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藤田進君 この点のやはり弊害というものが、非常に民主的であり、かつ円満であるように見えましても、行政指導なり内々の話し合いでということは、それなりにいいようでありますが、しかし、過去における実情、あるいは
現状におきまして、注文になっても、
電気事業に携わるものとしては、かなり政治権力による脅威といいますか、先般の衆議院段階における通産
大臣の答弁でも、経営についてどうもおもしろくないので東北
電力の社長以下やめさせました、というような調子なんですね。ですから、案外、民主主義的であると言うが、法をもって議会という国民の代表の審議も経て、そして、これが是か非かということをきめることのほうが、現在の議会主義政治というたてまえから見ても妥当ではないだろうか。これが舞台裏においてやめろといえば、私
企業であり、株主総会できめられていても、通産
大臣のツルの一声でやめていく、これが
一般の
公共の
福祉、公益性に直接
関係するものである場合はまだしものことです。いろいろ過去においても、九州
電力の人事において一通産政務次官がどういたしたとか、こういたしたとかいったようなことで必ずしも明朗でない事態が起きたりしてまいりましたので、やはりルールとしては、そういう場合は、こういう大きな私権に関する場合には、法をもって規制していくということがむしろ民主的であるように私は思うのであります。
まあこれに対する再答弁は求めませんが、次に
総理の御決断をいただかなければなかなか前進しない問題の
一つとして、水力の開発というものが、御
承知のように、わが国はもう過去長い間水主火従、水力が六割ぐらい、当初の段階では一〇〇%でしたでしょうが、これがわが国の特徴として、小学校の昔は読本にも出ていたくらいに特徴とされていたわけでございます。水資源の活用ということは。それが漸次今日逆転をしてまいりました。これは結局、水力の開発というのは、その建設費において、あるいはキロワット・アワーの単価において非常にコスト高である、あるいは開発を急速にいたしますので、時間的に間に合わないといったような点が大きな
理由になっていると思います。しかし、水力が、言うように、減価償却が水路は、堰堤は何十年といったようなことは、これは
資本の効率から見れば必要でしょうけれども、実際は百年でもあるいはそれ以上もつわけで、ましてや、治山、水利あるいは水害の復旧といったような
関係から見ましても、かなり
電力の開発以外に多目的利用というものがあるわけであります。これは最近、池田内閣におかれましても、特に最近は、水力というものについてもっと拡大していこうという方向が出てまいりましたことは、まことに私はけっこうだと思うんですが、ただ風潮だけではまいりませんのは、何といっても水力に対しては、諸般の補償
関係がうまくいっていない。衆議院におきましても、先般朝日新聞が六月三日に取り上げた「まぼろし部落」と称する、これを中心に
議論されております。しかし、これは、こういう記事が出るのはまだまだおそきに失して、もうすでに数年も前から
電源開発が確定する、すなわち、水利権の許可がありますと、もういち早くここには用地交渉なんかよりも早く、鉱業権の設定がなされる。私もずっと以前に
商工委員会の
調査団として参りました個所もありますが、鉱業権の設定は、ダムのサイトに横穴を掘って、二、三人でモッコを下げて掘っている。これに三億出せと、こう言うんです。堰堤の上流を見ますとね、この「まぼろし部落」に出ているのは数年前ですけれども、ちゃんとパネルで組み立てるようにして、そうして、いや分家だとかなんとか言って、ときどき煙が出てくる、煙突から。それにまた
電気会社は
電気をつけているんです。これは
供給規程なんかでつけないわけにいかないんでしょうが、こういうことがあるわけなんですね。そうして当時
——いまはもっと上がっていましょうが、大体どこの場合も、どこどこの建物を持ってきて、あすこが十万円もらっているから、その後物価も上がっているから十五万円くれなければ立ちのかぬ、これが五戸や十戸じゃないんです。この場合、七十五戸ぐらいだと思いますが、こんなことが結局は許される結果になる、ごね得という。私は、先祖伝来の土地なりその他の財産について不当に取り上げるということはいけないと思います。
電源開発として国家目的に沿う以上は、十分の補償をすべきだとは思いますが、みだりに収用法で云々すべきじゃないと思うけれども、こういう明らかに補償目的というものに対する
一つの措置というものがなくては、水力を遠ざかるということは、これは自然だと思う。この点について、通産
大臣においても、建設
大臣においても、その他、どうしようもないというのが結論であります。どうしようもない、どうしようもないでこれからおいきになる
方針だろうかと私は言わざるを得ない。しかし、
総理は決してそういうことではないと私は思って特に御出席をいただき、この点についてのお考え、対処すべき方策についてただしたいと思うわけであります。またこれと
関連して、いわゆるこね得、補償
——「まぼろし部落」と同様とは申し上げませんが、
公共補償ですね。これまたどうも非常に不当なものがあります。具体的にいえば、水没地域でも何でもないところに、学校を建てかえなければならぬとか、あるいは町役場を全然新しく建てかえなければならぬ、それを寄付しなければならぬとか、あるいは全体の交通
事情から必要がないにかかわらず、相当幅員の大きいものを長距離にわたって町村道をつけていくとか、そういった客観的に見て適当と思われないような、いわば
公共補償というものも大きな水力を遠ざかる原因になっております。また、今日
調べてみますと、
人件費は、先ほどの
調査では一五%くらいになっておりますが、六割以上が
資本費、つまり、金利の非常に高いこと、これは水力に関する限りは、補償その他で大きな部分を占めるに至っております。そこで金利は、低金利政策と言われておりますが、この点は予算
委員会その他でも伺っておりますので、第一点の補償
関係についての、どうにもしようがないということでは私はならないと思います。
日本の経済の大きな部分を占める
電気事業について、コスト安の電源を、そして良質な、豊富なという三条件を満たすためには、逐次所要の施策を講じられる必要があると思いますので、この点を
総理からお答えをいただきたいと思います。