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1962-02-26 第40回国会 衆議院 予算委員会第二分科会 第7号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十七年二月二十六日(月曜日)     午前十時十八分開議  出席分科員    主査 中村 幸八君       相川 勝六君    臼井 莊一君       田中伊三次君    床次 徳二君       辻原 弘市君    野原  覺君       長谷川 保君    村山 喜一君       山花 秀雄君    湯山  勇君    兼務 上林榮吉君 兼務 堂森 芳夫君    兼務 受田 新吉君  出席国務大臣         文 部 大 臣 荒木萬壽夫君  出席政府委員         大蔵事務官         (主計局次長) 谷村  裕君         文部事務官         (大臣官房長) 宮地  茂君         文部事務官         (大臣官房会計         課長)     安嶋  彌君         文部事務官         (初等中等教育         局長)     福田  繁君         文部事務官         (社会教育局         長)      齋藤  正君         文部事務官         (体育局長)  前田 充明君         文部事務官         (調査局長)  天城  勲君         文部事務官         (管理局長)  杉江  清君         郵政事務官         (電波監理局         長)      西崎 太郎君         自治事務官         (財政局長)  奥野 誠亮君  分科員外出席者         大蔵事務官         (主計官)   谷川 寛三君         文部事務官         (大学学術局庶         務課長)    西田亀久夫君         自治事務官         (財政局財政課         長)      松島 五郎君         自治事務官         (消防庁予防課         長)      雨倉正太郎君     ————————————— 二月二十六日  分科員野原覺君、長谷川保君及び山花秀雄君委  員辞任につき、その補欠として村山喜一君、滝  井義高君及び田中織之進君が委員長指名で分  科員に選任された。 同日  分科員滝井義高君及び村山喜一委員辞任につ  き、その補欠として河野正君及び湯山勇君が委  員長指名分科員に選任された。 同日  分科員河野正委員辞任につき、その補欠とし  て石村英雄君が委員長指名分科員に選任さ  れた。 同日  分科員石村英雄君、田中織之進君及び湯山勇君  委員辞任につき、その補欠として長谷川保君、  山花秀雄君及び野原覺君が委員長指名分科  員に選任された。 同日  第四分科員上林榮吉君、第一分科員堂森芳夫  君及び第四分科員受田新吉君が本分科兼務とな  つた。     ————————————— 本日の会議に付した案件  昭和三十七年度一般会計予算文部  省所管      ————◇—————
  2. 中村幸八

    中村主査 これより会議を開きます。  昭和三十七年度一般会計予算中、文部省所管を議題といたします。  これより質疑に入ります。上林榮吉君。
  3. 上林山榮吉

    上林分科員 私は文部省所管について若干質疑を試みたいと思いますが、三十七年度の予算を見ますと、文部省としては初等中等教育改善充実、なかんずく教科書を無償とする方針を確立したこと、さらに、科学技術教育の振興に一段と力を入れておること、さらには、国立学校拡充整備国立文教施設整備等、従来になく非常に積極的な予算を組んでおる点は、私は率直に文部大臣ほか文部省努力を多としていい、こういうように考えるのでありますが、どちらかといえば、教育谷間にあるといいましょうか、あるいは国の立場から見て比較的日の当たらぬ場所にあるといいましょうか、そうしたような方面にも、従来に比してこまかく御配慮を願った点は、私はこれも一応多としていいと思いますけれども、日本教育というものをもっと積極的に充実せしめるためには、この辺のところはもっと積極的な態度をとってほしかった、これからさらにそうしてほしいと私は強く考えるのであります。  まず私が申し上げたいことは、日の当たらぬ場所にあるといいましょうか、経済的に困難なために、頭もあり、教育を受けるに十分な体力を持っておりながら上の学校に進めない、これに対して政府は、従来から日本育英会を通じて奨学資金貸与してきたのであります。ことしも六十三億一千万円を計上してはおりますけれども、この程度のものでは、経済的に恵まれない人々の要望を満たすことにはならないのではないか、こういうように私は考えるのであります。ことに、現在、高等学校あるいは大学その他の育英資金を要求しておる者の何十%を三十六年度は満たしてきたか、あるいは三十七年度はそれが幾らぐらいの予想であって、その何十%を満たし得るであろうか、こういうことについて、まず大臣の基本的な方針を伺いたいと思います。
  4. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 育英奨学の重要なことは御説の通りでございまして、従来から文部省も一生懸命努力はいたしておりますものの、なかなか要望に沿いかねておる実情でありますことは、遺憾に思っております。三十七年度予算の要求にあたりましても、当初相当の考えを持って当たったのでございますが、なかなか大蔵省を説得するに至りませんでして、残念に思っております。ただ、どれだけの要望があって、それに対して成立しておる予算が何用満たす状態にあるかということは、的確に申し上げかねますけれども、理想的な考え方からしますれば、まだまだずいぶん努力の足りないことを思わざるを得ません。後ほど、御質問の点に対しては推定的なことでも政府委員からお答えすることをお許しいただきたいのですが、要するに、今の育英奨学は、御承知の通り特別奨学制度が三十六年度から始まりまして、これは一つの時期を画するものと思います。主としてそれに重点を置いた姿でありまして、一般奨学につきましては、金額が少ないので今日の物価状況生活条件から見ますると、もう少し増額しなければ効果的でなかろうということもよく承知しておりまして、そういう問題も、あげて今後の問題に残されましたことは遺憾に思いますが、御指摘通り、私どもとしましても、将来にわたって一生懸命努力すべき課題だと心得えております。
  5. 上林山榮吉

    上林分科員 政府委員の方からお答え願いたいのですが、三十六年度は奨学資金をどれだけの人が要望して、その何十%を満たすことができたか、なお、三十七年度は、文部省大蔵省にこの育英資金をどれだけ要求して六十三億一千万円になったのか、この二点をまずお答え願いたい。
  6. 西田亀久夫

    西田説明員 三十六年度の予算におきまして、奨学金に対する要望に対してどれだけ貸与が実際にできたかというお尋ねでございますが、現在の奨学金採用方法は、希望者がすべて全部完全に出願できるというような状態ではございませんで、従来は、予算範囲内におきまして各府県大学等に大よその採用の目安を与えまして、それに対して大学及び府県から順位を付して推薦をするという形をとっておりますので、的確にはその希望者が何倍あったかということはつかみがたいわけであります。  もう一点は、その奨学金希望と申します場合には、かなり各人の主観的な要素が入って参りますので、できるだけ本人の家庭の所得階層本人学力水準等を計量いたしまして、日本高等学校大学にどれだけの奨学金貸与する道を開けば、大よそ能力あり優秀な者で、経済的に困っている者を援助できるかという策定をいたしまして予算編成をいたすわけでございます。三十七年度の予算の場合に、当初そのような方式から検討いたしました場合には、奨学金採用率は、高等学校におきましては、現在三%でございますが、ただいま申し上げたような策定によりますと、大よそその三倍近くは採用数をふやす必要があるのではないか、大学につきましては、現在二〇%の採用率でございますが、これは大よそ採用数としてはほぼ満足すべきところに到達しておるのではないか、かように考えて、当初の予算編成の準備にかかったわけでございますが、結果といたしましては、高校大学とも一般貸与奨学金の方は前年通りになりまして、もっぱら特別奨学金の方に重点を置いて、その方で、貧困でより優秀な者に重点的な援助をするということで、三十七年度の編成方針がおさまったわけでございます。従いまして、当初は百億以上の編成案も準備したことはございますけれども、結論は、三十七年度において、事業規模といたしましては約七十一億、国の貸付金としましては約五十九億という予算規模におさまったわけでございます。
  7. 上林山榮吉

    上林分科員 推定が手続上非常にむずかしいので希望がつかめない、こういう考え方は、あらかじめもう少し手を伸ばして、これが実態というものをお調べにならなければいかぬと私は考えます。  その点はそれといたしまして、この育英資金を借りた者で、償還期限がきていてこれを返さない者が何%くらいあるか、そのパーセントと、ことに高等学校育英資金を借りた者と大学育英資金を措りた者の区別で、あまり説明は要りませんから、数字だけをお示し願いたい。
  8. 西田亀久夫

    西田説明員 奨学金貸与を受けました者は、卒業後約二十年にわたって分割して返還をいたします。育英会が創立いたしましてまだ二十年に達しておりませんので、現在まで返還すべきものの中で相当延滞しておる者がございますけれども、お尋ねのような戻さないといわれる者を、これこれというように、はっきり限定をして人数をつかみ出すことのできる状態にまだ達していないわけであります。  それで、現在までの返還状況数字で申し上げますならば、昭和三十五年度末の状態におきまして、育英会創立以来貸与いたしました延べ総額が四百三十五億に達しております。このうち現在までに返還をされ、あるいは返還を免除されて、一応債権としましては消滅いたしましたものが約五十二億ございます。さらに、債権としてはまだ実際に取り立ての発動に達しておりませんもの、いわゆる据置債権額というものが、在学中の貸付が約百六億円、将来返還を免除される予定として、猶予されて据置になっておりますものが四十四億円あるわけであります。従って、そのような消滅しましたものと据置のものを差し引きまして、当初に申し上げました四百三十五億の残りのものが、育英会として返還収納すべき総額になるわけでございますが、そのうち割賦金としてまだ返還時期の到来しておりませんものが大部分でございまして、これが百八十九億余りでございます。従って、三十六年度の状況におきまして育英会の収納すべき総額は約四十三億円でございまして、そのうち二十八億円が、三十六年度以前に収納されるべくして延滞をし、おくれてきた金額でございます。従って、三十五年度末の状況を概括いたしますと、当然の時期がきて払っておるべき金のうち、その期限までに収納された金額は約五二%ということでございまして、残りの四八%はまだその時期までに収納されないで、延滞をしておるという状況でございます。これらは、一年おくれ、二年おくれというものが逐年解消されつつございますけれども、新しい延滞もそこに加わりまして、従来の返還率はおおむねこの通りになっております。  なお、お尋ね高等学校大学返還状況比較でございますが、これは高校大学をあわせて借りておる者が大部分でございますので、非常に分割が困難でございますが、一般には高等学校卒業生の方がやや良好な傾向を示しております。
  9. 上林山榮吉

    上林分科員 答弁があまり詳しいようですが、要点を申し上げますと、あなたの答弁は、結局は、私から言いますと、滞納しておる者あるいは償還すべき者で債権を消滅したもの、あるいは大学高等学校と比べれば、大学卒業生の方が償還率傾向として悪いということ、こういうことを承ったので、これは文部省指導あるいは育英会指導、こういう方面が不徹底じゃないか。少なくとも国の税金を借りて大学教育を受けて、そして高等学校の方がやや大学に比べて償還率がいいということなのだが、これは私は償還の能力のある諸君が多いはずだと思うのだが、これをこのままにしておくということは、文部省担当者なりあるいは育英会関係者なりが、まだ努力が足りないのじゃないか。同時に、償還をしなければならぬ責任のある大学を卒業した者が、そのまま一年もおくれるとか二年もおくれるとか、中にはこれを償還しないとかいうような者があるということは、ここに教育が必要なんですよ。こういうところを締めていかなければ、国民の大事な税金を使って、そうして経済的に当時悪かったので、これを社会の有為の青年として送り出そうとしてみんなが協力したのだから、私はこういうところに何か教育の大きなくぎが抜けておると思う。ただ事務的な感覚のみでは、 課長大臣、これはだめなんですね。こういう点を一つ私は御忠告だけ申し上げて、今後の努力をお願いしておきたいと思います。  なお、日の当たらぬ谷間にあるような方面に、文部省としては僻地教育充実とか、あるいは盲ろう学校養護学校特殊学級とか、あるいは青少年の教育とか、そうしたような方面に従来よりも一歩前進したが、先ほど申し上げたように、国の大局的な教育という点からいえば、まだまだこれでは遺憾である。  そこで、時間の関係がありますから少しテンポを早めてお尋ねいたしたいことは、今度学力テストをやられた、この学力テストをやられた結果、どういう成績であったか、ことに小学校ではどうであったか、あるいは高等学校ではどうであったか、そして市街地農山漁村ですか、そういう方面との学力差地域差というのはどうであったか、この点を、回りくどい答弁は要りませんから、一つ的確にお答えをお願いしたいと思います。
  10. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 担当の者がまだ来ておりませんので恐縮でございますが、今御指摘の点は、十年ばかり継続しております、いわゆる抽出テストのことについてのお尋ねかと思いますが、昨年十月にやりました一斉学力調査は、まだ中間報告程度までのこともできませんので、もうしばらくお待ちをいただきたいと思います。そこで、抽出調査の結果は、概略申しまして、常識的な結果が現われておると申しますか、都会地一般学力が上で、農山漁村一般的にいえば幾らか劣っておる、そういう結果が出ておるようでございます。その原因がどういうことであるかという詳しい分析は、担当の者が参りましてからお答え申し上げます。
  11. 上林山榮吉

    上林分科員 それを具体的にはっきりつかんでから次の質問をすることが、私としては非常に都合がいいのだけれども、あとからでもけっこうでございます。私が中間報告として狭い範囲で入手した資料によりますと、小学校算数が三十五点、あるいは国語がたしか五十一点でしたか、その程度じゃないか、こういわれておるし、市街地農山漁村との平均の差は十五、六点じゃないだろうか、これは中間報告であるし、情報だけで私は質問しておるから、的確を欠くかもわからぬが、そういうふうである。数字あとから正確なものを承りますが、一体大臣、何がゆえにこういう学力差があると思いますか。それから算数がかり平均三十五点であったとしたら、これをどういうふうに、こらんになりますか。ことに私が重点を置いて聞きたいことは、市街地農山漁村との学力差、いわゆる学力地域差、これをこのままほうっておいていいかどうかという問題、これには教員の質の向上もはからねばならぬでしょう、あるいはそれぞれの施設も十分にしてやらなければならぬ点もあるでしょう。ところが、そういうものだけで、この地域差というものを是正できるとごらんになりますか。どういうわけでこういう差ができるか、ある程度いろいろなことをしておられるが、これでいいだろうか、将来は、しからばどういうふうにしてこの差をばなくしようと目標を置いておられるか、この点は、大臣としての方針を私はお尋ねしておきたいと思います。
  12. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 結論から先に申し上げれば、元来学力調査あるいは抽出テストをやります趣旨は、その地域差なり学校差なり個人差なりというものは、これは必然的に、程度の差こそあれ、人間社会ですから免れないものがあると思いますが、そのそれぞれの差を、特に御指摘地域差なら地域差を取り上げましても、それがなぜであるかを合理的に、科学的に分析し、その分析に立って推定される原因を現地についてさらに調べ、そしてそれを見きわめて片っ端からその地域差の生じます原因を除去するという責任が、文部省にも、都道府県、市町村の教育委員会にもあり、教師にもあると思います。なかんずく文部省が、全国的な視野に立って、懸命の努力をして改善に留意しなければならぬと思います。  そこで、数学が三十五点ということですが、さらに国語は五十点でしたか、五十点というのは、抽出テストの場合は大体そう悪くない。総合関係の比率でございますから百が一番いいと思いますけれども、実際問題としましては、五十点なり五十六点というものはそう悪くない。三十五点はちょっとほめられないとは思いますけれども、上林山さんが御心配になるほどの大へんに学力の低いことを意味しない。それは学力調査そのものが、問題がむずかしかったとかなんとか、いろいろな原因があると思いますけれども、従来の十年間のテストを通じましてそう悪い成績ではない。数学の方はいささか遺憾にたえませんが、いずれにしましても、もっと詳しいことを基礎にお答え申し上げませんと、私のしろうとの目見当では問題を間違えるおそれがございますから、これ以上のことはお許しいただきたいと思います。
  13. 上林山榮吉

    上林分科員 大体、担当局長が来ていないことは遺憾です。私は要求してあった。だからそれはやむを得ないとしてあとから報告願いたいが、大臣は、十年間に比べてみればそう悪くはないと思う、算数の三十五点もそう悪いことはないだろう、こうおっしゃるが、私は、そういう答弁は過去がどうであろうと、比較がどうであろうと、そういうものは遺憾である。平均点三十五点。それから地域差というものが相当開いているのですよ。それもやむを得ぬ、個人差地域差もやむを得ぬ、多少のことは、それぞれの関係担当者がしっかりやらなければならぬだろう、こういう考え方では私はいかぬと思う。  そこで、私が提案をしたいことは、それを補ってやる方法考えなければならぬ。文部省は、幸い僻地教育充実のために、テレビ受像機を四百校、約一億五千万円の予算を組んでおられる。あなたがやっておられるのです。だけれども、不徹底だというだけのことなのです。だから、そういうように現在の電波を利用するテレビとかラジオとかいう、これはもうテレビラジオは、電波は無限ですよ。やりようによっては、これによって地域差をなくすることをもっと考えて、私は、わずか四百校にテレビセットを配るだけではだめだと思うのです。だからこの学力差地域差をできるだけほかの機関によって、ほかの方法によって補う方法というものを、文部省郵政省などと協力して、一つもっと徹底してやられる必要があるのじゃないか、これは僻地教育だけではないですよ。文部大臣、これは事務当局諸君も、将来の問題としてそんなことができるものか、あるいは三十年後でなければそんなことはできぬよと思わないで、私真剣にお聞き願いたい点は、僻地教育にしてもそうであります。あるいは市街地や農村、漁村との関係においてもそうでございますが、私は電波を利用して、将来は学校教育というものを、中央地方と同じような教育がある程度、ある学科についてはできるようになると思う。だから中央で優秀な先生が、あるいは学者が、英語なら英語発音をする、物理化学なら物理化学説明をする、あるいは国語教育発音をやる。こうやると、これがキー一つ学校の各クラスにテレビを備えつけさせ、学校先生は生徒のお友だちであり、同時に、テレビ機械操作のできる、あるいはラジオ機械操作のできるいわゆる技術というものを身に持っていく、そうしてキー一つひねると、中央から自分よりももっと上の先生から子供に対する教育ができる。私は、将来の教育青写真というものは、十年後ここに目標を置いてやっていくべきものでないだろうかと思う。これがいわゆる地域差というものをなくしていく一つの有力なる方法であり、十年後は、必ず私はそういう方向に進んでいくものだと思う。だからこれに対して、その前提という意味かどうか知りませんが、テレビ受像機を、僻地教育充実のために文部省が四百校、一億五千万円組まれたことは、実に目のつけどころがいいと、ほんとうは私は思っておる。だけれども、これが不徹底です。これを八百台にしたから徹底しておるという意味ではない。将来の方向というものの研究が足らぬのじゃないか。私はそういうような意味において、もっと僻地教育あるいは地方中央との学力差の是正、これに電波というものをもう少し取り上げていく、こういう考えはないかということを申し上げておるわけです。
  14. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 さっきの抽出テストの結果に基づく対策という意味においては、正確に申し上げないとお叱りを受ける気がしまして抽象的に申し上げました。  ところで、御指摘結論は私も同感であり、就任以来関心の一つでございました。単に僻地に対する教育条件の不足を補う手段としての視聴覚教育という取り上げ方もむろん必要であり、及ばずながら年々歳々やり続けておりますし、三十七年度も、そういう意味である程度ウエートを置いて施策しましたことが、今御指摘になった点だと思いますが、そういうことはもっともっと徹底せなければならぬという御指摘同感であります。努力いたします。それと同時に、お話にもありましたように、僻地教育もむろんですが、一般教育の場において、特に義務教育の場において、あるいは大学教育においてもあり得るとは思いますが、視聴覚教育施設を単に恩恵的に整備するのではなしに、教育それ自体の必然的な手段として、もっと合理的、計画的、総合的に考えたらどうだ、そうするならば、ひいては地域差の解消の根本的な対策にもなるじゃないかという御指摘、この点はことごとく私は同感でございます。幸いにしてラジオは、ほとんど山間僻地まで聴取できない地域は解消されたに近い状態にまできているかと思います。テレビはまだいまだし。そういうことが整備されませんと全国的にはむずかしいという出甘味もございますが、それはそれで、着々郵政省の方で整備努力をいたしておるようであります。民放の視聴地域も、ほとんど聴視困難な地域はだんだんと少なくなっておることも承知いたしておりますが、そのこととあわせて、行く行くは完全に、どこででも見れる、聞けるということになりましょうから、さらには教育的効果が、今御指摘のような意味において活用さるべき方向をたどりつつあるわけですから、もっと計画性を持った受け入れ態勢を整えながら、積極的努力をすべき重要な課題だと心得ます。少なくとも三十八年度予算には、そういう意味で、何らかの形をとって前進する必要があるくらいの切実な問題かと心得ております。
  15. 上林山榮吉

    上林分科員 大臣文部大臣になられぬ前、二、三代の文部大臣に、テレビラジオ教育学校教育にもっと取り入れる前提として、国がテレビラジオセットの半分以上を助成して、そうして希望する学校にはこれを全部配るようにしたらどうだ、こういう前提のもとに、ほんのわずかずつそれが実現して今日まできておるわけでありますけれども、当時はなかなか、文部省大蔵省もそれをがえんじなかったわけでありますが、しかし、そういうものではテンポがおそいのです。私の言うのは、もう十年後の青写真に、教育の上にこの電波をいかに利用するかということが取り入れられていなければならない時代です。そんなのんびりしたことではだめじゃないか、こういうふうに思うわけであります。僻地教育テレビを利用したために、これは栃木県の土呂部部落という山川の分校ですが、ここの学校ではテレビ教育を取り入れたために成績が非常に上がっている、実力がついた。それを収録して世界のコンクールに出したのですよ。これがイタリア賞をとったわけです。そういうふうにしてサンプルはちゃんとできておるから、これを利用すればいかに効果を上げられるかということは、これはおわかりだと思いますが、そういうようにもっと利用しなければならぬ。ことに勤労青少年の教育には、言うまでもなく定時制の学校、通信教育がその一つの例を示しておるわけです。この通信教育、ことに通信高等学校教育あるいは大学教育もそうでございますが、通信高等学校教育文部省も幾らか力を入れてきておりますが、これも不徹底です。今回NHKが、今までも教育放送をやっておったけれども、今度は正式に通信高等学校教育放送をやるわけです。これに対して文部大臣はどういうふうにごらんになりますか。
  16. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 NHKの今度の新しい企画についても、あらかじめ私も話を聞いておりますが、まことにけっこうなことだと存じております。徹底していくように政府側としても協力を惜しまないつもりでおります。同時に、ついでながら私がちょっと申し上げたいのは、不徹底だというのでおしかりを受けますが、むろんおしかりを受けるに値するような状態であることを否認しませんけれども、問題は視聴覚教育施設テレビラジオ等を通じましての教育というものが制度づけられていない。言いかえれば、御承知のように、小中学校高等学校については、毎度申し上げるように文部大臣という立場でその教育内容の基準を全国的に示すことになっておって、それがきまっておる。しかし、それは学校先生が教壇に立って、原則として生徒に教えるという形を考えてのことでありまして、教科書なんかもそれに基づいて作られておる。ところが、その教科書という有形的なものでなしに、電波を通じて教科書が流れていくという姿を連想しました制度づけができていない。一般の放送について、国家的な立場においてその内容を規制するなどということは、憲法との関連におきましてもなかなかデリケートな問題を含みますが、少なくとも教育プロパーの問題、大学教育を除きまして義務教育及び後期中等教育において、文部省として国民に責任を負っておる範囲においては、その電波を通じて流れる内容が、少なくとも基準線を逸脱しないというための立法措置なんかが必要ではなかろうか。そのことがありませんと、とんでもない脱線もないとはいえない。いやしくも民放であれ、NHKであれ、教育放送に従事する関係者が、良心的に行動してもらうことはむろん信じますけれども、万に一つでも変なことがあっては大へんだという角度からとらえられた立法措置等もあわせ考えられないと、御指摘のようなことが、制度づけの上に立って着々として前進するという基本線がないうらみがありはしないか。そういうこともあわせ考えまして、御指摘の線は、まさに将来に向かって当然なさねばならない一つの卓見を御指摘いただいたと心得ております。
  17. 上林山榮吉

    上林分科員 御承知のように、立法処置をとらなければならぬ面もあるでしょう。しかし、立法処置をとらぬでもできる問題もあるはずで、文部省としては小中学校にこれをいかに適用するか、あるいは勤労青少年の、特に定時制やあるいは通信教育を受ける諸君の立場をどういうふうに考えていくか、そういう立場から十年後は少なくともここまでこなきゃならぬというくらいの、もっと私は、一皮も二皮もむいた研究とその態度がほしい。その結論が立法になるものは、われわれ喜んでこれに協賛をするし、予算の実現にも協力をしていきたい、こういうような気持を持つわけであります。制度づけの問題は、私はさらに角度を変えてお尋ねします。この通信高等学校教育を今度NHKが制度化してやるわけですが、民放もやがては制度化したものをやるでしょう。しかし、こうした場合、これに証明書を与える、通信教育の試験に通った者に対しては、教育をちゃんと受けたという卒業証書を与えるのであります。これは言うまでもなく、制度化されているんじゃないですか。それによって大学にもはいれる、あるいは大学の通信教育も受けられる、こういうことにそうい5点はなっているんじゃないですか。違いますか。
  18. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 この点は私からお答えさせていただきますが、御承知のように、この前学校教育法の一部改正をお願いいたしまして、その成立によりまして、従来の全日制、定時制のほかに、特に通信制の同等学校を設けることができるような改正を行なっておるのでございます。従って、文部省といたしましては、従来の単なる通信教育をやることができるというような規定ではなくて、一つの明文化した高等学校の課程としてこれを認める。しかも、独立の通信教育高等学校を認め得るというような体制をとっておりますので、今おっしゃいますような点につきましては、将来、その通信高等学校を卒業しました場合に、その大学等の入学その他については、一般高等学校と同じような扱いになるわけでございます。
  19. 上林山榮吉

    上林分科員 大臣義務教育に対する問題は、あなたの言われるように、これはどの程度制度化すればいいのかは将来考えなければならぬ。その方法論は、少なくとも十年後を考えて、学校教育にどれだけテレビラジオを取り入れるかということをもっと考えるということが一つ。それから高等学校の通信教育に対しては制度化されているのだ。あるいは大学でもそうでしょう。これに合格した者は大学にもはいれるのだ、日の当たらぬところにおる勤労青少年の諸君よ、勉強の方法は幾らもあるよ、こういうところにも今度は制度化をしたのだ、しっかり勉強してほしい、こういうふうに希望を与えていくような文部行政というものが必要である。こういう意味においてラジオテレビの問題を取り上げたわけですが、ただいまも大臣の御答弁の中に、いわゆるNHK、民放さんもうまくやってくれるであろうけれども、制度化しないでほうっておくと、どんな結果になるかもしれないという多少の不安を持っておられる。これはみんなそうです。私もこんなに推薦をしながらも、一部不安を持っておるわけなんです。それはいわゆる通信教育あるいは教育放送、こういうものが質の向上をどの程度はかり得るか、どんな程度に良心的なものを出してくれるか。一口で言うと質の向上です。民放などは、番組は今までは自主規制でしょう。この自主規制をこのままほうっておいていいものかどうか、こんなに社会的に影響がある問題をどうするか。映画などを見てごらんなさい。映画は映倫というものがあって、第三者か入って——これは役人ではありませんよ、役人でない第三者が入って、そしてその製作あるいはできばえについて、いろいろと助言をしているわけですね。そういうように単に自主規制だけでなく、こんなに教育放送というものが制度化され、さらにだんだん充実してくるこの段階においては、今まではそれでよかったけれども、このままでいいとあなたは思っておられるかどうか、この点、要点だけを一つお話し願いたい。
  20. 西崎太郎

    ○西崎政府委員 現在NHK、民放を通じまして、放送番組の問題につきましては、先生が今おっしゃいましたように自主規制をしているわけであります。番組の編成ということにつきましては、先般の放送法の改正で法定いたしました番組審議会というものにおまかせしてあるわけであります。今先生のおっしゃいました点もありますので、もし今度国会で御承認を得られれば、郵政大臣の諮問機関ということで放送法制の改正調査会というものができることになっておりますが、そういった権威ある調査会で十分御審議を願いまして、世間の期待に沿う結論が出ることを期待しております。
  21. 上林山榮吉

