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1962-04-10 第40回国会 衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会公聴会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十七年四月十日(火曜日)    午前十時二十八分開議  出席委員    委員長 加藤常太郎君    理事 青木  正君 理事 篠田 弘作君    理事 高橋 英吉君 理事 竹山祐太郎君    理事 丹羽喬四郎君 理事 島上善五郎君    理事 畑   和君       荒舩清十郎君    内田 常雄君       仮谷 忠男君    薩摩 雄次君       首藤 新八君    中垣 國男君       林   博君    福永 一臣君       太田 一夫君    小林  進君       堀  昌雄君    山中日露史君       山花 秀雄君    井堀 繁男君  出席政府委員         自治事務官         (選挙局長)  松村 清之君  出席公述人         京都大学教授  大石 義雄君         ママクラブ代表 鶴田 勝子君         東京都副知事  鈴木 俊一君         日之出汽船株式         会社取締役社長 藤堂 太郎君         中立労働組合連         絡会議事務局長 柳沢 錬造君         香川県議会議員 今沢義三郎君         作     家 平林たい子君  委員外出席者         自治事務官         (選挙局選挙課         長)      中村 啓一君     ————————————— 本日の公聴会意見を聞いた案件  公職選挙法等の一部を改正する法律案内閣提  出第一〇八号)      ————◇—————
  2. 加藤常太郎

    加藤委員長 これより会議を開きます。  昨日に引き続き、内閣提出公職選挙法等の一部を改正する法律案について公聴会を開きます。  この際、公述人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は御多用中のところ、本委員会のため公述人として御出席を賜わり、まことにありがとうございました。  申すまでもなく、本案は公職選挙法等の全般に及ぶ大改正を行なおうとするものでございまして、一般的関心及び目的を有する重要な法律案でございますので、広く学識経験を有せられる方方の御意見を拝聴し、もって本委員会の審査の参考に供したいと存じ、昨日に引き続き公聴会を開会する次第でございます。  公述人各位にはそれぞれのお立場から忌憚のない御意見を御開陳下さりますれば幸甚に存ずる次第でございます。  議事の進め方についてでございますが、公述人お一人につき大体二十分以内で順次御意見の御開陳をお願いし、そのあと委員の質疑に答えていただきたいと存じます。  それでは、ただいまより公職選挙法等の一部を改正する法律案について、各公述人より御意見の御開陳を願うことといたします。なお、島上善五郎君外二名提出修正案につきましても、御意見がありますればお述べいただきたいと存じます。  それでは、まず、京都大学教授大石義雄君より御意見の御開陳をお願いいたします。大石義雄君。
  3. 大石義雄

    大石公述人 公職選挙法改正について所見を申し上げます。  公職選挙法民主主義政治技術的基本法であります。民主主義政治と申しましても、国民主権的民主主義政治もあれば、君主主権的民主主義政治もあります。しかし、そのどちらにいたしましても、言論の自由と投票の自由が確保されていることがその生命線であります。そのうち投票の自由は、議会制民主主義建前とする憲法では、議員選挙の自由という形で表示されることになります。もちろん、選挙の自由ということは、別の言葉で言えば、自由な国民の自由な選挙ということでありまして、これを国家権力との関係から言えば、選挙国家権力を作る法的力でありますから、国家権力から自由に行なわれるということが建前でなければなりません。でありますから、国家権力発現形式としての法の制約からなるべく自由な形で行なわれるのが建前でなければならないと思います。この意味におきまして、自由な国民の自由な選挙ということは、選挙というものの生命線であります。もちろん、だからといって、選挙は公正でなくともよいというのではありません。選挙はもちろん公正でなければなりません。しかしながら、公正に重きを置くの余り自由な国民の自由な選挙を妨げるようになっては、角をためて牛を殺すことになるということであります。自由な国民の自由な選挙国家権力による取り締まりは、必要最小限度にとどめなければならないということであります。  それでは、選挙の公正をはかる積極的な方法は何であるかということになりますが、それは民主主義政治下国民政治意識向上発達に待たなければならないということであります。この国民政治意識向上発達をはかる方法は、政治教育の問題であり、また、国民自身政治的自覚の問題であると思います。これを要するに、選挙の公正をはかるにはどうしたらよいかという問題は、政治道徳の問題であり、国家権力すなわち法による取り締まりの問題ではないのであります。正常な民主主義政治を望むならば、まずこのことを理解することが出発点であろうと思います。このことを理解しないで、選挙する者も選挙される者も、これを法で厳重に取り締まらなければ選挙の公正は望まれないと考えることは、それが善意にせよ悪意にせよ、それは民主主義政治の否定であります。国民は神様ではありません。しかし、国民政治意識はたとい不十分なものであるにせよ、その不十分な国民政治意識基礎として政治が行なわれることに満足するのが民主主義政治というものの本体なのであります。その不十分な国民意識向上発達は、政治教育の力と国民政治的自覚に待つというのが民主主義政治というものの考え方なのであります。このあるがままの不十分な国民意識の存在を無視して正義を主張するようでは、そこには民主主義政治は成立しないのであります。  このことを頭に置きまして、公職選挙法改正原案修正案選挙制度審議会答申案について、率直に所見を申し上げることにいたします。最もこれら三つの案を通じまして大事な問題と言えば、私は連座制強化の問題と、特定公務員の職にあった者の立候補制限の問題と、政治資金規制三つの問題だろうと思いますので、この三つの問題だけについてきょうは所見を申し上げることにいたします。  第一に、連座制強化の問題について申し上げます。連座制というものの本質は、行為者以外の者に責任を帰せしめるという点にあります。しかしながら、これは責任というものの性質に反することであります。なぜかと申せば、責任というものは、行為の非難がその本質でありまするから、責任行為者その人に帰せしめられる性質のものだからであります。今日の刑法を見ましても、殺人、強盗、強姦、強迫、暴行といったような凶悪犯罪についてさえも連座制などは認められていません。それは、連座制というものは、行為者以外の者に責任を帰せしめるということは近代法精神に反し野蛮な制度だからであります。まして、現憲法個人尊重建前とする憲法でありまするから、連座制強化のごときは憲法根本精神に反するものといわなければなりません。  そこで今、選挙制度審議会答申案原案修正案を見まするに、答申案連座制強化の線が一番はっきりしています。原案修正案は、さすがに当事者間に意思を通じている場合を要件として連座制強化しようとしております。しかしながら、原案修正案連座制強化をねらっていると申しましても、私に言わせればこれは本来の連座制ではありません。当時者間に意思を通じている場合は共犯関係にあるのでありますから、責任本質に反するものではないからであります。この点、選挙制度審議会答申案になりますと、当事者間に意思を通じてなくとも連座責任を問われるというのでありますから、答申案は文字通り連座制強化になっているのであり、現憲法個人尊重根本精神に反するものといわなければなりません。原案及び修正案がこれに変更を加え、意思を通じている場合だけを問題にしているのは当然のことであると思います。答申案のようなものにがまんできないのは当然のことです。そこで、原案修正案を比較してみまするに、両者の違いは、親族といっても同居親族に限るかいなかの点です。私は選挙の自由をなるべく尊重すべしという考えでありますから、責任を問う範囲が狭いほど望ましいと考えるのでありまするから、原案をとります。もちろん理想からいえば、同居親族を問題とすることも、しない方が一番私は望ましいと思います。これは、親族だろうとなかろうと、個人尊重が現憲法根本精神だからであります。そこで、三案のうちどれかをとらなければならないというならば、私は原案をとります。この意味において私は原案に賛成するものであります。これが第一点。  第二は、特定公務員の職にあった者の立候補制限の問題であります。選挙制度審議会答申案及び修正案は、ともに特定公務員の職にあった者の立候補制限目的としております。しかしながら、私見によれば、それは現憲法の定めた国民政治的平等の原則に反するのではないかと思います。なぜか。かつて公務員であった者でありましても、やめてしまえば他の国民と同じ国民の一人であります。それを、かつて公務員であったからとて政治的に他の国民から差別することは、明らかに国民政治的平等の原則に反するからであります。まして、特定公務員の職にあった者は、すべて必ず悪いことをするものだときめてかかることは独断であろうと思います。中には悪いことをする者があるかもしれません。しかしながら、悪いことをしない者もあり得ると思います。そうだとすれば、疑いある場合は罰しないという原則からいっても、特定公務員の職にあったというただそれだけの理由で、他の国民から政治的差別をされるような制度を設けることは不当だといわなければなりません。それで、私は答申案及び修正案の両案ともに賛成できません。  ところで、原案を見ますると、特定公務員の職にあった者の立候補制限をやめて、公務員地位利用政治活動禁止のことを定めております。これならば憲法の定めた国民政治平等の原則に反することもなく、性質上しごく当然のことであります。なぜか。憲法公務員国民全体の奉仕者として行動すべき地位に立たされているのでありますから、一般国民とは違って、一党一派のために行動することは、憲法の定めた公務員地位に反するからであります。そういうことのないように、国家法律公務員政治活動を制約することは当然のことであります。だから、私は原案にこの点全面的に賛成するものであります。  第三は、政治資金規正の問題であります。選挙制度審議会答申案修正案も、ともに政党などは、選挙に関してのほか一般政治資金としても、国または公共団体特別関係がある会社または法人から寄付を受けることを禁止しておりまするが、私見によれば、それは行き過ぎではないかと思います。公職選挙法選挙取り締まり法規でありまするから、政治資金について公職選挙法をどうするかの問題は、選挙に関する場合を前提すべきものであります。一般政治資金をどうするかの問題は、政治資金規正法に関する問題であります。しかしながら、私は、政治資金規正法政治資金を厳重に取り締まるべきであるというのではありません。政治資金規正必要最小限度にとどめなければならないというのが、私の根本建前であります。民主主義政治は、自由な国民の自由な政治活動基礎として行なわれなければならないものだからであります。国民政治活動は、あるいは個人政治活動として、あるいは二人以上の団体政治活動として現われるものであります。その活動は、あるいは言論、出版を通じて、あるいは資金提供というような形を通じて現われます。私有財産制を認めた憲法下においては当然のことであります。だから、国家公共団体などと特別関係のある会社法人だからとて、資金提供は全面的に禁止されるということは、国民政治活動の重大なる制限をなすものとなります。原案は、公職選挙法改正においても、政治資金規正法改正においても、選挙に関してのみ資金提供を禁止しているが、他の二案との比較において穏当であろうと思います。そこで、三案のうちどちらかをとらなければならないものとせば、私は原案をとります。しかし、原案も、政治資金規正法改正において無届の政党その他の団体寄付を受けることを一切禁止しておりまするが、私の意見によればこれは行き過ぎであろうと思います。なぜかならば、結社は自然発生的なものです。憲法国民結社の自由を保障しております。結社の自由を認めるということは、これは政治結社についていえば、公共福祉に反することでさえなければ何をどういう方法で行なおうと自由だということです。政治資金提供を受けることそのことが公共福祉に反するというようなことは考えられないことであります。でありまするから、この点に関する限り私は原案にも賛成しかねるものであります。  これを要するに、選挙制度はいかにあるべきかについてまず考えなければならないことは、選挙とは自由な国民の自由な選挙でなければならぬということであります。政治腐敗堕落は、国民政治的自覚に待つべき政治道徳の問題だということであります。これを無視して、国家権力、従って法による厳重な規制を重視して選挙の公正をはかろうとすることは、選挙指導者選挙たらしめるおそれがあります。選挙はこわいものであってはなりません。自由な国民の自由な選挙でなければなりません。それがいけないというのであれば、民主主義政治そのものをやめるほかはないと思います。これが私の選挙制度に関する根本見地であります。終わり。(拍手)
  4. 加藤常太郎

    加藤委員長 次に、ママクラブ代表鶴田勝子君の御意見の御開陳をお願いいたします。鶴田勝子君。
  5. 鶴田勝子

    鶴田公述人 私は単なる家庭主婦でございまして、ほんとうに一家庭主婦立場から選挙法改正に関しての公述をいたさせていただきたいと存じます。  私は終戦後幾たびか選挙を経験して参りましたが、そのたびに公明選挙運動というものに携わりましたり、また、私たちの方のママクラブにおきましても、大切な私たちの一票の行使につきましてとか、また棄権をしないようにとか、あるいは候補者をどういうふうにして選んだらいいかというようなことの啓発に力を尽くして参っております。これもひとえに、正しいきれいな選挙こそ私たち民主主義心臓部じゃないかと考えるからでございます。  しかし、いろいろな団体で、それぞれに、りっぱな選挙が行なわれるようにと皆さん努力はしておられますが、それにもかかわりませず、事実は、選挙がたび重なるごとに腐敗の一途をたどっているとしか思われないのでございます。私たちの想像もつかないような大金がばらまかれましたり、ただ当選したいというその一心だけで、間違っていることも平気でしながら選挙運動をなさるというようなありさまでございますし、また、投票日の前日くらいになって盛んに一票を買い歩くというような状態も、私たびたび選挙のときに実情を見て知っているのでございます。先日、私の住んでおります区で、都議の補欠選挙がございました。そのときにも非常に有権者の関心が薄うございまして、投票率が三二・二%という非常に低調さを示しております。これにはいろいろと理由もございましょうけれども棄権したある私の一人のお友だちが申しておりました。選挙なんて興味ないわ、当選してしまえばみんな同じように自分の一票のために、少しでもその一票ほしさに動くだけじゃないかしら、わざわざ投票所まで行って投票するのも最近うんざりしてしまって、というような言葉を聞いて、とても私情けないことじゃないかと考えました。こんなことでは棄権をした方がむしろ正しいのではないかなんというような意見も出るはずだと私考えます。不正な選挙はそれ自身よくないことでありますけれども、それがあたりまえのことになって、選挙とはこういうものなのだという一つのムードを作ることが、私は一番おそろしいことではないかと考えます。もうすでにそうなっているような気がいたします。国作り基礎となる選挙が腐っていて、何の民主主義ぞと申さずにはいられないような気がいたします。もちろん、選挙民自覚に待つほかはありませんけれども、その選挙民無自覚を利用する候補者無自覚は、もっと重大なことだと考えます。  結局は、腐敗するばかりの選挙をきれいにするには、この際少しくらいは行き過ぎだなといってもいいくらいの、きびしい選挙法を作る以外に道はないような気がいたします。しかし、制定なさるのは現職の議員さん方でいらっしゃいますから、私の願いはどうなることかわかりませんけれども、ただいま幸いなことには、政府選挙を粛正し、民主政治が健全に行なわれるようにとのお考えから、選挙制度審議会を設置されまして、選挙法改正に関する答申提出されております。その答申を拝見いたしまして、何だかまだ手ぬるいような感じさえ私いたしておるのでございますが、連座制強化政治資金規正、また高級公務員立候補制限などは大きな進歩があると思いました。この程度でしたらきっと政府もそのまま議会提出なさるだろうと大いに期待していたのでございますが、政府与党意見を入れて、全く骨抜きにされた状態でございます。私たち政府に期待するところが大きかっただけに、一体政府ほんとうに危機にある民主主義を守るお気持がおありなのだろうかという気さえいたしております。先日判決のあった与党議員の大きな選挙違反新聞に出ておりましたけれども、最後は結局執行猶予でさっと片づいてしまったというようで、何だか私割り切れない気持がいたしました。これでは、政治ばかりか、裁判にさえ信頼を失ってしまうのではないかと考えさせられました。候補者自身が、違反を全然知らぬ顔で過ごせるでしょうか。私ども家庭婦人から考えました常識では、とうてい理解に苦しむのでございます。事務長会計責任者、それから妻や子供でも、悪質な違反を犯せば候補者自身責任を負うべきで、議員を辞退されるのが当然ではないでしょう。候補者自身のための選挙でございます。それに携わっていられるところの妻や父母や子供から悪質の違反者を出して、御本人は平気で議席を持っていられるという、そういったお気持は何だかとても理解できないような気がいたします。せんだって鮎川義介さんが、むすこさんの違反にいさぎよく議員をおやめになった、これは大へん良心的で、非常に私けっこうだったと存じます。私どもは、裁判中はその期間議員としての資格を一時停止していただいて、その裁決を待つべきだと考えられます。  それから、近親者違反を特に重く見ることに対しまして、それは民主的でなく封建関係を承認するものだなどというお考えから、修正が行なわれようとしたと伺っておりますけれども、大へん何だか御都合のいい言いのがれのような感じがいたしてしようがないのでございます。民主主義のもとでありましても、近親者はやはり近親者でございます。それは単純明白な事実でございます。ただ、それが選挙に関して、公のことと私事とを混同して、近親者である候補者のために悪質な違反を犯すという、そういう封建的な行為こそ民主憲法精神に反するものというべきで、特にきびしく罰せられてもいいことじゃないかと考えます。  次に、政治資金の問題でございます。これは、年ごと選挙費用がかさんで参りまして、そのとどまるところを知らずという状態でございます。二、三日前でございましたが、私ある新聞で拝見しまして、この勉強をいたしますために切り抜いておきましたのですけれども、こういう記事を私読みました。「ある地方の自民党公認の新人の参議院議員候補に最近党から一回分として千七百万円が届いたそうだ。さらにこのあと七、八千万円程度を党から渡すことになっているらしい。これは党内派閥親分からではない。党費から半ば公然と支出されるものだ。親分からはまた別口で資金が調達されるし、候補者自身資金も加わるわけで、自民党物量戦の様相が思いやられる。いま国会では公選法の改正で、審議会答申を無視したとか、骨抜きしたとか、いや学者ども選挙がわかってたまるか、などと議論がたたかわされている」というようなことが出ておりました。その真偽のほどは私存じませんけれども、こんな話が出るというようなことから、結局私たち家庭人たちは、選挙には大へんお金がかかっているのだということはどなたもお認めになれると思います。そうした莫大な選挙資金で当選した議員さんたちが、必ずその跡始末をしなければならないのだろうと思いますが、政治資金寄付はやはり選挙資金とはっきり区別をつけていただきたいと存じます。新聞によって書き立てられ、選挙民に失望を与える政界の疑獄、汚職がこういうところに根源を発しまして、真の民主政治を確立する土台はきれいな選挙にあるなどと何だか申せないのではないでしょうか。こうした金力による選挙によりまして、国のこと、国民のことを心から考え、心身を打ち込んで働いて下さる議員さん方が選出されるはずはないと存じます。せんだって大野副総裁は、選挙をやったことのないしろうと理想案だから困るというようなことをおっしゃられていました。私の申し上げることは全くしろうと常識でございます。しかし、選挙の粛正とは、常識でなくてはほかに考えられないような気がいたします。大政党の副総裁のこんた非常識が許されていいものでございましょうか。そういう点で、私も何だか解せないような気がいたしております。私たちは、そういう非常識に右左されることなく、政府国民常識に従って善処して下さることをぜひお願いいたしたいと存じます。  終わりに、私、こういうことを考えたので、つけ加えたいと存じます。  選挙制度審議会答申は、選挙運動政党政策で戦われる選挙運動であるべきだとのお考えに基づいているのでございますが、その点、私は政府案提案理由説明の方がもっとはっきりしていると思います。政府案説明にこう書いてございます。「現在の選挙運動側人本位建前になっておりますが、政党政治根本からしても、また選挙公明化を期するためにも、これを政党本位選挙運動の方向に進めて参ることが必要であると考えられるのであります。」とありまして、私どもも大へんけっこうなことだと存じております。それについて、私はこんな意見のあったことを思い出します。それは選挙政策で戦われるようにするための妙案なのでございます。このことはお金もかかりませんし、買収、供応なんかも非常にやりにくくなるし、事前運動や情実、因縁に縛られることもほとんどないという妙案じゃないかと私思うのでございます。しかし、残念なことには、このようなことを申しましても、ネズミがネコの首に鈴をつけるというようなふうに、非常に実現はむずかしいことだと存じます。  前ぶれはさておきまして、妙案と申しますのは、まことに簡単でございますが、それは主として衆議院選挙の場合でございます。候補者はその出身地から立候補できなくするという方法でございます。候補者は公示後、くじ引きで自分出身地以外のどこかの選挙区をきめられるというわけでございます。これなら選挙の国営もできますし、政党本位選挙運動になることは確かだと存じますけれども、これはまず実現は望めないことでしょう。ずいぶんとっぴな意見のようでございますけれども、実は政党本位選挙として当然考えられなければならない比例代表制の方がはるかに妙案だと存じます。  私どもは、次第に何ですか、感化して参るばかりと思われるような選挙実情を、ほんとう家庭の中から見まして、そして考えまして、少しでもよければそれで満足すべきだというようなことであってはならないと存じます。私どもは、この際、政府与党答申を忠実に守って下さいますだけでなく、それをこえて思い切った前進をして下さることを願ってやまないのでございます。保守党もときに私どもを驚かすようなことをしていただきたいと、私お願いをいたす次第でございます。  以上で私の公述を終わります。(拍手)
  6. 加藤常太郎

