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参考人(松本稔君) 伝染病
研究所の松本でございます。
私は
ウイルス学を
研究している者ですので、その観点から申し上げます。
いま問題になっております
法律案、
ソークワクチンと生
ワクチンとを取りかえようというわけであります。それで、一応
ソークワクチンと生
ワクチンとを比べてみますと、
ソークワクチンは、皆さん御存じのように、ポリオ
ウイルスを一ぺん殺しましたもので、一般に
ワクチンと申しますと、二つの重要な面があります。
一つは、予防効果がどうかということ、もう
一つは、安全であるかどうかということ、この二つでございます。予防効果の点から申しますと、
ソークワクチンはきわめてすぐれたものであります。各種の伝染病の
ワクチンが実際に世界で使われておりますが、その中でも
ソークク
ワクチンは優等生の一人でございます。次に、安全性、これも問題がございません。もちろん過去において
事故がございました。しかし、それは現在の
製造の
基準、
検定の
基準を守りさえすれば、そういうことは起こらないのであります。そこにそごがあったから起こった
事故でございまして、いまの標準
ソークワクチンは安全性において何ら心配することはございません。
次いで、次に、生
ワクチンのことを申し上げますが、世界でいままでに
研究されました生
ワクチンには各種ございます。で、いま問題になっておりますのは、その中の
セービンワクチンでございます。現在世界で実際に使われておりますのはこの
セービンワクチン一種でございます。まず第一がその点。で、これから申しますことは、すべて
セービンワクチンに限って申し上げます。
第一は、
セービンワクチンの予防効果の点でございます。これも非常にすぐれたものでございます。ポリオというおそろしい病気を予防する力は非常に強いのであります。その点では
ソークワクチンもいずれ劣らず、かなり強い予防効果を持っているわけですが、非常に違った点がございます、
ソークワクチンと生
ワクチンの間には。第一に、この病気そのものを予防するという観点から申しますと、
ソークワクチン、生
ワクチン、そう大差はないかもしれません。しかし、御存じのように、ポリオという病気は、感染を受けました人の非常にわずかのものしか発病しないのでございます。特に問題になりますのは脳脊髄がおかされる場合でございます。そういうものは非常にわずかなんであります。大
部分は病気にならずに済んでしまう。ところが、病気にならずに済んでしまうその人です。それは
ウイルスをどんどんまわりの
人間にまき散らす伝染源になるのであります。ですから、その点ちょっと
考えなければならないので、実際に病気を押える、予防するということと、感染そのものを押えてしまう、阻止してしまう、この二つは別のことなのです。で、その病気のほうの予防については、
ソークワクチンも非常にすぐれている。生
ワクチンもすぐれているけれ
ども、感染を押えてしまうという点から申しますと、生
ワクチンと
ソークワクチンには非常な格段の差がございます。
ソークワクチンは、感染を押えるということからいいますと、きわめて弱いのであります。しかし、生
ワクチンはこれを完全に押えてしまいます。
それから、もう
一つ、この点はまだ将来の問題がかなり残されておりますが、予防効果がどれだけ続くかということでございます。
ソークワクチンも、ちゃんとした方法でやりさえすれば、かなりの効果の持続を認めることができます。しかし、それにしても生
ワクチンにはかなわないと思います。生
ワクチンのほうが予防効果はずっと長く続くと思います。ただし、皆さん御存じのように、生
ワクチンを使い始めてからまだ何年もたっておりません。その間のいろいろな実験データを
調査いたしてみますと、おそらく長く続くであろうということは想像はできますが、まだ見ない先のことでございますから、どのくらい続くかわかりません。しかし、おそらく続きます。現在までのところでも、その点でも生
ワクチンはおそらくソクー
ワクチンよりまさっていると思います。
次に、一番問題になります安全であるかどうかという問題でございます。結論から申しますと、この
セービンワクチンが実際上問題になるような副作用を持っていないという証拠が十分あげられていると思います。つまり実際上安全であると
考えてよいと思います。まあこの点、前の
委員会でも他の方がかなり詳しく
説明されておられるので、あまり重複しますから、要点だけ申します。
第一が、この
セービン博士のつくられました
ワクチンの、要するに
ワクチンに使います
ウイルスでございます。これは非常な慎重な
研究の結果、たくさんの中から選び出された
ウイルスでございます。その
研究上
人間に用います前に、当然いろいろの検査が行なわれて、この三つのそれぞれ型に合った
一つずつの
