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春日一幸君 私は、
民主社会党を代表し、今回の
株価の
暴落について、
政府に対し、緊急を要する諸問題について
質問を行ないたいと存じます。(
拍手)
株価は、七月の新
高値を頂点として、自来、大
暴落に陥り、ために、
証券業界、
産業界は
もとよりのこと、広く
大衆投資家は、まさに
恐怖的衝撃を受けつつあるのであります。一体、ここ数年来高らかに喧伝されたあのような
証券ブームが、
かくも急激にくずれ去ったその
原因は何であるのか、またその
責任の所在はいずこにあるのか、しこうして、この
異常事態を収拾するために、
池田内閣のとらんとする当面の
対策は何か、加えて
証券市場に再びかかる波乱を生ぜしめないための
恒久的施策は何か、
事態の緊急かつ
重要性にかんがみ、
総理並びに
大蔵大臣より、それぞれ
責任ある御
答弁を願いたいと存じます。(
拍手)
まず第一に、
株価暴落の
原因とその
緊急対策について伺います。
御
承知の
通り、
株価は、七月十八日のダウ千八百三十九円の最
高値から、この間、若干の起伏はありましたけれども、昨十月二十六日には千三百四十九円四十八銭と、その
値下がりは、実に四百八十九円五十二銭、二六・六%の大
暴落を演じておるのであります。すなわち、七月十八日の
株式時価総額七兆二千六百億円
見当のものが、現在は五兆三千三百億円
見当に
値下がりをいたしまして、その
差損額は一兆九千三百億円という、まさに本年度の
わが国予算総額に匹敵するほどそれは巨額なものであるのであります。
ここに、この
値下がり金額を
株式の
分布別に区分けいたしますならば、
個人所有のもの、三兆二千八百億
見当のものが二兆四千億
見当と、その
値下がり額は八千八百億円、
投信所有のものは、七千七百億円
見当のものが五千六百億円
見当と、その
値下がり額は二千一百億円、
証券業者所有のものは、二千億円
見当のものが一千四百億円
見当と、その
値下がり額は六百億円と、それぞれ推算されておるのでありますが、このことは、今後
わが国国民経済の各般にわたり影響するところ、きわめて甚大なものがあろうと思うのであります。実に、この一兆九千三百億円という
国民の資産が、ここ三ヵ月の間に行方も知らず、それは文字
通り雲散霧消してしまったのでありまして、
当事者たちは、何か異様な
災害に見舞われた
被災者のように、ただ、ぼう然と立ちすくむばかりであります。
池田総理並びに
水田大蔵大臣は、一体この
事態を何と見るか。
新聞論評を初め世論は、この
原因をあまねく論究いたしまして、これを
池田暴落と銘を打ち、
池田内閣の
責任を鋭く追及しているところであります。すなわち、
所得倍増と
高度成長政策でそのスピードに拍車をかけておいて、
国際収支の
逆調にあうや、突如として
総合引き締めの急ブレーキをかければ、ある者は転倒し、ある者はぶつかり合って、それぞれが大きな傷害を受けることは、けだし当然のことであります。すでにしてその
犠牲として気の毒な
自殺者すら出たのでありますが、この上、破産、倒産が続出した場合、はたして
池田内閣の
責任はどのようなものでありましょうか。すべからく
政府は、自説や行きがかりに固執することなく、われらが当面する
国民経済の実相を誤たず認識されて、その主張や抱負がいかがあらんとも、その
施策のために一人の生命も縮めるべからず、一個の財産もそこなうべからず、
国民尊厳の憲法の
もと、
政府はその分限を忘れずに、今こそ
責任をもってその
対策を講ずべきであると思うのであります。
政府は、このほど、
証拠金率の引き下げ、
代用証券の掛目の
引き上げ等、
信用取引の
規制緩和を中心として、その他二、三の
措置をとりはいたしましたが、
事態のいよいよ深刻なるにかんがみ、これをもって能事足れりとせず、この際、さらに実効ある
総合的対策を即刻に打ち出すべきであると考えるが、
政府の御方針はいかがでありますか、
大蔵大臣よりその
具体策をお示し願いたいと存じます。しこうして、その
原因と、この結果を冷厳に見比べられて、
総理は、この
事態を収拾するためにいかなる御決意をお持ちであるのか、あわせてその
所信を表明いたされたいと存じます。(
拍手)
なお、今回のこの
株価の
暴落は、直接的には
池田内閣の
政策の
衝撃によるものとはいえ、同時に、その一半の
原因は、
現行証券行政の随所に、憂わしきその病根を伏在せしめておることにありと思われるのであります。すなわち、
