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白木参考人 私、ただいま御
紹介にあずかりました
白木でございます。
私の専門というのは、いま東大の脳の
研究所におりまして、神経病理学が専門でございます。これはいろいろな精神病だとかあるいは神経病でなくなられた方を解剖しまして、その脳の変化がどういうふうになっているか、それがどうしてそういうようなことになるのか、あるいは
患者の示しますいろいろな症状と脳の病変とはどういう
関係にあるかというようなことをやっておりますものでございます。
先ほどから
上田先生あるいは
浮田先生からいろいろな
お話がございましたように、
有機水銀というものが脳を非常に強くおかすということでございますけれ
ども、結局この問題が一番大きな脚光を浴びましたのは、皆さま御承知のように
水俣病だと思います。私も、かなり
あとでございますが、その
研究班の中に加わりまして、実際
水俣病でなくなられた方の脳にどのような変化があるかというようなことを
研究いたしました。
御承知の方も多いと思うのでございますが、
水俣病というのは、どういうような由来でそのようなことになったか、また、その脳の変化がどういうふうなものであるかというようなことを
お話し申し上げ、それと同時に、
水俣病だけでございませんで、先ほど
浮田先生の
お話がございましたように、水虫の治療薬がやはり
有機水銀を含んでおりまして、それを長く使っておりましたために死亡する、そういう
患者の脳を見る機会もございました。あるいはまた、
水俣病が
有機水銀であるというヒントは、これは実はイギリスのある
有機水銀の
農薬をつくっております工場の工員が、そのような
水俣病的な症状を出しまして、十五年たってから死亡しましたケース、このケースが一例報告になっておりまして、これが
水俣病と申しますか、
有機水銀中毒の脳の変化というものを知る唯一のきっかけになったものでございます。そういうような症例も、私、イギリスの人から
スライドを取り寄せましたり、また、私がロンドンに行きましたときに、いろいろお会いして
お話を伺ったりしておりますものですので、そのようなものをまじえて
お話し申し上げたいと思います。
〔
スライド映写により
説明〕
水俣病は、御承知のように、いまとなれば非常にはっきりしていることでございますが、日窒水俣工場からの汚水の中に含まれております
有機水銀というもの、それが水俣湾に流れ出まして、そして魚であるとかあるいは貝類を汚染しまして、それを食べた漁民あるいはまたその家族、そういう者に起こりましたものでございます。熊本大学の医学部がその
水銀量をはかっております。この四角は海底のどろ、マルは貝の中に含まれております
水銀量でございます。先ほどから問題になっておりました
ジチゾン法によってはかりましたものでございますが、それであれしますと、この排水溝口付近に圧倒的に多い。そしてだんだん遠くに行くに従いまして少なくなっているということを示しております。
患者は、一九五三年から五八年にかけまして、大体この水俣湾の沿岸の漁民の中からたくさん発生しております。こういうところにぽつぽつとございますのは、これは漁民ではございませんけれ
ども、非常に釣りが好きで、こういうところへ行きまして魚を釣って、その釣った魚を食べたというような市民から発生しているものでございまして、その原因が全く
水銀に汚染されました魚にあるということは、まず問題ないわけです。工場側は一九五七年にこの排水溝口を水俣湾側の河口付近に変更しておりますが、そうしますと一九五九年、二年
たちましてこの辺の漁民からまた新しい
患者が発生しているわけでございます。
その原因が工場と
関係があるという証拠といたしまして、このように工場が塩化ビニールとアセトアルデヒドの大量生産を一九五二年ころから始めておりますが、それと並行しまして
患者の数がどんどんふえているわけでございます。ややずれておりますが……。そして、一九五六年には四十三人の
