、現在七けた農業というのがわれわれ農村の希望ですけれども、われわれの現在のいわゆる篤農家、まじめな耕地を持つ農家は、七けた農業はもう実現しておるわけでございます。それで、自家用車の一台ぐらいは、もう二軒に一台あるということは、統計によっても——富里八街は農村としては第一番に自家用車があるということは統計が示しております。農林省からも、日本のモデル農村の最高のものであると折り紙をつけられております。こういう土地代替地なんて絶対にあるわけはございません。そういうわけで、土地を放す気持ちはわれわれ百姓には毛頭ございません。  一反歩百万円以上で買収されるなどよく言われておりますが、百万や二百万の金は、それが集まって二千万、三千万になろうが、百姓は金から金をふやす方法が不得手でございます。ですから、土地は放せないのでございます。「金は一時、土地は末代」という看板が、私どもの畑にはところどころ立ててございます。また、京葉工業地帯の埋め立て補償をもらいました五井の人方は、五井様などと皆さんに言われましたが、それもつかの間で、飲む、打つ、女を買うというような浪費をいたしまして、現在は準禁治産者の訴えがもう百件も出ているという実情でございます。金を利用できた者は一割にも満たないという状態でございます。目の前でこういう状態を見ておりますので、土地は絶対に放すわけにはいきません。  私は八街町ですが、八街町は富里地域の農村をお得意としております商人がたくさんおります。この商人たちは、富里空港ができれば商売は三分の一に減るわけでございます。ですから、強い反対が商人にもあるわけでございます。  次に、住民の不安は、富里については十分な科学調査も具体的な住民保護の対策も何にもないことです。  気象関係について言っても、私たちは気象研究会というものをつくりまして、そうして公害研究会というものをつくり、研究してまいりました。その責任者の話によりますると、富里は霧が一年に五十日もあり、突風だけでも十五、六日もあって、そうしてそれは気象庁も認めております。理学博士の菅谷重二先生によると、微細乱流というものの多発地帯、その多発地帯であるということが飛行場には最も危険だということを指摘されております。風の方向は、風力が十メートル以上の風は南西風が最も多く、したがって、運輸省の計画とは違って、滑走路は南西から北東のものが必要であるとのことであります。そうすると、移転戸数は、その当初の千五百が、また千戸ぐらいふえるだろうということでございます。どうしてかと申しますと、その地方はちょうど八街三里塚の集落地があるからでございます。それについては、運輸省ではまだ研究しておらないようでございます。  次に騒音対策について、的確に補償をする法律はいまありません。町村の負担がどうなるのか、その区域がどこまで広がるのか、飛行場ができてからの対策では困ります。しかし、こういう研究調査は行なわれておらないのでおります。住民は、これらの点につき大きな不安と、あまりに地元住民の人権を無視されておりますので、腹を立てております。  次に排水や汚水の処理問題、処理に計画が立てられておらないようであります。二千町歩以上が少なくとも空港用地として、そして舗装されますると、その排水処理はいまのままでは不可能であると思います。付近の印旛沼、根古名川の流域は常時冠水地帯でございます。九十九里の排水路をつくらない限り、将来大問題が起こります。しかし、この計画はありません。ジェット機の場合、事故は着陸の場合多いということであります。それば極度に速度を下げるために失速現象を起こすからであります。この事故による他への被害をなくするため、飛行場の安全地帯を相当範囲取ることが常識とされております。羽田の場合は東京湾がその役割りを果たしておりますが、富里の場合は空港区域外の相当なる区域が住民から言えば危険区域ということになるのであります。危険区域は、その範囲がどの範囲まで伸びるのか、その点が検討されておりません。気象庁の風配図による風の方向から滑走路は八街に向かざるを得ませんので、ほとんど八街町は危険区域になります。将来何千戸も移転しなければならなくなるわけであります。金の問題ではなく、命の問題です。私たちの研究会の責任者が以上のような報告をいたしております。少なく見ても二千戸以上は立ちのかざるを得ません。こんな大きな犠牲をさせられてはかなわぬのであります。  最後に、ここに賛成の方もおりますが、何とぞ先生方も一度現地に来て、賛成者はどんな人たちか、反対者はどんな者か、現地で実際にお調べいただくことをお願いする次第でございます。八街町長も、富里村長も、初めは賛成でありました。ところが、町村民の意思が反対が圧倒的に多く、反対議決も絶対多数で行なわれました。絶対反対に踏み切らざるを得なくなったのでございます。賛成の人の言うように、簡単に補償額などで動くものではありません。前の方からも出されましたが、私どもは県、国に足かけ四年間百何十回も陳情いたしましたが、しかし県も国も一回も現地には来てはくれないのであります。いくらばかでも、この二百回になんなんとする陳情、そのたびごとうまいこと言われて、あげくの果てに私たちだまされたとあっては、腹を立てるのは当然だと思います。私たち東京にも県にももう話し合いする気持ちは毛頭ありません。第二の砂川になるなどと新聞では言われておりますが、砂川のほうは最後は押しつぶされてしまいましたが、私たちのほうではそういうことはありません、絶対に。反対が絶対の多数で、農地を守るために、老人から、ブルドーザーの下でも、官憲の銃剣でも、平気で死ぬつもりでおります。私の土地はかの有名な佐倉宗五郎の生まれたところでございます。われわれは宗吾の気持ちを体して戦う、こういうような気持ちでおります。何とぞこの事情を御調査くださいまして、現地へどうかお出かけになることをお願いいたします。なぜ一応決定したと聞く富里現地視察をお取りやめになったのですか。地元はいたく失望、残念と思います。どうぞ先生方富里に来て、どうかはだに触れて富里事情をお調べ願いたいと思います。  以上でございます。
  25. 江藤智