    加藤委員長 次に、東京都副知事鈴木俊一君の御意見の御開陳をお願いいたします。鈴木俊一君。
  7. 鈴木俊一

    ○鈴木公述人 私は政府原案を拝見いたしまして、また、送っていただきました社会党の修正案あるいは選挙制度審議会答申を拝見いたしまして、いろいろ問題点はございますけれども、私はやはりこの際政府案をぜひ成立さしていただきたい、こういう気持で以下数点について申し上げたいと存ずるのでございます。   〔委員長退席、青木委員長代理着席〕  まず第一点でございます。私は、ただいまもちょっとお話が出ましたが、今日の選挙制度個人本位、候補者本位の選挙制度ということになっており、一切の選挙躍動の責任はあげて候補者に帰属すると申してもいいくらいに、いわば政党地位というものが選挙運動においては非常に少なくなっておると思うのでございます。個人個人との争いということになりますると、同じ党派の中でも同士打ちというような問題が起こりますしいたしまして、選挙運動そのものが非常に激烈にならざるを得ない。そういう意味におきまして、選挙運動をさらに緩和し、ルールに従ってこれが行ない得るようにいたしますためには、やはりできるだけ政党本位建前を、あるいは投票方法において、あるいはもっと根本的には選挙区制、代表制度のもとに取り入れる必要があるのではないだろうかというふうに思うのでございます。今回の政府提案の改正案におきましては、その点においてそういう方向に、少しではございますけれども、とにかく数歩を進めた点があると思うのでございまして、私はこの点において原案に大いに賛成をいたすものでございます。  申すまでもなく、私かつて選挙事務の管理をする立場におりましたときに最も困りましたことは、政党選挙活動ができない、政治活動ができるということであります。政党が出すポスターには候補者の具体的な氏名を書いてこれを訴えることはできない、政策の周知宣伝しかできないというようなことで、具体的のポスターが、はたしてこれが政党政治活動の範囲をこえておるかどうか、選挙活動になればこれは違法であるというようなことで、何回となく実は具体例で悩まされた経験があるのでございます。今回はその点を思い切って、政党政治活動に使う。ポスターには候補者の氏名を公示してもかまわない、選挙運動に及んでもかまわないというふうに割り切っておりまするから、こういうふうな点は確かに実際上から出た非常に現実に即した改正案であると私は思うのであります。また、選挙の演説も政党が一定の限界においてできるというようになりましたことは、これはまことに将来の方向に一歩を進めたものとして私は賛意を表したいと思うのでございます。  次に、第二の点でございます。先ほど大石先生のお話にもございましたが、私も選挙の中心は、やはり言論戦、文書戦が根本でなければならぬと思うのであります。どの候補者の方も供応とか接待とかいうようなことはおやりになりたくないだろうと思うのでありますけれども、やむを得ずやっておられるというのが今日の選挙界の実情ではないかと私は思うのであります。でございますから、選挙法においてはやはり言論、文書を中心にして、なかんずく言論を中心にした選挙運動の自由を確保するということが最も基本でなければならないと思うのであります。ところが、現行法におきましては、いろいろの累積の結果といたしまして非常に窮屈なものになっておるというのは、これはもうだれが見てもあるであろうと思うのであります。そういう意味からいたしまして、今回たとえば選挙運動期間前におきましても、事前運動としての演説会を開催することができるということにいたし、事前に選挙運動をやることができる、こういう点は確かに私は数歩を進めた改善であると思うのでございます。また、無料はがきをふやしたり、あるいはポスターをふやしたり、いろいろ文書戦の方にも配慮をしておられるようでございます。私はやはりそういう方面にはむしろできるだけ金を使って、接待とかいろいろな行事について、心ならずもいろいろな処理をしなければならないというようなことがなくて済むようにいたすべきものであろう、私はこう思うのでございまして、そういう点から私は今回の改正案に賛意を表するのであります。  第三点は、今申し上げたことにも若干関連いたしますが、要するに金のかからない選挙にするということが必要であろうと思うのでございます。その意味で、今回選挙公営を広げて、投票所に少なくとも一つはポスターの公営の掲示場を作る、こういうふうにされましたことは、確かにこれは私進歩であろうと思うのであります。また、新聞広告を増しましたりいたしておられるわけでございまして、そういうような点は選挙公営の徹底ということで私はけっこうなことと思うのであります。また、金のかからない選挙にするための一つの手段として、さっきもちょっと触れましたが、後援団体がそれぞれあるわけでございますが、これも実際上の選挙戦においては必要なものであることは私どもも十分認めるつもりでございますが、しかし、競争的にこれは次から次へとその範囲が拡大をしてきておるのが実際ではないかと思うのでございます。そういう見地から、後援団体に対する寄付でありますとか、あるいは後援団体からの寄付でありますとか、あるいは後援団体の集会なり行事なりの際における接待等を禁止、制限するという点は、確かに金のかからないようにするための一つの手段として、これも私は適切な改正の一つであろうと思うわけであります。また、法定費用につきまして、今回は領収証の写し等を添えるように改正しようという案のようでございますが、この点ももしこれがほんとうに励行されるというようになりますと、これは相当の規制になろうかと思うのであります。これは選挙連動費用の超過の訴訟との関連において、私はやはり相当金のかかることを防ぐ効果があるというふうに思うわけであります。そして、もしもさらに今回企てておられまするように、労務者等に対する実費弁償あるいは報酬等を現実に即したものにするということにいたしまして、法定の選挙運動費用というものが実際の選挙連動の費用に非常に近づいてぐるということになりますならば、従来法定費用の超過というようなことは、言うべくして実際は取り締まることのできないものであるというようなことも言われてきておるわけでございますが、そういう点が相当に直ってくるのではないかと私は思うのであります。とかく選挙に関する規定というものは守ることができない規定である、あるいは取り締まることができない規定であるというのが実際のように思われます。私は選挙の規定というものは、できるだけ守りやすい規定にする、また罰則もできるだけ取り締まり得る罰則にする、こういうことがむしろほんとう選挙界を粛正する根本の要件だと思うのでありまして、そういう意味からいたしまして、私は今回の法定費用について改正を加えられた点は確かに一つの卓見であろうと思うのであります。  第四点は、腐敗行為の粛正の関係の問題で、先ほど来いろいろお話のございました罰則の強化の点でございます。私は罰則の強化に反対をするものではございませんが、それと同時に、あるいはむしろその前提として、やはり取り締まり縛る罰則にして、その罰則に触れた者はむしろ例外なく取り締まるという方向に行く方がほんとうの粛正に価するのではないかと思うのであります。たまたま法に触れたような人について、それが非常に厳罰に処せられる、一罰百戒という効果はなるほどあるかもしれませんが、しかし、免れる方が多いということでありましては、私はやはりそこに検討を要する点があるのではないかと思うのであります。そういう気持を私は持っております。  今回の罰則の強化の点について、第一に連座制強化された。これは私はまあけっこうなことであると思うのであります。従来総括主宰者あるいは出納責任者が連座制の対象でございましたが、そのほかにさらに地区の主宰者あるいは事実上の出納責任者まで範囲を及ぼし、さらに親族までこれを及ぼしてきておるという点は、連座制強化という点だけから見れば、これは確かに粛正に効果があろうかと思います。しかしながら、その中で特に問題にされておりますのは、今の親族関係のことのようでございます。しかし、これは今回改正されようとしておる案の中の一つの対象であって、地区主宰者あるいは事実上の出納責任者が連座制の対象になっておるということは、やはりそれだけで一つの大きな改正であろうと思うのであります。そのうちの一つの、親族について非常に議論が集中いたしておりますけれども、この親族人たちでありましても、もしもその人が地区の主宰者である、あるいは事実上の出納の責任者である、あるいは今までの総括主宰者、あるいは出納責任者でありますならば、これは当然に連座制の対象になっておるわけでございまして、そうでないような親族についてだけの問題が今回新しく加わったものと私は思うのであります。そういう点から考えますと、連座制については、さっき大石先生のお話もございましたが、現在の憲法の基本原則から申して根本的に法理論的にはいろいろ問題があろうかと思いますので、これはむしろ認めるとするならば相当に厳重な条件を考える必要があるという点の着眼が私は当然であろうと思うのであります。去る三月に最高裁判所のこの点についての何か判例があって、連座制は合憲である、こういう判定があったようでございます。それを拝見しましても、相当数の違反による投票があるというようなことが大体理由の中に触れてあります。相当数ということが。わずかの票のために全体のそのものに対する投票が無効になってしまうということは、その点からもよほどこれは慎重に考えていかなければならないわけでございまして、そういうような点から、この点については慎重に検討をする必要があろうかと私は思うのであります。意思を通ずるというようなことは、これはもう当然の要件でありまして、もちろん論ずる余地はないと思うのでございます。まあよく問題にされておりますのは、執行猶予の適用を受けるようなものが全部抜けてしまうのはゆる過ぎるというようなお話がございますけれども、なるほどそういうふうに見る見方もあろうかと思いますが、まあ非常に例外中の例外でありますから、特に要件を厳重にして、だれもそれならば文句が出ないという範囲に限定をしたという意味においてこれも一つの案であろうかと私は思います。  それから、第五点でございますが、政治資金規正であります。政治資金規正につきましては、考も政党が健全に成長されますためには、何らかの資金源が確保されていなければならないと思うのであります。その資金源をどうするか。たとえば会員制といいますか、党員制をさらに徹底をしていく、あるいは政策賛同者からの寄付をさらに徹底をしていくというようなことによって、政党が真に個人によって基礎づけられる。会社とか労働組合というような法人からの基礎づけでなく、個人々々が真に自己の自由な意思に基づいてどの政党を支持するかというようなことになることが、私はやはり本然の姿であろうと思うのでございます。そういう意味から、選挙制度審議会答申において、法人団体等の寄付制限を将来考えなければならぬが、とりあえず補助金を受けておるようなところは制限すべきだというようなことに言われておるようでございますが、私も着眼はそういう着眼でやってしかるべきかと思うのであります。しかし、一方の道を閉ざすならば、他方の合理的な道を同時に考えていかなければならぬわけでございまして、今日の段階においてまだそういうことが困難であるといたしますならば、まず一番直接的な関係のある選挙についてだけこの資金規正をいたすということは、やはり段階的な一つの方法、行き方ではないかと思うのであります。  次に、第六点といたしまして、高級公務員の問題でございます。これにつきましてはかねてからいろいろ御議論のありました問題と思います。社会党の修正案で全国区の参議院議員についてだけ具体的に範囲を定めて制限をしよう、こういう案が出ておるのを拝見いたしました。私は、この問題につきましては、もし合理的にこの限界の範囲がきめられますならば、そういうこともいいかと思うのであります。しかし、これは立法技術上非常にむずかしいと思うのであります。まず、選挙の範囲を一体参議院の全国区だけにしほることが適当であるかどうかという問題がございましょう。参議院は非常に投票が累積して、まさに全国的な組織を活用したような姿で八十万、九十万の票を集めるといわれますが、同時に衆議院の選挙区におきましても、十何万という票を集めることも考えられるわけでございます。参議院全国区の場合に、何千万という有効投票の中から八十万、九十万の票が累積することは、比率から申しますならば衆議院の累積の場合とそう大きな違いがないようにも思われるのでございまして、   〔青木委員長代理退席、委員長着席〕 そうなって参りますと、選挙の範囲を全国区だけに限定することはどうかというような反論も出てくると思うのでございます。むしろこれは全国区制それ自体に問題があるのではないかとも考えられるわけでございます。また、それならば一定の範囲の公務員制限をするといたしましても、その期間が、一年がいいか、二年がいいか、あるいは三年がいいかということも非常に問題がございましょうし、また、退職後どのくらいの期間を制限するかというようなことにも非常に問題があろうと思うのでございまして、私はこの規定は立法技術上非常に困難であると思うのであります。憲法論はさておきまして、その点で非常に問題がある。政府がこの点について公務上の地位を利用するということで、それを不法に利用するものを抑えるというふうな形にいたしましたのは、選挙制度審議会の趣旨をとって、要するに実を生かしていったものとして、私は、実際上の必要に応ずる案ではないかと思うのでございます。ちょうど教育者が児童生徒を通じて選挙運動をやるという害がございましたので、その際に、具体的に害のあった範囲というよりも、むしろおよそ教育者はという形で教育者の地位利用の犯罪を抑えておるというのと同じように考えて、公務員の上下を問わず、一般職と特別職とを問わず制限をするということが、むしろこれは実際上の必要に応ずるものと思うのでございます。  非常に大ざっぱに申し上げましたが、私の率直な考えは以上のようなことでございまして、選挙制度審議会の非常に御熱心な答申のうちのほとんど大半が今回の政府案には取り入れられておるわけでございまして、従来いろいろと選挙制度調査会あるいは選挙制度審議会というような選挙に関する審議機関が、戦前、戦中、戦後を通じましていろいろできましたが、その答申がどの程度実現されておるかということをいろいろ考えてみますと、今回の政府案は非常に、実は一〇〇%に近いくらいこれを取り入れておると私は思うのでございまして、ぜひこのような形で一刻も早くこれが実現いたしますことが、日本の選挙公明化のために必要ではないか、こう考える次第でございます。(拍手)
  8. 加藤常太郎

