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久留説明員 私は
臨床家でありまして、三十年来
ガンの
治療、診療に従事いたしております。そして四年前に
国立がんセンターができましてから、その院長の職につきまして、拡充整備に努力いたしておりますので、この機会に一言私の
意見、所懐を述べさせていただきたいと思います。
ガンの特徴というのは何かというと、これは
先ほど違う御
意見が少し出ましたが、
最初のうちは
局所的の
病気であるという点です。
病気の始まったある一定の期間は、
ガンはある場所の
病気である。したがって、この時期にたとえば外科的の手術でこれを取り除きますと、完全に
ガンはなおってしまうのです。私は、幸い、三十年こういうことをやっておりますから、その実例はかなりたくさん持っております。最近直腸
ガンにつきまして、二十五年以前に私が手術いたしました直腸
ガン百七十六例がどういう経過をとっているかということを詳細に調べましたところが、その中で、二十年以上生きている人が二十二名ありまして、その中で十六名は、現在二十五年ないし三十年たって、完全に健康に生存いたしております。この
調査は、将来もっと、直腸
ガン以外の胃
ガンとか乳
ガンについても進めたいと思っていますが、
ガンが
最初のうちに適切な
療法を行なったならば、完全に治癒するということについては、私は疑いを入れる余地がないということをここで皆さんに申し上げたいと思います。
ところで、この疾患のもう
一つの特徴は、ある一定の時期を過ぎますと、非常に
全身的疾患としての性格が強くなってまいりまして、そうなってしまうと、メスはおろか、
放射線もたいへん効果が少なくなる。
化学療法が
進歩しますと、こういう
状態の
ガンをどれくらい取りとめるかということが将来の課題になっておりますが、現在のところでは、まだ残念ながら侵食した
ガンをどう
治療するかということは、われわれに課せられたところの非常に大きな問題であります。ところで私は
臨床家でありますから、
ガンの基礎的
研究の問題にここで深く入るのは避けたいと思いますが、いろいろ関連したことがありますので、簡単に私の考えを申し上げます。
ガンの基礎
研究というのはあくまで
科学であります。これはこの
委員会が
科学委員会という名前が出ておりますが、
科学であります。サイエンスであります。サイエンスというのは何か、こういうことを申し上げて失礼でありますが、これは見つけたものが正しいものである、真理であるということが絶対の要件なんでありまして、その真理であるということは何であるかというと、ほかの人がその人の言っている
方法でもって同じことをやりますと、必ず同じ結果が出るということが、これが
科学の特徴なんです。どういういい
学説が出ましても、それをほかの人が同じようにやって同じように出ないということになりますと、それは
科学的に意味がないということになりまして、こういう
委員会でそれを討議されることは無意味になってきはしないか、少なくともこの
委員会に
科学という名前がついている限りでは、そういうことは無意味になってくると私は考えるのであります。それで
ガンの
研究は、大体病因、どうして
ガンが起こるかという問題と、でき上がった
ガンの
細胞がどういう性格、特に正常の
細胞とどういうところが違っているかというところが現在の
科学者の
研究しておられる目標だと思います。この病因論につきましては、一番いまやかましくいわれておるのはやはりウィルスでありますが、
動物においては
ウイルスで
ガンができるということが明らかにされておりますにかかわらず、
人間の
ガンではまだ残念ながら、
科学的にだれがやってもうまくいくというような程度に
ガンが病原であるということが証明せられたものがないということは事実なんです。しかし、
人間の
ガンと
ウイルスとの
関係は、これはみなが推定しているところでありまして、現在、各方面でこの方面の
研究が行なわれております。
国立がんセンターでも非常に優秀な人が非常な努力を傾注して、そしてこの方面の
研究に当たっているということを皆さんにここで申し上げておきたいと存じます。
次に、
ガンの発生と非常に
関係のある問題として、どうしても食物を取り上げなければならない。これは
日本では、御承知のように、胃
ガンが一番多くて、そして死亡率が一番高い。おまけに文明国ではだんだん胃
ガンが減少しつつあるのに、
日本じゃ一向減少しないというところで、たいへんこれは問題があるわけであります。やはり胃
ガンとなりますと、これはどうしても食物の中の何か有害な因子というような問題が焦点になってくるわけでありまして、これはなかなかむずかしい問題でありますが、疫学的の
研究がこの方面に向かってやはり非常にまじめに続けられているというととをここで申し上げておきたいと存じます。
それから
ガンの発生ということと関連してもう
一つ非常に大事なのは、生活環境の問題でありまして、食物もその中に入れてもいいのでございますが、特別に空気の問題を取り上げます。これは
世界全体として呼吸器の
ガンが非常に増加してきた。もう飽和
状態に達しておる。
