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1964-06-09 第46回国会 参議院 建設委員会 第33号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十九年六月九日(火曜日)    午後一時三十四分開会   —————————————   委員異動  六月九日   辞任      補欠選任    田中 清一君  高橋  衛君    天埜 良吉君  徳永 正利君   —————————————  出席者は左のとおり。    委員長     安田 敏雄君    理事            石井  桂君            稲浦 鹿藏君            瀬谷 英行君    委員            小沢久太郎君            熊谷太三郎君            小山邦太郎君            高橋  衛君            徳永 正利君            小柳  勇君            田中  一君            武内 五郎君            中尾 辰義君            田上 松衞君            村上 義一君   国務大臣    建設大臣    河野 一郎君    国務大臣    宮澤 喜一君   政府委員    建設大臣官房長 平井  學君   建設省道路局長 尾之内由紀夫君   事務局側    常任委員会専門    員       中島  博君   参考人    長野県知事   西沢権一郎君    山梨身延町長 佐野 為雄君   —————————————   本日の会議に付した案件 ○国土開発縦貫自動車道建設法の一部  を改正する法律案内閣提出、衆議  院送付)   —————————————
  2. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) それではただいまから建設委員員会を開会いたします。  先ほどの委員長及び理事打ち合わせ会の結果を御報告いたします。  本日は、国土開発縦貫自動車道建設法の一部を改正する法律案について、参考人といたしまして、長野県知事西沢権一郎君並びに山梨身延町長佐野為雄君から意見聴取をいたし、資疑を行ないます。   —————————————
  3. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) それではこれより本日の議事に入ります。  国土開発縦貫自動車道建設法の一部を改正する法律案を議題といたします。  参考人の方に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多忙中のところまげて御出席をいただき、厚く御礼を申し上げます。つきましては、本案に対する忌憚のない御意見を拝聴いたしたいと存じます。  なお、参考人からの意見聴取は、質疑応答の形で行ないたいと存じますので、御了承を願います。  本案に対し質疑のある方は、順次御発言をお願いいたします。
  4. 田中一

    田中一君 この二日間、われわれは山梨県並びに長野県の現行路線並びに、いま提案されている改正法路線を視察してまいりましたが、長野県側のほうとしては、これは別に反対する御意見はなかろうと思いますから、一応長野県として松本中心とする新産都市考え方をひとつ伺っておきたいと思うのです。これにはいろいろ構想もあろうと存じます。そうして将来の唯一内陸地域指定ということでありますから、その点、今回北回り線として提案されている改正案とどういう関連があるか伺っておきたいと思います。
  5. 西沢権一郎

    参考人西沢権一郎君) 長野県の知事西沢でございます。本日当委員会におきまして発言をする機会を与えていただきましてたいへんありがたく存じております。  ただいま田中先生からお尋ねがございましたが、その前に、中央自動車道の問題につきましては、先生方にはたいへん御配慮をいただいておる次第でありまして、この機会につつしんでお礼を申し上げます。なおまた、今回はたいへんお忙しい中をつぶさに現地の御調査をいただきまして、これまた感謝にたえない次第でございます。  ただいま田中先生から中央道北回り線と、特に松本諏訪地帯の新産業都市としての指定関係ということでございまして、申し上げたいと思います。  この中央自動車道は、当初の、何と申しますか、現行の案は、私ども長野県といたしますというと、県の南端をかすめるといいますか、通過するといいますか、その程度でございました。しかし、これによりましても県内産業経済、文化の面に非常に貢献するところが大きいということで喜んでおったのでございますけれども、さらに、北回り線、いわゆる諏訪地帯を通っていただくということになりますというと、長野県内の様相が一変をいたすというふうに存じます。たまたま新産業都市の問題がございまして、松本諏訪地帯内陸における唯一の新産業都市としての指定をいただいたのでありまして、現在国から基本方針が示されまして、その基本方針に基づきまして基本計画の策定中でございます。数字等コンクリーとになっておりませんけれども、今後数年間に工業出荷額を三千八百億あるいは四千億程度に持っていきたいというのが大体の計画でございます。このことを実現するために、中央道北回りということが非常に大きな役割りりを果たたしてもらうものであるというふうに存ずる次第でございます。実は私ども新産都市の問題として、国のほうは臨海工業地帯のみを指定をして内陸地帯指定はしないという中において、ただ一つだけ、長野県は日本のスイスのような気候風土を持っておるということで、あそこを精密電子工業等中心指定をしようということで指定をいただいたのでありますけれども、その中には中央自動車道北回り線実現をするということも大きな将来に望みを託しつついたしたような次第でございまして、したがいまして、今回の中央自動車道が私どものいわゆる諏訪地帯に回ってもらうということになりますというと、いわゆる新産都市指定を受けたところの中をよぎってもらうということになるのでありまして、このことと、ただいま申しました新産都市実現をしていくということと非常に関係があるのでありまして、逆に申しますというと、それが実現しないというと、新産都市のいま申し上げました工業出荷額三千八百億あるいは四千億という規模も望み薄にもなるのではないかというような心配をいたしておるような次第でございます。そういう意味におきまして、これはひとり新産都市ばかりではございませんけれども、特に新産都市は直接の関係がございまして、ただいまお尋ねもございましたからお答えをいたすのでありますけれども、その点と非常に関係があるし、これを実現する上に非常に役立つものであるということを申し上げまして、この政府案実現ができますように、私からこの機会に特にお願いを申し上げる次第であります。
  6. 田中一

    田中一君 いま長野県では、長野県を通過しておる国道の延長、それから整備状況改良状況——準備されてきたかどうかわかりませんが、大体大まかでいいですが、御説明願いたいと思うのです。長野県を通過している国道一級国道、二級国道一緒でかまいません。それと改良、未改良がどのくらい残っているか。それからいわゆる舗装しないのがどれくらいになっているか。改良してあるけれども舗装していないものも相当ありますから、その点ひとつ御説明していただきたいと思います。
  7. 西沢権一郎

    参考人西沢権一郎君) 田中先生お尋ねに対する数字等の持ち合わせがございませんので、大体の私の記憶程度にとどまるのでたいへん恐縮でございますけれども一級国道長野県は十八号、十九号、二十号と三本通っております。十八号は、直江津から長野を通りまして、高崎を通って東京に来るのでありまして、これは途中から十七号になりますけれども長野では十八号であります。これは、長野から東京間は全部舗装ができております。いま北へ向かって工事中でありますけれども、これは一年半くらいといいますか、二年と言ったほうがよろしゅうございますが、大体完了するというふうに思っております。  それから十九号というのは、長野から松本を通って名古屋向かう木曾谷を通っておるのでありまして、これが一番おくれておりまして、四十一年に大体完了する、そういう見込みでございます。  二十号は、松本の向こうといいますか、こちらといいますか、塩尻近くの−塩尻市から分かれまして諏訪通り山梨を通って東京に来るのが二十号でありまして、これも十八号と同じ程度に進行しておりまして、一年くらいで大体改良舗装ができると思います。木曾谷を通るのが一番おくれております。これが一級国道の状態であります。舗装進捗状況等はどのくらいになりましょうか、三分の二程度でき上がっておると大体考えられております。  二級国道になりますというと、これはたくさんございまして、まだ改良舗装等は、おそらく三〇%、舗装などは十何%程度だろうというふうに思います。そのうちで最も重要なのは、いわゆる私の県は縦貫道というのが必要であるということで、その縦貫道に数えられておりますのが、長野から松本を通って塩尻を通っていわゆる伊那谷を通すというのでありまして、塩尻から伊那谷を通っておる線、これは二級国道でありまして、一級から二級に連なるのでありまして、この改良舗装等がおくれておるけれども伊那谷近いあそこが、まあ県としては、県庁にも遠いし、天竜川の流域であってあまり恵まれた地帯でもないから、あそこの舗装などは、国のほうばかりにたよっておっては進まないので、県独自で舗装をしておくということで、ことしで三カ年計画でありますけれども、これは数字で申しますと、いうと毎年一億ずつ出しまして、ことし三億余り出しまして、県単舗装をいたしまして、これで飯田までは通じましたけれども飯田からさらに南を継続してやろうというふうにいま考えておる。これが二国では私どもの一番重要な線であります。そのほか、二国になりますと諏訪から和田峠というのを通って十八号に連なるもの、それから松本から上田に出るもの、さらにまた、長野から十日町のほうに来るもの、たくさんまだそのほかにもありますけれども、それらのほうの改良舗装等はだいぶおくれておりまして、一国に比べると非常におくれておりまして、これも促進をはかっていかないというと、もういまは交通量等も非常に激しくなってまいりまして、国の道路整備計画というものが、何か公共投資のほうが経済伸長よりおくれておるような気持ちもいたしますので、県も貧弱でありますけれども県単をつけ加えつつ国のほうに一生懸命に働きかけておる、そういう実情でありまして、進んでおるほうとは言えないというふうに私は判断をいたしておる次第でございます。
  8. 田中一

    田中一君 きのう飯田市にわれわれは入ったんですが、飯田地区飯田市長さんが下伊那各地市町村長代表として発言があったんですが、大体縦貫道路線敷地は全部無償提供をしようという決意をしております、という答弁といいますか、説明をしておりましたが、無償提供というこの現実、事実に対して、知事はどういう相談、あるいはもう相談があったならば、その経緯を説明していただきたい。ないならば、沿道住民地主無償提供しょうという考え方に対して、知事としての意見をひとつ伺いたいと思うんです。それで、これは下伊那地区方々意思表示でありましたけれども、なお、諏訪、それから上伊那等沿道方々の意向はどうなっておるか、伺っておきます。
  9. 西沢権一郎

