○雪入
参考人 私は
借地借家同盟の顧問ということで、この席で
意見を述べさせていただきたいと思いますが、私の本来の仕事は
弁護士でございます。したがって、実務
関係で主としてこの
借地借家の問題を、特に
借地人あるいは借家人の
立場から扱っておる側から、この
法案について
意見を述べたいと思います。
この
改正案に対しては、
改正の方向には一定の前進があるというふうに私は
考えます。ただしかし、
借地人、借家人の保護という、
借地法、借家法の本来の趣旨から見ました場合に、必ずしも今度の
改正程度では賛意を表しがたいという
意見を有するものであります。これからその
理由を簡単に述べたいと思います。
基本的に見まして、今度の
改正案は、
土地、
建物の所有者の保護に重点を置き過ぎているのではないかという点でございます。
借地の
利用に関して、たとえば東京都の例を見た場合に、
土地使用状況のうち、
借地権に依存しているものは、昭和三十八年の建設省の調査によりますと、約四〇%、――三九・三%を占めております。また、
借家権を
利用して生活を営んでいるものが全体の二三%を占めておる。しかも、このうち
借地あるいは借家の
利用状況を見ましても、たとえば
土地については約四〇%が住宅、つまり
一般勤労者の住宅に
使用されております。同じく借家のうちのおよそ二八%がやはり住宅によって占められているという点であります。つまり
借地権あるいは
借家権は、およそその三分の一が実際には勤労者の住宅によって占められているということであります。これはお手元に私どもいただきました資料が行っておるので、そこにその建設省の調査が出ておりますから、それをごらんいただけばわかると思いますけれども、つまり住宅にしても、店舗、工場等にしても、
借地権によって社会生活あるいは経済生活活動を行なっている率がきわめて高いということであります。このことは、一面では大
都市への人口集中があるが、これに対する住宅政策が十分ではない、そのために宅地不足、住宅不足ができてくる。これが一向に改善されないために、具体的には、
自分の家がない、あるいは
自分の
土地がないという事態を生じているものであろうというふうに
考えます。しかも
土地価格が戦後著しく上昇し、しかも
土地がかっこうの投機の
目的とされてしまったために、実質で見ますと、
一般勤労者が
土地所有権を入手してそこに家を建てるということがきわめて困難な
状況に置かれているということも反映しているだろうと思います。このように、
借地、借家にいわゆる住の基礎を築いている
状態から見まして、つまり
借地人、借家人の人たちに対してこれらの
法律がすべて適用されるわけでありますから、こういういわば社会の屋台をなしておるような人たちの利益を無視することは、きわめて重大な問題ではないかというふうに
考えます。今度の
改正で出てきております財産上の給付というような問題、これはその実質は、
借地権利金あるいは
借家権利金を実質的に認める、こういう
内容であろうというふうに思います。しかも現行はそういうようないわゆる
権利金が
法律上
権利として認められていない。そういうものを法制上の
権利として設定し、これを合法化することによって、
借地人、借家人の側に大きな負担をしいるという結果を生ずるのではないか。したがって、現行の
借地法、借家法以上に所有権者を保護する結果を生むことは明らかであるというふうに
考えます。
私は本来
土地あるいは
建物が投機の対象となり、これを放任することには
反対でありまして、政策の上でむしろそういう
土地所有あるいは家屋所有に制限を加えて、憲法二十九条の精神からいっても、あるいは現在
政府がいっております福祉国家の理論からいきましても、
一般に国の政策によってそういう
土地を
一般勤労者に開放すべきであるというふうに
考えております。
賃借権のいわゆる
物権化ということがよくいわれておりまして、従来
裁判所あるいは実務家、学名の中でも、この方向で
民法、
借地法、借家法等の解釈が下されてきております。具体的に、たとえば個人から個人、会社への転貸や
譲渡の場合にこれを認めるということになりますと、これは個人的な
債権関係を離れて、一定の
物権化的な傾向を示しておるわけでありますけれども、こういう解釈が
現実に下されてきておる。そういう観点から見て、今度の
改正では、この方向ではある
程度の前進はあるわけでありますが、国家経済あるいは
都市経済活動の中で重要な
役割りを占めております賃借に対してはまだ不十分である、これらの人たちが安心していろいろな活動を
自分の居住地を
中心にして行なうということにはまだ不十分であるというふうに
考えます。
そこで、以下
改正案につき、私が問題として提起したい若干の点を逐条別に指摘したいと思います。
まず結論的に、どの方向に
改正すべきかという点から申し述べたいと思います。まあこれがこの
法案に対する私ども
借地借家同盟の
考え方でありまして、この
法案に部分的には賛成であり、部分的には
反対であるという
理由につながってくるだろうと思います。結論的に、今度の
改正案では、八条ノ二、あるいは九条ノ二、九条ノ三、九条ノ四、あるいは十四条以下に規定されております。
借地条件の