    委員長江藤智君) ありがとうございました。  次に、森政義君にお願いいたします。
  26. 森政義

    参考人(森政義君) 私ただいま御指名をいただきました森でございます。賛成に至った経過及び騒音、補償その他については、高木さん、内田さんから申されておりますので、私は主として村内の実情と村議会が反対決議に至った経過等について若干申し述べたいと思います。  まず、富里農業経営実態でございますが、平均耕作面積一・五ヘクタール、全国平均を上回ってはおりますが、これは先ほど来どなたかが申されましたが、非常に一部の地域において三ヘクタール、四ヘクタール、また五ヘクタールも耕作しておる者もあるということであって、これは村民のほんとうに、ごく限られた一部の地域の農業経営者であって、実に村民の農家の七割は非常に零細な農家もあるのだということであって、したがいまして、三ヘクタール、四ヘクタールとあると申されますが、平均耕作面積が一・五ヘクタールだということでございます。その反面、最近に至りましては、ここ数年来の村内の農家が非常に兼業農家が年々増大して、船橋または東京方面にまで出かせぎをして、それをして現金収入を得て生活をやっとささえておるという現状がこれははっきりとあらわれておるのでございます。また、村の農業後継者の面においては、過去五年間において、富里学校において後継者を見ると、農業にとどまる者は全体の一・七%にすぎない。他の者はほとんど農業をきらって他産業へ転出しております。したがって、農業労働力はきわめて不足して、農繁期等においては十二時間から十五時間もの過重労働をしなければならない。このことについては、これは村の構造改善協議会等においていつも論ぜられるのではございますが、これはひとり富里のみのことでございませんので、全国的な傾向等もあります。まあ村の実態はそういうようなことでございまして、そういう際に、三十八年の九月突如として空港問題が発生したわけでございまして、当時この問題が出たときは、村長はじめ村の首脳部は、これはいいことだ、農業構造改善が一挙にできると非常に喜んで、誘致したいというまあ意気込みでいろいろ諸先生方を訪問した事実もございます。むしろ私どもはその当時は非常にこの問題に対して懐疑的でございまして、まゆつばものだということであったのでございますが、私なども村長の熱心な説得によりまして、なるほどと、それじゃ研究してみようということであったような事態がございました。その後いろいろと反対賛成等も、おのおの陳情請願等繰り返しましたが、たまたま村議会といたしましても、この問題について特別委員会設置いたしまして、一年後の三十九年の九月に、議会の調査特別委員会として、十アール当たり百万円以上ということを仮定をいたしまして、賛否のアンケートをとったところ、ここにもアンケートのあれがございますが、反対が三〇%、賛成——賛成と申しますか、協力するというものと賛成でございますが六九・八%、その他が〇・二%、これはわからないということでございます。そのような結果が出たのでございますが、このことは、政府が何ら条件を示さないにもかかわらず、賛成または協力するというものが七割という結果が示すとおり、農業経営というものが非常に将来はまっ暗で不安定なものかがわかるかと思われます。したがって、条件その他住民対策が十分なものが示されたならば、相当数の協力を得られるものと私は確信するものであります。  なお、賛成されているほとんどは、この際、このような苦しい農業から一日も早く抜け出して、他に職を転換したいんだというものも相当数ありますし、または大面積をかかえて、過重労働によってとてもたえ得ないんだというものは、この際経営を縮少して、いわゆる集約農業に転換していきたいんだという方も非常に多くって、これは絶対逃がすべきものではない、非常に千載一遇のチャンスであるんだということで歓迎しているような次第でございます。  次に、村議会が反対決議をした経過ですが、これはいままでにも、やはり歳月が長いので、いろいろ反対賛成もございましたが、それほどの問題ではなかったのでございますが、昨年十一月十八日の政府内定発表後、特に反対派方々が村長に、村として当然これは反対すべきじゃないかということを強く迫ったところ、村長も住民の七割以上の反対の署名があれば村は反対するということを公約したわけでございます。そういう数字的に村長が公約をしたために、当然これは一日にたとえば五百人なら五百人の署名を集めて、どこが残っているということで、大ぜいの方でもう無理やりに家庭を訪問して、だんながだめなら奥さんでも、奥さんがだめならむすこでもということで、非常にまあ強硬な態度で署名を迫ってですね署名を集めた。これは当然署名は数字的にはっきりと集めることは可能なことでございます。そういうようなことで七割以上の署名を集めて、それはちょうど十二月二十四日でございましたが、村の青年研修所において村長をつるし上げて、なかば暴力にひとしいようなありさまで村長に絶対反対を押しつけました。そのようなことで、翌日の二十五日に全員協議会を招集いたしまして、それを急拠議会に切りかえて、空港は百害あって一利なし、そういうようなことで反対決議をしちゃったようなわけで、従来もこれはそうでありましたが、署名というものは全くの住民の真意ではなくてですね、これはちょうど選挙にたとえれば、お互いに選挙参謀の皮算用にひとしくて、これは賛成反対両方に署名をして、いままでもたくさんそういう例がございます。もちろん、一つ部落百戸あれば、反対が九十で賛成が九十だというような例がいままであるのでございます。したがって、この署名というものは必ずしも住民の真意でないことを私ははっきりとここで申し上げるわけでございます。議会の議員ですら、数名の者は反対賛成両方へ署名をして、いつもいつも態度はぐらぐらだ、そういうことでございます。したがいまして、住民方々の署名というものがいかにあいまいであるかということを御承知願えると思います。  そのほか、現に私の私宅に、夜になりますと、反対されている方の指導的立場の人がしょっちゅう見えまして、早く決定してくれなきゃどうにも困るのだ、おれは部落反対の親方にされちゃっているけれども、腹の中は違うのだ、何とか、用地はどうなっているのだ、用地内に入れてくれないかというようなことまで言い出してくる始末で、実にこの反対されている方々の気持ちが、私はほんとうに、何というか、同情にたえないような場面も多々あるわけでございます。  それともう一つ、先ほども高木さんも申されましたが、まだ空港敷地がきまっておりません。したがいまして、果ては八街の端のほうからも、または山武町のほうからも、いわゆるみんな自分のところが空港の用地だという考えのもとに、思い思いに想像をたくましくして、おれのところはちょうど爆音の直下になるのだ、おれのところはどうなんだということで、非常に迷惑をしている。これがそもそも反対ほんとうの姿じゃないか。思い思いがみんないいことは考えないで、爆音の直下になることだけを考えている。そういうことで、非常に広い範囲において反対の行動がなされておるということでございます。これはおそらく、敷地の決定によっては、方向、位置によっては、ほとんど反対のないような地域へ建設することも可能であります。  最後に、地元では、ただいま内田さんからも申しましたけれども、商人の方々へのいやがらせから不買同盟の申し合わせ等がありまして、非常に商人の方々も困っております。したがいまして、この決定が延びることは、それこそほんとうに百害あって一利ないことだと思います。どうか、十分なる住民対策を示されまして、一日も早くこの決定をされまして、地元の、何といいますか、不安と焦燥を取り除いていただくよう、この委員会の皆さま方にも切にお願いして、私は終わりたいと思います。
  27. 江藤智