    参考人西沢権一郎君) 道路用地無償提供という問題でございますが、これはかって——かってといいますか、中央自動車道等をこちらのほうに持ってきたいということで、首脳者といいますか、指導者といいますか、それが集まって、もう土地無償提供するくらいな気持ちでないというとこの運動実現できないんじゃないか、そうだそうだということを言ったこともございます。しかし、いまの無償提供というのは、実際問題となってみるというと、いろいろそういうことがありますけれども、そういう実際その場になって無償提供ができるかどうかということになりますというと、個々の地主の承諾ということになると難関にぶつかっておるということがたくさんございます。したがいまして、私はここで、無償提供という問題につきましては、そういうことを指導者の仲間で相談をしたこともあるし、あるいはまた、そのことが市長などから下部のほうに浸透しつつあるかとも思いますけれども知事として無償提供相談にあずかって、必ずそのとおり実現できますと、ここまで言い切るには達しておらないのでございます。まだその後、そういった市長あるいは村長あるいは地主代表といいますか、そういったものと具体的な相談にはあずかっておりません。それからまた、そのことは、達観いたしまして、なかなか困難を伴うことがあるのではないかというふうにも思いますので、ここでは、そういうことを過去において話し合ったりしたことはあるというその程度でございまして、私のところではその程度でございます。あるいは下部のほうではもっと浸透しておるかとも思いますけれども、それまで具体的に私が相談にあずかっているということはございませんし、繰り返して申しますけれども、過去において、無償提供するというようなことを約束しておいたけれども、実際問題として難関にぶつかったというようなこともございますので、慎重に発言させていただけというか、御答弁いたしたいと思います。
  10. 田中一

    田中一君 これは下伊那町村連合からの話でしたけれども上伊那それからその他の地区それらの地区では、下伊那と同じような決議をしておるんですか。単に下伊那だけの——われわれ各党の代表が行って聞いたことでありますから、これは間違いないんです。したがって、これは下伊那だけのことか、あるいは上伊那その他の地区も同様な決議をしておるのかどうかということを伺いたい。
  11. 西沢権一郎

    参考人西沢権一郎君) どの程度まで進行しておるかということは、ただいまのところ私にもわかりません。よくまたこれらの問題につきましては地元打ち合わせを遂げていきたいというふうに考えております。
  12. 小山邦太郎

    小山邦太郎君 ちょっと関連して。いまの無償提供の問題で、私の聞いたのは違ったかどうか知らないが、公有地無償提供の覚悟である、それから私有地は市が、自治体中心となってこの交渉に当たるというふうに聞いたんですが、そうではなかったかしら。そんなように思いました。
  13. 田中一

    田中一君 県がいままで無償提供という約束をして、それが実際の問題になったらそうでなくなったというような問題があったというんですが、その事例をひとつ説明してください。どういう経緯無償提供契約——契約というか、約束ができ、そうしてそれがどういう経緯で御破算になったのかどうかという経緯をひとつ事例で説明してください。   —————————————
  14. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) この際、委員異動について御報告いたします。  本日、田中清一君が委員を辞任され、その補欠といたしまして高橋衛君が選任せられました。報告申し上げます。   —————————————
  15. 西沢権一郎

    参考人西沢権一郎君) ただいまのお尋ねでございますが、こまかい問題で、たとえば敷地提供するとか、あるいは道路用地提供するとかいうようなことで約束——そういうつもりでありますというような陳情書か何か出ましてそうして実際問題になるというと地主反対されて、したがって、自治体の長がたいへん困難をしておりますとかなんとか、いろいろなそういう事例を私は抽象的に申し上げているのでありまして、いわんや、中央道となりますというと、道路用地を全部無償提供いたしますというようなことは、それはいまのところでは、——私は、なかなか容易でないというか、そういう判断に立って、いま慎重に発言をしておるということでございます。
  16. 田中一

    田中一君 知事としては、そういう住民意思表示というものは喜んで受けるという態度でいままでおったのですか。あるいは、いま言うとおり、慎重に、そういう陳情書等があっても、それは単なるやってくれという意思表示であって、まあ信用はできないのじゃないかというような気持ちで受け取っておったのですか。その点ひとつあなたの心境を……。
  17. 西沢権一郎

    参考人西沢権一郎君) いや、私は陳情書等はこれはいいかげんなものであって実際はできないだろう、そういうふうには受け取りません。これは陳情でも、地元がいろいろ意思表示をしたことに対しましては、率直にまじめに受け入れておりますけれどもただ実際進行してまいりますというと、なかなか困難なこともあったと、こういうことでございます。
  18. 田中一

    田中一君 私は、西沢さん、敷地無償提供するから、運動という形で国は路線を変更したとは見ておらないわけです。むろん変更しておるとは見ておらないのです。ただ公共事業を行なう前に価値が非常に低いものであって、その提供によって他の自分所有地が大きく価値づけられるという場合には、これはあり得ると思いますけれども、少なくとも公共団体の連合体の責任者がそのような発言をするということ、また、いま小山委員が言っているように、たとえ私の聞き違いであって、公有地ならばそれを寄付しましょうというような形を言ったとしても、同じことなんです。公有地というものは決して市長のものじゃございません。理事のものじゃございません。やはり住民のものなんです。そういう形でこれらの運動は推進されたということになりますと、私としては非常に不純なものを感ずるのです。一種の利益誘導です。ましてや政府は、金がかかるから北回りをするのだと、大蔵当局は公言しておるのです。なるほどただのほうがいいでしょう。しかし、公共事業というものはそういう性格のものじゃないのです。採算上の問題を云々する——当然しなければならぬと思いますが、しかし、それはきょうの採算と百年後の採算、二百年後の採算も考えなければならないと思うのです、長期の展望から。日本の国は滅びるのじゃございません。そこで、そういうような意思表示を聞いたものですから——これらの問題は重要な問題なんです。かりに勢いにのまれて、あるいは権力にのまれて、力で圧っせられて同調した者が一人でも内心は反対だったという場合、そうして、私はいやですと言い切れない弱さを人間は持っております。ことにそこに自分の、ほかに持っている敷地相当値上がりをするという見通しをつけるならば非常にいいけれども、少しの土地しか持っていない者はとてもたまったものではない。そういう傾向をぼくは避けなければならぬと思う。そこで私は知事に伺っているのですが、そのような行政指導をあなたが行政指導——するわけじャないでしょうけれども、少なくとも県としてのそういう考え方があると、私は、ただ提供しませんという人は村八分になるおそれが多分にあるのです。その土地に定着しなければならぬという運命づけられた農民等は、これはならざるを得ないのです。私はこれは非常に重大な発言を聞いたのです。同僚の委員はどう聞いたか知りませんけれども、私は非常に重大な発言を聞いたものだという印象を受けて帰ったのですけれども、こういう点は、いままで無償提供を受けた例は長野県としてはあったわけですね。その場合には、先ほど言っているように、二十ヘクタール持っている人が一ヘクタールを提供して、そのために自分の持っている残余の十九ヘクタールが相当に価値づけられるとなれば、これはそろばんの問題で無理もないのじやないかというと考え方を持ちます。ことに、ましてや道路築造道路新設には、道路法に明らかに受益者負担という法律の条文もあるわけなんです。受益者負担という形でもって土地提供することがあり得ますけれども、しかし、この法律はいままで一ぺんも道路新設には適用したことがございません。したがって、これはもう今後縦貫道建設にあたってそういう勢いがとうとう県内に流れるということは、非常にたいへんな問題を包蔵するのじャなかろうかという心配を、私はきのうも飯田で感じ取ってきたわけです。そこで知事考え方ただしておきたいと思ったのです。また、そういうように、地元がそう言うから、それに対して他の地区の諸君にも知事として干渉するようなことがありますと、私の心配したことが現実に出てくるのじャなかろうかという、心配を持ったものですから伺うのですが知事としての気持ちをひとつ聞かしてください。
  19. 西沢権一郎

    参考人西沢権一郎君) 昭和三十四年ごろでありますか、下伊那郡の町村において、これは飯田市も含めまして、小山先生がおっしャられましたように、公有地無償提供をしようではないか、そういう話をした事実があるようであります。私有地は入っておらないようでございまして、私有地については、買収する場合に円滑にいくように、こういうことのようでございます。  それから県の無償提供、先ほど先生お尋ねの云々というのは、これは無償提供ということばはなんでございますが、地元負担ということなんです。たとえば学校を建てる場合のその敷地地元でもって出すという場合に、こういう場合に、地元のほう、また地元町村長がそれらの地主やなんかに会って、ときにトラブルが起きたということを私は申し上げたので、無償というのと地元負担というのと、ちょっとニュアンスが違う、そういうことでありまして、私の申し上げたのは、地元負担約束しておきながら、なかなかトラブルが起きて困難なことがある、こういうことであります。  それから、いまの道路無償提供について、知事決意ということでございますが、田中先生の御発言をたいへん私はありがたく存じたのでありまして、実はこういう大きなことをやる場合には、えてして地元のほうも少し協力をせよというようなことで、いろいろとせなければならぬのじゃないかというような、そういう場面、そういうようなケースが非常に多いのでありまして、むしろそういうのはやらないで、常々と……。村八分になるような、そういう地主といいますか、耕作者といいますか承知をしなければ村八分になるという、そういうようなことになっては気の毒だから、そういうことでえらい圧力を加えたり、そういうことをすべきではないという、むしろ反対の御意見といいますか、お示しをいただきました、私はたいへんうれしく存じておるのでありまして、県として地元負担式なことで何らかのことをしないと、この大事業を思って、実はたいへん胸を痛めた点もないではなかったのでありますけれども、そういうことでなくて、堂々とこういうことはやるべきものであるという発言でありまして、私はたいへん元気が出たといいますか、ありがたくといいますか、そういうことでありまして、先生の御趣旨といいますか、お示しといいますか、そのような考え方で私も今後進ましていただきたいと思います。
  20. 田中一

    田中一君 身延町長さんにお伺いいたします。  手元に、いまあなたのほうから出ている変更反対の理由が示されておりますが、ちょっと、短いから読み上げていただけませんか。
  21. 佐野為雄