患者が発生しているわけでございます。ここで驚いて禁漁したわけでございますが、しかし結局、その当時はまだ漁民に対する補償というものが十分行なわれませんでしたために、漁師のほうはとても食べていけないわけでございます。したがって、禁漁の命令をおかしまして、また出漁しております。そのためにまたここで十四人という
患者が発生しているわけでございます。
ここで初めて工場は排水浄化装置を設置いたしまして、その
あとは
患者数は激減しているということでございますが、私はこういうものを
研究しておりまして感じますことは、当然工場法によってそのような排水浄化装置をつけなければいけないという規定が私はあるのではないかと思いますが、それにもかかわらずそれをやらない。そして
患者がずいぶん発生してから初めてとのような装置をつけておることにつきましては、いささか問題があるというふうに考えるわけでございます。
ともかく、一九五三年から六一年までに八十九名、死亡三十六例、したがいまして、その死亡率は四〇%という驚くべき死亡率でございます。そして生き残っております
患者さんも、私も最近は見ておりませんけれ
ども、非常にひどい
状態でありまして、ほとんど人間らしさを失っている、いわゆる植物的な存在というような
患者さんも決して少なくはないのでございます。
その工場の排水の中で、問題になります
水銀がどこに含まれているかと申しますと、この塩化ビニール、それからアルデヒド酢酸工場、その排水の中の問題でございますが、工場側といたしましては、この生産過程におきまして、触媒といたしまして昇汞あるいはHgSO4というような
無機の
水銀を使っていたわけでございます。しかしながら、
患者の症状並びにその解剖しました所見というものは、決して
無機の
水銀によって起こるものではなく、
有機水銀によって起こるということでありまして、そのために工場側としては、これは
無機の
水銀を流しているのだから、それは
関係ないというような話が
最初のうちはあったわけでございます。したがいまして、こういう
無機の
水銀が結局海に流れ込みまして、何か海水の中で
有機化するのではないか、つまりプランクトンだとか魚の
からだの中、あるいは貝の中で
有機化するのではないかというようなことを
最初は考えていたわけでございます。しかしながら、その後汚水の中からじかにとって調べてみますと、実にここにメチル塩化
水銀がはっきり証明されたわけでございまして、それは結局いろいろな生産工程の過程においてこういうような化学反応をとりまして、これは触媒でございますが、そして結局は昇汞、HgSO4からこのようなメチル塩化
水銀ができ上がるということが証明されたわけでございます。したがって、その原因が
メチル水銀、
アルキル水銀であるということは決定したわけでございます。
ただ、汚水の中の化学構造物と、それからこれは熊本大学の生化学の内田
教授が海底におります責からじかにとって調べたその毒物は、メチルメチルマーキュリックサルファイド、つまりメチル基が
一つ多い。そしてこれが塩素ではなくてサルファであるというだけの違いがございます。しかし、先ほどから
上田教授あるいは
浮田教授からも
お話がございますように、問題なのはこういうところではなくて、それがメチルであろうとエチルであろうと、要するに
アルキル水銀であるというところに問題点があるという点に焦点をしぼりますならば、これくらいの化学構造の違いは、それほど私は問題にならないというふうに思うわけでございまして、やはりその原因は明らかに工場の排水の中にある
有機水銀であるということを断定してはばからないと思います。
これは解剖例でございます。
水俣病でなくなられた方を十八人解剖しております。三十六人の死亡の中で十八例の解剖というのはまことにたいへんなことであったと思います。熊本大学は実によくやったと思いますが、この問題に関連しまして私考えますことは、三井三池の炭鉱爆発の場合には四百何人の死亡者がありながら、一例の解剖も行なわれていない。そういう事実は一体どういうことであろうかということが実は考えさせられるのでございます。もちろん、炭鉱爆発の場合には非常に急激な一酸化炭素
中毒が起こりまして、非常に大量な人が死ぬのでございますので、
水俣病の場合と少し