    加藤委員長 これよりただいま御意見の御開陳がありました三公述人に対する質疑に入ります。  質疑の通告があります。順次これを許します。高橋英吉君。
  9. 高橋英吉

    ○高橋(英)委員 鶴田さんにちょっとお聞きしたいと思います。  鶴田さんのお話は、大へんわれわれも啓蒙された点があって、敬意を表しておるわけですが、どこか抽象的な点が多かったように思います。具体的に言って今度の政府案は、そうこまかく言っていただかなくてもいいですが、どういうところが悪いか、それをちょっとお聞かせ願いたいと思います。簡単でよろしゅうございます。
  10. 鶴田勝子

    鶴田公述人 私が一番感じておりますことは、やはり連座制の問題を一番強く感じておりまして、政府案では手ぬるいような気がするのでございます。やはり審議会答申案と申しますか、それをやっていただくか、あるいは社会党の修正案を通していただきたいという願いを私持っておるのでございます。
  11. 高橋英吉

    ○高橋(英)委員 連座制の特にどの点がお気に入らぬのでしょうか。
  12. 鶴田勝子

    鶴田公述人 私、候補者の方が悪質な違反をされたときに、近親者の方がそれを知らないはずはないと思うのでございます。私、家庭主婦常識として考えました場合に、夫がそういう悪質な違反をしたのを妻が知らないなんということはあり得ないと思うのでございます。それから、もちろん選挙責任者の方たちだってそういうことを御存じのはずだと思うのでございます。そういう意味で、私、やはりその候補者の方のための選挙でございますから、候補者の方がやはり責任をおとりにならなければいけないと考えます。
  13. 高橋英吉

    ○高橋(英)委員 ちょっと逆で、候補者違反ではなく、家族の違反の場合に候補者に影響を及ぼすことが妥当であるかどうかという問題ですが、一応これからちょっとお聞きいたしたいと思います。  先ほどのお話のうちに、親族であるから、家族であるから特に罰しなければいけない、特にきびしくしなければならないというふうなお話があったようでございますが、さようにお聞きして差しつかえないでしょうか。
  14. 鶴田勝子

    鶴田公述人 それは結局、私は悪質違反の場合を申しておるのでございまして、悪質な違反の場合は、近親者であってもそれはやはり罪をきなければならないということでございます。
  15. 高橋英吉

    ○高橋(英)委員 ところが、選挙違反以外の犯罪、その犯罪では、近親者関係においては罪は軽くなっているわけですね。(島上委員「重くなるのもある」と呼ぶ)たとえば、重くなるのもあると島上君が言っておりますが、これは尊族親のことだと思うが、助け合わなければならない近親の間に、その趣旨に反する、近親が相殺傷するような場合、親を殺したような場合、これは特に重いです。助け合わなければならない親族の場合、それを殺すなんかという反対の行為に出るわけですから、重くなるわけです。ところが、普通の場合においては、どういうふうな犯罪でも近親間では軽くなっているのです。たとえば偽証をいたしましても、それから家族の者が罪を犯した場合、それを隠しても罪にならないわけです。お互いの財産を盗み合う場合は、これはむろん親族相盗で、これも罪にならないわけです。たとえば公職選挙法の問題でも、選挙法違反事件が起こった場合に、家族の者が証人に出て偽証をやりましても、これは罪にならないわけです。それからまた、公職選挙法の家族の犯人を蔵匿しても罪にならないわけです。公職選挙法だからといって、特別扱いには普通の刑法では、やっておりません。これはどういうふうに御解釈になりますか。特に選挙違反だから重くしなければならない、近親に対して噴くしなければならないということと、普通の刑法の場合、同じ選挙法の場合でも、選挙違反の場合に偽証とか犯人蔵匿とかいうものは罪にならないというような特典があることに対する関係と、今お述べになった関係はどういうふうにお考えになりましょうか。
  16. 鶴田勝子

    鶴田公述人 私、人殺しをしたとか、そういったような罪の場合と、それから選挙法に対した悪質違反というものと、殺人犯の人に罪があるということ、近親者にそれが及ぼすというようなこととは、別なような気がするのでございます。やはり選挙法によりましてきめられた法に違反した場合、たとえば非常に大きく買収とか供応とかなすったような場合の選挙違反について考えておりましたので、そういった殺人罪なんかと同一に考えるというようなことは考えないで参ったのでございます。
  17. 高橋英吉

    ○高橋(英)委員 これ以上は申し上げませんが、とにかく選挙違反の罰則に対しては禁固刑というものがあるわけです。禁固刑というのは、これは一つの名誉刑とかいいましょうか、そういうような意味で懲役よりは軽いというようなことになっております。(島上委員「そういう意地悪い質問をするな」と呼ぶ)島上君が怒りますから、あまりしつこくやりません。公述人に対し敬意を表しましてやりませんが、ただあなたを通じて、この親族を特に噴くしなければいかぬという思想と、親族親族を助けるための犯罪というものは世界各国を通じて軽くなっておるというこの大原則、これとの矛盾をどうこの選挙法は解決しようとするものであるかということをちょっとあなたを通じて聞いておるわけです。あなたに対して、島上君が怒るようにしつこくやるわけではありませんから、その点は誤解されぬようにお願いいたします。要するに選挙違反というものは、禁固刑もあるくらいで、一種の政治犯、国事犯みたいなもので、殺人罪のような破廉恥罪よりは軽いというふうなことになっておるわけですから、ちょっと私どもは、どっちかというと近親が助け合うというような意味、家族であるがためにやむにやまれ十していろいろな間違いを起こすというようなこともあり得る。これは人情の自然だから大目に見てやる。背から主人の選挙のために奥さんが引っぱられたとか、親が引っぱられたとか、子が引っぱられたとかいうことに対しては、ほんとうに無理な検挙ぶりでひどいではないかというような感じが日本全国民の間にみなぎっておった時代があります。近ごろはそういうふうなことでなくなっておるようでございますが、あまり申しますと島上君に怒られますからこの程度にとどめておきます。ともかくこの親族の問題は、これはなるべく人情の美しさを保つために、中共やソ連のように、主人のことを密告するとか、親が子を密告して、しかもそれが手柄になる国とはちょっと違うのではないかと思いますので、その点一つ御研究願いたいと思います。
  18. 加藤常太郎

    加藤委員長 次に、島上善五郎君。
  19. 島上善五郎

    ○島上委員 私はきのう来非公式に与党、野党話し合ったように、専門家に対してのみ少し御質問したいと思うのです。  大石さんにお伺いします。実はきのうの公述の中で、選挙野放し論を公述された方がありました。きょうの新聞にも出ておりました。これは、十億でも二十億でも使わしたらいいではないか、そうすれば本人も参ってしまうだろうし、国民自覚してそういうものを二度、三度選ばなくなるからというようなことで、私はこれもあるいは一つの見識かもしれぬと思います。しかし、少なくともこの考え国民の多数のとらざるところであろうと思います。大石さんの御意見を伺っておりますと、ものの考え方の基本はその野放し論と共通のようにお伺いしましたが、理想として将来そうありたいというお考えなのか、現在も野放しにしてもよろしいというお考えに御賛成なのか、その点まず伺います。
  20. 大石義雄

    大石公述人 お答えいたします。私は先ほどの御報告で、野放しという言葉はちっとも私自身は使っておりません。絶対無制限という言葉も使っておりません。けれども、今の御質問の趣旨を憶測して、きのうの発言なさった方の野放し論にお前はどう思うかといえば、私は野放し論に非常に近い考え方を持っております。しかも、それは将来そうあれというのではなくて、今日においてもなるべく国民の自由な選挙をやらせるのがいい、だからこれから公職選挙法改正するに際してもぜひそうあっていただきたい、こういう考え方なのであります。
  21. 島上善五郎

    ○島上委員 そういたしますと、今度の政府案も、たとえば連座制については強化の方向をとっております。私は、これは実際の効果の上からいえば、強化の方向は見せかけであって、強化でないと思いますけれども、少なくとも、ものの考え方としては強化しようという方向だ。連座の対象を拡大したり、強化の方向をとっておる。それから、後援会の寄付についても、これはかなりきびしく制限をしておる。それから、政治資金規正法についても若干の規正の対象をふやしております。これもまた規正強化しようという考えなんです。ただ、肝心なところが骨抜きになっておるために、その強化の実が上がらないという点で私ども不満でありますから、もっと実の上がる修正案を出しておるわけです。こういう政治資金規正にしましても、後援会の寄付にしましても、連座制にしましても、強化の方向をとっておることは、そうしますと、あなたの考え方からすると逆で、緩和の方向をとるべきだ、現在の法律をむしろ緩和すべきだ、こういうお考えでしょうか。
  22. 大石義雄

    大石公述人 お答えいたします。このことは私が報告の中でも述べたと思うのですが、三案のうちどれかを今必ずとらなければならぬとすると原案をとる、こう申し上げたのです。私個人一番望ましいのはどれかといえば、原案規制もない方がもっと望ましい、こういうふうに御報告を申し上げたのです。
  23. 島上善五郎

    ○島上委員 そういたしますと、三案のうちどれかをとらなければならぬとすればという前提ですね。その場合には政府案。しかし、そういう前提がなければ現行法をもっと緩和すべきだ、私が今伺ったように緩和すべきだという考えですね。
  24. 大石義雄

    大石公述人 お答えいたします。先ほどの報告で私自身はっきりしていると思ったのですけれども、必ずしもはっきりしてないように受け取られておると思いますが、原案について完全に賛成しますと申し上げたのは、特定公務員の職にあった者の立候補制限を、公務員地位利用活動の禁止にした、これは全面的に賛成する。その他の点は、私自身立場から言えばない方がもっと望ましい、こういうことなんです。
  25. 島上善五郎

    ○島上委員 それではもう一点伺います。これは議論にならない範囲でお答え願って、私も議論にならないようにお伺いしたいのです。私どもの見るところによると、これは事実ですから、選挙は最近たび重なるごとに金の選挙になっている。いわゆる物量選挙という新しい言葉が使われるように、物量選挙になっておる。このままでは、単に国民自覚を待つというだけでは、これに対する対症療法としては不十分ではないか。国民自覚を待つことも必要です。私はこの選挙界の腐敗の現状に対しては、国民自覚、協力に待つということと、政党及び候補者が自粛反省するということと、法律改正するということ、このいわゆる三本立でいくのが一番現実的ではなかろうかと考えておるわけです。もし連座とか買収とか寄付とか、そういう点をもっとゆるやかにして、弊害が起こったら国民自覚するのだから——きのうの野放し論の方はそうでしたが、弊害が起こったら国民自覚するから、そういう方面から改まっていく、こういう見方もあるようですが、私はまた逆ではないかと思うのです。  これは山梨県のある例ですけれども、全村買収、村長選挙でこういう例がありました。二つに分かれて、両方とも買収です。五百円くれるよりも七百円くれた方へ投票する、こういったようなことですね。農村といって、これは農村の方を侮辱するわけではありませんけれども政治的な関心の瀞いところでは五百円くれるよりも七百円くれる方へ投票する、七百円よりも千円くれる方へ投票するというような、悲しむべき現状がなお存在していることは事実です。こういうところに対してはやはり法律改正が、現在の状況のもとにおいてはきびしい法律改正が必要ではないか。買収を禁止するということ、買収は選挙においては最も憎むべき行為ですから、これを排除するために、根絶するために法律改正が必要ではないか、こう私どもはどうしても考えざるを得ないわけです。それでもなお先生は緩和してよろしい、緩和していかなる方法によってこれを改めていかれるか、何かその方法がございましたらお示しを願いたい。
  26. 大石義雄

    大石公述人 お答えいたします。私はさっきから買収をやれということはちっとも実は申し上げていないのです。私自身の報告にも必要最小限度取り締まりでとどむべし、こう言っておるのです。だから、買収けっこう、何もけっこうということは言っていないのです。しかし、そこまで徹底をしなければ野放し論でないというならば私のは野放し論ではないのですけれども、厳罰主義で臨むというような行き方には賛成しない、こういう考え方です。買収をやれということをちっとも言ってないのです。それからまた、買収はけっこうなものだともちっとも言ってないのです。  ただ、選挙腐敗というのは根本的にはどうしたらいいか、矯正の方法根本的にはどういう方法があるのかといえば、これはやはり政治教育国民自覚しかないのだ。国民というものは神様でないのだから。動機を言えば、いろいろな動機からわれわれは選挙しておる。あの人は私にカボチャをくれたからあの人に投票してやろう、いつか金を貸せと言ったら簡単に貸してくれたからあの人に投票してやろう、あるいは非常な理想の見地から投票することもあるだろう。それは頭の中に入り込んでいったら、国民がいろいろな動機から一票を私は投じておると思うのです。しかし、客観的に投票者の投票態度を指導するとすれば、カボチャをもらったからとか、ある情をかけてもらったとか、そんな動機から投票すべきものでない。天下国家のため、こういう見地から一票というものを投ずべきである。これは政治教育の問題じゃないか。そこまで法が入り込んで選挙の方向を指導するということは、私に言わせればそれは昔のいわゆる翼賛選挙指導者選挙になりはせぬか。これは実は、自由な国民意思というものを基礎として行なわれる民主政治というものの建前からすれば、許されない性質のものだ。だから、現在の国民は、食い気もある欲気もある不完全なものだけれども、今は今でこの不完全なままの国民意思というものがあくまでも現実の政治というものの基盤なんだ。しかし、その基盤は現状のままでいいということは私は言っていない。この基盤は日一日と高まらなければいけない。その高めるのを、法律で高めるのがいいか、政治教育国民自覚によって高めるのがいいか。私は後者をとるべきものだ、こういう考え方なんです。
  27. 島上善五郎

    ○島上委員 お考えがわかりましたので、この先のことはお答えは要りません。私どもは、教育と国民自覚だけでは百年河清を待つにひとしい。その間に民主主義の土台がすっかり腐ってしまうということを心配せざるを得ないわけです。それから、国民の教育自覚も必要である、同時に法律による禁止取り締まりも必要である、政党及び候補者の自粛反省も必要である、この三本でいかなければならぬ、こう考えております。これについては、お考えはわかりましたから御返事は要りません。  鈴木参考人に伺います。政治資金規正について、選挙についてのみ規正するのが適当であろう、こういうお考えのようでしたが、私どもは撰挙の資金一般政治資金の区別が実際上不可能ではないか。これは御承知のように、今度は、国と請負その他特別の利益を伴う契約の当事者からさらに範囲を広げて、財政投融資、補助金、交付金、奨励金、利子補給等を受けている会社法人にまで範囲を広げたわけですね。その点については、将来の問題は別としましてさしあたって御賛成のようです。問題は、「当該選挙に関し」、こういうふうにつけたことによってこの規正は有名無実になってしまうということを私ども心配するわけです。当該選挙に関する寄付と一般政治的な寄付と、実際上区別することが不可能である、あるいは不可能に近いほど困難である、こういうふうに私ども考えるわけなんです。これをあなたは「当該選挙に関して」という政府案に賛成なさったですが、実際に区別することが可能かどうか。それとも、選挙法改正であるからそれだけにすべきだというのか。しかし、今度は選挙法と同時に、これと見合った形で正式に規正改正政府案で出ているわけですから、その点のお考えを一つ承りたい。
  28. 鈴木俊一