現行証券業界の実態は、
証券取引法の目的やその精神からいつしか隔絶し、今や
証券取引所の運営は、
実質上、一部
巨大業者の恣意にゆだねられて、その機能はそこなわれ、その
公共的使命ははなはだしくゆがめられるに至りました。これことごとく必要なる
立法措置、
行政措置を怠り、かつ、誤った
政府の
責任でありまして、今回
投資家大衆のこうむった損害の大きさにかんがみ、
政府のこの過怠は最も強く糾弾されなければ相なりません。私は、
証券取引法がいうその目的を達成するためには、しこうして今後このような異様な変動をなからしめるためには、この際、証券
行政の各般にわたり、
根本的大改革を断行する必要があると思うのであります。
以降、その最も重要なる諸点を指摘して、
政府の所見をただしたいと存じます。
まず最初に、証券会社の行なう誇大な宣伝広告の取り締まりについて伺います。
ここに証券業者は、今日までピープルズ・キャピタリズムとかマネービルとか、特に証券貯蓄などをキャッチフレーズにして宣伝力を縦横に駆使して、あの
証券ブームの造成に狂奔して参りました。なかんずく四大証券は、あらゆる宣伝のじゅうたん爆撃に加えて、さらに数万人に上るセールスマンの人海戦術を併用して、
大衆投資家を誘引し激しくかり立てて参りました。それは、四大証券の決算書が、一社当たり年間宣伝広告費を、少なきといえども六億円、多きは十億円を計上していることが、雄弁にこれを立証するところであります。
大衆投資家は、
かくのごとくにして、証券貯蓄なる魔性の文句に魅せられて、
株式や投信の顧客となったものであります。
今日、全国上場会社の個人株主数は、その実数ほぼ五百万人と推定されておりますが、この個人株主の五五・八%、
投信所有者の六三・六%は、年収六十万円未満の中級サラリーマンの家庭人であるといわれておるのであります。ここにこれら善良なる家庭人たちは、証券業者の猛烈なる勧誘に従った結果として、このように甚大なる損失をこうむりました。このことは、明らかに証券業者が、あたかも「株は買えば上がるもの」と大衆を誤認させるほどの、強烈にして印象的な誇大宣伝を行なった結果でありまして、今次の
株価の大
暴落の
原因がいかがあれ、かかる誇大広告は、一般大衆の判断を誤たしめる基であって、これは証券業者の重大なる背信行為と申さねば相なりません。まことに証券貯蓄というようなキャッチフレーズは、
株式の本質と
株価騰落の
実績にかんがみるならば、これは不実の表現と断ずべく、本来、
株式は貯蓄性のものというより、より多く投機的性向を持つものであることは明瞭であります。すべからく
政府は、この種の誇大広告は、今後厳重に取り締まるべきものと考えるが、
政府の方針はいかがでありましょうか。
なお、証券業者が注目株、有望株、特選株などといって、
大衆投資家に盛んに株を推奨しているが、これには推奨する前に極秘裏にその銘柄を買い集め、その値段を引き上げたところでこれを売りさばくというからくりが介在し得ることを見のがしてはなりません。このようなことは、推奨株の名によってその株を大衆に
高値でつかませることにほかなりません。
かくのごとき投資家を食いものにするようなおそれある行為は、
大衆投資家を保護する立場において、これまた、今後は厳禁すべきであると思うが、
政府の見解はいかがでありますか、
大蔵大臣よりあわせて御
答弁を願います。
次は、証券業者の職能分離の問題について伺います。
現行法上、証券業者は、一定の要件を備えれば、引受業務、分売業務、委託売買業務、自己売買業務のそのことごとくを兼営できる建前になっているのであります。さらに加えて、投信業務は形式上分離されはしたものの、その実体は、証券業者が委託会社の
株式を一〇〇%保有することによって、依然として証券業者がこれを牛耳っているのであります。現に四大証券はオールマイティで、これらことごとくの業務を証券百貨店のごとくに兼営し、これによって社債の引受及び売出手数料、投信手数料、委託売買手数料、自己売買益、
信用取引関係利益等莫大な
利益をおさめ、現にあのようなマンモス的成長を続けているのであります。
かくて、四大証券は、東京
証券取引所における
株式売買高の七〇%、公社債引き受けの八〇%、累積投資の九〇%を独占しているのであります。このため、四大証券と中小証券との格差は、雪とたどん、マンモスとネズミほどの相違と隔たりを現わして参りました。従って、中小証券は、生きるためにいつしか四大証券の軍門に下って、その自主性はおおむね失われつつあるのであります。現に東京
