○大沢
参考人 十時から始まりまして、長時間御熱心に御清聴をわずらわして、まことにありがたきしあわせでございます。厚く御礼申し上げます。
大体魚類から始まりまして、青果の
関係も卸、仲買いと、代表がそれぞれ言い尽くされておりますから、事新しく同じようなことを私から申し上げても御参考にならないかと思いますが、いま物価の問題で注目の的になっておりますものは
中間経費、したがって
小売り商というものが非常に批判を受けておりますので、私は
小売り商の代表者といたしまして、
自分に
関係のあることを少しばかり御参考に申し上げたいと思います。
さっき協同組合の
先生から、アメリカでは
生産者と
消費者が直結して取引をしておる向きがあるということを申されております。私もアメリカに二度行って見てまいりまして、そういうのも見てまいりました。アメリカでは、御案内でしょうが、農産物の全
生産高の一五%は農場で販売をされておるそうでございます。大部分はスーパーマーケットで売買されております。アメリカではスーパーになり、現に三十年になります。これに比較いたしまして、日本はまだ五年か六年でもうスーパーの時代が来ようかという状況でありますから、よほどアメリカよりは日本のほうが、小売りの
関係についてはスピードが速いんじゃないか、かように
考えております。それだけに私
どもは、これにおくれてはたいへんである、スーパーができても何ができても、そういうものにできないような、負けないような商売をして、そうしてやり通さなければならない、こういう
考えで、微力ながら力をいたしておるわけでございます。そこで、せんだっても
農林省に呼ばれまして、局長さんから約三時間半ばかり質問されまして、いろいろなことを申し上げてきました。きょうは時間がありませんから、そんなことを申し上げておるわけにいきませんが、また御必要がありましたら局長さんから聞いていただきたいと思います。
そこで、今回御指摘になりました点について触れて申し上げますと、第一点は卸売りの
手数料の
引き下げの問題でございます。これは前の方からもいろいろ申されましたけれ
ども、物価はどんどん上昇しておりますから、物価が上昇すれば、
市場で使っている労働賃金も上がりますし、すべてが上がりますから、私は
手数料を下げても卸売り
価格というものは下がらないんじゃないか、下がってくればけっこうですが、そういうぐあいに実は
考えておるわけでございます。
その理由の第一は、いま御
承知のとおり、世上でやかましく問題になっている
青果物のすべての問題ですが、その原因が天候が第一番――お天とうさまの
都合ですから、これに左右される。気候もそうです。それから
生産と出荷の費用の増大です。私
どもいまいなかに住んでおりますけれ
ども、土地がぐんぐん高くなります。私が
東京府下で八円五十銭で買った土地が、いま二万円で売れます。そうして農家が物をだんだんつくらなくなった、近在
蔬菜を。いろいろ聞いてみると、つくっても合わないというのです。若い者は百姓をやらなくなってしまった。年寄りを頼むと、一日に千円ぐらい払わなければならない。その千円も、飯を食わして、晩にはビールの一本も飲まさなければならぬ。そういう高い費用を払って、何万円する土地で安い
蔬菜をつくっても引き合わない。だから草をはやしておいたほうがいいんだ、これが
現状です。そういうようなことでございますから、
生産方面もなかなか安いものはできない。せんだって
キャベツが安いときに、ある畑に立て看板が立っていた。
キャベツが安くて
市場に持っていく運賃にもならないから、御入り用の人は自由にお持ち帰りください、こういう立て看板が立っていたという。実に私は
生産者に気の毒だと思うのですが、そういうようなこともあるのです。高い高いといわれておりますが、まるでただみたいなことがある。この間神田
市場では、
小売り商は幾らせっても買わない。それがためにしかたがないので養老院へ全部寄付した。これはお調べくださればわかる。こういうような例もあるのでございます。
それから
卸売り人の話もたくさん出ました。
卸売り人は表面一割とっておりますけれ
ども、くだものは八分とっておりますけれ
ども、なかなか出銭が多いのです。私
