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1965-03-31 第48回国会 衆議院 社会労働委員会 第14号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和四十年三月三十一日(水曜日)    午前十時五十二分開議  出席委員    委員長 松澤 雄藏君    理事 井村 重雄君 理事 小沢 辰男君    理事 齋藤 邦吉君 理事 澁谷 直藏君    理事 河野  正君 理事 八木  昇君       伊東 正義君    熊谷 義雄君      小宮山重四郎君    坂村 吉正君       田中 正巳君    竹内 黎一君       地崎宇三郎君    中野 四郎君       橋本龍太郎君    藤本 孝雄君       松山千惠子君    粟山  秀君       淡谷 悠藏君    伊藤よし子君       滝井 義高君    八木 一男君       山口シヅエ君    受田 新吉君       本島百合子君    吉川 兼光君  出席国務大臣         厚 生 大 臣 神田  博君  出席政府委員         厚生事務官         (大臣官房長) 梅本 純正君         厚生事務官         (援護局長)  鈴村 信吾君  委員外出席者         大蔵事務官         (主計官)   船後 正道君         厚生事務官         (援護局援護課         長)      木暮 保成君         専  門  員 安中 忠雄君     ————————————— 三月三十一日  委員本島百合子辞任につき、その補欠として  受田新吉君が議長指名委員に選任された。 同日  委員受田新吉辞任につき、その補欠として本  島百合子君が議長指名委員に選任された。     ————————————— 本日の会議に付した案件  連合審査会開会に関する件  戦傷病者特別援護法の一部を改正する法律案(  内閣提出第六六号)  戦没者等遺族に対する特別弔慰金支給法案(  内閣提出第六七号)  戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正す  る法律案内閣提出第六八号)      ————◇—————
  2. 松澤雄藏

    松澤委員長 これより会議を開きます。  内閣提出戦傷病者特別援護法の一部を改正する法律案戦没者等遺族に対する特別弔慰金支給法案及び戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案の三案を一括して議題とし、審査を進めます。  質疑の申し出がありますので、これを許します。淡谷悠藏君。
  3. 淡谷悠藏

    淡谷委員 戦没者等遺族に対する特別弔慰金支給案参考資料の十ページ「第四実施機関」の問題で、ちょっと事務的な点につきまして二、三御質問したいと思いますが、「特別弔慰金を受ける権利の裁定は、これを受けようとする者の請求に基づいて厚生大臣が行なうものとし、」これはずいぶん請求をした人があると思いますが、この請求を退けて、その次の審査段階に入っておりますものは、この今度の支給法案は別ですが、恩給年金等で、どれくらいの数になっておるか、伺いたいと思います。
  4. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 お答えいたします。  遺族年金について申し上げますと、受付件数が二百十五万千三百七十件受け付けております。そのうち可決いたしたものが二百五万六千六百二十七件、それから却下いたしましたものが九万二千九百五十六件、合計二百十四万九千五百八十三件を裁定いたしておるわけであります。したがいまして、その残り裁定は千七百八十七件ということになっております。ただいま申し上げました数は遺族年金とそれから弔慰金と両者含んだ数でございます。  それから次に遺族給与金弔慰金を含んだ数を申し上げますと、十万六千三百十一件受け付けております。その中で可決いたしましたものが九万九千二百二件、却下いたしましたものが五千百八十一件、合計十万四千三百八十三件を裁定いたしておるわけであります。したがいまして未裁定件数が千九百二十八件でございます。  それから次は障害年金障害一時金でございますが、これは受付合計が六万三百五十三件であります。その中で可決いたしましたのが、年金と一時金に一応分けて申し上げますと、年金が五万六千七百七十三件、一時金が四百二十四件であります。却下いたしましたものが両者合わせまして三千三十九件、合計で六万土百三十六件の裁定であります。したがいまして残りの百十七件が未裁定件数、こういうことになっております。  結局、いま申し上げました三者の合計の数でいきますと、二百三十一万八千三十四件の受付に対しまして、可決が二百二十一万三千二十六件、却下が十万千百七十六件、合計裁定件数は二百三十一万四千二百二件ということになります。未裁定件数合計が三千八百三十二件、こういうことになっております。
  5. 淡谷悠藏

    淡谷委員 いまの御答弁軍人軍属、準軍属一般邦人含めての数ですか。
  6. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 最初申し上げました遺族年金軍人軍属両者が入っております。それから遺族給与金は準軍属でございます。障害年金障害一時金は軍人軍属、準軍属三者の合計でございます。
  7. 淡谷悠藏

    淡谷委員 いま実は資料の配付を受けたのですが、いまのうちに一般邦人が全然入ってないですね。
  8. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 援護法におきましては、一応軍人軍属それから準軍属というこの三者に対しまして給付をいたしておるわけでありまして、その他の一般邦人については一応給付の対象になっていないわけでありますので、援護法上の給付受付及びそれに対する裁定ということになりますと、軍人軍属、準軍属の三者にしぼられてくるわけであります。
  9. 淡谷悠藏

    淡谷委員 そういたしますと、この「今次大戦における死没者等推計数」の中の軍人軍属、準軍属の範囲内では、ほとんど未請求のものがないといってもよろしゅうございますか。数が大体合っているようですが……。
  10. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 いま仰せのように、軍人軍属、準軍属につきましては、われわれ大部分の方が請求をしておられるというふうに理解しておりますが、ときたま請求漏れの方が発見されますので、われわれもできるだけそういう請求漏れの方のないように県庁等を通じ、また市町村を通じて周知徹底をはかっておる次第であります。
  11. 淡谷悠藏

    淡谷委員 目下審査中のものは何件ぐらいありますか。
  12. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ただいま申し上げました未裁定件数、つまり遺族年金弔慰金で申し上げますと千七百八十七件、遺族給与金弔慰金千九百二十八件、障害年金障害一時金百十七件、これが未裁定ということをただいま申し上げたわけでありますが、合計三千八百三十二件が一応現在われわれが手元で検討しておる数ということになるわけでございます。
  13. 淡谷悠藏

    淡谷委員 長いのは何年ぐらい審査を続けておりますか。
  14. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 いまの内訳で申し上げますと三千八百三十二件のうち受け付けから三カ月未満のものが三千三十件でございます。それから三カ月から六カ月未満のものが五百二十八件、六カ月から一年未満のものが二百五十件、一年から二年未満のものが二十四件、二年以上のものはいまのところない次第でございます。
  15. 淡谷悠藏

    淡谷委員 一番数の少ない三十四件の一年ないし二年というのですか、これは何か特別むずかしい事情があって長くなっておりますか。どういう内容ですか。数が少ないようですから、内容の御説明を願いたい。
  16. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 何しろすでに二十年以上前のことでございますので、たとえば当時の疾病にかかった状況とか、場合によってはもう死亡診断書等もないような方もございますので、近親の人の証言とかいろいろな資料を集めるわけでありまして、そういう関係でいろいろ資料集めに時間を要しているものが大部分だと思います。
  17. 淡谷悠藏

    淡谷委員 資料がはっきりしながら、なおきまらない案件があるのじゃないですか。
  18. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 たとえば事実婚の関係等につきまして、いろいろ資料は出ておりますけれども、資料の中に若干矛盾した事項があったりいたします場合に、さらにそれを個々に調査いたします関係もございまして、資料は一応出ておるけれども、さらにそれを検討しなければならぬという案件もあるわけでございます。
  19. 淡谷悠藏

    淡谷委員 矛盾した点というのは具体的にどういう点があらわれておりますか。
  20. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 一例をあげますと、事実婚の場合でございますが、市町村長証明は、これは事実婚であるとみなされるというような証明がついておるのに、その他の近親者証明ではそうじゃないというような案件がある。あるいは居住証明書といいますか、住民登録票みたいなものにはだれだれの内縁の妻と書いてあるけれども、本人証言ではそうでないというようなことを言っておる。そういうような場合等が一つの例としてあるわけでございます。
  21. 淡谷悠藏

    淡谷委員 これは受け取るほうの側の資料でございましょうが、実際戦傷病者のほうで何か病気種類で、あるいは戦地発病しないが、内地へ来てから発病したのが戦争影響があるかないかというような問題でひっかかっておるものはございませんか。
  22. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 そういう場合もございます。実は、一度われわれが却下したものについて不服が出ますと、厚生省にあります援護審査会において慎重に検討いたすわけであります。特に援護審査会委員の中には医師である力が若干おられまして、特にこの疾病公務と見るかどうか、疾病公務性等につきまして、いろいろ問題が出てまいるわけでありますが、そういう件につきましては、特に医師である委員の方の意見も十分尊重いたしまして裁定、そういうことになるわけでありますが、そういう点で特定の疾病公務と見るかどうかというようなことでいろいろ時日を要する場合があるわけでございます。
  23. 淡谷悠藏

    淡谷委員 これは審査の手続だけじゃなくて法そのものの不備によるものもあると思うのでありますが、何か病気種類でひっかかっているというような事例はありませんか。たとえばハンセン氏病だとか精神病だとか、病気種類公務によるものと断定できない、あるいは戦争関係ないということで、ひっかかっておる事例が二、三あるはずですが、これを率直にお聞かせ願いたいと思います。
  24. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 たとえば精神病等につきまして、場合によってはこれは戦地勤務影響等、非常に戦地で特殊な生活環境にあって、また特殊な困難な地位にあったために、それが原因でそういう精神障害を起こすというふうに見られるケースもあるわけでございますが、また逆に、むしろそういう精神障害本人入隊以前から持っておったものであって、本人勤務状況等からして特別な精神的な負担があったと思われないというようなケースもあります。そういうような場合には、むしろ、これは入隊前の精神障害によるものであって、戦争中の勤務による影響はあまりないというようなふうに考えられる場合もあるわけであります。
  25. 淡谷悠藏

    淡谷委員 戦地精神病状態が起こったときは別段問題はない。戦地精神病状態になった、これはいかがですか。
  26. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 戦地でそういう状態が起こりました場合、たとえば非常に戦地勤務影響が多い、特殊な生活環境、あるいは職務上の特殊な性格からそういう戦地勤務による影響が非常に大であると思われるような場合には、公務傷病としてとられる可能性が非常に強いと思いますが、逆に、必ずしもそういう生活環境にない、また職務上もそういう状況にはなかったというな場合で、むしろ過去にそういう精神障害のある人だったというような場合でありますと、たまたま戦地でそういう状況が出た場合でも、むしろ従前の精神障害が再発したと申しますか、そういうふうに考えられる場合があるわけでありまして、その辺は個個の事情によって違ってくるのではないかと思うのです。
  27. 淡谷悠藏

    淡谷委員 戦争精神病との関係というのは非常に密接な関係があるというふうに聞いておりますし、特に恩給法の第四十九条ノ三の、いわゆる別表ですが、この別表を見ますと、精神障害にたいへん重点が置かれておるわけですね。特別項症の第二項に、「重大ナル精神障害ノ為常ニ監視ハ複雑ナル介護ヲ要スルモノ」第一項もやはり精神障害が出てきておる。これが具体的な例として問題になるならば、どういう点なのか。たとえば戦争に行く前にその精神障害あるいは精神病の系統があって、戦争へ行ってからやはりその刺激で激しくなったりあるいは潜伏しておったのが出てくるといったような例はないでしょうか。
  28. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 お答えいたします。  精神病にもいろいろ種類があるわけでございます。たとえば、精神分裂病とか、あるいは欝病、躁病いろいろな種別があるわけでございますが、われわれが公務性を判定いたします場合には、それぞれの病気に特異の症状、幻覚でありますとかあるいは妄想でありますとか、憂うつ症とか、そういうものの特有の症状発現がいつあったかということで、その発現をもって発病と見るという例が多いわけでございます。
  29. 淡谷悠藏

    淡谷委員 この一年間ないし二年間審査を続けております事件の中で、二十四件あるというのですが、何件くらい精神病ケースがあるのですか。
  30. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 いま、ちょっとここに資料を持ち合わせておりませんが、この二十四件の中には精神病は非常に少ないように聞いております。
  31. 淡谷悠藏

    淡谷委員 二十四件という件数自体が少ないのですから、それはまあ精神病も少ないのはあたりまえでしょうが、一件でも二件でもあれば、これは本人にとっては非常な大事だと思うのです。特に戦争の場合ですから、これは戦地発病したのか、戦争影響があったのかということは、なかなか判断がむずかしいと思う。これはやはり一つ社会保障立場からも見、遺族援護立場からも見ましたならば、あまりに学理的につじつまを合わせるよりも、実際の病状に応じて処断されたほうが、遺族としてはたいへん助かると思うのですが、これは大臣方針はいかがでしょう。
  32. 神田博

    神田国務大臣 いま淡谷委員のお述べになりました点について、私も全面的に賛成でございます。この法の精神からまいりましても、また今日この会社情勢を考えましても、そういうあたたかい扱いをすべきものだ、私はこういうふうに考えております。きょうはたいへんいいお尋ねをいただきましたので、私も十分ひとつ部内で御相談といいますか、省議を固めて処置いたしたい、こう考えます。
  33. 河野正

    河野(正)委員 いま淡谷委員の御指摘になった点について、関連をして一言お伺いをいたしておきたいと思います。  戦争という一つ要素精神病あるいは神経症にどういう影響をもたらすかという点が、これは一つのキーポイントになると思います。元来これは当時の日本国軍の基本的な考え方だと思うのですけれども、戦争という要因精神上に及ぼす影響というものが非常に少ないのだというふうな一つの観念に私は立っておったと思うのです。ですからこれは正直申し上げますが、はたして実際現状がそうであるかどうかということについて、私も若干経験を持っておるわけです。そしてその当時、いろいろ制約がございますから、非常に明確な表現は使わなかったわけでございますけれども、しかし、私は、西部戦線の際にも言われておりますように、やはり日本の当時の皇軍ですね、国軍の中にもやはりクリークスノイローゼというものはあり得る。要するに戦争というものの一つモメントというものが精神上に及ぼす影響というものはかなりあるのだということを、ある種の統計を通じて当時の軍医団雑誌にも若干論文を発表いたしております。もう少し明確に表現したいわけであったわけですけれども、いろいろ出時の制約等もございまして、非常にゆるやかな表現でやっておりますけれども、当時日本軍医団雑誌もやはりそれを掲載いたしておるわけです。だから、戦争というモメントというものが精神上に及ぼす影響が非常に大きいということを科学的にも否定することはできないと私は思うのですよ。それが一つ。  もう一つは、戦争前から、軍隊入隊する前からあったのかどうかということが公務傷害になるかならぬかという一つの条件になってきますけれども、しかし、当時の入隊させるいろいろな基準がありますが、その際にやはり精神病という既往症があれば当然その当時でもチェックしておったと思うのです。私も当時軍医でそれぞれ身体検査等をやって、いろいろ既往症などの調査をして、そしてそういう前歴がある人は軍隊に入れぬ、そういうたてまえを一応とっておったと思うのです。ですから、そういうたてまえをとっておったとするならば、やはり軍隊入隊後新しく起こってきた精神異常というものは、やはり戦争というモメントによって起こってきたという判断を下すのが私は至当ではなかろうか、こういうふうに思います。そういたしますと、一つは、入隊以前からあったとかなかったとかいう問題は、もうすでに軍隊入隊させたという一つの事実から、私はそれは当然考慮さるべきだと思いますし、それからもう一つは、当時は日本軍隊でいろいろやかましく言っておったけれども、やはりクリークスノイローゼというものはあり得る、戦争によって影響を受けた神経症精神障害というものはあり得るという科学的な調査があるわけでありますから、私は淡谷委員が御指摘になりますように、この点は単に社会保障的な意味だけではない、やはりそういう事実というものは明らかに証明されるわけですから、そういう意味からもやはりこの問題については淡谷委員指摘の方向で善処されることが私は妥当だ、こういうふうに考えるわけでございますが、そういう、ただ社会保障的な意味だけではなくて、やはりそういう科学的根拠があるということについてはどういうふうにお考えでございまするか、ひとつ明確にお答えを願っておきたいと思います。
  34. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 お答えいたします。先ほど私申し上げましたのは、過去に、軍隊入隊以前にそういう病気のあった方のことをちょっと申し上げたわけでございますが、そういう方でない場合でありますれば、これが戦地勤務中にそういう病気になられたということであれば、おそらく大部分公務疾病としてとられることになると思います。ただ退職後にそういうふうになられたという場合ですと若干問題があるわけでありますが、戦地発病、しかも過去にそういう病気のない人の場合には、これは戦地勤務中の公務発病というように取り扱われるのが当然だと思います。
  35. 河野正