変更等に関する一連の規定があるわけでありますが、このうちで
借地条件の
変更について、先ほど
布井参考人も言われましたように、非
訟事件手続法によってこの問題の処理を行なっていくということであります。この制度の新設であります。これらの規定は、羅災
都市借地借家臨時処理法あるいは接収不動産に関する
借地借家臨時処理法、それから今度の
法案では廃止いたします
防火地域関係法といったものの制度を参考にしてとられたものというふうに
考えられますが、第八条ノ第一項の堅固の
建物以外の
建物から堅固の
建物への
変更の場合、まずこの点について、私どもとしては、この場合にはこの八条ノ二の一項の適用は、たとえば
都市計画法、
建築基準法あるいは耐火
建築促進法などによって、
一般的に
木造家屋が禁止されておる以外の場合に限るべきではないかというふうに
考えます。つまり
都市計画法等によって
防火地域に
指定されている、こういう場合にはこれはまさに憲法にいう
公共の福祉のために、社会全体の利益のためにそういうことが行なわれるわけでありまして、こういう
指定を受けた場合には、やはり
地主としてもそれに甘んじるべきではないか。それがいわゆる国家社会の一員としての義務ではないかというふうに
考えます。したがって、この八条の二の一項が適用される場合は、そういういわば
公共の福祉の観点から見た以外の、たとえばその近隣が
土地の
利用上からいって鉄筋コンクリートの耐火、あるいは高層
建築化したほうがいいというような場合についてだけ当てはめるのが適切ではないかというふうに
考えます。その場合に、財産上の給付と引きかえに一定の
許可を与えるということが妥当ではないかというふうに
考えるものであります。
次に、
借地権の
譲渡、転貸、これは九条の二に規定されておるわけでありますけれども、こういう場合に、いわゆる非
訟事件手続によって
裁判所の
判断にまかせることは必ずしも妥当ではないのじゃないかというふうに
考えます。やはり
借地権譲渡、転貸という問題の中で、
建物の
増改築というのは、
土地の
利用という本来の賃貸借
契約の
内容から見まして、必ずしも
契約内容の本質的な部分と言うことはできないのではないか。そのために従来の
判例や学説でも、
増改築の場合には、かりにこれを禁止する
特約があっても、これが
借地法十一条違反であるというふうにしている例が非常に多いわけであります。したがって、むしろ原則的には
増改築については自由とすべきではないかということであります。すなわち、この点に関する従来の
紛争を防止する上で、
増改築の禁止に関する
特約がはっきり無効であるという規定を新設するのが望ましいというふうに私は
考えます。賃貸人の
権利は
期間到来によるいわゆる更新拒絶の
権利が現行法上保障されているわけでありますから、これらの
一般原則によって処理することで十分ではないかということであります。これは
賃借権の
譲渡、転貸、それから公売、競売等の場合にも同様に
考えるべきではないかというふうに思います。
もともと
土地の賃貸借
契約というのは、
地主に対して
地代の徴収権限を貸し主として与えるということが
契約の本来的な
内容であります以上、原則として
土地の
利用は自由にすべき方向に
改正すべきではないかというふうに
考えます。現に
民法の中でも
債権譲渡というのは原則的には自由になっております。したがって、
賃借権についても、たとえば
債権譲渡と同じような方法で行なうことは、必ずしもその信頼
関係を破壊するというようなことは言えないんではないか。もしそういう事態が生ずれば、これは
民法の
一般原則である
権利乱用、こういう法理で
解決していけばいいのであって、むしろ
借地人の保護も、そういう本来の
借地法、借家法から見れば、
譲渡、転貸も原則的には自由にすべきではないかというふうに
考えます。そのほかの、たとえば期限の問題、そういったことで
借地法の
一般原則を適用していけば、貸し主は十分に保護を受けるのじゃないかというふうに思います。しかもこれは
賃借権の
物権化という傾向から見れば、この方向は必ずしも不合理ではないというふうに思います。
なお、この
改正案で、この問題について賃貸人の優先買い取りというようなものを認めておりますが、これも本来
土地の合理的な
利用という観点からいった場合には、必ずしも適切な規定ではないというふうに
考えます。これと似たような規定は現在の
借地法の中にもあるわけでありまして、これをさらに一歩進めるような形の
改正をすべきではないかというふうに
考えます。
それから二番目に、この
借地法について、いま申し述べました非起事件
手続によって行なわれるということであります。これはいま申し上げました
改正に対する私どもの
意見の基礎になるわけでありますけれども、本来非
訟事件手続というのは、すでに御
承知のように、原則的には非公開で行なわれております。
裁判所の職権探知によって
手続が進められるということになっております。これは先ほど
加藤参考人も言われましたように、法理論の上で一定の
権利を形成するということから現在の民事
訴訟法の規定と必ずしも相いれないということがその理論的基礎になっておるようでありますけれども、少なくともこれによって一定の
