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杉山善太郎君 それでは、
激甚災害法の
適用地域における
労使関係云々という問題でありますが、
質問の柱として
先ほどちょっと申し上げましたのでありますが、御
承知のように、昨年、精密には三十九年六月十六日の
時点で新潟に大地震が発生した。そういうことに
関連して、やはり
激甚災害法が
適用された。そういう中で、具体的には、この問題に
関連いたしまして、三十九年九月三十日のこの社会労働
委員会で、当時
大臣もやはり
大臣という位置づけにおられましたので、この社会労働
委員会の場で具体的な問題として、北越製紙の問題と、それから
昭和石油の問題を主として浮き彫りにしたわけでありますが、その後、今日なかなか
——その当時急を要したわけでありますけれ
ども、今後それがどういうふうに経過していくかという問題について、たとえば北越製紙は、当時従業員の数が二千五百名であったのであります。地震後の従業員は二千二百三十名ということになっております。したがいまして、その解雇者が百七十四名実は出たわけでありますが、この解雇者をめぐって、非常に当時係争があったわけでありまして、
激甚災害法の二十五条の
適用な
ども含めて、
労使関係が、これは地震に便乗して、いわゆる四十年度以降における企業合理化というものを繰り上げて、やはり会社それ自体は激甚法の
適用によって、融資の面については北海道開発銀行であるとか東北開発金融公庫から、平素ならばなかなか融資の道がつかないのだが、
激甚災害法の
適用によって工場は前向きに再建する
方向にあるのだが、しかし、この働いている
労働者は、いわゆる合理化の先食いのしわ寄せを受ける、こういうようなことになるのだ。したがって、この地震という災害というものは、つまり天然
現象的な災害である。もちろん論議の中では、いや、それは人災だというような論議もありましたけれ
ども、そういうような論議の中で、しからば今日はどうなっているかという問題につきまして、今日やはり百七十四名の解雇の中で会社が下請
関係などにあっせんをいたしまして、百七十四名の解雇の中から、八十名というものは今日、日の当たらない系列の
中小零細企業でかろうじて職についている、こういうわけであります。それから、やはり今度は
日本の企業内組合の
一つの典型的な悲しい事実だと思いますけれ
ども、これはわれわれは犠牲のしわ寄せを受けることは反対だ、会社はあの
時限においては、とにかく系列なり、あるいは他の紙パルプ産業のほうへ会社の力であっせんをすると言っておきながら、実はなかなかあっせんしてくれないじゃないか。その反面、言うならば、激甚法二十五条のとにかく失業保険の拡大
適用というのは、言うならば失業保険の先食いじゃないかといったような形で、失業保険は時間切れになってしまったのだ。なおかつ、おれたちは定職についていないのだ、だから、ひとつ解雇になった者だけで北越製紙解雇反対
労働組合というものをつくって、親組合とは別に、やはりこれは組合の数は三十二名でありますけれ
ども、ともあれ、その人たちが自主的に北越製紙解雇反対
労働組合というものをつくって、おれたちを復職させよ、復職させなければおれたちの解雇
条件というものを十分考えて、もう少し考え直してくれという形でいろいろと問題が係争されている、こういう
時点にあるわけであります。なおかつ、一般的なこの春闘という流れの中で、やはり北越製紙
労働組合は、紙パ労連傘下のやはり歴史を持つ単位組合でありますが、したがって、定昇のほかに五千円というものを一率要求をするというように要求をしているので、あるいは団体交渉をやっているのでありますけれ
ども、会社は二年間という期限を切って、安定賃金というかっこうで、定昇はとても考えられないし、こたえられないから、千円のとにかく安定賃金で二年をがまんしてくれ、こういう形で、しかし、見えすいている
一つの事実は、なかなかこういう形で安定賃金だという要素がないのです。そういったような形は、あの
時限で私
どもが、
労使関係というものが非常に問題があるのだというような
事象をとらまえながら心配をしておったわけでありますが、今日、はたせるかな、非常に問題がいま申し上げたような形になっているわけでありまして、引き続き一括
