○松井誠君 ただいま御
報告になりました、いわゆる
漁業白書に関し、佐藤総理はじめ
関係閣僚に対し、
社会党を代表して数点お尋ねをいたしたいと思います。
今回の白書は、昨年度第一回のそれに比べまして改善されてはおりますけれども、それにもかかわらず、依然としてやはりわれわれは根本的な不満を抱かざるを得ないのであります。それは、この白書が分析の焦点をはずしたために、
日本漁業の真の苦悩を浮き彫りにすることができず、かえって、むしろ問題の所在をおおい隠しておるからであります。
日本漁業は、御
承知のとおり、零細な
沿岸漁業、中小
漁業、あるいは国際的な大資本
漁業と、規模の異なる
漁業が並存する特殊な構造をなしております。そして国家権力は、これに対して、
漁業制度という名において許可あるいは免許を通して介入し、
漁業総生産の約九〇%がそれによって規制されておるのであります。
もともと白書の現状分析の役割りが、沿岸や中小
漁業の振興政策を打ち立てるにあるとしますならば、当然この
日本漁業の特殊な構造、各階層間の複雑な対立相克、その中で果たす
漁業制度の役割り、そういうものに分析の焦点を合わすべきであったのであります。ところが白書は、この観点を全く欠いておるのであります。当然の結果として、分析は現象の平面的、羅列的な解説に終わり、その本質を究明し、その振興対策を立てるという肝心なところでほとんど沈黙してしまうので−あります。
そこで、まず私は、白書が沈黙したその最大の問題点、すなわち、
日本漁業の二重構造の是正について、総理及び農林大臣にお伺いいたしたいと思います。
戦争によって壊滅的な打撃を受けた
日本の大資本
漁業は、国家の強力なバックアップによって急速に復活いたしました。それは、単に復興金融金庫や、あるいは
開発銀行の融資を通してだけではなくて、
漁業許可を圧倒的に大資本
漁業に集中するという
漁業制度の運用によってそれが可能になったのであります。かくして、資本金一億円以上の十三社のみで
漁業生産の四〇%を直接あるいは間接に支配するに至りました。その頂点に立つ水産三社あるいは五社といわれる一握りの
漁業独占資本は、許可制度によって守られた独占的な漁場の中で膨大な超過利潤を獲得し、そのおかげで、いま文字どおり七つの海に雄飛しておるのであります。
そして一方、全国二十五万世帯に及ぶ零細な
沿岸漁民の状態はどうでございましょう。白書によりますと、
昭和三十八年度の
沿岸漁民の漁家所得が一五%の伸びを示し、他産業従事者との格差も改善されたと
報告しております。しかし、それでもなおかつ全都市勤労者世帯に比べて三割も低く、しかも、その低い漁家所得の約四〇%は
漁業外の兼業所得であること、また、
漁業所得の伸びも、そのほとんどが水産物価格の上昇という不安定な要素によってささえられておるということを注目すべきでございましょう。しかし、最も重要なことは、この低所得の
沿岸漁民の中に起きておる激しい階層分化の状況であります。
沿岸漁民の中で漁船を持たない漁民、あるいはせいぜい無動力船という前近代的な生産手段によって生活をささえている漁民が、全体の三分の一近くを占めておりますけれども、その無動力船層の世帯当たり年間の
漁業所得は十八万円、兼業所得が三十三万円、低い
漁業所得の中で兼業化が急速に進んでおることを示すこの数字の中に、
漁業外に締め出されまいとして必死にしがみついている漁民の姿があるのであります。そして、それ以下の漁船を使用しない漁民に至っては、
漁業政策の対象ではないという意味でございましょうか、白書は分析の対象にさえもしていないのであります。
この
日本の底辺ともいうべき
沿岸漁民とその上にそびえ立つ
漁業独占資本、まさに繁栄の中の貧困といわなければならないのであります。(
拍手)ひずみ是正の
政治がもしも本物であるならば、この典型的なピラミッド型の二重構造の矛盾を放置しておいてよいはずはございません。
われわれは、かねてから、大資本
漁業の規制なくして沿岸中小
漁業の振興はあり得ないと主張してまいりました。
漁業においては、漁場と資源の拡大に対して自然的な制約が強いという
漁業生産の実態だけからいっても、われわれの主張は当然の結論だと思うのであります。私は、総理及び農林大臣に対して、
漁業政策の最大の眼目は、この二重構造の是正にあるとお考えになるかどうか、もし、そうとするならば、大資本
漁業の規制は必然ではないか、御所見をお伺いいたしたいのであります。
次に、
沿岸漁業について二点、農林大臣にお尋ねいたします。
その一は、
沿岸漁業の中核としてどんな経営組織を育成しようとするのかということであります。
農業政策においては、とにもかくにも自立経営農家を中核とすることを明らかにしております。ところが、
漁業においては、従来必ずしも明瞭ではなく、そのことがまた
沿岸漁業政策混迷の一因をなしておったのであります。
元来、
