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川俣委員 わざわざ宮崎さんにおいでを願ったのは、単なる
林野庁の見解だというと、非常に狭くなる。あなたは広範な公共事業をやっておられるでしょう。水が不足するためにどれだけの公共事業費を国家から出さなければならぬかということを、あなたは十分御承知の
立場にあるわけです。それでわざわざおいで願ったのですから、研究が足りないのなんのじゃ済まされないわけです。今後の川の水の流量にいたしましても、だんだん枯渇するような傾向がございます。枯渇というのは、年の流水量は減らないにいたしましても、季別的には非常に減る。そこで、まあダムを作って調節しようということでしょうが、これは
林野庁にも聞きたいのですが、利根川の上流である水上の上流へ参りますると、これは保安林の中にダムを作って——ダム・サイトに必ずしも保安林がない。その上流に保安林がある。ところが、そこはダム領域内の渓谷で、急傾斜です。そこに満水するために埋没して全部木が枯れてしまった。この間行ったときには、ちょうどダムが水がためていないときでした。そこで、満水時の
状態がよく一望にはっきり望見できたわけです。ところが、その渓谷が全部土砂くずれでだんだんダムが堆積が多くなるようなことが見えてきておるのです。従いまして、ダムを作ること自体必ずしも私は悪いんじゃない。適時につかまえて、そうして保存をして、これを流すというのですから、これは悪いんじゃないですよ。しかしこういう
計画をするときには、やはりダムの効率が上がるような
計画をしなければならぬ。ただ作ったからそれで満足すべきではなくて、一定量のものを貯水をするというのですから、貯水能力が上がらなければならぬ。ところが、
林野庁も、ダムを作るんだということになると、公共事業だということで、保安林の
使命というものを
考えないで、すぐそのダムの中に入れられることを、力がなくてできないで、あんなことになったのじゃないかと思うのです。そればかりでなくして今後、私、雨量の調査を今いたしておりますが、どうも年々
日本の雨量は減るのではないか。だんだん
日本は乾燥してくるのではないか。いやそんなことはない、黒潮があるからして、
日本が乾燥するなんていうことは永久に
考えられないという人もあります。しかしインカ帝国の
歴史を見ましても、決して水のないところ、砂漠に帝国を作ったのじゃないのです。もちろん、地理的に乾燥するような
状態にあったのに、それに対応しなかったということ、文化におくれないために、あるいは進めるためにも対応できなかったでありましょうけれ
ども、
日本もまた、
木材の
需要というものに押されてしまってあまり木を
伐採いたしますると、だんだん蒸発力を増して参りまして、保水力を失うという結果になったのでは、将来水不足ということが深刻に起こってくるのじゃないか。
日本は雨量があり過ぎて、しかも地勢がいいために、水には非常にしあわせをしておると言われてきております。このしあわせを失わないようにしなければならないと思うわけです。そういう
意味で、ここに将来の水の
需要量が出ておりますが、これは
産業計画会議で出したものですが、昭和五十年の水の必要量を出しておりますけれ
ども、とうていこういう
計画ですらなかなか達成できないと思われるのに、この
計画を上回るような上水道の必要量が出てくるのじゃないか。東京地域の上水道の
需要計画は、都市用水ですが、三十五年の総人口を八百二万と見て、五十年の推定を八百八十七万と見ている。ところが、もうすでに一千万を突破している。従って、水の
需要もこれに即してもっと増してこなければならぬであろうと思われます。少なくとも五十年には一千四百万人と推定されるから、給水人口が千二百六十万人になろう。一人当たりの配水量も増してくるであろう。こうなって参りますると、従来の多摩川、利根川、江戸川、相模川等の水を
工業用水及び上水道だけになかなかキャッチできないのではないかという
事態が起こってくるのじゃないか。五十年というともう二十年光です。まだ宮崎さんなんか健康な
時代に、もう水飢饉が出てくるというおそれも出てくるのじゃないか。そういたしますると、東京でも大阪でも——東京は特にそうでありますが、やはり東京の武蔵野の外にありまする各林山、これらに対して、単に
木材の
供給源としてじゃなく、水の
供給源としての
森林計画というものが立てられなければならぬじゃないか。もう水はなくなってしまってからじゃおそいのです。何としてもこれは処置できない。
木材でありますればまだ外国から買ってきて間に合わせることもできましょう、あるいはパルプとして仕入れることもできましょうが、水だというと、これはどうにもならないのじゃないか。
長官、どうですか。