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滝井委員 産炭地を
振興するという一番早い方法は、
石炭産業を
振興することが一番早いと思うのです。そうでしょう。
石炭産業を
振興することが一番早い。ただ
石炭を掘るのに幾分経費がよけいかかるということのために、今やめておるわけでしょう。ところが、
石炭を掘るために幾分経費がよけいにかかるという分、そのよけいにかかる経費をどうしておるかというと、国が税金を
出して、今度はそこの
労働者を東京とか大阪で雇った者には雇用奨励金を
出しておるのですから、その
出しておる奨励金をそこへつぎ込んだって同じことです。
振興するためにそこにつぎ込んだって同じです。どこで雇用させようと同じでしょう。住宅があるのだから、その分だけ得するわけです。企業というものは、そういうものだと思うんですよ。たとえば今厚生年金の問題が起こっていますが、企業は厚生年金をかけるよりか、内部留保で企業年金をやった方が得だということをいっておるわけですよ。それと同じで、企業にしてみれば、とにかく金を出さぬようにさえ考えればいいのですから、そして
労働者も生活が安定したらいいということになれば、何もよその大阪まで持っていかなくても、ふるさとの
筑豊炭田において金をやって
振興したらいい。それが一番いい。それが私はまず第一だと思う。ところが、そこに
政府が金を入れずに、顧みて他を言っておるところに問題がある。能率が悪いからというけれども、能率が悪くたって、その金をここへつぎ込んでおれば、能率の悪い
炭鉱だって
石炭が出る。ただ赤字になるから困るという。ところが、企業から見れば赤字かもしれぬけれども、国の経理から見れば、今度はよそに出ていく人に金をつぎ込んでおるのだから、その金を現地につぎ込めば、住宅も要らぬし、移住
資金も要らぬし、国の経理からいってもずいぶんもうかるということになる可能性があると思うんです。ところが
産炭地の
振興といいながらも、
石炭の山についてはそんな金は一文も
出しませんぞ、近代化
資金だけだということが私は問題だと思うんですよ。だから、今度社会党の
出している案というものは、簡単にいうと、その矛盾をついたわけです。よそできちんとした、食えるだけのものをするならいいけれども、そうでないならば、首を切ってはいけませんよ。その金をこっちに
つぎ込みなさい。これはあなた方の歯車の狂っているところを直したものだと思うんですよ。盲点をついているのだと思うんです。しかし、一年だけれども、行ったやつは、悪かったら次から次に帰ってくるのだから、帰ってくればまた軌道に乗るのです。今、行ったのがまた帰ってきているのですよ。みんな、悪くて、約束が違うといって帰ってきている。この前も私はパイプ・ハウスのことを言いましたけれども、その企業に行ってみたら、賃金が違う。ところが、これを出ようとすると、パイプ・ハウスはその
事業主の所有というか、権利になっておるから、お前がおれの企業をやめるのならば、君は出ていきたまえ、こう言われる。そうすると、泣く泣く、いわば体のいい奴隷労働に従事しなければならぬことになる。出ていけと言われる。住居がなくなる。まさか歎呼の声で送られたわけではないが、みんなと別れをして神奈川県にやってきた。ところが前の条件とは違うので、隣にりっぱな企業ができたから、私はそこに行きます、そこの方が賃金を高くくれるからと言うと、じゃ君、パイプ・ハウスを出なさい。そうすると住居権を奪われるから、泣く泣くそこに勤めざるを得ないという手紙がきているということを私はこの前話したのですが、そういう形になっておるのです。だからこれは田川なら田川から来ておっても、今度は田川に帰らないで、飯塚に帰ってしまう。飯塚に帰ってどこに入るかというと、この前
佐藤さんが見てくれて、わしが見たら直さなければ恥だという、あいている住宅に入ってしまう。こういう形になるわけです。だからあの住宅を見てごらんなさい。入れかわり立ちかわり入っている。いつも満員です。かつて
炭鉱に
関係なかった人が入ってきて、今度は
炭鉱に従事する。あるいは一般失対に出ていくという形になって、だんだん滞留してくるのです。中小の山でも何でも、
保安を厳重にして、きちんとした形でやるという形になれば、やはり
石炭は出ていっている。何とかかんとか、出ないようなものが出てくるでしょう。私はそういうものを奨励するわけじゃないけれども、
産炭地の
石炭山を第一に置かずに、顧みて他を言っているところに問題があるのじゃないか。そこが
政府の
石炭政策が軌道に乗らぬ
一つの原因にもなっておるという
感じが私はするのです。
筑豊炭田で、来年でやめるというものを今年に繰り上げしたでしよう、繰り上げたものを、来年まで
計画通りやりなさい、こう言えば、これは赤字が出るから企業としては大へんだ。だから、その分だけは補給をしてやるから来年までやれ、こういう話はできると思うのです。これは
一つの、積極的な
振興ではないけれども、消極的な
振興ですよ。たとえば大峰だとか三井の六鉱というものは、
政府がその分の肩を入れてやる、そうするとそれは来年までいくわけです。それは何十億という赤字が出るのではないのです。そこの千人なり千五百人なりの
労働者を東京や大阪に持っていこうとしても、簡単にはできない。これをやるためには、莫大な企業の負担と
政府の負担が要る。その分をその山につぎ込んでやれば、住宅も水道もみんなあるのですから、賃金だけ考えてやればいい。こういう
政策を
政府が考えなければならない
段階にきていると思う。しかも遅々として
産炭地事業団も進まないし、そのほかのものも進まないというならば、
産炭地振興事業団がおできになるときに、あるいは
合理化事業団がいろいろな
政策をやるときに、そういう
政策をもう一回お考えになる時期が私はきたと思うのです。
政府の
政策が右から左にきちっといっておればいいのですよ。たとえば田川で、大峰なり峰地で、千人以上の失業者が出れば、そんなものを受け入れる職業訓練所はないですから、滞溜せざるを得ない。失業保険で六カ月食っている間に、労働意欲がだんだん減退をしていく。そして失業の期間が長ければ長いほど、次に就職したときの賃金は、前の賃金よりはずっと低いところにみないっている。失業期間が短ければ短いほど、前の賃金に近い賃金で雇われている。こういうように、日本の低賃金の構造を再生産する形を作ることを奨励しているようなものになっている。
石炭山の
振興ということが、ただ近代化、
合理化ということで、ビルド・アップという面だけで強調せられて、スクラップになる面について、何かこれをもうちょっと手を入れて伸ばしてみたならば、
石炭山で何とかいかぬだろうかという検討が、私は足りないような
感じがするのですがね、その点に対して……。