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参考人(
木村元一君) 職業柄立ってしゃべらないと声が……立ってしまえばもういいのですが……。
いま御紹介いただきました
木村元一でございます。
地方税法の
改正並びに
地方債に関する
意見を求められまして、これから二十分ほど
お話さしていただきます。
御
案内のとおり、わが国の
地方財政は最近の
経済界、
社会情勢の変化に伴って
財政需要が非常にふえてきておりますにもかかわらず、
歳入構造の面では必ずしも満足すべき
状況ではないのでございまして、これは
国地方を通じて現下の
財政税制の一番大きな、また困難な問題をはらんでいるとかねて思っておるわけでございます。
つまり国のほうにおいても
相当の
財源が必要であり、
地方においてもいま申しましたような
事情で
財政上の
需要に押されております。ところが、いろいろな沿革で
国税のほうにはどちらかといいますと、有力な
税源が与えられておる、
地方のほうはどうしても
中央に比べると
税源の面で弱い
状態に置かれておる。そこで
地方の
財政を補強いたしますために、何か有力な
税源を
地方に回すということが絶えず
考えられておるのでありますけれ
ども、これはもう御
案内のとおり、
地方と申しましても、全国に三千五百
程度の非常に多数の
地方団体がございますし、また、
段階的に見ましても、
府県と
市町村違った
性格のものが一緒にされて三千数百の中に混在しておるわけでございまして、かりに
地方に有力な
財源を渡すといいましても、渡されたほうでこれを十分活用できるところと活用のできないところとが出てくるということでありますが、ここに
地方財政のむずかしさといいますか、
解決のめどのなかなかつきにくい理由が
一つあると思います。ここ数年来のたいへんな
経済成長によりまして、全般的に見ればある
程度余裕のできたところもないわけではございませんけれ
ども、しかし、全般的に見ますと
格差といいますか、富裕な
市町村と、そうでないところ、また、県にいたしましても大きな
府県とそうでないところとでの
格差が大きくなっておる。最近ちょっと実地に見てまいりましたのでございますが、鹿児島県のごときは、県の歳出が約三百数十億、四百億近いのでありますが、その中で
県税でまかなっている
部分がたった八%
程度しかないというような
状況の
府県があるかと思うと、不
交付団体の
東京、大阪のように、
相当部分を
税収でまかなえるようなところもできておるという
状態でございます。したがって、税の面で補強をいたしますと、その
格差をかえって広げるような傾向が出てくるのでありまして、
財源保証、
税源の
強化という
要請と
府県間あるいは
市町村間の
格差の
是正という問題とが絶えず二律背反的な
関係でわれわれに
解決を迫ってきておる
状態でございます。で、この問題を根本的に
解決するということは、
経済界が現にこのような激しい
状況で動いている際でもありまして、おそらくどなたにも、こうすればみんなの満足のいくような
解決ができるというふうな、
納得のできる案というものをいまの
段階で
考えるということはたいへんむずかしいことだと思っておるのであります。しかし、今回の
改正案のもとになりました
税制調査会の
答申の趣旨は、
格差の解消ということもさることながら、もちろんそれは
考えるのでありますが、何ぶんにも貧弱な
市町村における
税負担というものが、極度に大きくなっておる。これも数字がいろいろございますけれ
ども、まあ、たとえば
東京で
市町村民税の
本文方式を採用し、
準拠税率を使っておるところで、夫婦、子供三人、五人
世帯で五十万円
程度の年収がある人が、
東京でありますというと三千何百円
程度しか納めていない。ところが、
ただし書き方式をとりながらなお
準拠税率を加えて
課税をしております
市町村に参りますというと、それが一万七千円も一万八千円も
負担をしておるという
状況、この
状況は
国民の
税負担の
均衡という点から
考えて、何としても見のがすことができない、こういうようにだんだん
考えてまいりまして、かねてから、そういう
意見があったのでありますが、今度、
税制調査会のほうの
答申として提出せられ、それが
政府の
原案の中にも取り入れられてきたのであります。この点はやはり慶賀すべきことなんですが、この
方向でとにかくひとつやってみなければならぬ