    ○鈴木公述人 ただいまの政治資金規正の問題でございますが、私は先ほども申し上げましたように、これはやや余談めいて恐縮でございますが、私、全国選挙管理委員会の事務局長を仰せつかっておったことがございます。そのときの委員長が海野晋吉先生でございました。よく海野先生が言っておられましたことは、やはり政治資金規正ということが政界粛正の根本である。それには会社法人、労働組合等からの資金規正をして、そういう法人からの一切の選挙資金政治資金の流出ということをむしろ抑制する方がいい。個人中心がよろしい、こういうふうなお話がございました。これはずいぶん前の話でありますが、それは、今日もなお記憶に残っておる話として関心を持っておるわけでございます。そういう考え方は確かに一つの考え方だと思うのであります。しかし、これはやはり国民個人自分の頼むといいますか、自分の賛同する政党に対して、それだけの政党活動が十分にできる、また選挙の際の活動が十分にできるだけの資金を出すというような雰囲気と申しますか、また所得の状況というものが伴ってこないと、実際問題として非常にそれは困難ではないかと思うのであります。今日の段階では、かりに自分政党が好きだ、一つうんと金を出してやりたいと思いましても、なかなかそういう実際の段階にはまだ至っていないと思うのであります。そういうところにやむを得ざる資金源というものを考えざるを得ないというのが、今日の状況ではないかと思うのでございます。そういう状況であるにかかわらず、「当該選挙に関し」という制限を付しましたけどれも、とにかくそういう制限に向かって一歩を進め得たというのが政府案でございまして、そういう意味において私は、これは退歩ではなくて進歩であるという意味で、私はこれに賛意を表した次第でございます。
  29. 島上善五郎

    ○島上委員 そういたしますと、今度範囲を広げました、財政投融資、補助金、交付金等々を受ける法人から当該選挙に関しての制限をしたことは一歩前進であるという意味で御賛成である、やがてはこれらの団体からは一般の政治献金も禁止すべきものというふうにお考えかどうか。私は今度の改正でできなければ、近い将来そうしなければならぬと思っておりますが、できれば今度の改正に一挙にそこまでしたい。しかし、それすら、必ずしも理想的なものだとは思いませんが、少なくとも国からそういう財政的な特別の恩恵を受けている会社法人からの寄付は禁止すべきものではなかろうか、こう考えておるわけです。鈴木さんは、現在、「当該選挙に関し」てということでも一歩前進であるから賛成である。やがては一般政治献金も、少なくともこの程度は禁止すべきものであるという考えについては、いかがでしょう。
  30. 鈴木俊一

    ○鈴木公述人 私は今申し上げましたように、政党の組織がさらに発達をいたしまして、党員が非常に多数になり、党員の力、あるいは党員でなくても、これに賛同する者の力によって政党が十分に育成され得るような経済の段階といいますか、客観的な条件が熟したような場合におきましては、私は今の規正をすることがいいのではないか、こう思っております。それがまだ今日、今お話しのごとく、今すぐこの段階ということでは無理ではないか。それが何年後になりますか、何とも私も申し上げられませんけれども政党の組織が津々浦々と申しますか、やはり相当進んで参りませんと、そういう個人の力だけによって政党が存続できるというような段階では、まだないのではないかというように考えるわけであります。
  31. 島上善五郎

    ○島上委員 私も何も、個人寄付に直ちに限定すべしということを言っているのじゃない。国から財政投融資、補助金、交付金、利子補給等を受けている、国と特別の財政的なつながりのあるもののみに限って、限定する。そうでない会社法人は一ぱいあるのですから、それを今禁止するということになったら、あなたが今おっしゃるような御心配が当然出てくると思うのです。そういうものは無限といっていいほど放置されておるわけです。いわゆる資金源、あなたのおっしゃる資金源が無限にあるわけですから、少なくとも国とそういうような特別の関係のあるものだけは禁止すべきだというのは、これは私は世論の要求するところでもあると思うのです。それで選挙制度審議会が取り上げたわけですから。その点を最後にもう一ぺん伺っておきます。
  32. 鈴木俊一

    ○鈴木公述人 何といいますか、保守系、革新系の政党に対して資金源ということになりますと、おのずからこれは根源があるわけでございまして、私はやはり各党派に対して資金源についての規正をするにあたっては、公平にいくようにしなければいけないのじゃないか。そういう意味で、「当該選挙に関し」という制限はございますけれども、今回の政府案としては、むしろこれは保守党の方にやや痛手であるかとさえ私は思うのでございますが、そういう規定を設けられたということは、非常な思い切ったことであるとも考えられるわけでございます。これは、さらに進んで、一切いかぬということになりますと、そこに何らかの代替の問題を考えなければいかぬのじゃないか。それから、補助金、財政投融資等についても、これは実はピンからキリまで、いろいろあるだろうと思います。そういうような会社からもらうことは、いかにも道義として不適当であるといわれますものと、補助金なりあるいは何かもらっておりましても、の個人がもらっておるのと同じような形のものであって、そう特に区別するほどの理由がないような場合におきましては、やはり若干権衡上の問題もあろうかと思いますから、私は今日の段階におきまして、当該選挙に関してだけこういう制限を設けたことにつきましては、一歩前進ということで賛同した次第でございます。
  33. 加藤常太郎

    加藤委員長 以上をもちまして本日午前に予定いたしました三名の公述人に関する議事は終了いたしました。  この際、公述人の皆さんに一言御礼を申し上げたいと思います。公述人各位には御多用のところ、特に大石公述人には遠隔の地より御出席下さいまして、長時間にわたり貴重な御意見をお述べ下さいましたことは、まことにありがとうございます。当委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。  午後は一時より再開することとし、この際休憩いたします。    午前十一時五十九分休憩      ————◇—————    午後一時二十分開議
  34. 加藤常太郎

    加藤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  議事に入ります前に、一言公述人の皆さんにごいさつを申し上げます。本日は御多用中のところ、ある方は遠路わざわざ御出席いただき、まことにありがとうございます。  公述人各位には、それぞれのお立場から内閣提出公職選挙法等の一部を改正する法律案について、大体一人二十分以内で、忌憚のない御意見を御開陳願いたいと思います。なお、島上善五郎君外二名提出修正案についても、御意見があればお述べいただきたいと思います。  それでは、日之出汽船株式会社社長の藤登太郎君の御意見の御開陳をお願いいたします。藤堂太郎君。
  35. 藤堂太郎

    ○藤堂公述人 現在国会において審議されておりますところの公職選挙法等の一部を改正する法律案は、選挙制度審議会答申に基づかれまして、政府において立法の上提出されたものでございまして、この法律案がここに至りますまでの経緯につきましては、新聞等を通じましてきわめて詳細に報道いたされておりまして、私も国民の一人といたしまして大きな関心を持ちまして、その経過を注視して参ったのでございます。申すまでもなく公職選挙法国民の代表を選びますルールを定める重要なものでございまして、これは与野党の土俵を定めるものでございますから、その立法にあたりましては公平な第三者の意見を最大限に反映せしめらるべきものでございましょうし、このためにさきに選挙制度審議会が設けられたものであると考えておる次第でございます。この選挙制度審議会におきましては、長期間にわたりましてほとんど連日審議を続けられたことが伝えられておりまして、私も深く敬意を払っておりましたところでございます。この審議会答申につきましては、政府がこれを立法化されますにあたりまして、その趣旨を実現するようにお努めにならねばならないことは当然のことだろうと考える次第でございます。  聞くところによりますと、この立法化にあたりまして、高級公務員の立候補の制限等、二、三の点につきまして、政府憲法上の問題等もからむというようなわけで、審議会答申をそのまま規定されることが困難であるというようなところから、調整を加えられたようでございます。このことが問題となっておるように存ずる次第でございます。この点につきまして各方面からいろいろ御意見が出ておるようでございまして、現在この国会におきましても、与野党の間に御意見がかわされておるようでございます。私はさきにも申し上げましたように、審議会答申尊重されなければならないと考える次第でございますが、しかし、尊重という意味は、必ずしもその通り法制化されなければならないということではないと存ずる次第でございます。たとえば公務員の立候補のごときにおきましても、選挙法改正する前に行政措置で規制する問題ではないのだろうか。むしろ選挙法以前のものであると存ずる次第でございます。従いまして、この改正にあたりまして憲法上問題があるということでありますなれば、いかに審議会の御答申と申されましても、それをそのまま立法化するということには直ちに賛同いたすということもいたしかねるのではないかと存じます。むしろ憲法上の問題があるのを御存じになりながら政府が立法化されるというような危険なことは、国民としては、やっていただきたくないと存ずる次第でございます。従いまして、一字一句答申通りでないというだけで政府を非難するということもできませんかと存じますし、その内容につきまして十分検討を加えました上で批判すべきものと考える次第でございます。今回提案されておりますこの改正法律案は、このような観点から見まして、現在においては答申案尊重するという見地からいたしまして、大体において妥当なものであると存ずる次第でございます。  以上、総括的な考えを申し述べた次第でございますけれども、次に、二、三私の感じておりますことを申し述べてみたいと存じます。  まず、選挙運動についてでございます。審議会の審議の方向は、公明選挙実現にございまして、そのためには、現在の個人本位の選挙運動を、少なくとも国会議員選挙については政党本位選挙に移行させるとともに、選挙運動はできるだけ自由にされまして、反面悪質な選挙犯罪に対しましてはきびしい制裁を課さなければならないということであろうと考える次第でございます。そして、昨年の答申は、その第一といたしまして立候補制度の合理化、選挙運動のワクの拡大、連座制強化等をお取り上げになられておりまして、政府案もこれを尊重して提案されたものと存ずる次第でございます。すなわち改正法律案を見まして感じますことは、国会議員選挙につきましては事前運動を認めておられることでございます。これは政党等の選挙運動を、限られた範囲ではございますが、認めたこととともに、選挙運動を明るくするものであると考える次第でございます。従来これらのことが許されておりませんでしたために、立候補を決意されましても、これを選挙人の前に公にすることができない。そのためにあの手この手を用いてその意思を伝えようとされ、これがために非常にゆがんだ形が一般化されてきておったように感ずる次第でございます。常識的に考えてみましても、これを押えておくというのがそもそも無理のあるところでございまして、それが今後は党々と選挙人に訴えることができるわけでございますから、この一般化されて参りましたゆがんだ形を正常な姿に戻すという意味で、きわめて当然なことでございまして、適切な処置であると考える次第でございます。ただ、拝見いたしまして、演説会を百回というようなことにされておるようでございますけれども、実際問題といたしましても、費用の点もございましょうし、回数の規制はいかがなものであろうか。これはむしろない方がいいんじゃないだろうかというような感じがいたす次第でございます。  次に、公務員地位利用による選挙運動制限強化の問題でございます。公務員がその公の権力、組織を利用いたしまして選挙運動をすることは、きわめて有利なわけでございまして、公正な選挙をするためにはぜひこれは防止しなければならないということは当然のことであると考えられる次第でございます。特定公務員が参議院全国区の選挙におきまして、あるいは言葉が適切でないかも存じませんけれども、毎回の選挙ごとに高位で当選しておられるということは、もちろんその方の個人の力もあることとは存じますけれども、役所の立場を利用されて相当の事前運動等がなされておることもまたあり得ることではないかと思われまして、これを何とかしなければいけないということであろうと思われる次第でございます。元来、公務員の立候補につきましては、前にも申し述べましたように、行政措置で規制すべきことであると存じますが、答申案にありますように、立候補を制限してしまえばこの目的は達成されるかも存じません。しかし、立候補を制限するというようなことは、よほど慎重にお考えいただかなければならないことと存ぜられまして、かえって行き過ぎのために国民の被選挙権の資格を剥奪するというような憲法違反の疑いを生じてはならないことは当然なことと存ずる次第でございます。改正案を見ましても、政府は立法化されるに際しまして、相当に苦心せられたものと存じまして、答申案精神をくまれましてその実を上げるべくこのような形となったものだろうと存ずる次第でございます。ただ、この案を有効たらしめるためには、取り締まり当局の非常な御努力が必要かも存じません。しかし、それは公明選挙実現のためにぜひお願いいたしたいものと考えておる次第でございます。  次は、連座制強化についてでございます。公職に立つような方は、その身辺を正し、いやしくも選挙人から疑惑の目をもって見られることのないようにしなければならないということは当然のことと存じます。従いまして、候補者は少なくとも自己の運動員や身内の者が選挙人から指弾されることのないように十分に注意していただきたいと存ずる次第でございます。そして、それは候補者の道義的責任であると存ずる次第でございます。しかし、連座制ということは候補者以外のした行為によりまして当選を失わせるということ、つまりこれによりまして何万という国民意思が無効になるということでございますから、われわれ国民の側からいたしましても、むやみにわれわれの意思をむだにされても困るわけでございます。そこにはおのずから限度があると考える次第でございます。答申案は、その点選挙を粛正するという点を強く出されまして、俗に言う角をためて牛を殺すというようなことになりはしないかとおそれるわけでございます。聞きますところでは、これほどの連座制は世界でも例がないんだということでございますし、またある弁護士の方の御意見でも、法律的にも妥当ではないんではないかというようなことも聞き及んでおる次第でございます。政府改正案は、連座による当選無効訴訟は、検察官が起こさなければならないとなっておりまして、妥当にこれが挿入されておるものと考える次第でございます。ただ、その訴訟につきまして、時間がかかるとか、いろいろ御意見もあるようでございますが、これはその判決をすみやかにおやりいただくように御努力いただく、また同時に、これはぜひ必要なことであろうと存ずる次第でございます。このような意味で、私は、答申案にいうところの連座制強化というものは、やや行き過ぎのように存ぜられる次第でございます。  次は、この法律案によりまして、従来選挙運動についてはほとんど行なうことのできなかった、政党が自己に属する候補者の応援ができるようになったということでございます。これはきわめて当然なことでございまして、従来の不自然な一面を解消しますとともに、選挙運動を明るくしていくものと存ぜられる次第でございます。  以上、選挙運動について私の考えを申し述べたのでございますが、次に申し上げたいのは、選挙資金あるいは政治資金についてでございます。  審議会答申におきましては、国あるいは地方公共団体、特別の利害関係を有する会社法人等は、政党に対して寄付をしてはならない。この法律案では選挙に関してのみこれを取り上げておられるようでございます。私は、審議会答申は当然のことであり、そうあらねばならないと考える次第でございます。国民の疑惑を招くようなことは、健全なる民主政治の発展を妨げることとなることは明らかでございまして、この国民の疑惑を取り除くためにもそれを制限することが望ましいことと存じます。しかしながら、国、地方公共団体等から経済上の援助を受けておる会社法人等と申しましても、その援助の程度がきわめてささいなものから含まれるわけでございまして、その内容に非常に差異が考えられるわけでございます。また、その及ぶ範囲もきわめて広いものと考えられます。また、政党の現状を見ましても、その政党活動に要する経費の大半は会社法人団体から受けているようでございまして、今日今すぐ答申にありますように、政党に対する寄付のすべてについて、これらの会社法人等からのものを禁止した場合には、大きな目標であります健全なる政党政治が期待できるかどうかということにも疑問を持たざるを得ないのでございます。現状を無視してただ制限したらいいとも考えられないところでございます。従いまして、法律案選挙に関してこれを制限するとされましたことは、このような現状においてはやむを得ないものと考える次第でございます。審議会におかれましても、せっかく政党のあり方等につきまして審議されるということでございますから、政党法ということについても御審議をいただいて、その際政党政治資金をどうするかという具体的措置をきめられることが適切ではないかと考える次第でございます。このような意味におきまして、答申はそうあるべきだと考えますとともに、この法律案選挙に関してのみ制限をはかられたのも、現在のところやむを得ないものと認める次第でございます。  最後に、私の意見を総括いたしますと、選挙が国の政治根本であることは了承いたしておりまするが、この選挙法だけで国民の希望するように選挙が公正かつ明朗にできるとも思えません。政治の明朗化は、その前提条件としては国民政治意識の高揚であり、政府はあらゆる面で国民を啓蒙しなければならないと存じます。現状におきましては、遺憾ながら、行政面、予算面でその考慮が十分に払われていないと存じます。法律改正とともに、国民の善導が必要であると存じます。なお、取り締まりのための法律改正のみではなく、政党本位選挙にするとか、公営選挙を拡充されるとか、の根本的合理化をはかられるとか、選挙区制の改正等を行なわれる、これと並行して、より一そう抜本的に政治意識を高揚させ、選挙の公明を期せらるべきであると存じます。しかし、今回の政府提出法律案は、従来よりも多少とも選挙をよくするための効果は期待できるものと存じまして、この案をもとといたしまして漸次本格的な改革に進まれるという意味で、この改正案に賛意を表し、私の公述を終わらせていただきたいと存じます。(拍手)
  36. 加藤常太郎