状況は違うと思います。しかし、もしあの三井三池の爆発のときに一例でも数例でも解剖が行なわれていたとしましたならば、その脳の変化はこうだ、そしてそれは明らかに一酸化炭素によって起こったものであるということが、はっきり私は証明できたと思います。そのようなことが行なわれなかった事情は一体どういうことであったのだろうかということを非常に残念に思うわけでございます。これはおそらくお医者さんのほうも悪かったと思うし、あるいはまた、組合の問題になるかと思いますし、あるいは工場側もさわらぬ神にたたりなしというふうな気分もあったのじゃないかと私は思うのですが、科学の立場としては実に残念なことだと思っております。それにいたしましても、大学はよくこれだけの解剖をされたと思います。
何といっても、幾ら生前にいろいろな議論をいたしましても、やはり解剖して、その最終の結果を見るということがいかに大事であるかということを私はいつも思うのでございまして、ドイツあたりですと、ある州によっては法律的に、なくなられた方は必ず解剖するという習慣がございますが、
日本にはまだそういうものができておりません。こういった点も、いまここでそういうことを言うのはどうかと思いますけれ
ども、科学の立場としてはそのようなことがぜひ行なわれるように、われわれも努力いたしますけれ
ども、やはり政府の方もできるだけそういうような習慣をつくるという方向にひとつ進めていただきたいものだと思います。
その中の
水銀量がはかってございますが、これは対照を十五例とってございます。これは肝臓、じん臓、これは脳でございます。千四百六十七日も生きておられたケースでも、なおかつ、脳の
水銀、あるいはほかの
臓器の
水銀というものは、明らかに対照に比べまして高い値を示している。つまり、一たん入った
有機水銀というものは簡単に外には出ていかないのだということを明瞭に示していると思います。もちろん、十九日だとか二十六日というようなケースですと、
水銀量が非常に高いというのは問題ないわけでございまして、たいへんな高い値を示しているということが、おわかりいただけると思います。
そこで、これが
水俣病の、先ほどのメチルマーキュリックサルファイドでございますが、これが先ほど
浮田先生が言っておられましたいわゆる水虫の軟こうの中に含まれております
有機水銀、それからこれが先ほど私がちょっと触れましたイギリスの、いわゆる
農薬の粉末を吸入してやったわけでございますが、そのあれでございます。みなメチルアーキュリックとか、あるいはメチルメチルマーキュリックとか、こちらのほうは
あまり問題にならない、ここが問題だということを示しております。熊本の方々はいろいろなそういう
アルキル水銀、
有機水銀を使いまして
動物実験をやっておりますが、その症状とかあるいは脳の変化というものは、いずれも
水俣病ないしはこういうものと全く同じような変化を示しておる。ですからやはり、
アルキル水銀が問題であるということであります。
そこで、これがイギリスの例でございますが、これは二十二歳の工員でございますが、
農薬、つまり
有機水銀をつくっております工場に働いております工員で、これがちゃんと防毒マスクをしてやればいいのに、めんどうくさいので少しマスクをはずしたり何かしておったのであります。四カ月ほど働いておりますうちに、だんだん視野が狭くなってきた。普通ですと、これが全部見えなければいけないのですが、まん中の白い部分だけ見えまして、この周辺のほうは全く見えなくなってしまう。つまり視野が非常に狭くなってくるわけです。そうして、ちょうど細い管を通して、ヨシのずいから天井をのぞいたというような、そういう視野になっております。
それから、いろいろな症状がございますが、
一つは非常に
からだの平衡が保てなくなってきます。手がふるえる、
からだがよろけてしまうというような、いわゆる小脳がやられます症状を呈してまいります。したがって、その人の書いた字を見ますと、これが病気になる前の字でございますが、病気になってからは、手が非常にふるえてうまく手が、共同運動と申しますか、それがうまくいきませんために、非常に字にならない。これは十五年間ずっと見ております。そして十五年後に死んだわけでございますが、十年