ウイルス株が選ばれたわけであります。その最も重要な基礎になっておりますことは病源性がどうかということ、病気を起こす力がどうかということであります。その点につきまして、主としてアメリカの学者ボディアン博士、
セービン博士、この両博士が中心になりまして、
人間のポリオというものは一体どうして起こるのだろうか、ああいう病気はどうして起こるのだろうか。それと
サルで、
サルはポリオにかかります。その
サルの病気とはどういう
関係があるのか、それを詳しく比べた実験、
研究がございまして、その
人間の病気と
サルの病気の比較という、その基本になる知識をもとにしまして、
サルを使っていろいろな多くの
ウイルス株を検査したわけであります。
サルでこうなれば、
人間では絶対安全のはずであるという結論に達して選ばれたのがこの三つの株なのであります。いよいよ
サルの実験で安全となりましたので
人間に使う。もちろん
人間に使うのは初めてでございますから、少数例から始めて、積み重ね
方式でやっていったわけであります。それで、皆さん御存じのように、すでに世界じゅうでおびただしい数の子供が
接種を受けているわけであります。で、その結果、おびただしい数の
接種を受けても、それを全部調べてあるわけではありませんが、こまかな
ウイルス学的の、あるいは臨床的の検査をしたケースもたくさんございますし、あるいはもっと別の観点から疫学的な
調査をした
研究もたくさんございます。それらの結果は、要するにこの
ワクチンは安全である、実際上問題にしなくてはならないような副作用は見出せない、そういうものがあるという証拠はないということになります。
次に問題になりますのは、もちろんその得られました
ウイルス株、使っております
ウイルス株はそういう性質のものでございますが、実際にこれをつくりますときに、その方法がちゃんと
基準化されていなければあぶなくてとても使えません。それで、
セービン博士の努力により、また、その後この
ワクチンをいじりました
研究者によって、現在世界で認められておりますところの標準の方法がございます。
製造の方法、それから、もう
一つは、そのできたものを試験する方法でございます。もちろん
日本でやっておりますのは、世界の学界で認められている方法に準じてやっておるわけであります。それで、まあ
セービン先生の
ウイルス株を使って標準の方法でつくって、標準の方法で
検定したもの、試験したものは、安全ですぐれた予防効果を示すはずであります。いままでの成績は、すべてそのことを示しております。しかし、
考えてみますと、この
ワクチンを使い始めてからまだ何年もたっておりません。先のことはわかりません。それではどうしたらいいか、それは先ほど
久保先生もおっしゃいましたように、いわゆる
ワクチンをやったあとの
調査研究、そういうものを組織的にやらなければだめだと思います。このことは世界じゅうの学者が強く言っていることでございます。
セービン博士もそのことは非常に強調しておられる、これは何もポリオに限ったことはないと思います。どの
ワクチンでもそうだと思います。ただ、その点、まあ従来の
考え方はそれほど深刻でなかったといううらみはございます。幸いにして、ポリオの生ワクが問題になりましたときに、この点が非常に強調され、また、
研究者、あるいは行政当局の間で非常な関心が持たれ、そして着々そのいわゆる
ワクチン予防
接種——何と一言ったらいいのでしょうか、英語ではサーベイヤンスといううまいことばがあるのですが、サーベイヤンスというのは、
日本語に直しますと、どうもおかしな
日本語になって使いたくないのですが、何と言ったらいいかわかりませんが、要するに
ワクチンをやったあとどうなっているかという認識なんです。そのことはそれで順調にいっているか、あるいは何か変わったデータが出たら、それはそれに対してどういう対策を講じたらいいかという、その将来のわれわれのやるべきことのもとになるデータを集めるということです。で、現在厚生当局、あるいは府県の衛生当局、衛生
研究所、あるいは大学その他の
研究機関、あるいは病院、そういうものが力を合わせまして現在そういうことを一生懸命やっております。
大体いまやっております事項は三つございます。
第一は、生ワクをこれだけやりまして、
日本じゅうの
国民がどの
程度免疫を得ているかという
調査であります。これは全国を各
地区標本調査をいたします。現在のところ、予期どおりの満足すべき状態にあると
考えられております。
第二は、ポリオの
ウイルスがどうなっているであろうか。この
ワクチンを始める前ですと、ポリオの
ウイルスは、ことに夏の間は
日本じゅう跳梁していたわけであります。ポリオの
ウイルスを得たいと思えば簡単にとれたものであります。それがどうなっているか、これらの
ウイルスは一体
日本の中でどうなっているかということを調べるのが第二段であります。それは主として子供のふん便から