段階にきているということがはっきり認識せられ、また、これに伴ういろいろな問題がまた
あとから
あとから出てくるわけでありますが、一応
ただし書き方式の
廃止という
方向に踏み切っていたその第一年目というのが、
昭和三十九年度に約百七、八十億の
減税という形でしたかになって提案されているのであります。ひるがえって、
所得課税という
観点から
考えますと
国税のほうでは、年々
生活費の上昇その他に応じまして、
基礎控除の
引き上げも行われる、あるいは
扶養控除の
引き上げ、今度のように、いま
給与所得の
改定ということをかなり大幅に行なおうということでありますが、他方、
市町村民税のほうは
昭和三十五年の
改正でしたかによりまして、
中央の
租税制度の
改正が
地方にはね返ることを遮断するという
方式がとられまして、
地方住民税のほうの
基礎控除は、現在でもなお
昭和三十五年度の
基礎控除でありました九万円に
くぎづけになったまま今日にきているのであります。したがって、
所得課税における構成ということを
考える場合に、ややもすると、
国税のほうだけがいい子になるというと、ことばにとげができますけれ
ども、
国税のほうでは
最低生活費を
考える。諸般の
情勢を
考え、
納税人口がふえることを防ぐというような
措置がとられるにもかかわらず、それが
地方のほうではあまり考慮されない、これはいろいろの
事情があってのことなのでありますが、
租税の公平ということを
考える場合に、等閑視しないことがひとつ重要ではないかと思うのであります。
以下は
税制調査会の
考えではございませんで、私の
個人的な
考えでありますけれ
ども、
国税のほうで
最低生活というものを非常に強く
考えまして、ことしのように
標準世帯四十八万円以下のものには
税金をかけないのだということを声を大きくして言っておりましても、実は
地方のほうでもっと低いほうからかけておるのだ。したがって、
考えの
基礎としましては、何も四十八万円にこだわる必要はないのです。ないので
地方でそれ以下のところから取っておる分についてむしろ考慮を払う——かりにこれは当てずっぽうでありますが、四十万円以上の人から
税金が取られるようになったとしても、これは
国税、
地方税どちらかでもかまわないのでありますが、それをあまり非難することができないと思うのであります。つまり繰り返して申しますが、
所得課税として
考えたときに四十万円以上、現在
地方で三十五万円以上から取っておる場合に、これでも困るということで四十万円以上から取ろうということになってくれば、
国税であろうと、
地方税であろうと、何もそう区別をして、一方だけが
最低生活費免税の金科玉条を守っておるというような言い方をすること、これは少し
反省を要することではないかと思うのであります。それで、そういう
意味から申しまして、今度特にひどくなっております
ただし書き方式の
廃止に踏み切ったということは、これは何といっても、
一つの収獲であった、今後は
国税、
地方税を通じてさらに現在
本文方式をとっておりますところでも、もう一度
基礎控除が九万円という
昭和三十五年の
くぎづけになっておる
金額でいいのかどうかということの
反省をし直す第一歩がここに出てきた、このように
考えるのでございます。今回の
改正の一番大きな眼目は、ただいま
お話ししております
地方住民税の
改正が
金額の上からいいましても大きいのでございますが、そのほか提案されておりますものとしましては、
事業税の
免税であるとか、
不動産取得税の
改正、それから
電気ガス税の
減税その他がございます。一々申し上げる時間がございませんので、特に問題になっております点について二、三
お話し申し上げます。
まず第一は、
固定資産税の問題でありますが、この
固定資産税というものをどのような
性格の
税金として
考えるかということについては、私
ども理論的に
考えようとする人間の間でも、いろいろ
意見が分かれておりまして、御
案内のとおり、
戦前におきましては
地租と
家屋税というのがいわゆる
固定資産税の二つの項目であったのに、
シャウプ改革のときに
償却用資産というものも含めて
固定資産税という一本の
税金にいたしまして、その結果、従来はそれぞれ
家屋税とか
地租で別の
税率を使っておったものが一本になって、最初は一・六でございましたか、それがだんだん引き下げられてはおりますが、現在一・四%という
税率で
課税をされている。その場合に
種類別の
課税対象の
評価という問題があるわけで、いろいろ