権利義務が発生する、形成されるということであるとするならば、やはりその裁判が公正に行なわれるということの保証がなければならない。この保証の原則が裁判の公開ということ、これは憲法上の要請でもあるわけでありますけれども、そういうことが非
訟事件手続によりますと行なわれない。この点はたいへん問題ではないかというふうに思います。それからまた、こういういわば職権主義的な
要素によって裁判が行なわれるということになりますと、
現実に
法律実務家、
法律に熟達した
弁護士等を代理人として選定する資力のない人たち、こういう人たちについては、勢いそういう法技術的な無知から
自分たちに対して不利益な裁判を受けるおそれがあるんではないかというふうに
考えます。民事
訴訟あるいは私ども家事審判なんかの実務から見ましても、そういう
懸念はやはりあるわけであります。したがって、これが非
訟事件手続によって行なわれるということについては
反対せざるを得ないというふうに
考えます。しかもこの
手続によって財産上の給付が命じられる。これは先ほど申し上げました
権利金になるわけでありますけれども、こういう場合に、はたしてその
権利金の額が正当と評価されるだけの保証が現状からいって一体あるのだろうかということもたいへん問題であります。ことに
土地の価格というのは、現在の東京都の場合を見ても、鑑定士相互の間に、たとえば
土地に対して一定の鑑定をした場合に、私の経験からいきましても、十倍くらいの開きが出てくる。一坪二十三万円と鑑定をした人と二百三十万円と鑑定をした人がある。こういう
状況の中で、はたして
裁判所が公正に、しかも職権的な調査によって
判断ができるであろうか。また鑑定
委員会が具体的にどういう機構になるかということは私はわかりませんけれども、そういう人たちがはたしてほんとうに公正客観的な鑑定ができるかどうかということ。こういう点もたいへん問題があるわけでありまして、単に結果的にそういったものを設けておけば何とかうまくいくんではないかというような、どっちかというと便宜的なふうにもとれるわけでありまして、そういう観点から見てもこの
改正案のこの部分についてはたいへん問題があるというふうに
考えるわけであります。
それから時間の
関係ではしょりますけれども、これの
改正案の中で第十二条の三項が追加されております。これは賃料の増減に関するものでありますが、主として私の述べたいのは、賃貸人の増額
請求の意思表示がその時点から形成的効果を発生するにしても、その
請求額の不払いが直ちに解除原因を構成しないという現行法の
改正案に対しては、原則的には賛成であるというふうに
考えます。ただ同条項中裁判が確定するまでは「相当ト認ムル
地代又ハ借賃ヲ支払フヲ以テ足ル」というふうに規定されておりまして、この額は一応
賃借人の意思にかかわっているということは言えるわけでありますけれども、かりに賃貸人の
請求がきわめて不当であったというふうに認められる場合に、従来の私ども
借地借家同盟の中で扱っている例で見ますと、
地代の値上げ傾向がある。どうしてもそれに近い、あるいはその
請求額に似通ったような額にある
程度上ければそれを
地主が拒否をする、その額を供託するということになるわけであります。そうしないと実際には
権利を解消するということを言っておるわけでありますから、これからはやはりそういう事態が続くであろう。もしこの
借地法の
改正案の規定であればそういうことが続くであろうと
考える。そうなりますと、実際に
訴訟手続の中で、それによって得られた
賃借人の相当であるというふうに認めた額が、実際にはその裁判の基礎にされてしまう。その額に近い額が
裁判所によって認定される可能性が出てくる、こういう危険性があるわけであります。したがって、むしろこの
改正案のこの部分については、「相当ト認ムル」という部分を、現行の「
地代又ハ借賃」というふうに改めるべきではないかというふうに
考えます。そうすることによって、そういう不合理は是正されるのではないか。これもやはり私どもが調査したところでは、東京の江東区では、同じ道路の部分でありますけれども、一方では坪当り五十五円の
地代がある、一方では二百八十円の
地代がある。また中央区のある場所では、
一般的には七十五円の
地代である。ところが同じ場所で四百五十円の
地代が一方で行なわれている。こういう非常にアンバランスがあるわけであります。しかも鑑定等にかけますと、同じような鑑定が出てくる。五十五円の鑑定もあれば、二百八十円の鑑定もある。七十五円の鑑定もあれば四百五十円の鑑定も出てくる。こういうことになるわけでありまして、こういう非常にアンバランスな点を
裁判所に持っていっても、
裁判所もほんとうに公正な
判断ができるかどうかということはたいへん疑問に思うわけであります。したがって、この
借地法のこの部分に対する
改正については、いま言った現行の「
地代又ハ借賃」という部分を、従来ございます
地代家賃統制令に似たような一定の
地代の基準になるような額を
法律によって明記する必要があるのではないか。そうしない限り、こういう不合理はこの
法案の
改正によっても決して
解決されないであろうというふうに
考えます。
以上が私の
意見であります。