運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login

1966-03-10 第51回国会 衆議院 内閣委員会 第13号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十一年三月十日(木曜日)    午前十時三十九分開議  出席委員    委員長 木村 武雄君    理事 伊能繁次郎君 理事 岩動 道行君    理事 辻  寛一君 理事 藤枝 泉介君    理事 大出  俊君 理事 田口 誠治君    理事 山内  広君       臼井 莊一君    小川 半次君       海部 俊樹君    纐纈 彌三君       野呂 恭一君    藤尾 正行君       保科善四郎君    堀内 一雄君       三原 朝雄君   茜ケ久保重光君       稻村 隆一君    中村 高一君       村山 喜一君   米内山義一郎君       受田 新吉君  出席国務大臣         国 務 大 臣 安井  謙君  出席政府委員         総理府総務副長         官       細田 吉藏君         総理府事務官         (特別地域連絡         局長)     山野 幸吉君  委員外出席者         参  考  人         (琉球政府立法         院議員)    垣花 恵昌君         参  考  人         (琉球政府立法         院議員)    知花 英夫君         参  考  人         (琉球政府立法         院議員)    岸本 利実君         参  考  人         (琉球政府立法         院議員)    浜端 春栄君         専  門  員 茨木 純一君     ————————————— 本日の会議に付した案件  参考人出頭要求に関する件  総理府設置法及び青少年問題協議会設置法の一  部を改正する法律案内閣提出第七五号)  行政機構並びにその運営に関する件(沖繩に関  する問題)      ————◇—————
  2. 木村武雄

    木村委員長 これより会議を開きます。  本日は、理事会において御協議願いましたとおり、沖繩に関する問題について在京中の琉球政府立法院議員方々から御意見を承ることにいたしたいと思います。つきましては、あらかじめここにおいでを願っております琉球政府立法院議員垣花恵昌君、知花英夫君、岸本利実君、浜端春栄君、以上四名の方を参考人とし、御意見を承ることにいたしたいと思いますが、これに御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 木村武雄

    木村委員長 御異議なしと認め、そのように決定いたしました。  この際、参考人各位にごあいさつ申し上げます。  本日は、御多忙の中を当委員会に御出席をいただき、ありがとうございました。常日ごろから沖繩のため御尽力されておる各位から、親しく御意見なり現状なりを承ることができますことは、沖繩問題調査のため、きわめて有意義のことと存ずる次第であります。  これより順次御意見を承ることといたしますが、御発言の順序はかってながら委員長におまかせ願いたいと思います。  それでは、まず垣花恵昌君にお願いいたします。
  4. 垣花恵昌

