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参考人(堅山利忠君) 衆議院をこの案件は通過したわけでありますし、今参議院にかかっておりますが、私
たちいろいろ事情を考えてみましても、最後に
国民のみんながどう考えるかという点を頭に置いて考えますと、どうもこれは割り切れないものが残っている、このままで議決されるということについては非常に問題がある、そういう点で、私率直に申し上げますけれども、このままの議決に対しては
反対の
立場をとるという
結論でございます。
その
理由でございます。第一、
特別円の
残高の処置が三十年の
協定においてなされたわけでありますが、その
特別円の
債務としての性格、あるいはその
金額の算定そのものがきわめてあいまいなものがある、大きな疑点が残っているという感じがするのであります。これが第一の
理由です。これは衆議院の
議事録におきましても、いろいろの形において詳しく論議されております。あのような
状態では、非常にこれは疑点があるのじゃないかと思いますが、私の考えますところによりますと、
タイは戦時中においても同盟国でありまして、第二次大戦後におきますこういう問題の処理に対しまして、イタリアとか、ブルガリア、ルーマニアとか、ドイツに対しまして、そういう請求権を放棄したとか、あるいは
日本がドイツに対しまして同じようなことを相互にやろうということをして放棄したわけであります。そういうことを見ましても、
戦争中におきますこの
特別円というものの処理にいたしましても、これは平時の
債務の場合とは相当違ったものではないか、こういうように思います。ことにまた一般の例としまして、革命が起きるとか、敗戦によってそれを履行できないような大きな
状態が起きるということになりますれば、非常な事情の変化というようなものにつきましては、どうしても考慮しなければならぬ面があるのじゃないかというふうに考えます。もちろん、私は
タイ自体の
立場というものを考えますならば、同盟国と申しましても、これは対等のものではありませんでした。おそらく当時の軍部の態度から見ましても、押しつけられた、そういう点まことにお気の毒な
タイ国の
立場だと、このように考えております。しかしながら、
日本のほうとしましても、戦前におきます軍部のやりましたそういう不始末をば、戦後の、
立場を異にしました今日の
政府あるいはわれわれ自体が、そのまま無批判に継承しなければならぬかどうかという点についても、問題があるように思うのであります。そういうことと同時に、また
同盟条約、三十年のときにおきましていろいろなものが破棄された。そこに金約款の問題が出てくるわけでありますが、そういう点から考えてみますれば、三十年の交渉でも、
協定でもわかりますように、若干事情の変化あるいは考慮しなければならないものがあったんだということのために
外交交渉に移り、また、そこへいろいろな努力がなされたのじゃないかと思います。そのことと、
金額の点から考えてみまして、一体百五十億円最後に
タイが主張したそうでありますが、百五十億円。
さきにも
日本は五十四億円認めた。これはすでに
支払い済みであるという形でございますが、一体どういうふうに算定されたのかということになりますと、これはすこぶるあいまいなものじゃないかと思います。といいますのは、不勉強にして、先ほどお伺いしたわけでございますが、五十四億円の算定の
内容というものを見ますれば、金を引き渡す取りきめをしたけれども、それを実行しなかった。その実行しなかった部分について、時価で、金の公定価格で換算しましてこれが三十七億円をこえている。言いかえれば、
特別円の、五十四億として
承認しました
債務自体の
中心を金で引き渡すのだということを取りきめをしたけれども、それは実行しなかった部分と、こういう
意味が主体であるようであります。そうして、
残高として残っております十五億円というような問題につきましては、むしろこれを当時の一円と今日の一円とは同じだという前提に立っているというふうなことを考えてみましても、非常に計算基礎というものがあいまいなものだということがよくわかろうと思います。また、当時の円あるいはバーツの価値というものが、一体実質的にどのような価値を持っているかということについては、討論や、十分の研究なしに
金額が決定されている。別な言葉で言えば、このようにきめられたこと自体が、実はやはり
特別円残高というものがきわめて
政治的、
外交的に処理しなければならぬものであって、これは普通の債権
債務のような工合に絶対にいかないものなんだということを、相互の
政府がやはり
承認しているのじゃないか、こういう感じがいたします。そういう
意味合いにおきまして、私はどうも、
特別円の
残高の措置という点について、三十年の
協定にも問題があるというふうに思うわけであります。
第二の点でありますがですね、三十年の
協定は、一応
合意されまして、
日本の国会でも通過したわけであります。その国会を通過しましたものにつきまして、よほどの根拠、