    上林分科員 電波監理局長が言われたように、これは教育放送ということであります。ことに、だんだん制度化されてくることになれば、自主規制も今まではよかったが、それではいかぬのじゃないか。第三者を入れたいわゆる審議会のごときものをもっと充実して、文部大臣がそれを制度化する場合でも不安がないように、一つ積極的な協力を私は要望しておきたいと思います。  そこで、角度を変えまして文部大臣お尋ねしたいことは、高等学校の二年生から大学に行く受験資格をもう与えたらどうか、こういうことを私は提案したいと思いますが、いかがでございますか。御承知の通り、旧制の中学四年からいわゆる高等学校にはいることができたわけです。現在はこれが変わりまして、御承知のような三年を卒業しなければ大学の受験資格がないということでありますが、今日一年浪人、二年浪人、はなはだしきは三年浪人というものができまして、本人もさることながら、父兄などはその負担に対して非常に困っておるわけです。同時に、これを二年生として受けられることにすれば、自分の実力のほどもわかるし、三年を卒業するときには必ず一つ合格しよう、こういう努力目標もわかるから、今のように一年や二年間は浪人は当然じゃないかというような社会の副作用というものが、幾らかでも是正されるのではなかろうか、こういうように私は考えるのですが、これに対して何か調査でもしておられるか、あるいは全然白紙であるかどうか。私の提案に対して御賛成ならば、一つ三十八年度からでもこれを実施してみようじゃないかという御研究を私は勧めたいと思いますが、いかがです。
  22. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 私自身は白紙でございます。事務当局が検討しておるかどうかは別問題と、一応お許しをいただきます。ただ、今中学は三年、高等学校は三年、そういうことですけれども、中学は義務教育になりました。しかし、昔の中学校に比べればあと二年期間が短い。それから高等学校が後期中等教育と称せられる。戦前に比べて、いわば後期中等教育に在学する期間がちょっと延びはいたしましたものの、しかし、これは上級学校に入学するだけが目的じゃない。高等学校を義務制にしたらどうかという説もあるくらいでございますし、にわかにお説に賛成とも言いかねる。検討させていただくよりほかに結論の出しようがございませんが、一つ考え方ではあろうかと思います。
  23. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 高等学校教育に対しまして、いろいろの非難のあることは存じております。今お話しのように、高等学校の二年から大学につながる方法考えたらどうかというような意見もあるようには伺っておりますが、現在の高等学校教育は、今大臣が申されましたように、後期中等教育として内容の充実した教育を施しまして、単位を大体最低八十五単位はとらなければならぬというようなきめ方をしておるわけでございます。従って、この高等学校卒業者が全部大学に進学するものでもございません。従って、社会人として高等学校卒業者を送り出すという建前にいたしますと、なるべくこの三年の期間に、できるだけ充実した職業教育あるいはその他の教育を施しまして、そしてやるのが適当であるというようなことで現在やっておるわけでございます。従って、制度的な問題としては将来いろいろ検討の余地はあると思いますが、現行制度を今直ちにそのように変えるということにつきましては、私どもは研究はいたしておらないのでございます。
  24. 上林山榮吉

    上林分科員 即答はいたしかねるが、研究の余地はあるからという話ですが、あなたが一升ますではかったような教育制度を考えておること自体が、時代に合わないのですよ。今あなたは、高等学校三年を出たら社会人として十分活躍ができる教育なんだ、大臣がおっしゃるように、義務教育にまでこれをしたらどうだという話もあるのだ、こうおっしゃいますが、一皮むいて実体を見てごらんなさい。実業高校はおっしゃる通りなんだ。しかし、普通の高等学校、これはみな上級学校に行くための教育になっているのですよ。だから、三年で卒業をして、それでしまう者には、あと一年間はそういう教育をしていいでしょう。しかし、大学に入ってさらにまた教育を受けられるのですから、そういう者には特別なチャンスを与えたって何にも教育の秩序というもの、教育制度の秩序というものは乱されないのじゃないかと私は考えます。主査が非常に時間を急いでおるので、残念ながら私はこれ以上覆いません。これに対してはもっと時代に合ったような教育に転向してもらいたいという考え方をほんとうは持っているのですけれども、これもこの程度で切り上げなければ仕方がありません。主査あと一点ですから、もう一点だけ言わせて下さい。  飛び飛びにお尋ねするわけですが、さように私立学校教育の重要性を文部省は認めておると言いながら——大蔵省に比べればそれは少しは認めておるようですけれども、しかし、私立の中学や高等学校の団体、あるいは私立大学関係者要望に比べれば、これははるかに認識が足らない、御理解が足らない、私はこういうように考える。私も私立学校の振興のために、失礼でございますが約十五年協力してきおりますけれども、その間の文部省特に大蔵省のやり方を見ておりますと、まことに認識が足らぬ。ことしもこれらの私学団体が出した予算に比べまして、文部省がこれをさらにしぼり、大蔵省がしぼり、しぼったものはまことに微々たる予算です。私学の総予算は三十二億何がししか組んでおりませんが、国立の学校運営費だけでも、あなた七百七十六億円じゃありませんか。それ以外に設備費その他を加えると大へんなものです。それの二十三分の一が私学の予算、ただ運営費とちょっとした施設、それだけの分で考えてみても二十三分の一か、二十四分の一です。それならば、私学はどれだけ日本教育担当しておりますか、大学は、日本大学教育の三分の二を私学が担当しておるのですよ。あるいはそれ以外のものを合わせまして六十何%以上の日本教育担当しておる。これは、私学を出たからといって、会社だけにあるいは外国だけに行っているのじゃない。すべて国家のために尽くしておる。もし、私学がこれだけなかったと仮定したら、公立や国立の学校をうんと作らなければならない。その費用を考えたときにどうなりますか。私は、少なくともこういう問題については、文部省としては当然国立の学校充実するのはわかります。あるいは地方義務教育に力を入れることもわかる。わかるけれども、それを出てきた者は、ことに地方義務教育を出てきた者は、高等学校大学にみんな入るでしょう。国の教育ですよ。もう少し文部官僚の人たちも、特に大蔵省ももっともっと私学の実態というものを自分のものとして考えてもらわなければならぬ、大臣考えてくれております、あるいは局長諸君考えておってくれます。だがその度合いが私はどうも消極的に見えてならぬ。具体的に数字をたくさんあげる機会がありませんが、たとえば私立大学研究設備助成補助金、これは二十億円の要求を私学団体はした。それに対して六億八千八百万円、あるいは私大の理科特別助成補助金、これは三十一億円を要望した。これに対してわずか十二億一千八百万円、私学振興会の出資金、これは九十億円を要望しておる、これに対してわずか十二億円ですよ。この中には、国策として理工系学生の増募の貸付金、あるいは同校生徒急増対策費、こういうものも私学振興会出資の中には入っておるわけですね。こういう意味から、きょうは先ほどから申し上げるように、この問題についてもう少し数字その他をあげて突っ込んであなた方とここで話し合いをして、三十八年度の予算の要求の場合は、今までに倍するあるいは三倍する努力——二倍したって幾らですか、わずか六十四億円です。いわゆる国立の学校運営費の一割にも満たないじゃないですか。だからそういうことをもう少し考えられて、これはほんのわずかばかり去年よりふえましたけれども、こんなものではもう間に合わない、こう思うのです。大臣も非常につらいと思うのですが、どうですか、日本教育の六〇%以上を私学は担当しているのだから、ほかの局は一つくらい廃止して、いわゆる私立学校局という局くらいを作って、行政的にももっとめんどうをみてやる、予算の要求にももっと力を入れてやる、こういうようなお考えはないものか。ことしよりも三十八年度はまたさらに何億円かふやしてやればそれでいいだろう、こういう程度のお考えがどうか。一つこの点についてこの場限りでない答弁をしていただくならば私はこれで打ち切りますので、はっきりとした答弁をいただきたいと思います。
  25. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 私学振興の必要性は、御指摘いただくまでもなく心得ておりますものの、なかなか御要望に沿いかねていることは、毎年予算委員会、文教委員会に出ますと頭痛の種の一つでございます。さりとておっしゃるように文部省の組織を私学局とでもしたらどうかということは、にわかに賛成いたしかねるかと思いますが、各局に分かれざるを得ない仕事の分担組織でもございますから、分かれてはおりましても、問題は私学の重要性をいかに認識し、それに対していかに良心的な努力をするかにかかると思います。一生懸命に努力したいと思います。
  26. 上林山榮吉

    上林分科員 大臣、あなたが文部大臣としてあと三年でも五年でもおっていただけば、今の答弁で、僕も協力してあなたを信頼して、それでようございますと、この場では言ってもいいと思いますけれども、あなたのような理解のある人がある間に、一つ三十八年度の私学関係予算をわずか五億や十億ふやす程度じゃなくて——私、私学局を作ることが一番大事だと思っていますけれども、通常国会が済めばもう予算の編成期に入ります。おそらくこの夏まではあなたは就任しておられると思う。あなたはほかのこともよくやっていただきましたよ。ただ残念ながら、私学の問題はあなたはあまりよくやっていません。この問題は私は決してこの場限りのことをあなたに申し上げていないから、私学の問題に対しては、局長諸君ももう少しこれをほんとうに自分のものにして、しかもこれは国家の教育をやっているんだという認識に立って、一つ予算の増額を——わずか五億や十億ふやしていったって、ないよりかいいというだけのことであって、これでは私は私学振興、の教育の刷新ということはできぬと思う。だからあなた方が、いろいろなよけいな学校を作らなければならぬようになる。そういうところに費用をだんだん持っていくようになってしまう。だから、私学というものをもう少し充実さしたら、経費が安くてたくさんの教育ができるのです。これをやらぬものですから、私学の授業料の高いことはどうです。また値上げをやったでしょう。国立大学の何倍ですか。三倍、ところによっては五倍でしょう。多いところは七倍くらいになっている。こういうようなことを考えるときに、このはね返りというものはみんな父兄に来るのですよ。だから、ここは一つ今までの感覚ではなしに、文部省自体が今後はほんとうに一皮むいて、三十八年度のもう今準備をしなければならぬ。私学予算の編成はあなた方一番あとに回してしまうじゃないですか。あるいは国会議長が協力するだろう、あるいは大蔵省にやかましく言うだろうくらいに考えておるのではないかとすらわれわれは考える。だから、最初から予算一つの重要な項目の中に取り入れる、こういう方針でお進み願わんことを切望して、私の質問を終わりましょう。
  27. 中村幸八

    中村主査 次は村山喜一君。
  28. 村山喜一

    村山分科員 私は三点について質問をいたして参りたいと思います。  第一は、今も上林山議員から取り上げられましたが、私立学校の授業料、入学金の値上げの問題についてであります。荒木文部大臣は、私学に対してどういうような教育観をお持ちになっていらっしゃるかわからないのですが、大学時報という雑誌を見てみますと、荒木文部大臣教育観として、大学というものは国家がやるべきもので、私学は国家がやれない、手の届かないところをやっているのだから、その部分について助成をすればよいのだ、教育は根本的には国家がなすべきものである、こういうような表現の文章を拝見いたしたわけであります。荒木文部大臣は、私学のあり力について、こういうような根本的な認識というものをお考えになっていらっしゃるのかどうかという点をお尋ねいたしたいと思うわけであります。ことしの文部省予算の要求は総花的な予算要求という方式でなくて、五つの重点項目を定めて予算要求をされたようであります。内容は国立学校拡充整備、あるいは義務教育、特に教科書の無償配付の問題、三番目に準要保護世帯の児童生徒の対策の問題、四番目に科学技術教育の振興の問題、そして五番目に私学振興という問題を取り上げて、大臣を中心として大蔵省に相当強力な予算折衝をされたようであります。その努力の結果、国立学校施設設備費の倍増近いところの成果も得られておりまするし、科学技術教育の振興費も確実にふえていることは予算を拝見いたしましてわかるわけでありますが、中でも最もみじめなものは高校生急増対策の問題であり、そうして学校給食、教科書さらに私学の問題がみじめな点であることは今も話があった通りであります。こういうような状態で、総額三十二億のうちから大体二十億足らずの金が私立大学に対するところの助成費でございます。従いまして、国立学校の学生一人当たりの補助額を調べてみると三十六万円である。ところが私立学校の理科系の学生は一万一千円、文化糸の学生は千三百円の補助金しかないという結果になっておる。そういうような状態でありまするがゆえに、私立大学の授業料、入学金さらに設備費等の学生納付金は軒並みに上がって参りました。昨年二〇%上がったが、ことしはさらに一二、三%上があるであろうと伝えられているわけであります。こういうようなふうになって参りますと、もう私学には裕福な家庭の子供しか入学ができないという現象が現われて参りまして、いわゆる憲法に定められました教育の機会均等の精神は失なわれていくという、まことに憂うべき傾向が出ているわけであります。こういうような私学の状態、私立関係の各大学で約四十万の学生を擁しているわけでありますが、この私立大学の授業料、入学金の値上げを、文部省としてどういうふうにして防止をしていくのか、その対策があるならば対策を承りたいのであります。  次に今回消防法の改正が行なわれまして、ことしの四月一日から学校にも営造物の管理をする防火上の責任者として防火管理者、こういうものを設置しなければならないということになっておるわけであります。この防火管理者の責任の内容をいろいろ調べてみますると、その施行規則の三条に、自衛消防の確保に関すること、消防用設備の点検及び整備に関すること、定員の順守、その他収容人員の適正化に関すること、こういうような内容が規定づけられているわけであります。しかも消防庁の通達によりますると、防火管理者というのは、労働基準法に基づくところの安全衛生規則による、安全管理者または衛生管理者に類するものである、こういうふうに説明をいたしているわけであります。しかも防火管理者は、これを任命しない場合においては第八条によりまして三カ月以下の懲役あるいは五千円以下の罰金に処する、こういうことは、消防の規定といたしまして当然のことながら、きわめて重要な内容が入っていることは御承知の通りであります。ところがこれに対しますところの消防庁長官の三十六年五月十日の通達を見てみますと、管理についての権原を有する者は、学校の設置に基づくところの管理者であり地教委であることは当局も認めているところでありますが、その管理について権原を有する者が、適法なる行為に基づいて委任をする、こういうふうに書いてあるわけです。「管理について権原を有する者」とは私法上防火対象物の管理を正当ならしめる原因を有する者はもちろん、公法上防火対象物の管理の権原を有する者は、その範囲において管理の権原を有する者と解されること、たとえば小学校については「管理について権原を有する者」は当該市町村教育委員会であるが、教育財産の管理を校長に委任したときは校長であること、こういうような通達が流されているわけであります。これは地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第二十六条によるところの、いわゆる教育委員会が規則を制定して教育長に委任をする、そして教育長がその委任を受けた行為をさらに校長に再委任をする、こういうような形において防火管理者を指名をしなさい、こういう通達であります。ところが片一方東京都の教育長においては、第三十三条に掲げてあります学校の管理規則に基づいて校長に管理権があるのだから、その校長が業務命令を教頭あるいは教諭に発してそして防火管理者を指名をしなさい、こういうふうになっているわけであります。文部省も東京都の教育長がやっているような指導方式をとられているのだろうと思うのでありますが、明らかにそうなって参りますと、消防庁の長官が出しました通達と、現に東京都やそのほかの府県でやっておりまする、いわゆる防火管理者の指名の根拠法がはっきりといたさないのであります。そういう点から問題が一つあるのと、しかもこの防火管理者の職能というものを調べてみますと、先ほども言いましたように、専門的な職能が要求されている。しかもその責任性から論じて参りましても、あるいは権限、能力から論じて参りましても、これを法の改正の趣旨というものは実効性を上げていくことを期待いたしているわけですが、その期待の上から考えて参りましても、条理論の上から考えて参りましても、また教職員の学校教育法によるところの教育をつかさどる職能の上から論じて参りましても、この防火管理者に指定をして、この防火管理者がきわめて多岐にわたる職務内容を有し、しかも建物の整備までも、防火管理者が点検をし整備をしなければならないという義務づけが、施行規則において行なわれているというような内容から考えましても、このことはきわめて違法な措置ではないか、法律の立法論の上から見ましても明らかに違法な措置であり、そしてそういうような責任を期待するということは、間違っているのではないかとさえ思われるのであります。これはやはり国なりあるいは地方の行政当局の責任におきまして、総合的な消防体制というものを作るところの財政的な措置を、あなた方の方において講じていただくということが第一の問題であり、そしてこういうような施行規則に掲げられておる内容を見て参りますと、労働法上あるいは立法の上から言いまして、いろいろの問題点が伏在をいたしております。その防火管理の責任に当たる者が、いろいろ施行規則に定めてありますことをやって参りますると、当然教職員の勤務時間に影響があるわけでありまして、そういうようなたとえば自衛消防の組織に関することあるいは自主的に検査もやらなければならない、消防用施設の点検、整備もやらなければならぬ、あるいは避難通路であるとか、あるいはその避難施設の維持管理に関するようなものもやらなければならない。学校の定員の順守もやらなければならない。ところがこの定員の順守とかあるいは収容人員の適正化に関すること、こういうものはこの防火管理者が責任として持っているものではない。そういうようなことはやろうと思ってもできないことを規定づけられているわけなんです。しかも消防用の設備の整備というようなものを考えてみますると、これは教育委員会の当然の権限でありますが、そういうような、この消防管理者に責任としておいかぶせているところの施行規則というものは、明らかに過当な要求である、こういうふうに論ぜざるを得ないと思うのであります。そういうような点から考えまして、当然校長が管理権に基づいて業務命令を発したといたしましても、それは教諭の職務上の当然の義務範囲から逸脱をいたしまするし、内容的にはできないことを義務づけている、あるいは事実上も法律上もそういうような違法性のあるところの業務命令は拒むことができると私たちは解釈をいたすのでありますが、そういうような消防法改正に関連をいたしまして、学校の営造物の管理方式を、あなた方の方では消防庁の方と打ち合わせをされた上で、この防火管理者の指名という問題を指導されておいでになるのかどうかという点を、お伺いをいたしたいのであります。  それと同時に大臣お尋ねをいたしたいのは、今御承知のように教職員には日直宿直が課せられております。これは学校業務の中に営造物管理というような問題もありましょう。そういうことから宿直等が課せられて、これに対しては教職員には半額の国庫負担をいたしておるわけであります。教職員以外がこれをやった場合には国庫負担の対象になりません。そこで私は、当然こういうような消防法の改正とからみ合いまして、学校の営造物に対するところの管理の方式をめぐって今後法律の実効性を期待する上から考えていくならば、当然の姿としてその解決の具体的な方策を何らかの形において求めなければならない。そうした場合においては、今行なわれておるところの日直宿直という、そういうような業務形態というものは、学校教育法から当然の姿として打ち出されてくる職務内容ではなくて、付随したものとして受け取っているわけでありますが、そういう考え方の上に立ちまして、この防火管理者の専任をめぐって私たちが考えていかなければならないのは、日直宿直の義務免除を教職員に行なって、そのかわり、現在警備員制度等が相当各府県において取り組まれているわけであります。そういうような警備員の中から、こういうような防火管理者の責任というようなものを全うしてもらうために任命をし、その人たちに学校の営造物の管理をさせていく、こういうような方式をとることが必要な段階にきているのではないか。この学校の教職員の日直宿直は、ある点においては、超勤もない教職員に生活上のゆとりを与えるものとして、小さな学校等においては認められておるかもしれません。しかしながら、ここらあたりでもっと根本的にこの問題を考えて、そして具体的な方策としては、今申しましたように国庫半額負担の道も開いて、そこに月に一万円近くの金がそれらの金としてあるのですから、それを合理的に解決をして、学校長のもとに専任の防火管理者の職員を置いて、そして教職員の日直宿直を排除して、そういう警備員制度というものをこの際創設をすべき段階にきているのではないかと思うのでありますが、これに対するところの文部大臣並びに消防庁の見解を承りたいと思うのであります。  以上とりあえず二点について質問を申し上げまして、三点は後ほど質問を申し上げて参りたいと思います。
  29. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 私学について最初にお尋ねがございましたが、大学は国だけが国立大学でやるべきものという考えは、私は持ちません。これは学校教育法上、国立、公立、私立の存在をいわば平等に認める、制度としてはそういう建前かと心得ております。ただ、国立あり、公立あり、私立ありだが、私学というものは、大学に限らず、毎度申し上げますように、私はこういうふうに理解しております。国公立以外に私学があるということは、私学があらねばならない理由があるからだ、沿革的にもございましょうし、現在及び将来にわたってもそうであろうと思うのでございます。もともと私学は学校法人の設立から始まりまして、私学独自の計画のもとに、法律のワク内において創設される性質のものでございますので、あくまでも私学設置者の意思に基づき、特色を持ち、私学みずからの責任において独自性を発揮していくところに私学の存在価値があり、制度としてもそれを認めたゆえんであろうと心得ます。その経営面につきましては、もともと法人を設立しますときに、その目的とする大学が民間の浄財をもってまかなえるという建前に立って認可もされ、またその意味において運営する責任もあると思います。従って、授業料が非常に高い、そのことは考えねばならない問題であることはもちろんでございましょうが、しかし私学の経営、経常費の支弁ということは原則として私学みずからの収入によってまかなう、主たる財源は授業料かと思いますが、授業料で足りないならば、民間浄財の運用の利子なり何なり、あるいは民間からの寄付金によってまかなうということが、本来の建前かと私は思います。さりとて私学の授業料あるいは入学金が、幾ら高くなってもわれ関せずえんと申し上げるわけではもちろんございませんが、基本的な建前はそういうことかと私は考えます。  そこで国と私学との相互関係、全国民的立場で私学にどういう協力、援助をなすべきかという限界点の問題でございますが、これは従来からずっと行なわれておる、すなわち施設費につきまして、公共性を持っておる教育の場でございますから、低利長期の資本を国としても極力あっせんするという責任があると私は思います。責任がありながらその努力が十分でないことは、先刻も上林山さんからおしかりを受けましたし、毎々御指摘を願っておるところで恐縮いたしておりますが、これは今後の努力に待たしていただくほかにないので、御勘弁をいただきたいと思います。  そのほかに、科学研究の施設ないしは研究助成、設備助成等がなされておりますが、この根拠は、特に一時的に金がかかる、しかも運営にも金がかかる、そのことはまた国民全体の立場から見ましての私学の特色という以前の問題として、科学技術教育に力を入れなければ国民全体としても不利益であろう、日本の文化、学術の発展にも適切でないという見地から、全国民的視野に立って、その限度の、そういう題目の助成金が出されておる。その金額の十分でないことは、施設費の政府出資が少ないことと同じ御指摘を受けなければならぬものとは思いますけれども、少なくとも私学本来の立て方からいきますと、例外的な、極力私学の独自性を侵すおそれのない限度内においてというつつましやかな気持からスタートしておると思います。近来特に授業料が高い、入学金が高いということで、経常費についても一般的な課題として、国が助成したらいいじゃないかという声も相当高いことを承知いたしておりますけれども、先刻来申し上げますような基本線を前提に今の学校制度ができておる、私学そのものが存在しておるとするならば、当面の苦しさのために、インスタントな気持で、安易な気持で一般助成を考えるということは、私学それ自体に対する冒涜ではなかろうか、冒涜になるおそれがあるというふうな気がするわけであります。国費がつぎ込まれ、経常費がつぎ込まれることによって、私学の独自性の中に国の監督権が必要以上に及ぶ制度が今あるわけですから、そういう意味において私は、どうであろうかと考えるのであります。もっとも三十七年度予算に、今の科学技術教育の振興が国民的課題として叫ばれますその世論にも顧み、考え合わせまして、科学技術教育を特に急速に私学に期待する国民的立場は、国の経費をその面について幾らかでも経常費の支弁の性質を持つものを出してしかるべきではなかろうかという考え方に立って、概算要求はいたしましたが、努力足りませんために成立は見ませんでしたが、考えとしましても、そういういわば謙抑な気持で私学に対しては処するのが今の制度からいって当然のことではなかろうか、立法論としても、根本的に私学の趣旨を変えて、しかる上のことは別問題といたしまして、今までの考え方、今までの現在あります私学制度からいきますと、そう考えるのが適切ではなかろうかと私は思っております。私学の中にも、私のような考えの方も相当いらっしゃると承知いたします。そうでない方もむろんございますが、今後の検討の問題点は別といたしまして、今としては、私はそういう考えが正しくはなかろうかと思っておるわけであります。  なお第二の問題の、消防庁長官の通牒に関連する問題でございますが、具体的なことを正確に承知いたしませんので、政府委員等から御答弁申し上げます。ただ概念的に申し上げますならば、御指摘のように、かりにと申し上げさせていただきますが、法律そのものから逸脱するような内容の施行令なり通達というものは、その範囲においてこれまたお話の通り執行不可能な部分なわけでございますから、当然にそのことは責任が免除される、言いかえれば、法律以下の通達、省令、施行規則等はその範囲において効力を生じないという常識に立たざるを得ないのではなかろうか。ただこれは私自身同じような検討をした上での話ではございませんので、正鵠を得てない部分があるいはあろうかと思いますが、具体的には政府委員からお答え申し上げます。
  30. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 ただいま大臣からお答え申し上げました点について補足して申し上げますと、まず防火管理者の権限の問題でございますが、御指摘になりましたように、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第二十六条でございます。これに基づきまして、本来教育委員会が持っております管理権を教育長に委任することができる。その委任されました教育長は、さらにこれを第二項の規定によりまして学校長に再委任することができるという線によりまして、学校長は学校の管理権を委任されておりますので、そういう場合においては、当然に学校長は、今度は部下の教員に対しまして防火管理者として指定して、場合によっては職務命令も出せるというようなことになりますので、御指摘のありました法律解釈としては、私も同様に考えておるわけであります。消防法の改正に伴いまして、消防庁からもいろいろ御連絡がございましたが、学校で定められました防火管理者の事務の内容でございます。これは消防法の規定によりますと、防火管理者は、消防計画の作成とかあるいは当該学校における避難訓練の実施とか消防施設の点検、整備といったような、従来学校の防火計画として、あるいは防火訓練としてやっておりましたようなことを、この改正を契機としてさらに厳重にやっていきたい、こういうような趣旨のようでございます。従って、今、大臣からお答えになりましたように、施行規則の問題は、いろいろ書いておるようでございますが、本来消防法の規定の範囲内のことであろうと思いますので、それから逸脱しているというようなことであれば別の問題でございますけれども、私どもといたしましては、消防法の規定の範囲内のそういう各種の訓練なり防火計画あるいはその実施という面を防火管理者に責任を持ってやってもらいたい、こういうことでございます。そういう指導をいたしておるわけでございます。日直、宿直の問題がございますが、御承知のように、教員は生徒児童の教育をつかさどるということが本来の職務でございますけれども、校務を分掌するということも、教育以外の問題としては当然に義務づけられているものと考えております。従って、この日直、宿直の際に、いろいろ防火管理者の補助者としての立場から、火気の取り締まりとか、そういう消防管理の仕事の一部を分担するようなことになろうかと思いますが、これは従来日直、宿直の場合、先生方がそういう仕事を担任しておりますので、従来通り考えております。従って、最近学校火災が非常に頻発しますような現状から、教育委員会では別に警備員というような制度を設けておるところも相当ございます。これは御指摘通りでございます。しかし、現在のような防火管理者の仕事、あるいは日直、宿直の先生方の仕事の内容あるいは範囲というような点から考えますと、現状におきましてそういう点について特別な配慮を加えるということは、私どもは必要はないのではないかというように考えております。警備員の問題につきましては、将来研究問題として、それらの増員その他については十分検討して参りたいと考えております。
  31. 村山喜一

