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大平参考人 国際法学者といたしまして、また
国民の一人といたしまして、戦後の対日
援助の
処理問題につきましていささか
意見を述べさせていただきます。
戦後の対日
援助の
処理問題は長い間の対米懸案でございまして、この問題は
ガリオア・エロア資金等による対日
経済援助の
処理というわけであります。米国側が占領中に一方的に
援助した費用を
日本側が
債務としてこれを弁済する、こういう問題でございます。
敗戦直後数年間に、米国は
わが国に約二十億ドルと称せられている
援助を与えたことは事実でございます。この
援助は、
食糧、医療から石油、石炭、綿花など工業原料に至るまで、当時は進駐軍の
援助物資として
放出されたものであります。そうして、これらは恩讐を越えた米国からのプレゼントとして、そのときのわれわれは、これをありがたく受け取り、
感謝したわけでございます。つまり、
日本人は、ばく然とこれらが
借金だとは一般には
考えていなかったかもしれないのであります。それだけに、その後
債務として米国から請求され、これを知らされたときには、
国民の気持には確かに複雑なものがあったことは間違いないのであります。
〔
委員長退席、野田(武)
委員長代理着席〕
米国のこの申し入れが
新聞などに広く伝えられましたのは、
昭和二十七年末ごろのことでございます。これ以来、
国会での論争も大へん活発になって参りました。しかし、
援助というものを
無償であると思いまして、ありがとう、サンキューと、言えば、すべての
借金を踏み倒せる、こういう
考え方は、
日本人の東洋的な感覚ではないかという気がするのであります。ここに
国際的感覚とのずれを私は感ずるものでございます。エイドとい
言葉、
援助助でございますが、これは積極的に
他人を強める、助ける、そういうのでありまして、必ずしも
無償ではありません。
無償の場合もありましょうが、無価ということでなく、
他人を助けるというのが
援助でございます。たとえば
援助債券——エイド・ボンド、あるいは共済組合——エイド・ソサエティというような場合に、金を集め、そして仕事をさせるということ、そういうことが重要なのでありまして、必ずしも有償
無償を問わないのであります。
これを
国際的に申しますれば、
ソ連がいろいろな
経済援助をやっておりまするが、中共に対しまして決して
無償では出しておらないのであります。私もその点調べたのでございますが、長期の借款と貿易関係とをさしておるのであります。従って、ガリオア資金並びにエロア資金、そういう性格をわれわれが
考える場合には、これは
援助という
言葉だけではこの問題をつかむことはできない。そこで、沿革的なことを
考えてみる必要が起こってくるのでございます。
ガリオア資金というのは、
占領地救済資金、ガバメント・アンド・リリーフ・イン・オキュパイド・エリアズの訳語でありまして、
占領地救済のために設けられた
アメリカ陸軍省の予算でございますが、
日本、沖縄、ドイツ、オーストリア、朝鮮等に
供与されたことは御承知の
通りでございます。ガリオア資金は、
占領地の住民の最低生活を維持し、社会不安と病気とを防ぐために
供与されたものでありまして、
アメリカから直接に
食糧、肥料、医療品等の治安安定
物資が輸入されたのであります。
次に、エロアというのは、
占領地経済復興資金、エコノミック・リハビリテーション・イン・オキュパイド・エリアズの訳でございまして、
経済復興のために使用される生産手段を供給するというような磁極的な
意味を持っていたのでございまして、初めはガリオアでございましたが、後にエロア資金が
供与されるようになって、額もふえて参りました。一九五〇年、トルーマン大統領の教書によりまして、岡者の資金の区別は廃止されたのでございます。
ところで、この両資金その他の
援助物資があるようでございますが、
アメリカ側としては、初めからこれを
無償であるとは言っていないのであります。
贈与であるというふうに言明したことがない。受け取る方が何と
考えたかということは問題がございますが、向こうでは
贈与であるということは言っておらないのであります。先ほどからその点はだいぶ繰り返されておりまするが、一九四七年の
極東委員会の決定の中にもこの点が触れてあります。また、米国陸軍省のガリオア予算として計上されておるのでありますが、そのときの説明にも、向こう側としては、
無償である、恩恵であるというふうには決して言っていないのであります。これは
アメリカのタックス・ペイアーに対するいろいろな感じを
考えているわけでございましょうが、特に
日本は
