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小林(信)
委員 ただいまの論議の中で、非常に重大な問題でございますが、まことに要領を得ないので、私はここでひとつ
文部省の
見解を統一していただきたいと思うのです。
大臣に対しまして
教科書観というものをいま
村山さんが尋ねられたのですが、やはりこの
教科書観、
教育観がしっかりしておらなければできてこないわけです。しかもこの
教育観が明白になっておらなければ、
教科書制度がどういうふうにつくられようとも意味のないものになるわけでございまして、
教科書は教材にすぎないのかあるいは
教科書を教えるというのか、こういう簡単な問題ではっきり
教科書観というものは表明できると思うのですが、どうも
大臣のは非常に回りくどくて、
教科書を教えるということにも聞こえるし、
教科書はあくまでも教材であるというようにも聞こえるわけなのです。ここら辺をはっきりしていただくことが大事だと思うのですが、おのずからそこに
採択をする場合の
責任とか、それは住民に対する
責任もあるでしょうが、
教育そのものに対する
責任を負う教師もまた無視できないわけなのです。さっき
村山さんの
お話の中にもありましたように、いまの教師用の指導書を読んで教えるようなそういう空気が出てきておることは、やっぱりそこら辺がしっかり打ち出されないと、いやがおうでもそういうふうになってしまうわけでございますので、もっと意思統一をして、この際この
法案と同時に
教科書に対する
考え方というものをしっかり国民に明示してもらいたいと思うのです。
それにつきまして、もっと如実にきょうの
お話し合いと先ほど問題になりました「
教育委員会月報」これとを見ますと、先ほど
局長は、これは
個人の自由な発表であって、何らこれが
文部省の
責任にはならないというようなことを言っておられますが、たとえそれが
個人であろうとも、
文部省の
教科書課長という銘を打ってここに
教科書の
採択の問題を書かれてあるわけです。やっぱり課長がこういう
考えでいられるなら、課長の
考えと
局長の
考えとは違うわけなのです。ここら辺もやっぱり明白にして、これからの論議を進めてもらいたいと思うのです。と申しますのは、二ページの上の段の終わりのほう。前のほうは略しますが、「これに対し一部には」
——こう言う場合に、
局長の前の
論説を見ますと、一部の者というのは結局だれをさすかということを
考えると、何か異端者のような感じがするのですが、まずこういうところから私は非常に不快を感じながらこれを読んでいったのですが、「「
教科書その他の教材の取扱に関する中務」とは」
——これは要するに
教育委員会法に出ておる言葉なのですが、「とは単なる事務をさすのであって
教科書を
採択することは含まれないとする説がある。」確かにそういう説を私
たちは言っております。「なるほど法文には
採択に関することと条文の規定はないが、」結局重点はここなんですね。「法文には
採択に関することと明文の規定はないが、」とはっきり課長は言っているわけなのです。何ら規定はされておらない。「それならば一体誰が
採択を行なうというのであろうか。」というきっかけから、
教科書の
採択権は
教育委員会にあるという、きわめて常識的な判断でもって課長は言っているわけなんです。やっぱりこういう
見解が
文部省の中にあるとするならば、
採択権というものはまだ明白になっていないと言わざるを得ない。これは、そのあとをずっと読んでいけば、常識的に
考えて「それならば一体誰が
採択を行なうというのであろうか。」というふうなことで、結論的には
教育委員会にあるというふうに出されているわけで、
法律にこういうふうにはっきり出ておるということを言っていないわけなんです。しかし
局長は
法律でもって規定されておるというふうに言っておる。ここら辺の意思統一をしていただいて、次の審議に入る前にはっきり言明してもらいたいと思うのです。
そこで、つけ加えて申しますが、そのあとを見ますと、ここら辺が課長のかなり独断なところだと思うのですが、「元来
教科書の
採択はそれぞれの
教科書の
教育的価値に対する評価に基づいて行なうべきものであるが、」これは当然なことでしょう。しかしこの
一つのことを
考えても、もし常識的に
考えるとするならば、
採択というものは一体だれに重点を置かなければならぬかということがわかるわけなんです。あなた方は、いま置かれておる
教育委員というものは、県教委もあるいは地方の
教育委員会も自信を持っているかもしれぬけれ
ども、私
たちの見るところでは、任命制になって以来ほんとうにこういう点まで仕事のできる
教育委員というものがはたして網羅されておるかどうか、まことに疑問なんです。
さらに「同時に地域の
教育水準その他の実情および父兄負担等の問題を考慮に入れながら、慎重に比較検討し決定すべきものであって、
教育行政全般の
立場に立って行なうべき行政事務である。」妙なこじつけで「行政事務である。」というふうにくっつけてあるけれ
