○
矢嶋三義君 もう二問ですがね。今の点、私は
長官の
答弁を大体了とします。ただ、そのあなたのお考えは、施策にいかに具現化して参るかということが問題だと思うのですよ。これは、私を含むやはり
日本の政治家の諸君に非常に多いと思うのですよ。われわれ有識者に属する、ことに指導層の方々が、うちの子供は非行少年にはならないのだというような先入観を持っておりますね。だから、こういう問題に取り組むにあたっては、自分のうちの子供が非行少年になりそうなんだという前提で問題をとらえていかなければ、僕は前進しないと思うのですよ。一部の階層の子供だけで、わが家の子供はそういうことにはならないのだというような考えを持っているものだから、前進しない。事実は、戦前と違って、戦後は、いわゆる上流階級といいますか、抽象的に言えば上流階級の家では、ずいぶんと非行少年を生み出しておる。これは戦前のわが国の状態と全く違う著しい変化だと思うのですね。で、あなたの
答弁の中で非常に重要なのは、社会全体のなにで、おとなが問題だということですね。これだと思うのですよ。その根源は、やっぱり政治家にさかのぼってくると思うのですがね。で、私は二、三分間で
意見を申し上げておいて、参考にしてもらいたいと思うのです。
昔だったら、おとなの生きる次元と子供の生きる次元は違う次元だということで、自他ともに許しておったわけだね。ところが、現在は、これは同じ次元だとは言わないけれ
ども、ほとんど重なっておるわけですね。だから、おとなの次元だからといって、それを百パーセント子供が許容できない、そういうふうになってきておるわけですね。戦前と様相が変わってきておるわけです。そこにメスを入れなければ、この
法律案はそれに一部対処する取り締まり的な法の改正だけれ
ども、こういうことをいくらやっても、なかなか私は解決していかないと思うのですね。
それで、もう一つ参考に私の
意見を聞いておいてもらいたいと思いますが、昔の子供だったら、自分が粗末な衣服を着、粗末なものを食べ、粗末な家に住んでおっても、まああたりまえのように思って、別に
反発感とか、あるいはクエスチョン・マークを持たなかった。ところが、今の子供は、少年前期から後期にかかるころは、自分は別に悪いこともしていない、一生懸命やっているのだ、しかし周囲を見ますと、お互いにレベルは上っておっても、衣が、あるいは食が、住がこれほどに違う。自分は一生懸命やっているのだと、悪いこともしていないのだと、そういう点にクエスチョン・マークを抱いておる青少年が非常に多いと思う。そういうところに何かちょいとひっかかりがあると、それに対して、この法を、
警察官あたりが、少年前期あたりの子供に、その心理的な動きというものをおもんばかることなく
執行したような場合に、それを反発して思わない
方向へ行くということは、僕は相当あると思うのですね。だから、あなた方
専門家としては、私が言うと釈迦に説法になるけれ
ども、やはり心理学的に、科学的に、
内容的に、原因等をよく究明して、そうしてそれをしかるべきところに具申をし、これを施策に具現化して参るということですね。これを早急にやらなければ、これは救われない事態が、家庭においても、社会においても、国家においても、起こるおそれがあると思うのですね。で、この
法律案の
質疑を終わるにあたって、その点特に一言
意見を申し上げて、要望申し上げたいと思う。
最後の質問は、
警察官がよく
——警察官のやり方も悪いのだろうが、同じ年令層の諸君から犬だと言われたり、ののしられてやり合っているさまは、ほんとうに同じ民族か、同じ東京に住んでいる者かと、ほんとうに寒々とした
感じがするのですね。これは、それぞれの生い立ちなり、今置かれておる環境の差からくるものだから、機動隊、
警察官のお若い方々とちょうど同じ年代のが大学生あたりの、何といいますか、僕らに理解しにくいといいますか、それらの
反発感というものはすごいものがあると僕は思うのです。こういう点の原因の究明から、解除に向かって、配慮していただきたいと思う。と同時に、これはもうきょうは時間がないからやめますけれ
ども、給与の問題があると思うのですね。私は、私見を申し述べて、あなたの
意見を聞いておきたいと思うのです。
僕は、率直に言って、
警察官の給与はうんと上げてしかるべきだと思う。そうして、質のいい人が集まるようにして、そうして、社会の秩序維持と、
国民、市民の
生命、財産を守ってもらう。これがいかに、われわれの住む社会国家を安全なものに、楽しいものにする要素になるかと思うのです。そういう点からいうと、
警察官の給与は自衛官の給与よりよくしていいのだと思うのです。局地戦争とか大戦争があった場合には別ですよ。平素は、
職務の困難性、それから危険性なんかからいったら、自衛隊の諸君と
警察官の諸君は比較にならないと思うのです。
警察官は、制服を着ていようが、和服であろうが、
警察手帳を身に持っておったら常に責任が伴うわけで、しょっちゅう緊張していなければならぬと思うのです。それは自衛隊の諸君も、公務員としてその点もありますけれ
ども、しかし危険度というものは、局地戦争か何かが起こった場合以外は、平素の訓練段階においては、危険度というものは、武器の操縦さえ誤らなかったら、私はたいしたことはないと思うのです。これは、
警察官の
職務執行にあたっての注意力、こういうものの消耗率というものは比較にならないですよ。そういうものは、反対給付として給与に反映してこなければならないのですよ。だから、自衛官と
警察官と比較しているのですよ。何か事ある場合に、国内出動でもよろしい、災害出動でもよろしい、そういう場合は自衛官は優遇しなければならない、危険が伴うのですから。平素の訓練段階において国家公務員になっているにおいては、私は
警察官より待遇がいいというのはおかしいと思う。警官察のほうがよくなければならないと思う、給与の原則からいって。そういう点で、
警察官のほうにやはりいい人が集まらない。それで、
職務執行もうまくできないというような
感じがする。それがひいては税外負担
——近ごろよくなっているけれ
ども、映画館にただで入るとか、ささやかな飲食居に行ってうどんをただで食べるとか、強制はしなくても出さざるを得ないようにうまくしむけていく。これはある
意味において税外負担だと思う。そういう形は、戦後の
警察官は少なくなってきたけれ
ども、それでもあるのです。そういうことから、軽侮の念を持ってくるわけです。こういう点、もう新憲法ができて二十年になんなんとするのですから、やはり前進しなければならぬのですよ。その根本は、僕は
警察官の待遇問題にあると思うのですよ。こういう点について、
警察庁長官がどういう御見解を持っておられるか承って、私は本
法律案に対する質問は終わります。