○
猪俣委員 私は、昨年の四月二十五日に、
政府に対しまして松川事件に関します
証拠問題についてお尋ねしたのでありますが、その後機会もありませんでしたので、御答弁をまだいただいておらぬのです。そこでいま一度、私が
質問いたしました問題は、松川事件の斎藤千という被告人、これは第一審で検事から死刑の論告を受けた。一審判決は無期懲役になり、第二審でやはり検事から死刑の論告を受けたが、第二審では無罪になった。しかるに、死刑の論告をいたしました検事は、そのまま上告を取りやめて確定してしまった事件、それに関する
証拠であります。この斎藤千なる者が死刑の論告を受けました
事情は、彼が
昭和二十四年八月十三日ですか、あの汽車転覆の謀議に参画して、そしてそこで共同謀議をやったということで起訴せられ、死刑の論告をされたわけであります。ところが、その謀議をしたと称せられる八月十三日には、彼はりっぱなアリバイがあった。それは当時国鉄の
委員長をやった渡辺という人が公務執行妨害か何かで検挙せられまして郡山警察署に留置されておる。そこに彼も国鉄の労働組合員ですから、斎藤千は面会に行っておる。差し入れもしておる。ですから、それがあればりっぱなアリバイが成立いたしまして、彼が十三日に謀議に参画したということが根底からくつがえるわけであります。そこで、それに関します
証拠につきまして、私は実は奇怪千万だと思う。想像ができないのです。どうして検事がそういう
処置をとったか、これは私は
政府を責めるわけではありませんが、いやしくも
人権擁護の立場から、民主主義の立場を
考えたら、これは大へんな問題であります。生と死の分かれ目の
証拠を検事が隠匿してしまっておる。私は松川事件に初めからあまり
関係しておりませんでしたし、
研究もしておりませんでしたが、
研究すればするほど驚くべきことでありまして、これは今にして断固たる
態度をとらなければ一体どういうことになるか、われわれの生命が保障できないのです。これに対して、どうも
政府当局はなまぬるい
態度でやっておると思うのです。ほかの事件は今は上告審になっておりますけれ
ども、これはすでに二審で判決が確定しておる。斎藤千は無罪で確定してしまったものを検事は上告しないのです。ですから、この問題について私はお尋ねするわけです。その
証拠と申しますのは、郡山警察署にありました、つまり斎藤千が面会に行ったということを証明するあらゆるものです。来訪者芳名簿、これは警察留置人に面会に行けば必ず面会人の名前を受付けに書くわけであります。それから警備勤務表、これは受付にはどういう巡査がいたか、看守はどういうものがいたかという毎日の警備、配備の模様が書かれておるものですから、彼が受付に面会を申し込んで行ったときの受付の巡査及び面会しているときの看守の名前がここにみんな書いてあるわけです。それから在場者接見簿、その留置場に在場している者に会った場合には在場者接見簿というものができておる。それからこの斎藤千が、必ず自分の面会した渡辺君と写真がとられているはずだ、といっているのを私は見た、だから写真がこの警察署にあるはずだと言う。被疑者の写真です。それから監食者支給名簿、これは在監者に差し入れした場合に、だれがいつ差し入れしたかが書いてある監食者支給名簿というのがある。これを見れば斎藤千がその日差し入れに行っていることははっきりしているわけです。それから被疑者写真撮影簿というのがある。だれとだれの写真を本日とったということをちゃんと書いてある被疑者写真撮影簿というのがある。これらの六点があれば斎藤千のアリバイは、ほかの何らの
証拠を必要とせずして彼はアリバイが証明されたわけです。これが第一審に
提出されれば直ちに無罪になったはずなんです。そこで斎藤千自身が最初面会に行ったことを忘れておったのでありますが、
昭和二十四年の十一月八日から九日、福島地検の次席である主任の検察官山本諫、この検事に対して、実はあなた方が私が謀議に参画したという日は、今思い出したが、郡山警察署に渡辺君の面会に行っておる。だからそれを調べてもらえばはっきりわかる。こういうことを言うたわけでありますが、そうすると、その翌日山本検事がじかに郡山警察署に行って、以上私が申しましたものを全部押収して帰ってきて、そのまま公判廷に出さない。そこで弁護人が偶然検事の押収
証拠品を全部見せてくれということになりまして、それを見に行ったときに、斎藤千からこの郡山警察署に留置されておったという渡辺郁造という人の奥さんに、おれは今面会に行ってきて元気でこれこれだという手紙を出しておる。その手紙が検事の押収物の中にあったので、それを
証拠として
提出をさせるとともに、以上の斎藤千が面会に行ったというアリバイを立証する警察の帳簿です。その
提出を迫ったわけでありますが、検事は、斎藤千の渡辺郁造さんの奥さんにあてたと称する手紙を押収しておきながら、黙っておるのみならず、なおこの斎藤千自身が気がついて、警察に自分は面会に行ったということを供述しますと、翌日警察に行ってその
証拠を全部押収してそのまま隠匿してしまう。そうしておいて死刑の論告をやっておるのです。一体あなた方、これをどう
考えられますか。そして裁判所は無期懲役を宣告した。控訴審へいってそれを問題にいたしまして、裁判所に対してこれこれのものの
提出命令を出してくれということで、裁判所は
提出命令を出したわけであります。これは法務大臣、よく
考えて下さい。こういうことが行なわれたら大へんじゃありませんか。
昭和二十六年十二月二十一日仙台の第二審裁判所で、以上私が列挙いたしましたものに対して、郡山警察署に対して
提出するよう
要求したのであります。そのとき検事はそれを持っておる。立会検事は知っておるわけなんですよ。ところが、検事は黙っておる。そうすると郡山警察署では、そういうものは存在しないと回答しておる。これも不親切きわまる。検事に押収されておるから存在しないといえばいいものを、今自分のところにはないという答弁だけしておる。そこでそれが一体あるのかないのかわからないわけです。立会検事は、自分たちが押収しながら知らぬ顔をしておる。二審の裁判所は、斎藤被告から渡辺郁造の奥さんにあてた手紙によって、渡辺の奥さん及び渡辺自身を証人として公判廷に出てもらって、その手紙の成立を立証いたしましたので無罪の判決を下したのでありますが、それでもなお検事は郡山警察署から押収したものをないといって出さなかった。そこであなたにお聞きするのですが、一体ないのですか、あるのですか。