たちましても完全にもとに戻っておらない。つまり脳というものは、傷を受けましたとき、それはもう
あとには戻り得ないような傷を受けておるということを、これは明瞭に示しているわけでございます。
これが
水俣病患者の字でございまして、やはりたいへん字がふるえておるし、まっすぐ書けなくて、少し横のほうにずれていくというようなことで、こういうのは小脳がやられている証拠でございます。
それをちょっとお目にかけたいと思いますが、これは脳をちょうど縦
切りにした模型図でございまして、どこがやられているかといいますと、これがいまの小脳でございます。この部分がやられますと、まっすぐ歩けない。よろよろしてしまう。手がふるえる。字がああいうふうになってしまうわけでございます。この傷でございます。そのほかに、こういう部分、これは後頭葉、うしろのほうでございまして、これは視覚の最高中枢、つまり光が目に入りましてそれがずっと神経を伝わって、最後に後頭葉のこの部分に行って、初めてわれわれはものが見えるという、そういう感覚をあれするわけでございますが、この部分がやられます。それから、これは手足を動かす――私がこうやってさしておりますのは、さそうと思うから動いているわけであります。その運動の中枢がやられます。こっちが感覚の中枢でございます。つまり、痛いとか、かゆいとか、冷たいとか、そういうような感覚を受け取る細胞の中枢です。すべて末梢の神経あるいは脊髄というものがやられるのでなくて、
水俣病はまさに大脳の一番最高の中枢、そこがやられるということを、この模型図は示しているわけでございます。
そこで、実物をちょっとお目にかけます。いまの小脳でございますが、普通ですと、こういう黒いのが全部ずっとあるわけですが、このまわりの部分だけは残っております。この深いところにいきますと、こういうところの神経細胞が全部落ちてしまって、なくなっております。したがって、手がふるえて字が書けないとか、あるいはまっすぐ歩けないとか、そういうことが起こってくるわけであります。
ここは学生の講義ではないのでありますけれ
ども、少し大きくしますと、ここにプルキンエ細胞――大型の神経細胞は比較的残っている。ここはほんとうはまっ黒けに神経細胞がなければならない。これがすっかりなくなっている。おそらくここに
有機水銀がたくさんだまって、そして神経がなくなってしまったものだというふうに考えられます。これはノルマルといいますか、
有機水銀がない、何でもない人の小脳でございます。この小型の神経細胞がすっかりなくなっておるわけであります。
水俣病は、人間だけでございません。ネコにも起こっております。ネコは、汚染した魚を食べて、そのためにやはり体がふらついたり何かして、あるいは目が見えなくなったりして、そして死んでいるわけですが、やっぱり小脳ですね。表面のほうは比較的いいのですが、この辺はみな神経細胞が落ちてしまっております。
ネコにも
水俣病が発生した。それから、カラス、水鳥、そういうものも、やはり汚染された魚を食べて、そのために飛べなくなって、のたうち回るというような
状況で、小脳を見ますと、これは非常にデリケートな変化でございますが、こことこの辺を比べますと、明らかにこっちが濃くて、これが薄いのでございます。これを大きく拡大いたしますと、明らかにこの小型の神経細胞が減ってしまっております。そういうことで、カラスにも水鳥にも起こっている。もちろん魚の小脳もやられている。ですから、
水俣病というのは、魚から人間まで全部侵している。非常に雄大なスケールの
中毒であるということもいえるわけであります。
それから、先ほどイギリスの例が非常に視野が狭くなるということを申しましたが、やはりこの
水俣病も同じことでございまして、これが視野でございますが、結局この中心部の白いところだけが見えて、
あとは全部見えなくなってしまう。ですから、うしろから自動車が来ましても、この辺まで来なければわからない。われわれでしたら、かなりうしろのほうがわかるわけでございますが、それがわからないというような、非常に危険な