    参考人佐野為雄君) 朗読する前に、一言感謝とおわびを申し上げたいと思います。  今回参議院建設委員会先生方には、国政きわめて御多忙の中にも、中央道重大性にかんがみまして、実地踏査見聞をなしていただきましたことを厚くお礼を申し上げる次第でございます。  さらに、先般七日より本日に至るまで二泊三日間、大月、富士吉田、下部町、早川町、さらに韮崎長野県上諏訪飯田方面にまで実地見聞をいただきましたのでございますが、連絡不十分と申しますか、私ども地元には何らの連絡もなかったわけでございまして、新聞紙上で拝見するところによれば、南都留におき、あるいはまた韮崎方面その他長野方面におきましては、非常に歓迎の態度をもち、しかも、御案内申し上げたように拝聞いたしておるにもかかわからず、わが身延町におきましては、何らの御案内も申し上げることができず、また、つぶさに現地を御説明できなかったことをはなはだ残念に存じておるわけでございます。  一応私どもは、この中央道重大性は、敗戦によりまして国土がきわめて狭隘になった、どうかこの狭い地域開発いたしまして、山岳資源あるいは地下資源山岳都市あるいは農村振興観光方面に、国の一大事業として名実とも国土開発をするところに重大の生命があったのでございますが、最近に至りましてにわかに路線の変更が持ち出されたことを聞きまして、まことに残念に思っておるわけでございます。中央道路線諏訪北回りに変更せんとする一都五県の大多数の賛成者に対しまして、私どもは、これを阻止せんとする山梨県及び静岡県の路線関係町村民は、わずかに十数万にすぎなくいたしまして、まことに九牛の一毛にも足りないという微細なものではありまするが、少なくとも国の政治は、真理を愛し、正義に生き、立法の精神を尊重いたしまして、しかも忠実に運営すべきを確信するものであります。ここに私はあえて昭和三十五年七月二十五日法律第百二十八号をもって公布の中央自動予定路線を定める法律をあくまでも堅持いたしまして、これが実現を促進するのが当然と考える次第でございます。  申し上げるまでもなく、国土開発縦貫自動車道建設法は、国土の普遍的開発をはかり、画期的な産業の立地振興と国民生活領域の拡大を期するため、昭和三十二年四月、国会議員四百三十名の超党派的共同提案によって制定されました。昭和三十五年七月、この法律に基づく、中央自動車道の予定路線を定める法律が満場一致の賛成を得て制定され、中央道は、東京より富士吉田、さらに静岡県井川村付近、すなわち赤石山系を横断して小牧市に至る路線法律化されまして、実現への第一歩を踏み出したとき、関係町村民はもとより、全国民がこの壮大なる国土開発道路計画を絶賛し、歓呼いたしまして迎えたわけでございます。  しかるに、それより四カ年を経た今日、しかも、中央自動車道は、政府、国会並びに関係各位の格別なる御尽力によりまして、東京——富士吉田間が工事に着手されまして着々とその進捗をされつつあるときに、昨年五月十七日に虎の門会館におきまして開催の中央自動車道建設推進委員会の総会の議事の冒頭に、青木委員長先生は、突如として、私は昨年九月、十月、二カ月にわたる欧米の道路視察にかんがみ、中央道は、投資の効率、経費節滅のために、路線北回りに変更すべきであり、この問題は、何人より要求されたものでもなければ、また指示を受けたものでもない、と突然的に発言をなされたのでありますが、これに対し、直ちに北回り地域関係者より、すべて青木委員長に一任の緊急動議が出され、無情にも大多数をもって決定されたのであります。私どもは、かかる重大案件が何ら事前の暗示もなく、寝耳に水のごとく発言の瞬間時において、この重大案件が採択されたことを見たときは、まことに推進委員会の真意を疑い、断じて納得ができなかったのであります。したがいまして、わが身延町は臨時議会を招集いたしまして、議会の決議(別紙にございます)をもって、関係方面路線変更反対陳情を続けてまいりましたが、このたびあえて、この法律を改正なされようとされておることはまことに遺憾のきわみでございます。  そもそも本中央道の使命、目的、その性格は、未開発の広大なる国土中央部を最短距離によりまして縦貫し、膨大なる自然、観光、産業地下資源に日の目を当て、一大開発を目ざすべきこの中央道路線が、既定路線に沿って六十余キロも迂回する諏訪経由に路線を変更し、単なる一級国道的なものに取ってかえられたことは、この中央道にかけられた国民の希望を奪うものであり、立法の趣旨に反するものとして、特に現行法によるところの通過地点にある関係町村民は、断じて承服しがたいものがあります。  変更論の根拠としては、工事費の増大、技術的困難等が掲げられておりまするが、赤石山系の長大トンネル工事による施行の困難性と工事費一千億円の超過工事費を要すると申しますが、全国まれに見る地質の悪条件下にある国鉄新幹線の丹那トンネルの工事例から見ましても、現在の長足な進歩をした日本の土木技術をもってすれば、長距離トンネルの建設は憂慮する必要はなく、変更路線の工事に比し、一千億円の巨費がかさむことはないことがわかっておるのでございます。  長大トンネルのために排気ガスによって空気が混濁すると申しますが、モンブラントンネル(延長十一・六キロ)、その他外国の例を見ても、わが国の長大トンネルの例を見ましても、換気設備をすることによって、空気混濁による交通不能は絶対ないことがわかるのでございます。  標高一千メートルに近い路面においては冬季氷雪害による交通途絶の憂いがあり、技術的に高速道路としての性格を失うと申しますが、富士山麓を通過する国道百三十九号線には、標高一千メートルの通過地点があり、中部電力株式会社が建設した畑薙ダムの建設道路には標高九百八十メートルの通過地点があり、また、その他の事例から見ましても冬季間の交通には支障のないことがわかるのであります。  なお、北回り線は、既定路線より六十余キロの延長になることがわかります。  既定路線建設は、北回り路線によって経費の軽減をはかることより、最も資源に富み、かつ経済価値も高く、国家的にも最も有利とされるわけでありまして、これらのことは、法律制定前にも十分調査、審議を遂げられて、去る昭和二十九年八月第五回国土開発中央道審議会(会長、建設大臣)におきまして、当時の菊地建設技監の結論どおり、技術的にも可能なものとして、この路線法の決定を見たと信じておりますが、幾多の困難はあるとしても、これを克服して、この雄大なる国土開発実現することこそ国家百年の大計であるとして、全国会議員が賛成し、この画期的法案が制定されたものと確信するものであります。  第二十二回国会における内海建設委員長の法案審査報告によりましても、「国土を縦貫する高速幹線自動車道を開設し、これを幹線とし、これに接続する培養路線約二千五百キロの整備を促進し、その組み合わせにより、国土開発道路網を形成して、国土の普遍的開発、画期的産業の立地振興及び国民生活領域の拡大をはかることが、この法律の目的である」と説明されているとおりで、実に六十キロ延長し迂回する北回り路線に変更するがごときは、幹線と培養線との性格を誤るものであると考えるのであります。  長野県の諏訪松本地区が新産業都市指定を受けた関係などにより、高速産業道路を必要とするならば、中央道のバイパスとして別途に建設すべきであろうと思うものであります。  国土開発という立法の精神を堅持せられまして、南アルプス山系の開発によりもたらされるところのばく大な恩恵とわが国の繁栄に思いをいたしまして、中央道既定路線は、あくまでも変更することなく、現行法どおりの建設を促進せられんことを衷心よりお願いするものでございます。
  22. 田中一

    田中一君 私も佐野さんの意見と同意見であります。これは、二時四十分ころから建設大臣も来るといいますから、建設大臣に質問をするときにあなたに対する質問はあとでいたしますけれども、何といっても、現行法に賛成する住民が十六万、東京都その他関係地域方々は一千万をこえております。こういうことから見ても、いまの佐野さんの御発言は、なかなか目的貫徹には困難があろうと思うのです。そこで、私はここで率直に聞いておきたいのは、この法律の制定に非常に大きな情熱を傾けて成立をはかった一人として、事ここにおいては、多数で負けます。ことに私は非常に不満に思っているのは、当時の政府は、まだまだ自衛熱の増強とか、あるいは賠償問題とか、いろんな問題を財政上抱いておりましてなかなかできなかった。それをあえて三国会にわたって、この法律を提案に、促進したものでありますけれども、今日の財政事情は、当時と非常に大きく変わっております。伸びております。ただこれに賛成した、いまあなたが言っておるように四百何十名という衆議院の絶対過半数の方々、これはもう、これに参加しなかったのは、当時の閣僚政務次官等が参加しないで、あとみんな参加しております。しかし、それが議員提案の形でなされた法律案を、今風突如として政府提案という形に置きかえられ、ましてや、いま伺ってみると、同僚の青木一男議員が理事長をしておるという中央自動車道建設推進委員会ですか、こういうものから提案されたものだということになりますと、はなはだ、今回法律改正案が提案されたまでの経緯の中には不純なものが多分にあるように感ずるわけなんです。いま青木君もおらない、だれもおらないから、参考人として青木君を呼んで一ぺん伺ってみなければならぬと思うのですが、非常に不純なものがあるように印象づけられますから、おそらく私ばかりではございません。ここにおる同僚の議員ことごとくそう感ずるだろうと思います。しかしながら、この段階へ来ると、十分にこれは議事録へ残して、今後百年二百年のわれわれの次の世代のためにも究明しておかなければならぬと同時に、あなた自身も、あなたと同調する十六万の地域住民方々も腹をきめなければならぬ段階に来ておるように私は感ずるわけです。率直に言うと何か交換条件を出しなさいということです。取引をされてその変更が行なわれるものならば、あなた自身は十六万の代表として、やはり注文をつけるものはおつけなさいということをあなたに申し上げたいのです。衆議院でかつて現行法に満場一致賛成した衆議院の議員諸君も、この法律案を今回提案されておる法律改正案を支持して可決され参議院に回ってきている現状から見ても、これはひとつ佐野さん、腹をきめなければならぬ段階だと思うのですが、どうですか、もう率直に注文つけなさい。あなたの場合には国会でもって堂々と注文つけるのですから、何もやみ取引するわけじゃありません。堂々とつけなさい。
  23. 佐野為雄