    垣花参考人 ただいま委員長から御紹介いただきました琉球政府立法院本土派遣議員団団長であります垣花恵昌でございます。  さて、私たち四人が院の代表として本土に派遣されましたのは、去る二月十一日と三月一日の立法院会議におきまして、沖繩県民国政参加に関する要請決議国会沖繩問題対策特別委員会設置することを要請する決議、並びに戦前における郵便貯金年金及び簡易保険等早期支払いに関する要請決議全会一致をもちまして可決しましたので、その早期実現をはかるため、本土政府及び国会側に強く要請するために出てきたわけでございます。われわれは二月六日本上に参りまして以来、各方面に対しこの問題につきましていろいろ折衝をしてまいったのでありますが、その間皆さま方には熱誠あふれる御態度で私たちに対してくださいまして、衷心から御礼を申し上げる次第でございます。なお、本日は当内閣委員会におきまして私たち参考人として招致し、いろいろと意見を述べる機会をつくってくださいました国会に対しまして、木村委員長外委員各位に厚く御礼を申し上げます。記録によりますと、委員会参考意見を述べるのは六年ぶりであると聞いております。今後私たち沖繩問題に関する限り、こういったような委員会に私たち意見を反映していただきまして、委員会の案をまとめていただくと同時に、国会においてわれわれ沖繩代表の声を反映していただきますように今後お願いいたしまして、ごあいさつを申し上げ、ただいまから私は三つ要請決議趣旨を簡単に御説明申し上げて、一つ一つ要請につきましては、他の議員補足説明をさせていただきますようお願いいたします。  まず最初に、沖繩県民国政参加に関する要請決議についてでございますが、この決議は、過去において三回も立法院決議をされております。すなわち一九六一年、同じく六二年、六四年、今回がちょうど四回目でございます。さらに、沖繩を訪問される本土指導者方々で、この要請を聞かれることなしに沖繩を素通りされたことは、おそらくないでしょう。それだけ私たち沖繩県民は、この問題に対して非常な関心を持ち、また熱望しているわけでございます。本上政府及び国会は、沖繩県民日本国民として保有する国政参加権利行使させるために、公職選挙法その他関係法規を整備してくださいまして、すみやかにわれわれ県民の熱望を実現していただくように強く要請するものでございます。  まだ与えられていない新しいものを獲得しようとする努力には、常に希望がつきまといます。失われたものを回復しようとする努力には、あるいは不満や不平がつきまとうこともございます。沖繩がこの権利を失い、奪われたのは、決してわれわれ沖繩県民の過失や故意によるものではなくして、個人的意思によってはとうてい左右し得ない大きな敗戦という不可抗力によるものだと、私たちは思料しているのでございます。この問題を解決するために、またこの権利行使させるために、おそらく立法院はこれからあともこの問題を要請し続けてまいることでありましょう。もしまた、われわれの時代にこの問題の解決ができないとした場合は、われわれの子々孫々に至るまで、この問題は大きな課題として私たち子々孫々解決をはかる努力をするであろうと思われます。私たちは院を代表いたしまして、皆さま方がこの国政参加に関する至って困難である問題をぜひとも早急に解決してくださいますように心から要請するものでございます。  第二番目の、国会沖繩問題対策特別委員会設置することを要請する決議につきましては、今回が初めてでございます。現在本上におきましても、沖繩問題対策委員会各党にございまして、それぞれ独自の立場沖繩の問題を検討しておられることは、私たち県民としてまことに感謝にたえないところであります。きのうも自民党対策委員会に参りましたが、自民党では入江啓四郎先生中心としていろいろ勉強会を催しておられました。また社会党に参りましても、財政措置法提案その他につきまして、私たちはいろいろと御説明を承っております。この党としての沖繩問題対策委員会は、それなりにいろいろな価値と、またこれまで大きな功績を残されたこととは思います。しかしながら、沖繩の問題は、特に復帰問題そのほかの人権問題、財政援助の問題、そういったような山積する問題は、決して一党一派のみによって解決を許さないものがたくさんございます。私たちは、国会において沖繩対策特別委員会設置をされまして、そこで沖繩復帰問題を中心としていろいろな問題を共通の広場で御検討をいただきまして、たとえ最終的に一致した結論を見出されることはむずかしいにしても、その間において共通する一致点を見出されて、一つ一つ沖繩の問題を解決していただくことを心から希望している次第でございます。いろいろと各党におきましても御検討の必要がございますでしょうが、われわれ九十万の沖繩県民は、それをひとしく願望しているということを申し上げます。そして、これがぜひ設置されますように強く要請をいたします。  第三番目の、戦前における郵便貯金年金及び簡易保険等早期支払いに関する要請決議につきましては、これで四回目でございます。一九五二年以来五四年、六四年、六六年、四回要請してまいりました。これがまだ解決を見ていない次第でございます。戦前における沖繩郵便貯金口数は約三十九万六千余件、額面にいたしまして金額約八千九百余万円の多額にのぼっております。当時沖繩の日円をB円に切りかえましたときに、私たち手持ち金が約六千万円であったということから推察いたしまして、この貯金額は相当な高額にのぼるのでございます。これを支払うために、ぜひとも本土政府琉球政府預金者代表、こういったような人々で構成される支払い方法研究のための委員会設置して、一日も早く支払いができますように、これが要請趣旨でございます。  私たちは、これまであるいはその支払い方法についていろいろと問題があったことを承知しておりますが、しかし、今日預金者も、すべて郵便法による利子計算によりましてその貯金が支払われるということについては、異議をはさんでおりません。しかしながら、昭和二十年以来支払われていない郵便貯金につきまして、単に法律の上での支払いのみでなくて、本土政府の温情によりまして、その後の社会の変動、物価の騰貴等によります見舞い金をぜひこれにつけ加えていただきたい、こういうことでございます。その問題を前進させるためにも、ぜひとも三者からなる委員会設置してくだざいまして、この問題が一日も早く実現されますようにお願いを申し上げます。  ただいま御説明申し上げました三つ決議は、沖繩にとりましてたいへん重要な問題でございます。私たち立法院におきましても、これを重視して全会一致をもって決議したばかりではなくて、私たちの背後にいる九十万の県民も、この問題の解決を一日も早からんことを心から願っている次第でございます。どうぞ当委員会におきましても、この県民の事情をおくみ取りくださいまして、ぜひとも御協力、そして一日も早く実現できますようにお力を貸していただきますように切にお願い申し上げまして、私の証言を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)
  5. 木村武雄

