○曽野政府
委員 お答えいたします。
まず第一に、
外国教科書の
日本に関する記述の問題でございます。ただいま先生の御
指摘にありましたように、
外国の教科書をいろいろ集めてみますと、非常に
日本というものが古い姿のままで映っておるということは、事実でございます。実は戦後、こういう面の努力は、
日本の置かれました特殊な事情からいたしまして、いまから二、三年前まではほとんど私たちとしては手をつけるだけの力、あるいは資力の余裕がなかったのでございます。いろいろ各国のを集めてみましても、はなはだ悪い、間違っておる。それからまた、大きな国で出ております百科事典というものが、非常な誤りをしておる。この原因は、おそらく戦後十年間
日本の
外交がブランクであったということにもよると思うのでございます。そこで、教科書は全世界でいろいろ出ておるわけなんでありますが、その教科書というものがつくられます基礎になるものは、百科事典が大きな影響を持つわけでございます。そこで、そういうものにつきまして、なるだけ先生のおっしゃったありのままの
日本の姿というものをもっと伝えてほしいというわけで、私たちとしては努力を行なっておるわけでございますが、しかし、こういうものに対しまして、たとえば一般の方は非常に簡単に直るもののようにお
考えになっております。たとえば
大使館がもっと大いに資料を提供すればいいじゃないか、そうすれば直るのだというふうにお
考えになりますが、こういうものは、そういうやり方では簡単に直るものではないのであります。たとえば
日本の出版業者にしましても、ここにある
外国の
大使館から、これは間違っておる、こう書けと言われても、書くものではありません。やはり
日本というものをよく知ってもらって、なるほど
自分のところの教科書、あるいは百科事典はちょっと古いということを確信してもらわなければ、直るものではありません。それには、
大使館としてもいろいろの材料を提供しますと同時に、むしろ政府じゃなくて、
民間の有識者のお互いの交流を通じておのずから直っていくのが、最も民主的なやり方じゃないか。したがいまして、
外務省といたしましては、そういうものを発見しました場合には、一応こちらの資料は提供いたします。しかし、命令するわけにはまいらないのでございます。そのうちに、たとえば私どものほうでは、
外国の新聞記者とか、あるいは
大学の先生というものを招待いたしまして、
日本をよく見てもらいます。そしてそういう方がお帰りになって、なるほど
自分の国で出ておる百科事典、教科書というのは、
日本についてこういう誤りをしておるということを認識されますと、おのずからそれはよくなっていくのじゃないかと思います。それからまた、だんだんと幸いなことには多数の
外国人が
日本に参ります。その場合でも、やはり
日本のありのままの姿を見ていただくわけでございます。その場合に、たとえば
日本の
民間の
方々がお世話なさる場合に、どうしてもやはりエキゾチックな
日本というものを見せたがる性格もございます。また外人もそれを喜ぶわけでございます。そういう面からいいますと、たとえば東京へ来た、しかし、富士山、芸者は見せるけれども、地下鉄は見てもらわぬというような結果も出てまいります。あるいはまたペンフレンドもあります。
日本の青年が
外国の青年と文通いたしますときに、やはり
外国の青年が喜ぶのは、古めかしい
日本的なものである。そういうものをおのずから送ってしまう。そういうような点もございますので、これは私どもとしては努力はいたしておりますが、やはり
民間の
方々の御協力がなければ、そう簡単には直るものじゃない。私どもといたしましては、相当な努力をこれに当てております。実は昨年「知られざる国
日本」というパンフレットを出しまして、いかに
日本というものがありのままの姿において知られていないかということを
国民の
方々に知っていただくために出したのでございます。それ以後、だいぶ
国民の
方々も、いろいろ新聞の投書なんか拝見いたしますと、関心を持ち始められておりますので、そういう投書を拝見しますと、私のほうはいろいろ資料をお送りして、そうして御協力を願っておる。これはおそらく今後五年くらいたてば相当変わってまいるのじゃないか。これは一日にしてはできませんので、もうしばらく私どもの努力をごらんいただきたい、こういうように
考えております。
その次に、文化事業部を今回つくることになりました理由は、戦後
日本の置かれました現状におきまして、いままでほとんど国際文化交流を行なうだけの余裕があまりなかったのでございます。ようやく三、四年前から少し力を入れ出したのでございますが、最近、幸いにしまして
日本のたとえば探険隊、山登り、こういうようなものも
外国に出てまいります。
外国の文化の
日本における
紹介は、新聞社その他が非常な力を入れている。大いに
民間の努力でやってくださっておるわけであります。こういうような場合に、私らのほうとしましては、だんだんお世話する
仕事がふえてまいります。とてもいままでの文化課だけの機構ではできませんので、これを今回、文化事業にもっと力を入れるという
考え方で文化事業部の新設を
お願いしたわけでございます。
そこで、先ほど申されましたアメリカとの文化交流には力を入れているが、ほかのほうとはどういうことをやっているかということでございます。実はこれは私どもの信念でございますが、文化交流というものは、本来ならばお互いの国の
民間同士が自発的に行なうのが、一番民主的なよい文化交流だと、こう感じております。それを政府が援助していくのが本来のあるべき姿じゃないか。アメリカとの場合、いろいろ文化交流が行なわれておりますが、政府が関知しておりますのは、要するにこの前のガリオアの二千五百万ドルその他の問題に