    河野(正)委員 過去にそういう既往症があった者は原則的には入隊させぬという方針がとられておったと思うのです。ですから、その点は入隊しておるという事実がある以上は、既往症というものは一応否定するというたてまえをとらるべきではなかろうかと思うのです。いまの局長の話では、過去にあった者は云々とおっしゃるけれども、適去にあった者は入隊させぬというたてまえがとられておったと私は思うのです。そうすると、その点についてはやはり明確にしてもらわぬと、少し混同してくると思います。
  36. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 もちろん過去においてそういうことがありましても、軍隊入隊のときに軍医さんが見られて注意しておるという判断入隊させるということが多いと思われますので、一般的には戦中のそういう発病であれば公務と見られる場合が大部分だと思います。この点はいまお話しのとおりだと思います。
  37. 河野正

    河野(正)委員 専門的にわたりますけれども、治癒しておれば、新しく起こった病気というものはやはり戦争がその要因だというふうに理解せざるを得ぬと思うのですね。ただ緩解状態であったということになれば、やはり基礎的要因というものは残っておるのですから、その際には若干疑問が出てくると思うのです。いま局長がおっしゃったように、過去はあったけれども治癒しておるのだということになれば、私は、その軍隊生活を受けた以後起こった疾病というものはやはり戦争という一つモメントによって起こった、こういうふうに理解せざるを得ぬと思うのです。治癒であるか緩解であるかということはきわめて重要な要素を持っておるのです。そこで治癒であれば、当然これは新しく起こってきたというふうに判定せざるを得ぬというのが学問的立場です。ですから、治癒だったならば、やはり戦争後起こった精神病等については当然公務適用が行なわるべきだ、こういうように私は考えます。その点はいかがですか。
  38. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 お説のとおりだと存じます。
  39. 淡谷悠藏

    淡谷委員 大臣、参議院のほうから呼びに来られておるそうですから、二、三重要な点だけお答え願って、おいでを願いたいと思いますが、いまお聞きのとおりの状態で、これは精神病だけではなくて、あと病気でも、科学的なあるいは医学的ないろいろな問題点はございましょうけれども、やはり今度のこの三案の趣旨から申しましても、まあ金額を若干上げるということも大事でしょうけれども、この給付を受けてない立場になっている者をなるべく少なくするというところに援護重点を置かれたほうが的確じゃないかと思うのです。この点については、精神病だけに限らず、現状に即して的確な政治判断をされませんと、戦争というものの性格からみましても案外こうした援護精神にもとるものが多いと思いますので、その点に対する十分なる御配慮を願いたいと思う。  もう一点。これは若干関係のないものでございすが、あと関連性を持ちますから大臣にお聞きしておきたいのですが、最近都内で各種厚生の寮あるいはその他団体の寮と称するうちが相当ふえてきております。実質は、寮の中に一般看板どおりの人が入らないで、会社の重役とか特殊な個人が入っているという例がだいぶあるのです。この数は大体大臣はおつかまえになっておりますかどうか。また寮として許可したものにどういう人が居住しているか。これに注意をされた例はございますかどうか。この二点だけを伺っておきたいと思います。   〔委員長退席井村委員長代理着席
  40. 神田博

    神田国務大臣 淡谷委員の最初の援護の究極の考え方、これは私も同感でございます。いまお述べになった精神のとおり私も考えておりますので、そういう方針のもとでよく担当者に指示もし、またその前に省にも出して戦争犠牲者をあたたかい目で救ってまいりたい、こう考えております。  それから、第二の問題でございますが、これはちょっと私、資料を持っておりませんのでお答えいたしかねます。社会保険の寮ですか、それとも、どういう寮なんでしょうか。内容をもう一度詳しく。
  41. 淡谷悠藏

    淡谷委員 私も実は内容は詳しくは調べておりませんけれども、早急の御答弁を願うのも無理でございましょうから、ひとつ委員長においてこの種の資料提出方をおはからい願いたいと思います。
  42. 井村重雄

    井村委員長代理 承知いたしました。
  43. 淡谷悠藏

    淡谷委員 いま河野委員から言われましたとおり、精神病の問題はいろいろ具体的な例は出てくると思うのです。それで特に私申し上げておきたいのは、一つ法律ができますと、事務段階では確かに法律に応じてやられるのは、これはあたりまえの話なんですが、国会はやはり法律そのもの性格を論じなければいけない。また、あなた方が法律上やりづらいという点があれば直すのがわれわれの義務だと思いますけれども、その点は実際の仕事をされておる皆さんに率直な意見を伺えばよろしいのであります。  精神病のほかにハンセン氏病が問題になります。ハンセン氏病でまだ審査中のものは何件ぐらいございますか。
  44. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ハンセン氏病のケースが非常に少ないわけでございますが、現在、未裁決で残っているものには、たしかハンセン氏病のものはないというふうに考えております。
  45. 淡谷悠藏

    淡谷委員 ないんじゃないでしょう。あるでしょう、実例は。私扱っておりますのも一つございますから、ないはずはないと思うのですがね。
  46. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 二、三カ月前に援護審査会にかかったケースに一件ございますが、それは裁決が済みましたので、いま未裁決で残っているものはないのじゃないかというふうに考えておりますが。
  47. 淡谷悠藏

    淡谷委員 私が扱っております人は中田常蔵という名前ですが、これはどうなっております。
  48. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ちょっと担当者も記憶がないようでありますので、早急に調べて、その上でお答えいたします。
  49. 淡谷悠藏

    淡谷委員 こういうふうな事例は、あるいは遺漏になっているのじゃないかと思いますが、これは二年じゃないですよ。三年以上になっております。これはあとでゆっくり資料を持ってまいりますけれども、このハンセス氏病についてのお考えはどうなんでしょう、戦争との関係は。
  50. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ハンセン氏氏病につきましては、たとえば手足に斑点ができますとか、あるいは知覚麻痺とか、こういうような特有の症状があらわれたとき発病というふうに考えておる次第でありまして、われわれの印象では、援護審査会等におきましても、お医者さんの委員の方もハンセン氏病については比較的同情的と申しますか、そういうふうな考え方で臨んでおられるように理解しておるわけであります。
  51. 淡谷悠藏

    淡谷委員 実際はそうじゃないですね。これは病気性格からいってたいへんに潜伏期が長いという話を聞いております。したがって、さっきの河野委員の発言にもございましたとおり、そういう病気入隊当時にわかっておれば入れるはずがない。戦争によって感染したとしましても、これが発病するのはずっとあとになる場合も往々あるやに聞いておりまするし、また、栄養その他、苦しいああいうふうな勤務でございますから、いままで持っておった素質が誘発されて発病する例もあるということを医療関係の人からも聞いておるのです。この辺の認識はどうなっておりますか、具体的に聞きたい。
  52. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ハンセン氏病について、どの程度にこれを公務として扱っておるかという問題でございますが、事変地とか戦地勤務期間が相当長くて、そうして在職中あるいは退職後比較的短い期間に発病しております場合には大体公務的な傷病ということで扱っておる次第であります。フィリピン方面に船員として出かけておった方で、やはりこの病気にかかられた方につきまして、二、三カ月前でありますが、一件審査会にもかかった例もございますが、いま言いましたように相当長期間潜伏して、しかも戦争中あるいは退職後比較的短い期間に発病したという場合には、大体公務起因ということで扱っておる次第であります。
  53. 淡谷悠藏

    淡谷委員 一体ハンセン氏病の潜伏期間は何年くらいですか。
  54. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 私専門家でございませんので、援護審査会委員の方々のお話では、五年から十年というようなふうに承っております。
  55. 淡谷悠藏

    淡谷委員 これは非常に長い潜伏期間を持っておるということをしょっちゅう聞かされておるわけであります。これなども数は少ないと言いますけれども、さっきの精神病の例にならいまして、やはり現状を認識して措置をされたほうが本人はたいへん助かると思います。私のお願いしております事件なども、これは国立の療養所に入っておる患者、それが子供を学校にやりたいというので非常に援護を希望しておりましたが、それは書類としてあがっておりますが、二、三年まだきまってないのがあります。やはりこれなども、法に不備がありますならば、早急に法改正の手続をとられて、数が多くないだけにこうした人たちの不幸を救ってやるような方針にいかれるのが至当と思いますが、いかがでございましょうか。
  56. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 疾病公務性につきましては、公務として明確にとれるもののほかに、いわゆる故意または重過失によらないものにつきまして公務とみなすという規定もございまして、かなり広くみなし公務という形で公務傷病の扱いとしておるわけでありますで、法的には、いま直ちにこの範囲を広げるという必要性を認めていないわけでございますが、われわれもできるだけとれるものはとって援護の充実を期していきたい、こういうふうに考えておる次第であります。
  57. 淡谷悠藏

    淡谷委員 この例なども、はっきり戦争へ行って発病しておることは事実なんです。国の機関において療養しておる。それでもなお問題が起こっておるようですが、あるいは法の不備じゃないかと思うのですが、その点はないですか。いまの法の中で措置ができますか。
  58. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 援護法も逐次その内容が改善拡大されてまいりまして、公務とはっきり言えないような病気につきましても公務の傷病とみなす規定が入り、またその範囲も拡大されてまいりまして、かなり広い範囲で公務の扱いができることになっておりますので、法の運用さえ具体的に当を得ますれば、特に支障はないのではないかというふうに考えておる次第でございます。
  59. 淡谷悠藏

    淡谷委員 はっきり現地で発病したり、現地で死んだりした人は問題ないと思いますが、やはり審査会にかかってなる事案というのは相当複雑な事情があると思うのです。特に戦地で受けた傷あるいは病気に対する併発症の場合がありますね。大きいけがをした人が、そのけがが原因になってまた別な病気が出たとか、この併発症に対しては公務とみなされるのかどうか、負傷によってそういう病気が起こった場合、両足がないためにいま言ったような障害を起こしたとか、いろいろあるでしょうけれども、こういう併発症の場合にはどういうふうに扱いますか。
  60. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 この点は、昨年御審議いただきまして法改正されたわけでありますが、いわゆる公務傷病に併発して起こった病気でなくなられた、しかも一定の期間内になくなられた場合には、積極的に公務傷病という証明ができないものでも遺族一時金を支給するという制度ができたわけでございまして、その遺族一時金制度によって処置しておるわけでございます。
  61. 淡谷悠藏

    淡谷委員 遺族一時金と今回の特別弔慰金との関係はどうなりますか。
  62. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 今回の特別弔慰金は終戦後二十周年たちましたこの機会に、あらためて遺族の方々に弔慰のまことを披瀝したいという国の意向を率直にあらわしたものでございますが、遺族一時金のほうは、むしろ遺族年金等の支給できない方に対してそれのかわりという意味で出る給付でございますので、根本的に性格が違うものであると理解しております。
  63. 淡谷悠藏

    淡谷委員 ただいまお話のありました一時年金は、特にそういうふうな制度をつくられた理由は、他の従来の援護法ではどうにもできなかった事例をそこへ追い込むという考えですか。
  64. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ただいまの遺族年金の制度は、はっきりした公務疾病あるいは公務という証明は必ずしもつかないものを公務とみなし得る、そういうものにつきまして年金を支給する制度でありますが、そういうふうな公務傷病あるいは公務とみなすこともできないような疾病といたしまして、たとえば公務傷病に併発して起こった病気というような場合で、それが一定の条件にあたる場合には年金にかえて遺族一時金を出すという制度であります。
  65. 淡谷悠藏

    淡谷委員 どうもその年金にかえて一時金を支給するというのは、何かそこに、ほんとうにやったんではやっかいだからという追い込むような観念はないのですか。
  66. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ただいまおっしゃるような意図ではありませんので、やはりたてまえ上、公務傷病または公務とみなすものしか年金が支給できないたてまえになっております。しかしながら一方、そういうふうな公務傷病に併発した傷病で、一定期間になくなられたという場合には、やはり国として何らかの給付を差し上げるのが適当であるということで、いわば年金にかわってという意味でありまして、決しておっしゃるようなやっかいなものをそういうもので独自に片づける、そういったような趣旨のものではないわけでございます。
  67. 淡谷悠藏

    淡谷委員 私はこの三法の精神は、戦没した人、その遺族に対して十分にねぎらってやって、そしてまた戦意を高めるという意味でないことは承知しております。やはり一つの終戦処理として、自後こういう不幸な人を出さないということに法のたてまえがある。したがって一人でも異論のないようにやるのがたてまえですから、数は多いけれども、将来はたしてこういう例が出るとは考えられない。この公務の問題も、規定にはずいぶんやかましい規定があるようですが、「公務上負傷し、又は疾病にかかり、」という文句が各項にあるわけでございますが、大体このきめ方には何か基準があるのですか。あるいは場所、たとえば外地で起きた場合はいいが、一般の人で、国内戦、つまり空襲でけがをし、あるいは死没したという場合は、そのついておる職業によって公務あるいは公務でないということがきまるわけですか。
  68. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ただいまの援護法におきましては、一応国との一定の身分関係、たとえば軍人軍属というような国と身分関係がある者で、公務または公務とみなし得るものでなくなったという場合が一番標準的な例でございますが、そういうふうな方に対して、国家補償的な見地から給付をするということでございますが、さらにそういうふうな軍人軍属というような一定の身分を持った方でなくても、これは準軍属と称しておりますが、たとえば動員学徒でありますとか、その他の、法律にも若干の規定が設けてありますが、一定の国との間に権力関係とか、そういうような関係のあった方に、しかもそれが公務または公務とみなし得る疾病でなくなられるというような場合に給付するということでありますので、そういうふうな軍人軍属あるいは準軍属以外の、つまり一般邦人の方につきましては、一応給付の対象から除外しておるということであります。したがいまして、そういう方々が、たとえばそれぞれの職場におきまして、その職場の各種の共済的な給付を受けるということはあると思いますけれども、援護法のたてまえとしては、むしろそういうふうな軍人軍属あるいは準軍属というような身分あるいは権力関係等にあった力にしぼって給付をしておるということでございます。
  69. 淡谷悠藏