    加藤委員長 次に、中立労連事務局長の柳沢錬造君の御意見の御開陳をお願いいたします。柳沢錬造君。
  37. 柳沢錬造

    ○柳沢公述人 まず、本国会で公職選挙法の一部を改正する法律案を上程しまして審議されていることについて、まことに時宜に適した措置であるというふうに敬意を表するものであります。  では、本法律案に対する意見でありますが、結論から申し上げますと、政府案には反対であり、社会党修正案に賛成をいたします。なぜそのような結論を持つに至ったかということにつきまして、これより私の見解を申し上げたいと思います。   〔委員長退席、青木委員長代理着席〕  第一に、汚れのない清潔な選挙こそが民主主義の基調であるというふうに考えております。わが国は議会政治を採用していまして、国民選挙を通じて自分の権利を行使いたしております。そのことは、国家国民の将来がこれら議員先生方の双肩にかかっているといっても過言ではないと思います。ですから、この機会に、選挙ごとに増加してくる悪質な選挙違反に終止符を打つ。票を集めさえすれば当選して、それが民主主義であるというならば、ヒトラーも民主主義者ということになると思います。そのような誤った考え方を排除して、りっぱな人格者がお金がなくても立候補ができますように、有権者は信ずる人に自由に投票のできますように、公職選挙法改正すべきだというふうに考えるものであります。特にみずから法律を犯して、国民の基本的権利である選挙権を買収するような人が、どうして法律を制定する資格があるでありましょうか。自分の利益のために国民を買収するということは、自分の利益のためなら国の政治をも変えてしまうということになるのではないでしょうか。汚れた手で正しい政治ができるはずがありません。国民の信頼を得る清潔な政治は、清潔な手の持主よりしか生まれません。そのためにも、お金のかからない、買収のない清潔な選挙を通じて、何者にも買収されないりっぱな政治家を選出することであり、それが民主政治の基調であるというふうに信じております。  第二には、選挙制度審議会答申尊重すべきであるということを申し上げたいと思います。政府の機関の中にはいろいろな審議会がございます。いかなる審議会でもその答申尊重しなければならないのだというふうには考えておりません。だが、事選挙に関しましては、国会議員の先生方に直接利害関係の伴うものでありまして、そうであればこそ権威のある審議会を設けて、そこで公正な立場から慎重に検討し、答申をしてもらったものであると思います。しかも、この審議会は、選挙制度審議会設置法という法律によって設けられたものでありますし、その第三条には「政府は、審議会から答申又は意見の申し出があったときは、これを尊重しなければならない。」と、はっきり明記されております。それを政府みずからがこの法律を無視した行為をしておいて、どうして国民法律を守れということが言えるでありましょうか。国会が議員個人の利害を基盤として法律を制定していたならば、この日本の国の将来というものはどうなるでありましょうか。私は、法律というものは、政府や国会議員の必要を満たすためのものであってはならない、国民の必要を満たすためのものでなければならないということを強く確信いたしております。一昨日のNHKテレビの国会討論会でも、自民党の江崎国会対策委員長が、選挙法のようなものは与野党双方に不満のあるものでまとめなければ仕方がない、ということを申しておりました。確かに一理ある言葉だと思います。そうであればこそ、なおのこと、与野党の意見に動かされるのでなしに、権威のある選挙制度審議会答申尊重し、そのまま提案すべきであるというふうに考えます。この政府案のように、最も大切な連座制強化政治資金規正高級公務員立候補制限というようなものをしり抜けにしておくということは、まことに許されない態度だというふうに考えます。  第三には、連座制強化は絶対に必要だということを申し上げたいと思います。最近の選挙における買収等の悪質違反というものは、目に余るものがあるようであります。これを衆議院の選挙に例をとってみますと、特に買収、利害誘導などの悪質な選挙違反が、昭和二十八年のときには七千五百七十四件、その人員が一万九百六人でございました。さらに、三十年の選挙では一万二十七件になり、人員も一万六千八百九十人となっておりますし、さらに、三十三年には八千二百九件、人員は二万七百十五人というふうになっております。さらに、三十五年の選挙では、驚くなかれ、件数が一万三千三百四十六件、人員では三万二千七百六十八人というふうな驚くべき増加を示しております。このわずか四回の選挙を通じまして、買収違反の件数が、件数では二倍、人員では三倍というふうな激増をしているわけでございます。しかも、昭和三十三年の衆議院の選挙におきましては、選挙違反をして当選しましたら、出納責任者を三年半も逃亡させてしまった。次の総選挙が済んでから出頭し、裁判になっているのがございます。これでは、どんな刑が確定しましても本人には影響がございませんし、それどころか、その間その本人は国務大臣というふうな国家として最高の要職にもついております。このような政府というものに対して、国民がどうして信頼するでありましょうか。また逃亡者の件も、昭和三十三年の衆議院選挙では百七名、三十五年には九十一人もございました。現在もまだ十五人の方が逃亡しているということも聞いておりますが、運動員の方を逃亡させることによって自分の罪を免れる、そういう態度は政治家として、法律的にはどうであれ、道義的には許されないものだというふうに考えます。さらに、もう一つつけ加えたいことは、かつて最高検の次長、法務次官というふうな要職にまでついた方が、この前の選挙ではまれに見る悪質違反を犯して、運動員が数件名も取り調べられ、五十八人も起訴をされております。そういった事件について私としても忘れることができませんし、このようなことをしておって、どうして国民に法は正しい者の味方であるということを徹底させることができるでありましょうか。これほど腐敗した選挙が行なわれていることを、現行法のままで放置しておくことができない。そういうことから、審議会としましても、従来の総括主宰者、出納責任者のほかに、相当広範囲に選挙運動を主宰した者、事実上の出納責任者、候補者の父母、配偶者、子及び兄弟姉妹にまで連座の適用を広げて、これらの人が刑事判決の確定があったら直ちにこの当選人を失格させる、というふうに答申したものだと信じております。それを政府案を見ますと、これら親族の上に「同居している」という言葉が付されております。さらに、刑が確定しましても、検察官が当選無効の訴訟を提起しなければならないというふうになってございます。この二つの点で、実質的には従来と大差のないものになってしまっているのではないかと思います。この連座制強化ということは、正しい民主政治を望む国民すべての願いであり、今回のこの公職選挙法改正に際しましては避けることのできない最も重要な点であり、この点はぜひとも審議会答申通りにこれを尊重し、言うならば社会党の修正案のように御修正願いたいということを申し上げます。  第四には、政治資金規正について触れて申し上げたいと思います。金のかからない選挙ということは、民主政治を育てる上において非常に大切なことだというように思います。選挙お金がかかり過ぎると、当選してからそのお金を回収しようとする。汚職に手を出す、不正な取引をする、いろいろと政治というものを腐敗させて参ります。国民はそのような政治家にあいそうをつかしますし、しまいには政治そのものに不信を抱くようになると思います。そうなると、ますます候補者選挙に出るためにお金をたくさん使う、ますます政治に対する不信が増大して参る。そういう悪循環を重ねていると、最後には議会制度そのものが破壊されてしまうことになるのではないだろうか。また、業者との工事契約をめぐっていろいろのうわさも聞きますし、莫大なお金が流れたとか、いろいろそういう新聞記事も見ますが、そういうときにいつも耐えられない気持になるのがほとんど多くの国民だというふうに考えます。現行法でも、「特別の利益を伴う契約の当事者である者は、当該選挙に関し、寄附をしてはならない。」ということがはっきりされております。これもほとんど実効が上がっていないというふうに感じられます。そのために審議会では、単に請負契約だけでなしに、国または地方公共団体から補助金、奨励金、助成金、負担金、交付金、出資金、利子補給金等を受けている会社その他の法人というものは、選挙または政治活動に関して寄付をしてはならないと答申したものだというふうに思います。にもかかわらず、政府案を見ますと、対象の会社なり法人の範囲は答申通りにしておりますが、最も大切な「政治活動に関し」というところを削除しまして、現行法と同じ「当該選挙に関し、」というふうになっております。これもわずかの手を加えたことによって、実質的には答申が骨抜きになっております。従来から政治献金と汚職の区別ほどわかりにくいものはございませんし、ましてや、政治資金として受け取って選挙資金として使っても、それを見分けるということはほとんど不可能だと思います。難事中の難事であり、それこそ隅田川に落とした百円だまを見つけるより困難な仕事だというふうに考えます。この点も、政治への信頼を増そうというお考えを持つならば、やはり答申案通りに明確にしていただきたいということを望みます。  第五には、高級公務員立候補制限についても一言触れておきたいと思うのですが、この点も審議会答申にはありますのに、政府案にはございません。過去の参議院の全国区の選挙を見ましても、大体三割程度の方がこのような人たちによって当選しております。政府案では何か一般の公務員まで拡大をして選挙運動制限をしておるようですが、たしか一般公務員というものは人事院規則によって規制されているというふうに思います。私も、高級公務員なるがゆえに国会議員に立候補してはならない、というふうなことは毛頭考えません。重要な地位にあるだけに、その地位にいる間はその職務に専念をして、いやしくも事前運動のようなことはなさらないでいただきたい。国会へ出るときはいろいろと誤解を招くおそれもあるし、参議院の全国区に限っては、離職後一定期間は立候補しないのだというふうなことにやはり制限をするということは至当だというふうに考えます。  最後に一言つけ加えたいことは、腐った卵ではおいしいオムレツはできません。腐敗した選挙からりっぱな政治家は生まれませんし、りっぱな政治もとれないものだというふうに思っております。国会議員の先生方がこの日本の国の将来に責任を負って、国民の負託にこたえて民主政治をとろうとするならば、この選挙制度審議会答申尊重し、そのまま立法化されるという態度をとるべきであって、それが政府に課せられた使命であり、それが国会の良識であり、政治家の良心であるということを申し上げまして、私の意見を終わりたいと思います。(拍手)
  38. 青木正

    ○青木委員長代理 この際、本会議散会まで休憩いたします。    午後二時三分休憩      ————◇—————    午後三時五分開議
  39. 加藤常太郎

    加藤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  先ほどに引き続き、公述人より御意見の御開陳を願うことといたします。  それでは香川県議会議員今沢義三郎君の御意見の御開陳をお願いいたします。今沢義三郎君。
  40. 今沢義三郎

    ○今沢公述人 私が今沢と申します。  本日公述に出ましたが、何と申しましても諸先生方は選挙には非常なベテランでありますので、私どもがかように公述に出ることが恥ずかしい次第でございます。しかし、私もちょうど普通選挙が行なわれた昭和二年から引き続いて地方議員をやっておりますが、選挙についてはいろいろ経験を積んで参っておるのであります。しかし、先生方のように私は決して国会議員を望んでおったことは一度もありません。しかし、選挙にはいろいろ多少なりとも経験がありますので、今回の公職選挙法改正につきましていささか簡単な意見を述べたいと存じます。  ただいま手紙が到着いたしまして、実にこういう機会にまことにめでたい話でありますが、「わが町は、誇り高き公明選挙モデル都市、昭和三十四年市議選においてうどん一ぱい不正なし、昭和三十七年十一月市長選立候補予定、日本一公明選挙を公約します。」というのがわが市の一市民から参っております。まことに覚悟よろしい人であります。こういう人が一人でも多く出るということは、日本の国のためにも非常にけっこうであると思います。ただいまかような書面が参っていることを皆さんに御報告申し上げます。  さて、選挙法改正につきまして昨日以来いろいろ公述人からの御意見を拝聴させていただきました。承っておりますと、この選挙法改正につきまして、まず連座制強化についてという問題、高級公務員立候補制限についての問題、政党その他政治団体に対する寄付規正するという三点にしぼってのお話であったのであります。いずれの方も適切なる御議論をしておるようであります。私は、この政府案につきましては、理想的な案とは申しませんけれども、賛成するものであります。と申しますことは、昨年六月より選挙制度審議会ができまして、そうして日夜研究され、六カ月余の日数を要しましてでき上がった審議会答申であります。政府におきましても、それにつきましていろいろ考えられまして、あるいは憲法に抵触する、あるいは国民のために適切な選挙法改正をやらなければならぬということになってきますと、やはり何かと政府におきましても苦心をした跡があります。それでこの三点について皆さんいろいろ御議論があったようでありますけれども、私は政府案に賛成するものであります。  私は地方選挙に携わっておりまして、欠点なりいろいろ考えてみますと、ちょうど選挙法が痛烈に改正せられたのが昭和二年の田中内閣の当時で、普通選挙という改正案があったのであります。私らもそれに連座いたしましてやりましたが、当時は選挙事務員というようなものを置いて十五人以外の者は選挙ができない。私はその当時候補者に立ちましたが、何と申しましてもなかなかむずかしい。事務長をやる者がだれ一人ない。そこで私が事務長をやった。自分選挙事務長をやりました。そうして、選挙のためには、あるいは演説会場を借り、パンフレットを配るというようなことも私はやりました。そうして最小限度その時分にも預託するものもありまするし、それと大体選挙費用の計算をする。これにつきましてきわめて少額で私は選挙をやってきたのであります。とにもかくにも選挙と申しますと、本人がみずから立って努力し、そうして率先垂範と申しますか、何かとやらなければ、これは人がついてこない。今回の選挙法改正につきましても非常に御議論があるようでありますが、まず一度はこれを行なってみなければなりません。それを執行の上におきまして是非を決定する。その後にまた欠陥があれば直すということであります。  わが国における選挙法というものはいろいろ御苦心の跡がありますけれども、なかなかこれが公明には参りません。公明選挙という名は冠されておりますが、なかなかむずかしい。先進国のイギリスだとかドイツだとかいうところの選挙とは全然違うのであります。これは選挙せられる者も、またする者も、相当考えて慎重にやらなければならぬと思うのであります。今回の選挙法改正は、私はある程度よくできておるように考えております。このまま現行法の選挙法によってやるということでありましたら、それはあまり進みはなくして、今日の選挙法改正せられたものによってやってこそ、私は一進また二進も進歩したような選挙ができるのではなかろうか、かように考えるのであります。それとなお、地方の選挙に見ましても、公務員規制の問題、あるいは知事選、市長選ないしは町村長の選挙、町村会の選挙というものに至りましても、今回は自動車を使わせるというようなこともあり、またポスターにおきましても非常に増長をいたしております。参議院あるいは衆議院におきましての無料はがきというものも、非常に増長をいたしております。それが知事選におきましては、やはり国会議員と同じように供託金は増額はいたしておりますが、ポスターでありますとか、ないしははがきの点につきましても、これを非常にたくさん増して使わせるようにしておるのであります。こういう意味から申しまして、とにかくこの公職選挙法改正というものは、まず今回衆議院におきましてすみやかに可決せられんことを私は望むものであります。  さらに、これに加えて政党法というものを作ってやれば、皆様が非常に御心配することも避けられるのではなかろうか。この政党法はある程度今回の公職選挙法の一部改正の中に盛られてはおります。あるいは確認団体、あるいは推薦の団体であるとかいう問題において盛られておるのでありますが、しかし、これは団体法としてまだ的確にはなっておりません。イギリスにおきましても、団体法というものが作られておるのでスムーズに選挙がやられておる。日本もやがてかような域にまで達しなければならぬと考えるので、私はこの機会に皆様に対してお願いを申し上げるのであります。  なお問題はたくさんありますけれども、いろいろ公述人から述べられたから私は省略いたしまして、この政府案に対して賛成するものであるということをあらためて申し上げ、私の意見の陳述を終わりたいと思います。(拍手)
  41. 加藤常太郎