戦争をしかけた国である。そういう国に対して多額の金を出すということに対しては、相当の気がねもあったようであります。一九四七年の二月二十日、マッカーサー元帥が米国
議会に対しましてメッセージを与えておりますが、これは
日本の
債務となる、
援助は慈善ではない、また
日本国民も慈善を欲していない、——どういうふうにして
日本が慈善を欲していなかったと判断しかおかりませんけれ
ども、そうマッカーサーは言っておるわけであります。これは
日本の
新聞に翻訳されて出ておるわけでございます。その他の当局の証言もやはり同じような趣旨のもとにやっておることは
御存じの
通りでございます。それから、
援助物資が渡されるとき、特に最初に引き渡されたときに発せられたところの連合国
司令部の
日本政府あての
覚書には、この場におきましてもたびたび言われるように、この
援助物資の
支払いは後日これを決定するということが例文的に書いてある。例文的に書いてあるからこれを無視するということは、それでいいのかどうか、これはやはり解釈の問題でございますが、私は、ちゃんとそういう
意思をはっきりさせておったということだけは疑いをいれないのであります。
それから、阿波丸
請求権の
処理のための
日本国政府及び米国
政府間の
協定の付属の了解事項というものがございます。この中で、占領費及び
日本国に
供与されたところの借款及び
信用は、
日本国が米国
政府に対して負っている有効な
債務である、これらの
債務は、米国
政府の決定によってのみこれを減額し得るものであるということをうたっているのであります。これは
国会に報告されておるのでありまして、公式の文書になっておるものであります。当時
日本は占領下にあったおけてございますが、しかし、
日本政府の了解事項といたしましても、米軍の
立場をわが方が了承したということだけの
意味ははっきりしていると思うのであります。
以上のように、米国側といたしまして、
無償贈与と
考えていたとは
考えられない。占領中の対日
経済援助を当方はどう
考えているか、お人よしの
アメリカさんがプレゼントしたんだ、クリスマスでもないのしにプレゼントした、こう早合点した。困っているときではあります、そう
考えれば、確かにガリオア
援助問題というツケを
あとからもらえば、
日本人はきれいさっぱりなことを好みますから、
あと味の悪いという点はないわけではない。しかし、またよく
考えますと、
日本人くらい恩を
考えている
国民はない。水をくれる親、あるいは一宿一飯の義理、ちょうちんを借りた恩、武士の名、こういうことわざのような
言葉がございますが、何かそういうような
言葉によりまして、こういう問題を
処理してきたと思うのであります。しかし、もしそういへ
処理の仕方だとすると、医者の薬礼は先次第で、結局信義関係で、
債務だか
債務でないかわからぬというようなことになるかもしれない。しかし、一体、ありがとう言えばもうもらったも同様だという
考え、これは、割勘でなくて、そういうのをモズ勘定と言うんです。
他人の財布だけあてにして払わたいというのはモズ勘定である。
外国人と一緒に飯を食えば、やはり割勘でやるというのが
国際的なルールなんですね。こういうような
国際的なルール、いわば
国際法で
考えたらとうなるか。このためには、東洋的な感情論をしばらくおきまして、客観的な
国際社会の通常のルールに従って
考えてみたいと私は思うのでございます。
そういたしますと、戦後対日
援助資金の法的性格というのがどうなるかということが問題に相なるのであります。占領中に米国側から一方的に
供与されたところの
経済援助は、先方は
無償で提供したものでないと言っているのですから、その点ははっきりしておる。いかなる
債務であるか、その間に正式なる
条約はない。何か
条約らしいものはある。そういうふうな何か
債務と心得るというような了解らしいものはある。しかし、はっきりしたいわゆる
国際法上全権
委員が署名調印し批准したというようなそんな
条約はないわけでございます。
日米間に正式な借款
協定が結ばれた上での
物資の輸入ではなく、
占領軍が単独で
処理した、いわばあてがい扶持のような感がないわけではない。ガリオア
放出は
占領軍が占領政策の一環としてやったということ、これは疑いをいれない。しかし、正式にわが方の合意を得たものでないとするならば、これをどういうふうに見るか。しかも、この場合に、
日本を占領した占領の特殊なる状態を思い出さないわけには参らないのでありまして、従来の
国際法上の占領制度というもののカテゴリーに必ずしも入っておりません。普通の戦時占領でもなく、また、講和後の保障占領でもなく、終戦後に行なわれた長期にわたった特殊な占領でありまして、ドイツのような場合におきましては、一時
政府がなくなってしまった。ところが、
日本では、無