証券取引所の会員業者九十九社のうち、六十五社は四大証券の系列傘下に組み入れられて、四大証券は、これら系列証券を巧みにあやつって、時に裏玉、回し玉の方法により、これを相場操縦のための仮装売買の
相手方としてしばしば活用していることは天下周知の事柄であります。
かくて、これら系列証券の売買高を含めますならば、四大証券の市場占拠率はおそらく九割以上のものとなりましょう。これ天衣無縫にして不覊奔放、まさに四大証券無拘束
状態といっても過言ではないのでありましょう。まことに四大証券とその他の証券業者との間にこのような隔絶した格差があっては、独禁法の企図している公正かつ自由なる競争が行なわれ得る
可能性はありません。
もとより、独禁法は事業規模が大きいことを禁止するものではないとしても、さりとてこのように事業規模の格差をますます拡大していくような制度をそのまま放置しておくことは、独禁法の精神に反するの最もはなはだしきものと申さねばなりません。
政府は、この際、証券業者の職能を分離することによっておのおのその所を得しめ、これらが総体として公正かつ自由なる競争を行ない得るよう、その基盤を整備すべきであると思うが、
政府の御見解はいかがでありますか。
ことに、自己売買業務と委託売買業務との兼営は、自己のためにする業務と、顧客のためにする業務との、この利害相反する業務を同一人格によって行なわしめるものであって、言うならば、ネコとネズミを一つの場所に同居せしめているようなもので、
かくのごときは、
大衆投資家の
利益が保護される態勢のものではありません。
政府は、この際、
証券市場の公正なる運営を確保するために、まず、証券業者の職能分離を断行して、証券取引業の全般について抜本的大改革をはかるの
意思はないか。この
株価大
暴落の手痛い経験を禍福転輪の転機に生かされるように、強く
政府の決断を求めてやみません。
次は、売買仕法、特にバイカイの是正について伺います。
証券取引所における売買仕法として、さまざまなバイカイ行為が認められているのでありますが、ここに四大証券は、全国の営業網と、その投信を牛耳ることによって、最も多くこれらのバイカイを利用し、
かくて取引所取引の五〇%以上が、この四大証券のバイカイ行為によって占められていることは、特に重視されなければなりません。申すまでもなく、本来、取引所は、大量の需要と供給をここに集中せしめ、これをせり売買に付することによって、公正な
株価の形成を行なう公的機関でありますのに、
かくのごとくにしてバイカイが全取引の五割以上も占めることは、本来のせり売買を狭めることになって、今や、取引所の公的機能はそこなわれ、その意義は大きく失われつつあるのであります。しこうして、昨今の投信の
株式保有率は、全上場株数の一割に達し、また、四大証券の自己保有株は、全上場株数の五分ぐらいでありますから、これを合すれば、四大証券の持つ自由操作の
株式は、全上場株数の一割五分に達するものであります。ここに、全上場株数のうち、市場に出回る浮動株はその半分程度でありますから、従って、四大証券が自由に操作できる株は、浮動株数の三割を占めるものであります。すなわち、このことは、四大証券が
株式市場において、需要と供給の三割を動かす力を持っていることを意味するものであります。
かくて、四大証券は、この巨大な力を背景に、このバイカイを巧妙に行なうことによって、
実質上相場の形成と相場の操縦について、圧倒的な支配力を持っているものと申さねばなりません。
かくて、現在の取引所は、あたかも四大証券がバイカイを振るための場所と化し去って、ために、公正な
株価を形成することを著しく阻害しているのであります。断じて看過すべきことではありません。
政府は、
証券市場の公正にして健全なる運営を確立するために、この際、少なくとも職能分離とともに、このバイカイ仕法の是正を断行することは、これまた当面する証券
行政上の急務であると思うが、これに対する
政府の見解はいかがでありますか、
大蔵大臣より明確なる御方針を述べられたいと存じます。
次は、証券金融の強化について伺います。
現在の証券金融三会社は、これは主として
信用取引に伴う融資と貸株のためにあるもので、これはむしろ
信用取引助成会社とも称すべきていのもので、真の意味の証券金融の機能を果たし得るものではありません。従って、今回の
株価暴落の手痛い経験に学び、この際、証券取引の円滑なる運営をはかるためには、何らかの方途を講じて、本質的な証券金融の道を開かねばならぬであろうことは、いよいよ痛感されているところであります。