    木村委員長 次に知花英夫君にお願いいたします。
  6. 知花英夫

    知花参考人 先刻委員長のほうから御紹介いただきました、このたび立法院決議いたしまして、本土政府並びに国会にその実現方要請するために派遣されました議員団の一人の知花英夫でございます。本日は、貴内閣委員会出席いたしまして、われわれの陳情、要請を申し上げる機会を得ましたことを非常にうれしく存じ、厚く感謝申し上げる次第でございます。ただいま団長のほうから三つ要請案につきまして概略御説明を申し上げたのでございますが、私は、その第一項目であります沖繩県民国政参加する要請決議につきまして、補足いたしまして御説明を加えていきたいと思うのでございます。  沖繩は、日本の一地方自治体でありますにかかわらず、不幸にいたしまして去る敗戦の結果、祖国日本から分離されまして、ただいまアメリカ統治下に置かれてすでに二十一年の歳月を送っている状況でございます。その間祖国復帰をわれわれ九十六万県民は叫び続けてまいりまして、立法院におきましても実に十三回祖国復帰要請決議をいたしまして、祖国政府国会要請を続けてまいった次第でございますが、いまだにその復帰の見通しさえつかない状況でありますことは、沖繩県民にとってまことに大きな悲劇でございまして、実に残念であり、耐えがたいものであるのでございます。私は冒頭に沖繩祖国復帰が一日も早く実現するよう、そうして総理大臣沖繩にお見えになりまして、沖繩返還なくして戦後はないということをわれわれ県民の前でおっしゃったのでございますが、この総理のお気持ちが、政府におきまして、国会におきまして反映されまして、一日も早くわれわれがほんとうに日本国民の一員として日本国憲法のもとにはせ参ずることができる日を待望いたしている次第でございます。国会におかれましても、何とぞその促進方をお取り計らいいただきますよう、切にお願いを申し上げる次第でございます。  次に、第一の問題に入りたいと思います。  日本憲法は、日本国民がひとしく国政参加する権利を認めております。第三回国連総会は、世界人権宣言で、人はすべて自由な選挙による代表者を通じ自国国政に参与する権利を有すると宣言いたしております。米国の憲法もまたしかりでございます。大統領行政命令は、民主主義国国民が享有する基本的自由を保護しなければならないとうたっております。沖繩日本国土の一部でありまして、沖繩県民日本国民であるということについては、もはや何人も異論の余地のない明白な事実でございます。したがいまして、日本国民であります沖繩県民国政参加する権利を有することは、当然であると思うのでございます。しかるに、この当然の権利行政が、アメリカ施政権を理由に二十余年の長期にわたってはばまれておりまして、この不合理な状況にわれわれ沖繩県民が置かれていることは、どうしても承服できないのでございます。この事実は、祖国政府並びに国会は、日本領土並びに日本国民のすべてを憲法のもとで統治するという憲法の精神を貫いておるとは考えられないのでございます。この点まことに遺憾であり、われわれは強いふんまんにたえない次第でございます。復帰をもって沖繩問題の最高の目標といたしておりまするが、その間におきましても、何らかの方法沖繩県民にも参政権利行使をかなえさしていただきますよう、切にお願いを申し上げる次第でございます。  近時、特に政府並びに国会におかれましては、沖繩問題を最重要課題一つとして取り上げていただき、国会におきましては、沖繩問題が論ぜられない日はないというくらい各方面から御検討していただいておることに対しまして、衷心から感謝を申し上げる次第でございます。なお、新年度予算における対沖繩援助も、量において大きく増大いたしております。質においても、単なる援助ではなく、教育費等に見られますように、国家の責任としての支出沖繩一つ地方自治体としての財政支出が、従来の単なる援助と形を変えましてはかられておりますことに対しましては、量ももちろん必要ではありますが、単なる量ではなく、やはり日本国民として、日本の一県の県民と同様に質的にも取り扱われることを常にわれわれは訴え、その方面予算措置が逐次なされておりますことは、大きな転換でありまして、非常にうれしく存じている次第でございます。しかるにこのような重要課題審議されるにあたりまして、肝心な地元沖繩県民参加なしに行なわれておりまして、その結果は、沖繩問題に対する問題点が十分に理解されていないままに行なわれておりますことを、まことに遺憾に存ずる次第でございます。一例をあげますと、対沖繩財政支出の問題でございますが、御承知のとおり、政府の対沖繩財政支出日米委員会検討されて行なわれておりますが、この委員会においては、御案内のとおり、アメリカ側から提案された案によりまして審議が行なわれている実情でございます。ところが、その案の基礎をなしておりますものは、沖繩長期経済計画でありますが、この沖繩長期経済計画なるものが、民政府任命主席との間でつくられたものでございまして、われわれ立法院議会におきましては、昨年からこの案を住民代表の唯一の機関である立法院にその提示を求めておるのでございますが、その提示がいまだになされておらないという状況でございます。沖繩に対する財政援助その他一切の施策も、みな沖繩返還の道につながらなければならないということは申すまでもないと思うのでございます。アメリカケネディ政策によりましてこれが明らかにされている実情でございますが、しかるに事実は必ずしもそうなっておらない点があるのでございます。新年度財政支出にいたしましても、祖国とされまして、主権国とされまして、沖繩返還を早急に処理されなければいけない政府のお立場から、最も配慮していただかなければならない点が、十分に配慮がなされていないうらみを感ずる次第でございます。沖繩に対する財政支出の基本的な考え方——沖繩が現在の状況に置かれているということは、先刻団長からも述べましたが、われわれの好みによって置かれているのではないのでございます。そして本来ならば、地方自治体一つであり、沖繩県でございますものが、現在国家的な機関を置いておるような状況でございます。ところが、この国家経費なるものが、施政権者であるアメリカはもちろん、日本政府のほうからも、従来これが出されておらなかった実情でございます。去年の予算総額のうち、この経費が一千八百万ドル概略占めているという状況でございます。  いま一つは、沖繩は当然祖国に入っていかなければならないのでございますが、しかるところ国土主権を保有しておられる日本政府におきましては——国土問題に対しましては、われわれは返還の際に、返還を円滑になさしめるために、どうしても日本政府お力によってこれが処理されていくべきであろうと考える次第でございます。ところが、このたびの財政支出から見ますと、肝心な土地調査費用が計上されておりません。さらに国土関係埋め立て関係予算が計上されておりません。