——あまりこの点だけで時間を食うのは問題かと思いますが、そういう問題があり得るわけであります。これはむろん
労政局長もおられますので、たとえば労働省の出先と連絡をしていただけばわかる問題であります。
次は、
昭和石油の問題でありますが、
昭和石油は、地震当時の従業員は四百十名でございました。現在はこの四百十名の人たちがどういう形で配置をされておりますかというと、建設要員として、これは技術者であるとか事務者でありますけれ
ども、これらの要員百名はとにかく従来の仕事と類似のような仕事をやっておるわけであります。これはあと片づけ、土方のような焼けあとを片づけておる要員でありますが、これが三百名おるわけであります。ほかに転勤者が二十二名あるわけでありまするが、しかし、この二十二名の転勤者は労働協約の事前協議の対象として
話し合いをしながら、これはスムーズにいっておるわけであります。今度
昭和石油再建の問題は、あの事件でも、通産省その他の
関連、大蔵省との
関連で、また、この会社は英国資本のシェルというのが株の五五%を持っているという
関係で、会社それ自体はやはり
昭和石油株式会社でありまするけれ
ども、主導権はシェルというイギリスの会社が持っておるというふうな
関係で、なかなか会社の思いどおり、言うとおりにならないのだといったようなことから、新潟はやめてしまって、太平洋の石油コンビナート
地域に移行するということが政治問題として
一つあったわけでありますけれ
ども、その問題は、やはり新潟に存置しようと変わったのであります。その変わった
関連の中で、やはり四月に通産省から再建を認可しようということになるわけでありまするが、それと、ことしの四月から新しいプラントを入れて、操業は来年の三月、つまり
昭和石油は操業が再開されるという今日の見通しでありまするが、その場合には新プラントによって操業するということになりますから、石油の精製量はそれ以上になりまするけれ
ども、要員はいま四百名のうち、これを半分にするということで、そういう展望のもとに、労働協約に基づいて
労使協議会から団体交渉の
段階に移行しているわけであります。そこで、会社の腹がまえは、やはり昭石は二百名というものをどういうぐあいに配転すべきかといったような問題で
双方ともに苦悩をしているというのが、この激甚災害によって、これは会社のせいでもない、
労働者のせいでもないけれ
ども、天災と政治の若干よろしきを得ないという形が、
一つの激甚災害の
適用地域における
労使関係、これがたとえば技術革新とか何とかいう問題でなくて、別の問題から派生しておるのであって、この問題についても、やはりどこか、何かでこの問題を十分対処して、
激甚災害法の
適用地域における
労使関係の問題も、やはり今後政治の場で調整し、考えていかなければならぬ問題じゃないかと、そういうふうに
昭和石油の問題はとらえておるわけであります。
それから、もう
一つは、これは非常に特徴的でありまするので、しかも、これは労働基準
関係からいいましても
労政関係からいいましても、両面にまたがる非常な問題だと思うのでありますが、これは新潟市に都タクシー株式会社というハイヤー、タクシーの会社があるわけであります。これはいなかでありますけれ
ども、車の台数は百台持っております。したがって、従業員の数も二百五十名でありますが、やはりこの組合も第一組合と第二組合に分かれておりまして、第一組合が百八十名、第二組合の数が三十四名、そのほかに労務管理、これは会社の労務管理でありまするけれ
ども、運転手の免状を持っている者を事務用員という形で事務職にしてありますが、いざというときにはいつでもハンドルをとり得るということで、その人たちはその人たちだけで運転者会というのを設けておるのでありますが、その意図する肯景が何であるかということは、ここでは言う場でありませんから申し上げませんけれ
ども、とにかくそういう会社でありますが、そういう
内容でありますが、これは六月十六日の地震の中で、新潟には信濃川、阿賀野川というのに長い橋がありますけれ
ども、その橋を渡っている間に橋の一部が落ちて、そうして車もろとも落ちるとか、あるいは車の倉庫がやはり陥没をして破壊されて非常な打撃をその