条件降服をしたようなしないような特殊な関係でございまして、降服文書に調印したというのでありますから、若干合意しておる。必ずしも一方的な占領ではないのだけれ
ども、しかし、残ったところの
政府はすっかり頭を押えられておる。こういう形であって、当時のマッカーサーの権力というものは全能でございます。そこで、対内的、対外的なわれわれの国の統治活動が制限されておる。いな、なかったと言っていい分もあるわけです。従って、貿易もできない。
物資を輸入することもできない。さて迫ったところの
飢餓をどうするか。外貨もない。このときに
ガリオア・エロアというものの
放出があったわけでございます。これらの問題は、講和
条約ではっきりときめればそれはきまるべきものであります。しかしながら、それはきまっていない。また、占領にもあまり関係がないような借款とか
信用というのを講和後の問題として
処理するというのも、決して不自然ではないのであります。しからば、この性格をどう見るか。私は、民法の理論、私法理論によりまして、これを契約ではないが契約に準ずるクワジ・コントラクト、準契約という
考えでつかまえるのであります。具体的に申しますと、
日本民法における、——大陸法的な
考えでございますが、これを事務管理と
考えます。ガリオア資金は
占領地のための必要
物資の購入その他輸入代金の
信用にかかるものでありまして、これは、いわば一種の
経済的な、
物資に関係あることでございますので、こういう国家の
経済的行為に関しましては、民法理論、私法理論を当てはめて類推いたしまして
考えてよいと私は思うのであります。法の一般原則というのは、
国際司法裁判所の裁判規則にもあるのでありまして、こういう問題がもし
国際司法裁判所に行くとすれば、おそらくそういう私法理論を類推して、文明国に認められた法の一般原則に、よって裁判すると
考えられます。
この準契約もしくは事務管理というものは、たとえば海難の救助、船が海難いたしましたときに救助してもらうその費用の問題、逃亡家畜の管理、牛や羊がにげた場合に、だれかそれをつかまえてくれていろいろな費用がかかったというような場合、無能力者に生活必需品をやったという場合にあることで、何か私は、当時占領下において
日本が限定能力者であったのではないか、その間に向こうがあてがい扶持をしたのだから、この無能力者に生活必需品を
供与した、こういうような関係ではないかとさえ思うのであります。こういうふうに
考えますと、向こうは代金をとる、費用をとる、こう
考えても、こっちはそういう払うという
意思は必ずしもないかもしれないが、事柄の性質、全体の環境からいたしまして、やはり
債務関係が生ずるものでないだろうか。たとえば、こういう
国際法的な問題といたしますと、一国の軍艦が海難にあった、そういう事実があった、こういった場合に、向こうが救助してくれたということ、これは決して国家が
債務を負担する行為ではなくて、向こうが助けてくれたので、
債務を負担させる行為が助けられたときに現実にあるのですね。そういう事実関係がありましたときに、
あとからその費用のツケが来た、いろいろそこで精算をする、そして最後に払うという
条約関係ができる、こういう関係ではないだろうか、こういうふうに
考えます。
では、事務管理を
国際法の
債務発生原因と
考える
考え方がたいかというと、たとえば、第一次大戦後、ベルサイユ
条約第三十四条によりまして、人民投票を
条件として、オイペン及びマルメディ、これかベルギーの方に割譲されるようになったのでございますが、人民投票が行なわれる前に、ベルギーがこの事務管理者として公平にこの問題を
処理してほしいということをドイツは要求しておるのであります。ですから、
一つの先例はある。学説的に申しますと、ウィルヘルム・ヘフター、このヘフターというのは、明治初年におきまして
日本文でも翻訳されておる有名な学者でありますが、その著者の
国際法の私は八版を読んだのでありますが、二百十八ページに、契約によらない
義務のうち許された法律事実として準契約、クワジ・コントラクトというものを、私法理論を類推して公法で認めてもよろしい、こう書いてあります。でありますから、これはやや自然法的な
考えでございまするが、いわば英法におけるエクイティ、衡平の原則に基づいて、事柄の性質上
債務が発生している、こういうふうに私は
考えるのであります。こういうふうに
考えまして、
日本の占領された占領費というものは、
国際慣行によりまして敗戦国が負担する。向こうも、
日本の人民の生活
復興というようなものについて、向こうが積極的に貢献する費用を払った。
日本が占領費を払うなら、もちろんとしてそういうものを払うべきではないか、こういうもちろん解釈も私は成り立つのではないかと思います。
このガリオア
援助の