    委員長江藤智君) ありがとうございました。  最後に、吉田総一郎君にお願いいたします。
  28. 吉田総一郎

    参考人吉田総一郎君) ただいま御紹介いただきました、私富里農研会長の吉田でございます。  たいへん賛成派方々は弁舌さわやかでありまして、それはここにおいでの先生方にすぐおわかりいただけると思います。まじめに百姓をやっている者はことばが非常に、深澤さんのように、また久保さんのように、私のように、へたでございます。しかし、真実さにおいてはどちらが真実であるかということを、とくとお聞きいただきたいと思います。  そういうわけで、私といたしましても、言いたいこと、申したいことが山ほどあるのでございますけれども、なかなかうまく言えません。そのような次第でありますから、ここに書いてきました。で、これを読み上げますから、ひとつよろしくお聞き取りいただきたいと思います。  私は、主として現地の情勢を正しく認識していただくために、以下、県の態度、村の態度、法律上の問題等について、私どもが研究し、また聞いたことを述べさせていただきます。  まず、県の態度でございますが、昨年の十二月十五日、千葉県知事は、自民党の県選出国会議員団との会談を前に、次のように語っております。「現時点では空港設置は困難であり、お断わりしたい。」。次に、本年の二月二十八日、県議会における所信表明では、「私は、国策の遂行と住民擁護の相対立した要請の調整の役割りを果たすことが知事の任務と考え、努力してきた。しかし、最近の情勢は、政府から条件提示があっても、すでにその時期を失し、現地では私自身をも敵であるとの宣伝が行なわれ、少なくとも現時点では説得は不可能に近い。私は、今後政府に対しても条件提示を求めず、地元住民に対しても説得の態度をとらず、事態の推移を慎重に静観注視することにしたいと思う。」と、これは知事の発言でございます。さらに、三月十日には、「現段階では反対派住民を説得することは非常に困難だ」と語っているのであります。これでおわかりのように、地元住民意見はいかなる条件によってもくずれない強固なものであり、千葉県当局もそれを明らかに認めておるのでございます。  私どもの村議会におきまして、昭和三十年度に村政安定に関する決議をいたしております。一、本村は、適正規模農村のモデルケースにかんがみ、完全に独立を遂行する。二、本村は、現在の地域を確保し、分割を認めない。三、本村は、行政の合理化につとめ、民心を安定し、理想的農村を建設する。こういう決議を昭和三十年度にしておるのでございます。  次に、地元の情勢について申し上げます。村の態度、次に富里村をはじめ八街山武町等敷地該当町村は、すべてそれぞれの議会において空港設置絶対反対を議決しているのでございます。山武町の町長選におきましても、いま高木先生がおっしゃったような実情であるとするならば、町長さんが選ばれるはずがないと思います。しかも、富里よりさらに離れた地区でございます。それが賛成派がそれほど圧倒的に多く——この投票というものはだれにも強制されません、そういう選挙においてすら山武町長は圧倒的多数において勝っております。こういう事態におきまして、何がほんとうであるかということをとくと御賢察いただきたいと思います。さらに富里村においては、村有財産を一切空港の用途に提供しないという議決もいたしているのでございます。もし森先生がおっしゃるように、それほど賛成が多いならば、こういう議決は成り立たないはずでございます。こういう地元自治体の明確な意思表示に対し、皆さんはどうお考えになりますか。敷地内の住民は、しかも絶対反対は九〇%に及んでおります。いかなる条件にも説得にも応じない実情でございます。  私は、冒頭に申しましたように、富里農業研究会の会長でございます。去る一月農業研究会の実績発表におきまして、その中のデータを見ますと、粗収入は最高におきまして四百五十万、最低でも百五、六十万の線は出ているわけでございます。したがって、農業に一生懸命に働いておるし、また農業に熱意を持っている人は全部反対しているわけでございます。さきに村議会の村政安定に関する決議にありますように、富里村は肥沃な適正規模の農村のモデルケースでございます。また農業基本法の立場から考えましても非常に理想的な純農村地帯であり、また東京都にも近く、発展する京葉工業地帯の台所をまかなうためにも不可欠の立地条件を備えているのであります。政府は、この理想的な農村地帯をつぶして、日本農業をどう発展させるつもりでしょうか。土がなくてわれわれは生きられません。いかなる条件を出しても、いかなる金を積まれても、自分の命と条件をかえる人があるでしょうか。土地はわれわれ農民の命であります。純真で素朴な農民が県庁のガラスをたたき割って押し入った事実から見ても、われわれの動機がなみなみならぬことを御賢察ください。われわれの反対運動は、決してイデオロギーとか、政治的問題の運動ではありません。あくまでも自分たちの命を守る、自分たちの生活権を守る、そのために戦っておるのでございます。空港白紙返上の暁まで、われわれの反対の決意は日とともに固まっております。われわれはあくまでも人間として生きる権利を守るため、また農業者としての使命感に立って、人間としての最低線を生きつつある農民としての生きていく戦いを繰り広げておるわけでございます。ここに「千葉日報」がありますけれども、ここに手塚参事官もおりますが、「新空港建設地をきめる最も重要なポイントは空域の問題である」、こう申しております。読み上げます。手塚参事官、「新国際空港建設地を決める最も重要なポイントは″空域″の問題である。」——これは、この文面からいきますと、空域が最も重要なポイントであって、じゃ人間はどうしてくれるのか、こう言いたいのでございます。空の下に住む人間は全然考えてもらえない、こういう人間の血の通っていない発言をする手塚参事官などは辞任していただきたいと思います。  次に、法律上の問題を申し上げます。次に、空港設置は法律上不可能であるという点について申し上げます。参議院の予算委員会においまして、内閣法制局長官は次の二点を明らかにしております。まず、空港設置は、空港公団が工事実施計画をつくり、これを運輸大臣が認可しなければならないわけです。この場合、航空法第三十九条が準用されますので、その一項五号で、空港敷地内の所有権もしくは使用権を確実に取得できることが認められなければ空港認可はできません。これが第一点であります。所有権者である地元住民の九〇%が絶対反対だという現状におきまして、どうしてこれを確実に取得することができるでしょうか、どうして運輸大臣が認可できますか、空港設置はこの点からも不可能だと考えます。  次に墓地埋葬について、内閣法制局長官は、「空港をつくるために墓地は収用できますが、墓地の下の埋葬物を収用することはできません」と言明しております。したがって、かりに収用法をかけたところで、墓の下の仏さんは町村長が改葬許可をしない限り移動できないことになっております。町村長は議会の議決に従って絶対反対の立場ですから、滑走路のところどころに墓地が残ることになり、完全な滑走路は建設不可能となります。しかも、この墓地は富里に七十カ所もあります。反対者のいる限り、町村長の賛成しない限り、空港設置は不可能であると私たちは考えておるわけでございます。  次に、一平方メートル運動について申し上げます。私たちは、肥沃な自分たち土地を守るために、いま着々と一平方メートルの運動を進めております。これは私たち反対運動を理解し支援してくださる人々に一平方メートルずつ私たち土地を所有していただいて、空港設置を阻止しようとする運動でございます。すでに無償提供予定地は二十町歩に達しております。ここに少なくとも十万人の共有者を入れる予定でございます。  このように、地方自治体の議決あるいは法律上からも富里空港設置は不可能だと考えますが、かりにそれでも政府が強行してきましたときは、土地と生活を守るために私たち一人一人がブルドーザーの下敷きとなって死ぬ覚悟でございます。どうぞこの地元の情勢を正しく御認識いただきまして、住民無視の政府の暴挙を国会において阻止していただきまして、富里空港設置の計画を撤回されますようお願いいたします。  それから、まだ時間がありますので、二、三。高木さんのほうからいまお話がありましたけれども賛成者はだいぶ天文学的な数字があるようでございますけれども、それはどこをどういうふうに対象に集められたものであるかということを非常に疑問に思うわけでございます。  それから、森さんのほうから、重労働、零細化する富里農業という御発言でございましたけれども、これも実際来て見ていただけば一番よくわかるわけでございます。決してうしろ向きの農業経営ではございません。不買同盟反対派の圧力がどうのこうのと申しておりますけれども、これはもし先ほど賛成派方々がおっしゃったほどの賛成があるならば、決してこういった不買同盟が成立するはずがないと思います。そういった事実が成立するということは、いかに富里反対が強いかということを裏書きするものでございます。八街町においてもしかりでございます。  そういうわけでございますから、どうかこの地元実情ほんとうに、新聞とか、テレビとか、そういうものだけを通すのではなく、われわれの農業をやらしてもらいたい、あくまでも農業によってわれわれは生きていきたいのだ、この悲しい願いをひとつお聞き届けいただきまして、空港白紙返上をお願いしたい、これが私の意見でございます。ひとつよろしくお願いします。
  29. 江藤智

    委員長江藤智君) ありがとうございました。  以上で、参考人各位の御意見開陳を終わりました。  これより参考人に対する質疑に入ります。質疑のおありの方は順次御発言願います。
  30. 岡三郎

    岡三郎君 時間がありませんので、一、二お伺いしますが、参議院の運輸委員会としても、冒頭に申しましたとおりに、現地実情調査したい、こういう念願で現在もおることにはいささかも偽りはございません。この点を明確に言っておきます。  ただ、われわれが運輸省、あるいは運輸省から千葉県庁に、現地調査実態について一応明確にしてほしいというふうに申し上げるというと、現地に行くと乱暴されるおそれがあると、こう千葉県庁のほうから答えが返ってくるわけです。そうなるというと、やはりお互いなま身ですから、混乱の中に入ってしまって現地調査ができないのではないかという危惧の念を持つことも、これやむを得ないかとも思うんです。しかし、われわれ自体としては、そんなばかなことがあるかということで、行こう行こうと言っても、その点になるというと、千葉県庁のほうからは、責任が持てぬ、こういうふうにくるので、現地実態を聞き、そういう心配はないと思っておりつつも、そういう形で現在まで推移していることは事実であります。そういう点で、これは久保さん、深澤さん、吉田さん、どなたでもけっこうですが、そういう点について、反対派の意気軒高たるところはよろしゅうございますが、来てくれと言って、行ったところが、取り囲まれてつるし上げにあうということでは相ならぬ。これはわれわれが心配するのではなくて、自民党さんのほうが心配される。これは立場を変えれば、まことにごもっともな点も私はあると思う。そういう点で、事実の調査ですから、十分現地の声を聞くということも、国会のこれは大きな任務なんです。そういう点で、秩序ある行動の中において十分現地実態把握ができるように、ひとつおとりなしを願いたいというのは変ですが、そういうふうにやれるものかどうか、ひとつこの点を明確にお伺いしたいわけです。これが一点です。  それからもう一つは、先ほど賛成者のほうから、どなたでもいいのですが、早急に住民対策を提示すべきである、こういうふうに言われておりまするが、一体政府がこれをおくらしてきておるというのはどこに事情があるのか、どういうふうにそれを考えておられるか。つまり、住民対策という点についてお三方がどういうふうに考えておられるのか、具体的に、現状においてただ出せ出せと言っても、政府のほうにおいていろいろな問題があるわけです。これをすみやかに出せということで出してみたところが、そんなものじゃどうも反対だというふうな空気も、いまお伺いするとあるようにも見受けられるわけです。つまり、百万円なり二百万円なりという声も聞かれるわけですけれども、どうも政府のやり方が微温的であるというと、どうもそれは反対だ、徹底的に金をつぎ込んで万事至れり尽くせりやってくれ、こういうふうに言われる中で、政府も頭痛はち巻きで、運輸大臣と大蔵大臣がいま取り組んでおられるのじゃないかというふうに考えるわけですが、一体条件提示ということをどういうふうに考えるか、われわれ自体としても、その点をお伺いしたいので、この点を賛成者のほうから、どなたからでもいいですから、お伺いしたい。  以上二点、あとまだありますけれども、時間がありませんので、最初にどなたか二点をお伺いしたい。
  31. 久保忠三