    参考人佐野為雄君) ただいま田中先生の御恩情深いおことばをちょうだいいたしまして、まことに感涙にむせぶものがございます申し上げるまでもなく、本中央道は、昭和二十六年以来、一応田中清一先生のプランといたしまして、その間には幾多の難航はございましたが、ともかくも田中先生のこのプランを中央自動車道として決定されたことは、私が申し上げるまでもございません。この間、末端の山梨県、長野、岐阜、三県の町村会議長会は、昭和二十九年五月以来、この中央道実現のために常に政府にこれを陳情いたしまして、たゆまざる努力を続けてまいったのでございますが、またこの組織も弱体ならばというので、山梨県、長野県、岐阜県の三県の知事さんが主体となり、そうして促進委員会を結成し、さらに一都五県に拡大いたしましてやがて、青木一男先生委員長になりましてこの問題が実現したわけでございます。当時はだれもが、これを北回りなぞなんということはごうまつも考えておらず、単にただいまの東京−相模湖−富士吉田−井川−飯田−中津川−小牧に至るこの線が可能になるならばとお互いがだき合ってこの路線の決定を喜んだにもかかわらず、青木委員長が米国に昨年の九月、十月、二カ月間の視察をするや昨年の五月十七日の推進委員会の総会の席上において、だれからも指示されるものでもなければ要望されたものでもない——私は、この路線がきわめて国土開発するために重要なものであるというような信念のもとに提案されたものが、直ちに緊急動議として簡単にこれが政府に要求することを議決されたということは、私はまことに残念に存じておるわけでございます。ひとり長野北回りを回ることが真の国家の国土開発であるか、私は、小さな——いわんや大月より北回り長野県を回ることによって国土開発いたされない、むしろ大きい日本の視野より、未開発地帯開発してこそ、真の国土開発の意義であると信ずるものでございます。もしも工業団地に道路が必要であるならば、でき得ればこれにバイパス路線をつけまして、そうして交通網を開拓されるようお願いできるならば、なお幸いだと存ずるわけでございます。この点につきましては、山梨知事天野知事より、再三身延地域峡南住民反対することも無理からぬことであるけれども、何をかもってこれに代替するので了承せいというようなありがたいおことばも再三拝聴いたしておるわけでございます。先ごろも、新聞紙上におきまして、路線北回りというようなことが問題になりました際に、聞き及ぶところによりますれば、政調会において、富士吉田より身延に至るまでを一級国道に、あるいは早川、雨畑より井川を通ずるを県道にするというようなとこを拝聴いたしましたが、はたしてこれらが真偽のほどやいなやというとこもまだ承っておらないわけでございます。幸いにして、ただいま田中先生の御恩情あることばによって、われわれは戦うべきは戦い、法の前に屈すべきは屈する男でございますので、当然、衆寡敵せず、これが法律によって北回りになるというならば、これもやむを得ないのでございます。でありますので、どうかこれに代替すべき、地域住民を慰め、しかも、国家の開発のために幾ぶんにでも資するとこのできるような道路を、直ちに御明答いただければ、私は、あわせて幸いだと思うわけでございますが、よろしく御高配をお願いいたします。
  24. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 私も、当初の計画を見ると、確かに中央道縦貫道らしい路線に地図の上から見てもなっているわけです。それが北回りの変更された路線を見ると、縦貫道じゃなくて、これはまるっきりの迂回道になるわけです。筋からいえば、当初の計画どおり赤石山脈にトンネルを掘るという縦貫道が国家百年の大計の上から見るならば、妥当ではないか、こういう気がいたします。しかし、昨日、一昨日視察をした結果、問題は、身延周辺から天竜峡周辺に至る南アルプスの赤石山脈周辺をどのように貫通するかというところにあろうかという気がいたしました。地図の上で見れば、線を一本引っぱればいいわけですけれども、同じトンネルを掘るにしても、丹那トンネルに匹敵するトンネルが約三カ所この間にはあります。丹那トンネルの場合は、入り口も出口も平面地でありますけれども、この周辺のトンネルは、トンネルを出たとたんに渓谷になっている。渓谷に橋をかけて、またトンネルに入るというようなおそらく日本の土木技術陣が経験したことのないような難工事になるのじゃないかというようなことを、きのうは視察した結果感じた次第であります。しかし、身延とかあるいは下部周辺としては、当初計画が変更になるということになると、ちょうど、においだけかがしておいて、はしをとった瞬間に、料理を鼻先からさらわれたような感じがするのじゃないかという気がいたします。だから、そういう点から考えるならば、また一昨日でしたが、自動車で本栖周辺から下部に向ける道路を自動車で通った経験によりますと、あの辺もたいへんなところであります。だから、この間の道路整備をされるということは、下部なり、あるいは身延、南巨摩郡一帯にとっては非常に重要なことだろうと思うのでありますけれども、これは身延町長さんに参考人としてお聞きいたしますが、一体道路の重要度あるいは住民の希望からするならば、この周辺から本栖あるいは西湖を通って富士吉田に抜ける岳ろくを通る道路整備することのほうが便利であるのか。あるいはまた、富士川沿いに近い将来完成するであろうところの東名自動車道、吉原方面へ抜ける道のほうがよろしいのか。一体どちらのルートが整備をされるほうが、地元住民としてはよろしかいという点、これは両方整備されれば一番いいでありましょうけれども、おそらく一ぺんにそうはまいらないと思います。順序としてはどちらのほうがよろしいかということを、町長さんからお伺いしておきたいと思います。
  25. 佐野為雄

    参考人佐野為雄君) 私は、縦貫道路といういう性質は、縦に一本を抜き通すということが縦貫道路の性質、生命であると考えているわけでございます。たとえば、大月より北回りをする、同時に、富士吉田に盲腸的存在にあるような道路をもって、これを縦貫道路と称することが的確であるかどうか。われわれは、あくまでも縦貫道路というものは、富士吉田を経て現在の予定路線を遂行することが縦貫道路である。にもかかわらず、富士吉田でとめて、大月から北回りをするということは、縦貫道路の名において恥ずべき措置ではなかろうかと考えるわけでございます。ただいまの御質問に対しまして道路が本栖付近から静岡県へ入ることがよろしいか、あるいは、これを山梨方面へ延長することがよろしいかというような御質問でございますが、私ども道路の実態を申し上げますれば、山梨県の峡南地区南巨摩方面については、わずかに中部日本横断道路、清水−直江津線、すなわち五十二号線が一本通過するのみにおいて、しかも、わずかな舗装によって現在狭い道路が一本甲府に向かって通っているわけでございまして、まこに道路は恵まれないのでございます。ひとりわれわれ地域の交通の便ということを私は目ざすにあらずして、先ほども申し上げましたように、この中央道の性質にかんがみまして、あくまでも山岳地帯開発していただきたいというのが念願でございますが、これも法によって、多数決によって北回りになるならば、決してこれに服従しないわけにはまいりません。だけれども、せめては、地域住民は百年の夢をむさぼって今日まで喜んでおったにもかかわらず、これを奪い取られたのでございます。われわれ山梨県民あるいは国家国民に、これだけのよい嫁をさがしてくれた、われわれは一日も早く、この婚約が済んだ、法によってきめたのだから、婚約が済んだから結婚の日を待ち望んでおった、ところが、ほかのほうによい嫁があるのでこれをもらえというような処置に対しましては、まことに納得ができないのでございますが、しかし、これもやむを得ないので、かように変えられるならば、やはり一級国道舗装をすみやかにしていただくこと、あるいは岳ろく方面道路身延まで富士吉田から延長していただくことを、少なからず希望いたしておるような次第でございますが、この点天野知事さんもいろいろと御心配をくださっておるようでございますので、どうか本委員会におきまして、どうしても中央道の完成ができ得ないのならば、富士吉田より身延に至る五十二号線へつながるところの道路、そうしてまた、これが井川へ向かって貫通いたしまするような道路を、新たに法律によって設けていただき、あるいは県に指示いただいて、一日も早くこれが実現化するように御協力をお願いいたす次第でございます。
  26. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 最後のところをもうちょっと、地図をよく見ても地名がこちらの頭の中に入っていないので、おっしゃったことが、どういうルートになるのだか、のみ込めないのですけれども、最後のいま希望をされるルートですね、それをもう一度おっしゃってくださいませんか。
  27. 佐野為雄

    参考人佐野為雄君) 富士吉田から本栖へ出てまいります、本栖から中の倉峠というのを通りまして下部に出てまいります、下部から富士川橋を渡りますると身延町下山の五十二号線へ丁の字型に当たってまいります。そうなると、いうと岳ろく方面道路がずっと五十二号線と丁の字の型につながってくるわけでございます。その丁の字型に当たって路線が甲府へ向かって清水−直江津線となって、韮崎を経て直江律へ通ずるようになるわけでございます。いま一方、これを井川へ通ずることにおきましては——早川町の雨畑を経て井川に通ずるというような、いま雨畑に——きのうごらんになっていただいたと思うわけでございますが、早川町へ入りますれば雨畑に番馬というところの小中学校の位置があるわけでございます。あれを長畑に抜いて、順次井川方面に向かっていけば道路が開通されるということ。もう一つは、長い間の懸案であった山梨県が林業、産業、観光道路として身延町から安倍峠を越えまして静岡県の安倍郡に行く道路があるわけでございます。これらが完成いたしますれば、山梨県と静岡県の安倍郡梅ケ島村並びに静岡県安倍郡井川村というような二本の線が開拓されるわけでございまして、幾ぶんなりとも、県有林あるいは山林資源あるいは観光道路というような点において恵まれるようになってまいりますと思うわけでございます。
  28. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 この機会長野県知事さんにもお伺いしておきたいと思うのでありますが、この中央道がどの道を通るにいたしましても、やはり天竜峡もしくは飯田付近から中津川へ抜けなければならぬわけですね。  この中津川に抜けるトンネルが、きのう視察をしたところによれば、長さが八千五百メートルだ。しかも、えらい山の中になるわけなんです。もっとも山の中だかうトンネルを掘らなければならないわけですが、この工事計画等は、やはり相当な難航を予想されるわけです。そうしてみると、中津川に抜けるということ自体が、相当長い年月を要するのではないかという気がします。長野県としては特に諏訪周辺伊那、岡谷周辺は、名古屋と東京のどちらかというとまん中くらいになっておるわけですが、経済圏としては、東京に結ぶ度合いとそれから名古屋、中京方面に結ぶ度合いとどちらにより強い比重がかかっておるのか。その経済圏としての依存度によっては、この長い年月を要するであろうところの中央道開発計画の順序等についても、相当考えなければならないのではないか、こういう気がいたします。その辺の動向といいますか、そういったようなことを県の経済面からひとつお述べをいただきたいと思います。
  29. 西沢権一郎