なお、都市計画事業費アメリカのほらから百七万ドルほど援助されておりますが、本土政府が二十六万五千ドルという状況であるわけでございます。このように、私たちは、本土財政支出はどうしても復帰につながっていくとの考え方に立っていただきたいと、こういうふうに考えている次第でございます。  それで、財政的な問題はそのくらいにとめておきますが、現在は、しからば沖繩状況はどうかと申しますと、ベトナム戦争への発進、輸送の基地として活発化いたしている状況でございます。そうして土地新規接収、それから演習による被害等で、住民は不安の生活を送っているという状況でございます。そして命令によって二十一年余の今日も統治され、布令、布告を少なくして自治権の拡大を幾ぶんかなされておりますが、いまだに九十七件という布令が存在しているような状況でございます。本土渡航の自由は依然として拘束されておりまして、被選挙権に対するところ不法剥奪が行なわれ、現在裁判問題が提起されているような状況でございます。人間の生活に不可欠だといわれております三大エネルギーである電気、水道、油が布令によって民政府機関に牛耳られているような状況でございます。  十六万の県民が肉親を失い、すべてが灰じんに帰した戦争被害の最も大きかった沖繩には、教育、産業の基本施設復旧整備国土保全住宅建設等、早急になさなければならない仕事はもちろん、時代に即応しての教育の振興、国土の開発、社会保障等のための仕事が、山積しておる状況でございます。そのために要する経費はばく大でございまして、われわれは、日本の一地方自治体であります沖繩社会発展のために、当然われわれも負担力に相応した負担をしなければならないということはもちろんでございまするが、他府県同様の水準に到達させることは、政府施政権者責任でもあろうかと存ずる次第でございます。  私は、今日まで政府のこのような問題に対します非常なる御努力と新年度予算からの新しい体制に対しましては、深甚の感謝をささげるものでございますが、今日までそれがあまりに微弱であったことを遺憾に存ずる次第でございます。そのような実情は、昨年まで本土類似県の予算に占める政府負担沖繩予算に占める日米政府援助を比較した場合に、明らかになってくる次第でございます。本土類似県では、県予算の七〇%ないし八〇%は政府負担でもって占め、したがって県民税負担が約一〇%内外かとお見受けいたしている次第でございます。これに対しまして沖繩予算では、本土政府援助——これは去年のものでございますが、約一〇%、アメリカ援助が二一%、計二二%という状況でございまして、政府財政をまかなうのに、県民税負担で六五%を占めているような状況であります。新年度は、日本政府援助が約倍額千六百万ドルに引き上げられ、アメリカ援助が、現在きまっておるのが千二百万ドルでございまして、これは総予算額の三五%に上昇することが予想されておりまして、たいへん喜んでおる次第でございますが、いまだに他県並みとはいえないような状況であります。このような結果は、県民負担の過重、社会保障制度の貧弱、県民の貧困の結果としてあらわれておりまして、この状況については、数字は持っておりますけれども、時間の都合で省略いたさせていただきます。  このように、基本的な権利の面ばかりではなく、自治的な面におきましては、どうしても沖繩県民国政への参加の必要を強く訴える次第でございます。この問題を決議して、政府国会にその実現方を文書で要請いたしてまいりましたのが、団長から御報告がありましたように四回でございますが、直接政府国会に参上いたしまして要請いたしましたのが、たしか昭和三十七年だったかと思うのでありますが、それと今回が二回でございます。そのときにも私は要請にあがった一人でありますが、国会におきまして、前の清瀬議長西ドイツの例を引用されまして、よく国会でも検討してみようと積極的な御態度を示され、また閣議においてもこれが検討をされまして、国会におきましても、旧沖繩県に対するところ公職選挙法の適用の暫定措置に関する法律案が民社党から提案され、参議院でもそれが選挙法改正特別委員会審議され、昭和三十八年十月十六日には、第二回選挙制度審議会で、御諮問の中でしごく当然のこととして決定し、答申がなされ、国会図書館におきましては、アメリカの同意があれば法的には問題はないという結論が出され、沖繩県民は非常なる期待をしておったのでありますが、二日後の十八日の閣議には、対米関係上好ましくないとして葬り去られたことは、県民にとってまことに大きなショックでありました。しかし、二十一日立法院議長長峰議長が本件についてライシャワー大使にお会いをいたし、ただしましたところ、この問題は日本の内政問題であって、アメリカとして干渉しないという回答であったことが新聞で報道されておりましたし、今回上京にあたっても、あらためて議長から確認をしてまいったような次第でございます。西ドイツは、御承知のとおり、ドイツ連邦議会への参政権が付与されております。東西両陣営の間にあるドイツ国民でさえも、自国国政への参加権行使されておりますのに、同じ自由陣営で、しかも協力国だと言われております日米間において、沖繩県民がいつまでも国政参加基本人権行使がはばまれておるということに対しましては、どうしても理解できない次第でございます。佐藤総理が昨年来沖されましたときに、現地において最も強調されましたことは、本土との一体化、連帯感でありました。県民は、その実現のために本問題を積極的に取り上げて、強く対米折衝されることを非常に期待をいたしておる次第でございます。決議案提案者は、本趣旨説明にあたりまして、立法院でこの種決議がこれで最後であるようにと、強く強調いたしております。私たちはここに参りまして、両院議長をはじめ国会並びに政府大臣その他関係要路方々にお会いいたしまして、この問題についてお願いをしてまいりましたところ、両議長さんにおかれましては親しく御激励をいただき、できるまでは毎日でも陳情してこいとまで言われまして、私たちは非常に感激をいたしておる次第でございます。私たちは、この問題が再びわれわれの手で決議され、国会お願いに来ないで済むように、国会におかれまして非常なるお力添えをお願い申し上げる次第でございます。しかし、できるまでは、われわれは何回でも参上いたしたいと考えておる次第でございます。  なお、各政党の沖繩対策特別委員会にもお願いに参ったのでありますが、各政党とも積極的にこの問題に対して御協力お願いすることができ、昨日は自由民主党の沖繩対策特別委員会におきましても検討するとのことを承りまして、非常にうれしく存じておる次第でございます。何とぞこの問題が早く解決されまして、県民の長い間の要望をかなえさせていただきますよう切にお願いを申し上げまして、私からの補足説明を終わらせていただきます。まことにありがとうございました。(拍手)
  7. 木村武雄

