○久保委員
政務次官、失礼ですが、運輸行政に携わる者として、運輸全体の立場から刑法改正も御相談なさったと私は思うので
お尋ねしているわけです。なるほど、先ほど申し上げたように、この刑法ができたのは明治四十年、刑法二百十一条が改正の対象でありますが、二百十一条は業務上過失罪であります。こういうものは単に
道路交通の問題じゃなくて、陸海空全体に及ぼす問題であります。私は決してその刑法をこのままでいいとは
考えていません。特に業務上過失というか陸海空にわたるところの
交通業における業務上過失罪、こういうものは別章を設けて新たにきめこまかい
法律をつくるべきである、こういうふうに思っているわけであります。ところがいま提案されつつあるところのものは二百十一条の文言を変えずして単に刑罰を重くしていこう、こういうことであります。これはちっとも時代の要請にこたえているとは私は思えないのです。だから当然
運輸省当局として、法務省から
会議があったと思うのであります。その際は刑法をもう一ぺん見直す、特に二百十一条は見直す、二百十一条の業務上過失というのは単に
交通の問題だけじゃありません。言うならば薬剤師も問題があるだろう。あるいは店を並べているところの食肉屋というか肉屋の問題もある。いろいろな観点から
検討されなければならない。その中でも特に
交通運輸の問題については、業務上過失については最近の判例を一々点検するまでもありません。時代の要請にこたえられた判決が出ているかどうかというと出ていない。非常に専門的な知識も要るこの裁判に対して、残念ながら、最近の検察当局もそうでありますが、御
承知のように専門的な知識はあまりない。そういうところからくるところの不当な圧迫というか、そういうものが出てきている。たとえば先般の西武鉄道かどこかの判決を見てみますと、終電車を引き揚げる際に、終着駅において乗客掛が酔っぱらいを車外におろした。それは当然であります。乗客が全部おりたので、発車合い図をして引き揚げ出した。ところがたまたまその酔っぱらいが、どういうはずみか知らぬが、その
車両の間に落ち込んでいる。それをひいてしまった。これはいわゆる業務上過失としての判決の出た一つの例であります。あるいは鉄橋上において人物を見たので、規則どおり気笛吹鳴をした。それで近くで気笛吹鳴すれば、普通ならば線路外に立ち去るだろうという期待感をもって機関士は注意運転をしていった。ところがたまたまそれが子供であった。そのためにこれがどかなかった。もはやそこで急制動をかけても間に合わずして、その子供を殺してしまった。これもまた業務上過失ということで判決が出た。なるほど人命は何にたとえても、一番重いのでありますから、それに対するところの当然の
責任はあるというものの、現在におけるところの
交通運輸に携わる者のいわゆる業務上の注意義務の限界、こういうものにも明治四十年から今日ではだいぶ変遷があるわけですね。そういう点を全然考慮外に置いている——というと語弊がありますが、考慮されない分野が残されたままで判決を下すことは、決して前進ではないと私は思う。そういう意味からいって、刑法の一部改正については、
運輸省としてこの業務上過失については別項を置いて、少なくとも
交通運輸の
実態からして、
交通運輸のもとにおける業務過失罪の扱いを規定するという前向きの意見があってしかるべきだと思うのです。いまの御答弁では、どうも法務省の説明と同じであります。最近の酔っぱらい無免許、ダンプカー運転で
事故が多い。判決を見ても、みんな最高限は大体やっているから、これはもう限界だから刑をあげなければいかぬというだけの単純な割り切り方でこれをやっていかれたのでは、どこに運輸行政があるのかと私は言いたいのです。私は決して刑法を改正してはいかぬとは言っていませんが、そういうことでは一いま
交通安全
会議をやるそうでありますが、これは当然論議になると思います。少なくとも
政府が出すからには、全般的な視野に立って法案を出すべきだと思うのです。そういう意見はちっとも持たなかったのでありますか。