債務性につきましては、もちろん
反対論はあり狩るのでございます。私は、法の一般原則に従って、事実の性質上その費用は
債務だと心得ておるわけでございますが、もちろん、その
反対論、これは、先ほど
議論に出ましたヘーグの
陸戦法規の第四十三条でございまして、
占領地の法律を尊重し、公共の秩序及び生活を回復確保するために施し得る一切の手段を占領者はしなければならない、こういうのであります。これは、そういう一切の手続をして生活の安定をはからなければならぬという
義務が占領者にあるけれ
ども、しかし、同時に、これは
無償だということはだれも言ってない。むしろ原則として現地調弁です。(「税金をとっている」と呼ぶ者あり)——税金ももちろんでありますが、徴発、あらゆることがやれる。従来の税金をとる取り立てもあるし、軍の必要なる軍票を発行してとるとか、いろいろなことをやるわけです。そういうふうに、この規定をもって
無償だというわけにはいかない。逆に、
占領地の法律を尊重しという点が、基本法を改正し、民法を改正し、あらゆる
日本の在来の法律を改正したという点について文句を言うなら、この規定は生きると思いますけれ
ども、
ガリオア・エロア問題についてこの規定を引用するのは、必ずしも適当でないと私は
考えているわけであります。その点はもっと申し上げてよろしいのでありますが、一応私の
意見だけを申し上げます。
それから、対日平和
条約第十四条(a)項でございますが、これは間接軍事費と直接軍事費の問題でございまして、連合国が占領の直接軍費に関する
請求権を放棄している、だから、こういう
ガリオア・エロアのような
援助債務は放棄したと解釈できないかということです。これは、法律の方で断わった場合には、つまり特殊的なものをちゃんと断わったという場合には、他のことは、それは逆になる。こういうことになるのでありまして、面接軍事費を放棄したということは、逆に間接軍事費に関する連合軍の
請求権はそのままだという
意味であります。これは当時のことですから、
日本政府もそれをのまざるを得なかった。起草者の意向、たとえばダレスの意向でありますが、一九五一年の三月三十一日、ホイッティア大学における演説がありますが、米国は占領開始以来
日本国内の社会不安と
経済不安とを防止するため救済費と
経済援助費として約二十億ドルをつぎ込んだ、それは米国がこの問題と主要点領国としての責任とをいかに真剣に
考えているかを実際にはかり示すものである、しかし、米国には占領終結後無期限にこのような
経済的
援助を続ける用意はない、また賠償有権者が
日本から取り立て得るところのものを
アメリカが補充するというようなこと、肩がわりしようということは
考えていない、事実、米国は、戦後の米国の対日
援助はある程度の優先的な取り扱い、プライオリティ・ステータスを受けたいと
考えているんだ、こういうことで、これが賠償と
援助費との間のつり合いでございまして、
援助費、
ガリオア・エロアは払わなくてはならぬから、賠償の方も少なくしてほしい、これは
日本の
外交交渉にだいぶ役に立った点ではなかったかと私は想像するのでございますが、
アメリカ側としては、むしろこれを残しておいて、
日本の
外交交渉を助けるという
意味であったのかどうかわかりませんが、そういう
意味ではないでしょうが、とにかく、それを残すということは、起草者ははっきり言っている。そして、サンフランシスコ平和
条約の解釈につきましても、
日本政府はそういう解釈をとっておるのであります。向こう側としてはやはり大いに念を入れておるのでありまして、先ほどの時効にかかるなんというのはとんでもない話で、毎年のように請求されてきたわけです。サンフランシスコ
会議でも、ドッジは、一応、めでたい講和の席上であるにかかわらず、はっきりと、
日本はどうして、ガリオアを払うつもりかというふうに催促しているのであります。一九五三年のワシントンの池田・ロバートソン会談におきましても、ガリオア問題というのは重要な会談の課題の
一つであったのであります。外務省の情報部で発行しました平和
条約の解説の中でも、これはいわゆる直接軍事費として放棄したものの中に入っていないということははっきりしておりますし、
国会の西村熊雄
政府委員の答弁でも、その点をはっきりさしております。それから、民間で発行されました代表的な解説書にも、はっきりとその点はうたってあるのでございます。
しかし、私は、
アメリカが与えましたところの
援助を全部
日本が
債務として負う必要はないというふうに
考えます。ガリオア
援助が有益である限り、事務管理にいたしましても、必要であり有益な費用は、——むだに使った費用はこれは負担すべきではないが、有益なる費用は払う、これが私は重要な点だと思うのであります。
日本の