お話を伺ってみますというと、大体
地租、
家屋税というものは、
戦前の
賃貸価値価格と
つながりがあるし、
賃貸価格というのはさらにさかのぼっていきますと、古い話ですが、明治六年の
地租改正のときの
金額に
つながりがあるということで、必ずしも理論的に
納得のいくような形で
評価が行なわれてきておったわけではないのであります。それが最近世の中の
事情が変わってまいりまして、特に
都市近郊の
住宅地における
土地の
居住用住宅の
値上がりが非常に著しくて、この
実情はなかなかつかめせんけれ
ども、所によりましては、
固定資産税の台帳に載っております値段の二十倍ぐらいになっているようなところもたくさんできてきておる。これに対して
固定資産税の
課税標準、それから
相続税の
課税標準、あるいは
不動産取得税の
課税標準、それぞれ
標準が違っておって、同じ
土地にいつも
政府のほうで
価格をつけて
税金をかけるということが非常に困ったことであるというふうな
事情。もう
一つは、
固定資産税の性質をどう
考えるかということと
関係があるのでありますが、かりに一・四%という一本の
税金が正しいとした場合に、
固定資産税の中の
種別ごとに
評価が違ってきた場合、たとえばいま言ったように、
居住用の
土地が上がってくればそちらのほうがもっと
負担すべきであって、
償却用資産のほうはあまり
負担しなくてもいいのではないか。あるいは
農地だとか
山林の場合はどうか。
固定資産税内部の
負担の
均衡という問題もからんで出てきたのであります。そんなことで、従来うやむやのうちに、何と言いますか、隠れておりました問題が今度の
評価ということを契機として一時にこれがあらわれてきて、われわれに対しましても
国定資産税の本質をいかに規定するかという問題を投げかけてくるという
状況に現在きておるのであります。これに対してどんな
措置を今後とっていくかということは、先ほ
ども地方税全体について申し上げたと同じように、激動しておりますこの
経済界の動きの中で、理想的な案をつくり上げることは、あるいはたいへんむずかしくて、来年七月の
税制調査会の任期までに完全な
理想案が組み立てられるかどうか、その点も私
自信がないのでございますけれ
ども、ただ、一般にこういう
議論が非常に強いのでございます。つまり、自分がだんだん住んでいるだけで、何も
利用状況が変わっていないのに
固定資産税が上がってくるよう場合には、特殊な
措置を講じなければならぬのじゃないか。これは
考え方の違いがいろいろあるのでありますが、ごく突っぱなした
経済的な
観点に立ちますというと、買ったときに一万円くらいの
土地が現に五千万円も六千万円もしているというふうな
土地を持っておられる方は、そこにただ住んでいることが
経済の
資源の
配分という点から申しますというと、実は大きなむだとしているのだという
考え方も
一つ成り立つのであります。ただ、五千万円になったという
事情が
人口の
都市集中とか、
経済の激動という特殊な、一時的な
事情でもってなっているとすれば、それを
課税標準にすぐ用いることは問題があろうかと思いますけれ
ども、かりにほんとうの
意味でそれが五千万円になっている、そこへ平家を建てて、昔のままで住んでいるということは、広く社会
経済的に見れば
資源の浪費をしているのだという
観点も
一つあるわけであります。したがって、
固定資産税の
課税のやり方については、
一つの方針ですっと割り切った形で結論が出るかどうかわからないのでございますが、
税制調査会のほうでは、まあまあここ二年、三年の間の暫定的な
措置というものを
答申いたしまして、
農地については
従前どおり、
居住地の
値上がりに
相当する分は、
個人々々の
負担が二割前年度よりもふえた分まではふやすけれ
ども、それ以上はふやさないというところで
答申を出している。しかし、これはあくまで暫定的なことでございまして、もし、正確に
評価し直していけば、かりに
農地のほうの
評価が二割や、三割上がりましても、
宅地のほうの
評価が
平均でもって約七倍に上がっているそうでありますから、そのまま同じ
金額だけの
固定資産税を徴収するとすれば、
配分がえが行なわれて、
宅地のほうで増税、
農地のほうでは
減税といったようなことも起こってくるかと思うのであります。ただ、これについて、理論的にすっきりしたものにする方法がどういうものでなければならぬか、私もまだ
十分自信を持って
お話しすることができないのでありますが、まあ暫定的な