日本はアメリカ、イギリスほどではありませんけれども、増加の速度においてはいま
世界で一番早いというような
状態で、これはだれが考えても、やはり空気の汚染ということ、ことに工場のばい煙とかガソリンとかいうことが問題となるのでありまして、公害
委員会というようなものができて、これがまじめに
検討されておるということはたいへん御同慶の至りと存じます。
私がもう
一つの希望いたしたいのは、これからエネルギーの源泉というものが時代とともに変遷してまいります。十年前だと、それは石炭のばい煙ということが一番大きな問題であったでしょう。しかし、もういまは大体重油を使ったほうが安いということはわかり切っておるのに、無理に石炭を使っている。重油になりますと、これは石炭とたいへん様子が違ってきます。もう十年たったらどうでしょう。これはおそらく原子力が重油と入れかわりはしませんですか。そうしますと、いままでのような呼吸器を対象としたところの
ガンの
対策ということが、
日本はともかく、
世界ではだいぶ様子が変わってきて、骨とか
血液とか、そういうところに
ガンが多くなってきて、呼吸器のほうは減ってくるというようなへんてこな現象が起こってくるかもしれません。どうか国会のこの方面の方々がぜひ原子力の利用ということを公害という面からもいろいろお取り上げになっていただいて、たくさん骨の
ガンができてから大騒ぎをするというようなことにならないように、いまからいろいろ
対策を講じていただくということを私は切に希望するものであります。
最後に、
国立がんセンターがどういうふうな態度でもって現在やっており、またこれから先やっていかなければならないかということについて、ちょっと私の考えを申し上げますと、その
一つは、いま申し上げた
ガンの基礎的
研究の問題でありまして、これは疫学の問題もあわせて
研究所のほうで主として主力を注いでいただいている問題であります。
それから次に、
ガンは御承知のように、早く見つければなおる、おそくなるとなおりにくいというので、
ガンをどうしたら早く見つけられるかということが早急、火急の問題であります。したがって、その方面に向かって私
たちが非常な努力を費やしておりまして、幸いにして
日本の
国民病であるところの胃
ガンにつきましては、非常に小さいものがたくさん見つかるようになりました。これはまことにおめでたいことで、もう指先以下のものがこのごろはどんどん見つかるようになりました。これは胃カメラという小さい写真機が
日本で発明せられて、
日本で完成されて、それが普及化されつつある。それに伴ってレントゲン技術も格段に
進歩してまいりました。それから胃壁の中から直接に
ガン細胞を取り出して証明することもできる。それはカメラも
進歩しましたし、それから胃の中へ小さい管を入れて、そうして見ながら悪いと思われるところを取ってきてそれを標本で取って調べるのですから、診断はそこで確実についてしまう。こういうような手段によりまして、早期胃
ガンの発見という
方向はもう現にちゃんとついているのです。これを国民
一般にどういうぐあいにして普及して、国民の福祉を増進するかということになりますと、これはどうしても政治というものと
関係しないと、われわれの
目的を達成することができない。
ところで、こういう問題が起こりますと、必ず機械の整備、それから病院の開設とか、そういうことが一番先に問題となるのですが、それは私はどうかと思う。それにはまず先にものを見てわかる人を養成しなければいけない。それで
ガンの早期診断といいまして、小さければ小さいほどそれを見分ける人が必要です。同じカメラの写真が出ても、それを見る人が見なければネコに小判と同じで何もわからない。見る人が見ると、ここが怪しいぞというので、小さいところを見つけて、そこに焦点を合わすことができる。ですから、現在の段階で何が一番そういうふうな早期診断の普及化ということに大切かというと、そういうもののわかる医者を養成し、そうしてそれに必要な技術陣を養成するということです。この順序をどうか国会の方々、よく頭の中に入れていただきまして
——いま、私ども研修をやっているのですけれども、残念なことに研修のための設備もなければ、それからそのための費用もほとんどない。少しスズメの涙ほどいただきましたけれども、ほとんどないというような
状態で、これでは、全国に早期診断に必要な要員を普及するということとはほど遠いと思うのです。ぜひこの点は、こういうふうな早期診断のための要員を養成するために、国会で十分予算をお組みくださいまして、そしてまず必要な人を先に養成する。
先ほど人の問題が
吉田参考人から出ましたけれども、何よりも大事なのは、人なんです。それからその人が優秀な機械を行使する、その人が優秀な設備を行使する、ここにおいて初めてりっぱな成績をあげることができる。幸いにして、
国立がんセンターは、私の希望しておりますような
方向にだんだん
進歩を遂げておりまして、皆ざまの御期待に沿い得る
状態になっておると思いますけれども、こういう設備を
東京だけに置いたのではいけない。全国にそれが普及して初めて
日本国民全体の福祉になると思うのです。どうかこの点を本日私の老いの繰り言とお聞き取り願いたいと思います。
失礼いたしました。