状態でございます。しかし、その場合には、眼球だとか途中の神経はやられませんで、ここに来まして、先ほどの後頭葉、つまり視覚の最高中枢のこの部分がやられます。しかも、前のほうがひどくて、そうしてうしろのほうにいくと軽いのです。ということは、この中心視野をつかさどっている中枢はこのうしろのほうにございます。末梢のほうは前のほうにあります。前の中枢が強くやられますから、したがって、視野は周辺からずっと同心円性に見えなくなってまいるということでございます。
これを実物でお目にかけます。ここの部分ですね、これをこういうふうに輪
切りにしましたところを出します。
これは後頭葉。いま輪
切りにした、こっちが前でこれがずっとうしろのほうになります。そうすると、視覚の最高中枢はここでございます。ここで
ごらんになっても明らかなように、こちらのほうはやられていないのです。ここに神経細胞がたくさんございますが、これがこの視覚の最高中枢になりますとひどくやられているわけです。それで縮まって非常に小さくなってしまっているということがおわかりになると思います。前の方が非常にひどくてうしろにいくとやや軽くなっている。これはまことにふしぎなことであります。
水銀というのはおそらく血液に乗りまして、脳の中に全部に回っているに違いない。そうして大体同じような量であちこちにみんなばらまかれているに違いない。しかし
水俣病あるいは
水銀中槽に限りまして、この視覚の最高中枢だけがぴしゃっとやられておるということを示しているわけです。
水俣病というのは非常に不幸な病気でございますけれ
ども、しかしわれわれの神経、脳に関しますいろんなものを考える者にとりましては非常に参考になるわけです。小脳の皮質とか、それからこういう後頭葉皮質だけがどうしてやられるのか、おそらく、
水銀というのは量的には同じようにばらまかれているに違いないとしますと、後頭葉だとか、小脳だとか、あるいは手足を動かすそういう中枢だとか、そういうところはおそらく生化学的には同じものに違いない。そこに
水銀が行って
水銀とこういう場所の特殊な化学性とのからみ合いにおいて、そういうものは非常に強くやられておるというふうに私には思えるわけでありまして、これは
水俣病と離れまして、脳の持つ生化学、生理学、解剖学、そういうものに非常に貢献するということになるわけであります。われわれは、そういう犠牲者のあれを生かすためには、そのような方向にこれから
研究を進めていかなければならないという気がいたすわけでございます。
いまの後頭葉皮質を大きく拡大いたしますと、ここに普通は神経細胞があるはずですが、そういうものがなくなってしまって穴ぼこだらけになってしまう、そういう
状態でございます。
輪
切りにして見ますと、こういうことでありまして、ここが聴覚、つまり耳が聞こえているというのは最後にここで感じているわけですが、そこがやられるわけです。したがって、こういう
有機水銀の
中毒の
患者さんというのはたいてい耳が聞こえなくなります。これは鼓膜だとか、そういうところが悪いのじゃございません。電線が悪いのじゃなくて発電所がやられているわけです。したがって、そこではせっかく電気がここに来ましても、それを受けとめるあれがないわけです。したがって聞こえない、あるいは非常に耳の器械が悪くなるというのはそのためでございます。
ところで、
水俣病というのは、そう申しますと、
からだの調子がとれないとか、手足が動きにくいとか、あるいは手がしびれるとか、あるいは目が見えなくなるとか、そういうような人間の、どちらかといいますと高等な脳の働きではない。つまりむしろ神経と申しますか――脳卒中の例で申しますと、脳の出血が起こる、あるいは軟化が起こる、そうすると手足が半分きかなくなる。これは精神現象じゃございませんで、手足が動かないとか感じがにぶいとかいう神経です。そうしますと、
水俣病というのは神経病だというふうに御理解なさるかもしれませんが、私は、ある段階では確かに
水俣病は神経病であるということは言えると思うのです。しかし、長く
患者さんを見ておりますと、それは神経病だけではない、そこには精神病的なものも加わっているということをこれから申し上げられると思います。
と申しますのは、
水俣病の現在生存者をよく精神医学的に
調査いたしますと、その大部分の方は知能が落ちている、あるいは性格が非常に変わっておるというような、いわゆる精神病的な症状を示しているわけです。それは一体どういうことかということをこれから考えなくてはならない。つまり長く追いかけておりますと、