どもの知っている範囲内では、まず増産をしてもらわなければならぬというので、
産地に対して社員を派遣をいたしまして、いろいろ指導をする、そうした方面の指導奨励に対するいろんな資金もかかる。それから第一、
産地だって金持ちばかりではございませんから、小さいところには前渡金を貸さなければならぬ。肥やしも買わなければならない、入れものも買わなければならない、その他いろいろな資金がかかるものですから、前渡金を出しておる。戦後のようなことはありませんけれ
ども、戦後は私の調べたところでは、
東京全体の
中央卸売
市場の卸売り会社の総資本よりも数倍前渡金が要ったことがある。これは相当倒れておりますけれ
ども、最近は倒れたというのはないでしょう。それから御
承知のとおりしょっちゅう気候の変化がありまして、暴風などのために毎年被害が繰り返されておる。そういうような方面に何しろお得意さまですからお見舞い金をやらなければならない。これは当然のことです。親子みたいな
関係にあるのですから。そういうことでお見舞いを出さなければならない。それから前に申し上げたように
キャベツが二十五円、三十円で取り引きされるのでは、運賃が六十円ですから、運賃にもならない。こういうようなときには幾ら一割ときめられても、そんな
手数料はとることができません。
手数料をとるにしても、あとのことが大事だから、やはり見舞い金として幾らかあげなければならない、これは商売人の常識です。みんなやっています。そういうようなこともある。それからその次は出荷の奨励金、それから私
どものほうの買い手がもらっておる完納奨励金、こういうことです。この出荷の奨励金というのは
戦前はなかったのです。奨励金をもらっていたのは私
ども買い手だけだったのです。しかも、二分、三分われわれがもらっていた。ところが、戦争のために少ない荷を集めなければならない。そこでつまり買い手に重点を置いていたのが、今度は
産地に重点を置かなければならない、こういうようなことから
産地にサービス、サービスというようなことがついに出荷奨励金というようなことにかわりまして、私
どもが二分、三分もらっておりました奨励金は、現在
小売り商は一分、
産地はそれ以上もらっておる、こういうようなことになっておるわけでございます。これは会社の考課状を見ていただければよくわかります。
そんなふうなことと、もう
一つは配当であります。配当がいいといったところでここ一、二年です。最高でも一割五分か二割、あとは一割、無配が多いのですよ。ことしだってわずか十九かそこらの会社のうちで無配が六軒もある。こういうような実情ですから、ここであまり会社の経済状態をいじめますと、今度は株主からうらまれるというようなことにもなるのじゃないかと思うのです。株主は御
承知のとおり命にかわる金を配当ほしさに出資をしておるのですから、お国のためならばしかたがないからとあきらめる人ばかりではありませんよ。そういうこともお
考え願いたい。
余談に入りまして相すみませんが、第二に
手数料を
引き下げれば卸売りの買い付け品が増加していくだろうかどうか、これは私はむずかしいと思うのです。いまも
産地のほうでも
販売方法もいろいろ研究をしておりまして、一方スーパーのほうもだんだん共同仕入れ、デパートも共同仕入れなんということが出てきた。そしてその共同仕入れと
産地の直接売り買いといつ手を組むかわからない。そういったようなことになると、結局卸売り会社というものの扱いはそう理想どおりにふえていかないのではないか。これは外国の例をいえばはっきりしておる。こういうことでございます。
そうなれば一体どうなるかということですが、私は、勢い会社は赤字ではやっていかれませんから、何とかしてもうけて会社の経営をしていかなければならぬということになるから、結局、買い付けという
制度がありますから、買い付けをやるようになるのじゃないかと思うのです。いまバナナを買い付けておりますね。ああいうぐあいにタマネギでも何でも、委託では来ないものがありますから、買い付けをすることになる。そうすると、買い付けというのが非常にふえてくる。ところがこの買い付けでもうけた金というのはばかにできない。会社の考課状を見ればよくわかる。それはこの買い付けの
