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淡谷分科員 大臣、ひとつお聞き願いたいのですが、私は、
農産物の価格の問題は、まだほとんど検討されていないと思います。卸売り物価と消費者物価と申しますが、一体
農産物の卸売り物価をどこで押えるかということさえ、まだはっきりしていない。中央卸
段階で押えるのか、
生産地で押えるのか。
生産地で押えたら、こんな値下がりはないと思う。中央卸売りで押えたならば、その値下がりが若干緩和されましょうけれ
ども、
生産地は、きのう
加藤委員も言ったとおり、
農産物はもう全部下がったといってもいいくらいです。いつか本
会議かどこかで物価問題の
質問があったときに、
池田総理は、それでも白菜は下がっておりますという
答弁をして、大笑いをされたことがありました。そのとおりです。幾ら物価が上がりましても、
農産物は下がっているのです。この秘密をはっきりつかまえませんと、私は、中央卸売り
段階で幾らごたごたしても、とてもだめだと思う。価格構成は、中央市場までは、多少の不合理を残しましても、理論的にはどうにかなりますけれ
ども、中央卸売市場から消費者に渡る
段階で、まことに不思議な作用を起こしております。リンゴな
ども、去年は産地で五百円、ことしは二百五十円、半額になっておりましても、消費者価格は変わっていないのです。値幅が開いておるだけです。そこで、これは私
自分でもいろいろなことにタッチしているからわかりますが、この生鮮食料品の価格構成は、まことにデリケートなものであります。バナナが入ってから一定の時期を置いてリンゴが落ちたのは、当然なんです。バナナが
開放経済という形でどっと入って、そうしましたら、大きな損をしていますね。中には、あまり値が下がるので、船を沈めたとか沈めようとかいうことまであるのです。これはずっと前に、初めて
日本へバナナが来たときに、みんな食いついて買ったのはいいけれ
ども、あまりたくさん入ったので、値が落ちた。台湾から入ってきたバナナを、船に保険をつけて船を一そう沈めて市価の値上げをはかったという事実は、ずっと前からあったのです。このバナナがもうかっていれば、リンゴは下がらなかったですよ。わからないでしょう。この点は、実はこうなっているのです。
小売り屋の小売り価格決定というのは、全体のくだものを見ているのです。しかも桃とかサクランボとかイチゴとか、こういったような質の弱いくだものは、全部捨てるよりは、だめになった場合は安売りしちゃうのです。バナナもそれに入ります。安売りしますけれ
ども、
小売り商としては、バナナ、桃、あるいは桜桃、イチゴなどで損をしたものを、どっかで埋めなければならない。この埋めるものをどこに求めるかというと、第一はミカン、それからリンゴです。リンゴは特に一年じゅうあるくだものであり、相当内容が変になっておりましても、外見が変わりありませんから、一年じゅう売ってもうけるのには都合のいいくだものなんです。しかも、農村の販売機構というのは、全然と言っていいくらいに確立されておりませんので、非常に弱い。小売り価格を上げ、消費者価格を上げると、販売量には影響を来たしましょうから、まず
生産地をたたいて値幅をつくる。それが十月の暴落なんです。おわかりでしょう。生鮮食料品の価格というのは、こういう構成を持つのです。理論が貫いておりません。この機微を
考えませんと、今度御
計画になっておりますスーパーマーケットみたいなものが、とんざしますよ。一体生鮮食料品というのは、これはもう商人としては苦手なんです。なま魚屋はなま魚だけではもうからない、なま魚で売れ残りができて損をしたものは、干ものでもうけなければしようがない。くだもの屋がかん詰めを売っているのはこれなんです。イワシで損したらスルメでもうけてやれということが、素朴な感情です。スーパーマーケットで扱うのは、全部生鮮食料品でしょう。そういう配慮があったかどうか。いかがです。売れ残りがありませんか。
生産もほとんど無統制、それから消費のほうもほとんど無統制、自由
経済、
開放経済、競争かってたるべしといった形の中で、生鮮食料品をお役所の仕事みたいにスーパーマーケットで
処理できると思ったら、とんでもない違算を来たしますが、その点はいかがですか。