○鹽野政府
委員 執行官法案につきまして、補足説明を申し上げます。
まず、この
法案を提出するに至りますまでの経過について若干御説明いたしたいと存じます。
御
承知のとおり、執行吏制度については、
明治二十三年に現行の執達吏規則及び執達吏手数料規則が施行されて以来、ほとんど見るべき改革が行なわれることなく今日に至っているのでございます。そのため、この制度については、つとにその根本的な改革が必要であるとの意見が強く、戦前におきましても、司法省におきまして長らくその改革のための検討が続けられましたが、戦争激化のため中断のやむなきに至りました。さらに戦後におきましては、各分野の法制が一新された中にあって、古くから本格的に手の加えられることのなかったこの制度につきましては、社会の
実情に適合しない点が多いとして、この制度の改革を望む声が強く唱えられるに至ったのでございます。このような事情にかんがみ、法務省におきましては、まず
昭和二十八年に法曹各方面、学界及び執行吏に対し、執行吏制度の改善に関する意見を
照会したところ、この制度についての根本的改革を必要とする旨の
回答が大多数を占めていたのでございます。
そこで、このような諸事情を背景といたしまして、
昭和二十九年に、法務
大臣から法制審議会に対し、「執行吏制度を改善する必要があるとすれば、その要綱を示されたい。」との諮問が、強制執行及び競売に関する制度の改善についての諮問とともに発せられるに至ったのでございます。
〔大竹
委員長代理退席、
委員長着席〕
法制審議会におきましては、右の二つの諮問についてあらかじめ
調査審議するため強制執行制度部会を設けましたが、同部会は、裁判官、弁護士等の実務家、学者等によって構成され、同年七月からその審議に入ったのであります。
さて、この強制執行制度部会では、その小
委員会においてではありますが、まず執行吏制度改善の基本的方向について一般的に検討した結果、
昭和三十一年に至りまして、「現行の執行吏制度、すなわち、
当事者の委任によって
事務を取り扱い、
当事者から手数料を受けてこれを自己の収入とする制度を廃止し、これを固定俸給制の裁判所職員たる執行官の制度に改める」という一つの目途を今後の検討の方向として打ち出したのであります。
その後、同小
委員会等では、この方向に沿って法制面における執行官制度の構想の具体化について検討するとともに、これを
前提として、執行官が準拠すべき民事訴訟法等の改正につき逐条的な検討を進めたのでありますが、組織面及び手続面についての問題点が複雑にからみ合っているものでありますため、その作業に思わざる長年月を費やす結果となったのでございます。ところで、その間、このように法制的な面から検討が加えられる一方、この俸給制執行官の制度の円滑な運営が現実に可能であるかどうか、その実現の見通しはどうであるかという問題についても、さまざまな見地から検討が加えられたのでございます。
この点に関しましては、現在執行吏の取り扱っている
事務が他の一般の司法
事務または行政
事務とは著しく異なる特殊性、困難性を有すること、俸給制のもとでは現行の手数料制下におけるよりもかなり多数の職員が必要となることを覚悟しなければならないこと、したがって、強制執行等の
事務を行なう職員としてふさわしい素養と能力を有し、しかも、この決して愉快とはいえない職務に挺身する意欲を有する者を十分な数だけ獲得し、引き続き常時必要数を補給するとともに、その勤労意欲と
事務能率の向上ないしはその持続を確保することがきわめて困難であること等を考慮いたしますと、俸給制執行官の制度の創設、維持及び運営については、通常の公務員制度の維持、運営の場合には考慮する必要性の少ない特殊な困難性を内包していることが認められるのでございまして、これらの点を無視して強引に制度を発足させることは避けなければならないと考えられました結果、結局、現段階においては、遺憾ながら俸給制執行官制度への踏み切りは困難であるという見通しを立てざるを得なかったのでございます。
しかしながら、現行執行吏制度の
実情を見ますに、執行吏希望者の漸減、執行吏数の減少、その老齢化、いわゆる執行吏代理の制度による弊害の顕著化等が指摘されるほか、執行吏等による金銭上その他の事故がたびたび報ぜられるに至り、各方面において、制度の根本的改革もさることながら、早急に改善
措置を講ずべきであるとの要望が強くなってまいりました。