手数料というものに対しては制限がない。原価があるものを売るのですから、場合によれば損をすることもある。そこで結局はこれに対して幾らもうけてはいけないとかいう制限はないわけです。適当の
都合のいい時期に冷蔵庫から出してきて、そうして荷物の調整をはかって売るのですから、これは相当にこれによって恵まれるようなことがだんだん多くなっていくのじゃないか。そうすると物価は下がりませんよ。そこで、これは卸の方に言いにくいことですけれ
ども、私
ども小売り商にも標準店ができて、標準
価格ということで、小売りのマージンは三割以内ということで押えられておる。三割もうけているうらは繁盛しませんよ。みんな競争して二割とか一割五分とかいうような状態で、いまにスーパーが盛んになってくれば、だまっていても一割になっちゃう。こういう
現状です。ですから私
ども業者でも、青果では食えないから、関連商品を売って、そうして広くいろいろなものを多角経営をして、そうしてもうけの少なくなったやつをそれで補えというような指導の方針を私はとっておるわけでございます。そういうようなことですから、この買い付け品の
問題等については、卸には悪いけれ
ども、適当な
手数料の最高をきめていただきたい。損をするときもあるのですから、最高は幾らとして、それ以内で買い付け品を売る。すべて公認で公益を目的とする営業ですから、そういうことをやっていただきたい、こういうぐあいに私は
考えるわけでございます。
それはなぜかと申しますと、最近バナナがたくさん入ってきました。最初は一年に百万足らずでしたけれ
ども、このごろは多いときには一カ月に百万も入ってくる。バナナの大洪水です。ほかにいろいろな売るものが少ない時期ですから、いまバナナがとても売れる。くだもの屋はバナナ屋に変わっちゃうようなものです。そのうちにだんだんたたき屋もできて、昔のような姿になるかもしれない。安く売れればけっこうです。ところが、あきんどはやはり元値があるから、
市場で安く売ってくれなければしょうがない。ところが最近の
市場の相場をずっと調べてみますと、なかなか同じようにいかない。バナナのもとがやっちまっているのです。元値はみなきまっているのだけれ
ども、各
市場で売るバナナの卸売り
価格というものはみな違う。一キロ最低百五十円、高いときには二百八十円、きょうの相場は、こっちへ来るときに調べてきましたけれ
ども、最低はやはり百五十円、最高は二百五十円、同じ
東京の中央
市場の中で同じ国から来るバナナがそんなに相場が違うのです。これは
市場の地区的の条件と出荷の量と出荷の調節の
方法――買い手はきまっていますから、それによって、多ければ安く、少なければ高くきまっている。こういうようなことです。これはみな買い付け品ですから、
仲買い人が売っているのもあるし、卸が売っているのもある。だからそういう買い付け品が多くなってきて、買い付け品が高くなるということだと
消費者に対して申しわけありません。きょうの相場もそういうことです。ですからぜひ買い付け品については最高の
手数料をきめていただきたい、無理のないところで。買い付けて損するようなことではしょうがない。ここにチラシを持ってきておりますが、これは来るときに私
どもの組合員の店舗からとってきましたものです。ここへ置いていきます、こうやってバナナの小売り一キロ百八十円で売っておる。百八十円で売っているのに卸のほうが二百数十円もするということは、なかなか
価格がたくさんの
市場で統制できないというあらわれです。これは御参考のためにあとで置いていきます。
それから青果の
市場のことを申し上げますと、青果の
市場の従業員は労働組合ができていますが、わりあいにおとなしいですね。大体
市場関係の人のむすこさんとか
産地の
関係だとかいう人で、実直で、朝暗いうちから夜まで、場合によっては夜明かしで働いていますが、わりあいにまじめですよ。私もほかの仕事をしていますが、私
どものほかの仕事の労働者と比較すると非常にまじめだ。それじゃ給料がよいかというとちっともよくない。給料がよくないですから、やはりそういう人も物価が高くなれば食えなくなる、年をとれば子供を大学へやらなければならないということになれば、相当労賃を払ってもらわなければならぬということになりますから、その結果いやが上にも会社の営業費はかかると思うのです。ですから前に申し上げたとおり、会社が苦しいだけのことをやって安いものを買えないということだったら、
