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参考人(原茂君)
炭労の原です。一番先に
離職者の数と、それから
生活がどうなっているかということにつきまして、先ほど
萩原さんから、大体約八万人整理された。これは八万人整理されたうちで、一回
炭鉱をやめて、また
炭鉱に復職している者がございます。それは二万円もらっていた者が、一万五千円から一万円の労働条件で同じ
炭鉱に雇われている。こういうような形で逆にまた復職している者がいるわけです。実際には六万人が実質の
失業者ということになります。また、約二万人というものは、先ほど阿
具根さんがお話になりましたように、むしろ一度首を切られた人間が、また別の
炭鉱に雇われて、その条件は三分の二とか半分くらいの
賃金で雇われている、こういう事情にある。大体六万人の
労働者のうち、約一割が、ある程度安定した
職場に就職している。それから
あとの九割というのは、ほとんどこれは
失業状態で、
生活保護法の適用を受けるか、あるいはニコヨンになるか、こんな格好で、ほとんど
炭鉱の周辺に舞い戻っているというのが実際です。そういうふうに整理をされたが、しかも、その残っている
炭鉱労働者はどういうことになっているか。一慶約八万人も首を切られて、そんなひどいことをやられたわけですから、普通で言うならば、残った
労働者は人並みの
生活をしているのが常識だ。ところが、残った
労働者が中小
大手を問わず、現在の
賃金の確保ができないということで、五千円ないしは一万円、こういう賃下げがこの二年の間にずっと各社提案されておる。したがって、二年前の
生活の
状態を
考えますというと、約半分の収入で
生活をしているといってもいいんじゃないかと思うのです。物価がどんどん上がっていく、他の
労働者は多かれ少なかれベース・アップされる、そのことは別に
国家公務員も同じことだと思う。ところが、
炭鉱労働者は二年の間に五千円——一万円の賃下げをされている。
生活の実際の実態は、二年前から見たら半分の収入で
生活をする、こういうことと何ら変わらない
状態に実際は置かれている。もう
一つは、
職場が安定しているのかといいますというと、いつ首切りの通知がくるかわからないという不安を抱いている。もう
一つは、今
国会でも昨日問題になりましたが、大正鉱業は二千人の
労働者をかかえて、働こうと思っても、坑内には、保安設備が完備しなくて、命がけで働かなければならないというので、働きに行くこともできない。働いても
賃金を払うかどうかもわからない。アルバイトしようと思ったら仕事がない、
生活保護法を受けようと思ったら地方自治体に金がない、
失業保険にかかろうと思えば首切りを認めたことになる。こういうことが次から次へと九州中心に行なわれておるわけですから、残っている
労働者も、まさに地獄の
生活だ、こういう事情に置かれていることが、非常に社会問題になっている大きな理由であるし、これを
政治の場の問題にしていただけないのが不思議である、この際抜本的に真剣に取り上げて、
政治の場で解決することが一番近道ではないか、あるいはそれをしない限り、ほとんど道はないというような事情に実は置かれている。
そこで、次に、
各国の
炭鉱労働者というのは、それではどういうことになっているのか、
政府も三年前に、
石炭合理化計画を、世界的な
エネルギー革命の一環として押し寄せた
日本の
産業革命である、こういう規定の上に「斜陽」という名前をつけて、十一万人の首切りはあたりまえだといった。ところが、世界的な
エネルギー革命だといわれながら、
各国ではどういうことが行なわれているか、もはや私
企業で成り立たないというのが常識ではないか。社会主義国ではなくて、たとえばイギリスは国有国営である、フランスも国有国営でやっている、たとえば国営でない西ドイツは、事実上国が経営の実体と実権と指導をしている。それの単なる下請的な仕事が西ドイツの
石炭経営者の仕事だ、言うなら三等重役の仕事をしておるだけだ。西ドイツの
炭鉱の社長は
政府であります。こういうふうに、もはや
企業形態そのものにメスを入れて、
政府が主人公になって、形が国有であるかないかは別にして、ここに
石炭政策を確立しない限り、絶対に解決の道はない。たとえば最近西ドイツでは三割五分の関税という期限が切れて、新しく
石炭政策を打ち出そうとしている。その場合には二つの道が提案をされるという話を聞きました。
一つは、消費者、
需要家に使用命令を出すという法律を作る。したがって、電力
会社は
石炭をこれだけ使わなければならないという使用命令を出す。鉄道はこれだけ
石炭を使えという使用命令を出して、法律的に規制をして
石炭産業を守る。これは関税にかわるべき
一つの措置であるといわれている。
もう
一つは、補給金という問題が問題になっております。その補給金は、
石炭業者に補給するのか、
石炭を使う側に補給をするのか、この問題は別ですけれども、いずれにしてもそういう措置を講じて
石炭政策を立てるということをいわれています。イギリスでは
石炭の値段を上げて
石炭の赤字解消をする、しかも、
需要を確保しなければならない、こういうふうにいわれております。いずれにしても、損するかもうかるか、そういう
