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1962-04-10 第40回国会 衆議院 決算委員会 第20号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十七年四月十日(火曜日)    午前十時三十七分開議  出席委員   委員長 鈴木 仙八君    理事 荒舩清十郎君 理事 木村 公平君    理事 田中 彰治君 理事 高橋 英吉君    理事 小川 豊明君 理事 勝澤 芳雄君       宇田 國榮君    久保田藤麿君       鈴木 正吾君    古井 喜實君       久保 三郎君    古賀  了君  出席政府委員         総理府総務長官 小平 久雄君         総理府事務官         (恩給局長)  八卷淳之輔君         総理府事務官         (特別地域連絡         局長)     大竹 民陟君         警  視  監         (警察庁長官官         房長)     宮地 直邦君         警  視  長         (警察庁長官官         房会計課長)  今竹 義一君         総理府事務官         (宮内庁長官官         房皇室経済主         管)      小畑  忠君         科学技術政務次         官       山本 利壽君         総理府事務官         (科学技術庁長         官官房会計課         長)      松田 壽郎君         総理府事務官         (科学技術庁原         子力局長)   杠  文吉君  委員外出席者         会計検査院事務         官         (第一局長)  秋山 昌平君         会計検査院事務         官         (第二局長)  樺山 糾夫君         専  門  員 黒田 久太君     ————————————— 四月四日  委員芳賀貢辞任につき、その補欠  として栗林三郎君が議長指名で委  員に選任された。 同月五日  委員藤井勝志辞任につき、その補  欠として菅野和太郎君が議長指名  で委員に選任された。 同月十日  委員栗林三郎辞任につき、その補  欠として芳賀貢君が議長指名で委  員に選任された。     ————————————— 本日の会議に付した案件  昭和三十五年度一般会計歳入歳出決  算  昭和三十五年度特別会計歳入歳出決  算  昭和三十五年度国税収納金整理資金  受払計算書  昭和三十五年度政府関係機関決算書  昭和三十五年度国有財産増減及び現  在額総計算書  昭和三十五年度国有財産無償貸付状  況総計算書  昭和三十五年度物品増減及び現在額  総計算書      ————◇—————
  2. 鈴木仙八

    鈴木委員長 これより決算委員会を開会いたします。  昭和三十五年度決算外三件を一括して議題といたします。  本日は、総理府所得中、総理本関係警察庁関係及び科学技術庁関係について審査を行ないます。  まず各関係決算概要について、当局より順次説明を求めます。小平総務長官
  3. 小平久雄

    小平政府委員 昭和三十五年度における内閣所管歳出決算について、その概要を御説明いたします。  内閣所管の三十五年度歳出予算額は十一億四百三十一万二千円でありまして、支出済み歳出額は十億八千六百六十八万円であります。この支出済み歳出額歳出予算額に比べますと、一千七百六十三万一千円の差額を生じますが、これは不用となった額であります。  内閣所管支出済み歳出額は、内閣官房法制局、人事院、憲法調査会国防会議に関するものであります。  不用額は、内閣官房における職員俸給職員特別手当等がそのおもなものであります。  以上をもちまして内閣所管決算概要説明を終わります。何とぞよろしく御審議のほどお願いいたします。  次に、昭和三十五年度における総理府歳出決算について、その概要を御説明いたします。  総理府所管の三十五年度歳出予算額は三千五百五十一億二千四百九十七万一千円でありまして、支出済み歳出額は三千三百二十九億七千七十七万八千円であります。この支出済み歳出額歳出予算額に比べますと、二百二十一億五千四百十九万三千円の差額を生じます。右差額のうち翌年年度繰り越した額は百五十四億六千九百十七万四千円であり、不用となった額は六十六億八千五百一万八千円であります。  総理府所管支出済み歳出額は、総理本府のほかに、公正取引委員会土地調整委員会及び首都圏整備委員会の三つの委員会と、警察庁宮内庁行政管理庁北海道開発庁防衛本庁調達庁経済企画庁及び科学技術庁に関するものでありますが、警察庁行政管理庁北海道開発庁防衛本庁調達庁経済企画庁及び科学技術庁につきましては各担当の大臣から御説明申し上げることになっておりますので、これを除く部局につき申し述べますと、歳出予算額は千三百三十億八千八十四万一千円でありまして、支出済み歳出額は千百九十九億六千四百二万七千円であります。この支出済み歳出額歳出予算額に比べますと百三十一億一千六百八十一万三千円の差額を生じます。右差額のうち翌年度繰り越した額は九十五億三千八百四十一万三千円であり、不用となった額は三十五億七千八百四十万円であります。  以上申し上げました経費のうち大部分恩給関係経費であります。恩給関係経費総額は一千二百九十三億一千二十五万円であり、そのおもなるものは、文官等に対する恩給費百七十二億一千二百四万二千円、旧軍人遺族等に対する恩給費一千百六億六千八百七十八万五千円でありまして、これに対する支出済み歳出額は、総額一千百六十二億六千二百七十八万一千円であります。  右のうち文官等に対する恩給支給における支出済み歳出額は百七十二億一千二百四万一千円でありまして、この経費は、恩給法等に基づいて、退職した文官またはその遺族等に対し支給した年金及び恩給、並びに国会議員互助年金法に基づいて、退職した国会議員またはその遺族に対し支給した年金に要したものであります。  次に、旧軍人遺族等に対する恩給支給における支出済み歳出額は九百七十六億三千六百五十九万四千円であり、この経費は、恩給法等に基づいて旧軍人及び遺族等に支給した恩給に要したものであります。  また、翌年度繰越額のおもなものは、旧軍人遺族等に対する恩給費における九十五億三千七百六十五万一千円でありまして、これは恩給調査決定に関する事務に不測の日数を要したため、年度内支出を終わらなかったものの繰り越しであります。  不用額のおもなものは、旧軍人遺族等に対する恩給費における三十四億九千四百五十四万円でありまして、これは前年度繰越分裁定事務請求書提出遅延等により当初の予定を下回ったこと等のため不用額となったものであります。  以上をもちまして決算概要説明を終わります。何とぞよろしく御審議のほどお願いいたします。
  4. 鈴木仙八

  5. 宮地直邦

    宮地政府委員 昭和三十五年度警察庁決算につきまして、その概要を御説明申し上げます。  第一に、警察庁の項であります。  当初歳出予算額は百四億一千二百五十一万一千円でありまして、予算補正追加額が三億六千九百三十二万六千円ありますので、歳出予算額は百七億八千百八十三万七千円となったのであります。これに予備費使用額が五億六千五百五十一万四千円と予算移用増加額が千十七万七千円ありますので、歳出予算現額は百十三億五千七百五十二万八千円となっております。  この歳出予算現額に対しまして支出済み歳出額は百十三億四千七百二万三十七円でありまして、不用額は千五十万七千九百六十三円となっております。この経費は、警察庁及びその附属機関並びに地方機関自体経費のほか、警視正以上の階級にある警察官俸給、また警察法施行令第二条により必要な経費でありまして、不用額を生じましたおもなものは、職員俸給等人件費不用であります。これは職員に欠員があったので、職員俸給等を要することが少なかったこと等によるものであります。  予算補正追加額の三億六千九百三十二万六千円は、昭和三十五年十月以降の政府職員給与改善等に要した経費二億八千七百四十万七千円と、在日朝鮮人の帰還に関する協定の更新に伴い、所要の経費六百七十八万円及び昭和三十五年十一月に施行された衆議院議員総選挙の公正を期するために要した経費七千五百十三万九千円であります。  予備費使用額五億六千五百五十一万四千円は、昭和三十五年六月十四日、同月二十八日及び九月二十七日の閣議決定によりまして、予備費使用を承認されました三池炭鉱争議及び安保改定反対闘争等に伴う警備活動に要した諸経費五億四千七百八十六万三千円と、昭和三十六年三月二十九日の閣議決定によりまして予備費使用を承認されました退官退職手当不足を補うために要した経費千七百六十五万一千円であります。  予算移用増加額千十七万七千円は、予算総則第三十六条第九号により宮内庁の項から移用した九百万円と、科学技術庁の項から移用した百十七万七千円でありまして、この経費は、退官退職手当予算不足を補うため、昭和三十六年三月十五日大蔵大臣の承認を受けたものであります。  第二は、警察施設費の項であります。  歳出予算額は一億一千百十六万九千円でありまして、これに対しまして、支出済み歳出額は一億一千百十四万二千六百九十七円で、不用額は二万六千三百三円となっております。  この経費は、警察庁所属庁舎で、施設増改築及び補修並びに警察用舟艇建造等を実施するために必要とした経費であります。特に、昭和三十五年度におきましては、前年度に引き続きまして、庁舎校舎等老朽化のはなはだしいものを重点に施設整備を行なって参りました。また警察用舟艇につきましても、八隻を建造したものであります。  不用額二万六千三百三円を生じました理由は、入札差金等によるものであります。  第三は、都道府県警察費補助の項であります。  当初予算額は、三十六億六千四十一万七千円でありますが、そのほかに、前年度繰越額が千八百八十万円ありますので、歳出予算額は三十六億七千九百二十一万七千円となったのであります。これに予備費使用額百三十九万八千円がありますので、歳出予算現額は三十六億八千六十一万五千円となっております。この歳出予算現額に対しまして、支出済歳出額は三十六億六千四百二十二万九千円でありまして、翌年度繰越額が千六百三十八万六千円となっておりまして、不用額はありません。  この経費は、警察法及び同施行令第三条の定めるところによりまして、都道府県警察に要する経費の一部を補助したものであります。  翌年度繰越額千六百三十八万六千円は、都道府県警察施設整備費補助金及び都道府県警察官待機宿舎施設整備費補助金の一部でありまして、やむを得ない事情により事業の遂行がおくれ、年度内支出が終わらなかったことによるものであります。  予備費使用額百三十九万八千円は、昭和三十五年九月二十七日の閣議決定によりまして、予備費使用を承認されたものでありまして、この経費三池炭鉱争議及び安保改定反対闘争等に伴う警備活動上必要な電話専用料に要したものであります。  第四は、庁舎等特別取得費の項であります。  この経費は、昭和三十四年度一般会計予算総則第三十条に基づき、大蔵省所管大蔵本省の項から一億八十万円を昭和三十四年十二月五日に移しかえを受けたものでありますが、土地及び建物取得事情変更のため進捗せず、やむを得ず引き渡し期限を延期しまして、不用額十三円を差し引いた一億七十九万九千九百八十七円を昭和三十五年度繰り越したものでありまして、昭和三十五年十二月二日に支出を完了いたしております。  以上で各項別概要を御説明申し上げましたが、これを総括的に申しますと、当初歳出予算額は百四十一億八千四百九万七千円で、それに予算補正追加額が三億六千九百三十二万六千円ありますので、歳出予算額は百四十五億五千三百四十二万三千円となっております。これに前年度繰越額一億一千九百五十九万九千九百八十七円と予備費使用額五億六千六百九十一万二千円及び移用増加額千十七万七千円を加えますと、歳出予算現額は百五十二億五千十一万一千九百八十七円となります。この歳出予算現額に対しまして、支出済み歳出額は百五十二億二千三百十九万一千七百二十一円でありまして、不用額は千五十三万四千二百六十六円、翌年度繰越額は千六百三十八万六千円となっております。  以上、警察庁関係決算について御説明をいたしました。何とぞよろしく御審議のほどをお願い申し上げます。
  6. 鈴木仙八