債務でありまするが、しかし、英米法の準契約の理論というのはちょううど不当利得の理論でありまして、こちら側が不当に利得してはいけない、利得があるならばそれを払え。ですから、
日本側に利得があるか、それが有益であったかどうかということをやはり
日本としては十分に
考えてよろしいのであります。
ガリオア・エロアその他の
援助の費用償還
義務というのは、その事実があったからだけで
債務が確定するものではない、その
援助が本人に及ぼした有益性によって測定されて確定するものである、こういうふうに
考えるのであります。そういう事実、
援助されたという法律事実はある。しかし、その事実だけでは、一般的な不特定な
債権が発生するにとどまる。
債権の目的額というものは、具体的にはその後のつけ落ちをいろいろ調べ合わせて、これで双方納得するというところで初めて具体的になる、こういうふうに
考えるのであります。
しからば、どの程度まで
ガリオア・エロアは
日本に役立ったか、私は二つの役割を持っておったと思います。第一は、
わが国はこれによりまして必要とする輸入
物資の大部分を外貨を払わずして輸入することができた。敗戦直後の
昭和二一年から、二十六年に
援助が打ち切られるまでの間に、対日
援助によります輸入は、
わが国の総輸入額の中で占めておりました割合は年平均三八%、これだけの
物資がこの
ガリオア・エロアの
援助によりまして
日本に入ってきたわけです。何と、敗戦直後二、三年の間におきましては、六〇%から七七%までの必要
物資を
外国から輸入することができたわけであります。第二は、これらの
援助物資はただ消費されるだけではなく、民間への
払い下げ代金は財政の中に繰り入れられまして、
わが国経済の
復興に役立つように使われていたのです。これはGHQの方の指令、サゼスチョンによりましてやったのであります。対日
援助物資の売却代金は、
昭和二十四年三月末までは貿易資金特別会計に繰り入れられております。この会計は複雑な内容を持っていましたけれ
ども、この金で当時の悪性インフレーションによる割高の輸出品を買い上げて、これを安い
国際価格で
外国に輸出する、いわば輸出補助金というような価格補正をしておったわけです。補給金のような面を持っておったのであります。輸出促進を通じまして生産を拡大するような役割を持っていたのであります。この
経済的なことは、私
専門家でありませんが、一応目を通して調べますと、非常に有益であり、インフレーションを防ぎ、
飢餓を防ぎ、そして
日本が今日まで
復興するもとを作ったと
考える。いわば有益性は十分にあった。特に、国有鉄道、電力、海運、そういうふうな基幹産業について、このものが生き返った。これは
国民として十分に
考えなければならぬというふうに思うのであります。しかしながら、これはやはり利益が向こう側にあるならばこれを相殺してよろしい。私はその点を
考えております。従って、向こうが余剰
物資を持ってきた、そういうものの処分という面があるならば、その分はやはり金額の方でかげんすべきである。そういうふうにかげんすべき点をももちろん
考えなければならないと思います。
時間が来ましたので、最後に私は、この一月に
日米のこの
処理協定が
締結されたのでありますが、この
協定は、数年前にやっておりましたのは五億五千万とか何とかを
日本へ要求したのでありまして、ねばりにねばって四億九千万ドルというところまで来たのでありまして、安い方がいいにきまっているのでありますが、しかし、大体このへんのところがいいのではないか。しかも、賠償というような問題が一応片がついた。
西ドイツの場合には三分の一というのでありますが、こちらも同じような割合で割引してもらっておる。とするならば、これでいいんではないか、こう思います。私は事務管理というやや大胆なる立論をいたしましたが、もしこの理論が間違っているとすると、これは事実は非常に特殊な関係から出てきたのでありまして、無
条件降伏を提唱した故
アメリカ大統領ルーズベルト自身に責任があるので、
大平には責任がないと思うのです。
西ドイツ側におきましては、この問題を
処理し、さらに、ドル防衛のために、
西ドイツは一括して繰り上げて払っておるようであります。そういうことでございますので、この
援助の事実をわれわれは認め、そして
政府としてしかるべくこの点で手を打ったのでありますから、信義を重んじて通過さしていただきたいと思っております。
最後に、イギリスのことわざに、ペイ・ウイズ・ザ・セーム・ディッシュ・ユー・ボロー、あなたが借りた同じ皿で払えという、決して
借金を踏み倒すのではない、高過ぎるでもない、ちょうどいい同じ皿で払ったらいいだろう、少なくとも
西ドイツが払った同じ皿でわれわれは払ったらいい。
以上で私の話は終わります。(拍手)