患者さんは神経病だけでなく精神病も示すということをこれから申し上げたいと思います。
〔
委員長退席、田中(武)
委員長代理着席〕
と申しますのは、先ほど後頭葉の写真をお出しいたしました。そのときに視覚の最高中枢がひどくやられておる。しかし、ほかの部分は一見したところは何ともないように見えます。しかし顕微鏡でよく拡大して見ますと、一見無傷に見えますところの大脳も非常に強くやられていることがわかります。というのは、これが神経細胞でございます。ここにたくさんあります。これがみなやられておるのでございます。というのは、神経細胞がやられまして非常に縮まります。したがって、神経細胞のまわりにちょうど穴のようなものがあいているわけです。ということは、これをもう少し拡大しますともっとはっきりします。これがいわゆるやられた神経細胞です。そして非常に小さくなったために、この間にすき間ができてこれだけ穴があいている。これは、もう少しこの
患者が生きておれば、おそらくこの神経細胞も消え去ってしまって、そうして
あとは何も神経細胞がないという
状態になる。こういう
状態は実は先ほど出しました大脳のほとんど全体にわたっていると申し上げていいと思います。つまり、
水銀というのは確かに全脳にばらまかれておる。しかと、ある比較的早い時期には、非常に強くやられるところは、先ほど申し上げたような小脳だとか、ああいうような神経症状を起こすような場所が強く先にやられる。しかし、
水銀は依然として脳の中に残っているわけですから、一年、二年とたつうちには脳全体をじわじわ侵していくということに考えざるを得ない。これはその証拠を示している。だから精神現象が起こってくるというふうに申し上げていいと思います。
たとえば、このお子さんは四歳のお子さんでございますが、やはりお父さんの釣ってきました魚をたくさん食べまして千四百七十日、つまり四年近く生きておってなくなられた方でございます。その方は、全く自分からものを言うこともできません。そうしてまた、外からいろんな刺激を与えましても、音を与えましても、つっついても全然反応しない。そうして手足はこのようにかたく曲がってしまった。こういう
状態で固定した、こんな
状態のまま死んでおるわけであります。ということは、その大脳の変化というものは、おそらくもっともっと広
範囲なものではないかということを考えさせます。ここがちょうど飛び出ておりますが、これは実は非常に強く筋肉が収縮したために脱臼が起こっているわけであります。外側に骨が飛び出ておるためにこのように見える。このような四年間も生きておった
患者さんは、どういう変化を示したかというと、このようなひどいものでございます。全脳がぼろぼろになっております。これがそうです。ここに神経細胞のある皮質が中にある。ところがそこが穴ぼこだらけになっております。そうなりますと、もはや先ほどの神経病と全く違う。全脳に広がっておる。ここでは人間らしさというものは失ってしまって植物的な存在になってしまっているというふうに申し上げなければならぬ。しかも、先ほど一番先に表に出しましたように、この
患者さんの脳の
水銀量はやはり少ないですけれ
ども、明らかに正常値よりも十倍近くのものが依然として証明されます。四年たっても
水銀は決して脳から出ていっていないということ巻を明らかに示していると思います。ああやってみますと、
水俣病でないように見えます。しかし小脳を見ますと、ここがやはりまっ黒に見えなければならないのですが、これがすっかりなくなっちゃっているわけです。やはりこれは明らかに
水俣病でございます。ただ、その変化が非常に広範であるということに尽きると思います。
最近、私、特別なケースを経験いたしました。これは先ほど
浮田先生の
お話でございまして、水虫がひどくて、そうしてメチール
水銀チオアセトアマイドという
有機水銀を含んでいる軟こうを
からだにすりつけております。そうしますと、この
患者さんは十九歳の男でございますが、
水俣病的な症状を示しまして、そうして九カ月生きておってなくなられたのです。その