    加藤委員長 次に、作家の平林たい子君の御意見の御開陳をお願いいたします。平林たい子君。
  42. 平林たい子

    ○平林公述人 私は、選挙制度審議会答申案に、はなはだしく失望した者の一人でございまして、その案をさらに修正した政府案については、どこに改正の意図があるのか理解するのに苦しんでおります。選挙制度に大改正を加えて議会外の不法な政治行動を押え、かつ、国民選挙に対する信頼を回復して、自己の投票の持つ尊厳を自覚させるためには、革命的な選挙法改正をしなければならないときにきていると私は信じるのであります。  自由民主党は、社会党とその支持団体である総評の議会内外での行動の非民主性を常に攻撃しておりますが、この種の行動のよって来たる原因の少なくとも一半は、現代の選挙の堕落に原因があることに気がついていないようであります。少し考えのある若い者にとって、現代の選挙を左右する金銭の力はまことにがまんのならないものであり、金力によって選出された議会は、自分たち意思を代表していないという考えに走るのは、自然の勢いであろうと思います。今回の選挙法改正は、こういう社会情勢に対処するために与えられた絶好のチャンスでございまして、選挙の粛正がもし徹底的なものならば、議会内外の無法な行動を相当の程度に抑制する結果を招くことができると私は信ずるのでございます。こういう血気の人間の場合でなくとも、金力によって国政の代表者が選ばれる選挙の仕組みに対して、金をもらう人間自身選挙の尊厳を認めることができないのは当然でありまして、自分たちの選んだ国会議員に対する現在のような社会の軽蔑も、その選出のなり行きに負っているところが多いだろうと思うのでございます。  そこで、私が主張したいことは、連座制強化でございまして、その派の選挙運動に参加した脅すべての悪質違反、特に買収犯罪は、その候補者の当選を無効にするように法律を改めるべきであろうと私は考えております。連座制以外の同じ性質のこまかい項目については、私は専門家でございませんので省略いたしますが、すべてこの精神において改められるべきことは当然であろうと思います。  しかし、翻って現実の事情を顧みますと、自由民主党があれだけ社会の不評を買いながら、あえて審議会案に修正を試みた心情を考えますと、おそらく買収を徹底的に糾弾する選挙制のもとでは、革新政党との太刀打ちに勝つ自信がないことを告白しているのではないかと思うのでございます。世論をも顧みるいとまがなく、こんな修正案を作ったとすれば、これはおそらく自由民主党の内閣は、いかなる障害を乗り越えても、この意味のわからぬ改正案を通過させ、金力選挙のできる抜け穴を必死に残しておこうと試みるだろうと思うのでございます。それでは、せっかく到来した選挙法改正のチャンスがむなしく見過ごされたことになるのでございます。  そこで、それと見合わせて、この改正案にもう一つ重大な項目を加えることを申し上げたいと思うのでございます。もし、この案が挿入されれば、自由民主党の焦燥感を静めることができるとともに、選挙法はより完成したものになることを信じます。それは、労働組合とか宗教団体とかその他の団体が、団体として特定候補者の支持、不支持をきめて指示し、団体員の心理に不当な圧迫を加えることが、個人単位の投票制度に対するある種の制限であることを認めて、それを禁止項目の中に入れることを主張したいのでございます。  現在の選挙を乱すものの要素として私は買収犯罪の多いことを前の項で申し上げましたが、宗教団体や労組あるいは旧地主団体のごとき非政治団体が、宗教的に近い信念をもって特定候補者への投票を押しつけ、それに忠実でない者に道徳的裏切り者と同然の排斥を行なう風習も、明らかに日本の選挙を非民主的に乱している他の要素であろうと思います。買収とこの組織の強要とが両々にらみ合って選挙を二分している間は、とうてい選挙の粛正は望み得ないのでありまして、自由民主党が、この際、買収事犯に対する処罰を徹底的なものにすることを承認するとともに、革新政党もまた、政党以外の組織が候補者を推薦する一切の行為を禁止する項目を挿入することを承認していただきたいと思うのでございます。  なお、その精神に従って、選挙資金の徴収方法についても、給料の天引きはもちろん、組合が主となって特定の一候補者あるいは多数の候補者のために金を集めることや、宗教団体、経済団体その他の政党以外の団体が、その団体として金を集めて選挙運動を支持することを禁じていただきたいと思うのでございます。  こうすることによって、選挙法改正は徹底され、革新政党も保守政党も正しい選挙をする限り、結局はこの改正の恩恵に浴することができるだろうと思うのでございます。  私の申し上げることはこれだけでございます。(拍手)     —————————————
  43. 加藤常太郎

    加藤委員長 これより公述人に対する質疑に入ります。順次質疑を許します。高橋英吉君。
  44. 高橋英吉

    ○高橋(英)委員 社会党の島上君のお株を奪ったわけではないのでありますが、私ばかりが自民党関係の質問者みたいなことになって、今やむを得ない用事でおくれて参りましたので、公述人の方々の全体の御意見を拝聴することができなかったのは非常に残念でございますが、ちょうど平素から敬愛といいますか、最も敬服しております平林先生の貴重な御意見をお伺いいたしましたので、全幅的に敬意を表してけんけん服膺すべきがほんとうだとは思いますが、一、二お伺いしたいことがございます。  ただいまのお話で、何か現代の選挙界の実情において、社会党的な票、革新的な票を自民党の者が買収して、自分の票にするような傾向があるようなお話でございましたが、私ども、さようには思っておりません。現在の中選挙区制においては、いわゆる保守党と革新党の票がせつ然として区別されておるわけです。大部分、九分九厘、九九%は区別されておると思うのでございます。そのせつ然として区別されている、分かれているお互いの革新票、お互いの保守票、こういうものの同士打ち、争奪戦が実情であろうと思うのでございます。金を使うとか使わぬとかいうことはいろいろ問題もありましょうけれども、革新党が金を使いましたところで、保守党の票はとれないわけです。保守党も幾ら金を使ったところで、革新党の票はとれないのでございます。この点につきまして、どういう平林先生はお考えになっておりますでしょうか。
  45. 平林たい子

    ○平林公述人 保守、革新の薬がきまっておるというお話でございましたが、今の選挙の慣習と制度のもとではさまっておりますけれども、私が申し上げたようなふうに改めますと、必ずしも分野ははっきりしていない。個人の判断によって行なわれるようになると思うのでございます。
  46. 高橋英吉

    ○高橋(英)委員 現実において現在の選挙界は、政策政策との争いではない、政策政党との争いでない、団体の争いでなくして個人々々の選挙だというふうになっているのが実情ではないかと思います。特に革新党の方では、候補者を統制力をもって制限しておりますので、比較的その弊害が少ないかもしれません。それでもやはり御承知のような、大へんな同士打ちがあるわけなんです。特に保守党の方ではほんとうの同士打ち、今の選挙はお互いに革新党も保守党もともに同士打ちというのが選挙実情でございまして、決して政策の争いになっておらないということは、ほんとうにわれわれは遺憾といたしておるのであります。従って、保守党同士の争いにしろ、金を使うのはいかぬ、革新党の争いにしろ、選挙費を超過したものをみな社会党の諸君もやっておると思うのですが、そういうこともいかぬというふうなことは、これは大局的に言い得るのでございましょう。しかし、保守党の方で幾ら金を使ったところで、これは革新党の票は食っていない。保守党の方の大老が落ちてみたり、惜しい人物が落ちるような場合もありますが、これは保守党同士の争いだというようなことになっております。従って、私どもはこの選挙界の現状、もし選挙界が現在腐敗しておるといたしますならば、これは選挙区制に由来しておるのではないか、中選挙区制というものが結局そういうふうな禍根をなしておるものではないか、かように考えております。従って、日本以外の諸外国がとっております小選挙区、もしくは西ドイツあたりでやっております比例代表を加味しましたところの、あの混合式の小選挙区制というふうな制度、ああいう制度になれば、おのずから同士打ちでお互いに金を使い合うというふうな現象がなくなると思うのですが、平林先生、この点についてはどういうふうにお考えでございましょうか。
  47. 平林たい子

    ○平林公述人 私、実はちょうどドイツの選挙のときにドイツに参りまして、ドイツの選挙を見て参りました。ですけれども、きょう私どもが諮問されましたのには、そういう選挙区制のことはございませんでしたので、ここでお答えできないことを残念に思います。
  48. 高橋英吉

    ○高橋(英)委員 連座制の点について、ごく簡単にお尋ねいたしたいと思います。審議会答申案が後退したとか、変更されたとかいうのは、間違いである、非常に悪いことであるようなお話でございましたけれども、私どもは、審議会答申案というものがバイブルか何かみたいに、絶対それがいいものであって、絶対善的なものであるというふうな考え方とは、多少考え方が違っております。あの答申案の連座規定に盛られておるところの思想は、とにかく選挙界を粛正するためには、単刀直入、厳罰にさえすればいいんだ、取り締まり強化すればいいんだ、とにかく死刑にでもすれば御満足がいくという思想、——まさか、死刑廃止論が今日盛んな時代ですから、死刑にまでしろということは言いますまいけれども選挙違反をした者にはどういう罰を加えても差しつかえない、そういう者は極悪非道の人間だという、そういう思想そ根底にあるのではないかと思います。これは木を見て森を見ないとか、鹿を追うて山を見ずというふうな、あまりに局部的な、狭い視野からの考え方ではないでしょうか。あまり現象的なことにとらわれて、あまり性急にそれを解決し上うとするような、そういう思想があの答申案の底に流れておると思うのであります。  一つの例をあげますれば、今の連座制と家族との問題ですが、あの答申案によると、家族の者がどういうささやかな間違い——これはむろん買収犯みたいなものではございますけれども、買収犯的なものであったら、どういうささやかなものでも、一票か二票か三票ぐらいな間違いを起こした場合でも、当選者が失格してしまう。すなわち、参議院では数十万の選挙民の代表者がなくなってしまう。衆議院でも数万とか十数万の選挙民の代表者がなくなってしまうわけなんです。そういうふうな弊害が生ずるようなことまでも考えずに、単に選挙違反をしたんだから厳罰にすればいい、失格させればいい、そういう何かあまりに性急な思想が盛られておるように考えるのです。親族、家族の問題は、御承知のように、家族はお互いに助け合うというようなこと、かばい合う、救い合うということ、これがむろん人間の自然の性でございます。人情の自然でございます。従って、ほかの場合には、家族の犯罪について偽証をいたしましても、罪になりません。家族が逃げる場合にそれを隠しておっても、いわゆる犯人蔵匿罪というものにはたりません。そういうわけで、家族が家族をかばうというようなことは当然だということ、それまで罰するということはあまりに酷に失する、人情の自然に反する、人間性に反するというようなことで、そういう法律ができております。日本なんかは非常におくれておりましたけれども、それでも明治以来、いわゆる文明開化というふうなもので外国から輸入して、そういう思想はなるほどということで、罪九族に及ぶという昔の思想と逆に、罪は九族に及ぶところではない、九族は罪を寛如されるべきものだ、免除されるべきものだというふうな思想が、近代思想のシンボルとして、日本の刑法その他にも盛られておるわけでございます。選挙違反に限って、家族の関係を特別に厳罰にしなければならないか。一般人よりもどうしてそうきびしく罰しなければいかぬかというふうな疑問があるわけで、私は弁護士ですが、絶対にこれは許されない。戦前でも、候補者の細君が検挙されて未決に入ったような場合がありました。そういう場合には、全法曹界をあげて、あまりにもそのやり方が過酷であるというので、その警察官や検事なんか、鬼検事だとか鬼警察官だとかというような批判をされたような工合でございまして、家族の者が家族の者のために助けるというふうな思想、こういうことがほんとうじゃないかと思うのです。あまりに性急で、何でもかんでも候補者をやっつけなければいかぬ、失格させなければいかぬというふうなこと、そしてまた、大体国会議員をなぶりものにして、国会議員が恥をかいたり、失格したりする不幸に陥るということを楽しんでおられるような傾向があるんじゃないかと思うのですが、そういう点について一つ御感想を願います。
  49. 平林たい子

    ○平林公述人 罪九族に及ぶというお話でございましたけれども、買収が九族に及んでおるのでございまして、買収犯罪者として現われる以上、九族はおろか、百族にも及ばなければならないと私は思うのでございます。  答申案がきびしいということを言われますが、私は答申案すら手ぬるいという立場をとっているものでございまして、それにお答えする言葉がないのでございます。しかし、この審議会というものはとかく軽べつされておりまして、審議会答申案がそのまま採用されないということは、非常に残念なことに思っております。今になってそういうことをおっしゃるのはどうかと思うのでございまして、何も意見はございません。
  50. 高橋英吉

    ○高橋(英)委員 平林先生からいろいろお答えいただくのが私もうれしくなってしまったのですが、(笑声)選挙違反であるから罪九族に及ぼすべきだというふうなお話でしたが、そんなら、何でしょうか、公職選挙法候補者の家族がかかった場合に、その事件について家族がうそを言った場合、それから、その選挙違反を犯した人が逃げる場合にかくまった場合。買収ではないが、それと同じような極悪の、非常にひどい選挙違反を犯した者に対して、偽証でかばった場合。——それから、逃走を援助し、かくまった場合、そういう場合でも、これは無罪になるのですよ。罪にならないのですが、この矛盾はどうでございましょうか。
  51. 平林たい子

    ○平林公述人 かくまったり、うそを言ったりすることについては、選挙に限らず、家族というものは、何か非常な、許してもらえる特典があるんじゃないかと思うのでございます。しかし、この場合は買収をやっているのでございまして、かくまったという問題とは全然違うと思うのでございます。
  52. 高橋英吉

    ○高橋(英)委員 大体明快な御答弁というように、私も作家の平林先生に敬意を表しておきます。平林先生の男らしい作品は、私は常に愛読しておりますが、やはりこういうふうな家族関係親族関係にはもう少しうるほいを持って——作品には始終出ることでございますけれども、その程度で一つ……。
  53. 加藤常太郎

    加藤委員長 堀昌雄君。
  54. 堀昌雄

    ○堀委員 私は、まず最初に一つの問題について、公述人の皆さんにお一人ずつお答えをいただきたいと思います。  連座制高級公務員の問題は、もう昨日以来論議が集中いたしておりますから、その問題は離れまして、現在選挙に非常に金がかかっておるということは、もう公述人の皆さんすべてお認めになると思うのです。そこで、金がかかるということになると、御承知のように、自分の金であまり選挙は行なわれていないと思います。戦前は井戸塀というような言葉があって、自分の金、資産を使い果たして井戸とへいが残ったというのが清廉潔白なる政治家の道であったという言い伝えがございます。実は私もこういうところに出るときに、おやじにだいぶ言われました。お前、別に家も大してないし、井戸とへいが残るにも残るものがなくなるじゃないか、あとのしりをおやじに持ってこられちゃ困る、というように言われたこともあるわけでございます。そこで、金がかかっておるということは間違いない。そうすると、どこからか持ってくるということになる。持ってくるというところに私どもは根源が非常にあると思います。その持ってくる金が政治資金であり、選挙資金でございます。  そこで、一つ皆さんに伺いたいのは、選挙資金政治資金というものは区別できるかどうか、これを一つ公述人の皆さんから一人ずつお答えをいただきたいと思います。
  55. 藤堂太郎

    ○藤堂公述人 ただいまの御質問にお答えいたしますわけでございますが、確かに今おっしゃいましたように、私は、われわれの立場から率直に申しまして、政治資金選挙資金というものの区別は非常にむずかしい。むずかしいというよりも、実は率直に申し上げますと、不可能に近いような感じさえいたすわけでございます。この点だけ御返事してよろしければ、これで失礼いたしますが、ただ、私はこれだけをあまり強くあれされまして、中庸を得ないで、性急な結論だけをお急ぎになるというのはいかがかという意味で先ほど申し上げたわけでございます。この区別の問題は、私は非常にむずかしい、こう思います。
  56. 柳沢錬造

    ○柳沢公述人 結論だけ申し上げます。政治資金選挙資金の区別はほとんど不可能だ、できないと思っております。
  57. 今沢義三郎

    ○今沢公述人 ごたぶんに漏れず、私は井戸塀になっておるものでございます。やはり政治資金選挙資金というものは非常に限界がむずかしいので、私はごたぶんに漏れない方でありますから、これでお答えといたします。
  58. 平林たい子

    ○平林公述人 政治資金選挙資金の区別は、一応窓口としては区別できると思います。しかし、それは内部的に連関しているものであろうと思います。
  59. 堀昌雄

    ○堀委員 非常に率直なお答えをいただいて、私もうれしいのでありますが、政治資金選挙資金は、実質的には区別ができないものだと、私はかように考えます。  そこで、選挙を粛正するといいますか、正しい選挙をするためには、もちろん政党としての金も要りますし、選挙も金がなければできませんけれども、現在の政治資金の量、それから選挙資金、これは選挙資金政治資金は皆さん区別がほとんどむずかしいとおっしゃいましたから、一括して私は政治資金とい言葉でこれを代表さしていただきますが、少し壁が多過ぎるのじゃないか、こういうふうに思います。この量の多いことは、先ほど商橋さんは、今の選挙は革新同士の争い、保守同士の争いとおっしゃいましたが、私は必ずしもそうは見ておりません。見ておりませんが、率直に申し上げると、金がかかって困っておられるのは、私は保守党じゃないかと思います。私ども革新の側は、金がないから困るというようなことで選挙に非常に悩みを持っておるわけではなくて、保守党の皆さんが、他の候補者が非常に金を使われることによって、昨日御手洗さんは自衛処置だとおっしゃったが、そういう自衛処置を発動しなければならぬという格好が起きておるのが、現在のこの政治資金が非常に日増しに膨大になる源ではないか。そこで、現在行なわれておる政治選挙を含めて、結論的に言えばそういう選挙に使われる資金になると思いますが、そういう資金の量はこれでいいのかどうか。もう少し適正な額に引き下げるべきではないか。法定の額ではなくて、使われておる額でございます。使われておる額を、もっと少なくするのが公明選挙実現するために非常に重要なことではないかと思いますが、これについて一つ各公述人の御意見を承りたいと思います。
  60. 藤堂太郎