経済的なものはともかくとして、いずれにしても、もうどこの国でも、国が
石炭政策を責任を持って解決していく、こういうことが
各国の常識になっております。このことは、
日本の場合は労使の問題に、力関係で解決してみろというわけですから、ここで非常に殺人的な大量
人員整理が
失業のまま行なわれていくという実情にあることが非常に問題ではないか。
炭労としてこういう事情をほうって置くならば、これは
石炭労働者として、実際に働いておるという気持になるだろうか。仕事の見つからないものはしがみついて、生きるためにということになるでしょう。しかし、若い者は
石炭産業にいるよりは、安定した
産業に行きたい、こういうことになっております。こういうことは
日本だけではないんです。ヨーロッパ
各国はそういう危機を一度通っているわけです。したがって、その解決策についてはどうなっておるか。やはり
炭鉱に働く者が安心をして働くことが必要である。あるいは低い条件であるから、その労働条件に見合う
賃金を支払わなければならない。したがって、ヨーロッパにおいては、どこの国においても、
炭鉱労働者はいかなる
産業よりも最高の
賃金である、労働時間は一番短い、これが常識になっている。
日本の場合は、労働時間は八時間という基準はあるけれども、九時間十時間という労働は平気でされている。むしろ中小においては十二時間労働もされている。基準法違反をしなければ成り立たないという
状態にある。あるいは経営ではなくて、生業みたいのに、とにかく働くという意思のある者は百円でも五十円でもいいから
賃金をもらいたい、そういう
労働者を集めて五十人、三十人の
炭鉱を経営している中小
炭鉱がある。これはまさに
企業とは称せられなくて、生業である。こういうひどいやり方が問題ではないか。しかも、最近は一番ひどいのは、首を切るということと同時に、実はコスト引き下げのために
賃金を下げる
手段として、第二
会社に切りかえる、
会社の看板を変えたとたんに、一万円ぐらいの賃下げになる。もう
一つは、直接
自分がやらないで、租鉱
炭鉱というものを設定をする。これは結果において安い
賃金で働く
労働者を使用する
手段として行なわれている。もう
一つは、
人員を整理した
あとで何をするかというと、組夫、臨時夫を雇い入れる。三池で千二百名の指名解雇をされましたけれども、現在は入間が足りなくて困っている。そのためには、直接雇うと人並みの金を払わなければならない、そこで組夫、臨時夫を採用していこうとしている。これも結局は賃下げのためにそういう
手段をとっているのですから、非常に問題ではないか。
第一点の解決の方法としてどうしてもお願いしたいのは、
石炭産業の地位をこの際明らかにしていただきたい。五千五百万トンというのを
政府は一応方針としております。千二百円のコストを引き下げるために
人員整理十一万人、
能率を二六・二トンという三十八年までの計画をまた上げまして、二八トンにいたしました。したがって十一万人ではなくて、むしろ十二万六千人の首を切らなければならない。こういうふうに首切りの数がふえていっている。なぜか。コストを引き下げるために
労働者が一生懸命に働いて
能率を上げる。すると、五千五百万トンという天井がありますから、
能率を上げれば自動的に仲間の首を切るということになっていきます。コストを引き下げるために一生懸命働いて
能率を上げると
自分の首を切ってしまう、こういう事情に置かれている。これはまことに地獄責めのやり方ではないだろうかと思います。したがって、五千五百万トンという
数字にこだわらずに、生産態勢の変革を行なって、近代経営形態に変えていくことを通じて、
能率を上げてコストを下げる。結果的に五千五百万トンのワクを取り払って、安い
石炭が全体として確保されて、
労働者は喜んで協力ができる、こういう事情にひとつどうしてもしてもらいたいものです。
日本の場合は、非常にアメリカのやり方をそのまままねをしていると思うのですけれども、アメリカでは、現在
石炭の地位は三四%であり、
日本の場合は三二%です。しかし、アメリカの場合は、石油も
石炭も
国内資源です。イギリスはどうかというと、八五%が
石炭です。イギリスは石油資本ですけれども、
自分の国に石油を持っているのではなくて、むしろ植民地から石油を掘って外国に売買している、こういう形をとっています。高い国内炭を、炭価を値上げしても使う、油は外国に売るという仕組みになっている。これは
国内資源を守っていくというやり方ですから、イギリスとアメリカと事情が違うのはあたりまえだと思います。西ドイツは七五%が
石炭の地位です。これも
日本と同じように、油は
輸入ですから、
国内資源である
石炭をまず第一にしていく、こういう方針をとっていっている。この点が非常に基本的に問題のあるところではないだろうかと思うわけです。そういう意味で、
石炭政策についての基本的なことが
合理化の柱に間違いを起こしているのではないだろうか。この点が解決をしない限り、
離職者対策とか、あるいは就職
あっせんとかなどで解決することはない。
労働者の首を切るということはできても、
石炭産業は安定をしないという地獄の道に通じているのではない、だろうか。