    木村委員長 次に、岸本利実君にお願いいたします。
  8. 岸本利実

    岸本参考人 同じく琉球政府立法院代表団の一人の岸本でございます。あいさつは、時間の都合で団長のおことばを借りまして、省略させていただきます。  私のほうから、決議第二号の国会沖繩問題対策特別委員会設置することを要請する決議につきまして、ふえんして意見を申し上げたいと存じます。  日本の領土である沖繩、そして日本国民である沖繩県民が、米国の支配下に置かれまして二十一年目を迎えました。その間におきまして、祖国におかれましては、国民の総意におきまして主権在民、平和、民主主義、国際協調を基本とする新憲法を制定いたしまして、新しい国づくりを始めたわけでございます。それにもかかわらず、憲法の制定以後におきまして、一九五二年の四月二十八日から発効いたしました対日講和条約第三条によって沖繩を米国の統治下に置くことを認めてしまったわけであります。しかもその意思決定なるものは、われわれ沖繩代表する者の参加なしに国会においてなされた事実は、われわれは決して忘れることができません。自後、沖繩県民県民の意思にようない米国側の一方的な諸法規によって統治されてまいりました。このような法規と申しますものは、米国大統領の発する大統領行政命令なるものを頂点といたしまして、現地高等弁務官の発する布告、布令、指令、覚え書き、そういうもので統治されてまいっております。その結果は、すでに別の委員からも事例があげられておりますように、沖繩県民の人権が、あるいは国民としての権利が、ひどく制限を受けている次第であります。特にベトナム戦争が激化するに伴いまして、生命、財産に対する危険がはなはだ増しておるのであります。去年の七月に空から大きなトレーラーが降ってわきまして、棚原隆子ちゃんという十一歳の日本国民である少女が押し殺されました。また最近におきましても、私の選挙区である宜野湾の飛行場の空から砂の大きな嚢が落ちまして、非常に危険をこうむっておるのであります。また二、三年前に、御承知かと思いますけれども、那覇の上山中学の国場君が青信号のときに横断歩道を渡ろうとして米軍人の運転する車にひき飛ばされまして、運転手は無罪になる、そういう事例がございましたが、最近このような事例が、あまり報ぜられないままにたくさん出ております。私たちがこちらに参ります一カ月ほど前にも、これも私の選挙区におきまして、トレーラーで戦車を運んでいる車が信号を無視いたしまして民間の車をひき飛ばして、大きな事故を起こしました。このような沖繩県民の生命、財産に対する危害なるものは、本土で起これば、その一つ一つ国民的な大きなセンセーションを巻き起こす事例なのでございます。しかるに、こういうものが、沖繩なるがゆえに、何ら日本政府の抗議なしにまかり通っている。その結果につきましては、日本の法廷で被疑者は調べられて、それがどう処理されたかさえもわれわれに知らされない。特に交通事故の関係におきましては、MPの車がさっそくやってきて加害者をさらっていく、証拠を隠滅して、民法上の補償さえも取れない事例がございます。このような沖繩県民の人権に対する侵害から始めまして、渡航制限の問題、これにつきましては、新しい弁務官になりましてずいぶん緩和されたのだという宣伝がなされておりますけれども、つい先ごろ行なわれました沖繩現地における沖繩連の全国活動者会議への参加が、これも七十名ほどパスポートが不許可になってとうとう参ることができませんでした。結局日米政府の発表は空文に終わっておると、われわれは理解いたしております。さらに雇用労働者の三〇%を占める駐留軍労働者におきましては、これまた布令百十六号なるもので規制を受けまして、労働基本権が剥奪されて、争議権も持ちません。こういう中でアメリカの直接の管理下に置かれております。また、一九五五年に第三清徳丸事件という事件がございまして、沖繩の漁船が、南方で日本国旗が掲げられないままに沖繩独得の国際的に通用しないデルタ旗なるものをつけておったところが、銃撃を食らいまして死傷者を出しました。この賠償につきましても、いまだ解決を見ておりません。すでに十一年前の事件でございます。  このような沖繩県民の生命、財産に対する危険から始めまして、経済的に見てみますと、沖繩の経済は、強大な軍事基地の中に県民生活が縛りつけられておるという、基地経済の中に生活を余儀なくされております。使っておる通貨は、御承知のようにドルでございまして、これは軍票でもなく、アメリカの本ドルそのままでございます。円からドルに切かえられましたために、為替管理の通貨が取り払われまして、現に沖繩で幾らのドルが蓄積されておるかということにつきましては、正確な把握もできない状態で、沖繩アメリカを通ずるドルの通用が、自然に、何らの障害なしに、規制なしに行なわれておるような次第であります。そこへ持ってきて、アメリカ沖繩の水資源を一方的に確保して、この水を逆に住民に売りつける。電気もそのとおりであります。それから油脂、燃料につきましても、独占販売を行なっております。このような方面から上がります利潤なるものは、さらに金融開発公社なる金融機関を設けまして、長期、低利の融資をアメリカの条件にかなう者に行なっておりますけれども、これを合わせまして、これらから上がる利潤が毎年一千万ドル以上の多額にのぼるわけでありまして、現にアメリカ政府琉球政府の一般会計に繰り入れる援助額なるものは、この吸い上げる利潤にも達しない金額でございます。さらに、沖繩はたくさんの土地が軍用土地に取られまして、本島をとってみましても、全面積の一四%が軍用土地に取られております。これは耕作面積からいたしますと、三三%の耕地面積に相当いたします。森林にいたしますと、沖繩の森林の四五%は軍用土地に取られておる。こういう中でわずかにサトウキビ、パインを一生懸命努力してつくってまいりましたが、これも国の貿易自由化の政策に沿いまして措置されたために、買い上げは実施されておりますけれども農民の生産費に見合わない低い金額で処置されまして、いまやキビ作につきましても農民の意欲は減退し、むしろ美田やキビ畑が一つ一つこわされていって、そこに貸し住宅ができ、外人にその住宅を貸すという、ますます基地経済の深まりの中に入っていく状態であります。  財政問題につきましては、別の委員から御説明がございましたように、本土類似県の財政と沖繩の財政を比べる場合には、非常に質的に問題があるわけでございます。量的にも問題がございまして、二十年後の今日、類似県の約四割に国庫支出は引き上げられましたけれども、前年度約三十億円程度、新しい年度で五十八億円程度が予定されておりますが、これが二十年目になった国庫の財政支出の姿であります。したがって、その二十年間の過去を振り返る場合に、いかに絶対額においてもみじめなものであったかということが、御理解できると思うのでございます。