そこで、法制審議会では、この際、俸給制執行官の制度についての検討はしばらくおき、とりあえず、さしあたって実施すべき改善の方策を策定することが急務であると
判断し、現行の手数料制は維持することとしつつ、その他の点において、できる限り執行吏の職務体制の合理化をはかるとともに、裁判所の監督を有効ならしめる基礎をつくるための方策を取りまとめ、本年三月法制審議会から法務
大臣に対して、執行吏制度改正要綱として答申されたのでございます。
今回の
法律案は、右の答申にかかる要綱を基礎として作成したものでありまして、形式としては、裁判所法の一部を改正して、執行吏にかえて執行官を置き、執行官についての基本的事項を定める執行官法を制定して、従前の執達吏規則及び執達吏手数料規則を廃止することとしております。
次に、この
法律案の主要な内容について若干御説明申し上げます。
最初は執行官の新設についてであります。
執行吏は、裁判所法第六十二条の
規定によりまして、各地方裁判所に置かれているのでありますが、
法律案附則第三条におきまして、これを改正し、執行吏にかえて新たに執行官を置くことといたしております。
もっとも、この執行官は、すでに述べましたように、「執行官」という官名は与えますものの、俸給制の職員ではなく、
法律案第七条に
規定されておりますように、
当事者等から手数料を受けてこれを自己の収入とすることとなっておりますので、この点、現行の執行吏制度に比して変わりばえがしないとの批判を免れないとも思われますが、この手数料制の点を除きましては、できる限り執行官の職務体制を近代化し、その公務員としての色彩の強化をはかるための
措置をとり、手数料制に伴うといわれる弊害を最小限度にとどめることにつとめております。「執行吏」という名称にかえて、あえて「執行官」という官名を採用いたしましたのも、執行に従事する職員自身について公務員としての自覚を強からしめるとともに、他方一般世人の認識をも一新させるため、この際、心気を新たにすることを目的とするものにほかならないのであります。
なお、
法律案附則第六条によりまして、この法律施行の際現に執行吏に任命されている者は、別に辞令が発せられないときは、執行官に任命され、かつ、現にその者の属する裁判所に勤務することを命ぜられたものとみなすことといたしております。
次は、執行官の執務の本拠についてであります。
現在の執行吏は、裁判所の職員でありながら、執達吏規則第五条により、所属地方裁判所の管轄
区域内に役場を設けることとされておりますので、執行吏は、自己の責任と計算において役場を設置し、これを運営しているのでありますが、この
法律案におきましては、執行官の公務員としての性格をより強化するために、この役場の制度をとらないことといたしました。したがって、執行官も、通常の裁判所職員と同様に、裁判所に勤務するという体制になるわけであります。
次は、執行官の職務についてであります。
執行吏の職務内容に関する現行の執達吏規則の
規定は、今日では、執行吏の職務内容を的確に言いあらわしているとはいえず、この
規定の中には、他の法令の
規定と重複しているものや、現在は適用の余地がなくなっているものがありますとともに、反面、社会情勢の推移に伴い、当初この
規定が予想しなかったと思われるような
事務についても、執行吏がその職務として取り扱っている場合が次第に多くなっているのであります。
そこで、この
法律案におきましては、現在の執行吏の職務内容の実態を尊重いたしまして、現に執行吏の取り扱っている種類の
事務はこれを執行官の職務内容に含ませることとするとともに、右の死文となったもの等を削り、その職務内容についての表現を整理することとしております。これが
法律案第一条でございます。
次は、執行官の
事務の
処理及び
事務の分配についてであります。
右に述べました執行官の職務とされる
事務を、現実に執行官がどのような経路で取り扱うに至るかという、執行官の
事務処理の体制は、執行吏制度の改善について重要な問題でありまして、この点は、
法律案の第二条に
規定されております。
執達吏規則によりますと、執行吏は、裁判所等の命令により、または
当事者の委任によって
事務を取り扱うことになっておりますが、この
法律案では、執行官の公務員としての性格を強化する一環として、
当事者は国の機関である執行官に対して「申し立て」を行なうものであることを明らかにし、「委任」という用語を用いないことといたしました。