水銀量はまだはかってございませんけれ
ども、これは私は問題なく
水俣病と同じようなものであると思います。
水俣病は魚を食べて腸から
水銀が吸収されて脳に行く。この
患者さんは皮膚にすり込んで皮膚から吸収されて血液を通って脳に行く。
ルートは違います。しかしその起こっておる変化は全く同じでございます。やはり小脳の表面のほうは
あまりやられておりませんけれ
ども、深部のほうはやはりひどくやられて落っこちております。それからこの脳が非常に全体としてひどく変化しておるわけであります。この辺がぐじゃぐじゃになっております。そうして大脳の表面をおおっておりますところも深部のこういうところもみなぐじゃぐじゃになってしまっております。
一体、こういう強い変化はどうして起こったのだろうか、
水銀だけではちょっと
説明つかない。
水銀だけでありますと、普通は白質と申しまして、これは神経細胞から出てきますいわば電線、それがみな集まっているところでございます。この場所はまっ黒に見えなければならないのに、ここのところがやられて白くなっております。こういったことはいままで私
たちは経験しなかった。これはどうして起こったのかというふうに思って、いまの脳をもうちょっと大きくしてみたいと思うのですが、この神経細胞のあるところがすっかり空洞になってぼろぼろになっております。このぼろぼろになった原因が何だろうと思って注意して、今度は脳の血管を見てみます。脳というのは、この脳の表面に膜がかぶさっております。その膜の中に脳を養っております血管があるわけですね、その血管を示しております。ところがその血管は壁がひどく厚くなっておりまして、わずかに血液はこの中だけを流れております。普通はこれ一ぱい流れているはずなんです。ところがずっと細胞がふえまして、脳の血液の流れる場所がひどく狭くなっているということを示しております。つまり普通ですと、これだけの広さがあって、この中を血液が通って、そして脳の中に行って脳を養っているわけでございますが、それがずっとふえてまいりまして、わずかにここだけになっている。場所によりまして、これは全くふさがっている。血液が通いませんから、したがって脳はとろけてしまう。これが脳軟化でございます。お年を召すとこういうふうになるわけでございます。ところが、この
患者さんは十九歳です。十九歳でこうななったということは、これはやはり十九歳の男にたまたま脳動脈硬化が起こったというものではないのでありまして、おそらくここにまだ
水銀が九カ月たっても残っておりまして、これを絶えず刺激しますために、その刺激によってこういうものかずっとふえてきたというふうに考えられる。したがって、やはり
水銀というのは、簡単に脳の中からもあるいは血管からも出ていかないものである。そして絶えず刺激している。そしてそれが長い年月の間にだんだんと強い変化をより強く起こしてくるということがあるのではないかというふうに思わざるを得ないのでございます。
また、
水俣病の話にもう一度戻りますが、
水俣病は、ただ単に生まれてからの子供、おとなを侵すだけでないということがわかってきております。つまり水俣地区で生まれた子供さんの中に精神薄弱児あるいは脳性麻痺、手足が非常に突っぱってしまって動かない、先天的に精薄であり、あるいは手足がきかないという子供さんが多いということが熊本大学の精神科の教室によって追及されたわけです。これがその水俣地区で生まれましたお子さんの脳性麻痺、手足がこういうふうに曲がって動かないわけです。これ以上伸びない。もちろん非常な精薄でございます。自分の名前はもちろん言えませんし、それから自分からものを要求するということもできない、着物を着ることもできないというようなひどい精薄でございます。しかしながら、それがはたしてほんとうに
水俣病と
関係があるかどうか、つまりおかあさんの
有機水銀というものは、血液を介して、胎盤を通って、そして妊娠時の胎児の脳に行ってそういう問題を起こすかどうかということはたいへんむずかしい問題であります。はたしてほんとうにそういうことがあるかどうかということが問題でございますけれ
ども、しかし、やはりそういう胎児性の
水俣病患者さんというものは、生まれてからの子供さん、あるいはおとなの
