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瓜生政府委員 東久邇稔彦様が国を相手どって、いまおられる高輪南町のあの土地は
自分の所有に属すると思うからという意味の訴訟を昨年出された。このことについては、この
委員会にはまだ申さなかったかどうか、御質問に応じては何度かお答えをいたしておるわけであります。その後弁論の機会がありまして、裁判はもう何回かありまして、近く次の公判の開かれるのが五月の二十九日ということになっておりますが、あそこの土地につきましては、東久邇さんは、これは
陛下からいただいた、こういうふうにおっしゃっておる。そういうふうに聞いたとおっしゃっておるのですけれ
ども、
宮内庁のほうで――終戦後にいただいたと言っておられるのですけれ
ども、いろいろ書面を調べますが、そういう書面はないのでありまして、特に当時の状況から見ますると、
昭和二十年の秋に、マッカーサー司令部から皇室財産の凍結の指令が出ているわけです。皇室財産については、司令部の
承認を得ない限りは
処分をしてはいけないという、終戦の日にさかのぼってそういうふうに凍結をされております。それから
昭和二十一年のたしか二月だったと思いますが、さらに、この皇室財産を皇族に渡したり、あるいは貸し付けたりすることはしてはいけない、これは
承認を要するというのではなくて、いけないということもきておるわけであります。そういう
事情下にあるわけでありまして、書面もないというようなことから考え、そういう主張をされることは、これは無理かと思います。先方の御主張は、当時の宮内大臣、あるいはその後宮内府になりまして、宮内府
長官から正式に聞いたとおっしゃるのですが、聞いたとおっしゃる二人とも現在
おいでにならない、死んでいる方であります。しかしまあ、大臣なり
長官がそういうことを言われる場合には、やはりそれぞれ基礎になる相談をして、書面があるべきなんであります。特に、以前でありますれば、皇室のそういう財産の
処分については、
会議の議を経てやることになっております。そういうような
経緯が全然ない点から考えましても、御主張は無理であるというように思っておるわけですが、訴訟については、直接その衝に当たるのは法務省の訴務局というのが中心になりまして、国の財産に対する争いですから、それに対して
宮内庁の
関係の者も一緒に参加して、この訴訟が続いておるのであります。元宮様が国を相手どって訴訟されることはあまりどうかということをおっしゃった点は確かにございますが、周囲の人で
いろいろ話を持ちかけていく人もあって、そういうようなことからそういうようなことになられたのではないかと思うのでありますが、その点は非常に残念に思いますけれ
ども、現在はなお訴訟は継続中ということでございます。