○豊瀬禎一君 私は、
日本社会党を
代表いたしまして、ただいま説明されました
義務教育諸
学校の
教科用図書の
無償措置に関する
法律案に対し、
総理、大蔵、文部それぞれの
大臣に
質問をいたします。
総理は、先般の施政方針において、福祉国家の建設を目ざしての人づくり、国づくり論を述べられました。しかしながら、その所論はきわめて抽象的であり、具体性に乏しきお題目並べに終始していると断ぜざるを得ません。これは要するに、その目標とする福祉国家とはいかなるものであるか、かつまた、それに至るための教育施策が他の諸施策と相待ってどのように推し進められなければならないかという構想を、全然持ち合わさないところの、兎糞的発想にほかならないからでありましょう。しかしながら、世界の趨勢は、いわゆる技術革新の時代であり、第二次産業革命下におけるよい意味での経済競争、生産競争、
国民生活の
向上の争いの時代であります。これに対応するために、教育が質的にも量的にもその充実発展を期待されること、今日より大なる時代はありません。これがために、現実補てん主義や環境即応主義を脱却して、十年、二十年の長期見通しと達見に立った現状変革の長期教育プランが、諸外国においても着々と推進されていることは、まことに注目すべき
事態といえましょう。翻って、わが国の文教
政策を見るに、明治学制施行以来、
国民の不断の努力により、量的には
先進国と自称し得るに至ったものでありますが、質的にはむしろ大きな
矛盾障害に逢着しており、制度、教育内容、教育行政の
あり方全般にわたって、抜本的再検討の
段階に到達いたしておるのであります。今こそ、
国民の一人一人が、憲法第十三条に定める「生命、自由及び幸福追求」の基本権を具現する方途としての、教育の機会を均等に与えられることによって、その個人のすべてが、その持って生まれた永遠の生命力を伸ばし、最高のエネルギーを発揮し、勤労を楽しみ、安定した
賃金と社会保障のもとに、健康で文化的な
生活を亨受し得る福祉国家の建設に向かって、大きくその歩を踏み出すべきときであると確信するものであります。そして、このことにより、個人の尊厳が、企業や国家目的、経済体制に対して、その優位を占め、個人の幸福の増進の結果が、同時に公共の福祉を増進していくという、人間尊重の
立場に立った教育体制が確立されねばなりません。
私は、この際、総合的長期的プランを樹立するため、あらゆる分野の専門家、実践家、文化人、労働界、経済界等の各
代表を網羅した
国民教育
会議的なものを設置し、これによって教育の長期プランを設定していく必要性を痛感するのですが、
総理の所信を伺いたいのです。
次にただしたいのは、
義務教育の無償と教育の機会均等についてであります。第四十回国会本
会議におきまして、私の
質問に対しまして、
総理は、現状では不十分であるので、より大きく歩を進めていきたいとの意思を表明されました。しかるに、三十八年度の予算案を見てみますと、憲法第二十六条の
義務教育の無償の
原則は一片のほごのごとくじゅうりんされ、依然としてPTAの負担は増大し、すし詰め教室は解消されず、貧富の差により教育の機会均等は失われ、特に産炭地等においては児童の不就学が激増いたしておる現状であります。この際、
政府は、
教科用図書を分割配布する等の愚策を捨てて、一気に全学年にわたって実施するとともに、
義務教育全般に対する国の補助施策を断行し、父兄負担の解消をはかることにより初等教育の充実をはかるべきと思うが、
総理並びに大蔵
大臣の所見を承ります。
さらに、他面においては、後期中等教育の現状を見るに、入学試験地獄が展開され、これが
義務教育の不正常化をもたらすとともに、中学浪人の放出、青少年不良化の原因ともなり、青少年がその心身をむしばまれていることは、まことに憂慮すべき社会問題であります。西欧諸国におきましては、すでに満十八才までの青少年に対して、何らかの教育を組織的に行なう制度により、働きながら青少年がレジャーを楽しみ、それぞれの能力を身につけた、心身ともに健康な市民として育成することに努めております。わが国の教育の緊急課題の
一つは、
義務教育の充実とともに、この後期中等教育の拡充にありというべきであります。この二つが相待って進められてこそ、進みゆく時代の進運にこたえるための
国民教育の完成が初めて達成し得るのであります。
総理は、かつて私の
質問に答えて、「
国民が一人でも多く高校へ入学することは、
国民教育のレベル・アッップとして喜ばしいことである」との見解を表明されました。この際、
政府の高校急造対策によって締め出されておる十数万の中学浪人に進学の機会を与えるため、急造対策の手直しを行ない、さらに一歩を進めて、
教科用図書の無償配布を高校まで拡大することによって、貧困が教育の機会を剥奪することのないよう措置すべきと思うが、
総理並びに大蔵