    参考人久保忠三君) ただいま非常に貴重な御意見を拝聴いたしまして、非常に私どもありがたいと思っております。なお、県のほうに連絡しますと、県のほうでは危険だから来るなとかいうふうな御回答があるそうでございますが、私どもとしては、先ほど申しましたとおり、決してそういうふうなことはするつもりもございませんし、また皆さんが来たからといってそういうことを考えておりません。ただわれわれは、三人が来て意見を述べたからそれで事が済むわけじゃございません。ほんとうに自分が来てその土地まで足を踏み入れその実態をつかんでこそ、こういう大きな問題をきめるのに肝心じゃないか、こういうふうに思っております。ですから、そういう御心配はございません。私どもは責任を持ってお守りします。ですから、御心配なく、どうぞ現地へおいでになって見ていただきたいと思います。
  32. 高木佐一

    参考人高木佐一君) ただいま岡理事さんのほうからいろいろ要望等がございました。それにつきまして、私のほうからも要望をかねて若干申し上げたいと思います。  補償問題につきましては、すでに県のほうから具体的なものを運輸省のほうへ要求があったように聞いております。その内容は詳しくは存じません。しかし、私どもいま考えておること、少なくとも住民に犠牲を払わせない内容でなければならない。それはどの程度のものかということを一例をあげますれば、土地の代金は、当初から申し上げましたとおり、百万円以上でなければならない。それはすでに三年前であります。今日いろいろな経済条件等が変化してまいったのであります。また、いろいろな悪条件等も出てまいりました。それに相当なるアルファをつけてもらわなければならぬじゃないかという考えを持っております。それから生活保障、あるいは転業対策、それから農地の移転後は移転による減収があると思いまするので、その減収は十分なる政府補償を立てなければいけない。あるいは移転につきましては、移転の費用を平均いたしまして五百万円以上でなければならぬのじゃないかというふうに私どもいま考えております。こういうことになるように、またはこれを上回って、先ほど岡先生のおっしゃるように、もう至れり尽くせりだ、国民が考えてこれ以上は妥当じゃないという程度まで政府はめんどうを見ていただきたい、こういうことが私ども要望であり、また補償内容をそう考えておるということを申し上げて、なおおそれ入りますが、先ほどの現地視察につきましてちょっと触れさせていただきます。
  33. 岡三郎

    岡三郎君 その点はいいです。  先ほどの現地調査の件については、久保さんのほうから親切なる御答弁があったので、そういうふうな条件に立てば、われわれは自民党を説得して、そうして全会派で行くということについてかなり前進したというふうに考えます。ただし、これはこの場のことばだけではないだろうと思うので、この点については、いろいろな人がおられると思うので、そういう点、全体についての御責任をひとつお願いしたいと思う。  もう一点、いま至れり尽くせりの条件でなければ困ると言いましたが、そういう点について抽象的に言っても、運輸行政なり国の行政の中において、限られた財政の中においてものを処するわけです、実際言うて。そういう中において、やはり条件というものが、ごね得であってはならぬし、これは全体的に言われていることなんです。そういう点、ですから、政府のほうから出してくるということもさりながら、現地のほうとして、移転料五百万円以上でなくてはならぬとか、あるいは三年前は百万円程度であったけれども、いまは物価その他騰貴しているから百五十万円ほしいとか、あるいはその他具体的に、いわゆる政府が折衝している段階で、これをもとにして、われわれは、運輸省なり、そういうものについて、ある程度実情を、やはりこれは現地ばかりじゃなくて、政府自体についても、解明していかなければならない問題とも思われるのです。そういう点で、至れり尽くせりということは、いままでの政府の施策、そういう面からいうて、どこまでが至れり尽くせりだかわからぬ。ということになれば、なかなか条件提示ということはできないわけですよ、逆に言うと。これは、条件提示してくれと私は言っているわけじゃなくて、そういう点がもしないというと、高木さんのほうとしては反対する、こういうことなんですか、どっちなんです。
  34. 高木佐一

    参考人高木佐一君) お答えいたします。  私どもはそういう期待を持っておりまして、その数字、一文も欠けたものでは賛成できないとは考えておりません。  ただしかし、千葉県内の各町村の町村長のアンケート、有力者のアンケートをとった、「千葉日報」が掲載するところによりますと、九十三名の回答がありまして、六十六名までが賛成であるが、条件としては、住民に十分なる補償その他対策を講じられたいということは、異口同音に書かれているのでございます。したがいまして、国民の許す限りということを私は申し上げましたが、まあとにかく、国民の立場で、あるいはそういう周囲の学識経験、あるいは町村長、土地意見等もそういうふうにございますので、これは至れり尽くせりということは、数字には出せないかもしれませんけれども、十分なるひとつ対策と補償を考え、そして賛成する。また、政府も、そうしてもらいたいということを町村長が要望しておるのでございますから、その程度は、いずれひとつ先生方でお考えになって、そしてこの条件を、むずかしいかもしれませんが、早く出してもらいたい、こういうことでございます。決して一文欠けたら反対だということではございません。相当の、私たちは、いろいろ皆さんのお説等を聞いた上で、十分検討したいと考えております。
  35. 谷口慶吉

    ○谷口慶吉君 先に自己紹介しておきますけれども久保さんから先ほどお話のありました、運輸委員には農業に暗い者が多いかもしれぬとおっしゃいましたので……。私は農協理事をやっている。去年のいまごろは農林政務次官をしておりましたから、農地に対する農民の、悪く言えば執念と申しますか、こういうことについては、おっしゃることはよくわかります。  私ども、この前からいろいろと、現地をつぶさに見たいということについての話し合いは、しばしばやりました。ただ、先ほど岡先生もお話しになりましたように、どうも行ったら、取り囲まれてひどい目にあうかもしれないぞという情報ばかり入ってくる。ですから、求めてそういうところに行ってどうであろうかという実は疑念を当然持つのは、岡君が言われますように、なま身でございます。  そこで吉田さん、あなたに伺いたいのですが、農家が少しずつ土地を出して、二十ヘクタールを用意してあるのだ。これは、いざの場合は十万人以上の人間が入れるような場所までこさえて、あくまでも反対するのだとおっしゃると、こわくなるんです、ここに行くこと自体が。ですから、ただ現地を見るということは、賛成者の考え方に基づく、おっしゃる条件はどうであろうか、反対される場合の農業実態条件はどうであろうかということをば現地で聞きたいというのが委員のみんなのお気持ちなんです。ですから、まあ年も若いし、農業について非常に御熱心な方ですから、非常に私も敬意を表してはおりますが、やはりあなたは行動隊長のようでございますから、あなたのほうでたくさんの人を集めて、わんわんひとつここで気勢を上げようじゃないかというようなことは、この際は、われわれが行く場合は、おとりにならないほうが、反対される立場に立たれるほうになっても、私は有利だろうと思う。そこで、それについて、私が申し上げることについて、ほんとに責任がお持ち願えるかどうか、それをお伺いいたします。  それと、賛成の側の方から、現地調査をする場合に、あなた方のほうは賛成だから、御反対はないと思いますけれども、あなた方が、われわれが行く場合に、現地反対者はどういう態度に出るかどうかということは、常々村におられますから、大かたの見通しがつくだろうと思いますので、その方面のこともまた伺っておきませんと、私たちはこわいですから、ですから、そういうふうに、ひとつそれとあわせて、賛成の方からも、だいじょうぶだということの、大体の御自信がおありになるのかどうか、それをひとつ伺っておきたいと思います。
  36. 吉田総一郎