また、現在、執行吏が直接
当事者から委任を受けた
事務については、裁判所も、委任を受けた執行吏も、特段の事由がある場合を除き、これを他の執行吏に移転することはできないことになっておりますため、結局、ある
事務をどの執行吏が担当するかは、委任を行なう
当事者の選択にゆだねられる結果となり、いわゆる「自由選択制」の職務体制となっているわけであります。しかしながら、このいわゆる自由選択制は、一部で伝えられる執行吏と委任者その他の関係人との間の不明朗な関係を醸成し、ひいては、執行吏の職務執行の権威、中立性を低下させ、あるいはそのような印象を世人に与えている点につき、その大きな原因の一つとなっているものと考えられますので、この
法律案では、すべての執行官の
事務について、裁判で特定の執行官が取り扱うべきものとされる場合を除きまして、所属地方裁判所が
事務の分配を行なう
権限を有することにいたしたいのでございます。
次は、執行官が取り扱う金銭の保管についてであります。
現在、裁判機関の行なう裁判
事務に関する予納金等の保管につきましては、歳入歳出外現金出納官吏がこれを取り扱う等の
措置がとられており、執行裁判所の取り扱う強制執行
事務の場合もその例外をなすものではございませんが、執行吏の場合には、手数料等の予納金はもちろんのこと、職務の執行として差し押え、または交付を受けた金銭も、訴訟法の
規定に基づいて供託することとなる等の場合を除き、もっぱら執行吏自身の責任においてする保管にゆだねられているのであります。この点が、執行吏についての金銭上の事故やトラブルの大きな原因の一つとなっていると考えられますので、かような事故を防止するとともに、裁判所の行なう他の面での監督を一そう有効にする基礎をつくるため、この
法律案におきましては、まず、執行官が差し押え、又は交付を受けた金銭は、その第六条におきまして、原則として、執行官の所属の地方裁判所が保管することといたしております。次に、手数料等の予納金につきましては、これを執行官に対してではなく、直接その所属の地方裁判所に対して予納させることとし、執行官は、予納を受けた裁判所から支払いまたは償還を受けることとしております。これは
法律案の第十五条第二項でございます。
ただ、現金の保管をすべて裁判所が行なうものとする
措置を、執行官制度発足の当初から画一的に完全に実施することは、種々の事情によりまして困難であると考えられますので、
法律案附則第十条におきまして、暫定的に、当分の間は必ずしも右の
措置によることなく、最高裁判所が別段の定めをすることができるようにいたしております。
次は、執行官が受ける手数料等についてでございます。
すでに述べましたように、今回の執行官制度におきましては、手数料制を存続させることといたしておりますが、執行官が受ける手数料、支払い、または償還を受けるべき費用、支払い義務者等につきましては、
法律案第七条から第十六条までに
規定いたしております。
第七条は、職務を執行した執行官が、それについての手数料を受け、及びその執行に必要な費用の支払いまたは償還を受けることを定めたものであります。
第八条及び第九条は、手数料を受けるべき各個の職務行為及び手数料の額についての
規定でございます。
現在、執行吏が手数料を受けるべき場合及びその額につきましては、執達吏手数料規則及び訴訟費用等臨時
措置法に
規定されているのでございますが、個々のこまかい職務行為について一々法律で手数料額を定めますことはあまりにも繁雑に過ぎるものと思われますし、具体的な額については、執行官制度及び強制執行制度等の運営の責任を有しております裁判所が一切の事情を考慮して定めることとしても弊害は考えられないばかりでなく、かえって、
実情に即応した適切な額を定めることができるかと考えられますので、
法律案におきましては、第八条におきまして手数料を受けるべき各個の
事務を列挙して法定し、その
事務についての手数料の額は、原則として最高裁判所の規則で定めることといたしたのでございます。
執行官が支払いまたは償還を受けるべき費用につきましても、手数料と同様、第十条においてその極数を定め、第十一条において、その額は、最高裁判所の規則で定めるもののほかは、実費の額によることといたしております。
第十二条は、手数料及び費用の支払い義務者を明確にしたものでございます。
第十三条は、執行官は各個の