  7. 山本利壽

    山本(利)政府委員 ただいま議題となっております科学技術庁昭和三十五年度決算について御説明申し上げます。  まず、歳出予算現額は百十六億七千八百八十九万五千円で、これに対する支出済み歳出額は九十億九千七百万三千円となっておりまして、そのおもなるものは、第一に、原子力関係経費として六十二億七千二百九十一万七千円を支出いたしました。これは日本原子力研究所原子炉等施設整備原子燃料公社ウラン探鉱及びウラン製練関係等設備整備並びに放射線医学総合研究所研究設備病院設備等施設整備を行ないましたほか、民間企業等が実施いたします原子力平和利用研究の助成及びわが国における自然または人工放射能調査測定等を、行なったためのものであります。第二に、所管研究機関経費として二十二億六千六百九十二万円を支出いたしました。これは、航空技術研究所におきまして超音速風洞等航空技術に関する研究施設整備を行なったのと、金属材料技術研究所において金属材料に関する研究用基本設備等整備を行ないましたためのものであります。第三に、科学技術研究費補助金等として五千百八十九万円を支出いたしました。これは多数部門の協力を要する試験研究または各種試験研究に共通する基礎的試験研究を助成するため、研究委託費及び補助金を交付いたしましたものと、個人及び中小企業者の実施いたします特許発明品試作試験に対する補助金交付等を行なったためのものであります。最後に、その他の経費として五億五百二十七万六千円を支出いたしましたが、これは、日本科学技術情報センターの業務を拡充強化するため政府出資金及び補助金を交付したもののほか、科学技術庁一般行政事務を処理するための事務費人件費等に使用したものであります。  次に、歳出予算現額と支出済み歳出額との差額二十五億八千百八十九万二千円につきましては、日本原子力研究所に設置する動力試験用原子炉の完成が遅延したもの、原子燃料引き取りが遅延したもの、及び放射線医学総合研究所研究設備等で一部工事が年度内に完了しなかったもの、並びに研究委託費補助金等年度内試験研究が終了しなかったもの等がありましたので、二十二億七千七百四十二万九千円を翌年度繰り越しました。また、各大学等に設置を予定しておりました原子炉及びこれに必要な燃料調達計画等変更があったこと、並びに所管研究所研究者及び技術者の充足が遅延した等のため、不用額として三億四百四十六万三千円を生じたものでありまして、事情御了承願いたいと存じます。  以上、簡単でありますが、昭和三十五年度科学技術庁決算の大略を申し述べました。よろしく御審議のほどお願いいたします。
  8. 鈴木仙八

    鈴木委員長 続いて会計検査院当局より検査概要について説明を求めます。秋山第一局長
  9. 秋山昌平

    秋山会計検査院説明員 総理府所管歳入歳出決算のうち、第一局で所管いたしておりますのは、警察庁防衛本庁調達庁北海道開発庁が除かれておりまして、その除かれた他の部分について申し上げます。  昭和三十五年度決算検査いたしましたが、特に不当と認めた事項はございませんでした。
  10. 鈴木仙八

  11. 樺山糾夫

    樺山会計検査院説明員 警察庁から御説明ございました昭和三十五年度警察庁所管決算検査は、書面検査のほか、支出官の所在する六十七カ所のうち、警察庁外二十二カ所について実地検査を施行いたしました。その施行率は約三三%となっております。  警察庁関係経費につきましては、最近車両等装備器材通信資材調達が増加いたしておりますので、これらを中心として検査を実施いたしましたが、経理手続等におきまして若干妥当でない点がありましたので注意いたしましたほか、特に不当と認めて検査報告に掲記した事項はございません。  以上でございます。     —————————————
  12. 鈴木仙八

    鈴木委員長 これより質疑に入ります。  質疑の通告がありますので、これを許します。勝澤芳雄君。
  13. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 三十五年度歳入関係で、「皇居造営寄付金受入」、この項について御質疑いたしたいのです。  これを見ますと、一千十二万七千四百九十四円というのが収納されておるようであります。三十四年度にはなかったようでありますが、三十五年度からこういうのが起きておるようです。わずかな金額でございますけれども、これの内容についてお尋ねいたしたいと同時に、この皇居造営に対する寄付をある程度勧誘をしておるのかどうか、こういう点などについてのお考えを賜わりたいと思います。
  14. 小畑忠

    小畑政府委員 皇居造営に関する野付金について御質問がございましたけれども、皇居造営寄付金に関しましては、昭和三十四年の十月に、皇居造営審議会答申に基づきまして、皇居造営経費につきましては、国費から支弁いたしますけれども、国民の一部から純なお気持で御寄付になりますについては、その道を開くようにというふうな御答申がございまして、昭和三十五年の一月に皇居造営関係寄付金受け入れについての閣議決定があった次第であります。それに基づきまして、自後寄付金受け入れの態勢をはっきりいたしまして、そして進めて参ったのでございます。
  15. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 寄付方々はどういう方々ですか。そうして大口といいますか、ある程度概略をちょっとお尋ねしたい。
  16. 小畑忠

    小畑政府委員 これは内容的には大きなものはございませんで、大体ただいままでの総額を申し述べますと、これは三月二十六日現在でございますけれども、件数にいたしまして一万七百七十九件、金額にいたしまして千七百万余集まっております。従いまして、件数にしまして、一件約千円程度のものでございまして、その一々につきましては、やはり皇居造営勤労奉仕なんかにおいでになりました方々が拠金しておられるというふうな現状でございます。
  17. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 この寄付の方法というのは、別に勧誘してみるとか、そういうことではないのですか。どういうふうな形なんでしょうか。
  18. 小畑忠

    小畑政府委員 これはもう純粋の国民からの造営に対する寄付申し出になりました、純なお気持からの寄付受け入れるというふうなことでございまして、全然慫慂その他の関係でもって広く積極的に寄付金を集めるというふうな考え方でなしに進んでおるような現状でございます。
  19. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 たしか皇太子殿下の御結婚のとき、寄付についていろいろと基準といいますか、お考えなされて何か出ておったようでございますが、この場合にも、純然たる自発的な行為による寄付希望があれば、これは寄付として受け入れる、こういう形のものなんでしょうか。もうちょっと強いものなんでしょうか。その基本は、皇居造営というのは国家資金でやるべきである、こういうことがきめられておるわけですね。その建前から言うならば、できるだけ寄付のない形でやられた方がいいように思うのです。しかしまた、寄付をしたいというのを断わるというのもあれですが、その辺のところはどういうきめ方になっておるのでしょうか。
  20. 小畑忠

    小畑政府委員 いろいろ簿付のことにつきましてお考え方もおありかと思いますけれども、やはりこうした寄付行為を通じまして、売名宣伝的なことがいささかでも入るというふうなことがあってはならないというふうに考えておりまして、全く積極的な寄付を集めるというふうな考え方の上には立っておりません。
  21. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 そこで、皇居造営計画はどういうふうな現状になっておるのでしょうか。あるいはその予算規模なりあるいは年次の計画、こういうものがおありになりましたら、御説明願いたい。
  22. 小畑忠

    小畑政府委員 皇居造営につきましては、先ほど申し上げましたように、三十五年の一月に閣議決定を見まして、一昨年三十五年の十一月に主任設計者といたしまして吉村順三氏を委嘱いたしまして、自来宮殿の基本的な構想を練っておったのでございますけれども、本年の一月におきまして大体各建物の配置のプランを提出してきたのでございますが、内部におきまして行事の遂行の面との関連を研究いたしておりますような現状でございます。かくいたしまして、昭和三十七年度中に基本計画を完了いたしまして、三十八年度から四十一年度までの竣工を目標といたしまして、明年度予算といたしましては、これらの設計関係人件費実施準備のための物件的な経費を計上しておりますというふうな現状であります。
  23. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 三十八年から四十一年にかけてやられるというのでありますが、ある程度具体的な予算的な規模計画というものは出されておるのでしょうか、まだでしょうか。
  24. 小畑忠