漁業は農業と異なり、土地私有に縛られないだけに、協業育成の条件はより整っているはずであります。われわれは零細漁民を切り捨てず、しかも、生産力を発展させる組織形態として、民主的な
漁業協同組合を
中心とする協業方式を提唱してまいりました。しかるに、最近
政府においては、個別経営としての中核的漁家を育成するという考え方が固まりつつあるやに見えるのであります。この考え方は、中期
経済計画においては、すでに明瞭に打ち出されておりますけれども、白書においても、使用漁船三トンないし五トンの漁家が、主として家族労働に依存し、かつ
漁業所得のみで生計をまかなえるところがら、これを中核的漁家と
規定して、この考え方を示しておるのであります。
しかしながら、この考え方は、すでに農業において破産宣告を受けたにひとしい自立経営農家方式の
漁業版ともいうべきものでありまして、われわれの断じて容認し得ないところであります。それは、それ以下の規模の漁民を
漁業外に無理に排出する切り捨て政策に通ずるばかりではございません。農業におけると同じように、
漁業においても自立可能な経営規模は常に上昇しつつあるのでございまして、このことは白書自身も認めておるところであります。にもかかわらず、中核的漁家の規模を固定的に考えるとすれば、それは単なる切り捨てに通ずるばかりでなく、生き残った
沿岸漁民を沿岸に縛りつけておくものだといわなければならないのであります。農業の苦い経験に照らしまして、大臣の御意見をお伺いいたしたいのであります。
第二点は、養殖
漁業の問題であります。
沿岸における漁船
漁業は、
漁業制度の壁が主要な原因となって、いまだに過剰人口に悩んでおります。そこで
政府は、この沿岸にあふれる漁民を沿岸で消化するための
一つの方策として、最近、とる
漁業から育てる
漁業へというスローガンのもとに、養殖
漁業をはなばなしく登場させたのであります。養殖
漁業は、
政府の政策によって斜陽化した漁船
漁業にかわって、
漁業構造改善事業の
中心にすわったのであります。これは、
漁業における選択的拡大政策ということができるでございましょう。
ところが、この養殖
漁業も、白書自身が認めておるように、
昭和三十六年以来所得の伸びは鈍化し始め、
沿岸漁業のホープに早くも暗い影がさし始めておるのであります。原因はいろいろございます。たとえば、白書によれば、カキ養殖は生産が一八%伸びたにかかわらず、いや、むしろ、不幸にも伸びたがゆえに価格は下落し、所得はかえって五%の減少となったのであります。また、ノリ養殖は、いま韓国ノリの年間五億枚にのぼる大量輸入の声におびえております。水産王国といわれる
日本の水産物輸入が、自由化を契機として
昭和三十八年には文字どおり倍増しておるという事実、そして、それがまたほとんど
沿岸漁業の漁獲物と競合するという事実が、これらの不安に拍車をかけておるのであります。農産物の選択的拡大政策とまさに同じ運命が
漁業にも待っておるのであります。
沿岸漁民は、失敗を二度繰り返す力はございません。この漁民のだめに、責任を持って進めておるこの養殖
漁業を取り巻く多くの不安をいかにして除去しようとするのか、特に、最近行なわれた日韓貿易
協定に伴い、韓国水産物の輸入に対し、いかにして
日本の
沿岸漁業を守るのか、具体的にして責任のある御答弁を期待いたすものであります。
最後に、
漁業労働者の問題について、農林、運輸、労働の各大臣にお伺いいたしたいと思います。
中小
漁業においては、使用漁船トン数十トンないし三十トンの経営体がその過半数を占めておりますが、そこに働く労働者の賃金は、白書の
報告するところによれば年間二十三万円、同規模の製造業の労働者に比べてはるかに低いのであります。そればかりでなく、賃金形態も、全歩合制という漁獲高だけによって賃金額が決定される古い形態が、中小
漁業の三割を占めておるのであります。また、賃金のみならず、他の労働条件や労働環境も他産業に比べてきわめて劣悪であることもまた周知の事実であります。いまこれらを早急に改善することは、ただに人間尊重のたてまえから当然であるばかりでなく、中小
漁業当面の最大の課題ともいうべき労力不足を解消するためにもきわめて必要であります。
そこでお伺いをいたしたいと思います。
漁業法によれば、労働法規を順守しない経営者には
漁業許可を与えぬことを明記してあり、
昭和三十七年、
漁業法
審議の際、
附帯決議にもうたわれておりますけれども、その運用の実態は一体どうなっておりましょうか。また、一九五九年に成立いたしました
漁業労働者に関するILO
条約百十二、百十三、百十四の各
条約は、まだ批准を見ておりませんけれども、批准の意思があるかどうか、あるいはまた、漁船労働者に対する船員法の適用範囲をさらに拡大するとともに、労働保護法規除外の
規定を廃止する意思があるかどうか、その他、労働条件や環境改善のためにいかなる具体的な
措置をとるおつもりか、
関係各大臣の詳細な御答弁をお伺いして質問を終わりたいと思います。(
拍手)
〔
内閣総理大臣佐藤榮作君
登壇〕