    村山分科員 時間がありませんので、詳しい内容はまた委員会でやりますが、大臣は、私が質問をした中心の答弁をなされていない。それは、私立学校の授業料、入学金が今では非常に大きなものになってきた。今度は最高五万円、平均一万円の値上げになる。そうして東京歯科大学のごときは六十五万円くらいなければ入れない、そういう現状が出てきている。これに対して、こういうような値上げを防止する方法をどうされるかということを、私はお尋ねしているのですが、それについては何一つお答えになっていない。お答えにならないところは、手の打ちようがないということですか、その点をお聞かせ願いたい。
  32. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 先ほど御答弁申し上げたことが、その対策一つであると考えております。すなわち、国の立場におきましても施設費の長期、低利の融資をもっと大幅にする努力をする余地が残っておる。そのことが、民間の借入金等の短期の比較的高利のものによってまかなわれておる部分も相当あるかと聞いておりますが、そういう不便を忍ばせないような努力を国としてはなすべきであろう。さらにまた特に科学技術教育、理工系統の研究設備費等、これまた相当金のかかるものでございますから、そういうものに対する助成金、あるいは研究助成等のことにつきましても、努力の余地が残されておる。一挙に相当大きな入学金、授業料の軽減に役立つようなところまで行き得ませんので、そのことは恐縮いたしておりますが、そういう線を通じて国としては協力すべきではなかろうか。授業料そのものの決定は、私学みずからの考え方によって定められるわけでございますし、入学金またしかりでございますから、何もほっておこうという意思は毛頭ございませんけれども、国の立場で、制度に基づいて根本の私学の存在の本質に立脚しながら謙抑な立場で具体的になし得る限度というものは、そういうことで協力する、助成するということ以上には出るべきでなかろう。ただし、申し落としましたことは、民間浄財が集まりやすくなるような国の制度を考え協力をすることは当然でございまして、これにつきましては、個人の寄付について、財政法上の特別な考慮をしたり、あるいは今度法人の寄付にいたしましてもあまり多くは期待できないかもしれませんが、一つの突破口的なものが創設されたということを通じまして、そのワクを実質的にふやしていく意味においての協力を国としてはなすべきでなかろうか。またさらに外国の話等を聞きますると、生前の贈与のみならず、遺贈と申しますか、相続税との関連におきましても、いわば金を持っておる人がごっそり自分の財産を学校等に寄付をするという道も開かれておるやに承知いたしますが、そういう方面に向かって国としては努力して、民間浄財が集まりやすくする努力をする、そういう角度からの協力によって、授業料やら入学金が少なくて済むような協力をなすべきだ、そういうことを含めてお答えしたつもりでございますが、当面の授業料値上げあるいは入学金の値上げ等を直ちにどうするという具体的有効措置がございませんので、今後今申し上げたような点を特に努力して、私学に協力をしていきたい、かように思っております。
  33. 村山喜一

    村山分科員 私立学校に対する大臣考え方の中には納得できない点が一つあります。それは文教委員会でやります。  最後に、私はあと一点だけお尋ねいたしておきますが、これは、福井大学の福応会館の使用について、教研集会の場合に貸さなかった。その経過から考えましてどうも納得できませんので、この際問いただしておきたいと思います。  これは、ことしの一月九日に大学分科会の会場といたしまして福応会館の教室の借用を申し出た。それに対して一月十一日に局長、学長と連絡して使用についての内諾を与えたわけであります。その後事務局長文部省に参りまして、福応会館の使用を許可した旨を伝えたのに対しまして、文部省大学課長、官房会計課長が使用許可を取り消すように指示をした。実質的にはそれは命令だというような強い態度だったそうでありますが、それに対しまして、一月十七日になって局長が組合に対してその建物の使用を許可するということを取り消す、こういうふうに通知がなされたというふうに承っておるわけです。そこで、その貸してくれない理由というものは、これは公共の目的に沿わない集会であるから貸してやらないということになっているようでありますが、私は、いわゆる大学の自治なり大学の学問の自由、研究の自由という立場から、この営造物に対する管理権は大学当局が保持すべきものである。そしてそれは同時に、学生に対するところの、言葉は悪いですが、管理権というものも当然大学の自主という立場において考えなければならない、こういうようなところに今日の日本大学の制度というものがあると考えているわけであります。これに対して文部省設置法に基づくところの文部省の権限というのは、 指導と助言ということに相なっております。従いまして、こういうような地力の大学において、しかもその内容は、大学教育の内容についてお互いに検討をしたい、さらにまた大学の管理運営という問題について検討をいたしたい、こういうのが十七分科会の大学教育の内容であります。しかも、こういうような内容からいいまして、当然教育公務員特例法の中にも義務づけが教員の場合はしてあるわけでありますが、御承知のように、教育公務員特例法によりまして、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。」これは単に文部省の主催をいたしまするいろいろな研究会であろうが、組合という名のもとに一つの自分たちの研究をいたそうが、それは一向に問わないところであります。公の支配に属さなければならないということはないのであります。しかも大学の構内において、ほかの小学校、中学校のそういう教育の問題を取り扱うのじゃなくて、大学の教職員がこの大学教育の間脳について討論をし研究しようという、そういう性格を持ったのがなぜ公共の目的に反するのか、そういうような指導をなぜ文部省としてはされるのか、こういうような点が私たちにはさっぱりわけがわからないのであります。これは坊主憎ければけさまで憎し、こういう感情的な考え方というものが大臣にあり、その大臣の意向というものを受け継いで、文部官僚の諸君がこういうような解釈を下して、不当に福井大学の学長や局長に指示をし圧力を加えてこういうような結果が生まれたのではないか、こういうふうにしか受け取れないわけであります。大体教研集会というのは、運動の方向をきめてそういうような一年間の計画を定めるのではなくて、研究をし、そうして教育の姿の中においてすべての問題を取り上げていこうとするのでありますから、組合の大会等にそういうような国の施設を貸すとかなんとかというものとは筋合いが違うわけであります。そういうような点をどういうふうにあなた方はされたのか、またこの経過を見てみますると、学長はこの文部省の不当な行為というものは無視することはできないので、私自身みずから文部省に出かけていって話をしようじゃありませんかということで、不当であることを認めて、文部省に交渉に行くということを言いながら、からだの関係で入院をされた、こういうようなことも聞いているわけであります。これに対するところの大臣の御答弁を願いたいと思います。
  34. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 国の庁舎等の使用または収益等の場合の取り扱いは基準が定まっております。その基準通りに指示したものと考えます。また今大学の自治とか研究の自由をおっしゃいますが、そればあくまでも大学自体の研究の自由であって、労働組合の研究は自由ではありましても、学校教育法にいう研究の自由とか、あるいは大学の自治とかいう問題とは別個の問題であろうと思います。
  35. 安嶋彌

    ○安嶋政府委員 ただいまのお尋ねでございますが、一月十六日に福井大学の事務局長が上京いたしまして、日教組から福応会館の使用について申し出があった、これはいかが扱ったらよいであろうかという相談がございました。それに対しまして私どもの方の大学課長と会計課の副長が面接をいたしまして、その使用は文部省が定めておる国有財産使用基準のいずれの条項にも該当しないから、従って慎重に取り扱うようにという意見を述べたわけでございます。それが事実でございます。  それから公共性云々というお話でございますが、公共性という言葉はこれは抽象的にはかなり幅のある言葉かと思うのでございますが、文部省が示しております基準における公共性という言葉の使い方でございますが、それは基準の(2)をごらんいただきますと「国の学術調査、研究」等という例示がございまして、「その他公共目的のため、講演会」「等の用に短期間供する場合。」という、そういう表現になっております。なお基準の五番目でございますが、その基準全体を総括する意味におきまして「前各号に掲げるものの外、国の事務、事業」等の「遂行上真にやむを得ないと認められる場合。」この場合に行政財産を本来の目的以外に供していいということを規定しておるわけでございます。従いまして、公共性という言葉の解釈につきましては、これは言葉自体から申しますと多少幅があるかと思いますが、私どもが採用いたしております基準における使い力は、ただいま申し上げましたように、非常に限定的になっておるのでございます。  それから大学の管理ないし大学の自治との関連についてお話があったわけでございますが、国有財産の使用収益の問題は、これは国有財産法に基づく行政上の措置でございまして、この点につきましては大学の自治等とはかかわりなく行政庁が指導、指揮、監督することができるものと考えております。つまり文部大臣は各省各庁の長といたしまして、部局長に対して国有財産の管理事務を委任分掌させておるわけであります。従いまして、そういう筋におきまして必要な指示をすることができる、こういうふうに解しております。
  36. 村山喜一

    村山分科員 行政財産の管理義務は、国有財産法に基づいてなるほどあることはありましょう。しかし、大学のいわゆる自主性大学のそういうような先生たちが、自分たちも参加したい、この局長自身もそういうような研究集会に出てそうしていろいろと研究をしたいということを言っている。その大学先生も参加をしたい、こういうことで大学の構内において、しかもこの福応会館というのは県下の教職員が寄付をして作った財産であります。そうして広く地方大学の自主性というものを、大学のあり方という上から考えた場合には、あなた方が越権行為でそういうような指導をされるということは間違いですよ。時間がありませんので、この問題については徹底的に私は文教委員会でまたやりますが、今のこういうような営造物に対する管理権は、これはわれわれの力に解釈権があるんだ、こういうような解釈であなた方が臨まれる限り、大学のいわゆる自治、大学の学問の自由というものを官僚の独善によってそこなうような方向に発展をして参りますよ。今のような文部省の官僚的な答弁は、まことに不満であることを申し上げて私は質問を終わりたいと思います。
  37. 中村幸八

    中村主査 次は湯山勇者。
  38. 湯山勇

    湯山分科員 時間がありませんから、端的にいろいろ事象を述べてお尋ねをいたしたいと思います。  お尋ねいたしたい要点は、高校生の急増対策がはなはだ不備である、入学難が非常に大きな、教育問題だけではなくして社会問題に発展をして参りまして、この際強力な対策を立てなければならない、こういうことを中心にしてお尋ねいたしたいと思います。  今、受験生をかかえておる家庭では、受験生がいるためにラジオも聞けない、テレビも見られない、家庭がそのために大へん暗い、こういう切実な訴えから、あるいは入学難ということが中学校教育を入学試験のために非常に曲げてきている。この事実は、先ほど御指摘のありました学力テストにおきましても、実際の学力つまり能力的なものはかえって減退して、機械的な記憶、そういう方面が伸びている。実際にはそういうふうに中学校教育が正しく行なわれていない。あるいは子供たち自身も何でも三当五落ですが、三当五落とか四当五落とか、四時間しか眠らない者あるいは三時間しか眠らない者は入学できる、五時間以上じゃ落ちるというようなことで子供たちの心身に非常に大きな影響を与えている。これについては先般東京都の教育長と父兄の代表との対談が新聞に出ておりましたが、そういうことはうそですよという教育長の否定に対して、それがほんとうだから困るのだというお母さんの切り返しもございました。それから今度は参考書を買ったりあるいは家庭教師をつけたりあるいは学校外の塾に通ったり、そういうことが教育に対する影響もありますけれども、それが父兄負担をさらに大きくしている、さらに私立学校政府の政策のしわ任せを食って非常に困った状態に置かれている、こういういろいろな問題があります。これらに対する抜本的な対策を今立てなければならないと思いますが、こういう対策についてはあとお尋ねすることにして、今問題になっている私学の問題を、関連がありますからまずお尋ねいたしたいと思います。  大臣は、私学には私学の使命があって、その使命があるということから、それを考慮すれば政府の施策にもおのずから限界があるというようなことでございましたが、私学の高等学校は実際は今大臣のおっしゃったような状態ではなくて、私学に志願してくる受験生のほとんどが本気で受けていないということです。実情を見て参りますと、落ちたときの用意のために一応受けておく、あるいは自分の力をためす、試験に一度なれておこうというようなことで受ける、あるいはいい私立については権利だけはとっておこうといりので受ける。こういう状態で、実際にこういう性格の私学だからここへ入ろうというのじゃなくて、受けるということを一つ手段にしている。それで私学の受験者数は大へん多くて、たとえば東京都内で、新聞に出ておるのを見ましても城北高校などは五百人の定員に対して五千人というような状態でございます。また、東京都の方の話を聞いてみますと、男子では大体定員の二倍ないし三倍はあるだろう、女子では二倍をこえているだろう、こういうことでございます。つまり東京都だけについて見る場合には、公、私立合わせて大体十一万くらいの収容力があると思いますけれども、今の公立を受ける者が二倍以上私立を受けるとすれば、私立を受ける者だけでももうはるかに全受験生の数をオーバーしている、二十数万の者がとにかく受験をする、こういう現象を起こしております。受ける方は十倍も受ける、あるいは五倍も、六倍も受ける。それじゃ受かった者が残るかというと残るのじゃなくて、ほとんどがみな公立を受ける。そこでどういうことをしなければならないかというと、東京都内のある学校では三百名の定員に対して二千名の合格者を発表しております。あるいは五百名の定員に対して二千五百名の合格者を発表しておる。名前を言うことは差し控えますけれども、二百名の定員に対して七百五十名の合格者を発表しておる。それで一体どうなのかというと、それでいてなおもう一ぺん公立が終わったあとで入学試験をしなければならない。公立学校は一回だけ入学試験をすれば済みますけれども、私立の学校では、歩どまりいかんによってですけれども、ほとんどの学校はもう一ぺん入学試験をしなければならない、こういう実情に置かれております。学校自身も大へん迷惑でありまして、公立と一緒にやればそれでは定員が確保できないから三回も四回も試験をやらなければ生徒数がきまらない、こういうことになるから、やむを得ず今のような措置をとっている。これは私立学校にとっても大へん迷惑ですけれども、同時にそのための父兄の負担も非常に大きい。今東京都だけで考えてみましても、まず受験料は千円ないし二千円だそうですが、それが今のように二倍のむだがあるということを見て参りますと、東京都だけでも受験料だけで一億くらいのお金が、入るのじゃなくて受けるだけに使われている。全国では数億に上ると思います。東京は特別で全国はそうではないだろうとお思いになりましょうけれども、中小都市は大体同じような傾向を持っております。しかも日本全国の人口は十万以上の都市にすでに三分の二が集中しておりますから、そうなれば全国ではその費用だけでも莫大な額に上っている。今指摘がありましたように、それへもっていって入学金がずいぶん上がってきている。東京都では、これもS高校というのですけれども、入学金が二十万円だ。大体高校で二万円から三万円だそうですが、かりに二万円としても、大体三分の一くらいが受験して合格して他へ移るとすれば、低く踏んでも東京都だけでも六億、これを全国に直せば数十億になると思います。こういうものは実際は使わなくていい金です。その学校に入るのならばいいですけれども、そうじゃなくて、私立の学校としてもそうおもちゃにされたのでは困りますから、発表の前に一応入学金をとるというのは自衛上やむを得ない、そこでそういう形で入学金をとる。こういうことになりますと、これは子供自身にもいい影響を与えないと思います。入学金を納めなければ合格者になれない、つまり金を納めるか納めないかで合格するかしないかという条件がつくということは、純真な子供に与える精神的な影響も、子供としては何か割り切れないものがあると思うのです。  こう考えて参りますと、この急増対策の中で四十三万は私立で引き受けてもらうのだというけれども、今のような状態のままで、しかもさっきのような大臣のお考えのままでこれを持っていったならば、この傾向はさらに拡大されていってそのための私立学校の迷惑、父兄の負担の増大、子供たちに与える影響ということを見て参りますと、この際これについては私は抜本的な対策を根本的に検討し直す段階ではないか、こう思うわけでありますが、まずそれについての大臣のお考えを伺いたいと思います。
  39. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 今御指摘になりましたような入学難の風景は、いわゆる生徒急増の問題ではなしに、有名校に志願者が殺到するということが主たる原因の現象だと思います。三十八年度から始まります高校牛の急増の問題は、前向きに今極力準備をいたしておる段階でございます。当面の入学難あるいは受験地獄等の問題、あるいは御指摘の十万、二十万という入学金をとるということが妥当かいなかの問題は、今申し上げましたように志望する生徒本人あるいは家庭の親あるいは進学指導をなさる先生出力の考え方によってほとんど大部分は解消できるのではなかろうか。ただし全国的には三十七年度も五万はふえるということですから、東京都内で今御指摘のような具体例にどの程度の増加が想定されるかは別個の問題ではございますが、いずれにしましても今申し上げたような考え方の切りかえによって大半は解消する課題じゃなかろうかと思っております。
  40. 湯山勇

    湯山分科員 その考え方の切りかえについて具体的な対策があればお示しを傾いたいと思います。
  41. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 これはどうも、中学校担当先生方の、本人の能力、適性等に応じた進学指導のことでございますから、かれこれ申し上げぬでもやっていただいておると信じております。また子供の親たちは文部省から何か意思表示をしましたからといって一ぺんにどうなるものでもない。もうちょっと時間をかけて落ちついて、子供の親としての立場において、ほんとうに子供の将来にわたっての幸福を静かに考え合わしてもらうというほかにはないわけでございますから、直ちに即効的な対策は私持ち合わせておりません。
  42. 湯山勇

    湯山分科員 今、大臣の一御答弁では、政府文部省には責任はないんだ、本人が悪い、親が悪い、先生が悪い、こういうようなことでございます。それらについての対策は何もない、こういうことでございますが、このことについてはまたあとお尋ねします。  もう一つ、やはり入学難に伴って起こっておる現象は、今の家庭教師をつける、あるいは塾に通う、あるいは受験の参考書を慣わされる、こういう問題でございます。私ども、特に英語が習いたいとかあるいは音楽が習いたいとか、そういうことで家庭教師をつけるとか特別な教育を受ける、これを言うのではなくて、実際に受験ということだけを対象にして行なわれているものについて申したいわけです。文部省の方にもそういう資料がありませんから、あっちこっち聞き合わせてみまして、東京都内でも三分の二が塾に通っているというようなことも発表されております。これを推定してみますと、全国で大体——今の十万くらいの都市でも聞いてみましたし、もっと大きいところも聞きましたし、東京都も聞きましたが、大体全国的な傾向になっておりまして、どんなに少なく見ても、家庭教師をつける、塾に通う、そういう子供たちが三年生だけで五十万以上はいるのじゃないか。三分の一以上ですね。そういう推定がなされます。これに、二年で行く、一年で行く、小学校で行くというのを合わせればおそらく百万以上の者がそういう学校以外の教育を受けているというようなことが、少なくともそれ以下ではないということが大体想定されます。そうするとこれも一つ教育的にも問題がありまして、たとえば子供たちの経験を通して答えさせようという教師が指導方針を立てましても、なるほど期待した答えは出たけれども、どうしてそれがわかったかといえば、それは塾で習ったとか、家庭教師に教わったとか、こういうことで結局ほんとうの教育ができない、こういう面もありますし、またこのことが実際には大きな父兄の負掛になって——それはもう伝染病のようなものでして、人が行けば行く、それから東京都の教育長との対談の中にも、いい学校へ推薦された者はみんな家庭教師をつけてるというようなことをお母さんが言っておりましたが、これでもとにかく一カ月間多いのは三千円も出しておるし、二カ所三カ所行っておるのもあるし、そうすると一人平均千円、年二万円としても、百万も行けばそれだけで百億です。こういう金がそのために父兄のふところから出ていく。今大臣は急増対策に二百億ばかり公私立合わせて手当をするというようなことでございますけれども、それの数倍するものが父兄のふところからは出ている。それで学校差があるからとか、あるいは集中するからというのでなくて、これはそういう風潮、社会的な傾向になっております。  そこで、新聞などでも御存じのように、すでに試験があったその問題を報道してもらうことは大へんありがたいのですけれども、そうじゃなくて、高等学校の準備予想問題のようなものを大きな新聞までが出して、これで記事にしなければならない、私はこういうことは大へん問題だと思うのです。こういうことについては、あった問題を報道してもらうことは父兄も子供も先生にとっても非常に大事ですけれども、こういう問題が出るんじゃないか、こういうので、力だめしをせよということをやってもらうのは必ずしも私は望ましいことじゃない、むしろ文部大臣としては、文部大臣からお頼みになって自粛してもらいたい、これくらいの配慮があっていいと思います。しかし実際はそういうムードができてしまった今のような状態で、そのために今申しましたように数百億もの金が使われておる。参考書にしても、読みたい本を読むのではなくて、受験のための参考書というので、九科目ありますが、これで一人の子供が年千円としても中学生全体がこれを使えばこれも数十億に上る莫大なものになると思います。こういうむだな金が今現に父兄のふところから出ている。文部省の方はその対策費というものは百六十億と四十何億、これだけしかやっていないで、これで事足れりとしている。それが一体政治のあり方としてあっていいものかどうか。今の問題と同じように、自分のところだけよければあとは父兄がどんなに困ろうが、私立学校がどう困ろうが、先生がどう困ろうが、とにかくわが文部省、だけは何とも言われないようにしているのだということだけでは済まされない問題ではないでしょうか。大臣考え方を伺いたいと思います。
  43. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 先ほどお答え申し上げましたのも、われ関せずえんという意味ではむろんございません。文部省だけは皆さんからおしかりを受けないで済みそうだから口をつぐんで黙っておれという意図を持って申し上げているのでもございません。御指摘のように、はなはだ遺憾な事柄であり、何とかそういうことのないようにという関心も持ち、努力をせねばならぬともちろん責任を感じております。ただ、その根本原因考え合わせてみれば、今おっしゃったようなことも、あるいは高等学校の側で入学試験問題そのものが、義務教育課程で教わっていないような問題を出す傾向がありはしないか。この問題つきましては、問題の出し方等についても文部省としても関心を持ち、打ち合わせもいたしておるわけであります。さらにまた、さっき申し上げましたように、親が第一、自分のその子供をかわいがるつもりではございましょうが、受け持ちの先生の進学指導を無視してまでもいわゆる有名校へというので、自分のみえのために子供を犠牲にするような愚かな親もあると聞きます。そういう点になりますと、文部省から直接どうしたからどうだという具体的な効果が現われるのでなくて、むしろ逆に何らかの意思表示をすること、それ自体が逆効果を生むおそれなしとしませんので、この点は口をつぐんでおることは事実でございますが、それと同時に、一方、私は今直ちにすぐ効果を生じないと申し上げたことの一つは、全部の国立公立はもちろんのこと、私学に至りましても、高等学校がすべて有名校のレベルにまでいってもらうこと以外にはない、その努力先生もし、文部省もし、教育委員会もする、中学当局者もする、そのことが徹底しますならば、今御心配の上でのいろいろな御発言等も無用に帰する時期は到来するもの、根本的にはそういう対策文部省としては一生懸命努力すべきではないかと考えるのでございます。
  44. 湯山勇

    湯山分科員 今のお話の中には何にも具体的なものがございませんので、大臣のそういう御発言がまたやはり問題を起こすといいますか、結局これはやらなければいかぬのじゃないかということになるのじゃないかと思います。  それから、そのことについての対策については、続いてお尋ねいたしますが、この際、今の新聞などが学力テストという意味ではなくて入試の手引きのようなものをやっておりますが、それについては、私はさっき申したようなああいう見解を持っておりますが、大臣の御見解はいかがですか。
  45. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 新聞はあらゆることについて自主的に報道の自由、表現の自由の立場に立っておりますから、かれこれ申すべき筋合いじゃないと思うのです。新聞の立場においては、ああいうことをすることが、御指摘になりました家庭教師を雇わないで済むある種の効果もあるかもしれぬと思って、報道しておるのかもしれません。これにかれこれ言う意思は、私は今持ち合わせておりません。
  46. 湯山勇

    湯山分科員 今の問題は断面しか出てこないのです。、だからその先生によってはいろいろ行き方が違っております。ところが断面でああいうふうに問題を出されますと、日曜なんか、お父さんが子供に聞いて、できなければとっちめる、うちの子供はまだ習っていないとか、塾に行け、もっと勉強せい、こういうことで、親の方は期待するかもしれませんけれども、教育的には必ずしも面白くないのじゃないか、そういう声を先生たちからも聞かされるものですから、大臣はどういうお考えを持っているかお聞きしたまでです。これは御ご意見ございませんか。
  47. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 私はさっきも申し上げましたように、中学で教わるべき各科目ごとの内容、レベルというものが全国的にきめられておる。そこで中学で教科書を通じ、学校先生の教えを通じてベストを尽くして努力しておるならば、高等学校の入学試験には受かる、そういうふうに仕向けることが根本だと思います。その意味で、問題を出す側にも考えてもらわなければならない問題もあるし、あるいは進学指導先生にも期待したい、もっと努力していただきたいという気持もありますし、第一、親が進学指導担当先生と冷静に相談して、自分の最愛の子供の能力なり適性なりに応じた学校を選ぶように、私はこの上も努力していただきたいと思います。
  48. 湯山勇

    湯山分科員 政治の責任で解決できることをやらないでおって、そして出てくる現象が悪いから、そういう現象を起こす者が悪いという御答弁は私には了解できないのですけれども、時間の関係もございますから、その対策についてお尋ねいたしたいと思います。  第一の対策は、全員入学という方針を今お打ち出しになるお考えはございませんか。と申しますのは、文部省でお聞きしてみますと、文部省の計画では、三十八年度が六〇%入学、それから三十九年度が六一・五%、四十年度が六三%、それから四十五年は七二%卒業生の七二%が就学できるようにするという御計画のようです。そして、今農業高校のように定員に足らぬのもありますから、全体を平均してみると、大体九五、六%は何とかかんとか高校に入っているのじゃないかという文部省の御推定ですが、これは大体そういうことでございますか。
  49. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 今お述べになりましたように、中学校を卒業しまして高等学校に進学する希望者の大体九五%ないし九六%程度高等学校に入学できているというのが現状でございます。
  50. 湯山勇

    湯山分科員 それならば大臣——現在六二、三%だと思います。それが九五、六%に当たるのであれば、大体七〇%ともなれば全く全員入学だと思います。能力のない者については、不適当な者については学校側で進学指導いたしますから、機会均等という原則からいえば七二、三%を将来考えておられるのですが、そうじゃなくて、現段階でも、たとえば六五%ということになれば、九五%程度入っておるわけですから——大臣の言われた学校差の問題は別です。これを除けば、とにかくどこかへ入れる。全員入学という政府の原則的な方針というものを今お出しになって、たとえば昭和四十年なら四十年に七〇%、あるいは四十一年に七〇%ということにすれば、全員入学という原則はまず打ち立てられる、そのことは教育の機会均等という大原則と一致するので、全員入学を実施しますという文部省方針は、今のこのムード的な入学難、恐怖症ですね、それを緩和するのにかなり大きな役割を果たすと思うのですが、実際に数字の上からいっても、全員入学を打ち出し得る状態にあるわけですから、全員入学という原則を今お打ち立てになることが、私は非常に大切なことだし、そうあるべきだと思いますが、お考えを伺いたいと思います。
  51. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 全員入学ということは、裏を返せば、言いかえれば高校義務教育化ということだろうと思います。(湯山分科員「違いますよ」と呼ぶ)そうでないならば、全員入学という制度上の意味は、一半は失われると思います。従って、私はそういう受け取り方をいたしますから、根本的に義務教育の年限をもう三年延ばすかどうかという課題として考えねばならない問題ですから、簡単に結論は出ないと思います。一つの検討課題であることを否定しませんけれども、私は今そういう方針を打ち出す意思はございません。また外国の話等もよく聞かされますが、全員入学的に収容して、そのかわりに、学校に入ってから、勉強しない者は思い切って落第させる。そういうやり方が並行されたのが、全員入学の一般傾向だと承知いたしますが、かりに御説のようなことを考えるとしましても、そんなこともはたしてできるものかできないものかという問題もございますし、今直ちに方針を打ち出したらどうだという御説には、今にわかには賛成いたしかねるわけでございます。
  52. 湯山勇