    小畑政府委員 これは、ただいま申し上げましたように、本年度中に基本設計ができ上がりまして、基本設計に基づきまして実地設計を組み、それに基づいていろいろ経費関係が盛られるというふうな段取りになりますので、三十七年度予算は、申し上げましたように、設計の謝金だとか、あるいは準備のための物件費が多少組まれておる。明年度からそろそろ本格的な予算をお願いするというふうなことになろうと思う次第でございます。
  25. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 最後に、一つお願いをしておきたいのですが、またお考えを聞いておきたいのですが、基本的に造営計画が進められて、そしてそれについて国の予算でやるのだ、こういう考え方で進められておるわけでありますから、この際私は寄付をしたいという申し出のあるものについて断わるというのはどうかとは思いますけれども、やはりこの寄付というようなものが計画そのものの中である程度予算として考えられるというようなことは、あまりいいことじゃないように思うのです。やるなら全部国の予算でやってしまうということの方が、よりいいものができるような気がするわけです。少しの寄付をもらうことによって、また予算を減らされる口実になってみたり、あるいはまたそれが一般には売名的な行為になってみたり、こういうことを両面から考えてみると、あくまで純粋な国の象徴的なものとしての天皇の地位を守るための皇居造営でありますから、そういう建前から考えまして、やはりこういう造営寄付というようなものはわずかで、一件当たりのお金はわずかですけれども、これはやはり何かお考えをして、ある程度こういう造営寄付はお断わりをする、今の段階でそうしておいた方が、やがて予算がふくらんでくると、とかく寄付寄付をというようなものが考えに起きて参りますし、またおれがそれじゃ安くやってやろうというようなのが、今までも例があったわけですが、そういう点から考えてみますと、やはりこの造営野付金の問題については検討されて、お断わりをするようなお考えはないでしょうか。その点だけお聞きします。
  26. 小畑忠

    小畑政府委員 御趣旨の点は十分注意いたしまして、やっていきたいと存じておりますけれども、一方また国民のうちには熱烈に造営のための寄付をしたいというふうなお考えの方もおありかと思いますので、積極的にこの造営寄付を慫慂するという考え方は立ちませんですけれども、実際の運営につきましては、十分注意してやっていきたい、こう思う次第でございます。
  27. 鈴木仙八

  28. 小川豊明

    小川(豊)委員 それでは、委員長皇室費の方はありませんから……。  警察庁でちょっと疑問の出ておった点があったのですが、先ほどの説明で、大体この説明書を見てわかったのですが、そこでここに都道府県警察費補助繰り越しが千六百三十八万ですか、繰り越されているわけです。これは財政法の四十二条ただし書きの規定による事故繰り越しをしたわけですが、どういう理由でこれは事故繰り越しをしたのか。ここにちょっと説明があるが、これは都道府県警察費補助の三十六億というのは、これは各都道府県の警察本部に対して補助されるものか、あるいは直接各警察署に対して補助されるのか、それから、おもにどんな経費について交付されているのか、この点をお尋ねしたいわけです。
  29. 宮地直邦

    宮地政府委員 第一の御質問の警察費の補助の交付でございますが、いかなる項目に対して補助するかという点でございます。これは警察の予算は、一つは直接国費と補助費と純県費とこの三本建でできておるのであります。国費と申しますのは、国の警察官とか、あるいは国家的な治安、あるいは犯罪で申しますと、麻薬等の犯罪の費用は、これは警察法施行令の二条の規定によりまして国費でございます。  それから府県の警察官俸給、被服、そういうものはこれは都道府県の地方費の負担になる。  その他の事項は、いずれもこれは補助金の対象となっておるのでございまして、補助金を大きく分けまして、施設の補助とそれから警察の広い意味の活動に要する費用の補助と二つに分かれます。いずれもこの補助金は直接署に補助するということでなく、府県に補助をいたすことになっておるのであります。  御質問の今度の繰り越しの方は、いずれも施設費の補助をいたしましたものが繰り越されておる。これはこの予算書に載っておりますように、警察一般の警察施設の補助及びわれわれ待機宿舎と申しておりますが、その待機宿舎の整備に要する費用の補助が、いずれも事故のために年度内完成ができませんでしたために繰り越しをいたしたような次第でございます。
  30. 小川豊明

    小川(豊)委員 それはわかりました。そうすると都道府県警察費の補助の繰越額が千六百三十八万円あるわけですが、これは財政法の第四十二条のただし書きの規定によって事故繰り越しをしたわけですが、どういう理由で事故繰り越しをしたのか、この点は今の御説明でわかったわけです。  そこで、警察官待機宿舎の施設整備費の補助ですが、この補助金の交付を受けながら、財政法からいうと十四条の三の繰越明許費、それから同四十二条の事故繰り越し以外に、たとえば兵庫県の警察本部の工事費が八千九百三十八万幾ら、これに対して国庫補助が三千万円出されておるようですが、三十六年の三月三十一日までにこの工事は完成しておらないわけです。そうすると、この点から見ると、財政法の十二条、それから会計年度の独立の原則及び同法の四十二条の歳出予算繰り越し使用の制限等にも反してくるのではないか。また補助金等の適正化法の適用も受けなければならないと思われるわけですが、これはどうしてこういう処理がされたのか。私のお聞きしたいのは、なぜ予算繰り越しの手続をとらなかったのか、こういう点をお尋ねするわけなんです。
  31. 宮地直邦

    宮地政府委員 ただいま御指摘の兵庫県の警察官の待機宿舎の新設工事につきまして、結果的に申しまして、今御指摘がございましたように、繰り越しをせずに完成がおくれたという点につきましては、はなはだ遺憾であると存じまして、まずおわび申し上げる次第でございます。  これは、私の方で補助金の交付を決定いたしましたのは、昭和三十五年の八月に補助金三千万円を兵庫県の警察官の待機宿舎の整備費といたしまして交付をいたしたのであります。これに基づきまして兵庫県におきましては、三カ所に役機宿舎を建てたのでございますが、この工事は、すべて県の建築課の方におきまして施工監督をいたしたのでございまして、当初より年度内完成ということを目途としてあらゆる努力をいたしました。当時は相当遅延して参りましても、何とか年度内に完成をいたすべく努力をいたしたのでございますが、同地方は、御承知の通りにその他の建築工事等が相当多数行なわれておりまして、労務者を、あらゆる努力をいたしましたけれども獲得することができなかったこと、あるいは工事の施行時期が冬になりまして、特異な寒波に襲われました関係で、一方において積極的に年度内に完成を努力しておって、結果的にどうしてもできなくなってしまったために、当然なすべき繰り越しの手続が時期を失してしまった、そして時期を失してしまって、工事の完成がおくれたのでございまして、御指摘の通り、これは四月にいずれも完成はいたしておりますけれども、手続的にははなはだ遺憾な点があり、会計的には手続を十分満たしておりませんので、この点まことに遺憾と存じまして、われわれの方におきましても、こういうことがないように十分注意をいたしておるところでございます。おわび申し上げまして御説明いたします。
  32. 小川豊明

    小川(豊)委員 これは今御説明を聞いて、工事がおくれたもろもろの事情があったということもわかるわけで、これに対しては了解できるわけですが、やはりこういう機関である限りにおいては、特に私は繰り越し等の手続というものはたといいささかでもとっておくのが当然ではないかと思います。  警察庁に対しての私の質問はこれだけです。  私は、今度は南方地域の主として沖繩における同胞援護の点について御質問いたします。  昭和三十一年以降、沖繩援助の一つの方法として、特殊法人の南方同胞援護会というものを作って、政府の指導と補助のもとにいろいろな事業を行なってきておりますが、昭和三十五年度も一千七百五十五万四千円の補助が支出されております。この補助金に関連して一、二点お尋ねしたいのは、南方同胞援護会事業の主要な実績、それからこの補助金支出の目的は、大ざっぱには南方同胞援護、これはわかりますけれども、一体どういう方面におもに支出されておるか。それからこの補助が目的通り執行されているかどうか。この点をまず伺っておきたいと思います。
  33. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 同胞援護会を通じまして、主として沖繩に昭和三十五年度にどういうふうな援助を与えておるかということでございます。毎年度若干違った仕事をやっておりますが、昭和三十五年度におきましては、おもな事業を幾つか拾って申し上げますと、一つは身体障害者の補導施設でございます。これは沖繩におきます傷痍軍人会に仕事を委託いたしまして、身体障害者の援産場と申しますか、職業補導所を建設いたしております。それから、同じように沖繩の遺族会に委託いたしまして、遺族方々の御婦人の職業補導所を建設いたしております。それから精和病院と申しまして、これは精神病院でございますが、これを建設いたしております。大体昭和三十五年度に援護会でやりましたおもな施設は、今申しました三つか四つの仕事でございます。これらは、ただいま申しました沖繩側の基礎のしっかりいたしました民間団体と提携をいたしまして実施をいたしておるわけでございます。もちろんこれらのものは、金を出しました目的に沿いまして、それぞれりっぱなものが現地にでき上がりまして、現地側でも非常に感謝しておられる、こういう状態になっております。
  34. 小川豊明