たとえば、戦前の制度においては、すべての銀行が株券担保による手貸し金融を行なって、これらの要請を満たしては参りましたが、今や、証券取引高の増大と
株式への大衆参加の
実情にかんがみ、この際、銀行の機能を活用して証券担保金融の復活をはかることは、当面の渋滞を打開するためにも、また、証券金融の基本
政策としても、きわめて有効適切な
措置であると思うが、
大蔵大臣より、これに関する
政府の見解をお示し願いたいと存じます。
次は、証券取引
審議会の改組と証券
行政機構の強化について伺います。
現在の
審議会は、
大蔵大臣の諮問があって初めて動く受け身のもので、最も肝心なる要務、すなわち、常に証券界の動向を注視し、積極的に意見を
政府に建議するような自動的権能を持っておりません。現に
わが国証券界には、なおなお幾多の難問題が山積しているのでありますが、これが事に当たるべき現在の証券取引
審議会は、あたかも、大蔵省や
証券業界の、ただ温良なる御用機関になりすましていることは、私どもの最も遺憾とするところであります。従って、
政府は、この際、この証券取引
審議会の機能と組織について想を改め、これを強力なブレーンたる第三者機関たらしめるために、これを
根本的に改組するの必要があると思うが、これに対する
政府の見解はいかがでありますか。
また、
政府の証券
行政機関は、現在わずかに大蔵省理財局の中の証券二課一室にとどまり、これではあまりに弱小に過ぎて、とうていよくその使命を果たし得てはおりません。要は、その使命の分量に応じて、その
行政規模を定めるべきでありましょうが、今日このように成長発展した膨大な証券事業を、かかる弱小規模の執行にゆだねておるととは、あたかも、丸ビルの
建設を日雇い大工に請け負わしめておるようなものであって、何らの進展を見せていないことは、むしろ当然のことと申さねばなりません。
政府は、この際、中央、地方を通じて、その
行政規模の拡大を断行することとし、ここに大蔵省、経企庁共管の証券庁を設けるか、しからずんば、少なくとも、大蔵省に証券局を設置するは、緊急焦眉の必要事項であると思うが、
政府の見解はいかがでありますか、その方針を明らかにいたされたいと思います。
私は、以上、
株価の
暴落に対処するための応急の
対策と、かかる
事態を将来にわたって防止するための基本
対策について、特に目立っている重要なる諸問題について
質問いたしました。
思うに、
わが国の証券取引を律する諸制度は、欧米諸国のそれに比ぶれば、なお生成の過程にあって、幾多の矛盾と欠陥を包蔵し、勢い弱肉強食と権謀術数を横行せしめ、これが
株価をして時に棒高にし、時に
暴落せしめるの一大要因となっていると思われるのであります。
かくのごときは、政治の盲点と見るべきか、
政府の過怠と断ずべきか、いずれにせよ、証券取引の事業が、
国民経済のうちに占めるその地位の重大なるにかんがみ、
政府は、これが運営と管理にあたっては、いかなる不正も、いかなる悪徳も、みじんといえども介入の余地をなからしめるべきであると思うのであります。厳に
政府の
猛省を求めてやみません。
総理は、かねて、
国民の生命財産は双肩にその責めをになうと言われました。
もとより、それは当然のことであります。しかしながら、
総理のその言明にもかかわらず、現にあなたの
政策による
衝撃を受けて、ある者はその生命をみずから断ち、多数の者がその財産を大きく喪失したのであります。
総理が抱かれている国家への忠誠心や、
国民へのその心づかいを疑う者はないとしても、その結果が
かくのごとくあまりに明瞭に、その志されたものと違った場合、あなたが選ばれる道は何でありましょう。
責任をとって桂冠されるか、もしくは贖罪の何たるかを理解され、身命を賭する思いで局面の転換に献身されるか、道はそのいずれかの一つでありましょう。もし、
総理の選択がその後者であるならば、その手段と方法は、その心事の中身にふさわしき、すなわち、それは死中に活をつかみ得るほどの非常のものでなければなりません。
望むらくは、形式的なこの場限りの
答弁をもって、問題をさらに将来に内攻せしめるがごときことのありませんように、しこうして、証券取引事業の公共性が確立され、
国民経済の基盤がすみやかに磐石の基礎を固め得るように、この際は
総理みずからが立って、これら諸問題に対し、厳粛に対処されることをここに強く期待いたしまして、私の
質問を終わります。(
拍手)
〔
国務大臣池田勇人君
登壇〕