    淡谷委員 きょう配付になりました援護局からの資料を見ましても、二百七十三万八千八百六十二名という死没者の推計数の中で、一般邦人につきましては四十九万九千九百五十三名という大きな数字で、傷病、障害者が二十六万八千八十八名とかなり大きな数です。死没者合計として七十万九千九百三十七名というかなり大きな一般邦人推計数が出ておるわけです。そうすると、この援護法精神は、身分関係重点を置いて、その傷病あるいは死没者といったようなことの原因にさかのぼって戦争というものとは切り離したような感じがするのですが、その点はいかがですか。この一般邦人に対する考え方は、農民だとか、漁民だとかいうようなあの空襲の被害を特に大きく受けました者とか、また職場を持っていない一般市民の方もありますが、そういうような犠牲は見送るという観念ですか。
  70. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ただいまお話しの点でございますが、大東亜戦争がああいうような未曾有の大きな戦いであったために、非常に広大な地域にわたりまして、各種の日本人の方々がいろいろな意味の被害を受けられたわけでございまして、大なり小なり戦争の犠牲になられたわけでございますが、ただ、援護法立場として、国家的な補償をする場合にどこで切るかということが一つ問題があるわけでございます。ただいまのところでは、一応軍人軍属というような、国との身分関係を持った力で一つ切り、それからさらに身分関係はないけれども、国との一定の権力関係等によりまして公務的な傷病でなくなられた方、そういう方も準軍属としてこれを給付の対象にするというところで線を引いておるわけでございまして、その他の一般邦人の方々につきましては、あるいは戦災でなくなられ、あるいは外地で倒れた方もあるわけでございますが、そういう方々につきましては、一応現在援護の対象にしていないという実情でございます。
  71. 淡谷悠藏

    淡谷委員 これは現在援護の対象にしてないことはわかりますが、そういういき方は将来ともに正しいと思われるかどうか。できるならばこういう一般邦人に対しても援護の手を差し伸べるべきではないかと思うのですが、これはいかがですか。
  72. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 戦争によって大なり小なりの被害を受けられたあらゆる方に補償するというような考え方もあるいはあり得るかと存じますが、ただ先ほど申しましたように、ある意味では国民の全部が何らかの被害を受けておるというような実情でございますので、国家財政の負担力等の関係もありまして、これらの方に全部何らかの給付をするということは現在ではまだちょっとそこまで踏み切れない実情でございます。
  73. 淡谷悠藏

    淡谷委員 国家財政その他ではわれわれは苦労しましても、援護の観念としてはそこまでいくのがほんとうじゃないですか。前にはしばしば、こういう質問に対して、なかなか推定がむずかしいということを言った。すでに援識局でこれだけ数を出して推定ができるようになってくれば、あとは国会なり政府なりでやる仕事でございましょうけれども、援護精神としては軍人軍属に限らず、一般邦人にもこうした死没者、傷病者に対しては援護の手を差し伸べるのが正しい方向じゃないでしょうか。それはどうお考えになりますか。
  74. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 もとより援護という立場から見ますれば、広ければ広いほどよいということでございますが、現実問題といたしまして先ほど申しましたような実情もございますので、われわれとして今後直接検討すべきことは、準軍属として把握しておる者と同様なもので何か当然援護の対象にすべきものがあるかどうかということでございますが、こういう点につきましてはわれわれも常に検討をいたしておる次第でございます。こういう点につきまして措置すべきものが出ますれば、またそういうことの措置は当然考えたいと思いますが、さらに一般的に範囲を拡大して全犠牲者を対象にするということにつきましては検討の議題とはなると存じますが、いま直ちにこれについて特別措置をするということにつきましてはなかなか踏み切れない実情でございます。
  75. 淡谷悠藏

    淡谷委員 これは法のたてまえや精神からいうのではなくて、さっきお答えのとおり、国家財政的な措置やその他に大きなものが要るでありましょうけれども、援護精神としては漸次そっちのほうにいくのが正しい方向じゃないかと思います。これは要望を述べておきます。  それから戦傷病者特別援護法の八条の二、今度付加されたところですが、戦傷病者相談員というのをこしらえようとしている。これは戦傷病者特別援護法だけに限るのですか。あとの法には適用しないのですか。
  76. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 これは戦傷病者特別援護法の規定としてそういうものを置くわけでございます。結局、戦傷病者が終戦後非常に不自由なからだの条件のもとに苦労をして生きてこられたという実態であるわけでございますが、これらの方に対するいろいろな援護措置、これは特別援護法に基づく措置が当面直接の問題でございますが、個々の援護についてのいろいろな相談業務等がこれらの方から非常に要望されておったわけでございまして、昨年の衆参両院の社労委員会におきましても特にこの点が要望されておった次第でございます。おそまきながらこれらに対する必要性を感じておりまして、今回政府として相談員を設けるということに踏み切ることにいたしたわけでございますが、そういうふうな方々の親身の相談に乗って更生のために力をかすというのが相談員の任務だと思います。もちろんこの法律に書きましたいろいろな相談業務のほかに、その他のいろいろな援護につきましても実際上の相談相手としていろいろ力をかすということは期待されるところだと思いす。
  77. 淡谷悠藏

    淡谷委員 従来はどういう組織でこういう世話をされておったのですか。特にこの法に限らず、他の問題でもなかなか本人は手続その他のことも知らないというので、役所なんかでやっている例も多いようですけれども、そのほかに何かこういうふうな相談員に準ずるものがあったのですか。
  78. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 従来は実際上そういうようなことをしておられた方はあったと存じますが、少なくとも今回こういう制度が正式に法律にできますことによりまして、そういう方々も厚生大臣から相談員という形で委嘱を受けて正式な名誉職的なものとしてさらに努力していただくという体制になるわけでございまして、もちろん従来も実体はある程度あったことと存じますが、さらにそれが形の上ではっきりしたものとなって、より一そうこういう業務が伸展するというふうに考えておるわけであります。
  79. 淡谷悠藏

    淡谷委員 思いつきはたいへんいいと思いますけれども、ただこの戦傷病者相談員には、八条の二の三項で「その委託を受けた業務」を行なうに当たっては、個人の人格を尊重し、その身上に関する秘密を守らなければならない。という規定さえできておりますね。これは相当重大な問題だと思うのです。これは名誉職として、悪くいえばおだててやらせるというような軽い気持ちでできる仕事でしょうか。予算を見ましても少ないですね。名誉職であればただは当然でしょうが、四百六十人の予定に対して百五十八万六千円というのですから、計算してみますと、一人一年間に三千四百四十一円という数字が生まれてまいります。ほんとうの名誉職ですね。「社会的信望があり、かつ、戦傷病者援護に熱意と識見を持っている者に委託することができる。」となっております。これは金の問題じゃないでしょうけれども、三千四百四十一円で、社会的信望があって、戦傷病者援護に熱意と識見を持って、他人の秘密を十分守ってまじめにやるという人をどういう方法で探し出そうとしているのですか。方策を伺いたい。
  80. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 実は昨年からこの話は特に強く出てまいりまして、その際にも国から金は一銭ももらわなくともいいからとにかく早くこういう制度をつくってもらいたいという関係者からの強い要望があったわけであります。しかしながら、いやしくも国が委嘱する以上はゼロで委嘱するわけにいかないということで、予算の成立を待って今回これを制度化することにいたしたわけでございます。もちろん予算に組まれておる額は日額五百円程度でございますので、全く涙金でございますが、しかしながらこれらの業務に従来とも携わってこられた方、あるいは今後とも携わっていただく方は、そういう金銭的な問題は度外視してやっていただく力に委嘱することを考えておる次第でありますので、その点は少ないけれどもがまんしてやっていただけることと期待しております。  それから具体的な委嘱につきましては、厚生大臣が都道府県知事に依頼いたしまして、ほんとうに適任と思われる方を推薦していただいて、その推薦によって委嘱いたしたいというふうに考えております。
  81. 淡谷悠藏

    淡谷委員 社会福祉の方面でもいろいろなこういう仕事をされる人たちが多いようですが、実はこぼしているのです。だんだん仕事がたくさん出てくるのにもうほとんど報われないところでやっているということをこぼしている人もたくさんあります。中には十分資力も熱意もあって進んでやろうという人のあることは信じますよ。しかし四百六十人がことごとくそうだとは考えられない。これは、国がやるべき仕事を民間の篤志家にやらせるという観念もいいことはいいけれどももう少し国がやるならやるように、その点を徹底してお考えになる必要はないですか。特にここに秘密を守り、あるいは人格を尊重してということがありますけれども、中には、これは戦争当時にありましたが、こういうふうな援護事業にはえてして自分の持っている地位を利用するという者もございました。それが不幸にして、もし人格を尊重しなかったり秘密を守らなかったりする場合は一体どうなるのか。何か罰則でもありますか。
  82. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 委嘱にあたりましてはそういうことのないように、ほんとうに適任な方を委嘱いたしたいと思っておりますが、万が一そういうことがございまして不適任であるというような事情が出ますれば、なるべく早く解職をする、やめていただくというようなことをいたしたいと思います。それから、確かに非常に乏しい謝礼の費用でございますので、国としてはできるだけ今後増額につとめたいと思いますが、たとえば民生委員とかその他の同じような例を見ましても、この相談員に対する謝礼と申しますか、それと大体似たような額でありますので、やはり他の制度との均衡もありまして、一挙に増額ということもむずかしいと存じますが、できるだけその点に努力したいというふうに考えておる次第でございます。
  83. 淡谷悠藏

    淡谷委員 これは委嘱につきましても十分なる配慮をしてやっていただきたいと要望しておきます。  それから、これはあと法律にも関係があっていろいろ審査等の場合に問題になると思いますが、「公務上の傷病」の中に、「公務による負傷又は疾病」という項と、「特別の事情関連して生じた不慮の災難による負傷又は疾病」、こうあるのですが、公務による負傷または疾病と、特別の事情関連して生じた不慮の災難による負傷または疾病とどう違うのですか。
  84. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 たとえば、一例として自殺でありますとか、それから軍隊でなぐられて死んだとか、いろいろ例があるわけでありますが、そんなようなことです。
  85. 淡谷悠藏

    淡谷委員 どうもちょっといまの点納得がいかないのですが、不慮の災難というのは、やっぱり軍隊でなぐられるというのは災難になりますか。もう少しはっきり割り切った解釈がほしいのですが、自殺などの場合も、自殺の原因はあるでしょうが、自殺の原因のあるようなさまざまな事情が不慮の災難というふうに割り切れるかどうか、これは従来そういうふうな事例がなかったのですか。
  86. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 この例はあんまり多くない次第ですが、ありましたのは自殺、それからたとえば兵隊同士がけんかして流れだまが第三者に当たったというような場合、あるいは上官になぐられてそれがたまたまその原因で死亡した、そういうような例があるわけであります。あんまり多くあるわけではございません。
  87. 淡谷悠藏

    淡谷委員 そのほか公務による傷病、疾病のほかに、「業務による疾病」というのがありますね。さらにほかに「戦闘に基づく負傷又は疾病」こうあるのですが、戦闘と公務関係公務と業務はわかりますけれども、非常にたくさんの負傷、疾病種類があげられているのは、これはどういう必要からですか。
  88. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 結局公務ということでとるわけでありますので、その公務と見るのにはいろいろあるということで、身分等によって業務上にしたりあるいは戦闘にしたりその他の公務にしたり、いろいろ公務と見られる場合をあげておるというわけです。
  89. 淡谷悠藏

    淡谷委員 戦闘に基づく負傷と公務の区別はどうなるわけですか。戦闘は公務の中に入らないのですか。
  90. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ただいまおっしゃっておりますのは、民間人の場合の戦闘参加のことかと思いますが、民間でありますと公務というのではなくてやはり戦闘参加ということになるわけでございまして、軍人の場合でいきますと、結局そういうことばを使っておりますれば、公務のうちの一部に戦闘というものが出てくるわけであります。
  91. 淡谷悠藏

    淡谷委員 「戦闘に基づく負傷又は疾病」「陸軍又は海軍」ということが書いてあるのですが、これは戦闘と戦争はどうなんですかな。
  92. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 たとえば援護法の第四条の四項の場合なんかで申しますと、「当該戦闘に基き負傷し」といいますのは、民間人の場合で戦闘参加、つまり軍人でない一般の人が陸海軍の要請に基づいて戦闘に参加したというような場合でありますので、「当該戦闘に基づき負傷」ということばを使っておる。したがって、身分とかそれによりまして、ここに公務と見られるものを使い分けているというわけであります。
  93. 淡谷悠藏

    淡谷委員 実は私これをくどく申し上げますのは、審査しております件数がまだ三千八百三十二という、全体からいいますとたいへん少ないようですが、やはり三千八百三十二という数は個人個人の立場からいうと小さい数ではないと思う。   〔井村委員長代理退席、委員長着席〕 こういうあいまいな点を審査の上にはっきりさせるためにお聞きしたいのですが、たとえば戦闘というのは、具体的に両軍入り乱れてやった場合のことをいうのか、あるいは戦争行為全体をさしていうのか、この辺の解釈はどうなんですか。近代戦争というのは、やあやあというふうに刀を合わすような戦闘だけではないと思うのですが。
  94. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 むしろここでいっておりますのは、個々のその地域の戦闘の場合をいっておるわけであります。
  95. 淡谷悠藏

    淡谷委員 公務による負傷または疾病はかなり広いのですが、一般人が陸軍または海軍の要請に基づいて戦闘に従事した場合——これは本来できないのじゃないですか。飛ばっちりを受けた場合以外に一般人が戦闘行為に参加できますか。
  96. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ただいまお話しのような例は沖繩の戦闘なんかに非常に見られるわけであります。あそこへ敵が上陸してきた際に、ほんとうに民間の人たちが陸海軍の戦闘のお手伝いをした。たとえば、水をくんでやるとかあらゆることを手伝ったというのは明らかに戦闘参加のいい例だと思います。
  97. 淡谷悠藏

    淡谷委員 そうなるとこの戦闘というのはかなり広い意味に解してよろしいわけですね。水をくむとかたきぎを配るとかいうことは実際の戦闘行為ではない、戦闘を助けたわけです。つまり戦争というふうに広く解釈して、その中で働いたものというふうに解釈していいですか。
  98. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 戦闘と申しますのは、実際に銃を撃つとかなんとかいう直接の戦闘行為のほかに、もちろん補給と申しますか、めしをたくとか水をくむとかあらゆることが入るわけでありますので、沖繩戦の場合なんかでは民間人で軍隊のために食事の用意をしたとか水をくんだとか、そういうことがすべて戦闘参加として見られるわけであります。
  99. 淡谷悠藏