    湯山分科員 大臣、少し私の言うことを取り違えられていると思うのです。私の言うのも、義務制というようなことは毛頭申しておりません。そういうことじゃなくて、現在志望する者で、しかも受け持ちの教師、中学校側も、これは進学さしたらよかろう、そういう能力のある者については、全員入学できるようにする。これは公立だけでやろうというのじゃなくて、私立もあわせて全員入学できるようにするという方針をお立てになり、あるいはそういうことを御発表になる、こういうことはできないかというわけです。
  53. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 これは言葉のあやが大部分の問題のようでございますが、今までずっと、終戦以来今日までの中学校から高校に入学する傾向は、ただいま御指摘のように、最近は六一、二%、全体としてはそうであり、志願した者の九六%はどこかに入るということを、私も承知いたしておりますが、もし全員入学ともならば、志望者が殺到するであろうことは必至でございます。現在の志望者数よりも、中学を卒業した人のほとんど大半は、できることならば高等学校を出たい気持はみんな持っておるわけですから、全員入学ならばもっともっとふえてくる。一定の傾向というものを把握しにくいという要素も出て参りましょうし、やはりおっしゃるような全員入学というようなことであるならば、私は当然それは義務教育年限の延長という角度から受け取るのが本筋じゃなかろうか、こう思うものですからお答えをしたわけです。
  54. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 ちょっと大臣の申し上げましたことについて補足いたしますと、現在は御承知のように高等学校教育義務教育ではないわけでございます。従って、高等学校教育の目的といたしましては、中学校教育の基礎の上に、生徒の精神発達の状況、特性その他に応ずる教育をやるというのが主眼でございます。従って、現在志願者の九五%ないし九六%程度が入学できておるということでありましても、高等学校教育の建前からいたしますと、何でもかんでも入れるというのではなくて、やはり教育の目的に応じて、その生徒の特性なり能力を生かすという点におきまして、適格性のある者を選択して入れるというのが建前でございます。従って、かりに九六%までいきましても、志願者全員を入れるという考え方は私どもとしては成り立たないのじゃないか、こういうように考えるのでございます。特に三十八年から高等学校教育の内容を改善いたしまして、それぞれ生徒の特性に応ずるような、いろいろな進路に応じて教育を施すというような建前から申しますと、一そうそういう感が強いのでございます。特に最近は、各国の大体同年令の入学率を見てみますと、西独やイギリスあたりでは大体三〇%ないし三一%くらいじゃないかと思います。フランスあたりでも大体四〇%ないしちょっと上回る程度というふうに考えております。日本の大体六〇%の進学率、これは世界的に見まして、アメリカに次いで高いものと考えております。従って、私どもは将来の同等学校のあり方を考える場合に、現在の進学率を保障していけばいいんじゃないか。しかし内容の充実その他につきましては、これは後期中等教育として十分内容の充実したものを考えなければならぬというような考え方をしているわけでございます。  簡単でございますけれども、補足いたしますとそういうことでございます。
  55. 湯山勇

    湯山分科員 大臣の御答弁局長の御答弁は食い違っています。局長の、現在の進学率を大体確保していけばいいんじゃないかという意味は、六十何%を七十何%にするということとは違った御答弁のようなので、そういう意味じゃなくて、全体の志願者に対する入学者の割合という意味であって、全生徒に対する割合でないというふうに理解しないと食い違ってきますから、そう理解します。  今のようなことになるとお考えが少し違ってくるのは、さっきのような事象については、進学指導とか本人の自覚とか、先生指導とかでそれはやってもらわなければならぬし、そうする努力をする。今のように能力のない者、不必要な者が進学することこそ、長年受け持った先生ですから、指導でできることなんです。その方は指導というようなことを無視して、今度は機械的に受けとめようとする、これは大へんな矛盾ですけれども、時間もありませんし、今大臣もそういう点については検討してみようということですから、それを了承して次に移ります。  そこで、最後にお尋ねしたい問題ですけれども、現在の高校における入学選抜の方法、これに学科試験を課しております。このことから今のようないろいろな教育問題、社会問題が出てきております。入学試験、学力検査をするというあのやり方については再検査の余地があるのじゃないか。たとえば、今大臣がおっしゃったように入学試験の問題ということがありますが、東京都の教育長は、学校のことさえちゃんとやっておれば大てい七十点か八十点とれるというようなことを言っております。これもそうだと思います。しかし、じゃ七十点とれば入れるかというと、その保障はないのです。学校差の問題とからんで、どうしたって競争せざるを得ないわけです。そうすると、結局そういう学力検査をするというところに問題があるわけで、検査のないときも大部分はそれでいい者が入って——一部分多少問題になるのやずれるのはありましたけれども、大多数入れた。試験でやるか内申でやるかの差というのは、どこかが少し動くだけのことで大勢には差はなかったと思います。やる側の方から言えば、学校あるいは役所の方から言えば、試験でやれば父兄の方は一番文句がつけにくいです。自分の回りはきれいになりますけれども、そのごみがみんな子供の方、父兄の方にいって、今のような現実の問題が起こっている。そこで学力検査を廃止する、こういうお考えはないかどうか。ことに学力検査にも問題がある、大臣はこう言うのですが、しかし、ペーパー・テスト学力を見ようとすれば、そうして無難なものを作ろうとすれば、どうしても偏してくるのはあたりまえなんです。現に文部省がおやりになった今度の高専の問題でも、これは文部省が問題をお出しになって、しかも初めてできた制度で、もう大きな期待を持って何十倍かの志願者があったが、その高専の入学試験の問題が間違っておった、こういう事実が現にあるのです。こういう事実があることを考えてみると、実際ペーパー・テストによって選抜するということは、そのこと自体にも問題があるし、間違わないようにしようとすれば、問題の性格がゆがめられてくる。こういうことを考えて参りますと、大臣対策が今のところないのだというようにおっしゃいますけれども——むしろこのことを変えていく、先生を信頼する、それは多少水増しがあるとか内申が信頼ができないということはありますけれども、それには方法があると思います。相対して先生と話し合うとか、間違った場合のクッションを設けるとか、いろいろ方法があると私は思います。現にそれでやってきた例もあるわけであります。そう考えていくと、この際学力検査はしないというような方法を打ち出すことも、それが解決の方法のすべてだとは申しませんけれども、さっき申しましたように、いろいろな事態を解決するための一つの大きな力になると思うのですが、いかがですか。
  56. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 まあ選考の方法については、現在やっておりますやり方を絶対固執せねばならぬとも申し上げかねますし、さりとて、今お話しのように、学力をペーパー・テストでもって選考するのだというやり方をやめてしまうということを打ち出す決心もつきかねます。現在は、聞いてみますと、各都道府県教育委員会にまかしてあるやり方ではございますけれども、学力テストと内申書とを併用しているところが大部分だそうですが、どうもその辺が落ちつくところでいいところじゃないかと私は考えます。その基本は、私自身選考制度を系統的に研究したわけでもむろんございません。自分の主観を入れませんけれども、義務制にするのでないならば何らかの方で競争をするということそれ自体は、私は悪じゃないと思うのです。ですから、その競争の場であるペーパー・テストの結果もむろんございましょうが、大勢は見出し得る。それに内申書をあわせ用いることによって本人の特性なり能力なりというものは判断でき、人間のなす限度においては今のやり方がどうも妥当のように思います。従って、学力検査を廃止することを打ち出すという決心はまだつきかねます。
  57. 湯山勇

    湯山分科員 こういう現象もあるわけです。学校をかぜで休んでおります、しかし、塾だけは行く、こういうことさえ今あるわけです。大臣は、十分検討もしていないし今の程度がいいじゃないかということです。そしてまた、学校差の解消の問題、これについても具体的な対策をお持ちでないし、それから、先ほど申しましたいろいろな問題についても、自覚に待つしかない、こういうことでございます。大学の制度とか高校のあり方とか中学のことについて、一つ一つの区切りについては審議会等でいろいろ検討されておりますけれども、私は最後に譲歩しましても、実際はそういう問題が急増とからんでさらに拡大されそうな情勢にある。そこで、この継ぎ目継ぎ目が問題です。大学高等学校の継ぎ目、中学と高等学校の継ぎ目、これについては案外手が抜けているのです。今度の教科書無償案なんかをわざわざ調査会か審議会を作って諮問するという、こんなことはしなくたってできることなんです。その一番大事な手の抜けている継ぎ目の入学者選考の方法、そのやり方、そういうことについて、私も最大限譲歩して、審議会を設けるとかそういうことで衆知をしぼって——これこそお役人だけじゃできないことです。中学と高校とでは立場が違いますから、先生だけでもできない。公平なしかも学識経験者を集めて、衆知を集めて、こういう事態の解決にはどうするのがいい、そういう審議会のようなものを設けられて、そしていよいよ急増の第一年に入る昭和三十八年度の入学者選抜までに結論を出す、そういうことはぜひやっていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。
  58. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 そのつなぎ目のところを私個人が勉強していないことを申し上げたのですが、文部省としては勉強しております。私が今この席で申し上げかねることを申し上げた。それと何か審議会等を設けて急増対策の一環としてやったらどうだというお説でございますが、急増対策そのもの以外の問題として、教育内容、制度それ自体の問題として受け取らないと、急増対策それ自体は、いつも申し上げますように、大体現在の六〇%程度の進学率、それが経済条件の改善が期待されますので、何%か向上していくであろうという進学率を確保するための施設、設備の問題、あるいは教員組織の問題としては考えなければなりませんが、今おっしゃるようなことは、別個の問題として検討する課題とはむろん思うのでございます。今すぐ審議会を作ってどうだという具体的なことはお答えいたしかねます。
  59. 湯山勇

    湯山分科員 これで終わりますけれども、そういうことじゃないのです。急増ということから父兄も不安になっておるし、いろいろな問題が起こっておる。この部分に対して検討しておると言いますけれども、検討しておられません。そこで私の言っているのも大臣と同じです。こまかいワクじゃなくて、教育問題、社会問題として大きな問題ですから、そういう急増対策の中ではなくて、急増になる来年に間に合うようにということで言っただけなんです。つまり、すみやかにそういうことを検討する、あるいは中教審に諮るとか、あるいは別な審議会を設けるとか、そういうことをする必要があるのじゃないかということです。そういう必要があると思うから、検討するということでしたらこれで質問を終わります。
  60. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 何だかそのための新たな審議会を作る意志ありやというお尋ねと拝しましてお答えしたのですが、これは現在の文部省の機構、スタッフを総動員しますのはもちろんのこと、中教審等の審議会もあることでございますから、そういう研究課題ありという受け取り方で検討する責任はあると思います。
  61. 中村幸八

    中村主査 辻原弘市君。
  62. 辻原弘市

    ○辻原分科員 私は主として、先ほどから議論に出ておりますが、内容的にきわめて不十分であると思いますので、閣議で了解を得たという全般を通じての高校生の急増対策、これについてそれぞれ文部省、自治省、大蔵省責任者から方針を承り、かつその内容を具体的に一つ聞いておきたいと思います。  最初に文部大臣に伺いますが、急増対策の中で特に問題であるのは、工業を除くその他の急増対策等について三十八年度以降はどうするのか。去る一月二十六日の閣議で生徒急増対策についての了解事項が三項目にわたってきめられておりますが、その三項の中に含まていることを仄聞いたしますると次のようになる。すなわち、三十八年度以降については今後もなお検討を要するがという前置きを置いて三十七年度の財源措置が行なわれた。三十七年度の財源措置とは何ぞやといえば、それは起債、それから地方交付税の改正を行なって、それに所要の額を計上したというにすぎないのである。私が今申し上げていることは公立のみならず私立を含んでの問題でありまするが、これはあとお尋ねいたしますが、特に閣議においては公立を対象として今申したようなことがきめられてある。これについて去る二月十七日にわが党の阪上君が大蔵大臣文部大臣、自治大臣大臣お三人方にそれぞれ質問をいたしておりますが、私が詳細に速記録を検討いたしまして、そこににじみ出ているニュアンスを把握してみますと、三省それぞれの把握が違う。まず文部大臣は何と言っているかというと、デリケートな言葉を用いております。大臣がおられますからあらためてお聞きしてもいいのですけれども、まず速記録の大臣の述べられたことから順次伺いたいと思うが、私はこの速記録を一字々々翫味いたしました。それによると、荒木さんは、都道府県施設管理責任者がいわゆる急増対策を行なうべきであるというのが概念的に正しい。その次に、もっとも政策的に考えるとおのずから意味が違ってくる理由なしとしない——まことにこれはどっちの何を主張されているか。まあ常識的な言葉はわかるのですが、一体政策的にいかなる立場に立っているかということがきわめてあいまいであります。そこで大臣に伺いますが、あなたはそう述べられている。もう一つ重要な点は、これは私は急増対策及び地方財政全般の運用あるいは教育経費支出、そういう問題についての根本にも関する点でありますが、またあなたはこの答弁の中に、いわゆる臨時的な経費である、いわゆる臨時的な問題である、こういうふうにも述べられている。そこで一体三十八年度以降、あなたのお考え方をもってすれば、当然所管大臣として急増対策は、何も地方財政の金が足りない、金を補うという問題ではなくて、これは義務制から高校に移る教育上の重要問題である、そういう認識に立てば、明らかに設置者がこれをやるんだというところで文部省が突っ放すということはあり得ない。あとでだんだんと私は教育論を含めてあなたとも議論をいたしたいと思うのでありますが、まずもって、ここにあなたが述べられているようなあいまいなことで一体自今急増対策をお進めになるというお考えであるのか。端的に申せば、阪上君の質問の最後に、三十八年度はどうするかという、今私がやっている質問と同じようなことが出されており、それに対してあなたが答えられておりますが、あなたのどうしてもやりたいという確信は、まず高校生急増対策というものについては、文部省は本来いかなる責任があるのか。同時にその責任に立って三十八年度は今後検討する、こう閣議の了解では言っておるのだが、あなたがその検討の際に主張される立場というものは、一体どういう具体的な方針であるのか、このことを明確に承っておきたい。
  63. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 あいまいだという御指摘でございますが、はっきりしていると思います。今お読み上げになったような通り考えを今でも持っております。すなわち、法律制度の上から申し上げれば、高等学校というのは都道府県が設置責任者である。従ってその財源についてもみずから調達し、考え責任もあわせ持っているというのが本来の建前だということを前段で申し上げました。しかしながら、生徒急増という現象が教育の面に密着して参ります限りにおいては、分量の問題ではございますけれども、その分量が本来今の教育行政の担当区分をきめておる、すなわち高等学校は都道府県責任者なりと言い切っておる前提になっておる姿とは幾分違うであろう。分量ではございますが、質そのものとは申し上げませんけれども、本来の通例の立場上の課題とは受け取りにくい部分があるのじゃないか、そう私は考えるのであります。これは申し上げるまでもなく、終戦によって突発しました生徒急増の大波が十数年たって高等学校に寄せてきたという現象だから、一種の高潮対策的な気持を含めて、国も無関心ではあり得ないことじゃなかろうか。このことが同時に後期中等教育の場において国が何ら手を差し伸べないがゆえに混乱したということありせば、これは教育責任者として国民に申しわけないことであろう、そういう考え方に立った文教の責任者としての主張があってしかるべきじゃなかろうか、それが後段でございます。  従って、すでに御案内の通り、その立場、その考え方予算という形で表わすとしますれば、異例に属しますけれども、一般高校施設費にしても三分の一程度の補助金を支給するという形で表現した方が直接的であり、簡明じゃなかろうか、こう思って三十六年度の予算要求当時から二ヵ年継続して要求をいたしましたが、不幸にしていれられませんでした。努力の不足を思いますけれども、しかしながら今度、今御指摘になりましたすでに御承知の三十七年度の予算に関連した高校急増対策、むろん三十八年度初頭から始まりますピークに備えるための前向き姿勢の対策でございますが、三十六年度においては五十億の起債及び産振分に対しましての補助金ということで経過いたしました。御質問は産振関係を除くという立場でのお話ですから、三十六年度は主としてそれでいきましたから一応おくといたしまして、三十七年度も産振の分の補助金十二億円でございましたかを除いた百四十一億ということが、予算関係で、国の予算そのものではございませんが、出てきておる。それを起債なり地方交付税のワクとして御審議を願いますゆえんは、従来とは違う立場に立って推定されたものでございます。補助金という形でないならば、私の立場からいえば、今までの主張からいえば、次善の策と言わざるを得ませんが、次善の策であるとしましても、高校施設を生徒急増に前向きに備える資金的な裏づけができるならば、形は違いますけれども、それで一応国としての、文教の責任者としての、教育目的からする国の協力というものはできるわけだと思います。本来ならば、自治省という立場からしまするなら、地方財政的な見地に立って交付税なり起債のワクというものは考えられる立場だろうと思います。それに対して、文部省教育的立場において、そのことを今申し上げた意味合いで考える立場にある。以前はそういう教育的立場の考え方というものは、地方財政計画ないしは地方交付税等の配分、起債のワクの設定等につきましても、当然には考慮されていなかったと思います。それでは急増対策に支障を来たすおそれもございますから、閣内において自治大臣あるいは大蔵大臣、また両省当局等とも事務的にも十分に打ち合わせをいたしまして、教育的立場に立ってこの急増の大波を具体的にどうとらえるか、その数量、施設の仕事量、そういうものを私どもの立場から十分に話をいたしまして、地方財政計画を立てる立場においても、教育面からする高校急増に対する要望を十分に取り入れて、三十八年度、三十九年度、四十年度と考えられる——実際は四十一年まで含みますが、三十六年度からスタートすれば五年計画、三十七年度からスタートすれば四年計画なわけでありますが、その全貌を自治省の立場においても完全に理解し、消化し、そして全体の年次計画を念頭に置いて三十七年度の地方財政計画を立てる。その現われとして、三十七年度対策が今御指摘になりました閣議決定の内容でございます。そういう考え前提になりまして、起債のワクを十億、地方交付税が九十一億、そのほかに、百八十万坪と推定される高等学校新設分に対する学校用地の課題がございますが、それに対しましても別途起債の措置を講ずる。文部省だけの推計によりますれば、約四十億円と三十七年度推定されますけれども、これは固まった数字ではむろんございません。それと申しますのは、他の機会にも申し上げました通り、国有地、公有地等が充てられます場合には、当然に起債のワクの問題からはずれる。また私人の篤志家があって寄付をされました場合も、起債のワクからはずれるという性質を持っておりますから、推定四十億とは申しますものの、確たる数字ではむろんございませんが、その起債の裏づけ財源は、五十億の特別ワクと違って一般財源と同じ条件下に置かれますけれども、できるだけ早い機会に五十億の特別ワクと同じような措置をしてもらいたいと希望を持っておりますが、自治省側もその点は十分に理解を持っていただいておると存じますけれども、そういう努力をして、政府内部で関係省十分に教育的立場に立った考え方によって今後に処しますならば、高校急増対策としては支障なきを得るであろう、そういう考えが閣議決定の内容でございます。
  64. 辻原弘市

    ○辻原分科員 私の第二の質問、 三十八年度以降どうするかということ……。
  65. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 三十八年度以降につきましては、年次計画の第二年度として三十七年からスタートしますれば、二年度としての対策。同じような考え方で仕事量の年度割も一応作っておりますが、そのやり方で参ります。  そこで幾分補足さしていただけば、これも多分委員会でお尋ねにあずかって申したこともありますが、一体三分の一の補助金の考え方は捨てたのかというお尋ねがありました。捨てましたと申し上げた。その趣旨のことをお答え申し上げました。ただし今申し上げたような立場上、当然じゃないにしても、国の大事な問題だからということで教育的見地からする考え方も十分に取り入れられて裏づけができておる以上は、その進行状態を私どもは静かに信頼をもって見守っていきたい、協力したい、こう思っております。もしそのやり方で今後進展していきます場合、どうしても補助金なり何なりというやり方でなければ、せっかくの好意的な理解ある自治省ないしは大蔵省の協力にもかかわらず、混乱を生ずるというようなことがもしありとするならば、それはそのときにあらためて、考え方考え方として残るかもしれませんけれども、それは当然のことではない、こういう意味合いのことをお答え申し上げましたが、繰り返し申し上げます。
  66. 辻原弘市

    ○辻原分科員 言葉をいろいろ言われましたけれども、要するに一応閣議了解の線で三十八年度の線はやるのだ、ただしそれは文部大臣としてのあなたの責任から言えば、あくまでも今言っているいわゆる自治省によって運営される起債と交付税によって急増、対策教育的に行なわれておるかどうか、つじつまが合っているという言葉をしばしば使われているわけだが、要するにつじつまが合うということは計数上つじつまが合うということではなくて、実態的に急増対策が、その他高校教育のあらゆる面に影響を来たしてきますから、それらがかなり、私はオールマイティーとは言いませんけれども、たとえば一体この急増の結果、今文部省がやっている男女共学の問題はどうなるか、学区制の問題はどうなるか、定時制との関係はどうなるか、私学との問題はどうなるか、いろいろな問題を含んでいると思います。そういう形、それといわゆる基準を落とさない、現在の教育水準というものを低下させない、そういうことが教育意味であろう、こういうことが行なわれれば、それはよろしいけれども、そうでない場合はあなたとしてはそのときに検討するという余地を残されておるというふうに、私は前にお答えになった速記録、また今あなたがお話しになられました言葉のニュアンスとして受け取るのですが、具体的に言えば今は起債と交付税でもって自治省がこれを運営して充当をする、その自治省がやっておることについて、それがあなた方の考えられる教育的な方針とマッチした場合はそれでよろしい、しからざるときはやはり直接的に効果のあるいわゆる三分の一の国庫補助等もあらためてあなたはそれを主張される、こういう余地を残されておるのか残されておらないのか、完全に放棄したものか、放棄したものでないのか、そういう点が今後の計画にあたって文部大臣としての判断の重要な点であろうと私は思うので、具体的にもう一度聞かしていただきたい。計数その他は比較的わかりますから、あなたの方針一つ明確におっしゃって下さい。
  67. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 その点については先刻一応お答えしたつもりでございますが、閣議決定は高校生急増に対します公立の施設学校の校舎及び用地について、閣議決定をいたしております。その他のことは、あの閣議決定とは別個の問題であります。ただしそれ自体にしても補助金の問題、これは一応捨てました。一応捨てましたが、閣議決定の前には捨てました。そのことは文部省などという立場を離れて関係各省を含めた内閣全体の責任において、少なくとも施設、用地については高校生急増に支障なからしめるという決意が閣議決定の内容である以上は、また三分の一の補助にかわる手段として、本来の立場から当然出てこないであろうところの考えを自治省その他の関係省も念頭に置いて施策せられました以上、それでやっていけるものと信じ、また期待しております。  それと現実の、三十八年を迎え、九年を迎えての現実の姿を見て、あれでは足りないところがあったかなかったかということは今後の問題でありまして、今後どうしても他の方法を補足的にでも措置するのでなければ、できないということがはっきりした場合には、それすらも放棄するなどということはあり得ないことでありまして、これは今後の問題だ、こういう意味で申し上げたわけであります。定数の問題は別途法律で定まっておりまするし、当然の問題であります。純教育的な問題とは別途の問題であることは申し上げるまでもございません。
  68. 辻原弘市

    ○辻原分科員 別途という意味は、具体的にはこれは、文部省が今まで主張されました直接に補助金を交付して急増対策に当たる、いわゆる補助金制度をも考慮して急増対策に当たるという意味を含むものである。だからそれは具体的には実行をしていて、少なくとも三十七年度の実績を勘案して、あらためてその実態からこれは今の方法では不十分であると大臣が認定されたときには、別途な方法をも考慮せざるを得ない。それまでは放棄するのではないという意味は、補助制度の主張というものを大臣がやはりその心の中に現在も持っておると理解をしてよろしいですね。
  69. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 それは閣議決定とは全然別個の問題として一般的に概念論としては当然ある問題だと思います。ただ高校生急増対策すらもが、今の都道府県責任設置という制度上の要請の前には譲歩せざるを得ないというきびしさから見ますと、その他の問題についても概念的にはあり得ましても、容易ならざることだと思います。しかしそれを放棄するなどということはあり得ないことだと思います。
  70. 辻原弘市

    ○辻原分科員 そこで大蔵省に伺いたいのですが、きょうは政務次官もお二方とも不在なようで、はなはだ残念であります。大蔵大臣もきょうはお見えにならぬようでありますから、谷村主計局次長大蔵省を代表して私に答弁を下さるということでありますので伺いますが、先ほど私が二月十七日の予算委員会における荒木大臣の本問題に対する答弁を申し上げて、文部大臣からのお答えをいただいたのですが、そのときにやはりこの問題について大蔵大臣が述べられておる。簡単に言えば、高校急増に対する所管の建前というものは、あくまでこれは設置者である、地方団体である。従ってにわかにそういう問題が起きたからといって、この建前をくずすべきではないのだ、だから起債と交付税でもってあくまでもやり通すという答弁が行なわれておるのでありますが、今大臣に伺った三十八年度以降についても、大蔵省としてはその考え方を堅持するという方針のもとに進んでおられるのかどうか、この点を承りたい。
  71. 谷村裕

    ○谷村政府委員 お答え申し上げます。お尋ね通りでございまして、三十八年度以降もただいまやっておりますようなことでさらにりっぱに、十分にできるように考えていきたいと思っております。
  72. 辻原弘市

    ○辻原分科員 そのことは今の措置で十分できるから補助金等の必要はないというのか、それとも設置者が都道府県であり、市町村であるから、建前として補助金の制度はとれないというのであるか、いずれの立場に立っているかを明確にしてもらいたい。
  73. 谷村裕

    ○谷村政府委員 もとより両面あるわけでございますが、建前論といたしまして、特別にそれだけの必要があるかどうかという観点が、必ずしもそういうことの必要はないだろうという判断で補助金は必要でないという考え方をとっております。
  74. 辻原弘市

    ○辻原分科員 従って大蔵省の言われていることは、両面があるという意味は、建前としてあくまでできないということではないのですね。建前としてはそういうことになっているけれども、しかし特例の場合にはそういうことをやる場合もあり得る、ただしこの件についてはつじつまが合うからこれで——大臣もそう言われたが、りっぱに学校ができるからと言っておる。りっぱにできるからその必要はない。従って大蔵省が今立っておられる立場は、これで十分だからこれでやれるから、文部省が当初要求をした補助金を国が直接的に交付することによって、国の文教責任を明らかにするということは必要がないのだ、そういうことなんですね。
  75. 谷村裕

    ○谷村政府委員 大体そういうことでございます。もとより地方設置者の責任になっております義務教育であっても、あるいは高校の場合でありましても、場合によっては補助を出しておる例もあるわけでございますことは御高承の通りでございます。しかし本件につきまして特に補助を出す必要があるかどうか、建前から考えましてその必要はないと思いましたし、また文教政策のお立場——先ほど文部大臣おっしゃいましたけれども、そういうお立場もあろうかということも確かに議論はございますが、しかしそうではなくて補助金という手を使わないでも、全体として地方中央あわせて今回の措置のようにしてやっていけばできるということを考えて、今回のようにしたわけでございます。
  76. 辻原弘市

    ○辻原分科員 そこでこれは文部大臣なり大蔵大臣、それから自治省に私は順次伺っていきたいと思うのだが、文部大臣はこの方式に一応信頼されて閣議で了解をされておる。すなわち教育的という文部省考え方をもこれに含めてりっぱにやれる、大蔵省はこれで学校は必ず十分できます、りっぱにできます、自治省もりっぱにこれでやれます、こういうことなんです。そこで教育的に十分考慮されておるのか、りっぱにできるものか、私は今措置されたそれぞれの数字を、一応これは結果を見なければわからぬことでありますけれども、今可能な範囲において、数字と実態とをからみ合わせて検討をしてみたいと思います。  最初に大臣に、なぜ閣議では私学についての決定が行なわれなかったのですか。公立について各般の決定をするならば、五百五十億という総事業量の決定までして、所要の取り扱いをこまかくきめられるなら、何で私学についても同様閣議において決定をしなかったのか、私は非常に疑問であります。なぜきめなかったのかという点が私にはわからない。なぜかといえば、増加約百二十三万のうち八十万は公立でもって措置をする、残り四十三万についてはこれは私学にげたを預けておるのではないですか。もちろん百二十三万という増加計数が正しいかどうかは検討の余地がありましょう。しかし私はただいまそれぞれの数字をこまかく議論をする余地がありませんから、一応閣議了解の数字でもって申しましても、四十三万はあげて私学の分なんです。とするならば、私学はなおさらいわゆる国の行政の関与というものは公立に比較をいたしまして薄い、薄いならなおさら私学に対して、これはどういう方針で私学もやってもらわなければならぬのだといったようなことについての最高方針を、閣議等において取り扱われてしかるべきだと思う。その点について、これは簡単でよろしいからお答えを願いたい。
  77. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 私学につきましても、今御指摘通り四十三万人は私学に期待するという建前で言及をいたしておりますが、その具体的な裏づけについては閣議決定ではいたしておりません。その意味は、私学は御承知の通り公立とは全然別個の独自の立場にある、しかもその四十三万にしましても私学側の相当熱烈な要請もありまして、かつまた一面協力していただく意味合いもあるわけですから、閣議決定とは別途に措置するという気持の上で、閣議決定の中には詳しくは出ておりません。ただ閣議決定とは以外に、三十七年度の措置としましては約四十億円が必要かと推定されますが、その大半の財政的裏づけを別途いたしておるのであります。
  78. 辻原弘市

