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豊瀬禎一君 私は社会党を代表いたしまして本案に対する反対をいたします。
まず、この法案に対する提案理由の際における審議にもありましたように、この法案とは別に、提案理由の精神は現行
教育基本法並びに
学校教育法の目的並びに
目標をはなはだしく歪曲すると思っておるのであります。すなわち
教育基本法の第一条には、個人の価値をたっとび、個人の持って生まれた尊厳をそのままの姿で伸ばしていくことをきめているのであります。しかるに
質疑応答の際でも明らかになりましたように、
文部大臣の
教育に対する目的、
目標の把握はきわめて前近代的といいますか、戦時中の国民
学校令の精神をそのまま踏襲したかのごとき観を持っておるのであります。たとえば国土、民族、文化に対する愛情をつちかうのが
教育の
目標であるかのごとくうたい、あるいは教科書を給与することによって国民的自覚が養なわれるかのごとき提案理由をいたしております。
児童生徒が教科書を無償として給与されるということは、憲法二十六条に定めるところの、国民はひとしくその能力に応じて
教育を受ける権利があるという、この権利の享受に対する当然の
措置があって、教科書を無償で給付すること、あるいは
学校給食等を給与していくことによって特定の観念、道徳性あるいは人生観といったものを法律が求めるということは、きわめて危険な問題であり、特にその
内容が現行
教育基本法並びに
学校教育法の精神に反しておるに至っては、たとえ法案がよくとも、その意図が本会議でも指摘いたしましたように、
昭和二十五年、二十六年あるいは八年以来非常に国民の間で懸念されておるところの現行の平和愛好の
教育の目的を是正して、愛国心の
養成による国防力の
充実という道につながることを思わせるのであります。したがって、この
法律案は単に
大臣が言っておるがごとく憲法二十六条の無償を受けて、これを画期的に飛躍する第一段階であるかのごとき、あるいは父兄の輿望にこたえるものであるかのごとき表現がありますけれ
ども、このことを私は
政府の意図として完全に否定されはいたしませんけれ
ども、その奥に私
どもが懸念する
教育基本法改正の動き、特に
教育の目的の中に愛国心、国土愛の
養成を意図しておることを指摘せざるを得ないのであります。
次に第二の問題は、教科書を無償として給付していくという
措置は、
昭和二十六年、二十七年、二十八年と続けて参りました。しかも、そのつどその法律の
目標、目的が異なっております。これは
政府が憲法二十六条の精神に対する明確なる把握と、これを守っていくという精神に欠除しており、同時にその施策が糊塗的であるといいますか、きわめて断片的、無系統的であったことを
意味しておるものであります。しかも前回における教科書無償の
措置に対する失敗をつぶさに検討されずに、この失敗を再度、今回もわずかに一年生に支給する、しかも、その具体的
措置は他日法律に譲るというきわめて無
計画、無方針の
法律案であることであります。
大臣も
答弁なさったように、かつて一年生のみに教科書を給付したことによって、また参考人も陳述したように、その計算だけでも一万人を要し、数カ月の時間をけみしたけれ
ども、収支計算が合わず、
最後は
文部省のほうが教科書発行所に対して収支じりを合わせてくれと依頼した事実等があるわけであります。こういう点から
考えて、今回の
措置は十分にその具体的
措置を検討されて、前回の轍を踏むことなく、完全に無償の実現ができるように
法律案の体系を整えて提出されるべきであったにかかわらず、全く
調査会一任の形になっていることは、表面では無償と称しながら、実は
調査会設置法であることを指摘したいのであります。しかも、この
調査会に対する問題は、
大臣答弁のごとく、世の人々が学識経験者と認める者を任命します、このように答えております。教科書検定官に対する世間の疑惑、中教審の答申を、必ずしも国民全体の輿望をになっていない点等、幾多の
文部省に現存しておる審議機関、諮問機関等の現在までの傾向からして、当然今回は単に各省の諸役人とか学識経験者ということでなくして、この問題を多年にわたって主張して参った教
職員団体であるとか、あるいは国民の直接的な代表を選ぶ等、各種団体から民主的な推薦を待って、一方に偏することなく、広くあらゆるイデオロギー、あらゆる階層の人々を網羅して初めて憲法第二十六条にいう
義務教育の強制にこたえる無償の原則の確立が期し得ると思います。これら
調査会の
内容を検討いたしましても、きわめてずさんといいますか、無
計画的な法案であります。すなわち、この法案は、無償法案とは申しながら、
調査会設置法として、
調査会のメンバーの規制、その任務等を規定すべき法案であったものを、取り急いで、選挙に間に合わせるために、無償の原則ということをうたいたいために、こじつけの法案であるにすぎないのであります。これらの諸点から
考えまして、私
どもとしては、無償を実現したいという
文部省の意図を完全に否定し、理解しないものでもありません。
大臣の
答弁にありましたように、これを契機にして、無償に近づきたいという精神は了といたしますけれ
ども、その
措置たるや無
計画、法案たるや全くずさん、しかも、憲法二十六条の
義務教育の無償にこたえるには、単に
教科用図書を支給することでなくして、同時に何をなすべきかを検討さるべきであります。本
委員会におきましても論議されましたごとく、父兄は一万円に近い一人の
児童に対して負担をいたしておるし、その施設、設備の
充実に対する父兄負担は、これはあるいは国の予算を上回るほどの高額になっておると推定されます。
大臣は朝飯、夕飯あっての昼飯である、こういう名言を吐かれましたけれ
ども、給食をしていくということは、人間が三度飯を食うという生存の最低保障として
考えられたのではなくして、
学校教育の一環として給食は
考えらるべきであります。その他学用品、修学旅行費、これらもすべて
教育であり、学習であります。これら全部の憲法二十六条に対する施策が検討は要すると主張されながらも、まだ何らの検討が行なわれていないのであります。私
ども日本社会党が提案しております教科書法案は、これらのすべてを網羅し、その
委員会の設置あるいは採択権の明確化等も明らかにいたしております。また、私
ども日本社会党が多年にわたって主張して参りました教科書無償とは、単に一年生から逐次教科書だけを渡していくというのではなくして、先ほど私が申し上げましたような、すべての
義務教育に関する諸政策、父兄の負担の完全解消が同時に
計画された青写真の中で初めてその実を結ぶものであります。かりに、教科書を全学年の
生徒児童に給与するといたしましても、従来百数十万人無料で与えておった
児童は従前と負担においては同じであります。すなわち、貧困家庭は従前も教科書は無償で配付されておった。そのことは、そのままに放置されて、貧富の差を問わず教科書を無償とするならば、このことは、貧富の再生産を
意味しているのであります。ここにも
文部省の今回の法案が全施策の中で総合的に
計画され推進されなかったために、従前の恩典はそのままにされておいて、貧困家庭は従前のままでありながら、金持ちの家庭には教科書が無償で配付されていくという欠陥を持つものであります。
以上の
意味から、私
どもは
政府がこの際謙虚に憲法二十六条の
内容を、機会均等と義務の強制の二点から、無償は当然の国民の権利であるという憲法の精神を再検討していただき、十分この憲法の精神に沿って総合的な
義務教育完全無償の政策を立案されることを強く
要望いたしますとともに、以上の諸点からこの法案に対して反対をするものであります。