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長谷川(峻)
委員 そこで
海上保安庁の「
海上保安の現況」というのを拝見しまして、
外交全体がなかなかもって成果をあげてない、そういうときに、その一二九ページ
北海道周辺海域というところに「三十八年六月、
日ソこんぶ採取民間協定が成立したが、四十年五月には、この
協定を更新して
有効期限を二か年間とするとともに、
こんぶ以外の
漁獲物を一隻で一日十キログラムまで漁掛できるよう取決められた。このため、四十年においても前二か年間に引続き
こんぶ漁船の
だ捕事件は、皆無であった。」とある。
民間協定の中でようやくあの辺の
漁民諸君は、片一方は皆無であって
安全なんですね。ところが、こういう
民間の話が進んでおって、一方いまのように
拿捕事件が
李承晩ラインの三倍もあるということが、
お互いの目から忘れられかけている。こういう問題について私は、
海上保安庁であれ
外務省であれ、もっと
お互いが
覚悟を新たにしてがんばらねばならぬ問題が出てくるのではないかと思う。ことに一三〇ページを見ますと「だ捕された
乗組員の
取扱い状況についてみると、
ソ連側では
ソ連刑法の越境の罪又は密漁の罪の容疑で取調べ、即
決裁判により
責任者(船長および
漁掛長)に二−四年の
自由刑を科し、その他の
乗組員には科刑することなく
日本に引渡す例が多い。また
船体、
漁具等はその約半数が没収されている。ちなみに、四十年に没収された
船体は二十一隻である。」そしてそのあとに
帰還状況な
ども書いておって、「四十年十二月三十一日現在の未
帰還数は三百八十二隻二十一人である。」これはたいへんなことなんです。まさにこういう事実を、ひとつ第十一進
洋丸の
拿捕事件が
新聞に報じられ、そしていままでとかく弱いといわれた
外務省が
ソ連に向かって、
北原欧亜局長が
東京で、あるいは
中川大使が
スーダリコフ極東部長に、それぞれ
抗議書も出されたと聞いておりますが、いままでだんだん話もありましたように、私は、
ソ連の
外務大臣グロムイコ氏、
サンフランシスコ講和会議のときの代表であって、
領土問題についてもいろいろ
主張した、その彼、あるいは
イシコフ漁業相、今度一番
関係深くて事情のわかっている彼が、坂田農林大臣の招待などで
日本に来るというときでありますから、いまのような事実をあらためて
自分たちの
役所の仕事だけではなくして、全体の総合的なこういう問題であるということを認識されて、私はこういう
ソ連の責任ある
諸君が来るときに大いにがんばってしかるべきではなかろうか、具体的
交渉で前進させることが
日ソ親善の
一つの形になるのじゃなかろうかと思うのです。これは私は、きょうは外務大臣もおりません、あるいは運輸大臣もおりません、といって私はいまいらっしゃる方々を軽く見ません、それは
外務省でも、私は参
事官というものは実を言うと非常に将来伸びる
諸君だと思っている、
日本は大使なんというものは独立国がたくさんできるためにぼろぼろつくるものだから、とんでもない者も大使になっている。しかし若い
諸君は、参
事官というものは、
ほんとうに
役所に帰ってしっかり勉強して、省議をまとめて、
椎名外務大臣なり下田事務次官などに、こういう
自分たちがやろうとしたことを国会でも話がありましたよということでしっかりがんばってもらいたい。また
海上保安庁も、第一管区の
諸君などにも元気をつけながら、ぜひとも私は、
民間で
コンブ協定等々でやっているところはいいが、それ以外のところは
政府が全然手をつけないがために、こういうふうに船も没収されているというふうなこと、水産行政そのものがどうも西のほうにだけ向いて北のほうは忘れている向きがありはせぬか、大漁業資本を助けるばかりで、十トンクラスのああいう
北海道の根室かいわいの
漁民諸君を放置するきらいがありはせぬか、私は専門家じゃありませんが、そういう感覚を持っているものです。ですから水産庁もあるいは
海上保安庁も
外務省も、あわせていまのような
気持ちになってこの際御推進願いたい、これに対してひとつ政務次官の御
答弁、決意をお願いします。