    ○辻原分科員 四十億を要することについて約二十六億でありましたか措置していることは、私も承知をしておるが、それだけで私学の問題は済まぬと言うのです。四十億ということにも疑問があります。そうでしょう。常識的に計算をしてみたら、一体このことに要する私学の急増対策費というものは総額何ぼになるのでろうか、またそのうち私学の自力負担に負うものはどれだけであろう、そういうことが克明に明らかにせられ——もちろん別の形において明らかにせられておりますけれども、閣議において両立てにしてそれを強力に推進するということで、初めて百二十三万の急増対策が完璧になると思う。それを少なくとも二分の一の私立の分についてはこれは閣議という公の場には大きく取り上げられてないのです。なぜ私はこういうことを申し上げますかというと、私学に四十三万という急増を期待していることに無理がないのか。それが完全に行なわれるのか。私学はいろいろ希望を寄せられております。それはしかしながら私学としては国の援助、国の協力ということをある程度前提として、含むこととして、これだけはやりましょうという総体的議論ですから、四十億のうち二十六億でしたか、それだけで足りるか足りぬかというような議論は、私は今いたしません。いたさないが、大ざっぱに考えてみて、国で八十万に対して五百五十億が必要だというならば、四十三万人に対して何ぼが必要であるというこの算術は、きわめて簡単であります。それだけの大きな責任を私学に負わせているのです。  それで一体現在の私学の実態はどうか、参考に伺いますが、八十万を背負わせている公立の学校数は何ぼですか。それと、四十三万を期待している私学の学校数は何ぼですか。この点を一つ数字的にお答えを願います。急増のためではなくて、現在の高等学校は、公立、私立、さらに克明に言えば私立の場合は各府県別の分布が必要だが、まあそれは要りません。急増について、それの対象となるべき私立学校数、それから公立学校数、これは正確でなくて概数でけっこうです。
  79. 杉江清

    ○杉江政府委員 お答えいたします。高等学校の公立は三千五百四十九、私立は千十二校でございます。
  80. 辻原弘市

    ○辻原分科員 この数を見ても明らかであるように、私学は公立に比較して学校数は三割に満たない。とするならば三千五百校の公立で八十万の急増を引き受け、一千校の私学では四十三万の急増を引き受けている。そのウエートというものは私学としては決して軽からざるものがある。これは数字を見れば明らかです。そうしたときに、現在の私学の実情から見て四十三万というものはスムーズな形で対策が行なえるかという点に非常にわれわれは——これは先ほど大臣も言われた教育的見地から、入れればよろしいというのではないのです。  もう一つ参考に伺いましょう。公立の場合の高等学校平均学級数は幾ら、それから私学の場合の学級編制の平均は幾らですか。これはいろいろ違うと思う。便宜上課長その他に数字の点についてはお答えいただきたい。概数でけっこうです。
  81. 杉江清

    ○杉江政府委員 ただいま課長もその点少しつかみにくいと申しておりますので、後ほど調べましてお答えしたいと思います。
  82. 辻原弘市

    ○辻原分科員 大ざっぱに私から申し上げてみましょう。これは数字ではなくて見方でありますが、おそらくその数字においては、多数規模の高等学校も戦後の傾向としてはありますから——公立にしても昔に比べると非常に多数学級化している。しかし私学に比較をいたしますと、傾向としては公立の方が多数学級は少ないと私は見ている。いわゆる私学の場合には、先ほど湯山分科員が言われておりましたように、どんどん新しいのを入れる。その結果はどんどん学級数がふえる、こういうことです。これは私学全般の傾向かというとそうじゃない。悪い言葉でありますけれども、私学でも俗にいわれている昔からの古い伝統のある学校等においては、入学試験の競争率なんというものは比較的問題にならない。これは一般傾向を言うのですよ。できるだけ優秀な生徒を集めたい、こういう傾向があります。そうするとその学校においては、学級数をふやすということはあまりしない。ところが比較的伝統も新しいし、また経営者の頭によって、場合によれば教育的見地よりも経営的見地が優先をした場合は、どんどんふやします。私学にはこの二つの傾向がある。そのときにこの四十三万の急増対策を持っていく。その結果はどうなっていくかということが私の心配の一つなんです。これは大臣おわかりになりますね。多数学級化してしまって、しかも比較的伝統の少ない、極端に言えば今までだって入学試験もあまりむずかしくないところは、があっとふくれ上がります。ふくれ上がっただけその教授内容、教員組織、施設設備がはたして十全に伴なっていくか。文部省の期待しているような教育的ということが伴っていけるかというところに不安があるわけなんです。私は私学の方が非常に御努力をされることは期待をいたしております。しかしこれは言うべくして一朝一夕にはなかなか行なわれない問題である。だからそこらあたり、私学のある部面が極端に広がってしまって、四十三万の急増対策ということで私学に向けられたものがそこへどっと向いてしまうということがはたして教育的にどうかという問題について真剣に考えられているかどうかということなんです。それだけではありません。多数学級化していくということから、極端な場合は、汽車の中で同じ学校先生に会ったって先生の顔を知らないというような事例が、最近高等学校教育の中で、公私立両方ともに現われている。そういう一つの行き方というものが教育的であろうかということです。だから急増対策というのは入れればよろしいということではないのです。教育的に成り立つ可能の限度において生徒を収容し、その可能の限度にまで裏づけをしていくというのが急増対策なんです。特に私学を閣議では取り上げなかった。また四十三万というようなウエートを私学に向けたということについて、この急増対策の将来の教育的効果という面について私は非常に心配しているのです。私の演説ばかりになりますから、それらの点について大臣はどういうふうにお考えになるか伺いたい。
  83. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 今の御指摘の点が教育的な立場から本質的には一番懸念さるべき問題だと思います。これは公立に限らず、私立は特に御指摘通りだと心得ます。閣議決定ではそのことは当面の内容にはなっておりません。今お話しの点は、急増以前の問題でもあると同時に、急増になって特に懸念さるべき課題であることも理解できます。そのことは三十七年度の予算措置やあるいは地方財政措置という立場以外の問題として措置せざるを得ない課題でございます。今までの急増以前のことにつきましては、その適否は御批判がむろんあろうと思いますけれども、産振法の適用がある以外の一般高校につきましては、都道府県の自主的な地域内の住民のサービスに依存して参っておると私は承知しております。この急増につきましても、御指摘のような点もあわせまして、三十八年度の予算課題とし、地方財政計画の課題として当然考えらるべき問題と考えております。施設は何にいたしましても、特に前向きにやりませんと、間に合わないという点に重点を置いて今まで考えて参っております。むろん今お話しのように純教育的な課題に対しましても、たとえば教員組織を整備するなどということはにわか作りではできないことでございますが、それは一般的な急増に対する教員組織の充実というやり方で、九カ所に教員養成所を設置いたしまして対処いたしておりますが、それとても数年先にしか卒業生は出ないという現実に直面しているわけでありまして、それについては三十七年度予算に直接出てくる課題としては格別に考えていないわけでございます。三十八年度以降あらためて十分に検討もいたしてみたい、それ以外は今までの一般問題で対処していますことで善処いたしたい。三十七年度としてはそのように考えております。
  84. 辻原弘市

    ○辻原分科員 大臣、はなはだ失礼ながら少しピントがぼけていますよ。これは一般問題を論じているのではないのです。急増対策で当面四十三万も私学が受け入れることによって起こる現象をどう把握しているか、今言ったようなことが当然起きるのです。起きるということは、そこに私学に受け入れさせる四十三万についての適正な配置ということが問題です。もう一つ根本論として、はたして四十三万を私学で引き受けてもらうことが、高等学校に行かせる親の立場から考えてみた場合、これは適切であるかどうか、私は決して私学が授業料が高いとか、内容がどうとか言うのではありません。私学の特色のある学校は親がどんどん行かしたがっております。しかしながら急増という特殊な現象が起きたときに、親が非常に行かしたいという私学が大いに門戸を開放してくれるかどうかという問題がありましょう。それからうちはどんどん門戸を広げます。しかしそのことがはたして高等学校に子供を預ける十分な施設、内容、十分な教授スタッフを完備し得るやいなや。もう一つ比較高等学校に行かす家庭、いろいろありますけれども、大多数はやはり一般庶民という前提を置かなければならない。その場合に、より教育費を安くしてりっぱな教育を受けさせたいというのが親の願望です。そのときに先ほども言われましたように、授業料値上げの傾向がある。公立がもう少し門戸を広げれば、苦労をして高い授業料を払って私学に行かす必要もなかったという親も出るかもしれない。そういう親に、公立と私学の授業料がそう大きな差が出てこないような措置も、これは文部省としての教育的配慮から行なわれなければならないでしょう。今あげた問題だって、私は三つあると思う。その裏づけは何かといえば、その施設に対して公立と同様私学が——もちろん私学の場合は経営でありますから自己財源があります。自己財源に見合って一つ一つを検討した場合に、これで十分いける、そういう確信を持って四十三万の立案計画が行なわれたのですかと私は聞いている。二年後の三十九年に至ったときに、私はその実態を見て、もう一ぺんここであなたに議論をしてみたいと思います。今私はそういう心配を私学の場合にする。それだけの心配がありながら、何ゆえに積極的に閣議としてこの問題を取り上げなかったか。だから私は疑問だとこう言っている。局長、私の申し上げましたような、かりに例をあげた三つの問題についても、あなたは、完全にそれは心配要りません、そういうような四十三万の流れる傾向、そんなことはありません、十分適正に行なわれます、また経費負担だってそう心配は要りません、教育内容も心配要りませんと、ここで明言できるかどうかという点を私は確かめて置きたい。文部大臣責任を持って絶対大丈夫だとおっしゃるなら、私は私学に関しては質問いたしません。そうでない限りにおいては、私学対策をもう少し具体的に、また一つ一つを当たってやる必要があるということを私は申し上げたいのです。
  85. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 今の指摘されました点は、文部省の立場から言いますと、公立と同じように全国の私学の実態を一つ一つとらえて、そうして学級編制がどうなるかということを積算して、その確信のもとに四十三万ということにしたわけでは必ずしもないのでございまして、もっとたくさん私学で引き受けたいという熾烈な要望があったのを、四十三万程度にしぼったわけであります。そのことは私学の独自性と申しますか、私学みずからが自主的に教育目的も判断しながらやっておるはずでございますから、あまり立ち入って一々のことを公立並みに具体的な検討をして、予算の精算的なことをやる必要もなかろう、またすべきではなかろう、そういう考えが働いて、必ずしも今の御質問に応じるような厳密な積算はできてないと私は承知いたしておりますが、あるいは事務当局から十分考えたのだということがあれば幸いですが、私が今まで接触しました範囲では、そういうことまではしていないのじゃなかろうか。これはあくまでも私学なるがゆえのことでございまして、私学をある程度は信頼するほかないという課題でもあろうかと思います。
  86. 杉江清

    ○杉江政府委員 数字的に詰めることは、公立と違いまして私学はいろいろ十分できにくい点もございます。しかし私ども、たとえば四十三万につきましても、これは府県の計画を集めましてその数字を出しておるわけでございます。なお三十七年度で総事業量四十億と考えておりますが、これは公立に比較して少ないと考えられますけれども、ただ私立の場合、公立と違います点は、その急増対策として学校の新設が比較的少ないのであります。そういう点から必要額についても少なく見積もられる。御指摘のように、学級増という形で措置される部分が非常に多いというのが現実でございます。その点に心配もございますけれども、これは具体的に私学の急増対策として実際の数字からそのようになっているわけでございます。そのようにいたしまして、この四十億に対する措置は、私学振興会からの融資、国庫補助または交付税への積算等によって措置しているわけでございますが、確かに現実にこれで十分であるかどうか、現実にどのような姿を呈するかということについては、私も必ずしもこれで十分だとは考えておりません。御指摘のような不安もございます。しかししばらくこれによって様子を見まして、私学の方の非常な御熱意と御協力にただまいのところ信頼して、この経過を見て参りたいと、かように考えている次第でございます。
  87. 辻原弘市

    ○辻原分科員 厳密に公立の場合と違って当たれないということはよくわかるが、かりに四十億が私学千校としたならば、一学校当たり四百万、そうすると何ほどの学級ができるかといえば、平均二学級です。一学級当たり二十五坪として、現在の私学の比較的内容、設備のいい学校はおそらく鉄筋もしくは鉄骨だとすれば、約二教室です。それと急増する生徒と比較してごらんなさい。私学が何とか急増を引き受けてやろうという心組み、これはわれわれも大いに歓迎する。それだけに国としては大いに協力をしなければならぬ。その手だたてが十分行なわれているかということについて私は非常に不安を感じております。大臣は、私学の強い要請に従って、また局長は各府県のあれを積み上げた、しかも十分できなかったということ、しかも八十万、四十万とはっきりと区分けしたのですから、公の席上ですから露骨な議論はいたしません。所管は各府県でありますから、あるいは市町村でありますから、それから積み上げていくと、おれのところはそれくらい引き受けられるだろう、もしそういう数字が積み上がったならば、これは大きく実施計画が狂いを生ずるということです。  もう一つ傾向、これも参考に私はあなた方に考えてもらいたいのです。おそらく急増は四十一年をぎりぎりとして、それ以降は急激に下がるでしょう。かりに私学が一生懸命ない金を調達して作ってくれた、しかしながら、さていよいよ今度はピークを過ぎて、ずっと生徒が減少してきたときに、一体高校志願者の動向というものはどうなるか。私は俗にいう有名一流校は除きます。一般の千のうちその七、八割の学校は、一体どういう結果に陥るか。おそらく私は私学の経営者などはそのことを考えているだろうと思う。公立の窓口が狭くて、行く子供は初めから四十三万人おれは私学だときめたわけじゃないのですからね。増加するのは百二十三万、公立へ行きたいけれども、どうもあのめじろ押しでは自信がない、ここなら比較的に試験はやすかろうじゃないか、行きなさい。さあ急増が終わりました。学校も一生懸命にやったけれども、なかなかそこまでの施設設備、教授内容に手が届かなかった。さあ四十二年が来ました。そのときに、子を持つ親、また子供は、一つ傾向としてどうなるかといえば、私学もいいけれども、公立へ行きましょうという傾向が出ませんかというのです。そうなれば私学は一体どうなりますか。三カ年の間に、そら作れ作れということで、りっぱにやってくれたと思います。教室をふやした。学級をふやした。そのうちのかなりの部分ががらがらとあいてしまった。経営上はどうなりますか。ちょうど幼稚園が現在その傾向じゃありませんか。かつて幼稚園ブームが沸いて、どんどん幼稚園ができました。私は極端な例を言いましょう。小学校が危険校舎で改築をやった、教室が余った、その教室を払い下げて幼稚園を作りました。押すな押すなですから、そこへも入りました。いいものもできました。しかしながらだんだん、いいところへはやはり殺到するが、比較的内容、設備の落ちるところはもうごめんだということになる。かねや太鼓で幼稚園に園児を集めてくるのも、一つの幼稚園の断面ではありませんか。そういう傾向がもし私学に現われたとするならば、先を見る経営者はどういうふうにこれを措置するかということです。引き受けはいたしましょう。文部省も作れという指導が行なわれた、しかしながら、仰せの通りほんとうにやったならば、三年先、五年先にはえらい目にあいやせぬかという心配がもし内蔵されておるとするならば、四十三万の私学に関する急増対策には一まつの不安がつきまとうということです。そういう点、あなた方は私学の方々の将来計画についての動かないはっきりしたものを持っておりますかということを私は言いたい。管理局長どうですか。
  88. 杉江清

    ○杉江政府委員 先ほども申し上げましたように、私学の対策につきましては、私学の方からの資料をもとにし、また各県における計画を基礎にして、それをしかもある程度下げてこの数字を出しておるわけでございます。従ってそれでは必ず現実にできるかどうかという御質問に対しては、私どもはその私学の御熱意と御協力にあくまでも信頼いたしたいのでありますけれども、この心配は御指摘のように私も持っておる次第でございます。
  89. 辻原弘市

    ○辻原分科員 だから、そういう不安を解消するに私学の方々のほんとうの積極的協力を求めるのだというのは、要するに金を出す以外にないのです。無理算段、借金までして将来あき家になる教室は作りたくない、これはだれだって考えるのです。しかしその場合といえども、この三、四年間における教育をダウンしてはならない、教育目的を三年間継続して水準を維持しなければならない、これが国の大きな行政責任です。とするならば、自分では借金までしてようやらぬ、しかしながら国の援助があれば何とかやるという気になるのも、これは人情です。だからそこまでかゆいところに手が届く私学対策が行なわれていないということを私は言っているんです。  多くの議論をする時間がありませんから、私はペンディングとしてもう少し別の機会にも議論をいたしたいと思います。  ですから、私は先ほど公立の場合の学級編制私学の場合の学級編制の動向というものがどうなっているかということを伺ったのも、その一つ一つのファクターとしてなんです。さらに公立は低くて私学は多数になる傾向を持っているならば、もっと大きくそれはできるでしょう。一学年十学級、十二学級あるいは場合によれば十五学級の学年がもしできたとするならば、教育目的が達せられるかということを私は言っている。だから文部省としては公立の場合に教員の適正基準配置の法律を作った、そうして水準を整えていく。ところが二分の一のウエートを占める私学に一体どうしてその水準を維持してもらうか。私学の方々の努力もあるであろう。しかしそれでは国として教育に対する責任上どうするかということが抜けていると言うのです。  時間がありませんからその点はおきまして、自治省に大へんお待ちをいただいておりまするから……。  先ほど大臣も言われた、当面三十七年度の措置が教育目的に合致しておるやいなや、また実態に合うかどうかを少しお尋ねをしてみたいと思うのです。まず三十七年度の措置は、先ほどから言われているように起債の五十一億、私は産業教育振興の分については触れませんが、工業同校を除きます一般について、三十七年度のいわゆる前向きと称する整備において百五十四億、それから十三億の国庫補助分を除きます。起債が五十一億、それで交付税で措置する分が九十一億、こうなっておるのでありますが、最初にその九十一億というこの地方交付税によって措置される額でありますが、自治省はこれを財政計画の中に入れて、そうして地方交付税の改正をここにやってきておる。まずこの地方交付税の改正に自治省が持ち出しておりまする測定単位のとり力、それから種類として上げておる増加生徒数の見方、この点についてお尋ねをいたしますが、先刻資料を要求いたしましたが、自治省では数字文部省の資料を使ったので、自治省には資料がないのだというお答えでありますが、その通りですか。
  90. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 資料の話は承知いたしておりますが、政府から出す資料が二通り出るのもいかがかと考えまして、同じ高等学校の生徒に関する数字でございますから、私の方も文部省からちょうだいいたしまして、文部省から出していただいた方が穏当であろうか、こういうことでお答え申し上げたのであります。
  91. 辻原弘市

    ○辻原分科員 そうすると、私の仄聞をしておるこの増加生徒数を五十四万と見積もられた数は文部省数字である、そうなんですね。
  92. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 増加生徒数につきましては文部省考え方に従いまして計算をいたしております。
  93. 辻原弘市

    ○辻原分科員 単位費用の出し方は従って九十一億の残余の分を増加生徒数、これは文部省数字ですね。五十四万で除したその商が一万六千円、すなわち道府県の場合例をあげてみますと、ということなんですね。
  94. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 その通りでございます。
  95. 辻原弘市

    ○辻原分科員 それから指定都市の分、すなわち五大市の分が二万六千円、これは別項にも上がっております。その他市町村はどうなさったのですか。
  96. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 高等学校施設整備する責任は都道府県にある、こういう考え方をいたしておるわけでございます。なお高等学校の生徒が急増するについて施設を整えるその役割は、現在の私立分に相当する分と公立分に相当する分とに振り分けをいたしまして、公立分につきましては市町村立も都道府県立も合わせまして財源措置は一切都道府県についてしよう、こういうふうに考えているわけであります。
  97. 辻原弘市

    ○辻原分科員 何か奥野さんのような明晰な頭でもこんがらかっているのではありませんか。私学に対する責任は都道府県知事かもわからぬが、さっきからこれも——さっきからじゃありません、あなた方が今まで委員会で言われていること、大蔵省もそう言っているが、いわゆる設置管理の義務は当該設置者にある、都道府県と限ったことじゃないじゃありませんか。高等学校、たとえば市立高等学校、これは都道府県責任ですか、違いましょう。
  98. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 たとえば貧弱な市でも高等学校を持っているわけでございまして、それぞれの市町村が今持っておる高等学校の比率において高等学校施設をどうこうすべきであるというふうに私たち考えていないわけであります。ことに新設を期待している分も相当あるわけでありまして、やはり府県全体を見渡しまして、府県が公立高等学校の実施計画を定めていくということが筋合いじゃないか、こう思っているわけであります。ただ私立分と公立分とに対する振り分けをする必要はございますので、公立分に関します限りは、今ある施設は市町村でやる、増加対策府県において講じてもらうという建前で財源措置としては府県にする、こういう考え方をとっているわけでございます。
  99. 辻原弘市

    ○辻原分科員 私は奥野さん、さっき文部大臣もあなたが見えない前に言った。それから大蔵省にも答えてもらった。一体急増対策高等学校教育というものの主たる責任がどこにあるんだろうか、今まで答えておりますね。ここに速記録もありますけれども、あくまでも今の行政事務のいわゆる区分からいって、それぞれ設置するものが責任を負うのが建前なんだ、こう言っているのです。だから私は了解する、それはそのことについては法律がそうなっておるから了解する。ところが今あなたの言われるのは、設置者がかりに市であっても、急増対策、自今の問題について県がやるんだ、そういう法則をいつきめたんですか。それをいつきめられたんですか。文部省はどうなんですか、大臣。市であっても県が急増対策責任を負ってやるんだということはいつきめたんですか。そんなことは寡聞にして私は聞いてない。これは文部大臣からも一つお答えを願いたい。
  100. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 高等学校に関しまする標準定数等の法律がございますが、私たちは原則として府県高等学校の配置等について計画を立てていく、例外的に市町村が高等学校を設置することができる、こういうふうになっていると了承しているわけでございます。そういたしますと、財源措置としてはどこかに一括して措置をいたしませんと、ばらばらに市町村に、たまたま今市町村が高等学校を持っているからそれにプラスして財源を付与していくんだということでは、適切な財源措置にならないと考えるわけでございます。今申し上げましたような法律の建前なりあるいは財源措置の仕方なりを考えますと、一桁して公立分は府県に財源を付与していくということが穏当であろう、こう考えているわけでございます。府県がその場合になお市町村立の状況によらざるを得ないという場合があるならば、むしろ府県がその市町村に財政的な援助をその部分からすべきであろうというふうに存じておるわけであります。
  101. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 大体そうだと理解しております。市町村にも高等学校はあり得まするし、その対策は市町村みずからがやるわけですけれども、財源的には今の話のように、県が急増分に対してはカバーするという立場に立つと思います。
  102. 辻原弘市

    ○辻原分科員 私は自治省が今度やられた急増対策がどうなっているかということを聞いているのじゃありません。本来市立高等学校についてはだれがその責任を持ってやるのか。これは高等学校に限らず、各秘学校についての主たる責任というものは、設置者にあるのじゃないかと言っているのです。ところが単位費用の取り方を見ると、五大市までは行っているが、その他の市には、市立があっても全然行くようになっておらない。なっておらないから、奥野さんは県でやるようにできていると言う。それはわかるのです。それがおかしいじゃありませんかと私は言っている。何でそんなことをする必要があるのですか。設置者が自分で責任を持ってやるのだったら、設置者に渡せばいいじゃありませんか。県はまた別な形において協力すればいいじゃありませんか。都道府県立だから都道府県へ行くのがあたりまえだと思う。しかし市立であれば市に行くのがあたりまえなんです。あなたが定数云々と言われた法律のあれをあげられましたが、すべて県が責任を持つというような建前で法律はできておりませんよ。設置者があって、それを管理する教育委員会があり、さらに県自体の責任というものはどうあるべきか。適正配置という面から県はそれを全般管理しなくちゃならぬから、そこで県の責任というものが法律上義務づけられているにすぎない。本来そうだというのじゃありません。本来そうでないのを何で今度そういうようにしたのかという疑問が生まれてくるから尋ねているのです。極端な場合、学校というものは設置者の責任なんですよ。そうでしょう。だから県立は県が設置者でありましょう。もちろん市立の場合も一生懸命やるが、しかしこれはおれらは設置者じゃないのだ。しかも金は出ているというけれども、ごちゃごちゃなんだからというふうな現実問題が起きたときに、これは問題が出ませんか。それはあなた方は出ないようにできているのだとおっしゃるかもしれません。私が実態を考えて議論しているのと、あなたが数字で議論をしているのとすれ違うかもしれませんけれども、なぜ市におやりにならなかったのですか。もう一度伺いたい。
  103. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 学校の設置者がその学校に関しまする限り経営負担の責任を持っていく、これは当然なことではないかと思うのであります。問題は今後中学校の卒業生がふえてくる。従って高等学校施設を増強していかなければならない。それをだれがやるのかということになって参りますと、府県が全体の高等学校の配置等について責任を負っておるわけでございますので、そこで計画を立ててもらい、それに必要な財源手当をしていくのが筋道ではないだろうか、こう思うのであります。人口十万、二十万、三十万、いろいろな市がございますけれども、この市についてはこれだけの高等学校を新設してもらうのだ、この市町村についてはこれだけの学校を増強してもらうのだ、そのことは今直ちに具体案が出てこないだろうと私は思います。むしろ全体として県に責任を負ってもらう、県に責任を負わせた方が事柄が円滑に行くのではないか、私たちとしてはこう思うのでありまして、その場合には県に一括して財源措置をするのが筋道ではないだろうか。もとより市町村がその一翼をになう場合もあり得るだろうと思います。その場合には一括して県に財源措置をしてあるわけでございますから、県がその団体に、その財源のうちから応分の援助をすればよいのではないか、こう思っております。もっといい方法があればお聞かせ願いたい。われわれは今後におきましても、決して一つの方式を固執するわけではございませんで、ほかによい方法がございまして、円滑に半が運べばよろしいわけでございますので、固執はしておりませんけれども、私はほかに方法が見当たらぬのではないか、こういう気持を持っております。
  104. 辻原弘市

