○森元治郎君 私は、
日本社会党を代表して、ただいま
議題となりました
特別円問題の
解決に関する日
タイ間の
協定のある
規定に代わる
協定について、
反対の討論を行ないます。
一体、相手国と十分かつ円満な話し合いの結果、
協定ができて、国会の
承認を得て批准されたものの一部が、ゆえなく実施されないままに廃棄されまして、別に新しい
協定を結ぶがごときは、
世界史上初めてのことであります。
政府の
説明によれば、ベルサイユ条約のドイツ賠償に、これに似た先例があるという
説明がありましたけれ
ども、ドイツの場合は、憎しみにあふれた
連合国と敗戦国との関係、初めからお互いに無理であるというのを押しつけたものでありまして、日
タイの場合と全く違うのであります。そうして、この
交渉過程の裏には、まっ黒い影がありまして、この点では鶏三羽のベトナム賠償とともにわが
外交の汚点であります。断じて容認することはできません。
事の起こりは、
昭和三十年の日
タイ特別円協定で、「
日本は
経済協力のため、九十六億円を限度として、
投資及びクレジットの形式で、
日本国の資本財及び
日本人の役務を
タイに供給することに合意する」と明文化されておりまするのに、
タイ側は、
協定締結のすぐあとから、「条文のいかんにかかわらず、九十六億円は
無償供与の了解であった」と頑強に主張し、さらに「これは戦争中のわれわれの債権である」とまで言い張ったことから起こったものであります。まずこの点、この問題の大前提が明らかにされねばなりません。しかるに小坂外相は、「なぜ
タイ側がさような誤解をしたのかわからない」の一点ばりでありまして、そうしてまた、
タイ側は、
自分の落度だったと言っていると、外相はわれわれに
報告をしております。
池田総理に至ってはもっと高姿勢でありまして、「そのもとはどうかというようなことよりも、三十年
協定に変更を加えることがいいか悪いかを御
審議願いたい」と言っております。裏を返せば、国会は単にイエスかノーの答えを出せばいいので、よけいなせんさくは要らぬというのであります。これはまことに国会を侮辱したものでありまして、条約は尊重すべしとある憲法に対して真正面からの挑戦でもあります。衆参両院の
審議を顧みても、九十六億円の
経済協力が実施されなかったのは、三十年
協定交渉当時、
日本側が
無償供与も同然であるとほのめかしたのではないかという点、また、右
交渉に当たった
タイ側の
アメリカ人弁護士が、
日本政府筋の話として、
内容は無償である旨を
タイ側に伝えたということなどが取り上げられましたが、とうとうこれに対して、真偽のほどについては
政府から明確な
答弁がされなかったのであります。結局、
タイ側の誤解、
協定の実施不可能となった直接の原因というものは、とうとう解明されないままで終わったのであります。
池田首相は、過去を云々しても始まらないから、大所高所から
改定に踏み切ったと言いますが、くさいものにふたをした、合理性のないこれは大飛躍でありまして、われわれは納得がいきません。問題の根本
事情がわからずして、どうしてわれわれは、この新しい
協定の是非を論ずることができましょうか。本
協定に
反対するゆえんであります。
次に、日
タイ特別円の
解決はすでに済んでいるのであるから、もしこれを
改定するような新
協定を作成するというならば、当然本文かどこかにその
理由が明記されなければならないはずでありまするが、ただ単に前文に、「
特別円に関するすべての問題を
解決し、」とあるだけで、
タイ側の誤解その他の
事情によってこのようになったということはどこにも見当たりません。しかも、九十六億円は
タイ側の主張どおり全額有償から無償にさせられ、しかも
タイ側に戦争中の債権だからあたりまえと心得られていたのでは、はたして落度はいずれの側にあったのかと疑いたくなるのであります。
協定の形式も、
内容から見ても、どうも
タイのほうが正しい解釈であって、
日本側が誤解しておったような結果に見えるのであります。もしそうだとすれば、
国民を欺いたことになりますし、三十年の批准国会に対しては誤った
報告を
政府がしたことになると思います。
池田首相は、国会、
国民に陳謝をして、政治責任をとるべきであります。この九十六億円は、
国民の税金から支払われるのであります。
タイ側は、口を開けば、敗戦国から
債務を負うのは
国民感情が許さないとがんばります。
総理大臣は
国民の代表でありますから、しっかり
交渉したかと思うと、鉛筆などをなめながら、
支払いの年度割りなどにばかり頭を使っております。
日本国民の感情にどう響くかという深い思いをいたした形跡がないのであります。それどころか、先ほどガリオア・エロアの問題で加藤さんが申しましたように、
政府は、
アメリカがどう言うとか、阿波丸事件がどうであるとか、
極東委員会がどうである、マッカーサーの声明がどうと、向こうの例ばかりを引きまするが、
タイの場合でも、
タイ側の言うように、
自分の主張が通らなければこの不面目を
