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瀬戸山委員 ただいま
大臣の
建設行政に対する御
所信を承ったわけでありますが、率直に申し上げて、今
大臣が表明されました各項目にわたっての御
所信は、おおむね私は
同感であります。ただ、私長いことこういう問題に携わってきておりますが、不敏にしてまことに至らないのでありますけれども、今表明されました
所信の数々は、実は従来も常に唱えられ論議されておったことであります。実際は、今さらこれを問題にするのはちょっとこっけいではないか、こういうふうにも場合によっては
考えられます。けれども、
大臣御就任以来今日まで、あるいは新聞、雑誌その他非常に注目を引いて、
大臣の
建設行政を
国民が見ております。これは一体どういうことか、私はこの際
考えてみなければならないというふうに思います。
そこで御
所信に対して多くの質問は、きょうはあまりいたさないのでありますければも、二、三の問題につきまして、私の私見を加えながらさらに御
所信を承りたい。きょうは珍しいのでありますけれども、
建設大臣が御就任されて
建設委員会を始められる場合に、こういうふうにテレビやカメラというものが入ることは前代未聞のことであります。これはどういうわけか、私どもは
考えてみたいと思います。先ほど申し上げましたように、今述べられました御
所信なるものは、従来どなたもおっしゃり、またわれわれも常に問題にし議論いたしておったことでありますが、しかもこれほどいわゆるクローズアップされたということは、これは
河野建設大臣そのものにかかっておる。ここに大きな意義があると私は思います。
そこで私はきょうは、
河野建設大臣がきわめて奇抜な方である、こういう
言葉を述べさせていただきたいと思います。というのは、なぜ今日こういうふうに話題になり、ジャーナリズムの取り立てるところとなったか、しかも
国民の非常な注視の的となっておるかというと、この
言葉が適当であるかどうかということはお許しを願って、奇抜な方であるからである、こういうふうに私は
考えております。なぜ私がこういう
言葉を使うかというと、
大臣は非常に有力な方である、あるいは実力ある方である、こういうふうに普通ならば申し上げたいところでありますが、そうすると、従来非常に尊敬して参りました歴代の
建設大臣が有力でなかった、逆に無力であった、力がなかったというふうに聞こえては困りますから、あえて私は、妙な
言葉でありますが、
河野建設大臣は奇抜な方であるから、同じ問題、同じことを仰せられても、非常に響きが違う、取り上げ方が違うので、今のお話を聞いて私個人としても非常に御期待申し上げておるわけであります。
最初に申し上げましたように、言い古されたことでありますし、そうしておおむね
同感でありますが、そこに御期待申し上げるということは、そういうことでありますから、個々の問題に入ります前に、どうか一つこの
国民の期待をほんとうに裏切らないように、確かに今おっしゃったように大いに活を入れて、いわゆる
国民の側に立って
国民のための
行政をしてもらいたい。これは今日、
建設行政のみならず、最近のいわゆる政府機関その他の
行政の実態を見ておりますと、おやりになる方は何もそういうお
考えはないでありましょうけれども、いわゆる
国民の側から見ると、
国民の
立場に立って
国民のためにやっておられるということがそれほど感得されないという
現実を痛切に感じておりますから、どうか一つ
大臣は、閣内にあってそれこそ今度は有力と申し上げますが、有力な方でありますから、
建設行政のみならず他の
行政についても、こういう
立場を一つ政府全体としてとっていただきたいということをまずお願い申し上げておきます。
そこでこの際、私がぜひもう一度念を押して承っておきたいことは、第一は、先ほどもお話がありましたが、
国民の側、
立場に立って国の
行政をするというお話の次に、理想に走ってはならない、
現実をとらえてやるのだという、その次には
緊急性というお
言葉を使いました。経済効果という
言葉を使われました。それによっていわゆる重要度と申しますか、
優先度を見て、そうして強力に推進する、これは今日まで言われておることでありまして、けっこうであります。ただ私はここで、この
緊急性、経済効果ということは、御存じの
通り常に財務当局が言うことでありますが、私どももその
言葉自体には異論がありませんが、今日の日本の
行政を、少なくとも政治的に見ますと、
行政が不満足の状態になっておる、そういう感じを今日まで持ってきておるわけでありますが、それは別といたしまして、いわゆる
緊急性、これはいかようにもとれますから、まずこれはどういう趣旨できょう
大臣はここに仰せられたか、これを一つお伺いいたしたいと思っております。
そこで日本の政治全般から申し上げましても、最近は特にすぐ目の前の
現象にとらわれて、政治がそれに引きずり回されておるというような感じを受けるのであります。従って、理想に走るということは、これはもちろん大いに注意しなければならないところでありますけれども、あまりに
現実に追われて、
現実の処理にほんろうされる、そして政治のほんとうの大本と申しますか、大方針が後退してしまう、従って、国の姿というものがますます不満足な状態になっていくような気がしてたまらぬ、こういう感じがいたしておりますので、この点をさらに御解明を願いたい、これが第一点であります。