ども、その中間の問題を
考えていく場合、これは正しいことなんですが、これを
考えていけば、きょうの地教委あたりにこういう能力を持った人が完全に備えつけられてあるかどうか。たとえば町長選挙に落ちたから何とか
立場をつくってやれ、農協の会長の選挙に漏れたからあれを
教育委員にでもあげておけという、そういう
人たちがたくさんにそろっているわけなんです。常識的に判断する場合、その
人たちにこんな大きな
責任を果たせるかどうか。ところがそのあとのほうにこう書いてある。「したがってこれを校長あるいは教典等
教育の当事者に保することはむしろ
教育行政上の
責任を他に転嫁することとなるのであり、条里上も
教育委員会が当然行なうべきものである。」こういうふうに習いてある。こんなことでもってだれも納得できっこない。この前の号から私
たちは見ておりますが、たまたま
教科書問題が論議される、これに呼応してきっとこういうものが計画されたと思う。そしてぼくらの机の上にも配付されたと思うのですが、かなり思い上がった役人根性でもってこういうものを扱っていると私
たちは思う。書いてあるということよりも、この
文部省の機関
——機関しよう、かなり公のもの、その公のものを、
自分の
独善的な
考えというものを少しも批判することなく、反対することなく使っておるのが私は現状だと思う。この前のは最初から最後まで日教組批判の四月号、こんなことも多少は私は
考えなければならぬと思う。そしてその次に出されたこの
教科書法の問題、今の
村山さんとの一問一答のこの
歴史の問題につきましても、私はいま
お話を聞いてみて、あまり
文部省は行き過ぎじゃないかと思う。あの人の説を、あれではほんとうに支持されるよりも、かえってこれが正しいんだ、こういうふうなお
考えだと思うのですが、私は非常に問題があると思うのです。
教科書なんというのは、もっと謙虚に、何か対決するというような
考えでもっていくべきものじゃないと思うのです。したがって、いまも
お話がありましたように、
教科書なんというものは停滞しておってはいけない。常に発展させなければいけない。りっぱな
教科書にしなければいけない。そのりっぱな
教科書にするには、一体だれがその
教科書を検討し、そして
教育上効果があるかないかということを研究するんだ。先生でしょう。扱う先生が子供という実際に当てはめ、しかも
自分の
教育観を通して検討されて、この
教科書のこういうところは不備なんだ、こうあるべきだ、こういうことはやはり教師から生まれてくる。あなたのその
考えは、先日から言っておることは、何か
教科書研究会を県あたりに持てば、
教科書というものが研究される。その使用の方法から、あるいは今後の
教科書に対する希望から、そういう研究から出てくるだろうというふうなお
考えなんですが、そんな機関から生まれるのでなく、現場の
一つ一つの教師の声が結集されて、それが
教科書業者に響き、あるいは
検定に反映をして
教科書がよくなる。こういう
教育のたてまえというものを
考えなきゃならぬ。いまそういう反省は
文部省にはないと思う。こんなものを
出して、そうして私
たちの前にも
出してこれでいいじゃないかというような態度を持つということは、
教科書をますます悪くするだけだと思う。業者をごらんなさい。これは私の県の事実でございますが、業者はこの
法案を印刷して、今度教科
無償法はこういう形になりますといって、まずそれを
一つの郡の中の
社会科なら
社会科の先先の権威者のところへ持っていく。そうして、ひとつごらんなさい、今度は県に選定審議会が二十人でつくられます。しかしこれだけでは
教科書の選定までいかない。その下に各教科の専門的な研究機関、専門
委員会のようなものがつくられまして、その中で数種を選ぶことになります。そのときには、あなたは本郡におきましては
社会科の権威者だから、おそらくあなたが専門
委員に選ばれると思います。そのときにはわが社の
教科書をお願いします。こういうことをやっておる。
検定で苦しめられ、売らんかなでもって業者は苦しみ、今度ますます苦しんでいくわけなんです。も
うそういう
人たちは
文部省の言うなりに
教科書をつくること、そうしてどんな手段でもいいから売ることに専念する、そうして
教科書は少しも現場の
人たちから批判を受けないような形だったら、一体日本の
教科書はどこへ行くんだ。実に重大な問題なのです。もっと意思統一をしっかりして、こんなざっぱくなものを
出して
うそ八百を並べて、そうして天下の
人たちをごまかすようなことでなく、
意見の統一をした上で確固たる信念を持って
教科書法に対してはっきり言明してもらいたいと思う。私は答弁は必要ない。
一つお聞きするならば、同じページの終わりにこういうことが書いてある。「都の
教育委員会が、
教科書目録に登載されている
教科書のうちから適切なものを数種選定し、その範囲内で各
学校から希望するものを申し出させ、その申し出に基づいて都の
教育委員会が
採択しているのである。」こういうように書いてあるのですが、これは課長からお聞きしたのですが事実ですか。