    小川(豊)委員 今お尋ねした点に対して御回答があったわけですが、そこで、これは私ちょっと調べてみたのですが、身体不自由児等の療養費というものは、これは予算では三十四年度は百万、決算では五十万、三十五年度は百万で二十五万、ところが医療援護費は、予算では三百五十万ありますけれども、決算はゼロです。それから教科書贈与費、これも予算は三十一年度も二年度も四百万、三十四年度には二十五万、これはいずれも決算はゼロ。それから巡回診療費、これもずっと百万ずつ組まれておるが、決算はゼロ。それから戦争未亡人授産場設置費、これも三十五年度予算で八百五十万あるが、これも決算でゼロ。身体障害者義肢補具製作所設置費というのも、三十五年度では四百三十二万八千円の予算がありながら、決算でゼロ、このように沖繩において緊急にどうしてもやってやらなければならないような、こういう必要な事業の執行というものが全然行なわれていない結果になるわけですが、どうして今御説明になったような、当然やらなければならない仕事が行なわれていないのか、この点をお尋ねしたいわけです。
  35. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 ただいま御指摘になりましたように、当初の予算に計上しながらその年に実行していないという項目が幾つかあるわけです。これは援護会の予算の立て方をごらんいただきたいと思うのでございますが、一つは国の補助金によって事業をやっていく国からの補助によるものがございます。それから一般寄付財源を募集してそれによって事業を行なうというものがございます。寄付財源のうちでいつもごめんどう見ていただいておりますのは、お年玉はがきからの収益を配分していただきますのと、福祉競輪から配分をいただきますのと、とれが寄付金の中では一番大きい項目でございます。寄付金の中には、そのほか一般の民間からの寄付ということも、もちろん期待をいたしておるわけでございます。そのほか援護会独自の財源といたしましては、若干の財産収入というものを見ておるわけでございます。  予算決算で非常に幅が出てくる、相違がある、これは実は主として寄付金収入の予想が、当初において大き過ぎたということからきておるわけでございます。寄付金の募集につきましては、援護会といたしましては絶えず努力をしておられるわけでございますけれども、実を申しますと、必ずしも思うように集まっておらないということが現状でございまして、そのために、国からの補助金によってまかなっております事業は確実に実行しておるが、しかし寄付金収入を当てにしておる事業につきましては、御指摘のように実行できないという部分が出てくるわけでございます。  しかし、これらの計画いたしました仕事が、いずれも沖繩側にとりましては、相当重要な仕事であるということは、また御指摘の通りでございまして、政府といたしましては、それらの点を勘案しながら、実行できなかったような仕事につきましては、翌年度において政府の補助を出すというふうな方法をも講じて、実施に協力をいたしておるわけでございます。しかしながら、御説のように数年を通じてみますと、寄付金収入の上がりませんでしたために、仕事の実際を確保することができなかったというふうな部面もございます。一応の見方をいたしますと、最初から水増しの予算を組んでおったというふうな批判をも受け得る立場もあるわけでございます。それらの点を十分考慮いたしまして、来年度予算におきましては、そういうことのございませんように、実情に合わせて無理のかからない予算を編成するということで、昭和三十七年度におきましては健全な予算を組みたい、そういう考えで援護会もその方針でやっておるのであります。
  36. 小川豊明

    小川(豊)委員 これは沖繩の非常に悲惨な同胞の援護のために、政府も金を出して、そして政府自体がやれなかったから、同胞援護会という特殊法人を作って救援に当たっているわけでしょう。そうして当然南方同胞援護会でやらなければならない仕事を、あなたは冒頭に説明されたわけですが、その中で今私が申し上げた、こういう肢体不自由児、医療援護、巡回診療、未亡人の授産場の問題は、どうしてもこうしてもやってやらなければならないものなんでしょう。それをあなたの方では、寄付金を当てにして予算を組んで、沖繩の同胞の諸君から言うならば、その予算を見ると、今度はこれくらいのことはやってもらえるだろうという期待をするが、それは寄付金が集まらなかったからできなかったということになると、今あなたはいろいろ言われているけれども、これはまさに期待を裏切ることになるわけです。そういうことではいかぬと私は思うのです。  そこでお尋ねしますが、寄付が入らなかったから、今のように事業実施はできなかったと言いますけれども、基金の残高もあったわけですし、それから繰り越し剰余金だってあったと思うのですが、こういうのを使用することはできなかったわけですか。
  37. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 基金の残高と申しますか、自己の持っております財産というのは、これは特別法人になります前に、若干の基本財産を持っておりましたけれども、それ以外のものは、特別法人になりましてから、特に基本財産というふうなものを持っておらねわけでございます。繰り越し財源と申しましても、きわめてわずかな、当然支出が予定されたものだけであったわけでございます。それを流用してそれによってやるというほどの大きなものは残っておらなかったというふうに考えるのであります。しかし、御指摘になりましたように、沖繩側といたしますれば、当然これは重要な仕事でありまして、予算がきまりました以上は、また相応の期待をしておるわけであります。私どもも、政府の監督下における法人でありますから、その事業の計画が実施できますように、絶えず協力を惜しまない考えを持っておるわけであります。やり残しました仕事につきましては、話がつきます限り、翌年度において政府としてまたあらためて援助を行なうというような方法をとっておるわけであります。
  38. 小川豊明

    小川(豊)委員 これは、あなたの御説明を聞いておっても、気の毒だからできる限りやるとかなんとかいう、そういう言葉の問題ではないのです。要は、それだけの金を支出して、具体的にどういうことをしてやるかということが、私は緊急必要な問題だと思うのです。  そこで、さらにお尋ねしますと、この援護会の土地賃貸料の収入というものは、三十四年度で百十五万二千六百余円、三十五年度でも九百二十万八千円幾らの土地賃貸料があるのですが、こういう多額な土地賃貸料収入があるということは、一体これらの土地というものはどこにあって、貸し先はだれであるか一それから土地の評価はどうしたのか、貸付条件はどうなっておるのか、こういう点を私どもはお聞きしたいと思います。そうして今申したように、緊急重要な事業の執行は、寄付金がない、従って予算に穴があいてしまったから実施できないというような中で、土地賃貸の収入が非常に多い、こういう点は、考えようによっては、われわれよく知らない者は、一体南方同胞援護会というものは、土地の賃貸業を行なっているのじゃないか、こういう疑いさえかけざるを得なくなってくる。これらの土地取得目的、今言ったような現況はどういうことになっておるのか、この点を御説明願いたいと思います。
  39. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 土地の賃貸料があるわけでございますが、この土地は、清算法人の日本医療団が持っておりました土地を譲り受けたわけであります。戦前、日本医療団が成立いたしまして、医療団として沖繩に結核療養所を作りたいという目的で、那覇市内に約一万七千坪ほどの土地を医療団として手に入れられたわけであります。そとに実際の療養所を作ります以前に終戦になったわけであります。その後本土側と沖繩側との連絡がしばらくの間絶えておったわけであります。連絡がつきましたときには、アメリカ側がこれを所属不明の土地として接収して、アメリカ側の施設に使っておった。主として米軍の軍人の宿舎がすでに建てられておったというような格好になっておったというふうに聞いております。その後日本医療団といたしましては、それが自分に所属する土地であるということで、もちろん所有権をはっきりさせたわけであります。しかし、終戦後日本医療団が解散して清算手続に入りましたので、その土地を処分したいということになったわけでございます。その日本医療団の土地を援護会が譲り受けた——アメリカ側がいわば接収した状況のもとに譲り受けたわけでございますけれども、援護会といたしましては、その土地も将来可能な時期が来ますならば、相当な援護施設等を経営いたしまして沖繩側住民の便宜に供したいということで、大蔵省あるいは監督官庁であります厚生省等の御了解をいただいたわけでございます。当時の取得価格の評価等につきましても、それぞれ関係の各省で御判断をいただきまして、適正であるというふうに判定されましたその値段で当時買っておるという格好になっておると思います。
  40. 小川豊明

    小川(豊)委員 そこで、南方同胞援護会はいろいろ事業をしておる。学校あるいは補導所、病院等の施設も建設されているようですが、その運営状況はあとで聞くとして、こういうものの資産は援護会の資産ですか、だれが管理しておるのですか、資産は援護会の資産であるわけですか。
  41. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 所有はもちろん援護会でございます。しかし援護会はごく少数の人数をもって仕事をしておりますので、一々現地に出かけましてすべての管理に当たるほどの余裕はないわけでございます。現地におきましていろいろな団体、沖繩にあります健全なそういう仕事をやっております団体に委任いたしまして、実際上の管理は現地側の団体にお願いしてやっておるという格好になっております。
  42. 小川豊明

    小川(豊)委員 そこで次に、こういう沖繩南方同胞援護会に日本の政府から補助をされるわけですが、こういうことに対しては、これは政府の予算執行の状況を、この援助の金がどう執行されたか、こういうことは調査することはできますか、どうですか。  それから、さらにもう一点は、会計検査院の方にお尋ねいたしますが、会計検査院の方では、こういう補助金と助成金ですか、援助費とかいうものは、会計検査院はこの執行について調査をしていますか、あるいはできるのかできないのか、この点をお尋ねします。
  43. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 一つは政府が直接に沖繩側にやっておる仕事もあるわけでございます。政府としてまた援護会側を通じて沖繩側にやっておる仕事本ございます。それらの場合に、政府並びに援護会が、日本の国内法に従いましていろいろな会計検査なり、その他の関係法規の適用を受けますことは当然でございます。ただ、しかし、沖繩側におきまして補助をもらっておる団体、いわば補助事業者あるいは間接補助事業者ということになろうと思いますが、それらのものに対しまして、当然日本国内の法規を適用いたしまして、国内と同じような会計検査活動を行なうということは、御案内のような現状におきましてはむずかしい問題であるわけでございます。しかしながら、政府の金を支出しております以上、この事業の目的が達せられない、あるいは不当、不正なことが行なわれているというふうなことがあってはならないということは当然でございまして、正式な法規に基づいた検査そのものを沖繩側に実施するということは困難でございますけれども、私どもといたしましては、実際上の取り扱いといたしまして、事実援助をいたしております各項目がその通りにできておるかどうかということは、現地に私どもの出先の機関もございます、あるいは各省からもしばしば行っていただいておるわけでございます。事実におきまして向こうで十分調査は行なっておる。今日まで援助が不正に使われておる、あるいは表面づらだけで何らかの目的外に使用された、こういうような事態は、もちろん生じておらないというふうに承知をいたしております。それが実情でございます。
  44. 秋山昌平