    ○辻原分科員 設置者の負担に対してその経費を見るという原則をここでくずしたのは、奥野さんが今、県が高等学校教についての全般のあれを持っているからという理由は、あとでつけた理由にすぎぬと私は思っております。そういう一面もありましょう。持っています。私は持っていないということを言っているのじゃないのです。持っていますから、設置者に対して金が行かぬということは論理が飛躍します。それよりもむしろあなた方が財政運用上の立場から、こうせざるを得なかったということの方が正確な理由じゃありませんか。そうでしょう。単位費用を市町村分を設けて、ちょうどウイスキーの水割みたいにぱぱっと各町村に配ってしまうのでは——それでなくても大蔵省の財布のひもが渋くて、これは金が要るから、とても足らない。だから市町村立その他は数が少ないから、都道府県にくっつけてみたところで、これもまたここでそういうことをやかましく議論するものもなかろう、こういうことでくっつけたのじゃありませんか。要するに地方交付税そのものの運用の根本にこの問題を当てはめたというところに、無理な一面が出てきた証拠ですよ。だから高等学校教育でどうだこうだというようなことは、文部省が言うならわかります。しかし自治省のあなたが言うのはこれは見当違いだ。あなたは、設置者に行きます、しかし技術的にいかない、非常に困難な問題がある、そうおっしゃれば私は理解できる。しかしこれは議論のやりとりになりますが、おそらくこれは私の言うことの方が正確でありましょう。しかしながら数は少なくても、当該市町村としてはこれは重大な問題にしているのじゃないかと私は想像するのです。そうでしょう。県立を持っている。しかも地方交付税は何もひもがついていない。ひもがついていないということで、都道府県は騒いでいるのじゃありませんか。大臣、そうでしょう。一般行政費と込みにやってみて、急増対策はどこに行ったか、こんなことではおれたちはやれないと騒いでいる。数字上はつじつまが合いますけれども、ましてや今度は市立の学校を持っている市の側からいって、本来自分の財産ではありませんから、人の財産です。人の財産にすがりに行くのです。極端にいえばよそのことの関係なんです。実際の問題を私は言っているのです。そうすると来ているから県立はやります。私立についてもやりましょう。そういう問題があって市立高等学校をかかえているととろは、いわゆるこういう計算方式、配分方式では、おそらく頭が痛いだろうと思う。まずその点が一つの間極点です。  それから五十四万は、これは文部省数字だと言われている。どういう計算方法をとられたのですか。ここにむずかしく書いてあるのですが、私は頭が悪くてこの意味が理解できないのです。交付税法を読んでみたって、なかなかこれはどういう算式かということは、測定単位の数値の算定の基礎とあるけれども、簡単に言うとどういうことなんですか、まずお尋ねをいたします。文部省数字と言われたが、その数字の基礎は何年にとられたか……。
  105. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 私たちが各府県についてどれだけ生徒の増加した分に見合う施設を作らなければならないか、こう考え数字の算定を申し上げた方が早いだろうと思います。  私たちの考えていますのは、各府県別に、来年の三月に卒業いたします中学校の生徒、この員数に三十五年度の全日制高校への進学率、これをかけるわけであります。それの三倍から三十五年度の現実の全日制同等学校の収容定数、これを引いたものが増加施設を講ずべき対象生徒数だろう、こう考えておるわけであります。くどいようでありますがもう一ぺん申し上げますと、ピークであります三十八年度の中学校の卒業生、それに三十五年度の進学率はピーク時においても維持したい、そういう意味において三十五年度の全日制両校への進学率、これをぶっかけるわけであります。それは一年生だけですから三倍いたします。それから三十五年度における全日制の公立高等学校の収容定数、これを控除するわけであります。それだけが足りないという数字でございます。これだけの生徒が収容できるように施設を整えるようにしたい、これが基準財政需要額の算定の基礎になる考え方でございます。
  106. 辻原弘市

    ○辻原分科員 そうすると、三十八年の中学校の卒業生数を基礎として、それをとるに三十六年の基本調査の数値をとられたのですね。三十六年の数値をとられた。それから伸ばしていったのですな。三十八年の推計の一番の基礎数字というのは三十六年でしょう。
  107. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 来年卒業するであろう中学校の卒業生は、現在でありますと中学の二年生です。これは三十六年の学校基本調査に出ておるわけであります。その数字をちょうだいしているわけです。
  108. 辻原弘市

    ○辻原分科員 だから三十六年に二年に在学している者をその基礎としてとったということですね。それに三十五年度の進学率をぶっかけたわけですね。そうして何かこの説明によりますと、一割をプラスして最後に一割を引いて出てきた増が五十四万、私の問題というのは三十五年の進学率三五%は公立のみの三五%をぶっかけた。ところがそれをいわゆる来年急増対策としてあげていく場合に、進学率の増加計数というのはどこに現われるかということが一つ。それから一割をプラスし、一割を引いたというこの数字の過程から結果として起きることは、要するに一割だけよけい詰め込めということですね。この二つの問題。そこでまず進学率は三五%の三十五年のファクターをもってかけたものが今度は三十七年、三十八年——実際は三十九年、四十年に至るまでの急増対策にこれは考えているわけなんだから、それまでには進学率は上がるわけだね。そういう進学率の上がる分はこの計数のどこに現われているかということを私は聞きたい。
  109. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 一割の問題はむろん辻原さん御承知の通り、五十人の定数をできるところは、五十五人にしてもらうという、すし詰めのできるところについては期待をいたしております。  それから進学率が上がってくるじゃないかという問題、私たちはピークである三十八年度においてなおかつ従前の三十五年度の進学率を維持したい、先ほどお話しになっておりましたように三十九年、四十年と年々中学の卒業生が減って参りますので、それだけの施設を維持していきますと、三十九年、四十年とだんだん進学率が上がっても、それだけのものを収容できる公立高等学校ができていく、こういう考え方に立っているわけであります。
  110. 辻原弘市

    ○辻原分科員 ちょっと私は奥野さんの説明が理解できない。三五%というのは三十五年ですよ。だから進学率が、これは動向がどうなるかということは文部省の部面になるけれども、少なくとも私は増加すると見ているのです。特に増加する要素を入れておるのか入れてないのかということです。これは言葉のあやでなくて、そういうことが計算上の要素として入っているのかどうかということ、それだけです。
  111. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 進学率は増加するだろうという要素を入れているわけであります。従いまして私たちの計算では、三十八年度で六〇%の進学率を維持できるように校舎を整備する、そのことが三十九年では六一・五%になり、四十年は六三%になる、こういう計算になっておるわけであります。
  112. 辻原弘市

    ○辻原分科員 そういう計算が今のような方式でどこから出てきますか。それでは三十五年度の場合の三五%に対応する私学、公立以外の分のパーセンテージをかけ合わせて大体六〇%近くになると思うのだが、それは一体どうだったのか。計算上要素を入れております、六〇%になりますというけれども、今私が聞いて、そしてこの文書に書かれているのを検討してみたあれから見ると、要素が入っているようには思われない。入っておればそれは心配がないのだが、それはどうなんですか、課長でけっこうですから……。
  113. 松島五郎

    ○松島説明員 今申し上げましたような三十五年の進学率をとりまして、三十七年の四月に中学の三年生になる生徒数をとるわけでございます。御承知の通り全国的に見ますと、今度中学の三年生になる生徒、すなわち三十八年度に高等学校へ進学するであろう生徒の数が一番多いわけであります。それに三五%をかけて三倍いたします。ということは、実際は三十九年度、あるいは四十年度に卒業する中学の生徒数というのは漸減していくわけでありますから、一応三十八年度に卒業します中学校の生徒数をとりまして、それに進学率をかけましたものを三倍いたしまして、一応それだけのワク取りをいたしますので、卒業生が減っていくことは、逆に言えば、定数は変わりありませんので進学率は上がっていく、こういう計算になるわけでございます。
  114. 辻原弘市

    ○辻原分科員 若干逓減する率もあなたの方ではこれには見込まれておるわけだ。それと、ともかく三五%が三十五年の場合の進学率であったことは、これは間違いのない事実です。それが三十八年に在籍するものにかりにかけたって、進学率は動かない。生徒数はある程度実態に近いものが出るかもしれませんけれども、しかし各都道府県それぞれ千差万別、各学校千差万別の進学率の要素というものを三五%で抑えているのです。生徒数との見合いで実態はもっとふえてくるかもしれぬけれども、進学率そのものは抑えているのだ。そのことはおわかりになりますね。そこで私が問題にするのは、全体の数字とともに、三五%で抑えているのだから、その三十五年当時の各府県の実態は一体どうだったか。それが三十八年、さらには三十九年、四十年になりましょうが、その場合の各都道府県、各学校別の進学率の傾向というものは三十五年と同様だろうかというところに、一つの問題があるのではないかと私は言っておるのです。私は資料を求めたかったのですが、三十五年には非常に低い進学率を持っておる。極端な場合に、平均三五%としても、かりに東北その他の農村においては二八%のところがあったとする。ところがそのままの傾向で単位愛川が測定され、単位残月が出て、そしてそれが還元されるという形になると、その後府県によって急激に伸びてくるようないわゆる急増、進学率の非常に高いような点についてのこまかい配慮が、この運用で行なわれるかどうかということです。その点は奥町さん、どうですか、必ず実態に合うようにいたしますという自信がこの数字上ありますか。
  115. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 府県によってお話しのように全日制公立高等学校への進学率が区々であります。東京のようなところは私学が非常に多い、そういう意味において公立高等学校への進学率が二八%前後ではなかったかと思います。全国平均は三五%でありまして、一番低いのは長崎県が二四%、青森県が二八%、こういうようなことになっております。私たちは全国平均が三五%でありますので、低い団体についてはある程度割増しをしていかなければならぬだろう、こういう気持を持っておるわけであります。基準財政需要額の算定におきましても、三五%全国平均に達していない団体につきましては割増しをしていきたい、こう考えておるわけであります。三十五年度だけたまたま非常に進学率が低かったということは私承知しないのでありますけれども、もとよりそういう特有な団体がありましたならば、そういう団体につきましても別途必要な措置を考えなければならないだろうと思います。今私が申しました割増しをしていかなければならないというのは、今回国会に提案しております地方交付税法の改正案の中に、ちゃんとそういう意味で補正することができるという条項を設けておるわけであります。
  116. 辻原弘市

    ○辻原分科員 現実に即した補正計数を使われておやりになれば、是正をされることはかなり期待できると思いますが、私が申し上げている点は、本来こういう形で単位費用をとり、そして府県にこれを還元するという方式では、今私がこの短い時間であげただけでも問題で、この交付税というものの中で急激にそういう問題に対処することはなかなか容易ではない、こういう部面が現われてきておるということを私は指摘したわけであります。というのは、これはもう奥野さんには釈迦に説法でありますけれども、地方交付税というものは、本来標準的な財政運用を地方にやってもらう意味においてこの方式がとられておるのですから、あくまでも標準的な形、スタンダードにおいての行政水準というものを維持するということです。ところが急増対策なんというのは、その場にぽっと飛び込んでくるのは一体何かというと、これは言うなれば臨時的経費です。三年間にわたる臨時的経費なんです。それをそういう標準規模の常に同じような行政を要求する建前のこの交付税の中で運用していこうというのですから、無理が生じてきているということです。時間がございませんが、臨時的経費を交付金の中で運用していくということの可否も、私は問題だろうと思うのです。ないとは言いません、ありますけれども、それは本来交付金の中で運用する性質のものかどうか。これにも私は非常に疑問があると思う。  それはまた別の機会になにするといたしまして、大へん時間も経過をいたしまして恐縮ですから、あと端折って一、二点伺いたいと思うのですが、さっき大臣が言われた百八十万坪の土地の取り扱い、これは起債で別途見るというのですけれども、どういう起債で見るのですか。奥野さん、あなたの方で予定されておる金額はどれだけですか。
  117. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 三十七年度においては四十億円程度考えております。
  118. 辻原弘市

    ○辻原分科員 どういう種類の起債ですか。
  119. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 一般起債であります。
  120. 辻原弘市

    ○辻原分科員 縁故債、公募債というようなことはありませんね。
  121. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 さしあたっては公募債を考えております。
  122. 辻原弘市

    ○辻原分科員 四十億全額を公募債として取り扱う、そういうことですか。
  123. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 御質問の趣旨がちょっとわかりかねておるのですが、その資金が政府資金であるか、それ以外のものであるかとおっしゃれば、それ以外のものを現在のところ考えています。
  124. 辻原弘市

    ○辻原分科員 私はそこにも問題があろうと思います。これは政府引き受けでもっての、通俗いう起債でありますならばけっこうであるけれども、土地の分についてはこれは公募債——いわゆる国の引き受ける、いわゆる政府資金じゃない。これでは土地を十分見たことにはならぬと思う。地方に適当に借金しなさいということだけであって、そういうことには相ならぬと思うのです。  それから、これは文部大臣一つ伺っておきますが、構造比率なんです。大体平均で一〇%構造比率が上がっておるが、実態はそれ以上のものだと思う。ところが計画によると、この急増対策全般の構造比率は要するに一〇%増で押さえておる。あなたの、これはいつでしたか、この前の災害のおりにも、将来は六〇%にも七〇%にも、また公立文教施設は場合によれば全部鉄筋でやりたいという趣旨とは、だいぶかけ離れているように思うのですが、これはもっと増加をさせていくというおつもりがありますか。
  125. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 お話の通り学校建築は鉄筋鉄骨、全部そういうふうにした方が大蔵省の立場からいっても、これこそ長い目で見ればかえって経済的だ、有効だ。いわんやその管理のために大騒ぎをして、火災だ何だといって心配することも少なくなる。だから、できるならば全部一挙にと思っておりましたが、一〇%の増にとどまったことは残念には思っておりますが、今後機会あるごとに一〇〇%に持っていく努力をいたします。
  126. 辻原弘市

    ○辻原分科員 これは今度大蔵省に一ぺんお伺いをいたしますが、たしかこの予算編成の当時に私は新聞で見たのだが、ちょうどこの予算が、いわゆる大蔵省原案がきまる最終段階であったと思うのですが、文教予算の中で中学校校舎建築、それから屋内運動場、これは現在中学校校舎及び屋体は二分の一を認めておるが、これを三分の一に減らそうという案を提示したということが、地方の新聞にでかでかと出たのです。これはほんとうだったのですか。
  127. 谷村裕

    ○谷村政府委員 最終的に予算がきまります前の段階におきまして、大蔵省からさような提案をいたしたことは事実でございます。
  128. 辻原弘市

    ○辻原分科員 私はこれはけしからぬと思うのです。というのは、それぞれの負担割合を上げていこうということが常に国会でも論ぜられ、しかも法律の趣旨はそういうことになっておる。その趣旨に逆行して三分の一に大蔵省かこれを切り下げよう——しかもたまたまこのときには何が議論されておったかというと、高校の急増対策が議論されていた。私はその推移をじっと見ておった。いよいよ最後に文部大臣が先ほど言われたように折れて、次善の策としていわゆる大蔵省主張をのもう、起債、交付税によってこれはゆだねようという無念の敗北をしたときに、やっと二分の一が、大蔵省の立場からいうならば復活をして、従来通りのいわゆる二分の一補助率を認めた。こういうようなからみ合わせが事実あったのではないか。私は折衝に当たったわけではありませんからわかりませんけれども、どうもそういうにおいが強いのです。何か新しい重要費目が出てその予算についてがんがんやっていると、必ず大蔵省は一方においてからめ手戦術をとっておる。その一つの例ではないかと思う。教育政策も何もあったものではない。金さえ削ればいいということでこね回して、これをやかましく言うならばこっちを下げるぞ、こっちをがまんすればこっちを浮かしてやるぞ、そういうばかな財政運用がどこにありますかということを言いたい。そういうまっ黒い腹づもりがあったのかなかったのか、ここで一ぺん私にはっきり答弁してもらいたい。
  129. 谷村裕

    ○谷村政府委員 お言葉でございますが、そういうまっ黒い腹づもりがあったわけではございません。ただ従来、終戦後まず義務教育関係施設整備ということを中心にやって参りまして、あるいは危険校舎等にもずっと手をつけて参ったわけでありますが、中学校の方は、おととし三十五年度補正予算の中でも、三十六年度でもそれを継続いたしまして、一応それが終わったわけでございます。先ほども申し上げましたように、文教政策の重点はいろいろな画で移り変わっております。ごらんになっていただけば御理解がいただけると思うのでありますけれども、すべてにわたりまた新しい政策も非常にたくさんに盛られているわけでございます。そこで義務教育を中心といたします校舎整備関係は一段落いたしましたのを機会に、そちらの方は少なくともその補助率を切り下げていく、そしてそれ以外の方面にまた重点を移していくというふうに考えて参ったわけでありまして、決して御指摘のようなからめ手戦術とかどうとかいうことではなく、大蔵省としましては一応役割を果たしたということで、さような提案を申し上げたわけでございます。
  130. 辻原弘市

    ○辻原分科員 そういうものの考え方は、理論的にも矛盾があるのですよ。終わっておれば、補助率の問題ではなくて事業総量の問題、いわゆる補助額の問題で、終わっておれば対象となるべきものがなくなってくる、それだから金が要らなくなるのはこれは否定できません。金が漸減するというのはやむを得ないと思う。しかし補助率とは何ら関係がないじゃありませんか。やはり社会増等の関係で中学校一般整備がなお残存されている限りにおいては、去年やったものは二分の一、ことしやるものは三分の一というような不平等な取り扱いをする必要は毛頭ないじゃありませんか。これは答弁は要しません。  最後に、私は一点文部省に申し上げたい。それはこまかい議論の時間がなくて私も残念でございますが、要するに閣議決定で見た公立分の五百五十億というものが何か金科玉条のもので、これはりっぱな学校が建つのですと自治省もおっしゃる。文部省もそれを知ってか知らずか肯定される。大蔵省もおそらく知っているだろうと思うが、それをほおかぶりして押しつけている。一体それでは校舎整備はどうなるかということを考えたときに、私は深刻な問題がひそんでいると思うのです。おそらく実際の経費の半額以上は、地方公共団体はおろか、父兄の負担に帰するのが実情ではないかと思う。ところがそういうことを慫慂するのはいかぬというので、自治省は何か財政法の改正等をやって寄付行為の禁止をやられたと聞いておるが、御趣旨はまことに悲壮なものがあってよろしい。よろしいが、はたしてそれだけのことを言える裏づけを自治省はやったか。文部省はその裏づけをやったか。私は大蔵省は協力したかといえば、そうではないと思う。そうであるならば、その総量を考えた場合に、この五百五十億の基礎となっている数字は、それはあくまでも基準に基づいてやっているのにすぎないのです。去年までやりましたところの中学校急増においても、そういうような問題が出ました。たとえば小学校においては一・一ですか、一ですか、中学校においては一・〇八ですか、同様高等学校においては、ここに私は資料を持っておりますが、たとえば例をあげてみますと、普通高等学校においては一般校舎基準というのは一・四四、一割を削減して進められるから一・三〇あればよろしい。ところが、現在それでは普通高等学校における一人当たり保有坪数の実態はどうかというと、こんな低い数値ではないはずです。おそらくや数値は私はもっと上だろうと思うのです。もちろん非常に多数学級になって、ぎゅうぎゅうすし詰めをやられている高等学校はいざ知らず、そうでなしに、かなり余裕を持ってきた古い高等学校等においては、実態ははるか上だと思うのです。それを一応あるべき姿ということで一・三〇に抑え、しかもこれは今私が申しましたような実態から見て、また実際かつて文部省が出したような高校基準その他のあれから見ましても低い数値なのです。だからその数値を基礎にして積み上げていった数字が五百五十億であるわけ、だから、この金でもって渡しますから、安心しろといったところで、現実の数個の平均が高いところは金がいかぬというような現状、また金がいっても全部はもらえない。建てたい校舎に対してそのうちの何割かしか金がいかない。しかもその何割かしかいかない、その上にさらに単価との差がある。そういうことからいいますと、実際要る費用の半分くらいしか国はめんどうを見ないという結果にこれは落ちつくわけです。そういう点から考えて問題は——これは中学校急増のときにいわゆる特別認定ということをやって、かりに基準を突破する学校であっても、ぜひともこれをやらなければならぬという急増の場合に眠っては若干のそれを認めておりますが、高等学校においてもそういう結果が生まれると私は思うのです。その際に基準しか積算してないのだから、それ以上のものは見ないなんということは、自治省、大蔵省、これは文部省もそうですが、いずれも私はおっしゃらないと思うのですが、その点はどうなのです。文部大臣から一つ答弁を願いましょう。
  131. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 それでは地方財政上の問題でありますから、最初に私からお答えをさしていただきます。  私たちはこの計画でやれると考えているわけであります。しかしいろいろ検討した結果、単価が十分でないとか、いろいろな問題が起こって参りましょう。その際にこの計画が是正されるべきであるといたしますならば、私は数字をさらに変えて、それができますように財源措置すべきだ、こう考えておるわけであります。こういう考え方でわれわれは高校急増対策に臨んでいきたい、これでやれるという考え方で現在おるわけでございますけれども、今御指摘になりましたようにとてもこれだけでは数字が足りないのだ、しかもその足りない根拠が、合理的な見地から足りないのだということがわかって参りますならば、それは直すべき問題であろう、こう思っておるわけでございます。とにかく財源措置としてはこういう方向でいきたい、数字も現在のところばこれでよろしい、こう考えておるわけでございます。
  132. 辻原弘市

    ○辻原分科員 ちょっと奥野さん、起債五十億の分け方は、これは大づかみにつかむのですか。それともきちっとデータをもって配分するのですか。もう一つは、高校の分については補助起債がありますね。そうでない、一般高校を除いた一般分について、これはどの基準でもって交付するのか、起債を分けるのですか。
  133. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 私たちは、基準財政需要額の九十一億円、全体の数字でございますが、これは全体計画の五百五十四億円分の九十一億円だ、こう考えておるわけでございます。従いまして基準財政需要額が算定されますと、自分の団体における高校急増対策所要経費の総額が幾らであるかということがわかるはずでございます。従いましてこの基準財政需要額に五十億円も按分して配分してしまいます。その趣旨はすでに府県に通じております。そしてその配分された地方債は、どの高等学校に振り向けるかということも県にまかしてしまいます。県は、この高等学校に割り当てられた地方債をつけたいのだ、その考え方に従って地方債を許可する、こういうように方針をきめておるわけであります。私たちは府県ごとに総体の姿というものを一応こういうことで明示した、こう思っておるのでございまして、各府県が自信を持って急増対策を具体的に進めていけるように一応めどを与えた、こう判断をいたしております。
  134. 辻原弘市

    ○辻原分科員 そうなら私の考えていた観念とだいぶ違うように思うのですよ。先ほどいろいろ議論をいたしました九十一億、そうすると一万六千円という単位費用が基礎になる。それから生まれる基準財政需要額に見合って起債を分ける、公募債を分ける、こういうことになるのですね。そうすると、文部省がこの五百五十億を積み上げた際の使った基礎数字というものは、別に自治省は積み上げの額については用いているけれども、配分その他についてはこれは考慮しないということですね。というのは、今言いましたように、これは補助金の場合なら有効に作用するのですね。ところがあなたの方で起債を分ける場合には、交付税、いわゆる基準財政需要額、それを比例してやるというのだから、そうするとさっき私が言いましたように、一般校舎の基準整備費一人当たり一・三〇の一割圧縮ですね。その数字が、各学校を個々に計算すると、ここの学校は五百人生徒がおれば一・三〇をかける。ところがそれに見合う保有坪数が何ぼあるかということで差し引けば、その当該学校でどのくらい教室が不足しているか、坪数が出る。そういうことは起債を分けるときにあなたの方では何らの考慮がない、そう言えるわけですね。
  135. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 今お話しのようなことが、基準財政需要額の算定になっていると考えているわけであります。従って地方債もそれに比例して分けることが、御指摘のような配分になる、こう考えているわけであります。文部省がもっと違った案の方が実態に合うのだとおっしゃるならば、むろん文部省の御意見を尊重して参りたい。こう思っております。
  136. 辻原弘市

    ○辻原分科員 時間がございませんから、これは議論いたしません。私はそういう文部省のものの考え方がいいというのではなしに、むしろこの基礎というものが従来たびたび言われてきたように、これはよくはないのです。実態かはずれる基準だから。だから非常に地方財政を困らせている原因になっている。しかしこれを基礎に使っているのですよ、基礎に使って出てきている総額五百五十億の九十一億が現われているのだから。しかしながらそれを按分する場合には、実際にはあなたの方ではこれは使わぬということですね。積算には使われているが、配分の場合にはこれは使わぬということなんです。そう私は理解いたします。大蔵省もそれでよろしいですね。
  137. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 積み上げ方式と同じ考え方で配分しているつもりであります。しかし今後なお十分文部省の御意見も聞かしていただいて、検討していきたいと考えております。基準財政需要額の算定につきましても、文部省と打ち合わせをいたしまして、完全な合意のもとにこういう計算をして、資金の確保をしているわけであります。しかし問題は高校生急増対策を円滑にやることでありまして、今後さらに十分慎重に検討はしていきたいと思います。
  138. 辻原弘市

    ○辻原分科員 文部省に伺いますが、そんな余地ありますか。要するに一万六千円と九十一億、今私が述べたような一・三〇というような基礎数字はどこへ現われてきているかというと、九十一億に現われてきているのですよ。それを五十四万で除した数字が一万六千ですね。だから一万六千という単位はこれは動かない。ところがさっき説明されたのはどこで動くか。各府県の実態と違った数字は補正係数でやるというのですね。その補正係数のとり方というのは、それは実態に調整する。たとえば急増が非常に多いとか、進学率が高まっている、そういう場合は別だけれども、その場合に一人当たりの基準がどうだとか云々ということで表わそうとすれば、その補正係数以外にないと思うが、そういうことが技術的にできますか。どうですか、管理局長
  139. 杉江清

    ○杉江政府委員 今後自治省で配分された各県別の数字と実態とがどう違うかということは、今のところ的確につかみ得ないわけでありますが、今後の情勢に応じてこれをどう補正するかは一種の財政技術的の問題でありますので、その方面に今後とも十分御連絡をして実態をつかんでいきたい、こう思います。
  140. 辻原弘市

    ○辻原分科員 抽象的なことを言っているのではなくて、実際の最も具体的なことを聞いている。それで大蔵省はどう考えられますか。
  141. 谷村裕

    ○谷村政府委員 具体的にとおっしゃいますけれども、私どもの方が基本的な考え方を申し上げますと、積算の根拠となっております単価なりあるいは坪数なり、そういった基準になるべきものが一般的に変化してきている。たとえば去年学校校舎の建築単価など、補正で訂正したことがございます。そういうような一般的な事態が起こりました場合には、これは先ほど自治省の方がお答えになったように、再検討すべき問題であろうかと思います。そうでなくてならば、私は別にそういう問題はないと思います。
  142. 辻原弘市

    ○辻原分科員 時間がなくてやめようと思ったのですが、あなた方はさっぱり頭に入ってないと思うのだ。単価の問題を言っているのじゃないですよ。これは文部省で五百五十億を積み上げるときに生徒数が出た。その場合に、一体全体としてどの程度のものを国として——高等学校のあるべき姿をにらんで、それに使われた基礎数字というものがここにあるわけです。問題はこれが実態と合わぬ数字なんです。御承知でしょうが、実態と合う場合もあるが、往々にして合わない場合もある。これは中学校の急増をやって経験したところです。こういう例がしばしば出てくる。その場合に、これは文部省の場合よりは、奥野さんが言われたことが実行されるならば、それに関する限りはいいと思うのです。しかし補助金の交付ということで、文部省が同じ方式をこれにも当てはめたとするならば、あるべき姿にすでに達しておるところは、幾ら生徒が急増しようが何しようが、それに対しては交付されないというのが従来の原則的立場だったというのです。しかし中学の急増のときにはそれを若干特別として認めた。しかしそれは非常に不便である。特例として認めたけれども、しかしオールマイティではなかった。だから今度の場合は、一体この起債、それから交付税の運用については、そのファクターというものを、いよいよ交付するときにどうするのかと私は聞いている。そういう個々の学校の計算を、奥野さんの説明によれば、要するに基準財政需要額に見合ってぶっかけるのですから、実に簡単です。補正係数と単価と生徒数が出れば、これは今でもぱっと出るのです。そうすると、あなた方の説明によれば、達しておろうが達しておるまいが、そういう個々の学校のことについては問題じゃない。要するに急増に要する財政需要というものがどうだということが基本でもって、配分されるのだというお話であります。それなら補助交付にあたって文部省がやったようなかなり不都合なことは、それに関する限りは起こらない。だから起こりませんかとこう聞いているのです。
  143. 奥野誠亮

