○宇佐美参考人 最初に、当面の金融経済情勢に関しまして所見を申し述べて御参考に供したいと存じます。お聞き取りをお願いいたします。
日本銀行は御承知のように去る一月九日に公定歩合の一厘引き下げを行なった後に
事態の推移を慎重に見守ってまいりましたが、その後も貿易
収支を中心に国際
収支の改善は順調に進み、一方国内経済面におきましても、生産の調整、企業マインドの鎮静など経済活動全般に落ちついた様相が定着いたしました。他方倒産の増加などを背景に行き過ぎた不況感すら台頭するに至ってまいったのであります。私
どもといたしましては、このような状況になれば景気調整の効果は十分に浸透し、ここで金融引き締めのおもしを取り除いても先行きさしたる懸念はないものと判断いたしまして、また行き過ぎた不況感を払拭することにも役立つのではないかと配慮をいたし、この際さらに公定歩合を引き下げて引き締めを解除するのが適当であると
考えまして、去る四月三日から日歩一厘引き下げを実施した次第でございます。
今回の引き下げと同時に、市中の貸し出し増加額規制の面におきましても、ほぼ市中の申し出額に近い規制額を定め、これにより、三十八年暮れから始まっておりました金融引き締め政策をほぼ解除したわけであります。今回の引き締めは、当初その効果があがるのはなかなか容易ではないと
考えられていたのでございますが、幸い輸出の予想外の好調な伸びもございまして、さほど長期にわたることなく所期の
目的を達成することができ、ましたことは、御同慶の至りに思うのであります。
しかしながら、引き締めが解徐されても、景気は御承知のとおりなかなか急速には立ち直らない様相を呈しております。それは金融引き締めが解除されても、商品の需給面における供給過剰傾向とか、あるいは個々の企業における企業
収益の悪化といったような問題が、目先短
期間で解決されるめどが立ちません。これが企業の態度を慎重ならしめているところと思うのでございます。供給過剰といい、企業
収益の悪化といい、実は三十六、七年の引き締めが終わった後において残された問題、たとえば賃金コストの上昇、資本コストの上昇、企業財務の悪化、消費者物価の騰勢などのいろいろの点が集約されたものでございまして、これを量産と無理な売り込みといった形で解決しようとして失敗した結果残されたものであると言うことができるのではないかと思うのでございます。
過去においては、なるほどこういった問題を量産、シェアの拡大といった形で克服した例も少なくなく、またその結果として、
日本経済全体として
世界でも珍しい高度成長を遂げたという事実も否定し得ないのであります。しかしながら、
日本経済の基盤はここ数年のうちにかなり変化してきており、過去のような形をいつまでも続けられる環境ではなくなっておるのであります。先般の山陽特殊鋼の倒産は、真に遺憾な事件でございますが、私
どもとしてはその教訓をかみしめ、反省せねばならぬと
考えております。
わが国が八条国となり、開放経済体制へ移行してからちょうど一年を経過したわけでございますが、その間、米国の国際
収支対策の強化、ポンド不安、国際通貨制度をめぐる論議の展開などがあり、国際経済環境も必ずしもこれまでのように長短外資を大量に取り入れて経済の拡大を行なうことが安易に許されるような状態ではなくなってきております。今後のわが国経済の方向は、好むと好まざるとにかかわらず、こういった内外両面の要因から、安定成長を目ざさざるを得ないと
考えております。
今後の経済の見通しについては、一部に、設備過剰、在庫過剰から景気の自律的な回復はとても期待できず、今後とも長期にわたって不況が尾を引くのではないかという見方もあるようでございますが、設備過剰や在庫過剰の傾向はむろん幾つかの業種を中心に引き続き問題ではありますが、それだからといって、全体としての景気回復が見込み得ないという状態ではないのではないかと思っております。需要面で見ますれば、輸出が著しく好調であるほか、個人消費、財政支出が今後とも着実に増加していくものと見込まれております。これらの需要が強かったにもかかわらず、昨年後半来、需要全体や生産の伸びが停滞したのは、もっぱら企業投資が減少したからでありますが、最近では原材料在庫の調整はほぼ一巡し、目先については若干の補充の動きも見込まれるような状態になってまいりましたし、設備投資につきましても、先行指標である機械受注で見ますると、このところ下げどまった傾向がややうかがわれてきておるのであります。したがって、今後は輸出、個人消費、財政支出といったような需要にささえられて、総需要の伸びは次第に回復していき、これに伴いまして景気はゆるやかながらも自律的な回復に転じていくのではないかと
考えております。
もちろん過去において、引き締め解除後、比較的短
期間のうちに在庫投資、設備投資が増加に転じ、これに伴いまして景気回復のテンポがかなり急速であったことに比べますと、今回の場合は、企業の投資態度が引き続き慎重であるところからして、景気が回復に転ずるといっても、そのテンポがかなり弱いものにとどまることは否定できません。しかし、現在企業の投資態度が慎重なのは、過去数年来の設備投資の行き過ぎや、これに伴う無理な量産や、売り込み競争の結果、企業経営上にいろいろの問題が表面化し、これに対する企業の反省や問題意識が強まってきたところに原因があるのであります。したがって、たとえ当面は景気の回復テンポがゆるやかでありましても、こうした企業経営上の諸問題の解決を進めるために、ここしばらくは現在見られているような業界の調整気がまえが持続されていくような環境を続けることが、長い目で見たわが国経済の発展にとっては何よりも肝心なことだろうと
考えておるのでございます。
なお、当面の企業経営上の問題といたしまして、企業間信用の膨張が大きは問題になっていることは御承知のとおりでございます。企業間信用につきましては、経済規模の拡大、構造変化により、ある
程度膨張するのはやむを得ない
事情もあるのでありまするが、といって、現状が過大であるということも事実でありまして、これが企業の健全な経営にとって種々の困難な問題を引き起こしている点は無視できないものと
考えております。
日本銀行といたしましても、このような観点から、常時企業間信用の問題につきましては検討を行なっており、銀行に対しても、融資にあたって企業間信用を減少せしめる方向で
考えてほしいということを指導してまいっております。ただ、現在の企業間信用の累積は、供給過剰傾向が漸次強まりつつある中で企業が与信拡張を通じて売り込みをはかったことから生じているものであり、金融面からの対策のみで一挙にこれを解きほぐすことはむずかしいと存じます。いましばらく時間をかけて、企業間信用が保々に解消していくような環境づくりに努力していきたいと思っております。
最後に企業の金利負担と関連いたしまして、公定歩合引き下げ後の市中貸し出し金利の動向でございますが、これまでのところ一月の公定歩合引き下げ後も、市中の貸し出し金利の低下のテンポは従来に比べましてやや緩慢であったように思われます。しかしこれは前回の引き下げが新規貸し出しがあまり増加していない時期に行なわれたことや公定歩合の再引き下げ待ちであったことなど、主として時間的なズレに起因しているものと思うのであります。現に三月には手形書きかえの進捗もございまして、前月、前々月に比べ貸し出し金利の下げ幅は拡大しており、今後四月以降は公定歩合再引き下げの影響も加わりまして、また四月には並手の自主規制金利も引き下げられておりますので、市中貸し出し金利の低下は今後次第に本格化するものと
考えております。
日本銀行といたしましては、先般市中貸し出し金利の引き下げについて配慮してほしいということを銀行協会に対して申し入れておりますが、今後ともその動向には十分注意してまいるつもりでございます。
以上、はなはだ簡単でございますが、お指図によりまして最近の金融の情勢を御報告申し上げました。