    参考人西沢権一郎君) ただいまの中京と東京方面との経済依存度でございますが、飯田下伊那、南端に参りますと、東京よりも中京のほうに依存度がかかってくると思います。ずっと上がってきまして上伊那から趣訪方面になりますと、東京のほうにかかっておるというふうに思います。どちらにもかかりますけれども、そのように思います。  それから着工でございますけれども、これは私ども長野県と申しますか、あるいは期成同盟会のほうとしては、東京——富士吉田間は着工をしていただいておりますけれども、西のほうからも着工をしてもらいたいということを要望いたしております。ただ一国が相当整備をされておりますから、むしろ一国、これは岐阜県から長野県の神坂トンネルまででございますけれども、このトンネルのほうにもより早く着手をしてもらうというと飯田のほうへ通ずるのではないかという、そういう要望をいまいたしておるところでございます。両方から手をつけていただきたいというのが要望でございます。
  30. 田中一

    田中一君 まず建設大臣に伺いますがね、七日から今日まで、実は建設委員会で非公式に今回の改正案に関する実地調査をしてまいったんです。その結果、長野県知事身延町長——身延町長は今度の提案された法律案反対西沢知事は賛成という立場で来ておりますが、これはもうあまり議論は言いません。率直にひとつ大臣の答弁を聞いておきたいんです。  第一に、この法律案提案のときに、これは河野さんもたしか賛成者の一人でした。あのとき大臣をしておりましたかね、二十九年、三十二年ぐらいには農林大臣でしたかな。してなければあなたも賛成者の一人です。
  31. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) 農林大臣です。
  32. 田中一

    田中一君 そうすると、あなたは関係していなかった。そうすると、なぜこれが議員提案でなくして政府提案として出されたかという点をひとつ伺いたいのです。従来ともに議員提案の法律案は大体議員提案で修正あるいは改正されるのが今日の慣行です。しかし、この縦貫道法は、路線決定だけは法律政府が出せと、こういっておりますから、一応政府が出すのも妥当でないということは言えないのでありますけれども、今度の法律の改正によって、それらの路線決定の法律というものはもう廃止するのだということになっております。そうすると、これは河野さんの真意じゃないのじゃないかという気持ちがするわけですが、なぜこれが政府提案で出されたかという点を、最初に伺っておきます。
  33. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) お答えをいたします。御承知のように、いまお話しの昭和三十二年当時の、もっともその前から非常に熱心に御要望のあったことを私は知っております。当時のいわゆるこうした道路に対する一般の国民諸君、もしくは国会、もしくは政府の内部の感触と、今日のとは相当に食い違いがあると私は思います。当面いたしておりまする責任者の私といたしましては、国会も政府もあげて、すみやかにこういう問題を解決して、そしてわが国内の高速道路を完備したいということに秋はなっておると思います。ことに、私といたしましては、中央道につきまして、既存の法律示しておりまするその路線がなかなか進みにくいということを聞いておりましたし、また、技術者の説明を聞きましても、なかなか困難であるということを聞きまして、そういうものならば、一体やめるか、さもなければ新しく路線を変えてやるか——御承知のとおり、新道路五カ年計画も設定いたしまして、私としては非常に強い意欲を持っております。国内の道路整備について、将来日本道路はどうあるべきかという大きな感触を持ちまして考えておりますので、当然中央道を、いま御審議願っておりますように、変えてそしてやることがいいじゃないか。しからば、変えられたということは妥当であるかどうかわかりませんが、現在指定しておりますところはどうなるかということになります。これにつきましては、いま私の考えを率直に申し上げまして、当然これらの地方もあらゆる技術を導入し、予算措置が可能である範囲において私は開発しなければならぬと考えております。したがって、いますみやかにやるとすれば、ここに提案いたしておりますものであるが、将来これら路線を捨てるということでなしに、引き続き建設省としてはこれらに対して技術上の研究もしくは研さんを積みまして、そうしてこの地方の開発には、引き続き可能な道路計画においてやっていくべきものだという私は考えでございます。でございますから、これで、日本全体の道路計画の中に、私はこの問題を除いて考えるということでなしに、いま全体の道路計画について進んで御審議をいただくというのが私の気持ちでございます。
  34. 田中一

    田中一君 議員提格で出さずして政府提案で出したという経緯はどうですか。
  35. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) それは、ただいま申し上げましたように、当時は議員の皆さんのほうがこういう問題について非常に前進して、いろいろ各地それぞれの立場から強い御要求があった、申し上げるまでもなく議員の皆さまが常にこういうものに関心を持たれて、政府は予算の裏づけができるようになってからそれにあとからついていくというようなかっこうが、地方開発とかなんとかいう場合には多いと私は心得ます。ところが、いまの道路問題は、議員の皆さま——どもは議員の一人でございますけれども、国会も政府も一体となって、同じスピードにおいて同じ感覚でというところまで私はきておると思います。そういうことでございますから、議員の皆さんのほうから出された法律でございますけれども、これは議員の皆さんとも十分御懇談申し上げ一御相談申し上げた上で、政府も全く一体的な考えのもとに立っておりますので、この際政府提案で出しました。こういうことでございます。
  36. 田中一

    田中一君 そうすると、新五カ年道路整備計画には、今回改正されようとする路線は入っておりませんが、これはいつごろ入れるつもりですか。そうして計画そのものも、計画されている予算を変更するか、さもなければ他の路線を延ばして——新五カ年計画から延ばして、そうしてこれに重点的にやろうとするのか、いつごろまでにこれをやろうとするのか。
  37. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) かねて申し上げておりますとおり、私は実は新五カ年計画については、いま御説明申し上げております四兆一千億で満足いたしておりません。これは大蔵当局とも話し合いの上で、一応現時点におきましては四兆一千億の五カ年計画ということにいたしておりますけれども経済事情の変化、財政の許す範囲において、なるべく早い機会にこれを改定するという申し合わせをいたしております。したがって、私は五カ年たたずに改定し、新しい五カ年計画にぜひこれを取り入れてやりたい、こういう考えでございます。
  38. 田中一

    田中一君 それは、近いうちに改定するときにはこれをちゃんと織り込みますと、こういうことですね。
  39. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) そういうことでございます。
  40. 田中一

    田中一君 きょう帰ってきたのですが、今回提案されている法律案の内容は、富士吉田を起点として小牧に行くということになっておりますが、もしも、工事の難易とか予算の云々ということを、あなたのいなかった、せんだっての大蔵省並びに経済企画庁では、そういう答弁をしておりました、新産都市がどうとかいう答弁もしておりましたが、もしそうだとすれば、大月からまっすぐ甲府に入るのが一番最短距離なんです。そうして大月から都留を通ってもかまいませんが、都留から五百メートル高いところに富士吉田があるわけです。富士吉田から甲府に直線のコースをとりますと、九百メートルの落差といいますか、高低があるわけです。そのほうが仕事がむずかしいのです。むろん現行法の縦慣道を考えておったのでありますから富士吉田に持っていったのでしょうけれども、いま変更されますと、富士吉田を除外したほうが、予算の面もよろしいし、仕事のほうも楽にいくのです。これは行ってみたらわかる。富士吉田から甲府に行くには九百メートル高い。都留から行くと、都留よりも五百メートル高い。そうしており口はございません。したがって、こういう点は、ただ単に技術的云々というならば、明らかにその辺に間違いがあるのではなかろうかと思うのですが、その点、これは建設大臣に伺うよりも、道路局長から答弁してもらってもかまいません。その点はどうなんですか。
  41. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) お話しのように、私といたしましては、いまの両線について将来慎重に検討するつもりでございます。しかし、現に富士吉田まで現行法によって施行命令が出て工事をしておりますから、そこで、一応その起点からこの法律を改正することを提案いたしております。しかし、御承認を得ました暁におきましては、なおまたその時限までに十分検討いたしまして、そうして地質その他経済上の効果等十分検討いたしまして、あらためて御審議を願う機会があるかもしれぬということでございますけれども、いまの時点におきましては、御承知のように御了解いただきたい、こう考えます。
  42. 田中一

    田中一君 これは道路局長、ちょっと中央道の調査費は何年幾ら、何年幾らと説明してくれぬかね。
  43. 尾之内由紀夫

    政府委員(尾之内由紀夫君) 三十二年から申し上ます。三十二年四千三百万円、三十三年五千万円、三十四年七千三十万円、三十五年二千九百五十万円、三十六年四千万円、三十七年一千万円、三十八年一千七百万円、今年度が二千万円でございます。
  44. 田中一

    田中一君 トータルして幾らになる。
  45. 尾之内由紀夫

    政府委員(尾之内由紀夫君) トータルいたしまして、三十八年まで二億五千九百八十万円、これに三十九年の二千万円が加わりますから、二億七千九百八十万円になるかと思います。
  46. 田中一

    田中一君 どこを調査したんですか。初めっから縦貫道の困難性というものはこれはわかっておりました。だから非常にむずかしい議論もあったわけですけれども、一体どこを調査したんです。——私きのう行ってみて、中央道現行法の飯田の近く、千代村の隧道の出口まで行ってみたんですが、航空測量だけしかしてないんではないかと思うんです。二億七千万の国費を使って北回りの比較線だけが調査の対象になったんじゃないのかな。——富士吉田の先の部分ですよ。その前の部分はこれはまあいろいろ問題がありました。しかし、これは三十五年に決定したわけですけれども……。それで、聞いてみると、航空測量——あの赤石山脈は航空測量だけしかしなかったように聞いておるんですが、実際に踏査をして地質等も調べたんですか。人間が入らぬ所だから、これは人間が入って調べなきゃわからぬと思うんですが、それはひとつ、いまここで答弁もらわなくてもよろしいですから、どういう調査をしたか出していただきたいと思います。ぞして北回り線——今回の改正案に載ってるところの路線の調査はいつから始まって、幾ら金をかけたかということを伺っておきたいと思うんです。これは資料で出してください。  そこで建設大臣に伺いたいんですが、いまここに参考人として出席願っている身延町の町長佐野さんから伺ったんですが、昨年の五月十七日に、中央自動車道建設推進委員会という委員会があるそうです。同僚議員の青木一男君が理事長をしてるそうですが、この理事長から、突如として北回り線というものが提案されて、これは推進委員会というものは、おそらく地元関係町村等が入ってる団体だと思うんですが、それが出席関係町村がみんな満場一致でこれをきめて、政府に献策をしようということになったというようにいま陳述があったんです。そこで、この団体の性格——この団体はどういう構成あるいは会費等を取っておるんですか、これは道路局長知ってると思うんです。おそらくその陳情を受けて今回の経緯になったと思うんですが、これに対して建設大臣は何か御関係がありますか、その点ちょっと伺っておきます。
  47. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) 全然私には……。
  48. 尾之内由紀夫