質的にと申し上げますのは、との項目は類似県におきましては、あらゆる日本法律の網の目を通しまして地方交付税として流され、さらに国庫支出金として補助金、委託金その他として流されるわけでございますが、沖繩への国庫支出なるものは、日米協議委員会というもので討議されて、米国側から提示された金額に少しばかり手を加えましたものができ上がるわけであります。これは施政権返還とはつながらない形の、アメリカの好む事務、事業についての金の流し方でございます。ここに質的に大きな問題点がございます。さらに、一般会計だけじゃなしに、本土にある制度資金、あるいは公社の資金そういうものがいままでほとんど流されておりませんでした。その点におきましても、行財政の水準の格差というものは、御理解できると思うのでございます。  さらに、戦後処理の問題につきまして少し申し上げますと、戦後処理の問題もずいぶんと残っておるわけでございます。  次の三番目の問題は、別の議員から内容は説明していただきますけれども、戦前郵便貯金の問題も、これは二十年間持ち越された戦後処理の一つであります。そのほかに、講和前の不法行為に対する補償、米軍が平和条約締結以前に行なったいろいろの不法行為、土地の取り上げ、そういうものに対する補償、これがまだ行なわれておりません。これは米国の議会においていま立法の過程にありまして、近く支払いされると聞いておりますけれども、二十年間持ち越された懸案であります。さらに、そのほかにつぶれ地の問題もございます。戦争日本軍あるいはアメリカ軍がかってに土地をつぶしまして、大きな道路をつくった。そういうことが大きな財政負担として残っております。さらに南洋墓参の問題、あるいは原爆被爆者の問題これが二十年目にしてようやく去年から検診が始められ、十一名の重症患者を本土へ呼び寄せて、いま治療を行なっている状況であります。それから戦前の県庁職員その他の公職にあった者の恩給の取り扱い等、戦後処理の問題につきましても、幾らも問題はあるわけでございます。  以上、ひっくるめまして私たちが感じますことは、沖繩の問題を一つ一つ取り上げていった場合に、一体われわれの返還というものとどう結びついて、いつどう実現されるのか。たとえば郵便貯金の問題にいたしましても、先刻申し上げましたように、われわれが立法院決議して以来、十三年間たっております。さらに第三清徳丸事件につきましても、十一年間もたっておる。ほかの問題を次々と手がけていくにしても、個々に問題を取り上げるときに、何百年たったらこれが解決し、そしてどう施政権返還と結びつくのか、そういうことをわれわれは感ぜざるを得ないわけであります。したがって、私たちはどうしても現状のような沖繩対策ではだめで、国政参加をさしてもらい、さらに具体的な問題として、国会の中に沖繩対策特別委員会をつくっていただきたい。これは沖繩対策なるものが、日、米、琉の三政府間で、しかも大まかに申し上げまして、日米協議委員会総理府を窓口として進められておりますけれども、国会におきましては、問題ごとに熱心な議員の皆さん方が取り上げて質疑がかわされる、そういうことをよく承知いたしておりますけれども、また各党においても特別委員会で御熱心に御研究であることも承知いたしておりますけれども、どうしても国民の力で沖繩を取り返すためには、九千万国民の注目する責任ある国会の中に、恒常的に、総合的に、沖繩の財政経済あるいは戦後処理、沖繩県民の基本的な権利国民的な権利の回復、そういったものを具体的に一つ一つ研究して案をつくってもらう、前向きの具体的な行動を私たち期待しておるわけであります。いままでのような、財政援助にしましても、現地高等弁務官、琉球政府、これが日米協議委員会を通じて内閣閣僚層と結ぶというこのルートだけでは、国民の前に明らかにされない。国民は、そういった問題につきましては、むしろ目隠しされた中で進められておる。こういうことは、決して問題の前進にならないと私たちは理解いたしております。  われわれは、究極の目標を沖繩返還に置いており、これが一日も早く実現するように要求を続けております。そして立法院におきましても、再三決議を行ない、また岸、池田、佐藤と、国の総理が米国に渡られるときに強く要求してまいりましたけれども、そのたびごとに私たちの要求はかなえられませんで、非常な憤激を覚えるものであります。国の総理アメリカの大統領に会ってお帰りになると、言うことは第一番目に沖繩の軍事基地の強調であります。一体沖繩に軍事基地がいつまであるのか、そしてある間は一体沖繩は返らないのであるか、そういうことについて、私たち県民ははなはだ不満を持っておるわけであります。どうして二十年間になった今日、けられてもいいから沖繩を返せと言ってくれないのかということが、県民実情でございます。こういう基本的な問題に向かって御努力を強力にお願いすると同時に、さしあたり手がける問題につきましても、これは施政権の壁があるからと、アメリカ施政権を絶対視し、船に日の丸を掲げることさえも、どうも施政権とのかね合いでむずかしい、こういうことをおっしゃることをやめまして、一つ一つ具体的にこの特別委員会の中で堀り下げて研究をしていただいて、前向きで進めていただきたい。沖繩に参りまして、国の責任ある方々には、同情を示していただいております。また、沖繩返還なくして国の戦後は終わらないと佐藤総理も申されました。そうしてまた別の方々からは、沖繩県民の苦労に対して相すまないということばを聞いてまいっております。しかしながら、われわれは、もう二十一年目になりました。二昔を過ぎました今日、こういう同情とか甘いことばは要りませんから、船に日の丸を掲げさせるように、そうして財政措置も類似県にならせるように、一つ一つ具体的にものごとの処理をして、行動で示していただきたい。こういう趣旨で、返還決議は四月二十人目に行なうように立法院では今度方向をきめまして、具体的な問題提起といたしまして、国政参加とこの特別委員会設置をむしろ提案している次第であります。これは国会の自主的な問題でありまして、国会においてその気になれば、決して施政権との関連も出てこないのでありますから、実現をさしていただきたいとお願いする次第であります。  さらに、この特別委設置問題につきましてわれわれ現地で感じますことは、こういう特別委員会をつくった場合に、与野党の宣伝の場に供されはしないかとか、いろいろちゅうちょする向きもあるやに聞いております。確かに沖繩返還は、終局にきた場合には、最終段階においては、基地の問題をめぐって意見が分かれるでありましょう。しかしながら、そこにくる前段において、いまさき申し上げましたような山積みする問題に対する総合的な、恒常的な検討が必要であるということを申し上げまして、どうぞ——この決議は、沖繩におきましては、民主党を含めて、政府、与党を含めて、全会一致であります。提案趣旨説明いたしました民主党の代表が、国会において沖繩問題は盛んに論じられたが、正式の国会の場においてこれがいままで実現していないことに対してはなはだ疑惑を持つものであるということばがあったことをお伝え申し上げまして、これの実現方に御努力お願い申し上げまして、私の補足的な意見を終わります。   〔拍手〕
  9. 木村武雄