    秋山会計検査院説明員 会計検査院といたしましては、まず第一に、この支出をされました総理府について検査をいたします。さらに同胞援護会が補助金を受けてやっておる事業については、同胞援護会の方について調査をいたしますけれども、現地については参っておりません。ただ、今お話のありました通り、政府におかれても監督しておられ、そういったことを書類なり説明なりその他によって心証を得ておる、こういうような状況でございます。
  45. 小川豊明

    小川(豊)委員 お尋ねいたしますが、日本側としてこういうものは援助しなければならないという費目を作っても、民政府の方でこれをチェックして、これはいけない、これは好ましくない、従って実施できないというようなことはありませんか、どうですか。
  46. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 沖繩におきましては、御承知のように現在アメリカ側が施政をしておるわけでございまして、援助につきましては、私どもはすべてアメリカ側と十分話し合いの上で行なっておるわけでございます。実際の形といたしましては、琉球政府の意向も十分しんしゃくしながら、それらの要望を取り入れまして、アメリカ側と十分折衝を積んだ上で援助しておるわけでございまして、大体沖繩側の希望に沿って話がまとまっておるというふうに承知しております。そういう事情でございます。
  47. 小川豊明

    小川(豊)委員 お尋ねいたしますが、この中にさっきの、予算はあっても決算はゼロだ、ぜひやらなければならないことはやりたかったが、これは寄付金が集まらないからあなたの方ではできなかった、こういうあれでしたが、ところが沖繩の財政援助費の中に、沖繩への教育指導主事の派遣費というものがございます。沖繩では教育指導主事の派遣を非常に望んでおる、こう私どもは聞いておる。昭和三十四年度には千百三十万ですか、三十五年度には一千七百六十六万予算を組んでおります。これは実施できなかった。三十四年と三十五年と予算を組んでおったものが三十六年度ではゼロになっておる。そういう必要は認めないとしてゼロになさったのか。それとも、向こうで好ましくないということでゼロになさったのか。これは一体どういう事情ですか。
  48. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 沖繩に対します教育の援助の一つの項目といたしまして、ただいまお話がございました教育指導主事を内地から向こうに派遣して教育援助をやるという事業項目が一つございます。お話のように昭和三十四年度昭和三十五年度にこれを実施いたしました。三十六年度におきましては予算が計上してございません。これは三十四、三十五と両年度にわたりまして実施いたしましたその実施の効果等につきまして、アメリカ側と私どもとの見解に若干の相違が出てきたというふうなことに基づきまして、話がきまらなかったということが実情でございます。  しかし、その後沖繩側におきましては、これは非常に効果のある援助であって、ぜひ継続してほしいという強い要望がございました。御案内のように、沖繩側の立法院等におきましても決議をするというふうなこともあったわけでございまして、昭和三十七年度におきましては、私どももそういう見解を強くアメリカ側に述べまして、昭和三十六年度一年は休みましたけれども、今年度から再びさらに充実してやっていきたいということでございまして、今年度予算にはまた同じ費目があらためて計上されておる、こういう運びになっております。
  49. 小川豊明

    小川(豊)委員 私のお聞きしたいのは、沖繩の住民の生活の向上や、あるいは民生の安定のために、日本政府としてはぜひやってやらなければならない、ぜひやりたいと思うことも、遺憾ながら、アメリカ側とこの点についての了解が得られないことには、実施できないことになっている。そこに沖繩住民の非常な不便をこうむっておるという点が、この教育指導主事の点でも私は考えられる。この点は政治問題として打開していかなければならぬ問題であって、今ここでどうこう言っても始まらないでしょうが、あなた方連絡事務所として、こういう点は特に注意して、強い意見で沖繩住民の希望しておるものに対しては、実施するようにしなければならない、こう思うのです。  そこで、さらにお聞きしますのは、沖繩の方の予算を見ると、あれはみんなドルで組まれているわけですが、日本からいろいろな補助、助成という形で出されていくのは、これはやはり円で持っていかれるわけですか、ドルでいくのですか。
  50. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 昭和三十五年度当時の援助は、主としてただいまお話にございましたような技術援助、人の交流、こちらから向こうに行く、あるいは向こうの人をこちらに呼ぶというふうな、こういった援助が中心になっておったわけでございまして、向こうからこちらに人を呼ぶという場合には、こちらの滞在費などこれは当然円で支払うわけでございます。こちらから向こうに行くというふうな場合、これはドル地域でありますから、ドルにかえまして、結果的にはドルで援助をしておるということになっております。また、本年度から来年度、これは沖繩の琉球政府に金銭的な援助を与えるという方式にだんだん切り変わっておりますので、これらのものにつきましては、やはり主としてドルで援助をするという形になると思います。一部は、物を買いまして、物の援助という格好もございますけれども、これらの物を本土で買います場合は、もちろん円で処理するということでございます。
  51. 小川豊明

    小川(豊)委員 一部は円でもよろしいというのは、建前として私はどうも感情論的なものになるか知らぬが、沖繩に日本政府が援助する金が——施政権はもちろん向こうにあるわけで、それはわかりますが、これは基本的にはドルでなければならないということに、私は割り切れないものを持つのです。これは折衝しても、どうしてもドルでないといけないのですか。
  52. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 特に物を買ってきて援助をいたします場合には当然円で済むわけでございます。しかし、琉球におきましては、御案内のように、現在のところはドル経済が行なわれておるわけでございます。沖繩側でこれを使用いたします場合に沖繩の範囲で金を支出する。物に払うとか、あるいは手間に払うとか、これはやはり現在のところドルで払わざるを得ないわけでございまして、日本本土と沖繩のその他の物の出入りの関係もすべてドルと円の決済関係という格好になっております。気持の上では円そのままでやって、向こうで円経済という感じもいたしますが、現在のそういった経済の制度のもとではやむを得ないやり方ではないか。物を買って物の援助を続ける、こういう援助の格好を続けます限り、沖繩に対する政府の援助の仕方というのも、向こうが要求いたします範囲、あるいは私どもが必要と判断いたします範囲で、円だけで物を買ってやるという方法を続けますことは、不十分な形になるのではないかというふうに考えております。
  53. 小川豊明

    小川(豊)委員 沖繩がアメリカの施政権下にある限りにおいて、そういう不便もあり、やむを得ない点もあるだろうと思うが、せっかく日本がかせいだドルが、沖繩の援助のためにまた日本でドルで支出していかなければならぬ。これはドル防衛政策の一環をになわせられておるのである、額からいえばそう大きなことを言うほどのことではないと思うが、そういう感じもするわけです。  それで、次にもう一点お尋ねしておきたいのは、電電公社が沖繩にマイクロ・ウェーブの施設をしたわけですが、これは電電公社に委託して、電電公社に援助されるわけだと思うのですが、これは日米間の細目協定というものができているのかどうか。これはできたと思うが、このマイクロ・ウエーブの工事の着工、進捗にあたって、在日米軍との折衝で非常に難航して、従って工事がかなりおくれてしまったということを聞いておるわけですが、そういう事実があるかないかが一点と、大蔵省はこの工事の進捗状況に応じて金を支出するわけですが、日米間の話し合いのためにそれが遅延している。そうすると、予算支出がいわゆる明許繰り越しの二年を過ぎた場合には、工事の施行というものは、法律上は不可能になってくるんじゃないかという心配がされるのですが、この点はどうかが二点。  それから、これは日本の立場から論ずることになるけれども、このマイクロ・ウエーブは電電公社の管理下に置いて統一管理した方が、電波法の立場からいうとこれは望ましいことであり、また沖繩の住民もそういうことを非常に望んでいるということをわれわれは聞いておるけれども、そういう点について日本側の主張というものは入れられたのかどうなのか、この三点についてお伺いします。
  54. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 マイクロ・ウエーブの施設を沖繩側に贈与するという法律と予算は、前国会で御承認をいただいたわけでございまして、計画といたしましては、前年度と本年度二カ年の継続事業になっておるわけです。昨年度経費につきましては、繰り越しの明許をいただいておる、あるいはまた今年度の事業経費につきましても繰り越し明許をいただいておるという関係になっております。これは日本の政府と日本の電電公社とが協力いたしまして、政府は金銭的な支出をする、日本電電公社は技術並びに物品の供出をする。この金と物品を持ち寄りまして、琉球電電公社——向こうにもやはり電電公社がございまして、この琉球電電公社に向こう側に必要な設備を贈与しよう、こういう仕組みになっておるわけでございます。  アメリカ側との話がつかないために、工事の着工等がおくれておりはせぬかということでございましたけれども、実は琉球側におきましても、この工事のために必要な経費があるわけでございまして、沖繩側に建てます局舎あるいは鉄塔その他の付帯的な施設、これは琉球側の負担というふうに初めからきめておったわけでございます。だんだん設計が精密になって参りました結果、沖繩側が負担する経費の見積もりが、実は当初の見込みよりも若干ふえて参ったわけでございまして、それらの点をどういうふうに処理するかというふうなことに関係いたしまして、工事の施行が若干ずれておるということは御指摘の通りでございます。しかし、すでに話し合いはきまっております。また、主として向こう側の事情によって延びておったわけでございますけれども、こちらといたしましても、既定の方針通り、いろいろな機械設備設計等、必要な仕事は進めて参ってきておるわけでございまして、この工事の完成が非常に先に延びるだろうということは、今のところ私ども予想をいたしておりません。本年度経費につきましても繰り越しの明許をいただいております。もちろんそれの範囲内では、工事は仕上がるものというふうに予想をいたしております。  なお、日本電電公社がこれらを統一してやった方がよくはないか、あるいはまた、日本電電公社が統一してやることが沖繩側の希望ではなかったのか、それを米側が了承しなかったのではないかというような御質問でございましたけれども、日本側におきましては、通信に当たっておりますのは日本電電公社でございます。向こう側において通信に当たりますのは琉球電電公社でございまして、向こうの電電公社もこちらの電電公社と同じような、いわば一つの政府関係の機関でございまして、向こうの独立をも尊重したい、琉球電電公社といたしましても、自分たちの所有の設備として運営をしていきたいという強い希望があったわけでございます。それらの希望をしんしゃくいたしまして、向こうの施設は向こうにまかせようということで贈与を決定した、こういういきさつでございます。
  55. 小川豊明