    淡谷委員 そうなったらこの戦闘ということばは非常にあいまいですね。やはり戦争に基づく負傷または疾病でいいわけですね。バトルというのは一やはりそういうふうな水をくんだりたきぎを運んだりというのは戦闘にならないでしょう。
  100. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 やはり陸海軍の要請に基づく戦闘参加ということでありますので、沖繩の場合には現実にとにかくそういうことをせざるを得なかった。全く小さな子供まで動員されたというような事態があるわけでありまして、そういうふうな場合の戦闘参加であります。ただ広い戦争、たとえば、東京の大空襲で人が二十万人も死んだという場合には、確かに戦争に基づく死亡でありますけれども、そこまでは戦闘参加とは見ないという考え方であります。
  101. 淡谷悠藏

    淡谷委員 だいぶ国家財政の広くなることをおそれておるようですが、そういうことを心配しないで、これは原則的に答えていただきたいと思うのですが、やはり戦闘というのはそうじゃなくて、戦闘行為だと思うのです。少なくとも一般人に対して、陸軍または海軍の要請で戦争行為に参加させるならば、私は戦闘だけじゃなくて、戦争全体に基づく負傷または疾病というふうに考えていいと思います。これは非常に混乱した中につくられた法律でもあり、また適用棚囲も広く、負傷または疾病の原因などもあいまいなものがかなり多いと思いますので、苦労は察しますけれども、やはり現実の形というものを非常に忠実に見られて、そこからこの援護法精神に基づく運営なり適用なりをやっていただきたい。また実際に即しないような法文がありましたならば、ただ支給金を上げるとか上げないとかいう問題ではなく、もう少し範囲においてもこれを拡大し、徹底させるような方向において法改正を考えていただきたいと思うのです。  ひとつお願いしたいのは、どこまでとは申しませんが、せめて一年ないし二年来かかっております二十四件の内容資料として提出するように委員長からお計らい願いまして、きょうの私の質問は終わります。
  102. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ただいまお話の資料、なるべく早く提出させていただきます。
  103. 松澤雄藏

    松澤委員長 暫時休憩いたします。    午後零時二分休憩      ————◇—————    午後二時四十四分開議
  104. 松澤雄藏

    松澤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続けます。受田新吉君。
  105. 受田新吉

    ○受田委員 当委員会に提出されておりまする戦傷病者特別援護法の一部改正案の外二件、これに関連して、重要問題点を取り上げながら一時間ばかり質問をお許し願いたいと思います。  この三つの法案で、従来から長く歴史を築いていただいた戦傷病者戦没者遺族援護法、昭和二十七年にこの法案が誕生したとき、私が特に時の厚生大臣吉武先生に御指摘を申し上げた修正要点である動員学徒等の、いわゆるその後改正された準軍属の扱い方、この点についてまずただしていきたいと思います。  この法律の趣旨は、昨年の当委員会で私から、立法精神はどこにあるか、他の一般社会保障制度との相違点がどこにあるかということをお尋ねいたしました。きょう内閣委員会で援護課長さんに、この法案に関連した六十歳未満の父母に対しての年金受給資格は付与されていないことに対する精神的な解釈を伺ったのでございますが、一般社会保障の問題との関連もあるということであったわけでございます。法の精神一般社会保障の問題とは別の国家責任がうたってあるわけです。国家補償という精神を取り上げてあるわけでございますけれども、鈴村局長さん、この援護法の十三年の歴史から見たこの法の精神は、スタートした当時とちっとも変わっていないと判断をされますか。あるいは他の社会保障制度の一環としての制約を受けるに至っていると判断をされますか。
  106. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 お答えいたします。  この法律の第一条にありますように、国家補償の精神に基づいて遺族援護すると書いてあるわけでございまして、この法律の趣旨なり思想は立法当時と何ら変わっていないというふうに考えます。
  107. 受田新吉

    ○受田委員 そうしますと、遺族給与金もしくは遺族年金の受給者、有資格者が六十歳に制限されているということ、そのこと自身に問題があると思うのでございますがね。
  108. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 けさ午前中援護課長がその点について若干のお答えをしたと思いますが、恩給法におきましては、むしろ国が使用主であるという立場から給付をいたしておる。それから援護法におきましては、国家補償という立場で、むしろそれに社会保障的色彩を加味したところの考え方でございまして、趣旨とするところは大体同じでございますけれども、一方は使用者としての国の立場で、それに国家補償的な考え方でやっている、こちらは国家補償的な考え方にプラス若干社会保障的色彩が入っておるという点に、若干の違いはあると思います。そういうようなことからいたしまして、社会保障制度との関連もやはり若干は考慮しておるというふうに考えます。
  109. 受田新吉

    ○受田委員 その考え方からいまの年齢制限の規定が設けられておるのでしょうか。
  110. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 いま申し上げましたように、援護法は国家補償の精神プラス社会保障的色彩を加味しておるということから、年齢制限も若干他の社会保障的な制度との関連等も考えまして、そういう規定が存置されておるというふうに理解しております。
  111. 受田新吉

    ○受田委員 これは国家補償の精神を貫き通す部門と社会保障精神を織り込む部門とはっきり区別していただきたいと思うのです。受給資格の中に、六十歳にならなければ英霊の両親も年金がもらえない、こういう行き方は原則論のほうで考えるべきであって、その例外的な社会保障を加味する部面に採用すべき性質のものじゃないと思うのです。やはり国家の公務に従って死亡したという、そのことに対する敬意を払う意味からは、国家補償の精神を貫く部面に、両親の場合年齢は六十歳以下でも、そういう遺家族の場合には国家補償の部面を採用するという方式をとるべき性格のものであると私は判定します。あなたのほうからもう一度私の提案に間違いがあるかどうか、これを……。
  112. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 お答えいたします。  お話のように法律の第一条にもありますように、やはり国家補償という考え方が非常に強い線だと存じますので、将来におきましてもこの国家補償という精神で強く考えていく必要があるというふうに存じておりますが、やや若干そこに社会保障的な色彩が加わることも全く排除はできないという点もあると思います。しかしながら基本精神につきましては仰せのような点われわれも全く同感でありますので、将来もできるだけその線に沿っていきたいというふうに考えております。
  113. 受田新吉

    ○受田委員 これはもうはっきりした答えを出していい時期がきていると思うのです。六十歳にみなほとんどの人が近づいております。二十年前にお子さんができている場合は、大体四十近い人ですから、十八歳で子供をつくった人であっても、もういまは六十に近くなっておる。しかし六十に至るまではこの援護法の適用を受けないということは悲劇だと私は思うのです。やはりこの国家補償の精神を貫く意味で、受給資格に遺族の条件に六十歳未満という除外規定を設けないように、本質的なものへひとつ政策転換をしていただきたい。よろしゅうございましょうか。
  114. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 非常に重要な点でございますので、今後とも慎重に検討してまいりたいと考えます。
  115. 受田新吉

    ○受田委員 未帰還者留守家族等援護法というよく似かよった法律があるのでございます。その法律の規定の中に、私どうもいつも気にかかることですので、きょうは特に聞いておきたいのですが、未帰還者留守家族等援護法には「この法律は、未帰還者が置かれている特別の状態にかんがみ、国の責任において、その留守家族に対して手当を支給する」云々。この国の責任と国家補償の精神との相違点をちょっとお示し願いたいと思います。
  116. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 お答えいたします。  国家補償ということばとそれから国の責任ということば、ことばは若干違いますけれども精神は全く同一であるというふうに考えております。
  117. 受田新吉

    ○受田委員 精神は全く同一である、しかしこれはやや精神が違うのじゃないですか。法律の中身を見ると、それがあらわれておるのです。特に未帰還者留守家族等援護法の対象には一般邦人がなっておる。その一般邦人の扱いを国家補償の精神でやるのはどうもぐあいが悪いのだというような中身が盛られていると私は判断します。私の判断が間違っておれば間違っておる、同じであるなら同じだと御説明いただけば、またお尋ねをさせてもらいます。
  118. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 もちろん国家補償ということばと国の責任、ことばも違うわけでありますが、また個々の内容につきまして若干性質の違ったようなものも入っていることは事実であります。その意味ではニュアンスの違いはあると思いますが、考え方としてはかなり共通したものを持っておるというふうに考えております。
  119. 受田新吉

    ○受田委員 立論の根拠をどこへ置くかという問題はなかなかむずかしいことでございますが、同長さんがそういう精神だとおっしゃることを前提として、私はいまから質問を続けさせていただきます。いまの局長さんの御意思は非常に崇高な精神であると私は思いますので、しかるべき質問を申し上げて今後の道を選ばしていただきたいと思います。  事務的な問題がたくさんころがっておりますから、大臣適当に政治的な御発言を願うことにしますが、今度のこの戦傷病者戦没者遺族援護法の中に、私がしばしば指摘さしていただいた未処遇の問題がこのたびは採用されていない。なお残された戸籍関係の人々等を含む未処遇者の問題をどういうお考えで今回提案の中にお入れにならなかったのか、御答弁を願いたいのです。
  120. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 援護法関係の未処遇者の処遇につきましては、ほとんど毎年新たなものを取り上げまして援護の拡大をはかっておる次第であります。本年は主として遺族年金の額あるいは遺族給付の額等のいわばベースアップということに重点が置かれまして、また新しい特別弔慰金の制度もできた次第でありますが、その他のいわゆる未処遇者の処遇改善につきましては、仰せのように四十年度におきましてはあまり見るべきものはなかったと思います。しかしながら将来ともわれわれは未処遇者の処遇改善にはできるだけの努力をしてまいりたいというふうに考えておる次第であります。
  121. 受田新吉

    ○受田委員 政府が手をつけるべき未処遇者はどのような対象をお考えになっておられるか。そのお考えの中に漏れているものがあれば私はまた指摘してお尋ねしたいと思いますから、一応政府がいま考慮されている今後扱うべき、処遇すべき未処遇者の範囲をひとつお示し願いたいと思います。
  122. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 昨年もこの席でたしかお問い合わせがあったと記憶しておりますが、その第一といたしまして、戦没者の継親子であった者に対して遺族年金を支給する。これは現状は一定の期日以後の死亡者に対しましては、同じような状態にありながら継親子としての扱いがされていない、つまり継親子に親子関係の扱いがされていないということで、こういう一定の時期以降の死亡者につきましてもそういう関係を認めたらどうかというような考え方一つあるわけであります。  それから第二は、準軍属の処遇につきましては、三十八年度でありますかかなりいろいろ改善をいたしたわけでありますが、今後もひとつ準軍属の処遇については考えていきたい。その一つは、軍人軍属と違いまして、いわゆる款症程度の障害者に対しまして処遇がされておりませんので、款症程度の障害者に対して障害年金の支給を考えねばならないというようなことであります。それから同じく準軍属に対しまして遺族給与金なり障害年金が現在軍人軍属の十分の五になっております。それをできれば若干引き上げて、十分の六程度には引き上げたいというようなことであります。  それから勤務関連によって障害を受けた軍人に対しまして、特例遺族年金等がいま制度としてあるわけでありますが、さらに障害を受けた準軍属に対しましても特例障害年金を支給するようなことを考えておるというようなことも一つであります。  それからやはりこれも準軍属についてでありますが、軍人軍属については遺族一時金の制度が三十九年度からできましたので、準軍属につきましても遺族一時金の制度を考えねばならぬ。その場合に軍人軍属について考えておりますような場合のほかに、たとえば勤務関連でなくなられたような方にも遺族一時金の制度を考えたらどうかというようなことも考えております。  以上が将来われわれが処遇改善として取り上げていきたいというものの大要であります。
  123. 受田新吉

    ○受田委員 まだ残された問題が幾つもころがっているようです。営門の外と内との議論もまだ解決していません。それから去年私がここで指摘しました戦傷病者の妻に対する特別加給金制度なるものも、特にその戦傷病者がなくなられた場合には、その遺族公務死の奥さんと同じ立場に立つという前提から、特別給付金を遺族の場合と同様の方法でおやりになるべき問題が一つ残っております。そのほか去年私が御指摘した問題の中でことし解決していない外国、特に朝鮮人あるいは台湾人等で日本人として死亡した者の処遇、これが未解決になっております。これは日韓会談との関係があって、そのほうにおまかせしてあるような御答弁でありましたが、これはおまかせすべき性質のものでなくして、日本が独特の方法でやられていい国際人道問題である、こういうものが残されておるわけです。  いまから私は一つ二つ、昨年よりも前進している政府の善政について背走をしながら、さらにもっと大きな形で実施してもらいたいという点を取り上げます。それは、幸い去年私がお尋ねしたものも一応含めて、次の法案である戦没者等遺族に対する特別弔慰金支給法案なるものが出ております。これは私は遺族の中で、恩給の中にある公務扶助料にも、援護法にある遺族年金にも、どちらにも御縁がなくなった成年に達した子供たちに、遺族の子供としてしばらくの間めんどうを見てあげてはどうかと提案をしたのでございますが、善処したいということでございましたが、そのことがこの中にはんのちょっぴり含まれた法案になっております。これは祭祀料を含むような法案でありますが、遺族の子供さん、年金や扶助料の支給対象からはずされた人に対する特別措置法案と了解しますが、ほんのちょっぴり含まれております。せっかくこれをお出しになったので、私たちの念願の一部がかなえられたように見えますけれども、この法案はわずかに三万円を十年間に支払う、しかも無利子で支払うというたいへんささやかな贈りものの法案です。これは一歩前進と思いますけれども、これで御満足されて法案を出しておられるのか、将来この法案についてはさらに前進する用意を含んでお出しになったのか、大臣から御答弁を願いたいと思います。
  124. 神田博

    神田国務大臣 御承知のように、今年はちょうど終戦後二十年になりますので、一つの区切り、こういうふうに考えまして、弔慰金を差し上げようということで踏み切ったわけでございます。そこで、これを今後三十年、五十年というような場合にも考えるかどうかということでありますれば、これはそこまで考えて踏み切ったわけではございません。たまたま終戦後二十年でございます。この辺でひとつ、長く御迷惑をかけたと申しましょうか、国民としての感謝の気持ちをささげる適当な時期ではなかろうか、こういうことでございまして、額の点につきましても、どの程度にしたがいいか、私どもといたしましてはもっと考えないわけじゃなかったのでありますが、やはり国の財政の都合もございまして、いろいろの制約もございましたので、三万円というようなことになったわけでございます。
  125. 受田新吉

    ○受田委員 将来この法案は前進規定を含めた改正案としてお出しになる用意があるのか、あるいはこれでさようならという形になっておるのか。
  126. 神田博

    神田国務大臣 これに関連した戦没者の遺家族の処遇につきましては、私はやはり国力の背景によって考えるべきものではないかと考えております。約束いたしましても、国力が伴わなければできないという問題があり、また国力が非常によくなっても細々とやっておるということでは処遇をしたということにはならぬと思います。そういうことを考えながら将来とも前向きで考えてまいりたい、かようにいまのところは考えております。
  127. 受田新吉

    ○受田委員 国力に準じて前向きで措置をしたいということであれば、国力がつけば当然この法案の中身も改善していくという含みと了解してよろしゅうございますね。
  128. 神田博