    木村委員長 次に、浜端春栄君。
  10. 浜端春栄

    浜端参考人 琉球政府立法院を代表いたしまして派遣されました議員団の一人であります浜端であります。  私たち代表四名の上京以来、衆参両院並びに日本政府あるいは冬政党が、私たち代表に深い関心を示され、本日はまた貴委員会におきまして意見開陳の機会を与えていただきまして、深甚なる謝意を表するものであります。  すでに垣花団長から三決議についての総括的な説明があり、さらに知花岸本代表から、沖繩県民国政参加に関する要請決議及び国会沖繩問題対策特別委員会設置することを要請する決議の具体的な説明がございましたけれども、私は、決議第三号、戦前における郵便貯金年金及び簡易保険等早期支払いに関する要請決議について御説明申し上げ、貴委員会の御理解を仰ぐとともに、本件がすみやかに解決されますよう衷心よりお願いするものでございます。  申すまでもなく、今次戦争の勃発と同時に、沖繩県民も耐乏生活をしいられながら国策遂行のために協力してまいりました。これは皆さん周知の事実でございます。終戦時、沖繩県民の現金保有高が約六千万円、これに対して郵便貯金等の預金高がこれを上回る八千九百万円であることを見ましても、いとも明白でございます。ところが、日本敗戦により、その戦場となった沖繩は米軍の占領するところとなりまして、これら郵便貯金等の払い戻しは、沖繩群島においては、米軍上陸時の昭和二十年四月から停止され、八重山群島が昭和二十年十二月、宮古群島が昭和二十二年八月、奄美群島が昭和二十五年二月以降、おのおの支払いが停止されております。ところが、一方これら預金者本上への支払いは、昭和二十年十月十日の外国為替管理法令の改正に伴いまして、その支払いが停止されております。その後、日本政府琉球政府及び米国民政府との間で支払い折衝が何度か行なわれ、昭和二十六年十一月には日本政府の郵政省から沖繩に対して職員三名が派遣されまして、申告調査の指導にあたるとともに、昭和二十七年五月ごろまでに申告調査約四十七万件が日本政府郵政省に送付されまして、日本政府はその調査によって昭和三十年三月には支払い開始をする予定で準備を進めておったようでございます。ところが、その間におきまして奄美群島の行政権が日本復帰することになりました。昭和二十八年十二月二十四日の奄美群島に関する日米協定第三条第三項によりまして、支払いが遅延したわけでございます。その後幾たびとなく支払いについての折衝が行なわれてまいりましたが、預金者日本政府考え方に食い違いが生じまして、二十一年後の今日に至るまで支払いが遅延しているわけでございます。  このようにして、支払い遅延の理由はあげれば数え切れませんが、これら預金者に多くの不利益と損失を与えたのは、敗戦行政分離によって生じていることは否定できない事実でございます。預金者の多くは、沖繩祖国防衛の盾となったために、一家の大黒柱を失い、しかも七十歳以上の高齢に達しており、日常の生活に困窮しており、戦争さえなかったならば、本土国民と同様な生活ができたであろうと心を痛めております。本土における社会保障制度の発達に比べ、沖繩におきますところ社会保障制度は皆無にひとしく、わずかに一九六〇年に失業保険法が制定され、一九六四年に労災保険法が実施されまして、医療保険法においても、これも五人以上の従業員を有する事業場でございますけれども、ことしの七月から実施される段階でございます。さらに老齢年金制度もなく、わずかに沖繩九十六万県民の中で養老院が三カ所、老人ホームが一カ所というみじめな実情でございます。このようなことを考えた場合に、郵便貯金等の早期支払いは一日も猶予することができない現状でございまして、日本政府がこのような沖繩の置かれている立場を御賢察くださいまして、すみやかに日本政府琉球政府預金者による話し合いの場をつくっていただくよう、強く要請する次第でございます。過去において一円対一ドルという預金者要請もあったと聞いておりますが、これは行政分離という事態さえなければ、われわれも本土の人々と同様に、現在の無価値に近い状態にならぬ間に支払いを受け、この資金を有利に活用できたのに、その支払いを受けるすべなく、経済界の変動を拱手傍観せざるを得なかった県民の損失は、日本政府責任であるといろ立場から要請されたものでございまして、行政分離という事態のために、貨幣価値の下落による不利益を沖繩県民のみがこうむることに納得でないとするのが、住民の偽らない気持ちでございます。もちろん郵便貯金法等には、貨幣価値の変動に対する措置条文もなく、また取り扱い遅延に対する免責条文のあることは了知しておりますが、これは平時において郵政官署の正常な運営がなされている場合に、不可抗力によって生じた損害を賠償しないとの消極的な規定であって、日本国家の敗戦、それによる行政分離などという未曾有の事態まで予測して定められたものでなく、災害時においては非常払いの制度まで採用して預金者の保護を講じ、国民の福祉増進をねらいとした法の精神を考えた場合に、道義的問題として解決の道が見出されるのではないかと思われるわけでございます。  なお、このような経済界の変動による換算率の勘案などということは、郵政事業史にもほとんど例のないものといわれておりますし、従来の既成観念によることなく、新しい事例として取り扱っていただきたいのでございます。参考までに申し上げますと、郵便貯金法の利子計算に基づく昭和四十年度における元利合計は、百円につき二百二十九円となっておりまして、さらに日本銀行統計局の資料によりますと、昭和二十年を基準とした場合の物価指数は、昭和四十年において一二〇・五二倍となっております。このようなことについても、三者の話し合いの場で何らかの解決策が見出せるものと期待しております。先日も、東京都中野区に住んでおられる原田歳寿という方から激励電話がございました。その人は、戦時中台湾貯蓄銀行の代表取締役をやっておられたそうでありますが、台湾引き揚げ者の場合についても、昭和二十九年五月十五日に法律が成立しまして支払っているのに、国内の沖繩の預金がまだ払われていないのは何ごとか、自分も協力するから強力に折衝せよ、こういう激励を受けております。また、昨年八月に来られました佐藤総理も、沖繩県民に対するメッセージの中で、沖繩の政権が返還されない限り日本の戦後は終わらない、こう言われておりまして、沖繩県民に多くの感銘を与えております。ところが、それとはうらはらに、国内問題として処理すべきこのような問題が、いまだに残されているということを遺憾に思うのでございます。どうか沖繩県民の置かれている立場を御賢察くだざいまして、早急にこの問題が解決されますよう、貴委員会の御助力をお願い申し上げまして、私の意見とします。どうもありがとうございました。(拍手)
  11. 木村武雄