    参考人吉田総一郎君) お答えになるかどうかはわかりませんが、行動隊長でなんていう、扇動のような御印象をお持ちのようでございますけれども、それは、こちらに千葉県の先生方もいるし、あの知事を帰すなというときの新聞記事——また新聞記者方々もおりますが、あのときにも、待ってくれと、私はからだを張ってとめました、はっきり。これは、とにかく久保さんでも深澤さんでもとまらなかったのでございます。しかし、私はこれはたいへんなことになると思いまして、必死でした。長靴で、こういう机の上に飛び上がりまして、待ってくれと、とめたわけでございます。また、県庁のガラスをたたき割って乱入したときも、私はとめたのでございます。決して私もごろつきやヨタ公ではありません。来て見ていただけばわかりますけれども、まじめな百姓の農民で、農業研究会の会長で、印旛郡の理事もしております。そういう立場でございますから、非常に私は若い者の、まあ扇動というよりも、引きとめ役でございます。  そういうわけでございますから、吉田おまえ責任をとれと言われましても、これは、責任をとるということは、やめるぐらいのことでございまして、はたしてこのことを、じゃあ指一本触れさせないことを保証しろ、こう言われましても、これは機動隊の百台や二百台は動員してもらわなければ、どうなるかということは確答はできません、はっきり言いまして。そういうわけでございますから、これは決して私が扇動するとか何とかいうことじゃなく、村民の自然発生的な意見の、また意思のあらわれなんでございます。せんだって、県会の特別委員会方々がおいでいただきましたけれども、あのときもまず御婦人の方が先頭なんです、はっきり申しまして。これは決して計画立てたわけでもなければ、こうしろということもないのです。だから、県庁のガラスだって、あれは何か新聞によると、社会党のプロ扇動家が扇動した云々と書いてありますけれども、もしあれがほんとうにそうであったならば、私なんか一番最初に検挙されたでしょうが、計画なんか全然立ててない。ただ、あの県庁のあすこに陳情に行ったときに、偶発的にみんな住民の怒りがあすこにぶつかってしまったわけでございます。そういうわけで、決して計画的にこうだとか、何がこうだああだということは、新聞によっては、いろいろなものについては、なかなか実情はわからないので、実際地元に来ていただいて御婦人から子供から皆さん意見を聞いていただけばほんとうによくわかると思います。だけれども、その問題についてなかなか問題がおありだろうと思いますが、まずそういうあぶないところは、ひとつ地元でもさわれないようなところは、一日も早く空港を白紙返上というふうにお切りかえ願いたいとお願いする次第でございます。
  37. 内田勝一郎

    参考人内田勝一郎君) ただいま、谷口先生でございますか、賛成側のほうではそれに対する意見はどうかと、こういうようなお尋ねでございましたが、これはいまも、私からお答えいたすまでもなく、吉田さんがすでに申しておるとおりでございます。あえて好んでそういうことはやりたくないかもしれませんが、大ぜい集まりますとそう簡単にはまいらなくなってわっとやるということは、これはあり得ることでございます。したがって、過去の県会議員団の視察の場合を考え、また県庁のこと、あるいは村長に反対になれと迫ったときの状況等を考えあわせますと、さようなこと・が絶対に起こらないような状態である、平静な状態であるということは、私のほうからは受け合いかねます。
  38. 江藤智

    委員長江藤智君) ちょっと、現地視察の問題につきましては、当委員会におきまして終始一つ方針でいろいろ検討いたしまして、それは平穏かつ公正に現地視察をいたしまして、しかも賛否両論意見が聞かれるような状態、こういう状態現地視察をいたしたい、こういうのでずっと努力をしてきておりますから、そういう基本線で当委員会があるということだけはこの際申し上げておきます。
  39. 相澤重明

    ○相澤重明君 私、賛成派の方に最初にお答えをいただきたいのですが、現地人たちが、農民の方がどのくらい賛成をされておるか、反対をされておるかというお話を、両者からお聞きいたしましたけれども、それでは賛成をされて他に土地を求めてやはり営農されるということをお考えになっておる農民というものはどのくらいおるか。その場合に、どういうところにその土地を求めておるのか。たとえば、私ども国会では、日本の農民の零細農をできるだけ一人前に引き上げていくということで、農林省でも構造改善なりあるいは開拓農地が問題にされておるわけでありますけれども、現実に非常によい土地であるというその農民自身の考え方、よそに行っても自分は百姓ができるのだ、こういう期待が持たれるという土地賛成派方々は持っておるのか、そういうことで自分は行ってもいいのだ、こういうその営農に対するお考えというものがあったらばお聞かせをいただきたい。千葉県の中にあるのか、あるいは日本国の中にそういうものを求めているのか。あるいはまた、むしろこの際それでは自分は海外に進出をしよう、こういうお気持ちまで持っておるのか。それから、いま一つの点は、よそに行って営農する場合には、これはもうなかなか収入の道から生活についてたいへんだと私は思う。そういう点で、高木参考人からも、少なくとも補償等について五百万以上とか、あるいは一反百万とか百五十万とかというお話もありましたが、現実にどのくらいあったならば現在の富里なり八街の諸君が営農ができるんだとこう考えて実は賛成をされておるのか、非常に大事なことでありますから、先ほど岡理事からも一部話がありましたが、私は特に国の税金を監査するほうの立場でございますから、むだ使いはこれは許されない。幾らでも国が金を払うということはできないのであります。一応の予算というものを持って、その予算の中でいわゆる事業というものを計画しなければならぬ。そういう点で、私どもとしては、国民の納めた税金を最も効率的に運用をしていくというのが私どもの立場であります。そういう面で、もし地元人たちがよそへ行ってもいい、これくらいあれば営農はやれる、これくらいのたんぼはほしいのだということがございましたならば、ひとつお答えをいただきたいと思います。  それから反対側の方に、まあこれもお尋ねをしたいと思うのでありますが、先ほど内田さんなり吉田さんから、現地調査をする場合に責任が持てるか持てないかということについてお話がございましたが、江藤委員長の言うとおり、国会が現地調査をする場合は、私どもは法律に基づいて行なうわけでありますから、ただ自然発生的あるいは偶然ということは、これは私どもとしてはとらざるところであります。あくまでも日本の、民主主義的な日本国民の良識をもって、そうして選ばれて国会議員の立場でいわゆる調査というものを行なうわけでありますから、そういう点について私は賛成であろうと反対であろうと意見は大いに述べていただいて、これは十分その目的を達するようにひとつ協力をしていただく、これは基本原則であります。したがって、その点については、私はそういうことはないと、こう信じております。信じておりますから、反対の側でも賛成の側でも必ず御協力いただけるものと信じておりますが、ただ反対側皆さんの中で、実際に九〇%の反対者と、こういうことでありますが、それは農民の九〇%であるのか、いわゆる住民全体の中の九〇%であるのか。たとえば農民の中の一〇%の賛成であるという人たちは、土地をどのくらい一体持っている人たちであろうか、こういう点は先ほどちょっと触れておったようでありますが、どうも私としてはお伺いしておると、ちょっと不明確のように思うので、そういう点も、これはたいへん失礼な言い方かもしれませんけれどもほんとうに農民は土地がなければ生活できないわけでありますから、自分の持っておるものは手放したくない、これはお百姓さんのほんとうの気持ちだと思う。そういう意味で、たくさんの土地を持っておる人は一部出してもいい、あるいは自分は土地はこれでは営農ができないから、この際高く売れるなら売って、そしてよそへ行きたいのだと、こういう部類の人たちなのか、その点をいま少し詳しく御説明をいただきたいと思うのであります。  以上であります。
  40. 高木佐一