    小川(豊)委員 最後にもう一点お尋ねしますが、あなた手元に援護会の財務諸表をお持ちですか。——私これをもらって見てちょっとわからぬのですが、この点でお尋ねしますが、援護会には特別会計というのがあるようですが、ありますか、あるならその内容を説明して下さい。
  56. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 これは、福祉競輪からいただいております寄付金でございますけれども、特別会計を設けた時代が一時あったと思います。これは福祉競輪からいただいております金でございますけれども、現在は一般会計に繰り入れて一般会計の中で経理をいたしておると承知しておりますが、かって競輪から金をいただきます際に、特別会計にして経理してもらいたいというふうな条件がついておった時代が三十三年ころまであったのではないかと思うのでございます。その時代に、特別会計を福祉競輪経理のために設けておったという時代があったかと思います。
  57. 小川豊明

    小川(豊)委員 これを見ると、三十三年度に桑江朝幸という人から六百八十四万か、七百万近い金を借り入れているわけです。援護会はどうして個人から借金をしなければならないのか、それから、従って借り入れの目的は何だ、いつ借りたんだ、それからどういう条件で借りたんだ、こういう点が説明にないので、この点をお聞きしたいことと、それからこの借金が三十四年度にはそのままになっています。  〔委員長退席、高橋(英)委員長代   理着席〕 三十五年度では三百九十八万幾らの金に減っているのです。そうすると、どれだけ返済したのか、これから引けばわかるということになるが、この借入金について収支決算と財務決算との金額の相違が出てくるのです。財務決算では、三十二年度には市町村からの一時借入金が二十万円、三十三年度には三和銀行から三百万円借り入れがあるわけです。これが収支決算では計上されているわけです。これは一体これでいいのかどうか。また、三十五年度借入金償還費が、収支決算では三百九十八万幾らとあります。財務決算の方では四十五万に相なっている、こういう相違ですね、これは一体どういうことか。それを私表にしてみたのですが、あなたの方の手元にある三十一年から三十五年までの収支決算と財務諸表のあれを合わせて見て下さい。そうすると、これは違っているのです。これはどういうわけで違っているのか、この点が私にはわからないのです。これを御説明願いたいと思います。
  58. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 最初に桑江朝幸という名目でそれから借入金をしておるわけでございますが、それはどういうものかということでございます。これは先ほど御説明申し上げました沖繩の中にあります土地を清算法人の日本医療団から譲り受けたわけでございます。そのときの支払いに充てるためでございまして、先ほど申しましたように、取得価格等は、当時の日本医療団、それから厚生大臣あるいは大蔵大臣というふうな関係の機関がお集まりになりまして御決定になった値段でございます。この資金を調達いたしますために、援護会といたしましては、当時東京におきまして相当な御努力をなさったと承っております。金融の道が必ずしも円滑につかなかったのであります。  桑江朝幸と申されますのは、沖繩で軍用土地委員会というものの会長をしておられる方でございます。沖繩の軍用土地委員会と申しますのは、御案内のようにアメリカが接収いたしました土地につきまして、これの解除あるいは接収あるいは地代等につきまして、昭和三十二、三年ごろから相当な問題があったわけでございますが、との問題を解決されますために各市町村ごとに軍用土地委員会というものができまして、それの連合体ができたわけでございますが、その連合体の会長をしておられる方の名前でございます。  当時援護会といたしましては、そういう問題につきまして、地元のそういう団体とも密接な関係を持っておったわけでございますが、地元のそういう団体側におきましても、将来、援護会がこの土地を利用して沖繩のために援助するという趣旨に賛成されまして、この援護会の仕事に協力して下さったわけでございます。地元で金を調達されまして、その土地取得するに必要な資金を貸し付けていただいて、それによって援護会はこの土地を購入した、こういういきさつになっておるようでございます。当時借りました金は六百八十四万円借りておるようでございます。土地の購入代が六百七十五万円でございます。それから登記費その他第一回の支払い利息の九万円、合わせまして六百八十四万円を借りたという形になっております。借り入れましたのが三十四年の三月九日でございまして、日歩二銭五厘という割で借りております。この償還につきましては、土地から上がって参ります地代——この地代はもちろんアメリカ側が先ほど申し上げましたように土地を利用しておりますので、アメリカ側から支払われる地代でございますけれども、年々四百六十万円程度の地代が払われるということになっております。この地代の中から一部ずつ償還していくという計画でございまして、昭和三十八年の二月までに全額を返そうという当初の計画であったわけでございます。実績は若干ずれておりますが、大体最初の償還計画通り償還をいたしておりまして、三十六年の九月十九日現在におきましては、残額が百六十五万六千円残っておるという形になっております。  次に、借入金の関係で、この収支決算に表われておる数字と損益計算書年度別に表われておる数字が違っておるということでございます。収支決算の中から資産に転化したものがあるわけでございます。具体的な財産になったものでございます。固定した、あるいは動産になって、物で残っておるというふうなものがあるわけでございます。この諸表に、最初に財産目録がございますが、財産目録にその分は当然計上されていくおけでございます。その資産になりましたものと差し引きましてこの損益計算書というものができ上がっておる。従って、収支決算書の数字と、ただいま申しましたような部分に計上いたしましたものとの差が、この損益計算書の中に出てくる、こういう建前でございますから、そういうものにつきましては、必ずしも数字が同じものでないものがあろうかと思うのであります。
  59. 小川豊明

    小川(豊)委員 説明を聞いておってもわからないのです。三十二年度の収支決算と財務諸表を見ると、財務諸表には借入金のあれが出ているが、収支決算には出ていません。三十三年度には財務諸表の方には借入金償還として三百万ですか、上がっておるが、収支決算の方には出ていないのです。それから三十四年度でも財務諸表には借入金の方で六百八十四万というものが出ておる、ところが収支決算ではこれは出ていない。それから三十五年度になると借入金の償還の方で三百九十幾らというのが出ておるが、財務諸表では四十五万二千円、こういうような不一致な点が出てくるのですが、それは今あなたの方では財産になったとかどうとか言われるが、それじゃどこにそれを説明してあるのですか。
  60. 大竹民陟

    ○大竹政府委員 三十五年度について例を御説明いたしますと、収支決算書の借入金の償還費、これは三百九十八万二百二円というものが収支決算の中では損失で上がっております。それに対しまして、損益計算の方では借入金償還費四十五万二千二百二円という数字が上がっておりまして、同じ借入金の償還費で額が違うということでございます。この損益計算の方に上がっております借入金の四十五万二千円、これは三十三年度に先ほど申しました桑江朝幸から借りました土地の支払金の利息と送金手数料を四十五万円、ことで払ったわけでございます。この収支決算の方に上がっております三百九十八万円、これはただいま申し上げました四十五万二千円と、それのほかにただいまの借入金の元本償還費を含めておるわけでございます。四十五万二千円のほかに三百五十三万八千円、これが元本の償還費になっておるわけであります。この元本の償還費を加えておりますので、収支決算の方では三百九十八万円という数字になっております。この元本の償還費は財産になってきておるわけでありますが、との財産はどこに計上してあるかということでございます。これは財産目録の三十五年度分の中、これで申しますと十ページのところの固定資産の中の土地建物費、これの中に入ってきておる、こういう関係になっております。
  61. 小川豊明

    小川(豊)委員 こういう収支決算なり財務諸表を作るときに、この動きというものを明確にしておくべきじゃないか。ところが、これを見ただけではこれは疑問を持つほかはない。いわゆる収支決算書、財務諸表というのは一致するのがほんとうです。しかしこれは一つも一致してない。その点でお尋ねしたいのだが、今あなたの説明を聞いていたらば、なるほどそうかと思ったわけなんです。そういう点で私は沖繩の援護の問題について申し上げたいと思うのは、こういうことをやらなければならない、そういうことをすべきだということがわかっておっても、一つはアメリカとの関係でできない。これはもう交渉とかその他の折衝とかあって困難だろうと思う。今お尋ねした中で、あなたの方で予算を作っておりながら、その予算というものは寄付金というものをあてにした予算だ。そして寄付金が入らないからこれはやれなかった。やらなかったものは非常に重大——重大というか、緊急やらなければならない仕事があなたの方ではなされていない。これは決算面でゼロ、こういう形でなく、もっと沖繩住民の諸君に対する援護の手というものは、確実に伸べられるような方法を講じられなければならない。こういうことを私は要約して言えると思う。そうでないと、こういうことを繰り返していたのでは、これはたなのぼたもちというたとえた言葉もあるが、それと同じようなことで、予算面でだけ見せられても、決算上はみんなゼロであったとしたら、これはどうにもならない。  それからもう一つは、教育指導主事の問題でありますが、これは沖繩の教育上の効果に非常に大きかった、こう聞いております。ところが、それが三十六年度ではやはりゼロにならざるを得なかった、非常に遺憾だと思う。そして三十七年度には計上した。これは話がついたから計上なさったのだろうが、そこにも強い沖繩住民の要望というものが、またあなた方の熱意というものが、アメリカ側との折衝に強く取り入れられなければならないわけなんであります。そういう点を私はここであなた方に強く要望して、この点での質問を終わります。  〔高橋(英)委員長代理退席、委員長   着席〕  次に恩給局にお尋ねいたします。  三十五年度一般会計の軍人恩給費は千四十億二千七百万円、三十四年度繰越額六十六億余万円、三十五年度繰り越しが九十五億余万円、三十五年度不用額は約三十億円、これには端数がついております。これは総理府説明によりますと、前年度繰越分は請求書の提出の遅延のためだということになっております。この詳細を承りたいわけです。  すなわち、毎年度多額の繰越額不用額をなぜ出さざるを得ないのか。末端の恩給受給者に言わせるならば、申請は、もらう方だからこれはできる限り早く出している。ところが、支払いの方は、二カ月も三カ月も待たされる。こういう不満の声も聞くわけです。請求書の提出の遅延というものは一体どこにあるのか。申請者にあるのか、役所側にあるのか。この点請求書の遅延によって膨大な金額が繰り越されているわけですが、この点はわれわれどうしても納得できないのです。この請求書の未整理件数は一体幾らあるのか。それから、この未整理の段階は一体どこにあるのか。市町村にあるのか、県にあるのか、あるいは恩給局の方にあるのか。それから、遅延の理由は何であるか。同時に、これを促進してもっとスムーズに動くようにするためにはどうしたらいいのか、どういうお考えがあるのか。これをわれわれの立場から逆に考えると、予算請求にあたって、あなたの方ではかなり見積もり過ぎをやっているのではないか、こういうことまで考えられるのですが、以上の点を御答弁願いたいわけです。
  62. 八卷淳之輔