次に、そういう
石炭の地位を確保していく事情の上に、現在は経営を近代化して
能率を上げ、そしてコストを引き下げる、こういうやり方ではないのです。中小には銀行は金を貸さないから、掘った
石炭の日銭で
賃金を払い、資材を買うというやり方をしている。そこには設備資金もなければ
合理化資金もない、こういう事情ですから、ここに
石炭産業が近代化する理由は全くないわけです。結局、結果的には
労働者の働く時間を長くして
能率を上げ、
賃金を下げるというのが近代化への解決になっている。
大手はどうかというと、
大手の場合も、むしろ
自分がやらないで、第二
会社という小規模のものにして、そこで設備資金や
合理化資金が確保されて近代化されることはないのです。したがって、私が今言いました中小
企業のやり方を同じことを第二
会社に共通してやらせるわけです。これはまさに近代化ではない。したがって、
政府は、ここで
石炭経営者はもうけが少ないという理由で、すべての銀行が
合理化資金や設備資金をシャットアウトしているわけですから、こういう問題についての解決の道を通じて
合理化、近代化をひとつ抜本的に行なうべきではないか。そのガンになっているのは、
経営者の
一つのエゴで鉱区を独占しているために、大
炭鉱という、理想的な
炭鉱を作ることを妨害しているわけだから、そういうものの排除をすることが近代的な
一つの原則になるわけです。
もう
一つは、産炭地の問題でありますけれども、五百四十万人の国民が、
炭鉱とともに
運命を
一つにしているわけです。今日のように、
炭鉱労働者が首を切られ、あるいは
賃金が下げられ、あるいは閉山をしていくという形は、
炭鉱周辺にいる五百四十万の国民の
生活を直ちにたいへんなどん底に陥れていく、こういう事情が
一つあると思うのです。だから、これは単に
炭鉱に働いている
労働者や、あるいは
炭鉱産業というものを越えて、国民的な問題としてこれは処理をする重大な要素を持っていると思います。
もう
一つは、流通機構の問題があります。現在鉄道、電力あるいはガス、セメント、鉄鋼などという大口消費者には、千二百円コスト引き下げという方式で、半期ごとに値段の引き下げの交渉が、
石炭業者とさしで話をされています。十一万人の首切りの犠牲は、こういう大口消費者には確かにサービスはされている。しかし、一面、たとえば東京で、一トン五千円の
石炭が、一万円から一万二千円で国民に配給されている。九州で四千円の山元炭価でできる
石炭が、大阪までくると一万円になっている。これは大口ではないのです。中小
企業とか一般国民に配給される
石炭は、こういうむちゃなことがされています。したがって、ここに
石炭経営者のやり方の
問題点と、これを監督する
政府の
合理化方針というものの関係をこの際明確にする必要があるのではないかと思います。
次に、やはり何と言っても、われわれは労働
組合であり、
労働者ですから、安心して働けるまず
職場を作ってもらう、これがもちろん原則であります。しかし、たとえば保安の危険性から、保安確保ができないという事情で閉山しなければならない山がある。あるいは
石炭は掘ればなくなりますから、その終掘の山では閉山ということが起こります。今までならば、その
炭鉱の
労働者は、他の
炭鉱に全部雇用しろという要求でありましたけれども、今日の段階ではそのことを主張することについて妥協しなければなりません。それは、
石炭以外の
産業に転換することを
炭労は認めています。ところが、実際には転換先もない、あるいはもし数の少ない
労働者が行き先があったとしても、それは一万円とか、あるいは家族持ちで一万五千円とか二万円とか、しかも別居
生活である、住宅がない、こういうことで、どうしてもその
生活のかてにならない、こういう不幸な事情が起きておるにもかかわらず、それに対する
対策がないまま閉山をし、あるいは首を切られていく、あるいは
失業してしまう。
大手は、若干の就職の
手段というのを、
一つの系列
会社の協力を得てやっているようでありますけれども、中小
炭鉱においては、これは独立
企業ですから、まさにそういう関係でないから、そこで首を切られた
労働者は全く行き先がない、こういう事情の中に実はほうり出されている。したがって、この際、
炭労としては、就職の保証と
生活の保障がない
人員整理というものを認めないという方針を
政府はこの際確立すべきである、これは
石炭経営者と
政府の責任において解決すべき問題だ、これは雇用の問題として明らかにしておきます。
もう
一つは、現在はニコヨンを基準にして中小は賃下げをする、
生活保護を基準にして賃下げをする、そのために第二
会社にする、租鉱
炭鉱にする、こういう形をとって賃下げを盛んにしているわけです。したがって、物価はどんどん上がるという方向とは逆に、
炭鉱の
労働者は賃下げ競争の中で泳いでいるわけですから、この際、一番危険で一番ひどい労働をしている
炭鉱労働者が、せめて賃下げはしないという最低の
賃金を制度としてひとつ確立をしていただきたい、これがわれわれの解決の条件とする
考え方であります。
概略述べましたけれども、以上をもちまして、
考えている所見を述べて終わりたいと思います。