    参考人高木佐一君) 先ほどあまり徹底しなかったと思いますが、私が少し私ども賛成アンケートをとったものについて申し上げましたが、いまおっしゃられる、大体賛成反対といいましても、空港敷地が決定していないのです。そして、その中の人が移転するわけであります。外の人は移転しなくてもいいということです。したがいまして、中の人が運輸省の発表によりますと千五百戸だと、これは賛成反対で水かけ論になりますが、条件が、私どもの大体考えておるような条件に基づいて、政府が誠意を持ってこの問題に取り組んでいただけるならば、この敷地内の千五百戸のうち八五%は賛成であると私は確信を持ちます。なお、六ヵ月ぐらいたつうちにも、あとの残りの一五%、これも全部賛成になると。これは政府の誠意と、御親切な方法で、十分ひとつ取り組んでいただきたい。こういうことで、この空港問題は決して悪質なものではない。純良な農民であるから必ずわかってもらえると、私たちはそう考えております。したがって、転出するところの農民が千五百戸あります。その農民がどのくらいの用地が必要かということになりますと、先ほど申し上げましたとおり、農を離れる人が三五%もあります。したがって、農を専農にやるという人は一一%。これは、中も外も一緒にアンケートをとりましたけれども、農民の心理は大同小異だと思います。でありますから、結局千五百戸のうちの千二百七十五人は賛成でありまして、あとの三百三十五人も、やがて、誠意を尽くしていただければ、賛成になることがある。その必要な用地は六百ヘクタールあれば、この農を継続してやりたいという人には十分満足のいける土地だと思います。で、その土地は、先ほど申しましたとおり、三里塚御料牧場等を開放するという御意見だと思いますけれども、そうでなくとも、民間で私どもすでに六百三十ヘクタールを調査をして、そうして運輸省に報告のできるまでの資料を持っております。これは、反対側は行きません、全部賛成者側を回ってつくり上げたものであります。でありますから、代がえ地の獲得は、これはやがておわかりになっていただけるだろうと思う。反対側の方もやはり出していただけるのじゃないか。そうすると、代がえ地は私は少しも困らぬ。どうして政府のほうは綿密な調査をもっと、政府の役人自身が乗り込んで調査しないかということをふしぎに思っております。それと、条件が出ないうちに、この大体の私ども説明に基づいてこういう資料、結果が出ておる。だから、その補償等やあるいはこの敷地等が決定して、ほんとう実態空港の姿があらわれるならば、もっと私は条件のいいことになりはしないか、そういうふうに考えております。どうかひとつ、この敷地内を決定して、敷地内だけのほんとう調査をしていただきたい。で、現地調査に来るにも、条件を出していただくのでないと、何が何だかわからぬうちにおいでになられると、誤解等がありまして、いろいろな憶測によるところの状態が生じないとも限りません。また、群集心理等も手伝うと思います。ですから、条件を出してから、みっちりPRをしてから、巻ききゃはんをはいて泊まり込みで来ていただきたい。そうして一晩みっちり農家と話し合っていただきたい。そうすれば、空港問題というものはおのずから、同じ国民でありますから、必ず解決するものである、かように考えております。
  41. 吉田総一郎

    参考人吉田総一郎君) いまお尋ねいただきました、反対賛成の内訳はどうかということでございますけれども一つの例を申し上げますと、私の部落が百三十戸ございます。この中で賛成は十三戸でございます。こういう実情でございまして、これは空港にかかるであろうという想定の地区においては、私の部落より、さらに三区地区から実ノロという、中央へ行けば行くほど、これは団結は固まっております。そういうわけでございまして、決してそのような数字ではありません。絶対にありません。この点は、確かに来ていただいて見ればわかります。  それから、先ほどの発言でございますけれども、それほど私どもの立場を御理解していただき、また実情調査していただく皆さま方に対して、私どもも一生懸命事務局といたしまして、そそうのないように含めまして、御迷惑をおかけしないように、さらにまた私どものこういう事態のために反対しておるのだという事実をお聞きいただくムードと空気を、万全の努力をいたしましていたしたいと思います。何とぞ、私どもも非常に微力でございますけれどもほんとうに農民の血の叫びを聞いていただいて、これからの問題を善処していただきたい、できるだけ早く返上にまで持っていきたい、かようにお願いいたします。
  42. 岩間正男

    岩間正男君 私は三点お伺いしたいと思います。時間があまりありませんから……。  第一に、建設同盟反対同盟ですね、これはいつつくられたのか、年月日。それからこの人数ですね。これは先ほどから問題になっていますが、明確にしておきたいと思いますので、会員がどれぐらい入っているのか。それから、運営のしかたですね。ことに経費が要るだろうと思うのだが、この経費なんかについてお聞きしたい。私も二、三回あすこに参りましたが、期成同盟の方が、非常に日の丸のついたりっぱな旗が、印刷されたようなものがずらっと並んでおるわけです。あれはほとんど画一的なものだと思うのですね。相当な金がかかっておるように見えるのでありますが、ああいう資金というものはどのようにしてこれはつくられておるのか、この点ひとつ両者から明らかにしていただきたいと思います。  それから第二の問題ですが、これは森さんにお聞きしますが、富里の村会の反対決議というのは、数はどれぐらいできまったのですか。それから、あなたの先ほどの発言によりますというと、五、六人はどうもあいまいな者がいるのだと、うろちょろしている、反対はしておるけれども、しかし賛成の意図を持っておるようだ。こういうことになりますと、あなた自身の属しておられる村会の権威に関する問題だと私は思うわけです。で、これは公式のこのようなところで発言された問題ですから、これはやはり軽々しく聞き捨てにならない問題です。そういう点について、どうも村会の運営そのものが民主的に行なわれていないという結論が出されてもしかたがないようなことになる。しかし、おそらくあなたは少数派でここで発言をされておるのでありますけれども、この点について、数のそのような決定というものを、どの程度あなたはこれを権威を感じていられるのか、この点非常に重大ですから。これは、私も富里にも参りました。村長さんにも会っています。八街にも参りました。山武にも参りました。全部関係者には聞いておるわけでありますが、この点の発言が、ことにあなたは富里村議会議員としての肩書きを持ってここに来ておられる。村会を代表するというような意見にとられれば、これはまずいわけでありますから、その点について明らかにしておきたいと思います。公的な立場と私的な立場を明確にしていただきたいと思う。  第三の問題。これは内田さんにお聞きをしたいと思う。内田さんは、先ほど、この基地がつくられると軍事基地として使用されるというようなことを言いふらしておるというようなことを、そういうことをあなたは言われる。いかにもそれが流言飛語であるかのごとき印象を与えるような発言を先ほどされたわけであります。しかし、日本の現状から考えると、これは重大な発言なんです。で、私は次のことをお聞きしたい。あなたは、現在の羽田空港というものが、ベトナム戦争下において軍事的なものに使われておるということを知っておられるのかどうか。少なくとも一カ月間に一万三千の米軍がチャーター機によって輸送されている。そしてそれが羽田を全部経由しておる。それから日本のスチュアーデスが……。
  43. 江藤智