タイの歴史に残しておくんだとか、経済断交もやりかねないという、
タイ側の放送ばかりを援用して、国会、
国民に立ち向かったのは、われわれを侮辱するものであろうと思います。
また、
総理は、初年度から十億、最終年度に二十六億の八年
払いに持ち込んだのは、いかにも得意のようでありまするが、相手側に
協定を改めさせられ、無償という原則までとられ、金額もそのまま承知させられては、どこに成功があるか、私
たちは理解に苦しむのであります。
また、
タイ国は、
日本が五、六千万ドルの出超となっているお得意さんであるから、あまりにすげないこともできないというならば、十億ドルも
日本が入超になっている対米通商
交渉や、ガリオア・エロアの返済でも、もっと強気に出ていいはずではないかと思います。なぜ国によって甲乙をするのかわからないのであります。
特別円協定を含む日
タイ同盟条約関係一切は、去る二十年九月十一日の
タイ側の廃棄通告によって効力を失っております。したがって、これら文書に基づいて設定された
特別円勘定自体も廃棄されるとの見解も有力であります。いずれにせよ、敗戦国間の請求権は相互に放棄するのが通例であります。三十年
協定交渉にあたってのわがほうの
考え方は、これであったはずであります。しかしながら、終戦後
タイ国は日
タイ同盟を廃棄し、対米宣戦布告を取り消したことによって、特殊な地位に立つ国ということで、あえて五十四億円の
債務支払いと九十六億円の
経済協力という
協定を結んだのでありまするから、この
協定以上の犠牲を払う必要はないのであります。五十四億円プラス九十六億円の現金
払いが必要となる根拠は何も見当たりません。また、戦後
タイに引き渡した金塊三十九トンのうち七件の売却取りきめに基づくものが二十一・八トンでありまするが、それを時価に換算すれば八十九億円となります。これに当時一万田蔵相が支払うべき額とした四十七億円と五十四億円との差七億円を加えれば九十六億円となり、本
協定の九十六億円はすでに事実上
支払い済みであります。二重
払いの疑いも濃い性格のものであることを指摘しなければなりません。大体、債権
債務の話し合いとか、
外交の話し合いというものは、国及び
国民の権利義務を、合理的に、かつ粘り強く主張して、一銭一厘でもおろそかにしないのがあたりまえでありまするが、
日本の場合は、ほしいくせにお体裁ばかりかまって、自己の主張が非常に弱い。
池田内閣はその尤なるものであります。
タイとの
交渉にあたっては、当然
日本の在
タイ債権、財産について並行的に先方に考慮を促すべきでありますが、知ってか知らずか何もやっておりません。怠慢であります。
わが国の
タイの資産は、イギリスの調査によれば、二百七十六万ポンドだということであります。サンフランシスコ平和条約第十六条によれば、この資産は、大使館分を除いて、資産またはそれとひとしいものを
わが国の選択によって国際赤十字に引き渡すことになっていた。ところが、これをイギリスは、
関係国と相談したとはいえ、一方的に処分さしてしまったのは、平和条約に違反する行為と言えます。強い
抗議をなすべきでありまするが、これに対して
池田総理は、「この関係は、
日本としては、ただ
わが国の選択権の問題にすぎない」と、うそぶいております。なぜ権利があるならばこの選択権を行使しないのか、この点が不可解であります。
わが国の在
タイ資産、
わが国の戦時中建設した泰緬鉄道がどう処分されているかも、鉄道そのものがどうなっているかも確かめようとしておりませんで、泰緬鉄道は使いものにならないとか、
タイでは厄介物にしているのだと、みずからをあざ笑う始末であります。
池田内閣には
外交というものはできません。相手の気持を迎えることが親善でもなければ、友好でもありません。敗戦国であっても、平和憲法をかたくとって動かないならば、卑屈になる要はないのであります。正しいことはあくまでも主張することが、相手から真の尊敬を受け、かえって友好に役立つことを忘れております。
日本は、賠償
支払いのためすでに三千六百億円以上の重荷を背負っている。その上、ガリオア・エロア、それに
タイの九十六億円、近く予想されるビルマの金などを合わせますると、やがては七、八千億円にもなるのであります。物価倍増政策の失敗に
国民が苦しんでいるとき、
支払い能力があることはけっこうなどと喜んでいるのは、正気のさたとは思えません。
それでは
日本が外国から取るべきものはどうなっているかといいますと、さっぱりであります。清算勘定残高を見ましても、ブラジル、韓国、アルゼンチンなど合わせて一億ドルにも上っておりますが、焦げついたままさっぱり清算が進んでおりません。
池田内閣のように、払うものはちょうちんを下げて探し歩くが、取るものはゼロでは、
国民に会わす顔がないではありませんか。(
拍手)国政担当の能力なしと言わなければなりません。また、去る
昭和三十二年にイギリスが
太平洋で水爆の
実験をやった際に、わがほうは五千万円の
損害補償をイギリス