    神田国務大臣 それは私は総抗論で申し上げておりますので、どういう考え方でやっているかと言うから、心がまえを申し上げたのでございます。したがいまして、弔慰金をふやすとかなんとかいう意味ではなく、要するに、政府としてこの処遇の道は私がいま申し上げたような考え方で処してまいりたい、こういうことでございます。
  129. 受田新吉

    ○受田委員 よくわからないのですが、処遇の道は具体的にはどういうふうになるわけですか。ちょっと私、不敏にして理解に苦しむ点があるのです。
  130. 神田博

    神田国務大臣 具体的にはっきり申し上げますと、弔慰金以外の問題についてはいま申し上げたような心がまえでまいりたい、こういうことでございます。弔慰金は、ちょうど二十年でございますから、一つの区切りとして新しい制度として考えた。では、三十年あるいは五十年の場合にはどうかというお尋ねでございますれば、そこまでは考えておらなかった、こういうことでございます。
  131. 受田新吉

    ○受田委員 二十周年記念としてささやかな贈りものをしようということですか。
  132. 神田博

    神田国務大臣 そうです。
  133. 受田新吉

    ○受田委員 これは祭祀料、つまり法律の適用外に置かれた遺家族に対してのお祭りの料金という意味も含まれておるのかどうか。精神論を申し上げておるのです。
  134. 神田博

    神田国務大臣 発足の考え方は、精神的にそういう気持ちが多くあったわけでございますが、御承知のように憲法上の制約もございますものですから、正確にそういうことをあらわしておるということをお答えすることはどうかという問題になろうかと思います。素朴な気持ちを申し上げますと、そういうような気持ちから発展してまいった、こういうことだと思います。
  135. 受田新吉

    ○受田委員 素朴な御答弁を伺って了承します。ただ、この金額が三万円で、しかも十年無利子で、一年で割るとたった三千円ですからね。これは弔慰の報酬としてはあまりにもささやか過ぎると私は思います。その該当者は何人おりますか。軍人軍属、準軍属というような形で数字をお示しいただきたい。またこれに伴う予算を念のためにお聞きしておきます。
  136. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ただいまわかっております範囲でお答えいたしますが、総数で一応四十一万人という見通しであります。そのうち、姉妹、おじ、おば、いわゆる弔慰金だけを前回もらっておられる方、そういう方々が二十八万人、それから年金等をもらわれた方で、いまは失権してだれももらっていないというような方々が十三万人、その中には子供が、約九万人でありましたか、十万人程度含まれるということであります。それから軍人軍属あるいは準軍属ということでありますが、いまちょっとそういうふうに分けた数字がありませんので、御要望があればまた後ほど調べた上でお答えいたします。
  137. 受田新吉

    ○受田委員 年金をもらっておって、そのもらう対象からはずされる年齢に達したという場合は、おおむね子供さんの場合だと思うのです。子供さんが何人くらいおるか、これはおわかりだと思います。
  138. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 子供の数でいいますと、約十二万人というふうに試算をいたしております。
  139. 受田新吉

    ○受田委員 これも毎年ふえていきますね。ふえていきますから、この分は予算額を漸次増額していかなければならぬ問題だ。そうでしょう。
  140. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 これは本年の四月一日という時点で抑えておりますので、今後ふえることは一応ないわけでございます。
  141. 受田新吉

    ○受田委員 そうすると、この四月一日以後の措置はしない、これで打ち切った、こういうことですね。昨年ここで私がお尋ねした質問の中に、戦没の奥さまに対する特別給付金の中で、再婚解消後の奥さんに対して法律の規定が改正された以上は、当然特別納付金の支給対象の中に入れるべきだと私が提唱した。あれはどういうことになりますか。
  142. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 確かにそういう御意見を承ったと思いますが、あの特別給付金法におきましても、三十八年の四月一日という特定の時点で抑えておりまして、いろいろ御議論はもちろんあり得るわけでありますが、やはりあの時点で抑えて戦没者の妻に国として弔慰の誠を披瀝したということであります、この特別弔慰金法案も、同じように本年の四月一日という時点で抑えまして、国として弔慰の誠を披瀝するということでありますので、いずれの場合も、一応現段階におきましては、特にその時点以後の方に及ぼすということは、いまのところ考えていないわけでございます。
  143. 受田新吉

    ○受田委員 再婚解消の妻の場合は、三十八年当時もうすでに当然該当者になるべきであったものが、法律の施行がおくれたために選に漏れたという形になりますから、実際は三十八年のときにその再婚解消の麦に遺族年金を支給される道が講ぜられておれば、当然あれは入っておったはずです。再婚解消の黄に年金を渡すという法律の制定がいままでおくれたばかりに対象からはずされているということですから、この分は前にさかのぼって適用されたとしても、これはおかしい話じゃないと思うのです。筋が通ると思うのですがね。筋は通りますね。
  144. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 その点も、当時あの法律の立案の過程で、かなり議論になったように聞いておる次第でありますが、一応あの法律は三十八年の四月一日の時八で、遺族年金あるいは公務扶助料を受けておる方ということで押えておりますので、当時受けておらなかった人は、その後法律改正によって受けることになっても、一応権利は生じないという形になっているわけでありまして、確かにそういう御要望もありますけれども、現時点においては直ちにこの改正を考えていないという次第でございます。
  145. 受田新吉

    ○受田委員 そういうところへちょっと心づかいをされて善政をおしきになることは、国民のだれもが反対しません。賛成します。したがって、いまの時点という、そういうスタートするときに、その立場にあった者という主張を貫徹されるという場合であっても、再婚解消の妻の場合は遡及して効力を発生せしめても、だれも疑義を感じないだろうと思うのですね。どうですか。
  146. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 確かにお話しのような御意見もあるわけでありまして、われわれも将来の検討項目としては十分検討してまいりたいというふうに考えておりますが、現時点はおいては直ちにこれが改正をするというところまではいっていない次第でございます。
  147. 受田新吉

    ○受田委員 いずれにしても予算措置はわずかで済むことです。そして筋も通る、こういうことになれば、ずばっと法案の改正に踏み切られてしかるべきではないか。ちゅうちょされる筋合いではないと思います。将来ということになりますとまたややこしくなりますから、あまり熱のさめない間に特別措置をされるように要望を申し上げておきます。  こまかい問題になってくると時間がかかりますから、重点的なお尋ねを続けさしていただきます。  戦傷病者戦没者遺族援護法の対象になる範囲は、社会保障制度を加味しながら相当大幅に前進をいたしました。しかし、私が昨年特にこの法案で問題に取り上げたのは、恩給法の適用を受ける人と援護法の適用を受ける人が、公務扶助料と遺族年金に差ができているというのはおかしいじゃないか。三万五千円当時には公務扶助料も遺族年金も同じように三万五千円でございました。一方が五万三千円に上がったときは五万一千何がしになり、二千円の差ができた。七万三千円のときには千円の差に縮まって、七万二千円と七万三千円になった、今度はそれを延伸したような形で措置されているようです。これは三万五千円当時には公務扶助料と遺族年金は全く同額であったことは、公務性その他が同一であったと判断をされたと思いますが、その後公務性その他の条件が違うというふうな解釈に厚生省のお考えがなったのかどうか。この問題は、昨年次回には何とかしたいという御答弁をいただいておったのですけれども、今川もそのままにされておりますので、立論の根拠を明らかにしながらお尋ねをさしていただきます。
  148. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 確かにおっしゃるように、以前は遺族年金公務扶助料の額が同じであった時期があるわけであります。その後遺族年金のほうが下がりまして、またその差を過去において縮めたこともあるわけでありますが、依然としてまだ差があるのは事実であります。三十三年でありますか、この差ができましたときの理由といたしまして、人の場合とその他の軍属の場合には勤務の態様はおのずから異なるところがあるのではないかということで、そんなようなところから差ができたように聞いておりますが、ただ今日の時点におきまして、軍人軍属勤務内容あるいは勤務の態様等の相違をそれほど重視すべきかどうかということも、確かに問題があるわけでありますので、むしろ厚生省といたしましては、過去における差額をなるべく埋めたいということで、前回のベースアップの際には約半分だけ埋めた経緯もあるわけであります。昨年も御答弁いたしましたように、できるだけその差をなくするように努力したいということを申し上げたわけでありますが、来年度からのベースアップにつきまして、遺憾ながらこの差をあまり縮めることができなかった次第でありまして、この点われわれも遺憾に存じておる次第でありますが、将来ともお話のようにできるだけこの差は縮めてまいりたいというふうに考えておる次第であります。
  149. 受田新吉

    ○受田委員 やはり国家が法律の基礎に基づいて給与的性格のものを支給するということになれば、根拠を明らかにしておかなければならぬです。したがって、何が根拠でこの二千円分が違ってきたかということは、国民によく理解させなければいかぬですね。これは大事なことだと思うのです。二千円分の差ほど援護法適用者のほうは軽い公務性があった、こういうふうな判断に基づくのかどうか。そして以前三万五千二百四十五円当時は全く同じであったのでございますが、そのときは公務性に差がなかった、その後に公務性に変更があったというのかどうか、これは非常に大事なことだと思います。怪々しく扱うべき問題じゃないと思うのですが、これには大蔵省の方もちょいと関与しておられると思いますから、予算を出す側からはどう見られたか、大蔵省の担当者からもこの際あわせて御答弁願います。厚生省のお考えを先に聞かしていただきたい。
  150. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 お答えいたします。  確かに三十年当時同額であったものが、三十三年から変わったということでありまして、その同額であったときから、その後変わるに至る過程におきまして、公務性に差があると判定したというのも、実は必ずしも合理的でない次第でありますが、いずれにしても、三十三年にこれを変えましたときの理由は、やはり軍人軍属には勤務の態様あるいはその内容に差があるのだということで変えたようでありますが、ただおっしゃるような二千円分の差があるというその説明というのは、必ずしもどうもはっきりしておりませんし、われわれもできるだけこの差は縮めていきたいというふうに考えております。将来ともひとつ努力していきたいというふうに考えております。
  151. 受田新吉

    ○受田委員 初め二千円違ったのが、今度千円に圧縮して、またそれがその比率で進んでおるかと思うと、また結果的には現在は七万三千円当時と比べると、もっと差が開いておる。そういうような数字が出ておるので、いかにもあいまいだと思うのですね。これはきちっとしておかぬと、特にいまおっしゃったように、軍属と純粋な軍人とは違う。しかし、援護法の適用を受ける中には、純粋な軍人がたくさんあるわけだ。全く恩給法援護法と同資格の方がたくさんおる。決してその点では恩給法の適用を受けるほうが重くて、援護法の適用を受けるほうが軽いという答弁にはならぬわけだ。ただ軍属といいましても、軍属は金額が少ないですから、半分しかないのですから、筋が通る御答弁ができると思うのです。それはやはり恩給法で受ける扶助料と援護法で受ける扶助料、しかも勤務としては全く同格な立場でやられた人に差がつけられたという問題になってきますので、私はどうもこの点が納得ができない点であります。大臣もそういう御判断をされると思いますが、厚生省がちょっと軽く扱われているのではないかという懸念をひとつ御田先生御在任中に片づけていただきたかったのです。
  152. 神田博

    神田国務大臣 お述べになっておられる気持ちは、私も共通のものを持っております。よくわかるのでございます。ただ、事務的にいまもお答えされておりますように、いろいろな事情、沿革等によって、こういう差になっておることは御承知のとおりでございまして、なお相手方でございます大蔵省がどういうふうに考えておってこうなったか。私も詳しい事情は知っておりませんが、考え方としては、いま受田さんがおっしゃるような気持ちを私も感じております。それは率直に申し上げます。
  153. 受田新吉

    ○受田委員 恩給法援護法、特にまた援護法の中の未帰還者留守家族援護法、こういうものは、一貫して国家補償という点においては、貫いているものがあると思うのです。その国家補償で国の戦争公務に従事した人を事後において守ってあげるという点において差等を付するという、そのこと自身が大東亜戦争性格を公平に判断をしていないのではないかということも言えるわけです。当時の戦争の態様は、公務性はどのような勤務をしておったとしても同等の立場に立たされておった。そこに私は援護法のスタートした理由があると思うのです。このあたりで国家の公務に従事された人に公平な処遇をしてあげるという御処置を敢然とおとりになる時期が来ていると思うのでありますが、金を出すほうの大蔵省の側の御意見も伺って最後の締めくくりをさしていただきましょう。さらに障害年金障害一時金などを比較してみましても、項症、款症の比較をしてみましても、恩給法とそれぞれ差等が生じておる。この理由はどこにあるかを御答弁を願いたいのです。
  154. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 恩給法によります増加恩給援護法上における障害年金についてのお尋ねでありますが、違っております点と申しますのは、たとえば恩給法の場合には普通扶助料が併給されるというようなことが、障害年金の場合にはそれがない。それから傷病年金の場合には四款症、これが七項症の下の四款症でありますが、実際には五款症まであるのに、障害年金の場合には三款症までしかない。それから恩給によります。項症、これは障害年金でいいますと一款症に当たるわけでありますが、その金額が普通恩給の併給との関連でやや違っておるというようなことが違います。ただいま申し述べましたような違いにつきましては、恩給法援護法との性格の違い等の関係でやむを得ない点もあるわけであります。しかしながら、将来ともこの両者の関係につきましてはできるだけ均衡をとった形で運営されるのが適当だというふうに考えております。
  155. 受田新吉

    ○受田委員 局長さんの最後の御答弁が私は筋が通ると思うのです。そのとおりだと思うのです。恩給法で恩典を受くる筋合いが援護法に変わったためにいささか軽く扱われる。普通の恩給をもらっておる人が款症度であるならば、今度は大幅な引き上げがされるというので、普通恩給部分の一五%減額、二五%減額という特別措置も恩給法ではとっておるようでありますが。障害年金の場合にはそういうわずらわしいことがないというので、一律の手だてがされておる。これはやはり国家の公務に従事して障害の身となった場合に、願わくばやっぱり恩給法で受くるほどの恩典を援護法でも受けるように、終始これをバランスがとれるように今後機会あるごとに御配慮をお願いしたい。局長がそういう御趣旨の御答弁をされたから私了承しますが、大臣、ここでもやはり恩給法援護法に大きな差がついておる。私は大きな差と申し上げたい。七項症以下の款症でも、款症で見られるものと款症で見られるものとの間において、障害年金のほうが分が悪いという計算になる。こういうような差別待遇をできるだけ抹殺する方向へ改正のつど御配慮をお願いしたいと思います。  特に、この戦傷病者特別援護法関係する規定に入らざるを得なくなりましたので、お尋ねを続けますが、戦傷病者公務性というものは、一体戦闘公務、普通公務というようなものをどういうふうに見られて算定をされたか、これは恩給法との関係になりますけれども、障害年金の算定基礎は階級というものをどこに置いてやられておるのか。これも障害年金のほうの関係部分でのお答えでけっこうです。恩給法にはずれたものでけっこうです。
  156. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 障害年金につきましては階級差がありませんので、計算の基礎は服役の公務扶助料の額を基礎に置いておりますが、階級差は一応ないわけでございます。
  157. 受田新吉