    ○藤堂公述人 ただいまの御意見につきまして、額のことは私実はしろうとで、残念ながら、いかほどか存じません。ただ、お話を伺いますと、ずいぶんかかるということは確かに伺っております。それで、私は少し御返事の筋が変わるかもしれませんですが、先ほど公述さしていただきました最後に申しましたように、これを訂正なさるのは、やはり将来政党法とか、選挙区制の問題とか、あるいは定員の合理化ということが必要なんじゃないかと思いまして、公述の最後に申し上げた次第でございます。
  61. 柳沢錬造

    ○柳沢公述人 私も、選挙のときにどのくらいの金が流れているかということは承知いたしておりません。ただ、新聞等でもって選挙の際に知ることは、数億あるいは数十億というお金が流れている、動いているというふうなことを新聞で読んでおります。そういう金がどこから出てくるだろうかという疑問は持っておりますか、そういうことについての詳細なことはわかりません。一つ言いますならば、法定選挙資金のワクがございますが、もしできるならば、そういうもののワクをもうちょっと公正に上げるなら上げる形をとる。そのかわり、そのワクをはみ出したものについては、厳粛に選挙違反で取り締まる、そういうことをぜひともなさった方がよろしいのではないかという意見を持っております。
  62. 今沢義三郎

    ○今沢公述人 私も、大体先刻開陳をいたしたのでありまするが、とにもかくにも、政党法というものを作ることが必要である、かように存じております。そうして、資金のかかるということは私も存じております。存じておりますが、なるべくこれは規制するということについて、今度の選挙法改正によってある程度規制ができるのじゃなかろうか、かように存じます。
  63. 平林たい子

    ○平林公述人 選挙お金がかかることにつきましては、今までも選挙取り締まりというのはほとんど不徹底でございまして、届け出た金額がはたして正確であるかを調べることもなかったし、公然の秘密というようなことにたっていたことも費用を膨大にさせている一つの抜け道であったと思います。今後はそうであってはならないと思いますけれども、やはり相当個人の負担で選挙をやる限り、相当のお金がかかることは覚悟しなければならないだろうと思います。
  64. 堀昌雄

    ○堀委員 この問題は、皆さん御自身が直接タッチしておられませんから、私の伺い方がまずかったかと思いますが、その源のところで、今後私ども政治資金の問題がやはりさらに論議をされることになると思います。そこで、選挙資金政治資金、こういうふうなものは選挙制度審議会のこれまで出ております答申では、できるだけ個人に一つ還元をしていきたい。労働組合も、あるいは会社団体も、そういう法人とか団体とかいう寄付金をやめて、単位を個人単位にしたいのだということが、大体選挙制度審議会原則的な方向で、ただ、現実にどうしても急にすぐこれを行なうことは、なかなか現実との間に問題がございますから、そこには多少時間的な経過は必要かもわかりませんが、方向はそういうことであるべきだ。こういうことに、選挙制度審議会の方向は出ておるわけであります。先ほど藤堂さんも、たしかその点は御賛成のような御発言があったかのように記憶をいたしておりますが、もう一回、政治資金選挙資金を含めて将来のあり方としてはどういうふうにあるのが望ましいとお考えになるか、ちょっと伺っておきたい。
  65. 藤堂太郎

    ○藤堂公述人 ただいまのお話の通り、先ほども申しましたように、私といたしましても、将来この政治資金というものは個人的にいくべきものである。われわれといたしましても、当然政党政治をしていただくわけでございますが、あわせまして同時に、政治をしていただくために、われわれは率直に申しますと、これが政治資金であるからどうとか、あるいは選挙資金だからこうだとこうおっしゃれば、そのときにわれわれがそう信じればいいのかもしれませんけれども実情におきましては政治資金あるいは選挙資金とお分けになっておらないわけであります。これがわれわれとしては非常に残念なところでございまして、この点を先ほど申しましたように区別ができますように、ただいますぐとは申しませんが、逐次改正をされることを望む次第でございます。
  66. 柳沢錬造

    ○柳沢公述人 ただいまの御質問につきましては、少なくとも国から補助金とか交付金を受けているような、そういう会社なり法人なり、そういうところからは選挙資金寄付をするという形だけは厳に慎んでいただきたい。  それから、労働組合のことが出ました。これは特に富民党の皆さん方からはいろいろ御意見があると思うのですが、私たち自身が労働組合内部でもってどうあるべきかということは、逐次改善もされておりますし、そういう点については、少なくとも国の選挙や何かのお金の行き先と労働組合の内部のお金の動き方とは違いますので、それを混同されていろいろ御批判されるのは非常に迷惑だ、そういうことをつけ加えて申し上げておきます。
  67. 今沢義三郎

    ○今沢公述人 こういうことを申したらどうかとは存じまするが、実は政府・党の側、一面また違った方面からもあるかも存じませんが、大体政府与党の方では、不浄な金をちょうだいするということはいけないというので、最近国民協会というものを作りまして、党員がみな出資して出す。私も現に取られております。そういうことであります。
  68. 平林たい子

    ○平林公述人 私は、選挙資金個人が受け取るよりも、政党が受け取るべきではないかと思うのでございます。
  69. 堀昌雄

    ○堀委員 受け取る方でなくて、出す方です。出す方は個人であるべきか、団体会社やその他が……。
  70. 平林たい子

    ○平林公述人 私は個人であるべきだと思います。団体が集めることの弊害は、さっき、るると申し上げたつもりでございます。
  71. 堀昌雄

    ○堀委員 大体皆さんの御意見は、基本的には個人といいますか、そういう形の方向に向かっておるように理解をいたします。  最後に、平林さんにお伺いいたします。さっきお触れになった中で、宗教団体と労働組合と並べられまして、こういうようなものの推薦によって出ることは非常に問題がある、そういうふうなお話がございました。私どもは、その同列に置かれたことについて疑義がございます。今、宗教団体の推薦というのは、おっしゃったように、その人を投票しないと何か非常におかしい処置が行なわれるようでありますが、労働組合の場合は、推薦をいたしましても、それは何ら個人を束縛しておるわけじゃございません。私どもは、実は労働組合が推薦をしてくれて、その組合の方がみな投票していただくならば、まことに楽な選挙ができる。そうい言い方を逆に裏返して言いますと、大きな労働組合の委員長なら、ぱっと出てもらえば何もしなくても当選できるくらいに思うのですが、実は日本の労働組合は決してそういう形でなく、きわめて内容は民主的でございまして、そういうふうな点で、自民党の支持者もございますし、共産党、民社党、社会党、あらゆる政党の支持者がはっきり中にございますので、私はどうも同列に置かれた点にちょっと疑義がございます。その点について、だけ伺いたいと思います。
  72. 平林たい子

    ○平林公述人 私は特定の宗教団体を寄ったのでございませんで、あらゆる宗教団体——大体宗教というものは非常にファナティックなものでございますから、特に宗教団体と言ったのでございます。労働組合につきましても、やはり幾らか宗教団体のようなファナティックな傾向があることを私は認めるのでございます。たとえば、現在の制度のもとにおいて、労働組合出身の方で当選している方がたくさんございますが、代議士として適当であるかということについては非常な疑いがあるのでございます。それは多数の労働組合員を擁しておるために当選しておると思うのでございます。国政ということは、一労働組合の内情にいかに明るくても適当ではないのでございまして、だれが代議士に適格かという問題になってきますと、労働組合の方は必ずしも適格でないと私は信じるわけなのでございます。よけいなことを言ってしまいまして、申しわけございません。
  73. 堀昌雄

    ○堀委員 今のお考えは、いろいろのお立場がございますから、けっこうです。  最後に、今沢さんにちょっとお伺いしたいのでございます。実は、私昨年でございますか、香川県の方に国政調査に伺いました。実はそこでいろいろと香川県からの情報を承ったときに、非常に驚きましたのは、四国四県の中で香川県が非常に選挙違反が多いという現実でございます。これは、私いろいろとその席で関係者に毛お伺いをいたしましたけれども、必ずしも明快なお答えがなかったわけでございます。たまたま非常に潔白な今沢さんでございますので、そのお立場から、どうして香川県が四国四県の中で著しく多いのか、ここには仮谷さんがいますが、高知県に比べて一対十くらいの差があるので、私非常に驚いたのでございます。大へん地域的なことを伺って恐縮ですが、これについてちょっと伺いたいと思います。
  74. 今沢義三郎

    ○今沢公述人 はなはだむずかしいことでございまするが、まことに遺憾な点であります。実は不適者が候補者に出る。不適者といったら語弊があると思いますが、出たい出たい、しかし国会議員としては適格でない。ところ、それによっていろいろな無理がある。こういうことにおいて、あるいは違反があったんじゃなかろうかと思います。
  75. 加藤常太郎

    加藤委員長 小林進君。
  76. 小林進

    ○小林(進)委員 私は、簡単に諸先生方にお伺いいたしたいと思うのであります。実は制度審議会答申案に対する政党の態度の問題でございます。御承知のように、昨年の国会で、制度審議会答申尊重するという建前で委員の方が任命をせられて、そうして、けっこうな答申をしていただいたわけであります。その答申に対しまして、自民党さんは相当大幅な修正をされて改正案をお出しになった。社会党の方は、その答申案を非常に尊重いたしまして、答申そのままの改正案を作って国会に出した。どちらの態度が正しいか、こういう問題なのであります。私は、率直に政党を超越して先生方の御意見を承りたいと思うのであります。もちろん一般的には、国会は立法の府でありますから、私ども責任を持って法律を作るべきでありますが、今問題になっておりますこの選挙法改正に関する限りは、国会議員当事者じゃないかと思うのであります。ここにおいでの方々はみんなりっぱでございましょうから、法定選挙費用内でおやりになったでしょう。あるいは御家族の方々も、そう醜いように選挙にお使いにならないで、当選になった。あるいはここにおいでになる方は、そういう高級官僚の選挙制限を受けないように、ちゃんとおやりになったと思います。しかし、毎年々々行なわれる選挙がだんだん悪質化しまして、今改正を必要とするような、そういう悪質な金が大いに使われている。使った人たちがわれわれの仲間にいる。いるから問題になっておる。また、われわれの仲間で当選した中に、高級官僚で国家権力を利用しながら当選した人たちがいて、目に余るものがあるからやはり今日問題になっておる。われわれの仲間の中で、家族や親戚を裏に隠して、事実上の出納責任者なり総括主宰者のような形で陰におって選挙運動をやってのがれている者があったからこそ、これが非難の的になって、こういう改正を必要とすることになってきたと思います。ならば、国会議員自分自身が正しかろうとも、国会議員全体としては世間の批判を受ける当事者立場ではないか。当事者立場として、この問題に関する限りは一歩下がって、謙譲な気持で世論に服する。あるいは世論を代表する制度審議会の委員の方々の結論、あるいは学者や皆様方の御議論に謙譲に服するという態度が、私は国会議員の今日とるべき道義的な態度ではないか、こう考えるのであります。それを一般の法律改正と同様に解釈いたしまして、制度審議会がこれを答申をしても、国会議員法律改正する本来の権限があるから、やはりわれわれの権限に基づいて、われわれの都合のいいように、と言っては悪いけれども、そういう国会議員に不都合のないように改正するということは、私はこの選挙法改正に関する限りは間違っている態度ではないかと思う。私自身も国会議員の一員としてこういうふうに考えているのでありますが、この私の考えが一体間違いであるかどうか。やはりほかの法律と同じように、制度審議会なりそういうものの案は、改正すべきものは堂々と改正していくのが正しい態度である、こういうふうにお考えになりますかどうか。私は、今度の選挙法改正に関する限りは、制度審議会答申尊重するという設置法の第三条でありますか、ちょっと忘れましたが、名実ともにこれを尊重するのが、今世論から非難を受けている当事者立場にある国会議員としては一番正当な態度ではないか、こういうふうに考えるのでありますが、それに対する諸先生方の率直な御所見を承っておきたいと思うのであります。
  77. 藤堂太郎

    ○藤堂公述人 ただいまの御意見でございますが、私は、答申案尊重されなければならない、また、答申案尊重すべきである、こう考えます。これは先ほども申し上げた通りでございます。ただ、やはり物事はあまり罰するということだけで公正になる、あるいは公明になるというふうに、性急に御断定になることはいかがか、私はこういう感じを持っておるだけでございます。すなわち、一罰百戒と申しますか、これで戒めろということもけっこうではございましょうが、やはりものには順序がある。ですから、答申案は必ずしも一〇〇%と申しましょうか、現状においても決して悪い答申案である、またこれを没却していいものであると考えているわけではないのでございます。むしろ、これはどんどん推し進めていただきたい。ステップ・バイ・ステップということもございましょうし、現状に合わして、いわゆる中庸は徳の至れるものなりという考えも必要なんではないだろうか、こう考えるわけでございます。  なお、これは大へん先生方におしかりを受けるあるいは暴言かもしれませんが、先ほどの御意見の通り、国会議員の先生方がやはり民の声を謙虚に聞いてやるのだ、こういうことについては深い敬意を表するわけでございます。これがなければいかぬ。ただ、それにつきまして、私は、この選挙法だけがどうということではなしに、実はこれはわれわれしろうとかわかりませんが、国民としては常に政治関心を持たなければいけないという以上、先生方がときに議政壇上でけんかをされるというようなことをしておって、女子供に至るまで政治意識の高揚ができるかどうか。これがむしろ基本なんじゃないだろうか、私はこう思います。罰する法律もけっこうでございますが、その前に、国民ほんとうに興味を持って——興味を持つというのは、よい意味で国政をよくやっていただく、一〇〇%信頼度を高めていただくことが、政治意識の高揚になろう、こう存ずる次第であります。これがすべてである。もちろんこの選挙法改正がこれのもとであることはよく存じております。しかし、先ほども申しましたように、これもあまり性急なだけがプラスであるとは考えない次第であります。
  78. 柳沢錬造

    ○柳沢公述人 先ほども公述の際に申し上げましたが、選挙制度審議会答申を全面的に尊重して、それを立法化するのが先生方の使命でないかと存ずるのであります。先ほども自民党の高橋先生ですか、審議会答申をバイブルにたとえて平林先生に御質問をしておりました。私は審議会の委員でないからよいのですが、少なくとも審議会の委員の方があれをお聞きになったら、バイブルのような気持答申はしておらないと思います。先ほども申し上げた通りに、一昨年の選挙で三万二千人からの悪質な違反者が出ている。それを見るに耐えかねて、少なくともこの程度のものは今度の公職選挙法改正でやるべきだといって審議会の先生方は答申したと思います。ですから、ただいま御質問のような経過、いきさつからいって、この際何も言わずに、全面的にあれを採用して立法化すべきだ。ですから、私の結論とすれば、審議会がもっときびしい答申をしてもそれを尊重せいということを、意見として述べたい思います。あるいはまた、いろいろの情状から、あれをもっと緩和したものが出されても、それでも審議会答申尊重すべきだ、それが今の国会として取るべき道だ、こういうふうに存じましてお答えいたします。
  79. 今沢義三郎

    ○今沢公述人 先ほどの御質問に対しまして、かれこれと私は御批判申し上げません。御自由に一つ御判断していただきまして、そうして、いずれ議会提出せられた案についていろいろ御討議があるだろうと思います。私は、先刻申し上げたように政府案に賛成するものであります。
  80. 平林たい子

    ○平林公述人 私は、審議会の案も満足していないのでございますけれども、しかし、今の政府案に比べると、審議会の案の方が少なくとも今の選挙をよくしようという善意に満ちていると思います。ですから、審議会答申案尊重せらるべきであると思っております。
  81. 小林進