    ○奥野政府委員 私の説明が少し簡に過ぎておるようでございますので、具体的に申し上げさしていただきたいと思います。全国的な数字を出しますと同じ考え方で、個々の団体の数字を出すことにいたしております。従いまして団体別に、中学校の卒業生にその団体の全日制の高等学校の進学率をぶっかけて、将来その県の公立高等学校に収容すべき生徒数を予想するわけであります。同時に、それぞれの団体の三十五年度における公立高等学校の収容定数、それにすし詰めを予想いたしまして一割増しの数字、この両者の差額をとって、増加すべき生徒員数と、こう予想いたしておるわけでございます。その場合に、御指摘になりましたように、全国平均かりに三五%として、その比率の非常に高い団体と低い団体とがある。高い団体については、それだけの財源措置を必ずしもする必要はないのじゃないか、少なくとも補助金の場合は若干配慮してもいいのじゃないか、こういうお気持があるように伺えたわけであります。私たちはあくまでも公立、私立——何十年かかって今の公立高等学校ができ、私立の高等学校ができてきているわけでありますから、その比率に応じて将来の公立分の増加定数というものを予想していく、こういう立場をとっておるわけでございますので、公立高等学校への収容比率が高いから、直ちにその団体には、将来公立高等学校の増加施設にあまり金を投ずべきではないという結論は出てこないわけです。逆に低い団体については、直ちに特に多額の金を投ずべきだという結論も出てこない。先ほどもちょっと申し上げましたように、東京のような場合には公立高等学校への進学率がわずかに二八%であります。しかしながら全体としての進学率は、今正確には覚えておりませんが、八〇%前後であろうかと思います。これに反しまして鳥取県におきましては、公立高等学校の収容率が五〇%前後であります。そう考えて参りますと、鳥取の場合には私立の高等学校がほとんどないから、そういうことになっておるわけでありますが、今は私立があり、公立があるのですから、それに乗ってそれぞれの負担すべき分をきめた方が穏当ではなかろうか。何十年かかってこの比率ができてきておりますので、一応各府県の、実績の比率を使う方が私たちとしては無難であろう、こう思っておるわけでございます。しかしその間に、いろいろ御指摘もございましたけれども、特別の県の事情はこれはあろうかと思うのでありまして、そういう点につきましては今後もいろいろな措置で配慮をしていきたい、こう考えておるわけでございます。その配慮する措置の一つが、先ほど申し上げました三五%以下の団体については一応割増しをしていきたい、こう考えておるわけでございます。高い団体に割増しをするような考え方は今申し上げたような趣旨から持つべきではない、 こう思っておるわけでございます。要するに全体を計算をいたしましたと同じ考え方で、各府県の基準財政需要額を計算いたすわけでございますから、自然地方債の配分もこれに比例させるのが穏当であろう。そうやって、自分の府県の基準財政額が幾らに見積もられているであろうかということの一つのめどを与えることが、自信を持って急増対策を推し進めていく各府県の立場からいって、妥当な措置ではなかろうか、こう思っておるわけでございます。
  144. 辻原弘市

    ○辻原分科員 時間がありませんので、こまかい点はまた別な機会にいたしますが、要するに、私がだんだんお聞きいたしましてもますますわからぬ。ということは、結局起債とか地方交付税でこの種の一つの、私をして言わしめるならば、ある戦後の現象から生まれた特別な臨時的経費で、それをまかなうに今言いましたような形でやるということは、数字上は計算はできるが、はたしてそれが地方のそれぞれの公共団体に金が与えられる場合、その個々の学校なり地方公共団体がどういう形でこれが計算をされ、これだけの金がどこに一体きたかということが——起債の場合にはかなり明確になりましょうが、交付税の場合においては現実の問題として非常に不明確になる。これは幾ら力んで質問をいたしましても、さっぱり最後のしりがつかめないような架空の議論に終わるような気がしてならぬ。そう言えば奥野局長、はなはだ首をひねっておられますので、そうではないということをおっしゃるつもりでありましょうが、私はそうだと思うのです。おそらくそういう気持は、現在の地方団体なりまた当該学校の運営の責任者等の今日の考え方ではないかと私は思う。従って文部大臣に特段の御努力を順いたいことは、前段に私が申し上げ、また大臣からもお答えをいただきましたが、三十八年度以降については、三十七年度の実施の状況というものをよく勘案されて、明確に国が援助した、明確に国がその教育水準を維持するのだという建前が、国公私立を通じて、それぞれの設置者にぴんと響くような政策をさらに検討されておとりを願いたい。同時にまた自治省、大蔵省等におきましても、この種の形においての運用ということは、従来あまり例がないわけであります。おそらくあなた方としても初めてぶつかられる一つの問題であろうと思うので、実態と十分マッチさせることが何よりも肝要だと思うのです。そういう意味においては今後とも一つ努力が願いたいということを希望いたしまして、私の質問を終わりたいと思います。
  145. 中村幸八

    中村主査 午後三時三十分より再開することとし、暫時休憩いたします。    午後二時四十九分休憩      ————◇—————    午後三時四十二分開議
  146. 臼井莊一

    ○臼井主査代理 それでは休憩前に引き続いて会議を開きます。  文部省所管に対する質疑を続行いたします。受田新吉君。
  147. 受田新吉

    ○受田分科員 冒頭お伺いを申し上げておきたいことは、新年度の文部省予算関係することで、特に義務教育学校の学童生徒に対して、教科書を無償で交付しようという制度を企図しておられる文部大臣といたしまして、義務制学校の児童生徒にどのようにして教科書の無償を進行させていくかという、この問題をお尋ねしてみたいと思います。  提案理由の説明を本会議で伺いまして、重大な問題点のお尋ねをしたのでございますが、この義務制の学校の学童及び生徒に対して教科書を、まず三十七年度に予算措置として七億二千万円を用意して交付しよう、そしてあとはいわゆる無償制度調査会の調査審議の結果に待って、その答えを法案に織り込みたいということでございます。この法律の直接の質問は後ほど委員会でするとして、まずお尋ね申し上げておきたいことは、この無償制度の進行を、調査会が三十八年度から全面的に実施せよというような答申でもした場合には、それを直ちに実行に移すということになるのかどうか、お答えを願いたいと思います。
  148. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 三十八年度初頭に着手しますのは、政府としては小学校一年生ということで予算に計上をいたしておりますから、調査会でそういう答申が出ましても、当然にそうなるとただいまのところ申し上げる段階にないと思います。言いかえれば、第一年度は小学校一年生でもってスタートする、その後のことは三十八年度予算課題である、一応そういうふうに考えております。
  149. 受田新吉

    ○受田分科員 三十八年度で全面実施という答申が出る可能性なきにしもあらず、そうした場合は今年の十一月末までに答申をしなければならない、こう書いてありますね。その答申の結果が三十八年度の予算に全面実施を要求されるということがあり得たならば、その通りに実施いたしますか。
  150. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 その答申の線で政府としては努力しなければならぬと思います。
  151. 受田新吉

    ○受田分科員 全面実施として三十八年度予算にどれぐらいの経費を計上すればいい見積もりになりますか。
  152. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 正確には申し上げかねますけれども、大体百五十億見当になろうかと思います。   〔臼井主査代理退席、主査着席〕
  153. 受田新吉

    ○受田分科員 百五十億という文教予算は相当大幅な金額でありますが、大蔵省としましてもこの金額が承認されるという見通しで、この答申の結果にこたえる用意がありますかどうか。
  154. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 調査会でそういう年次計画が答申されたとしますれば、主管省としてはそれが実現に誠意を尽くすということでございまして、国家財政の収入にはおのずから限度があるということでございまするし、諸政百般にわたってそれをどう按分するかということと無関係ではございませんから、法律そのものによって実施するわけでもございませず、必ずそうすると私が申し上げる立場ではございませんけれども、答申の線は尊重して、あらゆる努力をすべきもの、こう心得ております。
  155. 受田新吉

    ○受田分科員 これは法案が出ているのでございますから法案の審査の際に法案そのものについてお尋ねいたしますが、直接予算関係する重大な問題だけを私は今抜き出してお尋ねしたいのです。  調査会の答申を尊重するということになる場合に、政治的な配慮で、大蔵省との折衝で文教予算が大幅だということで削られるというようなことであっては、これは何のために調査会を作ったか意味をなさないわけです。大臣としては、全面実施という答申が出ても予算上の措置を大蔵省と折衝して必ず実現させるという強い決意でおやりになろうとしているのか、お伺いしたいのです。
  156. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 もちろん気持としてはなるべく早く全面的に実現をはかりたいという考えに変わりはございません。
  157. 受田新吉

    ○受田分科員 私はこの機会に、教科書の無償制度を実行されるにあたって忘れてならないことは、教科書を支給されるくらいではとても間に合わないほど、そういうことはもうほとんど影響のないような貧困家庭の子供がおるわけです。文部省としてもこの三十七年度のあなたの方の予算案の大綱の説明を拝見しましても、就学困難な状況にある児童生徒に対して特別の援助を行なう必要があると認めて、以下それぞれ相当の予算を計上しておられるわけですが、いかがですか。教科書だけでなくてなおここに掲げてあります修学旅行費とか医療費とか学用品費とか、こういうものについて全面的に貧困家庭の児童生徒を救済するという根本的対策をまずお立てになっておいたらどうか。特に家庭の事情で非常に不幸な運命の星のもとに生まれた子供たち、親が貧乏であるがゆえに義務教育課程すらも人並みの子供の勉強ができないという、そういう不幸な子供を全面的に救って、義務教育課程の子供だけは安心して勉強をさせるという根本的な案を文部大臣としてお立てになる必要はないのか。こういうこそくな手段でなくして、全面的な保護対策、就学義務履行対策を用意される必要がないか。教科書無償の問題とは別に、もっとほかの人道上の問題がある、かように考えるのでございますが……。
  158. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 一般的に言いまして、今御指摘のような角度から、社会保障制度の充実という角度の問題としてもちろん今後考えていかればならぬと思います。義務教育の教科書無償の課題は、通俗に言われれている意味での社会保障という角度にあらずして、消極的ではございますが、義務教育学校では授業料はとらないという概念と同じ範疇に属するものとして、義務教育の学習をするになくてはならない教科書を無償にする。いわゆるあなたの本会議の御質問にもありましたように、憲法二十六条の趣旨に第一義的に沿う問題として取り上げた課題でございます。これをやったから準要保護と称せられる者に対する教科書以外の社会保障的な角度からとらえる諸問題が帳消しになるなどということは毛頭考えておりません。なるべくすみやかに社会保障制度の充実の角度から努力して参りたいと存じております。
  159. 受田新吉

    ○受田分科員 これは事務当局でたいと数字が出ないかと思いますが、今私が指摘しました就学困難な状況にふる児童生徒のうちで、修学旅行費の援助をしてもらっている。そしてまた治療費すなわち医療費、学用品費あるいは給食費について援助をしてもらって、いる者の該当数をお示し願いたい。
  160. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 お尋ねの生徒数でございますが、就学困難な児童及び生徒に係る就学奨励についての国の援助に関する法律というものが昨年国会におきまして改正をいたされました。それに基づいて大体準要保穫児童の五%程度を対象にいたしております。従って対象にいたしております児童生徒の数は、教科書でございますが、小学校におきまして五十四万八千、中学校におきまして三十五万一千、合計いたしまして八十九万九千でございます。それから学用品費についても同様でございます。修学旅行費につきましては、小学校におきまして十七万、中学におきまして約十九万二千、合計いたしまして三十六万二千という数字になっております。通学費におきましては、小学校は千八百四十人、中学校におきまして二千九百七十三人、合計いたしますと四千八百十三人になります。それから学校保健等におきましては、小学校大体四十万、中学校大体六十七万六千、合計いたしますと百八万ばかりでございます。大体そういう数になります。
  161. 受田新吉

    ○受田分科員 今のは、準要保護数を四%から五%としたことによって出た実際の対象になる数字ですね。だから該当者は実際はこれの二十倍からあるということになりますか。
  162. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 ただいま申し上げましたのは、五%として計算した対象児童生徒数でございます。従って小中学校の生徒数全体に比べますと、それは非常に少ない数でございます。
  163. 受田新吉

    ○受田分科員 私はこうした不幸な家庭の子供に対して、全面的な援助を実施をしていただきたいのです。学用品費だけに限るとか、旅費だけに限るとかいう判定もなかなか困難なことですから、不幸な家庭の子供に対してはすべてを全面的に実施をしてあげる、家庭の状況などの甲乙もございましょうけれども、そうした要保護家庭の子供にどこかで卑屈感を与えることのないように、要領のいい方法で対象範囲を広げていく努力を今後とも続けてもらわなければならぬと思うのですが、いかがですか。
  164. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 その点につきましては、私どもなるべく範囲が広いということが望ましいものと考えるわけでございますが、昭和三十一年以来こういう児童生徒に対しましてだんだんに範囲を拡張いたしますと同時に、その内容についても漸次充実をはかって参ったわけでございます。御承知のように、昨年は教科書の代金、それから修学旅行費、それからこの前の改正におきまして学用品費あるいは通学費等を加えまして、また今申しましたように、大体対象児童生徒数を四%から五%に引き上げ、さらに明年度におきましては僻地教育の振興を含めまして、寄宿舎の居住費の補助費というものも若干加えたわけでございます。従ってそういう範囲の拡大と同時に、内容の充実をはかる必要もございますので、単価アップ等も随時なされてきているわけでございますが、そういう方面に向かいまして努力をいたしたいと考えております。
  165. 受田新吉

    ○受田分科員 これに関連して盲学校とか、ろう学校養護学校等の就学奨励のささやかな贈りものがあるようでございますが、こうした不幸な運命の塁のもとに生まれた子供たちに、その不幸を完全に穴埋めさせるという熱意、愛情というものが、特に文教の府としては必要が大きいわけであります。これは社会保障の方と関連するからといって厚生省にまかすべき問題ではなく、文部省が一手に引き受けて、悪法に規定された子供の教育は国が責任を負う、そういうように責任者としてやってもらいたい。そうしてもう一つのやはり憲法の基本規定である基本的人権の尊重という大事な任務を果たされたい。それがいま一つ、荒木さんのような人道主義者の文部大臣責任を果たされることにもなるわけです。その予算の額というものはほんのわずかで、今寄宿舎の例をおとりにたりましたが、八百万ぐらいの予算でございますから、ちょっと色をつけたとしても、文教予算の上ではほんのささやかな贈りものでも、恵まれざる貧困家庭及び自分の身体の一部に障害のある不幸な子供たちに光を与え、希望を与えるという大半な政策になるわけですから、これは一つ文教の府として、小出しでなくて思い切った措置をとるという配慮を十分おとりいただきたいものだと思います。大臣どうです。
  166. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 特殊教育を初め、そういう恵まれざる児輩生徒に対する配置についての御発言でございますが、私もことごとく同感でございます。ただどうもその努力が積み重ね方式で、遅々たる足取りであることを遺憾に思いますが、今後に向かって努力したいと思います。
  167. 受田新吉

    ○受田分科員 足取りを急テンポに御努力要望しておきます。  私はもう一つこの予算で問題にされるのは、潜在主権が日本にある沖縄の子供たちに対して、教科書無償という制度をどのようにしこうとして用意されておるのか。祖国復帰を熱願しておる沖縄のわれらの第二国民たちに、どのような希望を与えようとされておるのか、御用意を御答弁願いたい。
  168. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 今御審議願っております七億余りの予算の中に必然入っておるとは申し上げかねますけれども、運用上沖縄の学生に対する育英奨学関係で御承知かと思いますが、沖縄政府に贈与するという形でやっておる前例がございますが、そういう形をとってでも沖縄の小中学校の生徒には教科書を無償にしたいものだと今のところ考えております。
  169. 受田新吉

    ○受田分科員 贈与の方式で無償が実質的に行なわれるような形をとりたいので今研究しておる、これは実現されますね。
  170. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 現実問題として相手方と相談しなければならないことではございますが、十中八、九実現するものと期待いたしております。
  171. 受田新吉

    ○受田分科員 これは、ぜひ、沖縄の第二国民たちに祖国日本の愛情を示す贈りものとしては非常に大半な問題ですから、十中八、九が十中十になるようにやっていってもらいたい。  もう一つ、今局長さんが御指摘になった、僻地、島嶼部、離島、山間僻地、こういうところにおる子供たちは、これはまた文化の恩典に浴することもなかなか得がたくて、それは貧困家庭とかいうものとは別の方で、地域的に非常な不遇な子供たちですが、交通の不便な地域において文化の施設に恵まれない子供たちに対して、ここにテレビ受像機その他のちょっぴりしたものが書かれてはありますが、根本的に僻地教育の振興の上から、あるいは離島振興の上から、離島振興法では文教予算がはずされておる、こういうようなところで文教というものをうんとクローズ・アップさせて、山の奥で五軒か十軒かしかないところに住む子供たちにも、どのような離れ島に住む子供にも、日本じゅうの児童生徒に喜びを味わわせるという措置は、どのようにお考えになっておられるか。
  172. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 ただいま仰せの僻地の問題でございますが、申すまでもなく僻地教育につきましては、私どもはできるだけ水準の向上をはかっていきたい。また一般の他の地域と同じような教育が、できる限り行なわれるようなことを願っているわけでございます。従って従来僻地教育の振興について、わずかではございますが、年年努力をして参ったわけでございます。明年度予算といたしまして、従来のやり方を踏襲する部分が大部分でございますけれども、一応考えておりますのは、総額にいたしまして約十三億程度でございますが、特に新しい問題といたしましては、先ほど申しました僻地振興を含めての寄宿舎の居住費の補助金八百二十四万でございますが、そのほか僻地の寄宿舎の建設というものが僻地関係者に非常に熱望されております。従って地域に約十四戸分、これを計上いたしております。これは施設費でございます。
  173. 受田新吉

    ○受田分科員 それは中小学一緒ですか。
  174. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 そうでございます。それからそのほかに僻地集会室は従来から約二万一千坪程度ございますので、それは大体引き継いでやれるようになっております。そのほかいろいろスクール・バスだとかあるいは発電施設の設置補助金だとか、そういうものは大体従来のやり方を踏襲しております。特に私ども、来年度におきまして僻地学校先生方の手当、こういうものにつきまして若干考慮を払ったつもりでおりますが、特に多学年学級の担当手当というようなものにつきましても引き上げをはかりまして、できる限りそこらの先生が十分教育に熱意を込めてやっていただけるように、意欲を感じてもらう、こういう趣旨におきましてそういう手当の若干の引き上げをはかって参ったわけでございます。
  175. 受田新吉

    ○受田分科員 今僻地手当の配慮のお話がありましたのですが、どのくらいに上がってきたわけですか、数字を示していただきたいのです。
  176. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 ただいまの僻地手当の内容でございますが、従来小学校の単級におきましては千二百円程度でございますが、これを二千円に引き上げる。小中学校の三学年ないし五学年の複式につきましては九百円でございましたのを千五百円に引き上げております。それから小中学校の二学年の複式につましては大体九百円を千二百五十円というような引き上げ方をいたしております。
  177. 受田新吉

    ○受田分科員 はなはだ芸がこまかい金額をお示しになられたのですが、三割からちょっとはみ出る程度、基礎的な数字が九百円とかいうので、千二百円にしかならないわけですが、まあそれでも三百円増額したら贈りものにはなりましょうが、これは暫定手当に当たる部分をいただいている都市の人々と、それから僻地の人と、時代はだいぶ立場が変わってきている。僻地におる人の方がむしろ従来の暫定手当をもらっている地域よりも、別の意味で言うと非常に負担を多くにない、不幸な生活をしなければならぬという立場があるのですが、もう少しこの金額を高くするというわけにいかないものか。これは他の官庁との関係があってこうされたのかどうか、お答えを願いたいと思います。
  178. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 このいわゆる多学年学級手当の問題は、これは教員だけの問題だと考えております。僻地を通じての問題は、これは他の場合と同様な考え方が別にあるわけでございます。
  179. 受田新吉

    ○受田分科員 ありましても、他の官庁の僻地にあるのはほんのわずかな例外的なもので、ほとんどが教育者ですね。学校です。このことは文部省が中心で推進しないと効果を上げることはむずかしい問題だと思うのです。そこを十分含んでいただきたい。おわかりでしょうか、御答弁を願いたい。
  180. 福田繁

    ○福田(繁)政府委員 そういう点を十分考慮したいと思っております。
  181. 受田新吉

    ○受田分科員 私はこの問題と関連する問題として取り上げたいことは、教育委員会法の改正を提唱したいのです。教科書の無償交付などという制度ができてくると、それでなくても教科書の国定化の方向にあるのじゃないかといういやな勘ぐりをされる向きが多く出てくるわけです。官僚統制の文部省の意図で、全国的な、広域的なものにこれを統一しようという動きがあるのではないか、こういう問題が必ず出てくると思うのです。私はそういう意味で、そのような具体的な問題は次の文教委員会で討議いたしますけれども、ここでぜひ一つ文部大臣の御意思を、これはほかの政府委員の方でなく、あなたにお聞きしたいのです。教育委員会法というものができて、公選制が約八年間続けられました。ところがこれは国会の、昭和二十八年の八月末の大野伴睦さんが三日議長をやったときの行きがかりで、とうとうこの公選制がすたって、三十一年から官選の教育委員会になってしまったわけです。それが今日六年続いてきたわけですが、教育委員の官選ということになっての弊害と長所とどっちか、功罪を研究してみたい。官選のよさというものは、簡単に教育委員が選挙費用などなくて済むわけですが、一方で言うと、民主主義教育教育地方化、国民に直結する教育を推進する上から言ったら、時の首長が自民党内であるか社会党的であるか民社党的であるか共産党的であるか、そういうような、そのときどきの政府あるいは地方の政治的な動きで、その力、その政党を背景にした知事や市町村長が出ておりますと、自然に委員の選任の方式が、保守党であるならば、革新系と思われるような委員の選任を遠慮して、自分に都合のいい委員を任命するようになるわけです。これは人情の自然ですね。議会の承認が必要でございましても、任命権は地方首長にあるわけです。現にその意味の弊害が、各所に官僚統制的な教育委員会の構成となって現われておるわけです。教育が国民とともにあるという姿であるならば、やはり教育委員会という制度そのものが公選でスタートしたのですから、しかも国会のあのときの都合でそこそこと官僚に変わってしまったといういきさつを考えたときに、一つこの際長所、短所を検討してみて、国民に直結する、国民の手に教育というものがあるという立場を主張する、教育委員会法の本来の任務を遂行させるためには、委員の選任を選挙によって国民に選ばすという方式に切り変える必要はないか、大臣いかがお考えでしょうか。
  182. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 結論から先に申し上げますと、現行制度がよろしいと思います。かつて直接選挙であったものが、間接選挙と申しましょうか、当該首長が案を出しまして、当該議会の承認を受けるという今の方式の方が、功罪両面を比較しましても、現行の方が妥当だと私は判断いたします。面接選挙によってやりますれば、形は民主的と申しましょうか、そういう形ではございますけれども、勢い教育委員の一人々々に政党色がつきまとわざるを待ない。これはもう政治の通有性からいって避けがたいことだと思います。将来国民なり住民の選挙についての考え方が、独自の見解で、公正な判断でやるように訓練された後ならば、これはどうかわかりませんけれども、現状に即してものを考えました場合、教育委員の一人々々に政党色というか、政党的な圧力が加わる姿よりも、一たん公選されました首長が案を立てて、そして直接選挙で出てきております議会の議員はそれぞれの政党色もございましょうし、系統別の人もおりましょうが、その住民のいろいろな色彩を反映した議会でいわば監視する、監督する、審査するというふうな二段がまえの今のやり方の方が、少なくとも現実的であり、おっしゃるような変な方向に走るということをチェックする意味でも効果的じゃなかろうかと私は思います。
  183. 受田新吉

    ○受田分科員 変な方向に走るということがあるのですか。変な方向とはどういうことでしょうか。
  184. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 変な方向という用語はあまり適切ではございませんでした。さっき申し上げたように、その一人々々が政党的な圧力によって動かされる傾向という意味でございます。
  185. 受田新吉

    ○受田分科員 この問題は、過去八年にわたった公選による教育委員によって実績がほぼ出てきているわけです。あの選ばれた教育委員というものは、大体教育委員という立場で選任されております政党的なものすごい色彩の濃厚なものというよりも、自然に落ちついた教育委員として選ぶのであるからというので、少なくとも候補者に選ばれる人々は、ある程度一般的な通念から見て、人間的にもりっぱな人を選ぶという、つまり教育的な立場から見て条件に合致した人を選ぶというような立場で選ばれておるし、またそういう政党の背景がある場合があっても、一党に片寄った結果にならないわけですから、自然にその間で進歩的なあるいは保守的なものが統一される。教育委員会というものは、あれは一人の意見できまる機関ではないのですから、合議的な機関でございますから、合議として出る結論は非常にその点では調和のとれた形のものになってきたわけです。ところが今の場合でしたら、むしろ特定の政党の息のかかったような人が同じような方向で選ばれますから、自然に官製的な委員会の本領を発揮して、首長と同じような立場で、ときには官僚独善的な教育行政も行なわれてくるわけです。また教育委員というものの権威が非常に低下しておりますので、教育委員という立場から強い発言ができなくて、頭を下げて地力の首長に阿附党同するというような傾向も出てきているわけです。教育の民主化とおよそ逆な方向教育が、地方行政の何か付属機関のような形になってきている。これを是正するために、私は国民とともにある教育という意味で、せっかく八年間の長い歴史を持っているこの委員会、しかも訓練をされてもう終戦後十数年もたっているこの段階では、公選制に復活しても、あなたが短所として御指摘されているような弊害はおおむねこれを抹殺することができる方向にあって、むしろ長所を生かす結果になると思うのです。十分検討を願うべき筋合いのものであろうと思うのでございます。文部大臣としては、御都合はそれは官選の方が文部省からの意見などを生かすのには都合がよく参りますから、御都合のいい方へ今は気持が向いておられると思います。池田さんが言われた大所高所から見てどうあるべきかということをあなたもお考え願いたい。
  186. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 大所高所に立って考えまして、私は今申し上げたような結論でございます。余談を申し上げておそれ入りますが、私も地方の首長をしばらくやったことがございますが、かりにそれが自民党をバックに出ました首長にしましても、(「自民党を脱党しなければだめだ」と呼ぶ者あり)社会党であれ、共産党は困りますけれども、その首長たる者が選ぶから独善的になるという御指摘は必ずしも当たらないと私は思います。地方の自治体の首長たる者は、これこそ住民の代表である議会に対しても推薦をし、議会の決定によって初めて任命をするわけでございますから、行政百般についての市民ないしは町村民の代表、県民の代表という立場における住民を代表した議会が、住民にかわって冷静に判断してもらうというやり方で十分であり、より適切じゃなかろうか、こう思っております。
  187. 受田新吉

    ○受田分科員 いや、この問題はあなたと意見が平行しておりますので、今野原君からも指摘されたように、自民党の文部大臣としてはなかなか御決意がむずかしい問題かと思いますから、きょうはこの程度でこの問題を一応お預けにしておきましょう。  そこで、今から私は、文部省が文教の府として権威を失墜するような事件が幾つか起こっている問題を取り上げてみたい。文部大臣、あなたも文教の府の責任者として責任を感じておられると思うのでございますが、ごく最近における文部省の大きなミス事件、せっかく工業高等専門学校を設置するという法律をお作りになられて、短期間にりっぱな技術者を大いに養成したいという御熱意でスタートさせられたこの工業高等専門学校、いろいろな批判があったにかかわらず、とにかくこれが法律になったのですね。そしていよいよ実施に移されることになった。いわば文部省にとっては輝かしいスタートです。また技術を学ばんと欲する青年学徒たちにとっても一応の登竜門ができたと喜んでいる者も多いと思うのです。ところが、その登竜門をつかもうとする生徒たちに非常に大きな、文部省を信用できない事件が起こった。それは過ぐる日の佐世保における高等専門学校の例の入試問題の盗難事件及びきのうの朝起こった事件、ホット・ニュース、御記憶があると思うのですが、けさ一斉に報道されております。これは国立工業高等専門学校の入学試験問題に大きなミスが出て、しかも試験を受ける生徒たちが一斉にこれを指摘しておる。指摘した問題を取り扱うのに、学校によっていろいろ違った立場をとっている。鈴鹿の高専では放送で訂正したと言うておる。訂正しないでそのままでやらしたところもある。試験を受ける子供たちにしてみれば、文部省という権威ある官庁が出したのだから、出された問題に間違いはないと信じておる。あの受験心理の異常な状況の中でなおかつこれを摘出した、それでもう一斉に受験者から指摘されておる。一体文部省という役所は、こういう神聖なる入学試験問題などを盗まれたり、あるいは試験問題を間違えて出されて、それで文部大臣、あなたの役所の権威が保たれますか。私はこれは簡単な問題じゃないと思うのです。文部省という権威ある官庁、教育の聖なることをお唱えになられる文部大臣とされましても、この入学試験問題というものには神聖さを与えて、必死でこの試験問題と取り組む全国の莫大な数に上る受験者に希望と光を与える努力をされなければならない。その文部省が、これだけ大きな事件を起こして、けさまた大々的にこれを報道されている。国民に与える悪印象は文部省に対する信頼感を失わしめ、また文部省を尊敬してきた受験者の気持が大幅に減退されると私は思うのですが、この佐世保高専に起こった、試験問題を盗まれた事件及び試験問題を間違えて提出された事件、この二つの大がかりな間違い事件をどのようにお考えになるか、御答弁願いたい。
  188. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 御指摘の二つの問題、ともにまことに恐縮千万に存じております。受田さんの口を通じて全受験生からしかられておるような気持がいたします。できたことは仕方がないと逃げるわけには参りませんが、そのできたことそれ自体の影響等を十分に把握いたしまして、受験をしました生徒たちに疑惑あるいは不信の念が残らないように、合理的な善後措置を講ずるということが、私がなすべきことだと存じております。  重ねて、まことに遺憾しごく、申しわけないことに思っております。
  189. 受田新吉