手数料の少しくらいの
引き下げをしてもらうということは用をなさないじゃないか、かように私は
考えます。
それから、その次は
仲買い人の整備、
大型化の問題。これは私賛成です。さっき
中根さんから
お話がありましたが、
小売り商より小さい
仲買い人がたくさんあるということ。うそかほんとうか知りませんけれ
ども、看板借りでもって、芸者が看板借りをしているように、仲買いの看板を借りて、そしてその看板でめしを食っているやつがあるとかいうこともうわさがあるくらいですから、そういうような者とか、そういう小さい者、小さい
小売り商よりももっと少ない取り扱いをするような仲買いは、この際大型になることは当然ですよ。ことにさっき江沢さんから話がありましたように、法律では仲買いときめてある。これを組合では卸売り商と看板を掲げておる。だから中央
市場には公認の卸売会社と私設の卸売商組合というのと二つあるのです。だから早く仲買いを認めるなら認めてもらったほうがいい、
大型化して。そうして
消費者に対しても、
小売り商に対しても、卸に対しても、卸商らしいような仲買いの体制になっていただくことがいいと思うのです。こういうことを私は
考える。そういう
意味で私は大型になることは賛成です。
それから、これもさっき
中根さんから話がありましたけれ
ども、仲買いのほうもわれわれと同じように買った物を小売り屋にやっているのです。小売り屋以外の人にもやっていますけれ
ども、これもやっぱり
手数料の口銭の率の決定がないのです。だから結局品物の少ないときや売れるときには相当もうけなければならぬ。安いときには損をすることもあるのですから、これも無理からない
程度のものを決定していただいて、そして仲買いの
手数料の最高は幾ら、卸の買い付け品の最高は幾ら、これはぜひきめるべきことだと思う、小売り屋があるのですから……。そういうぐあいに私はお願いをいたしたいと思うのでございます。
それから次は
共同せりの問題です。これはもう
樋口さんから
お話がありましたように、特定の品物はできると思います。けれ
どもいまの
市場の設備の上から言って、やっぱり買ったって分荷しなければなりませんし、分けなければなりませんし、一人でそんなに売れるものではありません。ですからこれはひとつ
産地のほうの状況とにらみ合わしてやることがいいのじゃないか、かように思います。
それから次は、
せり単位を大幅に引き上げようということです。いまの
単位は小さいから、もっと大きくすれば手数も省けるし、したがって費用もかからないだろう、迅速に取引ができるだろうというお
考えのようであります。そういうことはごもっともだと思うわけです。けれ
ども東京におきましては、戦後堀切善次郎さん時代は仲買いはなかったのです。そのときには荷受け機関と小売りと二つしがなかった。
小売り商が買わなければ買う人はおりませんから、そこでみんな
せりに参加してきて、ずっと続いてきた。その後昭和二十二年にくだものの統制がはずれ、二十四年に
蔬菜の統制がはずれて、初めて仲買いというものが実現をしたということです。そんな
関係で
東京におきましては小売り店が
せりに参加しておる。りっぱな熟練工ですよ。さっき
北村さんから卸の
価格の形成は仲買いがやっておるという話がありましたが、青果のほうはそうじゃありません。いまの買い出しからいっても、七百何十億の中央
市場の扱いのうち約半分は私
どもの組合が
市場から買っております。これはみな私のほうの
小売り商が仲買いと一緒になって卸の格価を形成しておるのであります。ですから、そういうことを御
承知おきを願いたいと思うのでございます。ことに私
どもがそういうことを力説をするということは、私は
小売り商が
せりに参加できるかできないかというのは生命線だと言っておるのでございます。私
どもは
消費者に直結ですから、こういうものはないじゃないか、こういうものを買ってきてくれ、おまえのところはこういうものをそろえて売ったらどうかと毎日毎日
消費者から言われておるのです。間接じゃないのです。ですから