理由というものがなければ、これをば改訂したりあるいは破棄するような形になるような、あるいは別の言葉で言えば、別な新規な
協定じゃないかというふうな性格の変わったものを、前のもののリプレースという形で押し出されるということについては、非常に問題があるのじゃないか。これは
日本の国会の権威という点から言いましても、
日本の
政府の権威から言いましても、どうも問題ではないかと思うんです。もちろん、これにつきましては、現在のサット
首相との交渉の中におきましては、
タイの、さっきあげられました九十六億円、
投資、
クレジットというような面の九十六億円の
供与というふうな問題は、これは
タイ側の手落ちであったんだ、これでは
特別円というふうに実際
タイが戦時中に
負担させられていて、それに対する措置としては、
タイ国民としてこれを認めるわけにはいかない。
国民感情が許されない、何とかこれをしてくれ、こういうふうに
池田首相に申し出られたのだ、そういう点を
タイ国交渉から、というようなお話でございますが、今度は
日本側に帰ってきてどうでございましょうか。
国民もこういう形の処理をし、それが手落ちでないと思うかどうか。そうして、
日本の議会の側におきましても、今議会で論議されている過程を見てもわかりますけれども、やはりこれは
日本の
国民の感情としても、
サリット首相が言ったと同じように、今度は新たに
日本の手落ちになるのではないか、いわんや、国会が一応十分審議をした上であの
協定を作ったその
協定が、まるで私生活におきまする普通の感情やら、取引のような工合に、大まかにやってしまうというようなことになりますれば、これはやはり
タイ国のミスと同様なミスを今新たに
日本が繰り返そうとしているのじゃないか、こういう感じがします。そういう点で、もう少し合理的で、近代的な考え方をしていただかなければならぬのじゃないか、こういうふうに思うわけであります。この問題につきましては、これは九十六億円の問題だ。ガリオア、エロアの問題に比べますれば、そういう点が小さいというようなことで軽く処理される危険があると思いますけれども、私は実はこれは
金額ではない。やはり一貫した
政府の
外交方針なり、そうした問題の扱い方について
一つの盲点があるのではないか、そういう点を感ずるわけであります。そういうふうな
意味から見まして、第二の
理由といたしまして、ほんとうに
サリット首相に対しまして
タイの
国民がそう思うならば、
日本のまた
国民も同様な措置を受けるならば、これは同じような気持になるのだ。
タイの
国民は長い歴史の伝統から見て、
アジアにおきまして、やはり残された唯一の独立
国家でありました。そういう点で、自分の独立に対する
一つのブライドというような点については強い意識を持っております。また、
日本の
国民も同様だと思うのであります。そうだとするならば、
日本の
立場というものは、
タイの
政府にしても、サリット元帥にしても、よくわかるのじゃないか。しかし、その点に手を尽さずして、大まかにいわゆる浪花節調と申しますか、浪曲調でおれにまかしておけということで処置されておるということは、第二の、
国民が大きな疑惑を持つ問題ではないか、こういうふうに考えるわけであります。ところが、九十六億円の処置を
無償でやる。そういう点では、非常に本質的にこれは切りかえるということでありますから、そういう点では、そういう根拠というものは非常に弱いのじゃないか。もしこれが、百五十億円という
タイ側が要求したその一部として、五十四億円を支払ったその残りというものがあるのだからというふうな
意味でありましたならば、
タイ側の主張というものが相当正当なものじゃないか。言いかえれば、
日本のほうも、
債務として
特別円の処置として実は百五十億円を当時も認めていたのだけれども、しかし、支払う場合においては、五十四億だけ支払って、そのあとの残っておる、実際認めなければならぬ
債務というものを第二の有償
供与の形にしたのだということになっているとすれば、確かに
タイ国としますれば、そういう、当然もらうべき債権というものを受けるのに、今度はこれを
投資やら
クレジットの形をとって、有償でもって
供与されるということになりますと、
経済の
内容からばかりでなく、面目の点から言ってこれはおかしいじゃないかという
議論が出てくるのは、私は当然じゃないかと思うのであります。この点
日本の
政府は、一本五十四億円がきちんとした百五十億円の処置としての
金額であるのかどうか、そして九十六億円は、これは
経済協力という
意味において、
特別円の
意味じゃなくして、
経済協力という
意味でやっておるのだとすれば、今日これを
無償で与えるというのは何か新たな事実がなければならぬ、こういうふうに思うのです。そういう点で、私はやはりこの措置の仕方という点で重大なミステークを犯してしまうのじゃなかろうか、こういう感じがするわけであります。ところで、こういう問題を出しますと、それは
日本と
タイの
友好関係、あるいは
経済上の協力
関係、また今日
日本が貿易についていろいろな苦難に当面しておりますが、そういう点で、