    ○受田分科員 文部省がこういうミスをやったという背後に、事務当局のどういう責任大臣としてはお考えになっておられますか。
  190. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 事務当局を具体的にあげつらって責任呼ばわりをするつもりはございません。あるいは不注意であったかもしれず、勉強不足であったかもしれず、あるいは、佐世保の問題につきましても、その取り扱いにもっと厳重な注意を与えることが足りなかったためにああなったと言えないこともない、というがごときことを反省しまして、今後長きにわたって続く問題ですから、ひとり高専に限らず、商船学校電波学校等も一緒なわけでございますから、同じあやまちを再び絶対に繰り返さないように、どうするかということも事務当局に十分に反省を求めまして、今後に向かって絶対に信頼を裏切らないようにしなければなるまい、かように思っております。
  191. 受田新吉

    ○受田分科員 問題は、この試験の答案を書いた受験者たちは、この問題の採点の方法がどうなるのだろうという一つの不安があると思うのです。一体、この採点方法はどういうように処理されようとしているのか。ミスに答えた採点の方法を、事務当局でけっこうですからお答えを願います。
  192. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 ついこの間の問題でございますので、なるべく早く真相そのものをつかみまして、また専門家の意見も聞きまして、さっき申し上げましたように納得のいく解決をいたしたい、かように思っております。
  193. 西田亀久夫

    西田説明員 補足して御説明申し上げます。  盗難事件の方につきましては、現在、それがどのような経緯で、盗まれました試験問題が流布された可能性があるかどうか、この犯罪捜査が一方で進行いたしております。その経過を見まして、これが全体の採点に対してどの程度の再検討を要するかということをできるだけ早く結論を出したいと思っておりますが、受験生に与えました心理的な影響というものは取り返しのつかないことで、大へん申しわけないと思っております。  後者の問題のミスの方でございますが、これは現在問題作成者において技術的に検討いたしまして、各地区の取り扱い、現地における試験場の指導なども検討いたしまして、結果的に、どこで受けても公平な採点評価ができるというような方法を今鋭意研究中でございまして、結論の出次第各地にそれをはっきり指令する予定でおります。
  194. 受田新吉

    ○受田分科員 鋭意研究するとおっしゃるけれども、実際に、技術的にそういうことが可能でありますかどうか、お答えを願います。
  195. 西田亀久夫

    西田説明員 もし、その出題の内容を常識的に判断いたしまして、それに公正な答えをすることが著しく困難であるというような条件があった者、またその現場において試験者から特別な指示を受けた者と受けなかった者と、これにおいて答案の書き方が違ってくると判断されますものについては、当該問題についての採点を全体の評価から一応排除する、こういうような方法があろうかと思います。その必要性をどの範囲に置くかということについて現在検討中でございます。   〔「それを正しく書いた子供はどう   なるのだ。できやしないじゃない   か。」と呼ぶ者あり〕
  196. 受田新吉

    ○受田分科員 問題は、一応こういう答案としてでき上がっておるのですから、そこに問題があるのです。今あなたがおっしゃったような、当該問題だけを排除してあとだけで計算をするということになると、この問題を非常によく知っておった子供はどうなるわけですか。非常に公平を欠くことになる。よく勉強しておった受験生のその部分に対する成績を抹殺することになる危険があるわけですね、技術的にこれをどうお取り扱いになりますか。
  197. 西田亀久夫

    西田説明員 全体の問題の構成が、それぞれの学科目に対する学力の評価といたしまして、一つ一つの問題の持っている重さなり、全体的な知識の体系を見ます上での重要性なり、これらをやはり総合的に判定する必要があると思います。お話しのようにその誤った問題についての採点を削除した場合に、もし当該学科についての評価が全面的に狂ってくるというようなものであれば、これは重大な問題でございますが、そのようなことになるかどうか、このことについても現在検討中でございます。
  198. 受田新吉

    ○受田分科員 私がここで懸念することは、文部省が今度スタートした工業荷車というものを非常に軽視しているのではないか。第一次国立大学の試験が近く始まるわけですが、それに先だって行なわれた国立の工業高専のその前途に、スタートから非常に悪い印象を与えた、これはあまり大事にされないのだろう。しかもこの間盗まれた佐世保高専の問題の中には、盗まれただけではなくして、三つの大きな誤謬を犯しているのです。問題そのものが間違っているのです。間違ったのが盗まれているのですから、もうこれは大へんなことです。こういう間違いだらけの問題を出し、間違いを起こすような形で高専がスタートするということは、全国的に高専の将来に暗影を投ずると思うのです。事務当局として人手が足りないのかどうか、こういう試験問題に対して、高い教養を持った方がおらぬのかどうか、文部大臣の部下にはこういう間違いの問題を出す職員しかおらぬ、こういうことにもなると、これは大へんな権威に関する問題でございますが、文部大臣一つ文教の府の権威を大いに高めるために、何らか具体的な、勇気を持って英断をおふるいになる必要があると思うのです。いかがお答えになるか、これが私の最後の質問です。
  199. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 さっき申し上げました通りでございます。まことに遺憾しごく、恐縮千万に思います。しからば事務当局にどういう処置をするかというお話しに対しましては、さっき申し上げた通りのことをやりまして、今後に向って信をつなぐようなあらゆる努力をしたい。当面の出ましたことにつきましては、説明員から申し上げましたような考え方で万遺憾なきを期する考えでございます。
  200. 受田新吉

    ○受田分科員 これで一応この問題についてはお尋ねを終わります。それから残余の問題はまたあらためて文教委員会でお尋ねすることにして、一応質問を終わりましょう。
  201. 中村幸八

    中村主査 次は堂森芳夫君。
  202. 堂森芳夫

    堂森分科員 先刻村山委員から、先般の日教組の研究集会、教研集会の際に、福井大学の福応会館、これはかつて戦前の師範学校、それから戦後大学になって、卒業した学芸学部出身の諸君が寄付をしまして建てた福井大学の構内にある一つの集会所であります。これを貸す、貸さないといういざこざがあったことに対しまして、文部大臣からいろいろと答弁がございました。また事務当局からも答弁があったわけであります。私も聞いておりまして——実は福井県は私の選挙区でありますから、かねてから福井大学の職員の諸君からいろいろと陳情を受けておりましたので、一度機会があれば質問をしたい、こう思っておったのでございますが、きょう村山委員がやられる、こういうので聞いておりました。しかし文部大臣以下の答弁を聞いておりましても、私どうしても納得がいきませんので、重ねて時間をいただきまして質問をしたい、こう思うわけであります。  そこでまず伺いたいのでありますが、戦後できました地方大学というものは、地方に非常な厄介をかけておることは大臣おそらく御承知の通りだと思うのであります。特に福井の大学は旧高等工業学校でありまして、これは戦時中に、たしか昭和二十年の八月十三日か十四日かと思いますが、空襲によって全焼した大学であります。この全焼した旧同等工業学校地方大学として復活して参るにつきましては、非常な地方の協力があったわけでございます。これはもちろん福井だけではございませんでした。そしていろいろな方面に寄付を仰ぎまして、協力を得まして着々国の予算によって復興してきた、こういう歴史があるわけであります。そこでこの福応会館というのは、先刻も申しましたが、卒業生が寄付をしまして集会所その他に使っております。もちろんこれは教室ではないわけでありまして、この教室でない建物をたしか一月の十一日かと思いますが、大学の事務官が大学の職員組合の代表に向かって一応お貸ししましょうという内諾を与えたのであります。その後この事務官が文部省の当局と打ち合わせましたところ、これは国有財産等の管理使用規則といいますか、そういう使用規則に照らして、どうもこれに抵触するからという理由で、大学文部省から使わしちゃいかぬという命令を下したのだ、こういうふうに言われております。後ほどいろいろ伺いますが、文部大臣は、これは文部省にそういうことを命令する権限がある、こういうふうにお考えでございますか、まず伺っておきたい、こう思うわけであります。
  203. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 一々の具体的な場合にイエスかノーかを言う、そのことは当該大学の仕事だと思います。ただ一般に福井大学に限りませず、国立学校の国有財産施設の本来の目的以外の使用ないしは収益をさせるために大学構内を使わせる等のことにつきましては、国有財産の使用基準を定めまして通達をいたしております。これは公平を期する意味において当然の措置かと思いますが、その通達に基づいて大学当局がイエス・ノーをきめるということは、当然の置かれた立場だと思います。そこで私の聞きましたところでは、大学から連絡がありまして、そういう申し入れがあるがどうしたものだろうということに対しては、その通達の建前からいって貸しちゃならない場合であるという回答をした、こういうふうに承知いたしておりますが、適切な処置だと思っております。
  204. 堂森芳夫

    堂森分科員 そうすると、一応大学の事務局長は、お貸ししましよう、こう言っておった。しかし文部省に照会してみたところが、それは貸さない方がいいだろう、こういう通達をしたのだ、こういうお話でございますか。事務当局でけっこうですからもう少し詳しく当事の事情を……。
  205. 安嶋彌

    ○安嶋政府委員 当時の状況でございますが、一月の十六日に福井大学の上山事務局長が上京いたしまして、村山大学課長と会計課の副長に面接をいたしまして、福井県教組の方から福応会館を教研集会の分科会の会場として使用したいという願い出がある、これをいかが扱ったらいいかということについて意見を求められたわけであります。当時私ども、実は福井大学の当局が県教組に対しまして、非公式ではございますが、大体いいと思うといったような意思表示をしておったということを実は知らなかったわけでございます。従いまして、どう扱ったらいいかという意見を求められたわけでありますから、それに対して使用基準のいずれの条項にも該当しない、従って使用させないよう慎重に取り扱うのがよかろうという意見を述べたわけでございます。経過はそういうことであります。
  206. 堂森芳夫

    堂森分科員 これは私が申し上げるまでもなく、文部省の設置法の第五条でございますか、文部省大学を監督したり命令したりすることはできない、こうちゃんと書いてあるわけであります。もちろん予算上あるいは運営その他について指導をしたり、あるいは指示といいますか、助言といいますか、そういうことは可能でありましょうが、そうすると、文部省は使わしちゃいかぬという命令的態度に出た、こういうことは断じてありませんか、もう一度確かめます。
  207. 安嶋彌

    ○安嶋政府委員 私ども大学から、各種の大学の運営等について意見を求められたことがしばしばあるわけでございますが、そういう際には意見を述べるという態度で出ておるわけでございまして、一々これは命令であるとか勧告であるとか、そういったふうな使い分け、注釈をつけてそういう言い方をしておるわけではないのであります。事実は意見を述べたということであって、福井大学事務当局がそれを文部省の指示あるいは命令と受け取ったかどうか、それはわかりませんが、かりに受け取ったといたしましても、私どもはそれをどうこう言うつもりはございません。
  208. 堂森芳夫

    堂森分科員 しからば、文部大臣にもう一度お尋ねをしたいのでありますが、文部省事務当局が教組の研究集会にはそういうものを使わさない方がいい、こういう意思表示をしたことは明らかであります。その根拠でありますが、それはおそらく公共目的に適しない集会だ、さっきの村山さんの質問にはこういう解釈の御答弁であったようでありますが、文部大臣はそういうふうな御見解でございますか。いかがでございますか。
  209. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 通達の公共目的になるかどうかという点のみならず、「前各号に掲げるものの外、国の事務、事業又は国の企業の遂行上真にやむを得ないと認められる場合」ということがまた公共性ありやなしやの判断の一つの要素かと思われますが、そういうことをあわせ考えて、貸さない方が通達の趣旨に適合するはずだという意見を述べたものと了解いたしております。
  210. 堂森芳夫

    堂森分科員 国有財産の取り扱いの基準の第二号ですか、学術調査、研究、国の施策の普及及び宣伝、その他公共目的のための講演会、研究会などの用に短期間供する場合ですか、こういう場合はいい、こうなっておるのであります。そうすると、あとの方はともかくとして、教組が主催した研究集会に大学の教職員が集まって大学教育というものについていろいろ議論をする——なるほど教員組合の主催でありますが、こういうことは大学の教職員として当然の義務であると私は思うのです。研究するということは教職員の当然の義務だ。そういう教職員がどんな組織の主催であろうと、教職員としての義務から出たそういう研究、討議をするということが公共の目的に反するでしょうか。私は適すると思うのですが、そういう解釈は成り立ちませんでしょうか。文部大臣いかがでございますか。
  211. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 大学の学生なり大学の職員がみずから大学施設を使う分についてはむろん何ら疑義がないと思います。日本教職員組合という全然別個の職員団体が、毎度申し上げておそれ入りますけれども、一つの独自の目的を持っておる、その目的そのものは研集の場合でも捨てていない、これはきわめて明瞭でございます。端的に申し上げれば、文部省の定めておる教育課程を骨抜きにする、それにとってかわるべきものをやるのだというのが、作り上げるのだというのが研集目的にはっきりなっておるようであります。そういうことを当該大学の職員みずからやるのでなくて、その目的を持って、その意図を持って研集をせんとしておる団体が使うということは、内容的に言ってもむしろ公共性に反する。のみならず、今読み上げました最後の項の趣旨からいいましてまさに適切でないところのケースだ、私はさように考えます。
  212. 堂森芳夫

    堂森分科員 荒木文部大臣、あなたのおっしゃることは非常に独断であり、危険な考え方だと思います。この教研集会に関しましていろいろな文書が昨年の暮れから流されました。簡単ですから一ぺん読んでみます。だれが出しているか。これは後ほど差し上げますからお読みになるといいですが、長いですから全部は読めません。「日教組は予てから丹頂鶴と言われて居る様に中心的幹部が共産主義者でありこれ等が独裁的に組合の運営指導に当って居るからであります」「翻って本県教組の動きを見ますのに今日迄は比較的穏健な歩みを続けて居りますことは御同慶にたへません しかし今回日教組はこの点に意を用いまして我が福井県を拠点として昭和三十七年度の活動をなすべく明年二月初旬に第十一回日教組教育研究集会の例会を福井県下で開催する計画を樹てて居ります これが既開催県に於いては其の後偏向教育教育秩序の混乱等に大変悩されていることは御案内の通りで御座居ます 第十一回日教組教育研究集会開催地に予定されて居る地元福井県並に各市町村に於かれましては日教組の本態を良く把握せられ「教育界の不当支配」「権威への挑戦」「行政権への闘い」等共の政治的偏向の暫しい斯くの如き行事に対し誤って協力することなき様別紙に関して特段の御配慮を賜ります様御願い申し上げます」そして知事、県会議長、教育委員長、市町村長、市町村の議会議長、市町村の教育委員長高校、中学校小学校のPTA会長。別紙にはこう善いてあります。「教研集会開催の県、市町村は如何なる形式に於ても補助金等の給付をしない」「教研集会の出席者については旅費支給、公務出張扱い等の利便を提供しない」ということをやってくれ、こういうようなことを書いて、そうして、知事あるいは市町村長というふうに参ったのです。こういうやり方はどうでございましょう。妥当だと思われますか。こういうふうな意見でもって、全県のいろんな人にばらまいて、そうして日教組の研究集会はこういうものだということをいって、やっておる。これはどういうふうに思われますか、妥当な考えだと思われますか、どう思われますか、某方面の人がやっておるのです。文部大臣どうお考えになりますか。こういうふうにして、研究集会というものはこういうものだというようなことを宣伝して、そうして市町村長や教育委員会にどんどんやって、妨害をやっておるというようなことは妥当だと思われますか、あなたは行き過ぎだと思われますか、あるいは何にもお考えになりませんか、どうでございましょう。
  213. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 ちょっと、今お読み上げになりました全貌をつかみかねておるわけでございますけれども、それはだれがそうやったのでございますか。
  214. 堂森芳夫

    堂森分科員 これは人のやったことだからわれわれは知らぬとおっしゃるでしょう。これは自民党の県連の会長です。あなた方の同僚の議員です。「権威への挑戦」こう書いてある。自民党の権威でなくちゃいかぬのでしょうか。そういうことこそ、日本が間違ってきた、戦争を起こしてきた原因じゃありませんか。批判のない教育をやる、こういうことじゃ問題にならぬ。やはりさっきあなたがおっしゃいましたけれども、大学の職員といえども、職員組合を作るのですよ。大学の建物の中でいろいろな大学教育についての討議をし、あるいは議論をし——もちろんいろいろ議論はあるでしょう。教員組合に組織されておる職員といえども同じじゃないでしょうか、いろいろな意見を戦わすということ、そういうこともいかぬという考え方、教組が主催しておるから、そういう研究集会はいかぬという考えはいかがでしょうか。大臣、やはりいかぬとおっしゃいますか、文部省の管轄の国立学校の建物の場合は一切貸さない、貸すべきではない、こういうお考えはお変わりないようでございますが、もう一ぺんお伺いします。
  215. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 日教組が研集の大会をやりますこと、そのことは自由だと思います。ただ私がおそれますのは、先刻も触れましたように、日教組の性格、目的というものは、書いたものではっきり言い得るものはその倫理綱領だと思います。その倫理綱領はまさしく政治的目的を持っておるとしか断定できない。その立場に立って研集をやっておる。研集の大会の結果から見まして、あるいは日教組としての全国大会の態度から見ましても、どうしても教育の場の中立性を侵すおそれありということを国民にかわって懸念いたしまして、そういう立場から日教組も批判いたしておるのであります。反省を求めておるのであります。ただし、まだその根本の考え方が変わったということは、私は確認できない。相変わらざる根本の気持は変わらないのだと日教組の幹部みずからが一再ならず言明しておることから申しましても、信頼たらないものと思います。その懸念を感じまするのみならず、文部省というものは日教組の敵であると宣言したことはいまだに生きているようであります。しかも、先刻も申し上げましたように、文部省が法律上国民に向かって責任を負わされてやっておることそのことを骨抜きにするとか、全然別個のものを打ち立てて、それで教育をしてみせるのだというための研集ならば、これはどこから見ましても、教育プロパーの課題としてのみならず、国立の施設の使用関係についての通達の基本の考え方からいいましても適切でない、かように思っておるわけでございます。
  216. 堂森芳夫

    堂森分科員 結局、大臣と議論になるわけでありますから、議論をしていっても際限はない。しかし冷静に考えまして、この場合福応会館というものは、先ほど申しますように、焼けて何もない大学へ、かつて師範でありました関係で、かつて師範を卒業し、また大学になってから学芸学部を出た諸君が、零細な金を出し合って寄付した建物であります。しかもこれは教室ではありません。従来私もたびたび使ったことがあります。そして私のような一議員が個人的な会合をするのに快く貸してくれた建物であります。また個人的な講演会にも使っております。また県教組の支部長く会議であるとかいろいろなものにもかつて使いました。私もたびたび出ております。また県教組研究集会の講師団の会合にもたびたび使ったことがあります。とにかく数えますと切りがない。そういう関係の会合に従来使ってきた建物であります。しかも福井大学の教職員を中心にして、大学教育についての研究討議をする、これは何も政党あるいはその他いろいろな団体の運動方針をきめるわけじゃないのです。いろいろ討議をして、そしてそこに討議の結論を出す、いわば研究の自由という範疇に入るべき会合だと私は思うのです。そういうものにまで貸していけないというやり方は、私は従来から使ってきた建物の経緯から見まして、あまりにこれはしゃくし定木的な解釈ではないかと思うのです。文部省としてはかしらに荒木大田がおられる、勇将あらばその下には弱卒なしで、やはりいたけだかになってそれはいかぬ、こういう命令を大臣の命を受けて下されたのではないか、こういうふうに想像するわけでありますが、そんなしゃくし定木ではなしに考えていいんじゃないか、この建物の沿革からいきましても。そうだからこそ上山事務局長が最初貸しましょう、こういう内諾を与えた理由もそこにあったと思う。彼だって長い間文部省におった役人です。そんなことを知らないはずはない。そういういきさつがあったのであります。昨年宮崎県で研究集会があったでしょう。そのときには大学の建物を使っておるのじゃございませんか。いかがでございますか、大臣お知りでなかったら事務当局でけっこうです。
  217. 安嶋彌

    ○安嶋政府委員 昨年の日教組の組合大会には、御指摘通り宮崎大学の体育館を使用いたしております。ただこの件につきましては、大学当局の正式の許可がすでにおりておった等の事情がございまして、文部省といたしましては、特にこれを取り消すよう指示はしなかったという事実はあります。
  218. 堂森芳夫

    堂森分科員 それから福井大学大学長の、長谷川博士は、組合の幹部と会ったときに、私はお貸しするのがあたりまえだと思う、この建物の沿革からいってもお使いになるのは妥当だと思う、なぜ文部省がそういうふうな指示を与えたのか了解しにくいというような発言すらしておる。私が一ぺん東京に行っていろいろ交渉したいと思っておると言われたが、しかし彼は病気になって入院しておる。そういうようないきさつもあってできなかったわけでありますが、これ以上いろいろ追及しましても議論になりますけれども、特に地方大学で、しかも福井だけではないと思います。戦災その他によって荒廃に帰した大学もたくさんあると思うのです。それが復興してくるにつきましては、やはり地方のいろんな団体というものの協力を得なければならぬ。また従来も得てきたと思うのです。しかもこの寄付をした旧師範の卒業生や、あるいは学芸学部の卒業生の諸君が非常に憤慨しているということは当然だろうと思う。自分たちが寄付してそうして自分たちが——福井県は大臣からいいますとあるいは気に入らぬかもしれないけれども、第二組合はございません。それから百パーセントといっていいくらい全部県教組に加盟しております。従来から別に県内の県民諸君からああ、こうという批判を受けたことのない組合でもありまするし、非常に憤慨しておるわけです。もうこれから大学に協力しない、今まではいろいろと協力してきた、財政的にもしてきたというようなことも言っておるのであります。地方のそういう特殊な性格を持った大学については、やはり文部当局としてはただ法律論一点張りで、ただ公共の目的にかなっている、かなっていない、そんなことは議論すれば必ずどっちでも私は議論はつくと思うのです。それは白と黒というふうにはっきりいかないにしても、いろいろと議論すればある意見は出てくると思う。私は公共の目的に反していないと思う。しかも従来いろいろな会合に、文部大臣が毛ぎらいされるような会合に絶えず使っておる。そういう建物を今度はいかぬ、使わせない力がいいだろう、これではあまりに文部省としては短慮ではないか、私はこういうふうに考えるわけであります。今後もあることでありましょうから、厳重にいろいろと反省されまして、慎重にやはりやっていただきたい、こういうふうに考えるわけであります。  いろいろと聞きたいわけでありますが、時間もございません。三十分という約束でありますから、これで終わります。
  219. 中村幸八

    中村主査 臼井君。
  220. 臼井莊一

    ○臼井分科員 総括質問のときにお伺いしようと思ったことで、時間の関係で省略いたしたことがございますので、その点ちょっと伺いたいと思います。  東南アジアとのいろいろ経済協力が今後の問題として論ぜられておるのですが、私どもあちらの方を見て参りました感じから言うと、経済協力とともに教育の問題が非常にあちらでは大きいというふうに私は思っております。要するに近代的な工業とか具体的に工場等を作る、これを運営するというような能力というものは、まだあちらの方で養成されていないように感じて参りました。結局まだ近代的な産業を伸ばすだけの基礎能力が足りないというふうに感ずるのであります。たとえばビルマ等で、アメリカあたりからの経済援助で近代的な工場を作っても、これを運営していく技術者が足りないし、また運営の能力、経営の能力も足りない、人材が足りないということで、結局機械をこわしてしまえば修理もできない、その補充もできない、その結果は生産のコストが高くなって、外国から輸入した方が安いのだ、こういうようなことになって、せっかくの施設というものが生かされていないというような現状に見受けたのであります。そこで、そういう近代国家として進む、その基礎は教育というものが必要で、文教というものが必要だということは、日本の今日の産業の発展をなしたのも、教育の普及、国民が教育熱心だということに基礎があったというわが国の現状であるというふうに、今日までのまた歴史的な過程であるということは、私も総括質問の際に申し上げたのですが、それが南方方面で行なわれていない。そこでそういう方面指導ということが、経済協力に先行して非常に必要だというふうに実は感ずるのでございます。そこで、そういう方面に対するわが国としての文教、文化方面での協力といいますか、そういうものに対しての政府の用意というものがどういうふうにあるかという点を簡単に一つお伺いしたいと思います。
  221. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 御承知のように、文部省がお世話をしまして、東南アジア方面に調査団を三十五年以来派遣いたしております。ことしも、昨年の暮れ矢部貞治さんを団長とする調査団のほかに出かけましたのですが、その名前をちょっと失念いたしましておそれ入りますけれども、先般帰って参りまして調査報告書も出ております。今事務当局に指示いたしまして、その報告書の中身を十分検討いたしまして、具体的に早急に取り上げるべきもの、取り上げ得るもの、あるいは今後の検討の材料たるものを仕訳しながら、活用すべきものは早く活用する手だてを講じたらどうだろうということを言っているところですが、一例を申し上げますと、今御指摘のございましたことにやや関連いたしますのをあげますれば、インテリは非常に高い知能程度を持っているが、一般的には非常にまだ低いというのが一般情勢であるのに、日本教育レベルそのままを向こうに移し植えるような感覚ではなかなかぴたっとこないだろう。それでたとえば向こうのそれぞれの国の地図を日本で作ったものを提供したと仮定する、学校等を見て回ってもほとんど地図なんというものはない。あってもとんでもない誤りがあるようなものらしい。従ってそういうものも提供するというくらいのことから始めて、相当高いレベルのところまで及ぶというふうな構想が必要であるように思うというふうなことも話をちょっと聞いたわけでございますが、十分に資料を調査し、今後の施策に備えたいと思っております。
  222. 臼井莊一

    ○臼井分科員 日本にあちらから留学生が来ておりまして、たとえばマラヤならマラヤから来ておりますが、あちらの方は英国の長い植民地であった関係上、たとえば日本で医学を修めたのではあちらで開業ができない。何か聞くところによると、英国なり豪州なりへ行って、その資格をとらないと、せっかく日本で医学を修め、大学を出て相当な技術もできて資格があるのに、あちらでは通用しない。これは外務省の問題かとも思うのでありますが、これではせっかく日本に勉強に参りましても、それが通用しない、役に立たぬということだと、本人にとっても非常にこれは重要だと思うのでありますけれども、それらに対して外務省方面を通じてでも、やはり日本で医学を修めたら、あちらでこれが通用するような方法を講ずべきだと思うのですが、これに対しまして、どなたかそういうようなことについて交渉の御用意をされておりますかどうですか、その点一つお伺いしておきます。
  223. 荒木萬壽夫

    荒木国務大臣 所管局長がおりませんが、あるいは御質問にお答えできる者がおるかとも思いますが、私の感触では、どうもおっしゃるところまで具体的なことまでも相手国に進言し、もしくは制度づけするための交渉等をやった形跡はないように存じますが、そういうことも今の御指摘通りでございまして、せっかく国費留学生までも迎え入れるくらいの熱意を持っている日本としましては、外交折衝を通じて効果的な措置を講ずべきことも当然かと心得ます。
  224. 中村幸八

    中村主査 次会は明二十七日午前十時より開会し、文部省所管に対する質疑を続行することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後五時十三分散会