    政府委員(尾之内由紀夫君) この団体は、いま田中先生のお話のあったように、青木一男先生が会長をしておられまして、ここにおられます長野県の知事さん、あるいは山梨県の知事さん、愛知県関係の府県の知事さんはたぶん副会長だったと思います。それからあと沿線の公共団体方々委員であると心得ております。私どもはときどき総会等に呼ばれますが、直接関係はございません。
  49. 田中一

    田中一君 宮澤さんちょっと聞いておきますがね、いま建設大臣は、技術的な問題、いろいろな問題から、いま提案されている北回り線に、一応立案者である衆議院の国会議員並びは政府とも話し合いの結果、これに決定したのだ、しかしながら、国土開発の見地から、現行中央道道路というものはこれを放置すべきものじゃない、将来何らかの形でもって開発を推進しなければならぬという考え方を持っている、こういうように、いま建設大臣から伺ったのですが、国土総合開発の見地から、この赤石山脈等の地下資源あるいはその他の資源等を調査したことはありましたか。そうしてまた、ないならないでもかまいません。あったらあったでかまいません。これを今後どう促進していくかという点等も、ひとつ御見解をお逃べ願いたいと思います。ことに先般衆議院では、奥地の非常に不便な地域開発計画というものの促進法だったかが提案され、衆議院は通ったように聞いております。当委員会にも付託されると思いますが、そこで、それらに対する見解をひとつお示し願いたいのです。
  50. 宮澤喜一

    国務大臣(宮澤喜一君) 釈迦に説法の感があるかもしれませんけれども、このような自動車道は、起点から終点まで一足飛びに飛んでいけばいいというばかりでなく、時間と経費にあまりロスがなければ、その中間地点でできるだけ利用できるということが、これが地域開発の役に立つというふうに考えるわけでございます。このたびの場合は経費的にはむしろ節約になるのではないかと聞かされておりますが、多少時間のほうは幾らかよけいにかかるかと思いますが、新しい案によりますと、諏訪から伊那谷におりるわけでございますから、これらのところが低開発地域になっておりまして、非常に開発を必要とする場所でございます。赤石山脈に賦存されております地下資源の調査というものは、私どもの役所で特にいたしたことはございませんし、おそらく通産省でもいたしたことがないと思います。未開発地域であることにはこれは間違いございませんけれども、やはり開発の順序からいたしますれば、相当人が住んでおって、開発の効率が、金の入れようによっては相当あがるというところを先にいたしたいわけでございまして、なかなか赤石山脈まで日本地域開発が進むということは、やはりかなりあとになるのではないかと、こう考えますので、私はこれを北に回していくということは、地方開発の観点から申しますと、非常にけっこうなことではないかという感じを持っております。
  51. 田中一

    田中一君 どうも宮澤さんからそういう御意見を伺おうと思わなかったのです。あなたもやはりこの法律——現行法に賛成をなすった一人です。当参議院におきまして、これは賛成の意思表示をなすったお一人なはずです。そこで、河野さんの答弁はやや及第点をやってもいいと思う。放置すべきものじゃないという一つの意欲を示している。しかし、宮澤さん、あなたは日本国土計画全部の一応のプラン・メーカーとして、担当している責任者です。むろんこれには各省関係大臣の協力なり、あるいは意思表示があってまとめているのでしょうけれども、そんな程度国土総合開発——日本国土をどうしようか、日本国土千年の大計をどう立てようかという担当者としちゃいけません、それはそういう答弁は、ことに格差が激しい低開発——赤石山脈は人間、おりません。シカとイノシシとサルぐらいなものでしょう。そこに開発するのが真の国土計画なんです。東京が過密都市になったと騒ぎながら、新しい都市づくりをしないというところに問題があるのです。たとえば、唯一内陸新産都市としての諏訪湖周辺が、政府が腰を入れないからまだいいんですが、本気になって、腰を入れて西沢知事も腰を入れてくるなら、ば直ちにこれは上がる、百万、百五十万になる、また過密都市になって、どこかに新しい地域を求めなければならなくなってくる、火を見るよりも、明らかです。といって、これは無限大に伸びるのじゃございません。日本の人口の増加率というものは、大体昭和七十四年ごろでピークになるというように、厚生省は人口問題研究所で発表しておりますから。しかしそれにしても、われわれはこの法律を通した、前回現行法を通したということは、あなたの担当している仕事を伸ばすために通したはずなんです、これは。だめですよ、宮澤さん、そういう適当なことを言っては。もっと開発すべきものはたくさんむろんあります。しかし、その意欲だけは示してもらわなければ困るのです。赤石山脈を縦断するよりも、このほうが適当であろうというようなことは、ずいぶん無責任ですよ、これは。だから、そこのところをもう少し経企長官よく頭に入れておかなくちゃだめじゃないですか。宮津さん、あなたは国土計画云々、あるいは国道——あなたは経済問題、外交問題をずいぶんおやりだからそれでいいですが、もう少しわれわれが納得するような答弁をしてもらわなければ、議事録も困りますし、もう少し説明してください、補足説明してください。
  52. 宮澤喜一

    国務大臣(宮澤喜一君) それは、赤石山脈の開発が必要でないということを申しておるのではございませんので、金さえあれば両方やるということが、これは望ましいのでございます。問題は、どっちを優先させるかということの問題であると思いますので、それは千年の大計も大切でございますけれども、やはり十年先ぐらいのことも大切でございまして、また、限られた国の経済力でありますから、やはりたくさんの人が便利なようなことを先にやったらいいのではないかということを申し上げておるだけでございます。
  53. 田中一

    田中一君 あなたが担当している国土総合開発という事業——いまのことばは建設大臣の言うことばなんです、あなたの言うことばじゃなくて。百年、二百年あとのことを考えてもらわなければ困るのです。それで人がいるほうがいいんじゃないかというような、しかも、縦貫道とか何かつくる必要はございません。これは明らかに国道でけっこうです。国道のほかにつくろうというのです。  もう一つ宮沢さんに伺います。私などは、いま鉄道というものも、自動車道路というものも、国道というものも、地方道を除いて、国道も自動車道も鉄道も、同じような価値と同じような目的を持っているものだと考えておるわけなんです。あの伊那谷の狭い地域に鉄道、国道、高速道路という三つの並行線をつくることは、三重投資になりはしません。かっては、鉄道と道路とは別の問題であるというふうに見ておった。しかし、いまではそうじゃございません。したがって、三重投資になるというおそれがありはしませんか。そうして国道はむろん国道としていまあるような、たかだか十四メートル十五メールくらいの国道は、ほんとうの国道というのじゃなくして、ほんとうに高速も普通車両も通れるというような国道をつくればいいのであって、三重投資になるというおそれはございませんか。それに対する御見解を伺いたいと思うのですが、これは避けなければなりません。いまあなたは大蔵大臣のかわりになって、金があればとか、金がないからとかいうことを言っておりますけれども、あなたの場合には、金があろうがなかろうが、国民のほんとうのしあわせのためにはこうするのだという計画を立てる、あなたプラン・メーカーじゃないですか。経済企画庁にそういう情熱がなければ非常に困るのであって、端的に、いま国道整備をやっております。それから自動車道もつくります。今度は高速道路、それから鉄道もございます。同じ地域に、それこそ近いところは百メートルも離れておりません。全くの並行線というものが、真にいまの国民全体のための必要な投資でございますかと、これを伺うわけです。
  54. 宮澤喜一

    国務大臣(宮澤喜一君) 伊那谷には、確かに国道と鉄道があるわけでございますが、この鉄道を複線にするという問題は前からあるようでございますけれども、地形上、これはちょっとむずかしいことではなかろうか、飯田から辰野まで、早いのもございますけれども普通二時間くらいかかるわけでございますから、非常に能率はよろしくない、また、国道もあまりいい国道ではございません。で、それと並行して、今度、道が走るということは、それだけよけいな投資にならぬかとおっしゃれば、それはよけいな投資になると思いますが、さりとて、しからば赤石山脈を東西に切るかということになりますと、いかにも経過地点において、いまのところ利用が少のうございますので、できれば利用価値の多いほう、これもたいへんによけい金がかかるということではなく、むしろ逆でございますから、やはり北を回すということが、いまとしてはいいのではなかろうか。もっと長い目で、ほんとうに何にもないところの開発をやれということは、決してそれはわからないわけではございませんけれども、いま現実にどっちをこの際とるかということになれば、私はやはり北を回す線をとるべきじゃないかと思っておるわけでございます。
  55. 田中一

    田中一君 これはもう宮澤さん、宮澤さんと青木さんと何か関係ありますか。この案が突如として中央自動車道建設委員会から提案されたということを、いま身延町長が言っているのですが。あなたと関係はあるのですか、耳に入っているのですか。
  56. 宮澤喜一

    国務大臣(宮澤喜一君) いいえ、私は別段ございません。
  57. 田中一

    田中一君 河野さん、あなたに。身延町長も、いままで決定された法律ですから守ります、今回も、法律が決定されればむろん守ります、というふうな意思表示をしているのですが、もう変わることないでしょうね、いまのところ……。
  58. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) 何がですか。
  59. 田中一