アジアにおける有数な輸出国で、これからまた有望である。いろいろ先にお述べになったと思いますけれども、確かにこの事実は認めなければならぬと思いますけれども、そういう
経済協力を推進する
方法、
友好関係を促進する
方法というものが、実は
タイの
特別円について、このような筋の通らない形において処理されることであるかどうかということであります。
経済協力の問題にいたしましても、戦前のそれ、戦後のそれというものを見ておりますと、一体
経済協力について
日本の
政府はほんとうに
東南アジア一帯について協力していく気魄と誠意があるのかどうか。ただ古い形におきまして大きな企業が進出する。あるいは中小企業がいろいろな苦難に当面しておりますが、はたして戦前とは違った形においていろいろな諸国間との貿易交流をやっていく、そして
日本国民全体がその均霑にあずかるような施策と構想を持ってやっているかどうか。また低開発国と称されます
アジアの諸国に対しまして、ただ
利益、利潤というのではなくして、もっと高い文化的、社会的な
意味から、
日本が
経済協力をしなければならぬ。その
意味では
経済負担になろうかと思いますけれども、その大きな構想の一環として、もし九十六億円とか、あるいはその他のものが
無償で提供されるというならば、私はそれはほんとうに
経済協力を促進する条件だと思います。しかし、そういう構想なしに、そういう結果になるであろう、また他の国の
国民の感情をばよくする手段になるだろうというふうな、ただばく然とした考えでもって、
国民の支出を必要とするようなものがきめられていくというふうなことは、やはり私は
反対せざるを得ない原因ではないか、こういうふうに考えております。
政治の問題が先にお話しがございましたが、私は
政治的な
意味において冷戦の一方に左祖するというつもりはございません。そういう角度からこの
タイ特別円についてひとつてこ入れしようというふうな意識は
一つもございません。けれども、そういう
政治の面への影響というもの、また
経済協力の構想においても確たるものなしに、その場その場でやられている。おそらく
政治や平和の構想についてもこれはないのだと思うのです。そういうふうなことは、やはりこれは
政治的に悪いことが起こってくるのじゃないか。こういうことでは、ほんとうに平和を確立し、
アジアの諸
民族と協力することができない。
経済の問題についてはEECの問題もございますが、世界の
経済における
日本の
立場というものを考えますれば、もっとしっかりした構想の上にやられ、その上に立ちましてこの問題を
解決するということならば、私
たちはこれを支持するにやぶさかでございません。どうも今までの行きがかり上これが出されてきて、筋が通らないということのように考えられますので、このまま議決していただくということはどうかというふうに考えるわけです。
最後に、とにかく当時これは議定書も作られてやられたというふうなことでありますが、これをどうしたらよかろうか、あるいは、
国民自体としてどういうことを期待するかということを考えますと、多数でこれが決定されるということでなくて、先にも申しましたように、その性格の問題、交渉の仕方、また過去のわが国会の大きな議決をくのがえす問題でありますから、
政府はいろいろむずかしいと申しますけれども、もう一ぺん再交渉いたしまして、そしてほんとうに日
タイの間の親善
関係、
経済的協力をばやるという大きな構想の中の一環として再交渉をされるということになりますれば、いかに
タイ国の
政府の性格、いろいろ問題がありましょうが、やはりここではまだ話し合いの余地があるのじゃないか。もしそれに応じないという態勢では、ここでこういう措置をいたしましても、日
タイの
関係は打開できないのじゃないか。もっと高い見地に立って相互に理解し合うということでなければ、ここでこういう九十六億円の
無償提供をしても、あまり
効果がないというふうな感じがするわけです。そういう点で
政府に期待いたしたいと思う点は、ここで数年の間も置き去りになってきた問題でありますから、これを半年や三ヵ月延ばすということで、緊急を争う問題でもないと思いますから、ここで再交渉して、相互の
国民の
立場というものをば納得する形において
解決する。さらに進んで、もっと積極的な
経済協力が必要なら
経済協力をやる、あるいは
政治、平和の問題についても、もっと
日本側から見てそれがいけないと考えるならば、それを是正するという話し合いを含めまして再交渉すべきではないかという感じがいたすわけであります。
政策の問題に入りまして恐縮でございますが、あるいはおそらく多数決によってこれが議決されるかもしれません。しかし参議院の皆さん方に希望いたしたい点は、最高の良識の府として何とか打開の
方法を考えることはできないだろうか。もし不幸にして、
政府側において押し切っていくのだと言いますならば、せめて参議院の側におきましては、このような疑点があり、このような問題があり、こんなミスがあるのだということをば附帯決議としてつけるくらいの誠意を示していただきたいというのが、私の意思でございます。
簡単でございますが、私の所見を申し上げました。