事務を完了したとき等にその
事務に関する手数料及び費用の弁済を受けることができることとした
規定でございます。執達吏手数料規則の
規定によりますと、執行吏は、委任による
事務については、その委任が終了した後でなければ、つまり、通常の場合には事件全体が終了した後でなければ手数料等の弁済を受けることができないこととなっておりますので、その点を改めたものでございます。
第十四条は、執行官が手数料等を受ける
権利の時効による消滅について、第十五条はすでに述べましたように手数料等の予納について、第十六条は訴訟上の救助を受けた者の申し立てによる場合の手数料等に関する特例について定めたものでございます。
次は、他の執行官の援助についてでございます。
現行法におきましては、執行吏は、常に単独で職務を行なうこととなるのでありますが、大規模な
不動産の明け渡しの執行、大規模な保全処分の執行等の場合の要請に対処するため、この
法律案第十九条におきまして、新たに執行官が所属の地方裁判所の
許可を受けて他の執行官の援助を求めることができることといたしております。
次は、執行官の退職後の給付等についての検討等についてでございます。
現在執行吏は、官吏恩給法に照らして、一般の恩給と異なる独自の恩給を受けているのでありますが、遺族扶助料等に相当するものは支給されず、また、国家公務員共済組合法、国家公務員等退職手当法等による給付も受けないこととなっております。そこで、執行官の退職後の処遇等について、この際制度の整備をはかる必要があると考えられますが、手数料制をとっている等の特殊性に基づく複雑な問題が伏在しております関係上、今までのところその成案を得るに至っておりません。
法律案附則第十二条におきましては、執行官の退職後の給付等について、今後引き続いて検討を行ない、その結果に基づいて必要な
措置を講ずることといたしております。したがいまして、その検討の結果、退職後の年金に関する
措置が講ぜられるまでの間は、執行官は、現在の執行吏と同様の恩給、すなわち恩給法の例によって普通恩給または増加恩給に相当する恩給を受けることとしておりまして、この恩給の年額は、現在と同様、執行官の国庫補助基準額を俸給年額とみなして算出することといたしております。これらの点は、
法律案附則第十三条でございます。
次は、いわゆる執行吏代理についての暫定
措置についてでございます。
現行のいわゆる執行吏代理の制度につきましては、その弊害が各方面から指摘されていること及び今回の
法律案の
趣旨が執行官の公務員としての性格を強化することにあることにかんがみまして、このような制度を執行官については設けないことといたしました。ただ、現在相当数の、いわゆる執行吏代理が、執行吏のもとにあって臨時にその職務の委任を受けて稼働している現状にかんがみまして、いま直ちにこの事態を完全に消滅させることは困難と考えられますので、
法律案附則第十一条におきまして、当分の間に限り、一定の資格のある者には、執行官において、所属地方裁判所の
許可を受けて、臨時にその職務を代行させることができることといたしました。
以上が、今回の
法律案の内容の主要点でありますが、なお、この
法律案におきましては、執行官の処分に対する不服の申し立て方法を整備し、裁判所書記官に執行官の職務を代行させることができる場合の
要件を緩和して、
事務の運営の円滑を確保することとしたほか、執行官の除斥、職務執行
区域、執行記録の保管等、謄本等の作成及び国庫補助金につきまして、現在の執行吏について行なわれているものとおおむね同
趣旨の
措置を講ずることといたしております。
また、附則におきましては、すでに御説明いたしました事項のほか、この法律の施行期日、この法律の施行に伴う経過
措置及び暫定
措置、必要な関係法律の整備等を定めております。
以上御説明出し上げましたところが、
執行官法案の内容の概略でございますが、執行吏制度及びこれに関係する強制執行の制度等についてのさしあたっての改善
措置としては、これのみで足りるものとは必ずしも考えているわけではございません。
さらに、この
法律案によって発足することとなる執行官制度の実施の状況を参酌し、また、今後における強制執行及び競売の手続の面における検討の成果を取り入れた上、理想的、根本的な改善策の樹立に向かって検討を続けたいと考えております。
以上をもちまして、
執行官法案の説明を終わります。