患者さんが発生した地域と同じ地域に発生しているということ。これがおとなの
水俣病でございます。これがいわゆる胎児性といいますか、先天性
水俣病といいましょうか、そういう
患者の数でございます。そうしますと一九五六年に一番数が多いのでございますが、生まれてからの子供さんあるいはおとなの
患者さんと大体並行
関係においてやはり胎児性
水俣病というものも多いという事実がございます。あるいはまた、この家系を見てみますと、このまっ黒けなのはほんとうの
水俣病です。この中に点を打ってございますのは、いわゆる胎児性
水俣病というものでございますが、そうしますと、その同胞の中に、あるいはその両親の一方に明らかに
水俣病があり、そしてその家系にいまのような脳性麻痺とかあるいは精薄
患者さんがいらっしゃるということになりますと、これはやはり何か胎盤を介してなり、あるいは場合によってはおかあさんの乳を飲ませるとき、その乳に
水銀が含まれておって、そしてそれがともかくお乳をやっている間に子供の脳に変化を来たすという可能性があるということを示していると思います。この解剖例もございますが、時間がもうありませんので、申し上げません。
最後に私が申し上げたいことは、結局こういう
アルキル水銀、
有機水銀というものは、それがどんな
ルートをとろうと、ともかく
からだの中に入り、おそらくは脳の中に入りますと、そう簡単に出るものではない。そして長い間かかって徐々に脳をむしばんでいく可能性があるということ、それから胎児性の
水俣病、つまりおかあさんの妊婦の血液を介して胎児の脳に働いて、そしてこのようなものを起こしていく可能性があるということ、そういうことを考えざるを得ないと思います。もちろん
水俣病なりここに出しましたケースは、これは非常に大量の
有機水銀が入ったという特殊ケースであります。しかし、現在ここで問題になっておりますような非常に
微量のものが一体どのような
影響を与えるであろうかということは、いまのところ私
たち何とも言えないと考えますが、しかしながら、先ほどから申し上げておりますように、一たん入った
有機水銀というものは簡単に外に排せつされないで、だんだん蓄積されていく過程があるといたしますと、将来何が起こるということは決して断言できないであろうということが
一つございますのと、もう
一つは、かりに
微量でございましても、もし妊婦にそういうことが起こってくるとしまして、そしてそれが胎児の脳に
影響を与えるというようなことがあるといたしますと、一体これはどういうことであるか。
一般に子供の脳にしても、あるいは胎児の脳にしても、それはおとなの脳よりもずっといろいろな病気、いろいろな原因によって侵されやすいものでございます。したがって、
微量であってもあるいは問題を起こすかもしれない、そういう可能性は決して否定できないというふうに私は思います。しかし、これは何も証明されたわけではございませんので、何とも言えませんけれ
ども、先ほどから
上田先生あるいは
浮田先生の
お話がございましたときにお述べになりました
意見と私は全く同じ
意見でございます。
それからもう
一つのポイントは、これは
有機水銀だけではないのではないかという気がいたします。つまりメチルあるいは
アルキルプラス
水銀、
アルキル水銀のほかに
アルキルすずだとか、
アルキル銅だとか、
アルキル何とかとか、そういうふうないろいろな
重金属類と
アルキル・グループがつながっているようなものを扱っている、そういうものがあると思います。たとえば
アルキルすず、これをやはり工場で使っておりますけれ
ども、それに
中毒した
患者がやはりひどい脳の変化を起こしております。これは脳浮腫と申しまして、脳がぶくぶくにふくれ上がるという病気がございますが、そういう病気を
アルキルすずが起こしている事実がございます。したがって
有機水銀、
有機すずというようないわゆる
有機重金属類というものを扱うところのいろいろな
公衆衛生という問題もここで同時に考えるべきであろうと私は思いますし、そういうものに対する予防
対策もいまのうちに講じておいたほうがいいのではないか、私はそういう感じがいたします。
たいへん長くなりましたが、一応……。