    委員長江藤智君) 岩間君、あなたはこちらの質問だけで、こちらからこういう状態だからという質問はやめてください。
  44. 岩間正男

    岩間正男君 もう一つ、安保条約によって当然、米軍がこれを使うという要望を出した場合に、無条件で応じなければならないという、こういう条約のもとに日本があるのだということを、あなたは少なくとも知っておられていまのような発言をなさったのかどうかということは、非常に重要な問題です。したがって、御存じなのかどうか、羽田の状況と安保条約第六条による基地使用の、そして米軍の要請があった場合には必ずこれに無条件で応じなければならないという形になっておる、こういう実態というものを、民間の施設といえどものがれることはできないという日本の現実についてあなたは御承知なのかどうか、これは御承知であるかないかということをおっしゃっていただければけっこうだと思います。  以上です
  45. 江藤智

    委員長江藤智君) 最初は、高木参考人
  46. 高木佐一

    参考人高木佐一君) お尋ねの新国際空港建設同盟についてお答え申し上げます。  当初、若干私が申し上げましたと思いますが、空港問題が三十八年の九月ごろ候補地というようなことであげられまして、それで問題になってまいりました。そこで自然、それではおらは反対だ、いやおらのほうはこれは将来性があって発展性があるから賛成だという者が自然に部落に出てきた。それで、私たち部落の代表者のところに、こういう問題があるがということで足で歩いたのであります。そしたら、いやおらは賛成だよ、それじゃ君ひとつ賛成者部落でもって集めて、糾合してひとつやらぬか、それではやりましょうということで集まった。したがって、私のところに申し入れてきたのは三十八年の九月であります。そして十部落ぐらい、富里八街があって、そのころ大体七百名ぐらいがその会員ということでございました。その後、それでは組織が立たぬし、役職員もわからぬから、ひとつこれははっきりした同盟という名前にして発足しようじゃないかという相談をしたわけです。それが三十八年の十二月ごろであります。越えて、はっきりした国際空港誘致建設同盟というものが最初名前になった。そして翌年の三十九年の三月四日の日に、八街商工会議所を会場として発会式をいたしました。そしてこの規約をつくりました。そしてその当時、役員も選任いたしました。会長には八街の西村玄篤という人が選ばれました。私が会長代理、副会長ということで、いろいろ仕事をやっております。その規約がここにございますけれどもあとでごらんになっていただければわかりますが、一部しか持ってまいりません。  それで、同盟連合会という、部落同士がみんな寄ったんだから連合会という名前にしよう、そして誘致という字は重複するから、新国際空港建設同盟連合会でいこう、そういうので発足した次第でございます。現在、会員は二千四百十八名、世帯数が二千百世帯、こういうことでやっております。
  47. 岩間正男

    岩間正男君 運営の費用は、資金は。
  48. 高木佐一

    参考人高木佐一君) 先ほどお尋ねでございましたが、資金は、会合する場合には全部無会費で、接待は何にもいたしません。商工会議所のお茶をちょうだいするだけであります。そして、山村先生のお葬式とか、空港視察に行くときの同志の見送り等の費用は、全部自弁で、各自負担をいたしまして、集金はいたしたことはございません。  それから、旗幕等も相当かかったろうということでありますが、あれは一本実費千五百円かかっております。その費用は部落に割り当てました。そうして部落会員から、おまえのところでは三本要るんなら四千五百円もらうぞということでもらって、実費の弁償に充てております。そのほか会費一切取っておりません。必要なときには、そのつど必要なだけを集金してまかなっております。  以上でございます。
  49. 久保忠三

    参考人久保忠三君) 反対のほうでございますが、組織の点でございますが、一番最初空港の問題が始まった場合に、ちょうどわしは三区というところでございます。わしの部落は百三戸ございます。そして六戸が賛成で、九十七戸が絶対反対でございます。それで、わしのほうの部落でもって、十二日の日に墓地の問題でいろいろ討議しておったときに、空港の問題が出たのでございますが、これはたいへんなことだということで、いろいろと役員で相談をした。このときは、空港の問題でございません、墓地の問題でやっていたのでございますが、これはすぐ空港設置のあれをつくらなきゃいかぬということで、部落でもってあれをした。同時に、その周辺に飛行場にかかった部落がたくさんありますので、これはたいへんだから、この部落がみんな来てやるんなら一致してやろうじゃないかというので、だれが呼びかけたのでもなく、一斉に盛り上がった部落がその当時十三部落でございます。それで、その署名を終わったのが十八日でございます。十八日の日に、ちょうどその当時、こちらの村会のほうも、御承知のとおり、村長としては、非常にいいものが来たじゃないかということで、誘致のような線が見えておりました。十七日の日に、たぶん赤坂のプリンスホテルのほうに参ったと思います。そのときに、自分の地元から約百名、村長が行ってきたというので、いろいろ話を聞こうじゃないか、こういうことでもって前の日に打ち合わしてあったのですが、当日の十八日の朝、問題が新聞に掲載されまして——八街富里、町長、村長、空港の誘致問題で了承すると、こういう掲載をされましたので、これはたいへんだ、何もわからないのに了承されたのではこれはたいへんなことになるというので、一応県のほうにすぐに陳情しようじゃないかということで陳情に行ったわけでございます。それが反対運動の発端でございます。それで、その翌日、富里村会は臨時全員協議会を開いたわけでございます。十八日の晩帰りましたときに、すでに全部落反対の署名があったわけですが、村長いわく、おれの考えは甘かった、空港ができた場合において、飛行場の内部にかかったところは補償金その他もらうから反対はないと思った、むしろ外側の騒音の地域から出ると思った、内部から反対が出るとは夢にも思わなかった、これだけの反対署名をもらったのでは反対するよりしょうがないということで、その場は別かれたのでございます。翌日、村議会の全員協議会を持ちまして、出席議員十八名、二名欠席でございます、病院に行っておりましたので。そのうち二名はそれに反対じゃありません。あと十六名が反対の決議で、町村長は、われわれは町村議会が反対をきめてもらわないことには何にもできない。しかし、こうなった以上は、わしは反対の先頭に立ってこれから戦います、こういうことを言いまして、決議文を持って——これはまだ全員協議会でございますから、決議というわけにはまいりませんが。私どもはそれで安心しておりました。すぐそのまま県の知事に持ってまいりましたのでございます。ところが、その晩、何名かの者は——ここで名を発表するということは非常にその人に傷をつけますから、名を発表しません。村長の宅、また反対した幹部のところに行って、お前たち何であんなものをやったとおどかして、翌日、地元県会議員——これは木倉さんですが、そのところに行ってその書類を取り下げたという段階を踏んできております。それで、その先頭になって取り上げた方が戸々に歩って、この判を抜け、判を抜けと抜かしたという当初の経過をたどっております。そういう中で着々と私ども反対してきたのですが、二十五日にその富里全域にわたって、これは反対するしないは別として、あそこはたぶん賛成だろう、あそこはたぶん反対だろうという憶測でやるということはいけないというので、文書をもって区長さんに全部お願いいたしました。その区長さんが賛成のところは、全然反対の判はくれておりません。その区長さんが反対部落は、全部くれております。全部で三十三部落のうち二十四部落反対署名をされて、それでほんとう反対同盟に参加して動いておったのは十七部落でございます。それから八街富里山武と、こういう町村が合併して反対同盟をつくって動き出したのは昭和三十八年の十一月と覚えております。そのころに同盟をつくりましたのでございます。富里の発足は、十八日から反対の発足をしております。そういう経過をとっております。  現在、富里村の内容でございますが、商人がどれくらいか、ほんとう農家がどのくらい反対しているのか、こういう御質問でございましたから、ここであわせて御報告申し上げます。富里ほんとうの農村地帯で、商人とか何とかいうのは一部で、現在反対署名されている方は、商人の方はほんとうの一部分で、全部農民だけの反対でございます。  なお、ここに内田先生がおりますが、内田先生地元は中立の立場で、反対ございませんでした。ところが、これはだれからも呼びかけたのではないのでございます。現在戸数はわかっておりません、部落が違いますから。現在四十八世帯反対の署名をとって、先月の二十七日、県のほうへ陳情に上がっております。これは真実の自分たちの、だれからあれされたのでもなく、正しい気持ちで反対する、こういうことでやっております。それはまだ反対同盟に参加するかしないかということは私どもよくわかりません。ですから、内容的において、富里内容は農民のほんとう土地を持っている者の反対である。会員は、富里村の農民の大体八〇%以上が反対でございます。八街山武のほうは、こちらに八街の方がおります。先ほど申し上げました人員が反対に参加しております。  なお、経費の点でございますが、これは町村によっておのおの違いますが、富里村は、反対同盟に参加している者は本部の費用として月々五十円ずつ、これは会費として皆さんが喜んでこれを使ってくれと、こういうことで自発的に出してもらっております。なお、陳情とか、部落で事をやる場合には、だれ言うとなく、よしこれをやろうということでまとまって、部落負担としてやっております。  地元調査につきまして一言申し上げます。この前、富里村に来た県会議員との間で少し問題がございました。これは町村長並びに議会と一応意見を聞き地元調査をする、こういうことでございまして、そのときの反対の方が全部参りましたが、私のいた二階にみんなが上がってきたのでございますが、一応ここは皆さんの上がるところではない、議会と村長さんの意見を聞いて、皆さん意見あとで聞くから下におりてくれと言ったら、よくわかりましたというので、そういうことから、最初、お昼を食べてから部落を回るから、皆さんお昼を食べに戻ってもらいたい、こういうことで皆さんを一応地元に帰したのでございます。そうすると、簡単な説明であったので昼前に終わって、それでは時間があるから午前中に回ってきて、それから一般の者の意見を聞こうということでございましたので、話に行き違いがありまして、皆さんが昼を食いに行ったあとに、現地調査、こういう段階に入りまして、今度地元の者が、何だまたうそつくのか、こういう地元の感情があったために、少しトラブルがありましたが、一応皆さんが体育館に入りましてから、このことについて、説明に対しては、決して暴言とかそういうことはなく、慎重に自分たちの気持ちを十分に訴えてあります。ですから、私として何人という部下を持っております。この部下に対して、一言でもってああしろこうしろという統率ができなかったならば、この反対運動は絶対にできない。だから、皆さんが御心配なさるようなことは絶対させないという確信を私は持っております。ですから、皆さん地元においでになるときには、からだを張ってでも皆さんに御迷惑をかけないという確信を持っておりますので、どうぞ心配なくおいでを願いたいと思います。
  50. 森政義

