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政府委員(津田實君) 私が新聞記者に質問に応じて述べましたところは、もちろん、いま御指摘のように、具体的な事件ということではなく、海上の船舶衝突に関する刑事裁判権の問題として
説明をいたしたわけでございます。この
説明をいたしたことにつきましての根拠につきましては、前回にも申し上げたかと存じますが、簡単に重ねて申し上げますと、従来はこのフランス定期船「ローチュス号」事件の常設国際司法裁判所の判例が、一応国際法の
一つの根拠であるというふうにまあ
考えられておったわけでございます。したがいまして、その以後におきましては、その判例の
趣旨に従った解釈をおおむねしてまいってきておるのであります。しかしながら、この判例に対しましては、非常に批判がありますし、また、その成立の過程におきまして、裁判官六対六というような、賛否が非常に分かれた。で、結局裁判長の決するところによってきめられたような経緯もありますし、また、その批判と申しまするのは、要するに、「ローチュス号」事件におきましては、被害船の国においても裁判権があるという
趣旨でありまして、そういたしますると、船あるいは船員が、他国の裁判権に服さなければならない場合がしばしば出てくる、そういうことは船員に対する保護に欠けるところがあるのではないか、こういうような批判が非常に強く出てまいりまして、一九五二年に、ブラッセルにおきまして締結されました、船舶衝突の刑事裁判権に関する条約におきましては、この「ローチュス号」事件の判決とは違った
趣旨の規定がございます。すなわち、その船舶の加害船の保護またはその乗り組み負の本国の裁判権に服すると、刑事裁判権に服するというような
趣旨の条約が締結されたのであります。その条約が締結されますとともに、また一方、国際連合の国際法
委員会におきまして、海洋法草案が討議されました際も、やはりほとんどいまのこの条約と同
趣旨の草案が討議されたわけであります。で、一九五八年に至りまして、この後に申し上げます一九六二年九月三十日に発効した多数国間の公海に関する条約というのが討議されまして、その際、一九五八年にその条約の採択の採択
会議があったわけでありますが、その採択
会議におきましては、非常に賛成多数をもって採択が決議されたわけであります。で、その結果、一九六二年に至りまして、この多数国間の公海に関する条約が成立し、それに対しまして、今日までに三十二カ国がすでに加盟いたしておる。で、わが国は、この一九五八年の採択
会議におきまして、すでにこの条約に賛意を表しております。その後今日まで三十二カ国が加盟いたしましたが、わが国は現在加盟いたしておりませんけれ
ども、すでに昭和三十八年に、
政府委員が
国会におきまして、この条約に加盟したい
趣旨を表明いたしております。かようにいたしまして、この条約、それから海洋法草案、それから一九五二年のブラッセル条約を通覧してみますと、もうすでに「ローチュス号」事件の判決に盛られたところの国祭的なルールというものは、反対の
結論になり、しかも、その反対の
結論がすでにもう多数国によって承認されておりまして、国際慣習になり、さらに今日に至っては、これが国際慣習法であると、まあさしずめ、条約に加入しておるところは条約上の義務でありますが、加入していないところにおきましても、国際慣習法というように解釈することが相当となってきた、そういう点を
考えまして、わが国におきましても、憲法におきまして確立された国際法規を順守しなければなりませんので、従来とってきたところの「ローチュス号」事件の態度というものを、そのまま一応の解釈としていくことは相当でないという
結論に達しましたので、ここに、この新しい国際慣習法に基づくところの原則に従って諸般のことを処理するのが、相当であるという
結論になりました。そういうことの
状況のもとにおいて、私は、新聞記者にその法律論を
説明したわけでございます。
なお、本件、具体的事件につきましては、
海上保安庁のほうにおいて
調査をされておりますし、横浜地検におきましても
海上保安庁と協力をして
調査をいたしておりますが、ただいままあ加害船とか被害船とかという問題もありますし、それは刑事事件に影響がある問題ではもちろんございます。したがいまして、その
内容は、具体的事実はどういう事実であるかということは、当然捜査以前の問題として明らかにされる必要がありますし、その際に、これが刑事事件である、刑事事件の疑いがあるということになれば、刑事事件としての捜査を開始すべきものというふうに
考えております。
刑事事件の捜査として予想されることは「アリゾナ号」の当該航海の
責任者に刑事責任があるということは、もちろん
考えられますが、
日本船である「明興丸」の当該航海の
責任者についても、刑事責任があるという疑いがあるということが
考えられます。しかしながら、いままだ刑事事件として本件を取り扱うかどうかという捜査の端緒はいまだ出ていない
状況であろうと。これは
海上保安庁が司法警察職員でありますから、
海上保安庁の判断によるところでありますが、ただいまのところは、刑事事件として捜査する
段階に至っていないのではないかと私は推測しておる次第であります。
したがいまして、もしさように両者に刑事責任があるとすれば、その刑事事件についての管轄権は、米船である「アリゾナ号」の乗り組み員につきましては、
アメリカにあり、
日本船である「明興丸」の乗り組み員については、
日本の裁判権がある、こういう
結論になると思うのであります。