消費者の要望にこたえるべく
消費者の意思を代表して中央
市場の
せりに参加しております。その目的は、なるべく中間の経費を省いて少しでも安く買って、少しでも安く
消費者に販売しよう、こういう
考え方で
小売り商は
せりに参加をいたしておるのでございます。ところが、今度はそれがどの辺になるかわかりませんが、
単位がうんと大きくなって百個だとか一車だとかいうようなことにももしなると、せっかくいままで
消費者の代買い人として
せりに参加しておりました
小売り商が買うことができないのであります。そんなに
一つものをたくさん買ってもしようがない。そうすれば仲買いから買わなければならないということになるのでありまして、全部仲買いから買うほうが
消費者のためになるか、半分は
自分が直接
せりに参加して買うか、どっちが
消費者のためになるかということは私が言うまでもないと思う。そういうことをひとつ御
承知おきを願いたいと思うのでございます。
それから多少
上場単位が大きくなることはやむを得ませんし、
小売り商でも小さいものがありますから、
小売り商のほうでも小さいものが買えなかったならば、買い出し人のうちから代表買い出し人をつくってその人が
せりに参加して分け合ったらどうかということを言っておりますが、これもやればできると思います。けれ
ども市場の施設が狭いですから、
市場によっては車を置くところもない。神田
市場なんか朝五時、六時に行かなければ車の置き場がない。すぐ交通法にひっかかっちゃって、警察に呼ばれて罰金をとられちゃう。中央
市場の規則というものは、売りっぱなしですから……。昔は、買ったものを、ちゃんと買い手の車の置き場まで配達をして持ってきてくれたものです。
市場の中ですよ。売り場から買い手の車の置き場まで、分荷場まで持ってきてくれたのです。いまは、人手がないのと、労働賃金が高いから、そんなことできませんですよ。だから、みんな
小売り商のほうでそれをやっておる。小さな車を大きな車の上に積んでいって、そして狭いところを引っぱって歩いたり、一人で行けばいいものを二人も三人も行って手伝わして買い出しをする、こういうような
現状です。これは見ていただけばよくわかると思うのです。ごらん願っていただかなければなかなか納得できないかもしれませんけれ
ども、そういうようなことでございますから、そう
上場単位を大きくしてどうとかこうとかということは、私はすぐにはできないと思います。けれ
ども、それはお
役所の意向ですから、やられることはいいでしょう。できることは協力しますから、やっていただいてもいいと思いますけれ
ども、
産地の
関係や荷づくりの
関係、荷口の
関係がそういうこまかな状態であるときに、そんなことを一ぺんに、取引のほうだけを改革するということは、私は無理だと思うのです。ことに近在
蔬菜、これは私
ども八百屋としては生命線ですから――これは荷口が小さくてごらんのとおりです。大根だって、大きいのも小さいのもみんな来るのです。カブだって十のもあるし八つのもある。同じ農家でもって荷づくりしたって、ばあさんのつくったのと子供のつくったのと違うのですから……。そういう複雑な荷づくりのものを取引するのですから、これは今のところでは
現状以外には
方法がない、こう思うのです。ただその
単位を変更なさるならば、大きい
市場と小さい
市場は事情が違いますから――神田のように年額二百億円も売るようなところがあるかと思うと、四十億かそこらしか売れないような
市場もございますし、したがって人数も小さいし、買い手も少ないのです。そういうようなことがありますから、
市場の実態、実情をよく
調査していただいて、そうしてきめていただくのがいい。それには、幸いに
市場ごとに、
東京都の分場長、それから卸、仲買い、小売りの代表者が出まして、取引
委員会というものがある。これが、どういう品物は何時から取引しよう、どのくらいの
単位にしようということで、いまきめてやっておりますから――小さい
市場はわりあいに円滑にいっているのです。だから、そういうような
市場につきましては、その実情というものをよく調べていただいて、そういう取引
委員会なんかの
意見も十分聞いていただいて、そうして実情に即したような