    ○受田委員 障害年金軍人であった人の場合、大体軍曹というところが平均になっておるのです。軍人障害年金をもらったような人は、兵を基準にするのは低きに過ぎる。軍曹が平均の階級であるということになれば、私がいま指摘したのは階級をどこへ置いておられるか。兵に賢くべきでなくして、軍曹に置くべきだという問題を提起したわけでございますが、兵を軍曹に引き上げて、その算定基礎を是正されるという御用意がないか。
  158. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 恩給につきましても同じでありまして、階級差がないわけでありますので、その点は特に援護法だけが恩給と比べて不利だということにはならないと思います。
  159. 受田新吉

    ○受田委員 恩給法になぞらえてやられるということでなくして、恩給法にも差はありません。それは兵に置いておられる。このあたりで厚生省がみずから進んで恩給法を引きずり回すくらいの意気込みを持ってもらいたい。その点は比較的自由な立場で、古い法律的観念にとらわれる恩給局よりは、厚生省の幅広い感覚でおやりになるほうがずばりいい答えが出ると思います。むしろ厚生省が恩給法のほうを常に右へならいながら、これについていくからいつも楽をしている。むしろこちらが先頭に立って向こうを引きずり回すということになれば、恩給局のほうが逆に厚生行政のほうへお手伝いするということになると思うのですが、どちらが先かということで、親鳥は恩給法である。援護法はひな鳥である。そういう心がまえでいくのかどうか。これは大臣恩給法でなければ、これを根拠にしなければ援護法だけで前進するわけにいかないというようなことでございますが、厚生省のほうが逆に恩給局を引きずり回すくらいの馬力が必要なんじゃないでしょうかね。
  160. 神田博

    神田国務大臣 いろいろの問題点もあるようでございますから、将来十分検討きせていただきたいと思います。
  161. 受田新吉

    ○受田委員 特に戦傷病者の場合は最低基準の是正を考えなければならぬ。職務関連罹傷病者の非公務扱いという問題も直してもらわなければならぬ問題もあるのですが、職務関連発病、特に肺結核と精神病についての措置は従来考慮されているはずです。先ほどの御質問の中に、この精神病について特に御指摘の点がございましたけれども、これらの問題はひとつ障害年金の支給対象になる症状等差、第何項傷、第何款傷にするという場合の配慮の上に、そうした職務関連発病などというものに寛大な措置をとって、できるだけ公務に起因して発病したという場合には、それをあまりかれこれ議論せぬで、公務中に発病した場合はそれを善意に、有利に解釈するというたてまえをおとりになって、障害年金の支給の基準をおきめになる、こういうほうがいいのじゃないでしょうかね。
  162. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 公務性の判定につきましては、われわれも法の許す限りにおきまして、できるだけ有利に扱いたいということで運用に当たっておる次第であります。
  163. 受田新吉

    ○受田委員 内地発病はどういうふうにお考えになっておられますか。内地発病による傷病者の扱いです。
  164. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 先ほど将来の勤務関連について申しました特列、障害年金を支給するという問題、そういう点におきまして、将来ともそういう点の改善をはかってまいりたいと思っております。
  165. 受田新吉

    ○受田委員 改善をはかるにあたっては、やはり厚生省ではっきりした基準を御用意されて、これに引きつけるような前進的なお取り扱いをされないと、なかなか改正というところに踏み切れません。この職務関連罹傷病者にいたしましても、また内地で発病した皆さんの場合におきましても、これはやはり公務でスタートした病気だということに解釈をすれば、大幅に救済の規定をつくることが可能であると思うのです。これもひとつよほど勇気を持って前進的な腹がまえでお当たりにならないとチャンスを失います。厚生省としては十分実情を把握してお調べになるような専門的な機関がいまないのじゃないかと思うのですが、何かそういうものを専門に研究しておられる立場の機関がありますかしら。
  166. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 お話のような機関が特に現在ないわけでありますが、将来ともその辺の点につきましてはできるだけの努力をして御趣旨に沿うようにいたしたい、こういうふうに考えております。
  167. 受田新吉

    ○受田委員 大臣、課長やら非常にすぐれた事務官の方々がおられるのを私よく承知しております。厚生省には非常にあたたかい心づかいをされて御勉強された方々がそれぞれ控えておられるのだけれども、やはりそこに何らかの、そういう障害年金の問題から援護法関係の総合的な——もう再び戦争が繰り返されるわけはないのですから、もう過ぎ去ったのですから、戦争の痛手を受けた公務性を受けた人に対して何らかの形で部内だけでけっこうですから、何人かのグループでそれを専門に研究させて、法改正の未処分の問題等も含めた具体的な研究機関というようなものを設けて置かれる必要はないのでしょうか。それがなくてもやれますかどうですか。
  168. 神田博

    神田国務大臣 御趣旨よくわかりますから、検討いたしまして大いに当たってみたいと思います。
  169. 受田新吉

    ○受田委員 この問題はこれから起こる問題ではないのです。過去に起こった問題の事後処理だけでございますから、あまり長く手間をかけてその処理を先へ伸ばすというのでは、これは意味をなさぬと思いまするから、急いで知能をすぐって御研究を願いたい。ことしはこの法案は一つだけできちきちいかぬので、三つに関連させてお尋ねいたします。これは非常に関連性が強いので三つを重ねてお尋ねいたしますが、戦傷病者の特別の援護法の改正規定の中に、昨年来問題とされた相談業務等を担当する相談員を置くことが規定されているわけです。この相談員というのは、どういう形でお置きになるのか、これは非常に前進した規定を改正案に織り込んでいただいておるのですが、具体的にはどういう相談員を置く構想がありますか、お答え願います。
  170. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 この法律案にもありますように、「社会的信望があり、かつ、戦傷病者援護に熱意と識見を持っている者」ということを書いてございますが、そういう方をぜひ選んで委嘱したいというふうに考えておるわけであります。具体的には県知事に依頼をいたしまして、そして県からほんとうにこれに該当するようなりっぱな方を推薦していただきまして、この推薦を受けた上で厚生大臣が委嘱したい、こういうふうに考えておるわけでございます。
  171. 受田新吉

    ○受田委員 県知事が立ち会われるわけですが、結果的には府県当たりどのくらいの人員を置こうとされておるのか、また、県単位で、それから下の組織には及んでいないのか、どうですか。
  172. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 予算上は四百六十人ということで、おおむね各県十人という基準で入っておるわけでございますが、具体的には県の大小あるいは戦傷病者の数の問題等もありますので、一律十人ということでなくて、実情に即して多い県と少ない県ができると思いますが、その範囲内でなるべくその県内の各地に、おおむね平等に配置されるような形で委嘱することが適当であるというふうに考えております。
  173. 受田新吉

    ○受田委員 これは常勤でございますね。
  174. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 これは全くの民間人でございまして、いわゆる国家公務員的なものではないわけでありますが、その意味では非常勤と申しますか、民生委員のようなものでございます。
  175. 受田新吉

    ○受田委員 昨年当委員会で審議した際には常勤の相談員を置いて、その相談に専念するという形の当委員会の要望が織り込まれておったわけでございまするが、それは御採用にならなかったのでございますか。
  176. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 他の相談員の制度等もいろいろ参酌いたしまして、やはり常勤の公務員的なものでないほうがいいだろう。民生委員等も同様でありますが、むしろ民間のそういう方に非常勤的な形でやっていただくほうがいいのではないかということでそういうことにいたした次第でございます。
  177. 受田新吉

    ○受田委員 母子福祉法には常勤の相談員を置くという明文が法律にうたわれております。他の類似の中にもそういう姿のものが生まれてきているわけです。それから、単なる民生委員のような形ではあっても、実質的には常勤の態様でやるんだということでありますが、お手当はどれだけすることになっておるのか。勤務の態様は、特定の事務所で、一応適宜出勤をするような本拠事務所を持つのか、そういうところもひとつあわせて御答弁願います。
  178. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 予算上におきましては大体一人当たり月五百円ということで入っておるわけでありまして、この額は民生委員の場合よりも若干多い額でございますが、もちろん非常に涙金的なものでありまして、これで十分だというわけではございませんが、こういう相談員的なことをやっていただく方は、ある意味では非常に熱心な、しかもそういう金なんかにあまりかかわらないで、こういう業務を心から真剣にやっていただくという方々でありますので、まことにわずかではありますけれども、その程度の額でごかんべん願うという考え方であります。  また、事務所等を特に設けることは、別に予算的にも考えておりません。おおむね個人の自宅等を御利用いただいてやっていただくという考え方であります。また、そのほうが戦傷病者の方が相談を受けに参る場合にもかえっていいのじゃないか。あまり事務所というようなかた苦しいところよりも、そういうほうがいいのではないかというふうにも考えております。
  179. 受田新吉

    ○受田委員 この相談員は月五百円、犠牲奉仕をするというたてまえから名誉と心得てやっていただくということでございますが、しかし、やはり今度戦傷病者の特別援護法などをつくり、また款症度の皆さんにも家族加給を支給する、こういうことになり、また私あとからこの機会にお尋ねしておきますが、款症度の家族加給については妻だけでなくて、項症の皆さんと同じように、これは恩給法関係することでございますが、款症のお子さまにも家族加給をつける、こういうふうなところに発展すべきだと思っているのです。そういう意味で相談員の仕事というのは私は相当大きく広がってくると思うし、その職業補導などについて積極的に取り組めばなかなか仕事が多くなると思うのです。どうでしょうか、府県単位で常勤の職員を一人か二人置き、あとは非常勤にする、こういう形をおとりになりませんか。
  180. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 県なり市町村にはそれぞれの援護担当の職員がおるわけでありますが、現在それだけではやはり足らない点があるということで、ほんとうに民間の社会的信望のある方が直接親身になって相談に応ずるところにこの制度のねらいがあるわけでありますが、やはり県の職員とは別に民間の方の存在が非常に大きな働きをするのではないかと考えております。
  181. 受田新吉

    ○受田委員 これは一応この法律でやってみられて——おそらく相談員の皆さんは非常に繁忙をきわめて、常勤の相談員を設置する空気が出てくると思うのです。そういう一応の段階を踏まれた形にわれわれは了承して、常勤の相談員設置に前進されるという方向を希望しておきます。よろしゅうございますね。この希望を検討しますか、検討の価値なしと見られますか。
  182. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 もちろんわれわれ今度初めてこの制度を創設するわけでありますので、この運営の模様によっていまおっしゃるような点も十分検討し、考慮してまいりたいと思います。
  183. 受田新吉

    ○受田委員 願わくばこの相談員制度が前進する過程における橋頭堡をつくるという意味で、大いに有効な仕事をしていただくことを私は希望しておきます。  さらに、この改正法案の中に、国有鉄道の無賃乗車船の規定があるわけであります。これは恩給法以外の法令によってこれらに相当する給付を受けている者、または受けた者までに拡大するということをお取り上げになっているのですが、この無賃乗車船の範囲はもっと考えていただかなければならないのじゃないかと私思うのです。目症の皆さんに対して現に戦傷病者手帳を交付されておりますね。そういう意味から、戦傷病者手帳を交付されておられるという立場の方々に対して、もっと幅の広いお取り扱いをされるべきではないか。戦傷病者手帳を持っているという、そういう立場の方々に対しての処遇をお考えになるべきではないか。いかがでしょうか。
  184. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 従来は恩給法による増加恩給あるいは傷病年金等を受ける方々についてだけ無賃乗車の許可をいたしておるわけでございますが、今回これを援護法による障害年金を受ける方にまで拡大したわけでありまして、いまおっしゃるような目症者までということになりますと、援護法による障害年金を受けない方にも拡大されることになりますので、やはり当面の問題といたしましては今回のごとく、まず援護法等の法律による障害年金等の受給者に拡大するということが第一歩であろうと思います。お話しのような方に対する無賃乗車につきましては、やはり将来の問題として検討すべきであると思います。
  185. 受田新吉

    ○受田委員 将来の問題として検討するということでございます。この介添え者を一緒に無賃飛車をさせてあげている項症は何項症でしたか。
  186. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 四項症までです。
  187. 受田新吉

    ○受田委員 それをもう少し範囲を広げてあげる必要はないかということです。たとえば片目の場合は五項症ですね。そういう片目の不自由なときに、途中で何かにぶっかっていく、そういう危険も起こるわけですから、その五項症あたりまでは私は範囲を広げるべきではないかと思うのですが……。
  188. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 もちろん介添え者をつける範囲につきましても、われわれできるだけ拡大してまいりたいと存じておりますが、将来の問題としてさらに介添え者をつける範囲につきましても、十分拡大を検討したいと考えております。
  189. 受田新吉

    ○受田委員 主計官がおいでになっておられますので、私から先ほど厚生当局にお尋ねした公務扶助料並びに遺族年金の給与差についてお尋ねをしてみたいと思うのです。  昭和三十三年に法案の改正と同時に、その恩給法で受ける公務扶助料と遺族年金との差額ができました。その以前に、昭和三十年でしたか、三万五千円時代には扶助料と遺族年金は同額でありました。その後なぜ差をつけ、また今回の改正にも依然として差を残しているというその理由を、大蔵省の予算を配分される側から見られた御意見を伺いたいのであります。
  190. 船後正道

    ○船後説明員 厚生省からの御説明があったかとも思いますが、ただいま先生の御比較をなされましたのは、遺族年金恩給の兵の階級との関係であろうと思いますが、御指摘のとおり三十三年以降は若干の差がついておるわけでございまして、今回も従来と同じように、ほぼ同じような差を保ちつつ、同じ程度の率の引き上げを実施した、こういうことになっております。なぜこのような差がついておるかという問題につきましては、やはり遺族年金が、原則といたしまして恩給法の適用にならない軍属に対するものでございまして、その辺は恩給法の適用を受けておる軍人あるいは軍属とは国に対する関係でも差があるというような関係で、従来から差がついておったと思うのでございます。この場合に遺族年金給付水準をどの辺に置くか、これはかなり議論があろうかと思いますけれども、恩給法の体系におきましては、ある程度年前の階級によりまして、仮定俸給がございまして、これによって一定の算式を用いまして、公務扶助料が算出されることになっております。これに対して援護法におきましては、生前の階級が何であったか、あるいは生前国から受けておった給与が何であったか、こういうことを問わずに一律に一定の額を支給することになっておりまして、両者は体系を異にしているわけでございます。したがいまして、援護法遺族年金が、恩給法における兵の公務扶助料と必ずしも一致しなければならないということにもならないと思うのであります。今回も従来のように三十三年以降若干の差がついておりますけれども、おおむねその差を踏襲いたしまして実施した次第でございます。
  191. 受田新吉