    木村委員長 これにて参考人からの御意見聴取を終わります。  参考人方々には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、ありがとうございました。委員会代表いたしまして、厚く御礼を申し上げます。  当委員会といたしましては、ただいま拝聴いたしました御意見などを十分勘案の上、沖繩に関する問題を真剣に検討してまいりたいと思います。  参考人各位には、御退席になってけっこうでございます。ありがとうございました。      ————◇—————
  12. 木村武雄

    木村委員長 総理府設置法及び青少年問題協議会設置法の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。  質疑を行ないます。  質疑の申し出がありますので、これを許します。中村高一君。
  13. 中村高一

    ○中村(高)委員 ただいま沖繩立法院代表が四人おいでになりまして、沖繩立法院決議されました三つ決議につきまして、われわれは参考人として意見を聴取いたしたのでありますが、その三つは、沖繩県民国政参加に関する要請国会沖繩問題対策特別委員会設置することの要請戦前における郵便貯金年金及び簡易保険等早期支払いに関する要請等であります。いずれも沖繩代表の諸君の要請は、もっともなところがあるとわれわれは拝聴いたしたのでありますが、これに対して政府のほうではどういう御見解で、今後どういう措置を講ぜられますか、御答弁を願いたいと存じます。
  14. 安井謙

    ○安井国務大臣 沖繩立法院代表が当委員会へお見えになりまして、いま中村委員のおあげになりました三点を中心に、いろいろと御陳述があったのを拝聴いたしたわけでございます。いずれもその申されるお気持ちにおきましては、私ども非常に理解をすべきものであると心得ております。そしてできるだけ前向きに政府としましてもこの解決をはかっていかなければならぬと考えております。ただ、問題によりましては右から左へ直ちに片がつかないという問題もかなりあろうかと思いますが、それらはそれぞれの部門別に分けまして、私ども前向きにこれらの解決をはかるように、今後も努力をしていきたいと思います。
  15. 中村高一

    ○中村(高)委員 ただいま政府の御意見を拝聴いたしたのでありますが、われわれ委員といたしましても、沖繩の問題は日本の国としてもまことに大きな問題でありますから、今後十分に委員会としても審議を続けていきたいと思っておりますが、政府側においても、どうぞ前向きの形でこの問題に善処されることを希望いたしまして、私の質問を終わりにいたします。
  16. 木村武雄

    木村委員長 次会は、明十一日午前十時理事会、十時半委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後零時四分散会