ウイルスを分離してみるのであります。その結果によりますと、現在までポリオの
ウイルスは見つかりません。もちろん
ワクチンをやったあとは、一ヵ月ないし一ヵ月半ぐらいの間はぞろぞろ出ております。それはもちろん
ウイルスをやったのですから、出るのはあたりまえなんです。しかし、そのほかの時期にはポリオの
ウイルスは見つかりません。つまりこれだけ
ワクチンをやったために
ウイルスは行きどころがなくなってしまった。絶滅したか、あるいは絶滅しないまでも、きわめて何というのですか、気息えんえんとしているという状態だと思います。
それから、もう
一つのやっております事項は、いやしくも少しでもポリオではないかと疑われるケースを全部シラミつぶしに調べてみようという努力であります。このことは非常にむずかしいのであります。というのは、どこに患者が出るかわかりませんから、その患者をつかむということが非常にむずかしい。一応いまのところは届け出患者を
対象としてやっておりますが、それでもなかなか
調査はむずかしいものであります。しかし、非常な努力をここ二、三年続けておりまして、だんだんそういう
調査もうまくいくようになってまいりました。で、御存じのように、一応どのくらいの届け出があって、その中で、実際に臨床的に見てポリオと
考えていいかどうかというケースがどのくらいあるか、それから、一番肝心なのは、臨床検査、臨床症状の観察のほかに、やはり
ウイルス学的の検査をぜひしたいわけであります。しかし、これもなかなかむずかしいので、そう高い率は行なわれておりませんが、それにしても、諸外国の例から見ますと、
日本の検査の率というのは非常に高いと思います。で、そういう例から、それではほんとうにポリオと断定していいような成績は得られるかどうか、まあそういうことを総合的に
調査しているわけであります。そして
ワクチンをやったあと、患者の発生がどうなっているかということを追跡しているわけであります。同時に、その
ワクチンをさしたあとに、
ワクチンが何か悪いことをしてはいないかという
監視にもなるわけであります。現在までにそういう何といいますか、
ワクチンをやったあと、ポリオ、要するに脊髄、あるいは中枢神経系がおかされて麻痺が起こった例というのを全部シラミつぶしに調べております。そうしますと、多くのものは、これはポリオではないという診断がつきます。で、非常に一部のものにこういうケースがございます。ポリオであるという判定はつかない、しかし、ポリオでないという判定もつかない、そういうケースが数例見つかっております。で、その点は、
日本と同じように、詳しい
調査をいたしておりますアメリカ、カナダ、この二国で全く同じようなデータが出ております。率まで非常に似ております。で、これはまあ非常に問題なんでして、いまのところ、それは何とも判定はつきません。しかし、間違ってもらいたくないことは、このケースは、
ワクチンによってそういうものが起こったという証拠もあがっていない。わからない、また、逆に、そうでないという証拠もあがっていない、そういうケースであります。で、これが約百万に一例くらいの割合で、まあ率は外国でも多少の変動はありますが、大体そのくらいのオーダーのものでございます。こういうものを、非常に
研究がむずかしいのでございますが、そういうケースケース
一つ一つを慎重に調べるということが
一つ。それから、もう
一つは、そういうケースが社会の中でどういうぐあいに、時期的に、あるいはどういう社会層に、どういう年齢に、あるいはどういう気候とか、何というのですか、環境にどういう
関係があるかというような、そういうことを調べたいのでありますが、何ぶんにもケースが非常に少ないのでそういう
調査ができません。それで、一応これはそこまでの知識しか学問的にはございません。
それはそれくらいにしまして、要するに、そのような
ワクチンをやったあと、どうでもいいと、どうせうまくいっているんだろうということでなく、きちっとした組織をつくって、そしてあらゆる
エキスパートを動員して、この
ワクチン予防
接種が、はたして予期どおりにいっているかどうかを調べるということ、それに何か変わったことが起こったならば、それにすみやかに対応し得る態勢をいつでもつくっておく、ことに先ほど申し上げましたが、免疫がどのくらい続くかということは、十年先、十五年先はわからないのであります。何もデータがないですから、そういう面も種々調べておりまして、これくらいに下がってきたら、これはあるいはどうしなければいけないのだろうかということを常に
考えていなければならない、そのもとになるデータはそうやって蓄積していなければならない、始終調べる、そういうことが肝心だと思います。要するに、この
セービンワクチンは、効果の点でも安全性の点でも、現在までの非常な膨大な
研究からも、申し分ないと思いますが、それも安心してはいけない、どうしてもこのサーベイヤンスということを今後続けなければいけないというのが結論でございます。