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藤山国務大臣 私は
東南アジアの低
開発国の
開発ということの現在一番重要な問題は、
現地におきます
中小企業を振興さして、そうして民族資本をおのずからふやしていく、また労働力を確実に活用していくという
ところに
経済開発の
意義があり、またそれが
現地の
経済の将来の発展の基礎をなすものではないか、こう思っております。また
日本がその立場においては一番適当な立場であるとも思っております。
ところが、若干
現地のそれぞれの国の政治家の方々におきましても、むろんそうした
中小企業を起こして参ります場合に、エネルギー問題を解決するために水力電気を
開発するというような大きな
仕事もあることはあるのでございますけれ
ども、しかし、どうもヨーロッパなりアメリカの大きな資本家があまりにも大きな近代
産業というようなものを
現地に起こそうというようなきらいが少しあるのじゃないか。そこで各国とも、
政府がそういう大きな
事業に金を貸す、あるいは贈与をしていくというような傾向があるのでございまして、いわゆるオートメーション化した工場、百億に近いような工場をかりに作ってみましても、それをすぐ
運用するだけに
技術的水準がまだ上がっておりませんし、経験も持っておらぬ。私は六、七年前に会議所の会頭として実業団を連れてセイロンに参ったことがありますが、そのときに、スイスが
政府のバックのもとに非常に大きな近代的な瀬戸物工場を作っておるが、それがほとんど動いておりません。ちょうど名古屋の会議所から選んでいただきまして瀬戸の
技術の方も一緒に同行したのですが、その方はセイロンの
現地の土人の焼いておりますかまどの中にもぐり込んで、これはもう少しかまどを改善していけば、
現地の必要とするような食器類は十分に生産できるのだということの結論を出されたことがあるのでありますが、私
どもはやはりそういう
意味において、何か
現地の
政府の方々が、非常に目に見えたような大きなものを作り上げるということが
一つの施政のモニュメントにもなるわけでございますし、そういうりっぱなものを作ろうという意欲に燃えておられるのも、その気持はわかりますけれ
ども、しかし、実際申しますと、たとえばオートメーション化した工場をいきなり
現地に持っていってごく少数の人間しか雇用されないというよりも、たとえば
現地のかまどを改良して、そこに働く人も多くなり、また
現地の人の使うものが現在よりも若干上質のものになって、しかもそれが低廉に生産されるというような
ところに持っていくのが、私は
一つの
協力方針でなければならぬと思います。そういう
意味におきましては、どうもむしろある
意味からいうと、ヨーロッパもしくはアメリカ等の
経済協力方針、またそれを受け入れる形というものが、若干私は、特に
東南アジアにおきましては、適当でないのじゃないかというような感じを持っております。