措置としては、この
程度のことしかできなかったのではないか。ただ、
個人的な私の感じから申しますというと、
市町村というものは、
シャウプ改革で一番大きな
税源を与えられたのであります。
一つは
住民税、
一つが
固定資産税、
地方自治の根底を
市町村に置こうという
シャウプの
改革の端的なあらわれが
財源配分に出ておったのでありますが、その後の
経過を見ておりますというと、
市町村民税の一部が
府県のほうへ移ってくる、また、
固定資産の
評価というものは、これはどこの国でもむずかしいことになっているんでありますけれ
ども、
自治省できめました
指示平均価格というものを
基礎にいたしまして、上げ方を非常に抑えに押えて今日にきておったという
事情があります。で、
市町村の
運営機関が非常に強力であれば、私は
固定資産税というものは、もう少し
実情に照らしてふやし、
市町村の
財源を
強化する一番手っ取り早い、そうしてまた合理的な道が
固定資産税の
収入の増加という点にあるのではないか、このように感じております。これはまあ私
個人の
考えで、反対の
意見の方もおることは承知しておりますが、もっと
固定資産税をじょうずにたくさん取って、先ほど申しました
地方財政の
欠陥を幾らかでも埋める道を
考えていく必要がある、このように思うのであります。
それから
電気ガス税につきましても、これはまあことしの
改革は
市町村に
関係の多いものが多かったのでありますが、いろいろ御
意見があることを承知しております。今回は八%の
税率を七%に下げるというところの
答申がなされ、
原案もそのようになっておるようでありますが、これも私の
個人的な
考えでありますが、現在の
状況におきまして
電気ガス税というものがそれほど悪税であるとは私は
考えていない。ただ、
産業用に、コストの中に含まれてくる電力、
ガス、それに対して
課税するということは若干問題がありますので、今後
電気ガス税というものは
家庭の直接消費に対する
支出税という形でもって編成し直して、現在ありますように、いろいろな
産業で
電気ガスをよけい使うところだけを
特殊扱いにするような複雑きわまりのないこの
措置をここいらですっきりしたものにして、
産業用のものは全部
免税する。そのかわり
家庭用の
電気ガス税というものは
現状あるいは場合によっては増税しても残しておくというふうな線でひとつ
考え直してみたらどうか、このように思っておるのであります。
なお最後になりますが、今度の
減税補てんのための
地方債の問題でございますけれ
ども、これは事柄としましては、私もこれ以上
考えてもいい案はどうもないのじゃないか。いろいろ
公債発行論との
関係で
議論があることは承知してありますけれ
ども、私の腹の底では、近代的な
国家において
公債の
発行もできないような
国家というものは実は
国家じゃないのだと、つまり
公債発行を何となしにみんなこわがっておるということは政治に対する不信である。現在の
政府なり
内閣なりに、
公債を自由に
発行してもいいということを
国民が認めた場合には、一体何をされるかわからぬという実は心配が残っておる。それがなければ必要に応じて
公債を
発行することは一向差しつかえないのであります。その
意味から申しまして、それが
地方で
発行されようと国で
発行されようと、まあまあ問題はさほど重大な差異であるというわけではないように思うのであります。ただ、まあ今度の
減税の
補てん公債を認めました場合に、同じ
程度の
市町村で、一方は非常に節約をし苦労をして、
ただし書き方式から
本文方式に変わっておった
市町村と、同じような
状態であるけれ
ども、それだけの努力を払わないで、もとのまま
ただし書き方式を採用しておったところと二つありました場合に、今度の
方式でいきますというと、なまけておったもの、なまけるという
意味はなかなかむずかしいのでありますが、かりにそういう表現が許されるとしますというと、なまけておった
市町村のほうが、三分の二は
元利償還国家が見てくれる。また
あとの三分の一については
交付税の
対象として十分考慮するということになりますので、実際の
起債のワク、その他を現実に御指導なさいますときには従来の
経過な
どもよくお
考えになって、あまり
へんぱな処置にならないように御注意いただけたらよろしいんではないか、このように思います。
いただきました時間をちょっと過ぎたようでございますので、これで私の話を終わります。