    ○受田委員 どうも私納得できないのですが。援護法の中にはいろいろな立場の人がもちろん入っている。しかし援護法の適用を受ける軍人の中には、非常に階級の高い人もある。それらをも、高くても兵と同じ階級のところへ下げて公務扶助料に準じた扱い方がしてあるわけなんです。したがって、援護法の中にはたいへん犠牲を払う人もあれば、また条件がややよくなってくる人もある。ひっくるめてはありますけれども、しかながら公務扶助料の最低の兵の階級のところですから。その上のほうへいっておるのじゃないのですから。公務扶助料の下へ置いてあるんですから。公務扶助料を、それから上は階級差でぐんぐん上げているのでございますけれども、援護法では一番下の兵の階級にも足らないことになっておる。そこに問題がある。それなら三十年から三十三年まであったもの、つまり一緒に三万五千二百四十五円をやっていたころ、こういう時代は間違っておったということになるのですか。大蔵省はそのころは間違いの措置をしていた。そこで差をつける措置に途中から変えたことになるのですか、どっちが正しいのですか。大蔵省御研究されておると思うのですが御答弁願います。
  192. 船後正道

    ○船後説明員 別に過去の措置が間違っておって今回が正しい、あるいはその逆であるということではないと思うのでありまして、その後の全体といたしましての遺族年金、あるいは恩給等の給付水準というものを考えまして、妥当と思われる線を勘案した結果だと思うのであります。先ほども申しておりますとおり、やはり援護のほうでは体系が恩給と異なるのでございますので、恩給と合わせる場合に、これを兵に合わせるか、あるいはこれを将校に合わせるか、いろいろ議論があろうと思います。そういったことを一切抜きにいたしまして、援護のほうでは一本のものになっておる、こういう体系の相違がございます。
  193. 受田新吉

    ○受田委員 私がいま指摘したように、援護法では兵の階級、一番下にくっつけておる。その上の将校のところにはくっつけていない。だから、援護法の適用を受ける人の中には、階級の高い尉官、佐官という人も入っておる。そういう人がみんな兵の扶助料以下のものをもらっておるということは、これは問題だから、せめて兵の階級の扶助料の一番びりっこのところには、援護法遺族年金をくっつけてはいかがかお尋ねしておるのでございます。  それからもう一つ、いまの二千円という差は一体何を基準に二千円という差を大蔵省は算定されたのか。公務扶助料よりも約二千円低い金額は、何を基礎にされたかをお答え願います。
  194. 船後正道

    ○船後説明員 別に大蔵省が算定したわけではございません。先ほども申しておりますとおり、現行の遺族年金が七万一千円、片方公務扶助料は兵が七万二千四百二十円、この兵のほうが約二万一千円引き上げになりましたので、同じような金額率をとりまして、九万二千円としたわけであります。
  195. 受田新吉

    ○受田委員 数字をはじく際には数字の根拠、基礎というものを明らかにしないで、いいかげんな線を引くということは、立法家としては間違いだと思います。そこで私がお尋ねしておるのです。二千円の差がついておるということは、これはこのくらいの差をつけなければいかぬだろうといういいかげんな金額で差をつけたのか。あるいは何かの公務性の比率等も配慮してつけたのか。いいかげんな、まあこのくらいだということでつけたとすれば、政府のやっておる仕事はいいかげんなものであるという答えになる。公務扶助料の算定基礎は、兵の階級の仮定俸給の際における数字を基礎にして、終始はっきりした根拠に基づいて金額が引き上げられております。そういう倍率の問題が基礎になっておる。今度も四三%幾らかを基準にして下が引き上げられておるわけです。ところが遺族年金のほうはそういうものは全然なしに、いいかげんな数字でおきめになったのかどうか、これは厚生省も責任がある。いま大蔵省は、算定したのは厚生省だとおっしゃっておられますから、厚生省と両方でもう一度私を納得さしていただきたい。
  196. 船後正道

    ○船後説明員 先ほどから申し上げておりますとおり、今回の遺族年金の引き上げは、恩給のベースアップに関連するものでございます。恩給におきましては、御承知のとおり仮定俸給と公務倍率というものを引き上げまして、新しい基準がきまったわけでございます。このほうの兵の引き上げ額が先ほど申しましたとおり二万一千円、率に直しますと二九%となっております。従来からの例によりまして、同じような操作を遺族年金に適用いたしました結果、現行の七万一千円が九万二千円と和なり遺族年金のほうにおきましては従来から端数をつけない。大体金額を百円単位にまとめるという結果、七万一千円が九万二千円になるという金額になったのが算定の基礎でございます。
  197. 受田新吉

    ○受田委員 その算定をされることについてのいまの御答弁でありますが、さらに私はお尋ねしたいけれども、三十三年に公務扶助料を五万三千二百円にしたときには一方は五万一千円に抑えた。二千円の差をつけた。それを三年前の改正のときには、一方を七万三千円、一方を七万二千円で千円の差に圧縮したわけです。これはどうもおかしいですね。二千円の差をつけて、開いたかと思うとまた一千円にする。初めは一緒だった、今度は二千円の差、今度は一千円、これではばらばらじゃないですか。一体これは全く思いつきで扶助料と遺族年金の差がついているのですね。決して立論の根拠としては、いまの御説明では過去の事例を見たときには全く支離滅裂ということが言えるのです。いかがでしょう。
  198. 船後正道

    ○船後説明員 過去の例は過去の例でございますが、今回は先ほど申し上げましたとおり、兵の公務扶助料の引き上げ率というものとバランスをとって引き上げていく、こういう方針でございます。
  199. 受田新吉

    ○受田委員 私ははなはだ理解に苦しむのです。これはやはり国が出される法律の中にはっきりとした数字が出ている以上、これをいただく遺族にしても、なぜわれわれは公務扶助料と差がついているのか。初めは同じだったのが、その後の改正で二千円の差が開いたが、また一千円に縮まってきた。それと同じような比率で今度は九万円になってきた。これは非常にあいまいな政府の措置を、実は良識を持った遺族であったならば、非常に疑義を抱いておると思うのです。つまみ金でびしりびしりとその差をつけているような印象を受けてしかたがないのでありますが、これは大臣、閣議ででもちょっと何か手だてをしていただかぬと、そのときどきで差がついたり同じになったり、また開いたり狭まったりというような、ばらばらな遺族年金公務扶助料の差というのは、私は納得できないのです。これはこのあたりで、どうですか、主計官ずばっともう過去のことは言わぬ——過去は政府は、これははっきり誤っておりますね。これを追求することでお立場が困るような気がいたしますが、このあたりで、昭和三十三年の改正前の扶助料と遺族年金が同額であった時代が、これが一番筋が通るのではないかと思いますが、主計官の御所見を伺って、りっぱな御所見であれば質問を退けます。
  200. 船後正道

    ○船後説明員 本質的に遺族年金公務扶助料の兵とそろえなければならないということにはならないものでございます。三十三年の際には五万一千円と五万三千三百円というように差をつけたわけでございますが、これは先ほども申し上げましたように、一般恩給法の適用を受けない軍属恩給法の適用を受ける軍人軍属という者の国に対する関係あるいは恩給納付金の関係もございましょう。諸般の事情を勘案いたしまして、軍属につきましては一律に五万一千円にするということにいたしたわけでございます。そのとき以降は決してでたらめに上げておるわけではございませんでして、公務扶助料におけるアップ率というものを常に勘案しながら、おおむね同率の引き上げというものを実施してまいりましたし、今川もその方針を踏襲して引き上げておるものでございます。
  201. 受田新吉

    ○受田委員 御答弁によると、その後同じ率とおっしゃるけれども、三年前の改正では七万三千円と七万一千円と二千円の差に縮めたのです。二千円開いておったというのが一千円の差に縮まったのですよ。これは主計官同率ではないのですよ。
  202. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 ただいまおっしゃる点は、事実は確かにそうでありまして、二千円の差が一千円に縮まっているのは事実であります。われわれといたしましては、なるべく遺族年金を引き上げたいということで、今後とも財政当局と十分折衝いたしまして御趣旨に沿うような線でできるだけ努力はしたいと思います。
  203. 受田新吉

    ○受田委員 それではもう追及しませんが、政府は十分これは反省してもらわなければならぬ問題です。大臣お聞きになっておわかりのとおり、非常にいいかげんな数字がそのつど繰り返されているという事実、これは厳たる事実です。今後これは大蔵省ともよく折衝されて、公務扶助料の最下級と同額にするという基本線をはっきりと打ち立てて答えを出していただくように要望しておきます。  ちょうど主計官御臨席の機会でありますから、大蔵省に関係のある問題をこの際この戦傷病者立場からお尋ねをしてみたいのですが、戦傷病者が増加恩給を受けておる。これに伴う普通恩給が当然併給されるわけでございますが、その人がさらに共済組合法の適用を受ける職員になって、そうしてやめられるときの共済年金というものが、これが増加恩給プラス普通恩給をもらったときよりも率の悪いことになっている場合に、その差額を特に共済組合の年金の上に考慮するのかどうか、御研究になっておりませんか、御研究になっておらなければ次会に譲りますが……。
  204. 船後正道

    ○船後説明員 共済の問題は大蔵省主計局の主管でございますが、主管といたしましては給与課長がおりまして、そういった問題につきましては給与課長からでなければ私からはちょっと答弁いたしかねる問題でございます。
  205. 受田新吉

    ○受田委員 それでは主計官御苦労でございました。それはあらためて給与課長に御苦労を願ってお尋ねいたすことにいたします。  もうちょっと主計官残り願って、関係した問題でお尋ねをしたいのですが、予算折衝にあたって厚生省が出される案、それについて他に関連する法律があって、それとのバランスを考慮する際には、大蔵省が常にこれに行政的な基礎研究をされて当たっておられるかどうか。先ほどの遺族年金公務扶助料の比較のほかに、増加恩給並びに傷病年金関連して障害年金、さらに障害一時金の問題にちょいと触れたんでございますが、恩給法で規定する増加恩給と傷病年金、厚生省の所管である援護法に規定する障害年金との間に差ができておるということ、こういうものはやはり公務性が違うというようなところを大蔵省がちゃんと計算に入れて予算折衝をやっておられるのかどうか。これもやはり違っているのです。これはやはり公務性というようなものを終始大蔵省は念頭に置いて御判断されているのかどうか。厚生行政にあまり干渉されないでこれは公務性となれば、大東亜戦争の様相と全く同じではないかというようなところですばっとやっていただけば増加恩給、傷病年金にぴちっと合致させられる問題があると思うのでございますが、予算折衝の際には厚生省のやっている立論の根拠というものに終始触れてやっておられるのか、あるいは予算の額を基礎にして御判断をされておるのか、御答弁を願いたい。
  206. 船後正道

    ○船後説明員 予算編成過程の作業の一般論になりますけれども、もちろん私どもといたしましても金額そのものが大切でありますと同様に、施策の内容そのものも大切でございます。したがいましてあるいは力が足りないかもしれませんけれども、でき得る限り制度の内容、これの他制度との関連、こういう点につきましては常に研究しておるつもりでございます。
  207. 受田新吉

    ○受田委員 そうすると厚生省もゆめ油断ができないですね。制度の根底にまで触れて御研究を大蔵省がしておられるようでございますから、よほどこの説明の根拠を明らかにされて、大蔵省がへ理屈を言わぬよう、ずばっと応じてくれるように、やはりここは交渉技術を十分立てて、厚生省が国民のために強く主張して、他の関連法規との間のアンバランスを是正する、こういうふうに骨折ってもらいたい。それでは主計官御苦労でした。  時間も進行しておりまするから、質問を要約してお尋ねを続けさしてもらいます。今度の戦傷病者遺族援護法関連した法律の中に、未帰還者留守家族等援護法の改正規定が出ておるわけです。この未帰還者留守家族等援護法の適用を受ける人員がいま何人おるか、行くえ不明と生存確認との数字を現時点においてお知らせ願います。
  208. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 現時点と申しましても、昨年の十二月一日の数字でございますが、いわゆる未帰還者としまして六千六百七十七人であります。そのほかに、戦時死亡宣告を受けた数でありますが、やはり昨年の十一月末の数字でありますが、一万六千四百六十五名、こういうことになっております。
  209. 受田新吉

    ○受田委員 いまの未帰還者六千六百七十七人の中で、私がお尋ねした行くえ不明と、それから生存確認と分けてお尋ねしたのがお答えがない。
  210. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 六千六百七十七人のうち、生存確認とまでいきませんが、生存推定者が幾らあるか申し上げますと、三千三百九十人が一応生存が推定される方々でございます。
  211. 受田新吉

    ○受田委員 その残りが不明だ。それで、これに対して、厚生大臣の職権をもってする戦時死亡宣言を希望している人がまだ残っておるのですが、あとの人は、がっちり戦時死亡宣言してもらいたくないという猛烈な帰還促進を願っている人と推定していいのですか。
  212. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 六千六百七十七人のうちで、未帰還者に関する特別措置法による戦時死亡宣告の関係でありますが、一応こまかい数字になるかもしれませんが、申し上げますと、特別法の該当者と認められる方が、はっきり該当する者が千百四十五人、それから該当者と思われる者が六百八十八人、それから該当かどうかについてまだ調査を要する者が四百四十九人、それから一応非該当と思われる者が、これは三つに分かれますが、死亡の確度の高い者が百三十四人、それから七年以内の資料はないが、生存の可能性が多い者が九百九十五人、七年以内の資料のある者が二千四百十六人、それからいま申し上げましたのは、実は留守家族援護法の未帰還者でありまして、いま申し上げた数は、合計五千八百二十七人。それからいわゆる留守援によらない未帰還者がありまして、その数が全部で八百五十人、こういうことになっております。   〔委員長退席井村委員長代理着席
  213. 受田新吉

    ○受田委員 戦いが終わって二十年たった今日、まだ祖国に帰らない未帰還者、一般邦人も含んでおりますけれども、それは家族の身になったら悲壮なものだと思う。けれども、自分の肉親はやがて帰ってくるという淡い期待を持っている。その未帰還者の留守家族の処遇というものが、ここで戦傷病者援護法と同じ額のものが取り上げられている。その問題が一つ。  それからもう一つ、未帰還者留守家族等援護法の中にある帰郷旅費、葬祭費、遺骨引取経費、こういうものもここで規定してあるようなわずかな金額、ここで読み上げるには情けない数字になっておりますから、私は言いませんが、これはもう少し近代的な予算をお組みになって、この法律の改正のときに、帰郷旅費については、わずかな涙金でなしに、よそに行っても、ちょっとしたホテルにでも泊まって帰れるような、余裕を持たせるような金額に是正した改正案を一緒にお出しになっていただきたいと思うのですが局長さんいかがでございましょうか。
  214. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 いまお話しの各種の手当等の増額につきまして、われわれもいろいろ財政当局と折衝したのでありますが、遺憾ながら増額の措置がとれなかった次第でありますが、お説まことにごもっともの点がございますので、将来さらにこの点について努力したいというふうに考えております。
  215. 受田新吉

    ○受田委員 厚生省はずいぶん苦労されたんですね。予算折衝されても、これは認められなかったんですね。該当者がわずかになってきているのですから、これは一万や二万差し上げたって、総額においてはスズメの涙ほどしか国家予算には影響しません。このあたりでひとつ英断をふるって思い切った措置を、厚生大臣、次会でもやむを得ないでしょうが、御提出をお願いしたい。大臣の御答弁を。
  216. 神田博