時点で受けたわけであります。したがって、会社の社長は会社の全運転手に向かって、たいへんなことだ、そこで、会社再建のために、諸君は欲しないだろうけれ
ども、給与体系の中の歩合給と本給との
関係は、結果から見るとさか立ちして歩くような形になったわけであります。大体新潟は他の都市と比べまして、タクシー、ハイヤーの賃金体系というものは、比較的固定給が高くて歩合給が少なかったのでありますけれ
ども、ところが、その地震を契機として、つまり他の状態が新潟に流れ込んでまいりまして、結局さか立ちのような状態になって、会社の再建の中で、ひとつ歩合給をこれこれ出すんだから、大いに水揚げをかせいでくれという形で、組合はそれに反対したわけでありますけれ
ども、災害による会社再建という形で非常に協力を求められたのでありまするから、これに協力をしたという結果になったわけでありまするが、問題は、そこで相当に水揚げが上がって再建という
方向に成果があったわけであります。年末の一時金の問題について、
新潟地方の運転手組合の方たちが、大体金額にして七万五千円、大体二・五カ月に匹敵する年末一時金でありまするが、これに対して会社の回答というものは一万三千円であったわけであります。他の会社は大体四万円から五万円の範囲で出しておったわけでありますから、他のもっと水揚げの上がらぬ小さい会社がそれだけ出しておるんだから、世間並みということをいろいろ話し合ったのでありますけれ
ども、その都の会社はどうしても一万三千円以上出せない。
理由は、水揚げが相当にあった、そこで歩合給というものの中で分割してすでに諸君にやっているはずなんだから、一万三千円以上を要求するなら、そうしてストを打つというような形に出るならば、この会社を解散をしてしまうというような形になってしまったわけであります。そういうような暴言を吐いて、一切
話し合いに応じようとしないのでありまするから、私はときたまいなかに帰っておりましたから、これはやはり認可事業でありますから、運輸省系列の陸運
局長に会って、一体そんな行政指導があるか、実際問題として認可事業で、
労働組合と協約があって
話し合いをしておるのに、つまり前の約束をひるがえして一万三千円、そうして
スト権だとか何とかいうならば、それの別会社をつくって、そうして一応解雇した形でやるというような、そういう好きかってなことをいっておることなど悪いことがあるので、それは陸運行政の面からとにかくひとつ行政指導してくださいといったようなこともあったわけでありますけれ
ども、いずれにいたしましても相手のあることでありますから、がんとしてこれの
話し合いの場が求められなかったのであります。そこで、
新潟地方労働
委員会にとにかくあっせんを組合は依頼したわけでありますけれ
ども、あっせんに対しても会社側は、どうせ地労委のろくなあっせんは出ないんだから、おれのほうは一切耳をかさないというのが会社の言い分で、万策尽きてやむを得ませんから、それが大体時期的には地労委に和解あっせんを申請したのが十二月の十一日であります。これはまだ争議に入っていないわけであります。その地労委も動き始めたのでありますけれ
ども、しかし、地労委のあっせんに耳をかさない、こういうわけでありますからそのままになっちゃったわけであります。そこで、好むと好まざるとによらず、組合は、地労委のあっせん
調停にも応じないと会社は言うのでありますから、やむを得ないから十二月の十五日からストライキに突入したわけであります。もちろんストライキそのものは手段でありますから、何とかして
話し合いの場を求めようとしたところが、いわゆるストライキは手段であるわけでありますが、幾らストライキやっても
話し合いに乗ってこないので、万策尽きて一月の五日に組合から新潟の
地方裁判所に、これは異例でありますけれ
ども、団体交渉に応じてほしいという仮処分の申請をやったのです。これは大体前例はあまりないのです。そこでつまり裁判所も困ったわけでありまするけれ
ども、裁判所もとうとう、それはまあすべてけんかは
話し合いから始まるわけなんだから、地労委の言い分も聞かぬ、耳もかさぬと親方が言うなら、私のほうで処置して、ひとつ審尋ですか、両方の
意見を聞いてひとつ話し合うという仮処分というものを、あまり裁判所としても判例はないけれ
ども、団体交渉に応じてほしいという仮処分の申請がある限りにおいて、ほうっておくわけにはいかぬからという形にして、