政府に要求しましたが、まだ一銭も取れておりません。かえって、算定の
基礎があやふやだなどと指摘されて、泣き寝入りの状態であるということであります。これでは、今行なわれている
太平洋における
アメリカの
核実験でも、
アメリカからは、
損害補償の要求があれば払ってあげます、
考えてあげましょうと言われているけれ
ども、とても取れそうもありません。すこぶるたよりないのであります。
私は、さきに本院において、この
タイの
無償供与に対して減額をやるべきではなかろうかということを伺いました。私は、ただ減額ではなくて、あくまでも
協定の根本趣旨を残しつつ減額
交渉すべきだと聞いた。
タイ側も
自分の三十年
協定の解釈が誤りであったと認めているのだから、
無償供与にするかわりに減額の要求をするのは当然であったにもかかわらず、しかも六年前の古い話でありまして、
日本も今や
国連の加盟国であって、
日本、
タイ双方ともに平等の伝統的平和関係を再確立して動いているのでありますのに、合意した
協定に従わないというのであるから、九十六億という金額にとらわれる必要はごうもなかったと思います。
協定をあくまで守る筋を通しつつ
本件処理ができなかったのは、醜態であります。今回の失敗は、
外交に弱いという世評を払拭しようという
総理の気負い過ぎが、つまずきのもとであります。数字に強いと思ったその瞬間、その自信、長所が、実は大きな短所であったことを証明していると思います。(
拍手)政治家としては、これは心すべきことであります。
外交に手柄を立てようという小さい個人の野心、はずみで、失敗した例はたくさんあります。いずれにせよ、
総理の旅先における独断的
措置、独裁的行動は、許すわけには参りません。
また、本
協定の取り扱いについてでありまするが、
国民は、いや、与野党とも、三十年
協定は九十六億円を限度とする
投資及びクレジットの設定と理解して、
協定の文字どおりに
無償供与ではないとの
立場をとって
承認したのであります。それが白と黒の変わり方をするのでありまするから、
本件協定の署名に先立って、国会を通じて
国民の了解を求めるという政治的配慮がなさるべきであったと思います。事の軽重もわきまえず、事前の必要はない、事後に
承認を求めればいいなどと、法制局長官の言うようなことを
総理は言っております。ことに
総理の、「これまででもみんなずっとやっているではありませんか」の暴言に至っては、あくまで追及しなければなりません。
また、
本件は
外交史上重大な問題で、徹底的に国会の
審議をすべきでありまするが、
池田総理は、自民党総裁として与党を督励して、
衆議院において
質疑を打ち切り、強行採決を敢行して自然成立に追い込んだのは、まことにけしからんのであります。参議院における
審議権を制限して、参議院の軽視もはなはだしいと言わなければなりません。
最後に、この事件
処理の他に及ぼす影響でありまするが、
総理は事もなげに、この責任は
池田内閣が負いますと言っておりまするが、しかし、これは長く尾を引く問題でありまして、
被害は
国民がこれからずっと背負っていかなければならないのであります。よその国は
日本の
外交をどう見ているかを
考えたことがあるのかどうか。これからいよいよ
日本はくみしやすしと見られるでしょう。賠償再検討を迫っているビルマ、八億とか十億ドルとかうわさされる請求権を突きつけようと待っている韓国にデリケートな影響を及ぼさないという保証はありません。これは、相手国の
態度の判定をいつも誤算をして、かえって事をめんどうにしているという実態があるからであります。国の動向をつかむことはむずかしいのであります。ことに、目下
日本とフィリピンとの間では、
日本の国会で
承認をされた通商航海条約が行方不明になっております。これは、
政府は当時のガルシア大統領のナショナリスタ党が選挙には必ず勝つから、フィリピン議会は通るだろうと、たかをくくっていたところが、選挙の結果を見ると、逆に負けてしまいました。フィリピンの上院通過がなかなかおぼつかなく、いつのことかわからず、宙に浮いております。こういうふうに、
政府の見通しは連続的に間違っております。これからどんな間違いを起こすか、憂慮にたえません。どの角度から見ても、
本件の妥当性を発見することができません。私は、本
協定を白紙に返して出直さない限り、われわれは絶対に
反対であります。ことに、今回の
日本の反共の
タイ国
援助が、
アメリカの対アジア政策の肩がわりであるとすれば、いよいよもって
反対せざるを得ません。
池田内閣の親友が、韓国、
国民政府、南ベトナムとともに、みな軍国主義、独裁主義の国々であることは、危険であり、今や
国民間に定着した平和憲法を守るべき義務のある
日本としては、
池田内閣の軽率かつ危険な今回の
協定を御破算にするのが当然の責務であると信じます。
社会党を代表して
反対をいたします。(
拍手)
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