    田中一君 路線が変わるということは想像できませんね。
  60. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) 私は、現在の日本経済の進行の状態を考えまして、一応建設省として道路計画を立てておりまするその計画は変わるということはない。しかも、これは私一存でやっておりません。相当方面の御意見も承って、一応の案を持っておりますから、いま出しておりますものができてしまったあと、ほかに道路がどういうものができるか、これは別でございます。しかし、中央道をこういうふうに改定する、この中央道はこれを変えるということはない、必ずこのとおり実行する。  それから富士山ろくの関係道路、これらについては、私は山ろく開発その他の意味から考えまして、将来考慮すべき地域と考えますから、よく勉強してみたいと、こう考えております。
  61. 田中一

    田中一君 いま身延町長のことを申し上げたのは、せんだって河川法の審議のために九州へ参りました。そうすると、日田の市長が来ておりまして、河川法は賛成でございますという意思表示とともに、九州縦貫道は、予定路線としては、日田を通過して阿蘇に行くようになっておりました、と。ところが、今回の法律の中には、決定線として示されたものは、諏訪回りと同じようなケースで、平地を、鳥栖を回って熊本、鹿児島に行くというような路線に変更されました。私どもは、はなはだ——いままで九州縦貫道を推進した自分としては、はなはだ不満でございます、という説明もありましたので、あまりおいしそうなにおいをかがせておて、あとでひっくり返すのは、どうも考えものじゃないかと思うのですが、それはむろん何も確定した路線の決定というわけじゃございません。それを通過地点とするということになったようですから、かまいませんが、いまのような大きな予定路線の変更というものは避けたほうが、行政に対する信頼が固まってくると思うのです。これは、中央道のように法律がきめたものじゃありませんから、やむを得ぬと思いますが、この点はあわせて伺っておきますが、どうして鳥栖回りになったかという経緯をひとつ道路局長からでも、短いことばでいいから説明してほしいと思う。
  62. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) 初めにあの九州縦貫道路の線をおきめになったときに、私は少々無理があったのではないかと思います。もう少し私は調査を十分にして、調査の結果決定された路線であるならば、私はそういうことはなかったのじゃないかと思います。一応九州縦貫道路を想定されて、そうして調査をして、調査の結果が変わってきたということだと思うのでございまして、まあそういうケースもあるかもしれませんが、まあ議員提出の法案ですと、ああいう、そういうケースになりがちの場合が従来あると。しかし、今回のように改定することによって、全体に改定が非常に無理だというような御意見は、私はちょうだいしないんじゃないかと思います。  ただ、いまお話しのとおり、希望を出しておきながらそれを省いて直線にしたのはどうか、ということはございますが、しかし私は、元来この日本縦貫道路というものを考えた当時に無理があったのじゃないかと思うんであります。縦貫道路というのは、どこまでも最短距離を走るべきものであって、そして、どこの町に寄らなければいかぬとか、どこを通っていくのだという考え方は、それが間違っている。縦貫道路は、どこの町から出てきてどこへ、ということにお考えいただかなければいかぬのであって、どこの土地の顔を立てるとか、どこに寄っていくという縦貫道路に対する考えは、将来非常にそれは災いになる。それは、明治以来鉄道を引っぱるときに、その鉄道をあっちへ回す、こっちへ回すということで引いたために、今日あとからまっすぐな別の線をつくったりしなければならなくなっているので、これは私は、縦貫道路の際には、断固として、地質調査その他の点においてやむを得ないものは別としまして、そうでないものは最初に私は相当に勇断をもって理想の線を貫くということでいくべきものだと、私は心得ております。  したがって、今回提案いたしておるものにつきましては、そういう点については十分御了解を願って、ひとつお話し合いの上御了解を願って、そして今回の提案に出しておる線が一番将来にわたって理想の線じゃないかという意味で提案いたしておるわけです。  日田につきましては、昨日私はたまたま大分へ参りました。日田の入口の辺まで昨日参りました。元来が大分県といいましても、日田の地区は、経済圏から申しますれば、むしろ福岡県のほうの経済圏に入る場所のように心得ます。そういうことからいいまして、あの日田から当然私は九州縦貫道路との間に、インター・チェンジなどであの方面開発する路線を、二級国道開発なり、新たなる路線なのでやる必要のある地区と心得まして帰ってまいったわけでございます。地元の人もそれを十分御了解願えると思っております。
  63. 田中一

    田中一君 先年決定された、あなたから施行命令が出たのですが、東京−富士吉田間の道路にいたしましても、たとえば、今度の富士吉田−中津川線というものが、隧道が多いから困難だと言いながら、金がかかると言いながら、東京−富士吉田間の線だけは一番金のかかる道だ。トンネルの多いところ、山岳地帯を通っている。一番楽なのは、東京のどこかを起点として相模平野を通って道志川の川を上っていけば、これは並行線にもならずして、金もかからない。隧道なんか二本か三本です。そうして今度の場合には、隧道、橋梁等が多いからだめだ、工作物が多いのはだめだということになれば、いままでの議論は議論になっておらない。むろんこれは一つ一つ、ケース.バイ・ケースで変わってくるから、変わるのはやむを得ないかもしれませんが、少なくとも二重投資、三重投資という形はとるべきではない。  そこで伺いますが、この法律の根本的な改正をして、高速道路という形に改めるならば、これは別に反対はいたしません。国土開発縦貫自動車道なんという名前をつけておる、この精神からほど遠い路線が続々と決定されるから、私もこうやって汗かきながら質問をしなければならなくなってくる。よく、東名高速道路と同じじゃないかということを私に質問、反論をする方がおりますけれども、これとはおのずから性質が違います。あれはあれでいいのです。しかし、これは国土開発縦貫道ということになっている以上、どういうこじつけをしようとも、困難があるとか、金がかかるということは理由にはならない。ほんとうに交通経済という面を中心にした、あるいは既開発地区を経過するということを前提にするならば、これは一向差しつかえはございません。法律的にもはっきりと高速道路という規定があるのでありますから、自動車道という規定があるのでありますから、これでやればいい。この法律を抜本的に——抜本的というよりも、精神をかえて、国土開発縦貫道という名前をなくすほうが多くの地域住民というものが間違いを起こさないで済むわけなんです。建設大臣、近いうちにそういう法律改正を出す気持ちはありますか。これは、ただ単に中央道ばかりじゃございません。六つほどございます、縦貫道は。これを根本的に交通経済の面から見て、自動車道路をつくるのだという考え方ならば別の問題ですが、その準備、準備というか、そういう改正を考えなければ、いつまでたってもこの問題は解決されません。しかし、私どもは、昭和二十六年以来、日本国土計画というものは確立されなければならない、ここにわれわれの将来への夢を託そうじゃないかということで、ほんとうに情熱を傾けてつくったというこれらの国土計画というものに対して、捨て切れないものを持っておりますけれども、今回こうして縦貫自動車道路路線が決定されるというこの際に、今度は会期があと少ないからできないでしょうけれども、目的を変更し、法律の改正をすることに対して御意見はどうですか。
  64. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) 御指摘のように建設省におきましては、この種の道路に関する法律だけでなしに、他にもいろいろそういったようなものは実はあります。これらは終戦後わが国の性格が変わってまいりました。目的が変わってまいりました。そういうことのためにそのつど、緊急なものは緊急、そのときの必要によっていろいろな目的で法律ができております。しかし、だんだん方向も明確になってまいりましたし、当面いたしておりまする国の国是と申しますか、行くべき点も定まってまいりまして、そうして法律の上におきましても、いまお話しのように、あるときは、従来と同じような方針で山間僻地までを開発し、そうしていい自動車道をつくろうという時代もございましたし、またあるときは、御承知のとおり、国土総合開発をしようと言い、もしくは地域開発をしようと言い、あるときは新産都市でいこうと言い、いずれもそういうふうになっております。これらはいずれもその上その上とかぶせてまいっておりますために、われわれといたしましても、実は重複しておる面にたまたまぶつかる場合が非常に多うございます。私といたしましては、先般来御審議願っておりまする河川法にいたしましても、ようやく現状にある程度合うところまで一応きた、道路法はいずれ御審議願って、一応道路の全体のものについての道路法を定め、それから特殊な道路について、さらにこれをひとついまお話しのような線に十分検討して御了解を願ってひとつできるようにいたしたいと考えております。他の法律につきましても、建設省の関係法についてそういう面が非常に多うございます。これらを順次整備してまいりたいという所存でありますことを明確にいたします。がしかし、なぜやらぬとおしかりを受けるかもわかりませんが、何ぶん一ぺんに何もかもいきませんので、順を追うてその方向にいく。いまお話しのとおり、この自動車道路につきましては、ここにおわかりのとおり、いろんな名前のものがたくさんございます。いずれもやることは大体同じことをやるのだ、そのときどきによって多少目的が違っておる、名前が違っておるということはございますが、しかし、いまお話しのとおり一ぺん全部整理してもらいたいということについては、私は全く同感でございます。
  65. 田中一

    田中一君 そこで、いま長野県のほうはこれはいいとして、身延町としては町をあげて、関係町村関係地域が十六万いるそうです。相当町をあげていままでも推進し、また期待を持った、これに対しても、先ほど建設大臣は、それはそれとして接しなければならないということをおっしゃっているから、それ並びに富士吉田に行くまでの路線、たとえば道志川線などは、県道でありながら道がない。これは最短距離です。金も中央線を回るよりもずっと安くいく。あなたの選挙区です。これはいいところです。これなども、いままで開発さるべきであり、われわれの縦貫道の立法精神から、それをねらったところが、それになったという場合には、それに対して格段の配慮をするのが愛情ある政治だと思うのですが、そういう点はひとつここで、身延町長もおりますし、ひとつあたたかい御答弁を願いたいと思います。
  66. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) 先ほど申しましたように、それについては十分配慮するという所存でおるわけでございます。
  67. 田中一

    田中一君 そこで、西沢さん、佐野さん、私はここで建設大臣にこうして一問一答やっておりますが、あなたはいま建設大臣の答弁も聞いたと思います。そこで、今回の縦貫道路線の変更というものは、これは長野県あるいは山梨県という通過県の道路として考えておらないわけです。これは全く一億国民の道路であって、そのために愛情ある扱い方、受け取り方をしてほしいと思うのです。ただ単に長野県の利益とか、何の利益じゃございません。これに既成市街地にはいる関連道路が必ずつくられて、そうして地域格差をなくする、その他の問題も多々あるのでありますから、目的があるのでありますから、ひとつその意味で、法律決定されればされたように、それに対する対処をしていただきたいのが、私のお二方に対するお願いでございます。御両氏に対して私の質問これで終わります。
  68. 小山邦太郎