    ○八卷政府委員 恩給予算につきまして、三十五年度から三十六年度への繰越額が九十五億、不用額が三十四億九千万円、約三十五億ということになっておるわけでございます。これにつきましては、結局恩給の裁定の伸びというものに関連があるわけでございます。見込みと実績との食い違いということがあるわけでございます。御承知の通り、軍人恩給、主として軍人恩給でございますが、軍人恩給の処理は、昭和二十八年からスタートしてやっておりまして、三十三、四年ころまでほとんど完了したといってもいいくらいでございます。しかしながら、なおいろいろ未帰還者であるとか、沖繩地区における死亡確認ができないとか、その他申請者側の事情によりましてなかなか進達が伸びないというふうな事情がございます。  ところで昭和三十四年当時——この恩給の中でも一番大きなウエートを占めるのは遺族扶助料でございます。この遺族扶助料を受ける権利のある人が大体どのくらいあるかと申しますと、これは厚生省の引揚援護局の方でその事務を扱っているわけでございまするけれども、その方の推定では、全体の数字としては百七十二万件あるであろうと推定されておるのであります。昭和三十四年当時公務扶助料ですでに裁定をされてしまったものが百六十六万ございます。従ってその差というものがまだ約六万ぐらい、その当時、三十五年度予算を組むときに六万ぐらいこれからは出てくるはずであるというふうに考えられたわけです。  この六万というものがどのくらいのスピードで出てくるであろうかということを、当時援護局——進達庁側の推定によりますと、約二万件ぐらいは出てくるということで、その推定に基づきまして予算を計上してございます。ところが、実際は三十五年度の実績といたしましては、なかなかその思った通りには進達が伸びておらない。その進達が伸びておらないという事情は、あの、当時として何が原因であったかと申しますと、一つはソ連、中共の抑留者、これはいわゆる死亡推定の法律が出まして、死亡宣告というものが出ますればはっきり死亡が確認される、戸籍上死亡とされまして、それに公務扶助料が出るという段取りになるのでありますけれども、その方の事務が必ずしも——はかどると言うと語弊がありますけれども、その方の見込み数が伸びておらない、どういうような事情、そのほか考えられますことは、いろいろこの棄却——遺族年金なり弔慰金の棄却がございます。これに対する異議の申し立てがあるというふうなことで、異議の申し立てば厚生省のもとにおける援護審査会に異議の申し立てが継続しておる、それが解決してイエスということになれば公務扶助料に切りかわるというような件数もございます。またそのほか、当然遺族としての権利を持つ者として推定はされますけれども、遺族間のいろいろなあつれきと申しますか、家庭内の事情等で請求の段取りにならない、こういうふうなものもあるかと思っております。  そういうようなことで予算に計上いたしましたのは二万一千件、前年度からの繰り越しが六千件あったのでありまして、二万七千件予算としては用意しておったのでございますけれども、実績としては九千件しか伸びなかった。そこで差額の一万八千件ぐらいは三十六年度繰り越しになった。この公務扶助料というものは、三十六年くらいになりまするというと、結局新規裁定といたしましては昭和二十八年から九、十、十一、十二、十三、十四と六年分、つまり過去にさかのぼってもらうということになるわけであります。従って、一件につきまして、三十六年度に裁定になりますと、その方は年額五万円のほかに、さかのぼって前の金額約三十万円ぐらいのものが一人頭いくわけであります。従って、一千件につきましても大体三億くらいの予算がかかる。一万件となりますと三十億くらいの予算になる。こういうようなことで、件数が一万件近くになりますと、三十億から四十億、最近になりますと四十億から違って参ります。  そういうことで見通しと実績の間が食い違ったことはまことに申しわけないわけでございまして、見通しと実績が食い違わないで予算がどんぴしゃり、一文も足りなくもまた余りもしないということが理想の状態でございますけれども、どちらかと申しますれば、足りなくなって、そしてあわてて三月末近くになって補正を組むということよりも、少しくらいは余ると申しますか、足りるという方がいいわけでありますけれども、こういうふうに開き過ぎるということにつきましては、予算の編成上あまりいい方法ではなかったということは申せると思います。  今後の問題といたしましても、この百七十二万件というものは、現在まで百六十八万件ぐらいさばけておる、あと四万件ぐらい残っておるというのが厚生省の、進達庁側としての意見でございます。今後現在までの実績から考えますと、はたしてそれだけあるかどうかということは問題でございまするし、また、今後の予算編成上の問題といたしましては、何らかの段階において悉皆調査をやってみるというようなことも必要だと考えております。
  63. 小川豊明

    小川(豊)委員 それは繰り越しがこう出たという理由なのですが、もう一つお尋ねしておるのは、申請してもかなりひまがかかるということで、そういう不平というか、不満の声も聞くのだが、一体そういうのはどこでおくれるのか、あなたの方の本元まできて調査のためにおくれるのか、市町村の手続等がおくれるのか、どこでおくれるのか、この点について……。
  64. 八卷淳之輔

    ○八卷政府委員 最近ではこのように申請の実績もだんだんと落ちておりますので、当局側に進達がありますれば、手順よく裁定のところまでいく、証書が渡るというふうな事務的態勢はかなり完備されてきているわけでございます。しかしながら、それまでに、順序として申し上げますと、遺族扶助料の場合は、まず市町村役場の窓口を通って、県の世話課を通って、厚生省の本省の援護局に参りまして、援護局からさらに恩給局に進達になる、こういうふうな三段の段階を経ているわけです。進達庁側といたしましては、当時公務で死んだのであるという事実の証明書なり、履歴なり、そうしたものを精査いたしまして、整備いたしまして、そして恩給局に出してくる。もちろん恩給局に出して参ります場合は、恩給局といたしましては、遺家族援護法によって弔慰金なり遺族年金を受けた、すなわち厚生大臣が公務と認定しておるということでありますれば、それは即座に公務扶助料に切りかえて、公務扶助料の年金裁定をするというふうなことになっておりますから、事、恩給局に入りましての段階といたしましては、かなり早い時期に裁定されます。しかしながら、問題によりましては、その方がはたして公務で死んだのかどうかというふうなことの立証をするためのひまというものは、世話課なり厚生省の段階で相当かかっておる。また、ことにそれらについて、本人の考えは、公務で死んだのだと思うけれども、厚生大臣の方では、すでに弔慰金なり遺族年金の裁定において棄却しておる。そこで、それに対する異議の申し立てあるいは不服の申し立てをしておるというふうな問題になりますと、相当ひまがかかるということになるわけでございます。現在、そうした書類は出したけれども、裁定がなかなかひまがかかるというふうな御不満の口は、おそらくそうした公務認定の認否の問題についてトラブルがあるというケースじゃなかろうか、こう思っております。
  65. 鈴木仙八

  66. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 科学技術片に……。三十五年度科学技術庁歳入予算を見てみますと、核燃料物質貸付等収入の見積りが、二億六千五百五十四万一千円の計上をされておりますが、実際に収納した額はわずか千五百二十六万四千八十四円で、残額の二億五千万円余が収納できていない結果になっているようであります。  そこで、まず第一に、こういう結果になった実情について御説明を願いたいと思うわけでございます。当初の核燃料の貸出計画は、供給面で国産品が幾らで、輸入品が幾らで、総量幾らであったか、また需要先の会社等の名称あるいは需要量を幾らと見込んでいたか、それが結果的にどうなったか、こういう点をまずお聞かせ願いたいと思います。  それから、続けて言いますが、これから数年先に日本の核燃料物質の需給の見通しはどういうふうなものになっておるのか。需給面において、国内資源及び国内生産能力はどういう見通しを持っているのか。将来インド等に対して日本が原子炉を受注するようなこともあると思われますけれども、この場合には核燃料はどうするつもりなのか、国内産燃料を供給するつもりであるかどうか、以上三点についてまずお尋ねいたします。
  67. 杠文吉