関係してまいります日米文化交流の大ワクだけでございます。実際上の活動は全部
民間におまかせする、こういう
考え方でございます。それ以外の地域でどういうことをやっているかと申しますと、たとえばソ連との間には、毎年劇映画三本、記録、
紹介映画三本、これで相互に三日間の映画会を公開いたしております。これはソ連という国のたてまえ上、向うは政府がやります。
日本側も、私のほうの予算でやっております。これは東京とモスクワの一番大きな、多数を収容します映画館ないしホールをお互いに便宜供与して使いまして、これは非常な効果をあげておりまして、ことしも近く五月に多分行なわれることになっております。それからまた、それ以外の国に対しましては、お花の先生を派遣する。柔道の先生を派遣する。あるいは日劇ダンシング・チームに犠牲的に行なってもらう。あるいは
日本の事情に関する講演を
大学の先生を派遣して行ってもらう。最近では、中南米諸国に
日本の生みました第一流のピアニストの松浦君に行ってもらいました。そのときにどういう効果があるかと言いますと、そのとき南米のある
大臣は、
日本の
大使に対しまして、いままで
自分は
日本を尊敬したけれども、きょうのピアノを聞いてさらにもう一段尊敬するようになった、なぜかと言えば、
日本人は西欧の文化をも十分にこなす
能力を持っているからだ、こういうことで、結局向こうにおります
日本の移住者の地位も上がるという、こういう効果があるわけでございます。乏しい予算でございますので、政府自体はそうたくさんはやれませんけれども、これをなるたけ知恵で補いまして、いろいろできる限りの努力をいたしておるのであります。決して日米間だけの交流をやっておるわけじゃございません。たとえば昨年は、お花の先生に共産圏のずっと東ヨーロッパを回ってもらいました。あるいはまた、映画会というものは、
方々で行なわれております。こういうようなことでありまして、
民間のいろいろな文化交流の努力に協力いたしますと同時に、それで穴のあきます部分は、私たちのほうでなるたけ補っていきたい、こういうふうに
考えております。
いま申し上げましたのは文化交流でございますが、次に、文化交流のこれは非常に大きな手段でございますが、先ほど先生もおっしゃいましたように、お互いの国がよく知らなければいかぬ、ありのままの姿を知らなければならぬ、こういう問題がございますので、私のほうといたしましては、
外国語によるパンフレット、ありのままの
日本を
紹介する非
政治的なパンフレットを、各種大量につくっております。近くオリンピックがまいりますので、一番基本的な、これは後ほど差し上げますけれども、ジャパン・オブ・ツデーというものを十五カ国語でつくることになっております。これは非常に
方々から需要がたくさんございます。とてもいまの発行部数では、毎年売り切れてしまうくらい出ております。そのほかに、たとえばグラフもつくっております。写真でもって見ていただく。たとえばこれはいままで二冊でありましたが、去年二つ出しましたが、
一つは
日本の建設、二つ目は
日本の教育というテーマでございます。近く
日本の体育というテーマでグラフを出すことになっております。これは三カ国語で出しております。そのほか、
日本の
実情を
紹介いたしまする映画もつくっております。たとえば最近では、御関心があると思いますが、
日本の新聞、
日本のテレビというものもつくりまして、あるいはそのほか、
日本の子供とか、
日本の教育、
日本の女性、こういうものをつくりまして、全世界に配付しております。相当私どもといたしましてはやっておるつもりでございますけれども、何ぶんまだこれが活発に行なわれ出しましてから二、三年しかたっておりませんので、今後努力を続けてまいりたい、こういうふうに
考えております。
それから次に、お話しのございましたいわゆる「人民
中国」その他の
日本に対する
外国の刊行物、確かにたくさん来ております。しかし、私は、こういうものは、
日本の
立場から言えば、やはりなるたけお互いの
民間の努力で理解し合うのが一番健全なやり方じゃないか、こういうように思いますので、私のほうのこういうようないま申しました刊行物には、
政治的な配慮は全然いたしておりません。ありのままの姿を知ってもらう、これが一番効果的なのじゃないか。
政治的に曲げたものを幾ら出しましても、それはすぐにばれてしまうのでございます。私らとしましては、
外国に対する
日本の広報というものは、もう純粋にありのままの姿と申しますか、悪い面は悪い面ではっきり出す、こういう
考え方でやっております。したがって、
日本におきまする
外国政府の出版物に対して真正面から対抗しようなんという
考えは、私は持っておりません。これは
日本でもたくさん
民間の出版物もございまして、
外国にたくさん行っておりますので、私は、だんだんと
日本は知られていくのではないか、こういうように
考えております。
それから最後の御
質問の
情報の収集、研究ということでございますが、ここに書いております
情報の収集、研究というのは、要するに前のこの五ページの一にございます私らの局の報道及び広報
関係の事務を行なうための
情報の収集及び研究でございます。たとえばどういうものがあるかと申しますと、
日本には、
外国の通信員もたくさん来ております。それに対していろいろ取材上の便宜も与えなければいけません。その場合に、
外国の、たとえば全世界におきまして、どういう新聞があるかということの
情報を集めてそれを研究する。あるいはまた、国際情勢が非常に動いている。その場合に、たとえば
外国の新聞がどういう論調をもって書いているかという
情報を集めて研究する。そういうたぐいの
情報の研究でございます。御心配になるようないわゆる
情報活動の意味におきまする
情報ではございません。