    参考人(森政義君) 先ほどの質問でございますが、反対決議されたときの議員の数、これとふらふらなる議員がいるということについての御質問であります。  まず第一の反対決議をしたときの数といたしましては、富里で、議会は定員二十名でございますが、一名の欠員がその当時ございまして、十九名。そして、私どもはその決議には参加をいたしませんでした。そのときの不参加議員は六名でございます。  次に、二点の、私両方で署名している議員もあるとはっきり申しましたが、これは反対決議をする二、三日前でございましたが、そのときも、村には開発懇談会というものがございまして、これは村の三役、それから議会の常任委員長並びに空港関係の特別委員会の正副委員長、対策協議会の正副会長という構成でございますが、その会議を開いた際にも、一応ここで内定もしたことであるし、われわれは心を新たにしなければいかぬということで署名をとったわけでございます。そのときも、やはり議長が先頭で、十三名の署名をとったわけです。最近に至りましては、これは四十一年の四月十五日でございますが、十一名署名して、このときに国会方面陳情いたしました、その話を聞きまして、すぐ今度ほかの人が署名をとる、また十二名の署名が集まるというようなことでございます。これが現実でございますので、そのまま申し上げます。  以上です。
  51. 内田勝一郎

    参考人内田勝一郎君) 先ほど、岩間先生でございますか、戦争下のことがございましたが、私の申し上げますのは、安保条約の内容のこまかいことについては私は存じておりません。先生方は御存じでございましょう。けれども、安保条約のある限り、日米が安全保障条約をやるのだから、それに必要なということは、これは了解できます。ただ、私の申し上げまするのは、国際空港をつくることが直ちに日本の、何と申しましょうか、防衛にそれを役立てるためにそれをつくるのだというように受け取れるように宣伝されることはちょっと変ではないか、こういうことでございます。ことばが足りなくてあるいは誤解を招いたかもしれませんが、私の申し上げたのはそういうことでございます。
  52. 木村美智男

    木村美智男君 時間がありませんから、簡単に一つお伺いしておきます。  先ほど岡先生が聞いたことに関連をしてなんですが、賛成派皆さんがどなたもおっしゃられたのですけれども、要するに、至れり尽くせりの住民対策あるいは補償ということを言われているんですが、できるだけこれは皆さんの早くしてほしい、中身も充実してほしいという、そういう立場からいっても、皆さんの考えている、あるいは期待している住民対策というものは、具体的にどういうことなのかということは、残念ながら私ども、先ほど言われた移転費の五百万、あるいは買い上げの百万、これは二つだけではないでしょう。したがって、まあ差しつかえない範囲でその点をひとつお聞かせをいただきたい。そして、そういう一つ皆さん方の案というものが、どういう形で、たとえば総会なら総会というものを開いてみんなできめたものなのか、ある程度役員の間で見当をつけてそういうものをまとめたのか、それはどういう形でそういうことがまとめられたかというのが第二番目。あとは一切意見を差し控えます。時間の関係でその二つだけひとつ。あとは、まあ谷口先生のように農林次官ではないのですが、私も百姓のせがれなんで、したがってよく言われていることはわかりましたので、一切述べられたことについては了解をしていますから、質問はこの点は省略いたします。いまの二つの点、賛成の方どなたでもけっこうですから、ひとつ答えてみてください。
  53. 高木佐一

    参考人高木佐一君) 至れり尽くせりの内容についてもう少し具体的にという御質問かと思いますが、これは私ども、実際に空港がすべり出して、そして政府から交渉を受ける場合には、的確なわれわれの希望条件というものを打ち出したいと考えております。しかし、いまはまだ政府基本方針さえ確実に出ていないのでありますから、具体的に考えることは少し無理じゃないかと考えます。ただ概念的に、百万円以上ぐらいはもらわなければならぬ。移転するのは、農家のことですから、小さな家じゃございません。それを移転するのは、いまの経済関係からいっても、五百万以上はもらわなければ赤字になるんじゃないかと考えます。こういう点で、一応概念的に考えたのでございます。そのほか、代替地を買ってもらいたいという項目が一つ新しくございます。それは、空港の内部がたとえば百三十万だというような場合、やはり代替地もそれに準じた価格を考えて運輸省で買い上げてもらう。そして代替地移転をさしてもらいたい。これが周囲の代替地を提供する人の希望である。こういうことは、総会を開きまして、あるいは役員会を開きました席上、決議というような形式ではなく、説明したり、あるいは考えを述べてもらったりして、そして一致点を見出して、それを目標にしておるのでございます。陳情請願あるいは献言書というようなものは、一応役員会あるいは総会を開いた席上で披露をして、そして了解を得た上で、政府あるいは国会、政党等に提出しております。
  54. 江藤智

    委員長江藤智君) 参考人の皆さまに申し上げます。  本日は、長時間にわたり貴重な御意見の御開陳を賜わりまして、まことにありがとうございました。本委員会といたしましては、皆さま方の御意見を今後の審議に十分役立たせたいと存じます。本日はどうもありがとうございました。  本日はこれにて散会いたします。    午後一時十二分散会