労使双方を呼んで審尋をやったわけです。さすがに会社側は裁判所の説得と言い分に対しまして、それでは
話し合いましょう、こういうことになったわけでございまするが、そこで一月十一日に和解調書というものが出て、そして、ともあれ団体交渉の糸口が設けられたのでありまするけれ
ども、両方が会って
話し合いの開口一番に会社が何を言ったかと言うと、いままでは七万五千円の要求に対して一万三千円を出すと言ったのだけれ
ども、今度はもう一文も出さないのだ、ゼロだということを言って、社長はとにかく退陣をしてしまったというような形で、全くはしにも棒にもかからないんだと。自来、やはりこの十二月十五日から入ってつまり八十三日目、ちょうどこの前の労働
委員会で、非常にどろ沼になっちゃっているからという話をしようと思ったのですが、これが一昨日解決がついたわけでありまするが、そういうような過去の
経緯を経過しているわけでありまして、実は新潟県議会はいま二月県議会を開いているわけでありまするが、その中で、県の産業経済
委員会で、地労委は一体何をしておったんだ、幾らそういう会社側が頑迷で応じないといっても、地労委はかりそめにも法的背景の中でつまり説得もし、そしていろいろあの手この手でするところの権威ある時の氏神じゃないか、それが手をこまねいてそういう形でおったというようなことはどうして起こったのかという点で、やはり県会の中でも問題になっているわけであります。そういうような
関連の中で、私もやはりこれを指導する新潟県評の顧問という
立場におりますので、この間に陸運
局長であるとか、あるいは労働基準
局長であるとか、あるいは地労委の会長、事務
局長、それから商工労働部長、それから商工
会議所の会頭について、ひとつこれはどちらがいい悪いでなくて、始まりがあれば終着駅があるはずなんだから、解決する
方向に、かりそめにも、公営企業であるなしは別として、新潟のような破壊された都市の中で百台のハイヤーの動きというものは重要な交通機関であるから、誠実をもって、どちらを助けてくれ、どちらがいい悪いということは言わぬが、ただ、解決の
方向のムードを
関係の機関がつくるべきじゃないかということは言っておいたわけでありまするけれ
ども、結局は、結論的には商工
会議所の会頭がこれのあっせんを買って出て妥結をしたというわけでありまするので、そういった点があり得るということでありまするので、問題は、これは出先の労働基準
局長あるいは労働基準局は、ハイヤー、タクシーの賃金の体系について、少なくとも本俸と歩合給との
関係において、やはり行政指導というものにつきましては最大限努力して、一日も早くこれが解決の
方向にいくことを望んで動いておるという点については、確かに私はその事実を認めたのでありまするけれ
ども、問題は、この地労委の
あり方とか、そういったようなものについて非常に問題があると思いますし、給与体系、これは氷山の一角でありまして、全国のハイヤー、タクシーの中に起こる
労使の
紛争というものは、非常に実は他のものと異質のケースを持っておる、こういうような
関係にありまするので、そういう点について、ここで済んだものについてどうこうというわけでありませんけれ
ども、問題は、どういう結果で妥結したかと申し上げまするというと、やはり給与体系は、本俸は七〇%出す、水揚げが三〇%というような
関係で、まあ非常にいい形に
——それから、この一時金の問題についても、世間並みなものを今後処置するというふうな、水揚げも、つまり歩合というものを言えば、分割払いというようなことはしない、犠牲者は一人も出さないのだという形で、これが二十二日の日が全車が
復元をしておるわけです。こういう結果に終わっておる。そういったようなことで、一応以上申し上げたように、大体この北越製紙、
昭和石油、都タクシーも、これは特徴的な異変の問題でありまして、これはおそらく私の小さな経験でとらえたのはこれが初めてでありますけれ
ども、広い世間の中には、こういうきしんだ異質の係争があるのではないかと思いまするので、この辺はやはり十分行政指導して、やはり
労使関係という問題について意識してやってもらわないと、一度あったことは二度あっちゃたいへんだと、こう思いますのでお尋ねするわけであります。