    ○杠政府委員 まず第一点の関係でございますが、御指摘の通りに、まことに多額の金を繰り越しておりまして、相済まなく存じておるわけでございますが、とれの原因といたしましては、原研、大学、民間企業等に設置されます原子炉の設置計画というものがいろいろ変更されております。従いまして、その燃料の手当というものが、原子炉ができ上がるのと見合って手当がなされなければならぬというような関係から、おくれているわけでございます。  お尋ねの当初の貸出計画におきましては、三十五年度においては、貸付を予定しておりますものが、核燃料物質は濃縮ウランとして百三十三キログラム、それからプルトニウムとして二百六十グラム、ウラン二三三として十グラムでございます。これらのものは国産するわけには参りませんので、すべてアメリカから賃借または講入することといたしておりました。ところが、実際に貸し出しましたものは、三十五年度末までに三件、ウラン二三五にいたしまして二十一キログラムでございます。  そのほかのものにつきましては、残念ながら繰り越さざるを得ないという状況になったのでありまして、その需要先について申し上げたいのでございますが、まず当初予定しておりましたのは、日本原子力研究所のJRR−1、すなわち一号炉がウラン二三五として二キログラム、これは三十二年五月に貸付を終わっております。それからJRR−2、すなわち二号炉、CP5、これが四キロ、これも終わっております。それから半均質炉の実験装置が十五キログラム、この三件が貸付を終了している例でございまして、そのあとCP5の同じく取りかえ関係といたしまして四キログラム、それから速中性子実験装置三キログラム、水均質炉実験装置二キログラム、軽水炉臨界実験装置四十キログラム、以上が原子力研究所でございまして、そのほかの関係は、近畿大学の原子炉に三キロ五百グラム、東海大学の原子炉に三キロ五百グラム、立教大学に二キロ三百グラム、武蔵工業大学に二キロ三百グラム、東京芝浦電気の原子炉に三キロ五百グラム、日立製作所原子炉に四キログラム、臨界実験装置四十三キロ八百グラム。それから次は、研究用のプルトニウムの関係といたしまして二百六十グラム、同じく研究用のウラン二三五が大学関係等で百グラム、同じく研究用のウラン二三三が大学、民間等の関係といたしまして十グラムという計画でございまして、先ほど申し上げましたように、その計画の大部分が、原子炉の完成の遅延に基づきまして、三件だけを除いて繰り越さざるを得なかったというのが燃料関係の実情でございます。  それから第二問は、需給の見通しでありますが、将来私の方の濃縮ウラン関係につきましては、おそらくただいま申し上げました計画の充足によってほぼ間に合い、それを取りかえ量として考えていけばよいのじゃなかろうかというふうに考えるわけでございますが、例の天然ウランにつきましては、東海発電所すなわち原子力発電株式会社が建設中でございまして、昭和四十年の四月から発電を始める予定になっておりますものが、金属ウランといたしまして百八十六トン程度のものを使用する。ところが、年間の取りかえがございまして、これが六十数トン年間取りかえ量として要るというふうに予定されておりまして、その中で国内でまかなえるものは、人形峠から出ますところの原鉱石を東海製錬所におきまして原子燃料公社が製錬いたしておりますが、その金属ウランの計画が年間約十六トンでございます。年間十六トンの供給量を国産品をもってまかない得るということでありますが、これは全く純然たる国産と申しましょうか、鉱石がすでに日本国内のものでございます。しかし外国からイエロー・ケーキという形におきまして輸入いたしまして、それを原子燃料公社及びその他民間会社の能力があるところにおきまして、金属ウランに変えて参りますならば、その大部分は国産でもってまかない得るのではなかろうか、また、できるだけ国産品でまかなうように指導して参りたいというふうに考えておるわけでございます。そのほかに天然ウランの必要な量というものは、もうごくわずかな量でございました。ほとんど大部分は東海発電所用ということに相なろうかと考えておる一わけでございます。  次に、第三問のインド等に対するところの燃料の輸出をどう考えておるかというお尋ねでございますが、インドがコールダーホール型の原子炉を入れたいという考え方を持っておるということは事実でございまして、目下入札に応募する人を募集している段階にございます。英国のGEC社がその入札に応ずる態勢でございます。その下請関係といたしまして日本の富士電機会社がそれに当たるということになっておりますが、燃料につきましては輸出する予定はございません。ございませんが、将来しからばどうするのかという御疑問もあろうかと思いますが、将来にわたりましては、もしも平和利用の保証が取りつけられました場合には、燃料も輸出してもよろしいというような原子力委員会の政策決定をいたしておるわけでございます。ただ、平和利用の保証が取りつけられなかった場合には、燃料は輸出しないというふうな政策と相なっておるわけでございます。  以上でございます。
  68. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 原子燃料公社を中心とした問題につきましては、また時間をあらためてお尋ねをしたいと思います。  次に原子炉の建設援助資金の受け入れが一億二千五百三十七万円アメリカから入っているようでありますが、これは当初の予算計画には上がっていなかったようでありますけれども、これはどういう趣旨で、いつごろ受け入れを決定したのでありますか。一体アメリカはどういう目的をもってこういうことで援助資金が出されておるのか。この金そのものには一体どういう条件があるのか。こういう点などについてお尋ねいたしたいと思います。
  69. 杠文吉

    ○杠政府委員 この援助資金につきましては、アメリカのアイゼンハワー大統領のころにきめられたものでございまして、それは各国におけるところの研究用原子炉、これに限られるわけでございます。研究用原子炉の建設につきまして援助を与えたい、そしてアメリカが原子力の平和利用促進の一環といたしたいということでございまして、日本が受け取るまでにすでにドイツ、イタリア等四カ国において米国の援助資金を受けております。  そこで、日本におきましても、そのような援助資金をもらうことは、日本の原子力平和利用、ことに研究の促進に役立つものと考えまして、アメリカ側に申し入れをしたわけでございますが、その結果、三十五年の十一月二十五日に受け入れをいたしております。これは外務大臣が受け取りまして国庫の収入と相なっております。相なっておりますが、何ら条件はついておりません。単なる贈与、その目的は、先ほど御説明しましたように研究の促進にあるということでございますが、何らその贈与にあたっての条件はついておりません。
  70. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 そうすると、条件がついていないというなら、直接的な条件はついていないかもしれないけれども、間接的に、これをもらうことによって何かあるんじゃないですか。話を聞いているとだいぶうまい話ですけれども、どういうことなんですか。
  71. 杠文吉

    ○杠政府委員 まことにうまい話でございまして、乗らなければ損するというような金でございます。頭を下げて、代償として与えるというものは何もございません。やはりアメリカの世界政策のおそらくは一環だろうと思います。ただ、今のように軍事目的ではございません。明らかに平和目的のための研究用の炉に対しては資金の援助をするというだけのものでございます。
  72. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 うまい話だとあなたが言っているからうまい話でしょう。しかし、ただより高いものはない、こういうことが言われますし、それが今日のガリオア、エロアとかいうような形でわれわれには出ておるわけですから、あなたの言ううまい話かどうかという点について私は相当疑問がありますので、もう少しそれは検討さしていただくことにいたしましょう。  最後に、前から科学技術庁というとすぐ問題になるのはCP5です。あれはもうそろそろ一万キロ出さなければちょっと申しわけが立たない、そういう契約だと思っておりますが、それは今何キロ出ておりますか。
  73. 杠文吉

    ○杠政府委員 前国会におきましても、勝洋委員等々から大いに激励を受けました問題の炉でございますが、幸いにして昨年の四月から三千キロワットの運転を続けておりまして、今のところ何らの支障を起こしておりません。ただ、当時もお答えいたしましたように、二〇%の濃縮ウランにおきましては、やはり一万キロワットを出すことは、その後の研究の発達からいきまして多少無理ではなかろうかということで九〇%の濃縮ウランに切りかえました。なぜその当時切りかえなかったかということは、前回にもお答えいたしましたように、アメリカが二〇%でなければ出さないということでありましたので、その当時はやむを得なかったのでありますが、その後アメリカもゆるめましたので、九〇%の濃縮ウランを三月二十二日に受け入れをしております。そこで四月の半ばからそれを挿入いたしまして、七月の上旬には七千キロワット出せるというふうに考えておりますし、またそのように指導して参っております。それから、その後一万キロワットは、本年中には出し得るというふうに考えております。
  74. 勝澤芳雄

    ○勝澤委員 当初の計画からいいますと、神代の時代にいかに原子力局長が力説されても、計画から相当狂っておる。原子力そのものは、日本の今までのやり方から狂っておるわけですね。その狂っておるものが、今あなたが言われたように、七月上旬には七千キロ、本年中には一万キロ、私は出るとは思わないんですよ。もし出なければあなたがやめます、あるいは原子力局を解散します、とでもいうことでなければ、話はできぬと思います。なぜかといいますと、議事録の中で今一万キロを出すような答弁がなされておるのです。きょうはこれが目的でありませんから、詳細な議事録を持ってきておりませんけれども、当時の皆さんの答弁からいえば、今ごろは一万キロ出ていなければならないのです。むしろあれはでき上がったときに一万キロ出してこっちがもらうというのが普通の契約ですが、あなたが原子力局長でなかった時代ですから、局長どうだと言ってもいけませんが、これが一番いけないことだと思うのです。これはどうなんでしょうか。最初の計画からながめてみて、いろいろな欠陥が出てきたわけです。その欠陥というのは、技術的な科学的な欠陥もあった。その責任は学問的なものでありますからこれから追及しようとは思いません。しかし、政治的に、あるいは故意に、一万キロというものと国内の業者にやらせるということを結びつけた、そのために今日おくれたという原因については、会計検査院でもそうなんですけれども——百円でも二百円でも盗んだやつはみな首になっているわけです。しかし、それが規定の上から、法律の上から、うまくやったのは厳重注意くらいで終わっているわけですね。ですから、そういう点から考えると、このCP5をめぐっての問題というのは、大へんいろいろ問題があると思うのです。今七月の上旬に七千キロ上げるために努力をされているでしょうから、忙しいでしょうから、ひまがあったら一つお調べになって、一体どこに——もう技術的な科学的なことはいいんですよ。なぜ政策的なものが曲げられてきたのかという御検討を一つしていただきたいと思うのです。それだけを一つ要望しておきます。  それから、今の七月上旬の七千キロ、本年中の一万キロというのは、これは二回か三回だかだまされたと思って今まできたが、今度はだまされないようによく覚えておきますから……。
  75. 鈴木仙八

    鈴木委員長 本日の会議はこの程度にとどめ、これにて散会をいたします。    午後一時二分散会