    ○小林(進)委員 これで終わりますが、私のお尋ねをいたしておりますることは、審議会案の内容がいいとか、政府原案の内容がいいとか、社会党の原案の内容がいいとかという内容の比較対照の問題ではございません。今問題になっていることは、私どもを含めて国会議員のやった行為に対する改正案ではないか。私は、それくらいの反省は国会議員全部が持っていいんじゃないか。もっとつき詰めて言いますならば、先ほどのお答えの中に、この前行なわれた選挙に三万二千人の違反者が出たじゃないか、こうおっしゃいました。三万二千に限定されたかというと、限定されない。顧みれば、私自身でも選挙法通りの選挙を行なっていない。さっきバイブルとおっしゃったが、バイブルに向かって自分の良心をさらけ出してみれば、だれが選挙法通りの正しい選挙をやっております。そういうことを議員各人が深く反省をすることから、この改正に対する態度を持っていかなくちゃならぬじゃないか。そういうような謙譲な気持でみずからの心を反脅していったら、この改正案に自分が神様のような気持で発言をする前に、みずから被告の席に立ったような気持になって、世論の審判に服するという謙虚な態度を議員自身がまず持たなければ、問題の根本的な解決にならないのではないか、こう私はお尋ねをしておるわけです。従いまして、制度審議会は第三者でありますから、その制度審議会答申は、言いかえれば一つの審判であるかもしれません。国会議員の誤れる選挙のやり方に対する審判であるというくらいの謙虚な気持で対さなければならぬというふうに私は考えておるわけであります。それを、皆さん自民党の方々が、制度審議会答申なんていうものは——われわれの方がやはり法律を作る、修正する、立法権があるんだ。制度審議会の作ったものを、バイブルのような考えでそれを守れなどというようなことは、そんなことはかんべんならぬ、われわれの方が一番正しいのだ。こういうことでは、みずから悪いことを犯しておる者が、極端に言えば、————に取り締まり法律を作らせるようなものだ。これでは何ぼ議論をしたところで、取り締まり法律を作る者が————である限り、そんないい法律なんかできるわけはないじゃないかと私は申し上げておるわけですが、これはたとえて言えばの話ですよ。こういうことでありますから、私は選挙法に関する限りは、政党というものはもう少し謙譲にこの問題を取り扱わなければならないのではないか。それに対してわが社会党は、それあるがゆえに答申を正しく見詰めて修正案を出した。自民党の方は答申を大幅に改正いたしましたから、この態度は、私は内容の問題以前の問題で、間違っているんじゃないかということをお尋ねしたわけでございます。これは平林先生に、先ほど御答弁がありませんでしたが、いま一回この問題について御答弁を願いたい。
  82. 平林たい子

    ○平林公述人 ただいまの御告白は、非常に打たれて聞きましたが、何をお答えしていいかわかりませんけれどもほんとうに同感だと思うのでございます。
  83. 小林進

    ○小林(進)委員 同感のお言葉をいただいて、ありがとうございました。
  84. 加藤常太郎

    加藤委員長 井堀繁男君。
  85. 井堀繁男

    ○井堀委員 大へんお疲れのところを恐縮でございますが、民主社会党を代表して、本日は最後に、十五人のうち四人の方、それぞれ私どもがぜひ御意見を伺いたい立場の方が、偶然ではありますが、四人おいででございますので、今まで質問のありましたこととあまりダブらないようにお尋ねをいたしたいと思うのでございます。  今度の選挙法改正は、私どもにとりましては非常に大きな責任を痛感しております。従来選挙法は、御存じのように、昭和二十五年だと思いますが、それ以来、他の法律に比較いたしましてとうてい比較にならないほどたびたび改正が行なわれまして、たしか二十七、八回の改正になっておると思うのです。それだけたびたび重なっております改正で、今回の改正は、特に選挙制度審議会の——われわれもその法律を審議決定した責任者でありますが、このような審議会答申に基づいて立法化しようというわけであります。そういう点でも、従来の改正とかなり違った重要な意味を持っておると思います。この際の選挙法改正を失敗いたしますと、将来選挙法改正に大きな障害を残すようなことになると思うのであります。そういう意味で、われわれは慎重審議の機会をできるだけ長時間、そして熱心に審議をいたしたいことを委員長並びに他の党にも要望しておるわけであります。そういうわけでありますが、十五人の公述人の方から非常に重要な発言を伺いまして、参考とするところが多いのでありますが、この機会に四人の方にそれぞれ順次お答えを願いたいと思うのであります。  今度の答申は、私はまだ中間答申であると思います。今度の答申は大体三つに分けて、三つ委員会の結論がそのまま答申されておるようであります。それはすでに御案内のように、一つには選挙運動規制していこうという考え方に立ちまして、従来たびたびやってきたことでありますが、さらに選挙管理委員会制度を合理的に、かつ強化しようという点が、われわれが非常に強い関心を示したところであります。第二委員会では、罰則すなわち制裁規定を強化して、さらには政治資金の問題についても同様でありますが、これも従来しばしば論議されたものではありますけれども、非常に強い主張、そして核心に触れておると思います。いま一つは、これはわれわれが絶えず主張してきたところでありますが、公明選挙運動を推進するための各般の運動を答申してきておるのであります。  しかし、一番私どもが重視しておりまするものがまだ答申されていないのを残念に思っております。それは、こういうふうに運動に対して規制を加えたり、あるいは管理について合理的な要素を盛り込まれたり、あるいは制裁を加えましても、また国民政治常識の啓発に努めるといったような基本的な運動を取り上げてみましても、選挙法の中で一番急がれなければならぬ問題は、政府の提案理由にも強く主張しておりまするが、従来の個人本位の選挙活動から政党政治の基本をなしまする政党中心の、すなわち政策を中心にして争う選挙に改めようというところに私は重要性があると思います。ところが、この答申がまだ行なわれていないのであります。そのためには、もちろん選挙区制の問題を取り上げなければならぬと思います。今のような中選挙区制は、各政党候補者政策を争うというよりは、個人の争いに終始せざるを得ないような選挙区制であるわけでありますから、どうしてもやはり選挙区制というものを各政党同士の候補者が争えるようにしなければならぬのじゃないか。そうするには、小選挙区制を採用する上り仕方がない。しかし、さきの国会で混乱をいたしましたような、非常に激しい国会の論議で、結局流産いたしました。当時、ゲリマンダーのそしりを免れないような党利党略に基づく改正だという非難もありましたが、とにかくあの小選挙区法は一応議論済みであります。でありますから、従来の小選挙区制をそのまま持ち込んでくることは愚の骨頂だと思うのでありますから、そういう失敗を再び繰り返さないように、合理的なものを多少盛り込んで小選挙区を採用すべきではないか。そのためには、日本のいろいろな事情もありますが、諸外国の例などを見まして、たとえば西ドイツがやりましたように、比例代表制をとる。すなわち半数を比例代表制にして、残る半数を各一人選挙区で争うといったような、この前の小選挙区法の欠陥を十分補完して、さらに日本の国情に適したようなということになりますと、今の西ドイツの例が最も近いのではないか。あれをもう少し砕いて日本的なものにして、そして政党同士が政策をもって相争えるような選挙の基盤を作る。その上に制裁規定を強化いたしましたり、あるいは運動に公平な規制を加えたり、あるいはは公明選挙国民的な運動を展開するといったようなものが補完されてきて、完成していくのじゃないか、私はこう思うのであります。わが党は特にそういう主張を持っております。こういう立場で、実はこの選挙法に取り組んでおるわけであります。この選挙法はいずれこの国会で結論を出すわけでありますが、そういう根本的なものが、次の選挙法改正の際に十分実現できるようなものにいたしたいという責任をわれわれは痛感いたしておるわけであります。  少し前置きが長かったのでありますが、こういうようなわれわれの考え方から、きょうの四人の方はそれぞれの立場を代表しておられると思いますので、実はこの点に対してそれぞれの御見解を伺っておきたいと思うのであります。大へん話が長かったのでありますが、選挙区制の問題について御意見がおありだろうと思いますので、お伺いしておきたいと思うのであります。
  86. 藤堂太郎

    ○藤堂公述人 ただいまのお話につきましては、選挙区制の問題であろうと存じます。これは先ほども私、公述の最後に申しましたように、私個人といたしましても、選挙区制の御検討はこれからぜひお願いいたしたい、こう考える次第でございます。ただ、ただいまお話しのように、比例代表制がとういうものか、どの程度に取り入れていかれるかということについては、私いまだに研究不十分でございます。また、本日の答申の範囲ではなかったと思いますので、こまかい点の研究はいたしておりません。しかし、選挙区制について御検討を願いたいという気持は非常に厚く持っております。
  87. 柳沢錬造

    ○柳沢公述人 選挙区制の問題については私も一つの見解を持っておりますが、きょうの公聴会における議題の中にございませんので、その点では御遠慮さしていただきたい、そう申し上げます。
  88. 今沢義三郎

    ○今沢公述人 ただいまの御説も私は十分聞き及んでおります。しかし、今日の答申の問題でありませんので、御遠慮申し上げます。
  89. 平林たい子

    ○平林公述人 区制の問題も取り上げていただきたいということは非常に賛成でございますが、きょうは、そのことを初めから問われておりませんので、用意して参りませんで、お話し申し上げることができないのは非常に残念でございます。
  90. 井堀繁男

    ○井堀委員 この問題は、御存じのように、今度の政府法律案提案の重要な理由に上っているのです。区制の問題は言っておりませんけれども個人本位の選挙から政党本位選挙に改めたいというのが提案の大きな理由なんです。でありますから、政党本位のものにしようということになれば、言うまでもなく政党政治政策をもって争うわけでありますから、一つの選挙区で同じ主張と政策を持つ候補者の争う余地はないと思う。でありますから、この区制の問題は政府としては当然答申を待っているというような意味で、実はさっきも申し上げたように、この委員会はこれでどんぴしゃり結論の出てくるものにならぬと思う。あとにまた答申を期待しておりますことは御承知の通りであります。でありますから、そういうものを考えないでわれわれがここで法律改正をやるということは、非常に軽率のそしりを免れぬと思いまして、せっかくのいい機会でありますのでお尋ねしたわけであります。決して関係のないことをお尋ねしたわけではございません。非常に重要なことだと思ってお尋ねしたのであります。御用意のないことを申し上げて残念でありますが、個人的な御意見でもあればと思ってお伺いしたのであります。  それからお伺いしたいのは、さっきから話になっております、この前もほかの公述人から開陳がありましたけれども、これも根本的な問題でありますが、この選挙法改正の中で原案と社会党修正案のどちらをとるかということが当面の問題になるわけです。あるいはそれにあわせてさらに修正を加えるという結果になるかもわからぬ。しかし、幅はきまってしまったと思う。その中で大きく浮かび上がっておりますのは、社会党の三つの観点に立つ修正であり、その中で政治資金規正の問題が、選挙法とは別に政治資金規制法の問題として出てきておると思う。この問題は、きょうは藤堂さんはちょうどいい立場であると思いますから、伺っておきたいと思います。  政治資金の問題は、法律でどう縛るかということは非常にむずかしい問題だと私は思う。そして、このことは、やはり今日の政治が党の政策や性格によって変わってくると思うのでありますけれども、今の保守党が帳本的に態度を切りかえてくるというようなことはあり得ぬと思いますから、本質的にはどうしても自由経済のしに立つ資本主義のワクの中で政策が組まれてくると思う。でありますから、事業家それ自身は、やはりその政策とマッチしていくことによって事業の成長を助けていこうといへ努力をされることは言うまでもないと思う。でありますから、法律で何と縛ってみましても、その底を流れるものに対してチェックができなければ意味をなさぬのじゃないか。まあ、ないよりかある方がいいということ、あるいはもっと厳格にすることがなお望ましいということはわかるわけでありますけれども、しかし、答申案精神を読んでみますと、やはり金のかからぬ、要するに金力によって政治を汚さないようにしようということである以上は、この問題をもう少し掘り下げて考えなければならぬのじゃないか。だから、選挙法でそれをやることが適当でないとするならば、この際、われわれは政府を督励して、また、あるいは議員立法の形において政治資金の問題を取り上げてこなければならぬと思うのであります。先ほどのどなたかの質問のように、政治資金選挙関係資金とを別にするということについては、概念的にはあると思う。しかし、実質的には、今申し上げるように金がものを言う社会であります。政治だけを隔離するということはできないわけであります。こういう点から考えまして、政治資金規正法をこの際選挙法と並行して、もっと本質に触れた規正が行なえるようなものにしていく必要があるのではないか。この問題は、まだこの委員会では掘り下げた論議は行なわれておらぬのであります。今選挙法だけをこの委員会で取り上げておりますが、関係法規として出てきます。こういうことをわれわれ要求するつもりでありますが、せっかくの機会でありますので、きょうは労使を代表されておる労働組合の代表、経営者側の立場をとられる方もおいででありますから、これについては相当きびしい意見があるものと思います。この機会に御答弁を願いたい。
  91. 藤堂太郎

    ○藤堂公述人 ただいまの御意見政治資金の問題につきましては、われわれといたしましては、お話の通り、あくまでも金のかからない選挙であって、しかも、そのやっていただきます資金も、いわゆる民間の金をどうこうというようなことでなくやっていただきたいのが希望でございます。ただ、現状におきまして、これがかりに一切こういう会社法人団体等の寄付を禁止するというようなことが、ほんとうにできるのだろうかということを私は非常に疑うのでございます。むしろこれをほんとうにおやりになった場合には、表面はそうなっても、失礼な言い分かもしれませんけれども、極端にいえば裏面においてはもっと悪質なことが出てくるのではないだろうか。全然金がなくて政治ができるというならば、これはよろしいのでありますけれども、これを現実に即してみまして、私は先ほど申しましたような意見を申し上げたようなわけでありまして、決して、金がかかってもいいのだ、あるいは会社団体等からの寄付が当然なんだということではございません。ただ、こういうととよりも、われわれといたしましては、日本の政治ほんとうに民主的に足をはやし、そして国民政治意識が高揚されて、いい政治ができるということのために、われわれは率直に申し上げれば、望んでどうこうというのではないのでございますが、やはりその政治資金を何がしかお手伝いさせていただくというのが現状であり、これはわれわれとして間違っておることではないと考えておるわけでございます。しかし、これを最も望んでやっておるというわけではないわけでございます。希望するところは、ただいまのお話の通り、ないことが望ましいわけでありますが、現状においてむずかしいと私は考えます。
  92. 柳沢錬造

    ○柳沢公述人 将来は国民のすべてが自分の支持といいますか、信ずる政党に入っていく。自民党を支持されたい方は自民党は入る。社会党を支持される方は社会党に入っていく。民社党がいいという方は民社党に入っていく。そして、それぞれが党員として党費を納め、その集約されたものでもってその党が選挙も戦うという姿になるべきだと思います。しかしながら、そこにいくには、今の日本の現状からはまだ相当道が遠いということも認めなくてはならぬと思うのです。ですから、その過程でいろいろなことがある。だが、今度の答申の中にもあります通りに、国なり公共団体と工事の請負契約をしたり、いろいろの交付金、補助金を受けておる、そういう会社選挙資金なり政治活動資金を出すということだけは、今度のこの改正でぜひとも禁止するという方法をとっていただきたい。以上であります。
  93. 井堀繁男

    ○井堀委員 時間がありませんので、もう一つだけ四人の方にそれぞれ簡単にお答えをいただきたい。それは、さっき申し上げるように、問題はやはり、政党の近代化、昆虫化の問題が当然出てくると思うのであります。そこで、政党法律規制していくか、あるいは現状でよろしいか、あるいは選挙法の中で何がしかの制約を加えるような規制をつけるか、どっちがいいかということが当然問題になると思う。せっかくの機会でありますから、それに対する簡単な御意見でけっこうですから、伺っておきたい。
  94. 今沢義三郎

    ○今沢公述人 お説の通り、金のかからない選挙、まことにけっこうであると思います。なるほど政党法を作るということは、急速に作り、なるべく金のかからないように、私どもも協力を申し上げたいと存じます。
  95. 平林たい子

    ○平林公述人 お尋ねのようなことは、私みたいなしろうとにはわかりませんので、何ともお答えできないと思うのです。ただ、政党というものがれっきとした存在で、政治的に重要なものでありながら、法律の上では、はっきりしていないということはおかしなことでありまして、そのために政党法というものがあってもいいんじゃないかと思います。  政治資金の問題については、私は政党お金を受け取るべきであろうと思っております。
  96. 柳沢錬造

    ○柳沢公述人 選挙法で扱うか、政党法で扱うかは、皆さん方先生方が御研究になっていただきたいと思います。私は、それはどちらでも差しつかえないじゃないかというふうに考えております。
  97. 藤堂太郎

    ○藤堂公述人 私は、現在の選挙法におきましても、あるいは政府改正法律案におきましても、あるいは修正案におきましても、完全なものと考えておりません。不満足でございます。ただ、現状においては、スムーズに国政をやっていただく上においてこの政府提出案が妥当であろう、こう考えておるわけであります。
  98. 井堀繁男

    ○井堀委員 けっこうです。
  99. 加藤常太郎

    加藤委員長 先ほどの小林委員の発言中、不穏当な発言がありますれば、速記録を取り調べの上、委員長において適当な処置をいたします。以上をもちまして、本日予定の公述人に関する議事は全部終了いたしました。  この際、公述人の皆さんに一言お礼を申し上げたいと思います。  公述人の各位におかれましては、御多用中、長時間にわたり、ある方は遠隔の地より御出席をいただきまして、貴重な御意見をお述べ下さいまして、まことにありがとうございます。当委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。  これをもちまして公職選挙法等の一部を改正する法律案について、公聴会の議事は全部終了いたしました。(拍手)  本日は、これにて散会いたします。次会は来たる十二日金曜日午前十時三十分より開会いたします。    午後四時三十七分散会