    小山邦太郎君 先ほど来同僚議員の間から参考人に対しての質問、また、これに対する御答弁、この法案の処理の上にきわめて有力な参考となりました。加えて田中君から関係大臣にも御質問があって、これまた、この法案処理の上にきわめて役立つことと思います。この際他に同僚議員から参考人に対しての質問がなければ、この程度参考人に対する質問は打ち切りにして、しばらく休憩を願って、この問題の処理の懇談をいたしたいと思いますが、いかがでございますか。
  69. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) 休憩はしません。
  70. 瀬谷英行

    ○瀬谷英行君 建設大臣に、田中委員の質問に関連いたしまして若干私からもお尋ねしたいと思います。  これは身延町長さんからもさっきお話がありましたが、私ども現地視察に行きましても、別に陣情の有無にかかわらず、やはり公正妥当な観点から視察をしてまいりましたので、特に身延から陳情がなかったとか、あるいは信州、あるいは山梨韮崎のほうから陳情があったということは、別にわれわれ視察をしてまいりました者の心証に対して影響を与えてはおりませんので御了承願いたいと思います。ただ、きのう各地でもって非常にたくさんの方から陳情を受けたのでありますけれども、私は、地元の人たちの考え方の中には若干の錯覚があるのじやないかという気がしたのです。ということは、高速自動車道路というのはインター・チェンジしか出入りができないわけだし、うちの前をこの道路が通るから、うちの前からすぐに東京へ三時間で行けるという性格のものじゃないわけです。ところが、何か従来の一級国道をもう少し豪勢にしたようなやつが通るかのような錯覚を持ってこの縦貫道を歓迎をするというふうな気持ちを持っておられる方が相当多いのじゃないかと思います。それというのも、一いままでの国道が、あるいは県道なり、国道なりが、本来の機能を果たしていないというところにありはしないかと思います。この三日間私どもは自動車で回りましたけれども山梨県から長野県の県境付近になりますと、舗装がされないだけじャなくて、道も狭くて伊那の勘太郎がわらじばきで歩いたころと変わりないじゃないかという国道があったわけです。こういうところで相当時間を食う、それで至るところにそういうところがあるわけです。だから建設委員会の中で私は最年少のほうだと思いますけれども、それでも自動車で回ったら腰が痛くなった。そういう状況を考えてみると、この路線がきまったということのために、従来の国道整備というものが手抜きになるというようなことになると、地元の人たちにとってはアブハチとらずということになっちゃうのじゃないか、こういう気がいたします。そういったような心配はないとは思いますけれども道路の性格が多少私は変わってきやしないか、こういう気がいたします。大臣の御答弁では、縦貫道というのは最短距離を走るべきものだ、いろいろなその地域地域陳情等を考えるべきものじゃないという意味だろうと思うのです。それであるならば、これは地図を見てもらえばわかるですけれども、いままでの路線が最短距離であって、それを今度新しい路線がこういうふうに迂回するのですから、これは迂回道になってしまうんです。これに対して国土開発縦貫道という名称をつけることは、私は妥当でない、こういう気がいたします。むしろ新しい路線というものは、国道的な性格を多分に持たして、インター・チェンジ等についても考慮をするのでなければ、その機能を発揮できないじャないか。もし、この新しい路線に対してあくまでも縦貫道の性格を持たせるとするならば、諏訪周辺から裏日本に抜けるような縦貫道をさらに将来構想として立てるのでなければ筋が通らないということになりはせぬか、こういう気がいたします。そういったような構想が一体あるのかどうかということ、これが一つと、それから、富士山ろく道路は考慮すべきものと考えるというふうに御答弁がございましたけれども、これは変更になる前の本来の縦貫道の構想に合わせて、つまり将来の——いつになるかこれはわかりませんけれども、将来の中央縦貫道の構想を生かすという意味で富士山ろくの通路というものを考えているのか。そうではなくて、まあ国通の整備という意味で身延とか下部方面についても考えるのか、観光ルートとして考えるのか、その点は一体どのような考え方に基づいておられるのかということをお伺いをしたい。
  71. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) お話しになればいまお話のようなことがあると思いますが、私の申し上げます最短距離というのは、つまり東京と名古屋の間の最短距離とだけ考えませんで、それぞれに拠点があると思います。その拠点と拠点とを最短距離で結んでいきたい、こういう意味で申し上げました。同時に、縦貫道路という名前はおしいじゃないかとおっしゃいますけれども、実は私たちは、お話しのように、この諏訪から裏日本のほうに延びていく道路を実はビジョンとしては一応頭の中にあるわけでございます。その第一着手としてこの辺まで延ばしておき、そうして名古屋方面とこの日本中心部とを結ぶ線というような意味合いにおいて適当じゃないか、こういうことでこの線を取り上げております。  それから、最初に立案をされました本州縦貫道路というこの法律の名前のごとき案は、これらにしましても、先ほども申し上げましたように、調査の結果変わることはむろんあるということはすべて前提のもとに私は考えられておったと思います。建設省で十分調査してこの法律を出したんじャない。期成同盟会の方がいろいろ検討されましたけれども、本質的に検討し、本質的にやった結果じゃない。先ほど道志川の話もありましたが、私の実は選挙区でございますから、道志川の問題についても相当興味を持っております。しかし、何にいたしましても、やはり有料道路でございます。道路公団の経営の一応道路でございます。したがって、その利用度というものをある程度考えないわけにはまいりません。それらと総合的にあらゆる角度から検討いたしましてやりませんことには、結論が得にくいこういうことでございます。  いま富士吉田のことについてお話がございましたが、秋は、いま申し上げましたような意味合いにおいて、富士吉田まで行っておる道路、これをさらにここでとめるということでなしに、富山ろくを——かねて各方面から論ぜられておりますように、富士山ろくを開発するということは、将来の東京の問題等を考える上において非常に意義のあることだろうというふうに考えますと、東京の一番発展しております中仙道の方面から出まして、そうして、これが方向は違いますが、富士吉田に下がり、富士山ろくの西側を通って富士宮市に下がるという線は、この方面開発の意味からいって非常に意義のある線だろう。ただし、これはいま有料道路でやるか公共投資でやるかということについては、決定いたしておりませんが、私は、いずれにしても将来わが国の道路網の一環として考えられ、もしくはこれが開発の対象になるべき線じゃなかろうかという意味で申し上げたのでございまして、これを混淆したら、はなはだ御迷惑をかけたと思いますが、いまここに言われておりまする自動車道路という意味で、必ずこれを延長するという意味で申し上げたことじゃございませんから、その点は御了解願いたいと思います。  なお、道路の名前が、この法律の名前がいま言うようにそぐわぬじゃないかということになりますれば、これは、先ほど申し上げましたように、多少そのきらいはあります。しかし、これを全部この法律を廃案にして、全然新しい法律を出すという勇気が私ございませんでした。また、議会の方々ともいろいろお話し合いをいたしまして、この法律の改正でいこうじゃないかということにいたしたものでございますから、こういう手続をとりましたが、いずれ近い将来に、先ほど申し上げましたとおりに、全部の特殊道路関係法律について整理をいたしたいという考えを持っております。  なお、こういう道路の夢を持たしたために——夢という字は適当でないかもしれません。こういう道路計画を持ったために、二級国道、県道等が手抜きになったのじゃないか、そういうことは私はないと思います。これは県がおやりになる。また、この道路が、今日突如として、私は、こういう法案を出したわけじゃないのでございまして、すでにこれまで関係していらっしゃるすべての人が大体こういう方向でいくことがよかろうということで、秋はそれらの総意によって提案をいたしておるのでございまして、私が事務当局といわゆる役所的立場において提案しておる、地元関係なしに提案しておるということではございませんので、十分中央道の、従来関係しておられました有力な諸君関係しておられました地方の諸君と御相談の上いたしておることでございますから、私はそういうことはないのじゃないかと、こう思っております。  また、この道路は、先ほどお話しのありましたとおりに、これはもうインター・チェンジのあるところだけが利用できるのであって、そこ以外は利用できぬ道路であるということは、これはもうおそらく今日通過する地区の人、たとえば東海道の場合にいたしましても、皆御承知の上でこれに協力を願っておるというふうに私は考えております。   —————————————
  72. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) この際委員異動について御報告いたします。本日天埜良吉君が委員を辞任せられ、その補欠として徳永正利君が選任をされました。   —————————————
  73. 小山邦太郎

    小山邦太郎君 先ほどの私の発言について、おはかりを願います。
  74. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) 参考人の方には、本日は御多忙のところ出席をいたされ、貴重な御意見を述べられましたことにつきまして、厚く感謝申し上げます。委員会代表いたしまして一言お礼を申し上げます。ちょっと速記とめて。  〔速記中止〕
  75. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) 速記を始めてください。  それでは、他に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  76. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) 御異議ないと認めます。  それでは、これより討論に入ります。  御意見のある方は、賛否を明らかにしてお述べを願います。——別に御意見もないようでございますが、討論は終局したものと認めて御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  77. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) 御異議ないと認めます。  それではこれより採決に入ります。  国土開発縦貫自動車道建設法の一部を改正する法律案を問題に供します。  本案に賛成の方の挙手を願います。   〔賛成者挙手〕
  78. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) 全会一致と認めます。よって、本案は、全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。  なお、本院規則第七十二条により、議長に提出すべき報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。   「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  79. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。  河野建設大臣
  80. 河野一郎

    国務大臣(河野一郎君) 本法御審議の間におきまして、いろいろ有力な御意見、御発言を拝聴いたしまして、御質問にあらわれました点等も、十分考慮いたしまして、御期待に沿うように善処いたしたいと考えます。
  81. 安田敏雄

    委員長安田敏雄君) 本日はこれにて散会いたします。  午後三時五十二分散会    ————————