    神田国務大臣 いまお述べになりましたことは非常に重要なことであります。また真に報いる道にかなった点でございますので、十分検討して、御趣旨に沿いたいと思います。
  217. 受田新吉

    ○受田委員 なお、この機会に、帰還促進をどのようにはかっておられるか。残された六千名ばかり——相当圧縮されましたこの方々が祖国へお帰りになるために、厚生省はどんなお骨折りを行なっておるか。未帰還者調査部も廃止されまして、担当者はどういう方向で実態調査をやられておるか。外交交渉は国務大臣として神田先生も大いに働いておられると思いますが、未帰還者の帰還促進、全員祖国に帰られる日、生死が判明する日を、われわれは戦後二十年たった今日まだこれを議論をしなければならぬということは悲しいことです。
  218. 神田博

    神田国務大臣 いま受田委員のお述べになりましたことは、非常に重大なことでございまして、厚生省と申しますより、政府といたしましては、これはもうずっと引き続いていろいろな処置を講じております。現に最近の例を申し上げましても、たとえば、ソ連地区におきましては、先般藤山愛一郎氏が訪ソいたしました機会にも、帰還促進と墓参の個所もふやしてもらうというようなことも、十分お願いいたしまして、フルシチョフ氏に直接その旨を懇請いたしまして、非常に向こうから理解ある返事をいただいております。今年の春から夏にかけて直接墓参個所を、樺太を含め、シベリアその他相当大幅に増加し、また提出された名簿を点検して、希望に沿うような帰還の措置をとろう、こういうようなことを言われております。また中共地区等に対しましては、これはしばしば中共地区にわがほうの要路の方が参りますので、その途中をいつも利用いたしまして、お願いしておるわけでございます。おいでをいただきまして、いつもあちらの要人にお会いになられてそうして詳細な報告を聴取しているという現状でございます。その他各地におきまして、事あるごとにまた遺骨の収集、墓参の処置もいろいろ懇請しているという現状でございます。
  219. 受田新吉

    ○受田委員 これに関連して、小笠原の墓参、これは具体的に厚生省はおきめになっておられるのじゃないかと思うのですが、南方諸地域のあるいは台湾、あるいは中岡、ソ連等への墓参、こういう問題も一緒に御研究されておると思いますが、具体化された小笠原問題はどうなっておるか、ひとつお答えを願いたいと思います。
  220. 神田博

    神田国務大臣 小笠原のほうはちょっといきさつがございまして、総理府のほうにやっていただいております。総理府のほうが胸こうとの連絡がよくついておりますので、そうしております。所管は総理府のほうが担当しておる、こういう状態でございます。
  221. 受田新吉

    ○受田委員 私は外交交渉の問題が、ひとつ残っておる。それは毎回申し上げたけれども、なかなかいい答えが出してもらえない。今度は神田先生からひとついい答えを出していただきたい。いま日韓会談は大いに軌道に乗ったような動きで、今夜あたり何かえらい答えが出るのじゃないかと思っておりますが、非常に急いで会談をおきめになるようでございますが、日本人として戦死した韓国人、台湾人、こういう人々は、御本人が戦死するときには日本軍人として戦死されておるのです。他国人で戦死されたのじゃないです。その戦死された人に対する遺家族のための処遇、公務扶助料とか、遺族年金というものは、当然それが現在外国人であろうと、法律の改正をしてでもこれは扶助料を、あるいは遺族年金を支給をすべきじゃないかと思うのですが、これは諸外国の例を見ても、アメリカなどの例を見ればわかるのです。アメリカなどで二世が出征して戦死をした。その親が日本におる。そうすると、その親のところへ遺族年金がどんどん来ております。諸外国は、たとえいま国籍がどこにあろうと、かつてその国の軍人として戦死した者に対しては、その遺族に同等の処遇を与えますが、日本だけは韓国人、台湾人に対して一向そういう措置をしておらぬ。
  222. 神田博

    神田国務大臣 受田委員のおっしゃる意味は、私も志は同じでございますが、御承知のように日本法律自体がまだそこまでいっていない。そこでその処遇ができない、こういうことだと考えております。
  223. 受田新吉

    ○受田委員 それはきわめて簡単な改正でできるのですよ。つまり、その遺族年金公務扶助料の支給対象に、日本の国籍を有する者というのを削ればいいのですよ。あるいは別の規定をちょっと書き足せばいいのです。本人は日本人として名誉の戦死を遂げておるのですから、韓国人で戦死したのではないのです。日本人として戦死しておる。その親が国内におるのもあれば、台湾、韓国におるのもある。せめてその数字がどれだけあって、それにどのくらいの予算があるかくらいは研究されておると思いますが、それをちょっとお示し願いたい。これはこの機会に日韓会談の返答待ちで、請求権の中で、これは三億ドルと二億ドルの有償、無償の議論などとは別問題ですけれども、やはりこれは国際的人道主義から言って、りっぱな先進国家と同じ大国並みの発言をしておる日本政府としては、たとえ相手が北鮮人であろうと、南鮮人であろうと、台湾人であろうと、日本人として戦死され、すでに靖国神社へ祭られておるというその遺族公務扶助料、遺族年金を支給する、これは国際的な通例になっておるのでございますから、日本の国の法律がそのままでは払えぬというのであれば、法律改正をやって、ただし、戦死当時日本国民であった者の遺族と、こういうふうにしておけば、法律改正は簡単にできる問題ですから、これは外交交渉の対象になるのかならぬのか、そのことも含めて、もし専門的な知識が必要であればどなたか答弁できる人に来てもらって——私は第一次日韓会談が片づこうという段階で、この懸案は戦後三十年たった英霊に報いる道として恩讐を越えて、ひとつお支払い措置をしてもらいたいと思うのです。
  224. 神田博

    神田国務大臣 きわめて重大なことでございますので、それぞれ関係方面と連絡をした上で御答弁申し上げたいと思います。
  225. 受田新吉

    ○受田委員 関係方面と連絡ということは、この前のときにも言われたのですがね。前の小林先生もそう言われた。一年たったら、もうそろそろこのたびは答えが出るだろうと思っておったわけでございますが、鈴村先生どうでございますか。
  226. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 先ほどのお尋ねの数字をちょっと申し上げますと、これはいまお話のような方々に援護法のできた最初からさかのぼって適用するということになった場合に、どのくらい金がかかるかという試算でございますが、軍人としまして昭和二十七年四月からこれを適用したとした場合、三十九億余りの金がかかる、軍属は同じ場合に九十九億、合計約百四十億の金がかかる。それからさかのぼらないで今後適用した場合に、これから適用するといたしますと、年間どのくらいかかるかと申しますと、約二十億の金がかかります。  それからいまお話の問題でございますが、われわれのほうの遺族知命あるいは遺族給付金等の問題は、当然恩給法に基づく各種の給付関連した問題がございまして、やはりその問題と一貫して考えなければならぬ問題が一つございます。  それからもう一つは、事務的に考えました場合に、当時のいろいろな給付の基礎になる資料を集めなければいかぬわけですが、これがまた相当たいへんな仕事であろう、ましてや二十年前のことでありますので、資料が集まるかどうか、そういう危惧ももちろんあるわけです。
  227. 受田新吉

    ○受田委員 その危惧は危惧として、私は事が済むと思うのです。とにかく日本軍人として戦死させておいて、あとはしり食い観音というのは——これはわからぬかもしれぬけれども、われわれのほうでは知らぬ顔だということなのです。こういうことは国際人道上の問題からも許されないと思うのです。やはりこれらの問題は日本がいち早く処理して、日韓会談の請求権などと混同させないで、国家のために戦死していただいた人に対する処理をせぬでおって、日韓会談の請求権の議論をするのは、私は筋合いが違うと思うのです。国務大臣として神田先生、これはあなたが御在任中に善政をしていただきたいのです。これは全世界に日本の良識を高く評価をされると思うのです。これだけやられても、神田先生は終生偉大なる厚生大臣として千載青史のもとに名を列する実績が上がると思うのです。日本のすべての遺族の方も、一緒に日本人として戦死した韓国人、台湾人に対して、心の中では御苦労さんだとみんなが思っておると私は思う。いかがでしょうか。
  228. 神田博

    神田国務大臣 そのお気持ちといいますか、考え方につきましては、私も全く同感でございます。これは私がそういう気持ちであっても、いろいろ実行するということになると、なかなか容易ではない問題がございます。ひとつ十分検討いたしまして、善処いたしたいと考えております。
  229. 受田新吉

    ○受田委員 これは検討することがしばしば繰り返されてきたのです。だから私がきょうは長い間御懇意に願っている神田先年にずばりとしてもらいたい。検討するというのは日韓会談でけっこうなんです。いま大臣がくしくも言われた、法律を改正すれば済むことであれば、これはごく簡単です。これは何か法律改正で日本国民であったということを例外規定を設けていくだけで済むのでしょうか、あるいはほかに何かありますでしょうか、どうですか。これをやると韓国と台湾側がおこるとか何かというようなことがあるのでございましょうか。どなたか御存じの——これは私ちょっとはっきりさしておいていただきたい。どこかに壁があるのでございますか。外務省とか法務省とかいうものの出現が必要であるならば出現を願って、私はこのことをきょうはひとつ片づけておきたいのです。
  230. 鈴村信吾

    鈴村政府委員 確かに法律的には規定の改正ということで済むかと思いますが、一つは先ほど申しましたように恩給法の取り扱いとの関連がどうしても出てくるのではないかと思っております。それからすでに二十数年たちました現在、はたしてそういうふうな改正を、いたしました場合に、個々の韓国人についてそういう必要書類が整うかどうか。現在朝鮮は南北に分かれております。そういう関係もありまして、はたしてそういうような必要書類が整うかどうか、事務的に非常に見通しがつかないということ、それから遺族日本におります方と、それから韓国なり北鮮におられる方とあるわけでございますが。そういう方の国民感情と申しますか、そういう点からいって、はたしてどうであろうかという問題もあり得ると思いますけれども、諸般の随伴してくる問題がいろいろあるように考えられます。
  231. 受田新吉

    ○受田委員 諸般の随伴問題というのはあっさり片づく問題だと思います。韓国民やあるいは北鮮人並びに台湾人が、日本がそういう措置をしたのをおこるようなことは私はないと思うのです。おこらないと思います。恩給局との相談は、さっき申し上げたようにむしろ厚生省のほうが引きずり回せば恩給局という役所はすぐついてくると思います。それから外交交渉の上で何か問題があるとするならば、これもこちらがそういう人道主義を果たすということでありますから、それに刃向かうような外交ということはあり得ぬと了解します。法律改正はごく簡単な手続でできる。予算は百億前後という金、これは当然支給すべきものを国家が不当利得をしておるようなものです。なくなられた方にお報いもしないで不当利得をしておる。なくなった方は靖国神社に祭られておる。英霊は泣いていますよ。大臣、急速な御相談を開始していただけますか。これはひとつ御相談をしていただいて、いい結論が出るようにお運びを願いたいと思うのですが、それだけで私はそれ以上はもう申しません。どこに壁があるのか。
  232. 神田博

    神田国務大臣 私は受田委員のおっしゃる気持ちはわかります。それからまたアメリカがやっておられることも聞いております。御承知のように勝った国と負けた国という意味で私は申し上げるわけじゃありません。問題は、一体日本の場合も——これは私理屈や議論をする意味で申し上げているのではございません。日本の場合もとことんまで負けてしまって、国滅びて山河あり、その後の努力によって戦没者の処遇をしておるというのが現状じゃないか、こう思うのです。  それから、これは関係各省も多いと思います。厚生省といたしましては、これは日本人を対象としてやっておる政治の窓口でございますから、外国人を厚生省が先になって音頭をとってやるということも一体主管上どうであろうかという問題もあろうかと思います。国務大臣としての考えはどうか、こうおっしゃるわけでございますから、そういうことで意識して申し上げておるのでございます。昨年も小林厚生大臣に聞いたのだということでございましたが、実は私これは正面申し上げまして具体的な引き継ぎも聞かなかったものでございますから、きょう実は初めて先生からのこうしたお尋ねをちょうだいしておりまして、気持ちとしておっしゃっておることはよくわかるが、これを具体化すということになりますと、いろ調査、研究、検討を加えて、相手国のことも考えながらやっていかなくちゃならぬのじゃなかろうか、こういう気持ちでございまして、お気に召したような御返事にならぬことを遺憾といたしますが、しばらく研究の時間もかしていただきたいと思います。
  233. 受田新吉

    ○受田委員 それをひとつやってもらいたいと思います。  それでは大臣、もう質問を終わりますが、おしまいに、厚生省という役所はずいぶん人を喜ばせる役所なんです。厚生行政がよくいくかいかぬかということは豊かな国づくりができるかできぬかという基本になる問題です。特に戦争でとうとい生命を失ったりあるいはからだを傷つけたりした方々、これから先はもうこういう方々は生まれるわけではないのですから、この処理については時間をかけないで、終戦後二十年たった今日、来年の国会では基本的な改正案を用意できるように、先ほど来私が御注文した諸問題を大急ぎで総知をしぼってお手続願いたい。  そこで最後に、大臣からその意味でお答えを願いたいのは、準軍属遺族給与金なるものは、まだわずかに半額という比率が直っておらぬわけですね。これをもっと前進させるという御処置ができると思っておったのができておらぬ。この遺族給与金の増額措置をこの国会でやっていただきたかったができなかった。次回にはそれができる可能性があるかどうか。  それから、戦傷病者のうちでその妻に対する家族加給、特に戦傷病者がなくなった場合には、公務死と同じ意味遺族を処遇してあげるという意味戦争未亡人に特別給付金が交付されたのと同じに給付金を支給するというような方途を講ずることについて御所見を伺って、質問を終わります。
  234. 神田博

    神田国務大臣 お述べになりましたことはいずれも私どもも考えておる問題でございまして、これは努力いたしましてそういうような方向に持っていきたいと考えます。逃げことばではございませんが、相手のあることでございまして、厚生省だけでできるものでもありません。またそれは言わなくてもわかっておる、こうおっしゃるかもわかりませんが、私はこういうふうに考えております。いろいろ当委員会で論議されました重要なことにつきまして省内の局、部にそれぞれの検討を命じまして、そしてこれを省議としてまとめ、これを予算化するものは予算化する、制度化するものは制度化するというようにいたしまして、そして来年は厚生行政としてもっとりっぱなものを御審議願うような最善の努力をいたしたい、かように存じております。
  235. 受田新吉

    ○受田委員 質問を終わります。      ————◇—————
  236. 井村重雄

    井村委員長代理 次に、連合審査会開会の件についておはかりいたします。  本委員会において審査中の、内閣提出の港湾労働法案について、運輸委員会から連合審査会開会の申し出がありました場合には、運輸委員会と連合審査会を開催することに御異議ありませんか。   〔「御異議なし」と呼ぶ者あり〕
  237. 井村重雄

    井村委員長代理 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。  本日は、この程度にとどめ、次会は明四月一日、木曜日、午前十時より閉会することとし、これにて散会いたします。    午後四時三十八分散会