単位でやっていただきたい、私はかように
考えるわけでございます。
それから最後に、私
どもの身にかかってきた奨励金の問題ですが、これは確かにもらっております。公認で、
東京都知事の許可を得まして、一分もらっている。そもそもこれをもらうようになったのはいつかというと、戦後なんです。昭和二十二年に統制がはずれましてから、従来の荷受け機関というものは、今度は卸売り行為をするようになって
手数料がきまった。そういうようなことで、
手数料に応じて、昔のように奨励金をもらうことになった。当時の
東京じゅうの卸売り会社の資本金は幾らだと思いますか。全体で千二百万円ですよ。千二百万円の資金でもってやれるわけがないのです。
東京じゅうの卸売り会社が資金難で非常に困ったわけです。卸に資金がないと
産地に送る仕切り金も満足に送れない。信用がなくなる。したがって、荷も来ない。これではしかたがない、われわれの
市場だからわれわれが
市場の発展をさせなければならぬというので、卸のほうと小売りのほうで協約をいたしまして、卸に対して資金を融通しようじゃないかということで、
東京じゅうの八百屋何千軒から最低二千円、大きいところでは三千円ずつ全部私が集めた。いまの金ではありません。何といっても前の話ですから……。それを各
市場の卸売り会社に融資したわけです。いまでも貸してあります。しかも無利子です。そういうことで会社も資金に非常に協力をしてくれたというので、喜んでくれたのです。そんなことのありました
関係もありましょう。それに昔のように掛け取引では資金が少なくてはやっていかれない、毎日現金取引はできないから三日目払い、その責任は組合で持ってくれというようなことから、結局組合がそれを代払いをすることにいたしたわけでございます。それから後今日に至るまで年々何百億という取引をしておりますが、一銭でも貸し倒れがない。そこで、ほめる人は、今日
市場の経済の安定しておるのは
小売り商の代払いにあるといってほめております。公正証書で金を貸してもとれない世の中に、一日何百億という金が滞りなく入るのはほかにないじゃないかというくらい私は誇りに思っているわけでございます。
そんな
関係で一分の奨励金はもらっておりますけれ
ども、
戦前は二分、三分もらっておった。ここにおいでになる卸の方に聞いてもらえばわかるけれ
ども、さっき申し上げたとおり
生産者のほうが強いでしょう。
生産者のほうの条件に従わなければなかなか荷物が出てこない。荷物が来なければお互いに繁昌しないので、そこで私のほうは遠慮して、最初とりあえず半分は
生産者にあげてしまった。ぼくのほうは一分でよいから
生産者にあげてください。それから、
生産者のほうもいろいろ費用がかかるものですから、いまでは結局
生産者のほうが多いということになったわけであります。こんなことを話してもしようがないのでやめますが、大体こんなことで、率直に
お話ししなくてはしようがないので率直に
お話ししているのです。どうせ私は小売り屋ですからろくな話はできませんけれ
ども、この際聞いていただかなければならないから、聞いていただくためにいろいろ準備をしてきましたが、そんなことを話している時間がありませんからよしますが、長いこと御清聴をわずらわしてほんとうにありがとうございました。時間が許して何か御質問があれば、いろいろな資料を持ってきましたから遠慮なく質問していただいて、悪いことがあったらどんどん小言を言ってもらいたいと思います。きょうに限りません。きょうはこんなにあいてしまっており、社会党もずいぶんですけれ
ども来ないから話すこともできない。社会党のほうにも、私
どものほうにいますから、今度いいます。ですから、聞いた方は来ない人によく伝達をしていただきたい。そういう事情で、やっちゃばなんというところはそう簡単にこうだからああだからといって机上でものを解決されたらえらいことになります。だから、できることはやっていただきましょう。いただきましょうけれ
ども、できないことを無理にやるようなことは
考えていただかないとしかたがい、こういうことであります。(
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