大臣の見解を承ります。
次に、文部
大臣にお尋ねいたしたいのは、教育作用という
立場から、教育と
教科用図書との位置づけの問題であります。教育の本質は、申すまでもなく、子供の本来持っている能力を発見し、これを引き出し、適性を診断し、それぞれの望むところに従って価値を
判断し、これを作りなしていくところにあり、あるいはまた、その基礎能力を陶冶するところにありというべきでありましょう。したがって、教師といえども固定の真理を教え込む
立場ではなくして、学童と真理との媒介者にすぎないのであります。ましてや、人間の価値観は固有の基本権であり、教科書や
指導要領等が強制すべきものではなく、いわんや文部省、教育
委員会等の行政権の介入はかたく禁じられているのであります。したがって、教科書は、他の視聴覚教材、実験、観察等の教具等と相待って、生徒児童の持てる能力を引き出すための一手段にすぎないのであります。この
立場から、
指導要領や
教科用図書の国家基準性の強化の方向は、民主教育の背骨を動かし、教育の国家統制への一里塚となると思うが、
大臣の所信を承ります。
むしろその選択や、その解釈のワクが自由であること、さらには生きた生徒と教師の人間交流の場が大きいだけに、優秀な教師の確保のための待遇改善、現職教育による質の
向上、自主的研究体制の確立、さらには施設設備の充実といった教育諸条件の整備こそが、より緊要な課題と思うが、
大臣の所信を承ります。
第三に、本案においては、広地域採択制を採用しているが、このことは、とりもなおさず実質的な国定化であると推断できるのであります。すなわち、都道府県の選定
審議会は、種目ごとに数種の選定を余儀なくされ、県内各採択区では、そのうちの一種しか採択できない仕組みになっております。このことは、文部
大臣の業者指定権と相待って、必然的にその種類はごく少数に限定されるという結果をもたらし、現在の五十社に近い出版会社は、数年を出でずして淘汰され、大企業の数社のみが残る結果となるとの予見を否定し得るいかなる保証も見出し得ません。
大臣のこれに対する見通しを承りたい。
特にこの
事態は、単に現存の教科書会社の倒産という企業の問題だけではなく、まず第一に広地域選定方式をとれば、より数多くの種類を選定することによって、都市と農村山間等の地域性に即応する教科書が自由に採択できるようにしなければなりません。しかしながら、本方式の結果は、少数限定という形をもたらし、教科書は逆に教育効果の障害物となりかねないのであります。
第二に、現在ですら教科書の執筆者は、文部省検定官の、話し合いさえ認めぬ一方的な独断と偏見に迎合しなければ、検定に合格しないという、秘密検定制度によって、その良心を傷つけられ、学問の自由な表現を阻害されております。このことは、学問、思想の国家統制への道であり、実質的教科書の国定化と断ぜざるを得ません。この検定のやり方は、個人に対する価値の選択権を奪い、行政権による価値観の強制という、憲法、教育基本法の
精神に反していることを強く指摘いたしたいのであります。
さらに、広地域選定制度による教科書会社の少数化ということと同時に、現在のごとき非民主的、独断的検定制度の存在は、最も悪質な教育内容に対する国家基準制の押しつけであり、自由採択の面をかぶった国定化であると思うが、
大臣の所信を承ります。
第四に、都道府県に置かれる
教科用図書選定
審議会についてであります。本案によりますと、わずか二十名以内の委員で組織すると定められておりますが、この少数で全教科目にわたって妥当な選定をなし得ると
考える者ありとするならば、これは全く教育と教科書の本質を知らない無知もうまいの徒輩と断ずべきでありましょう。教科書は、でき得る限り多くの中から、それぞれの教科の教師が多年にわたる実践と研究の体験に基づいて、地域性を加味しながら十分検討し、討論を行ない、公明正大な方式によって採択さるべきものであります。少数の委員による採択は、独断の弊をもたらし、教育の質的偏向と低下をすら来たすものであると思うが、
大臣の所見を承ります。
また、この
審議会が教育
委員会の
諮問機関であるということも、きわめて重大な問題であります。現在の制度の中で、
委員会がはたして
諮問機関の
意見をどれだけ尊重するかという問題と同時に、先ほど指摘いたしましたように、これらの
審議会が教育
委員会とどれだけ教科書の実体について意思が疎通し得るかというととも、きわめて疑わしいのであります。私は、教育の本質と教科書本来の意義に対して、
大臣の再考をうながすとともに、
審議会については、特にそれぞれの教科の教師によって構成する
機関を設けることによって、教科書の採択に対して万全の態勢を講ずべきと思うが、
大臣の所信を承ります。
以上をもちまして私の
質問を終わります。(
拍手)
〔
国務大臣池田勇人君
登壇、
拍手〕