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辻原委員 次に、
特例法ができましても、実際の
災害復旧は、
補助の
関係から見れば二本建になるわけです。そういたしますと、
特例法の場合と、それから
一般の
災害復旧の場合の
扱い方というものは
補助率においては
相違はあっても、これはまあやむを得ないと思うけれ
ども、しかし、その場合において非常に大きな
取り扱いの
相違があるということでは、これはいわゆる
激甚地の
指定を受けたところとそうでないところと、非常に不平等な
取り扱いになるおそれがある。これは話せば長くなりまするけれ
ども、いわゆる
激甚地指定というものの
指定の仕方にも、実際問題としては
かなりの
矛盾があるわけであって、たとえばこれは
高率の場合ではありませんけれ
ども、いわゆる
被害額が、税収との見合いの
関係において、あるいは一割とか、あるいは二割とか、こういった
基準が間々設けられておるので、ありますけれ
ども、ただ、
学校というのは、何といいますか、
地方公共団体の中にそう多くの数を持っているわけではない。たまたま
五つなら
五つの
学校の中で、
一つが極端に
被害を受けたといったような場合が起こり得るわけでありますが、その
一つが、たまたま今回の
台風において
海岸線にあった、他のものは山陰にあったとか町中にあったために、風を受ける、あるいは波を受ける、そういう
被害を受ける
程度が非常に違う。だから、実際の
被害が大きく、他のものとはその
程度において
相違があった。ところが、いわゆる
激甚地指定なるものは、合算の上において、その
地域全体のいわゆる
公立文教の
被害はどれだけかということが、
一つの尺度になるわけでありますから、従って、
一つが極端に
被害を受けた場合でも、
指定にならない場合もある。これは他の
公共土木あるいは
農林災害、いろいろな場合にも同様言えることであるけれ
ども、そういった点において、今日の
激甚地指定の
政令基準なるものについては、いろいろな疑問を持って、おるわけです。そういう
指定の仕方がはたして妥当なりやいなや。もっと
現実に、たとえば
災害救助法というものを、ある
基準をもって都道府県なり市町村が発動した、それは
現実にこの
地方では大きな
災害を受けたのだ、しかも、国が定める
住宅の
滅失戸数であるとか、あるいは死者その他の
災害がどの
程度にあったかという、いろいろな
基準によって発動する、だから、そういうものをにらんで、その発動した
地域は、
被害が大きかったのだから、ここは
指定する、こういけば、おおよそ私は
実情に沿おうと思う。そうでなくて、
一つの算術の
計算の上で
指定をするという場合には、今申し上げましたように、局部が非常に深い傷を負ったという場合よりは、比較的に傷は浅くても、平板に広範囲にわたった方が、
被害が大きいとされるわけです。そういう
矛盾があって、その
指定によっては、くつの裏から足をかくという
程度にしか、実際の
災害復旧の
補助の
関係における恩恵というものは受けられておらぬというのが、今までの
実情ではなかったかと思うのであります。
そこで、私の言いたいことは、従って、そういう
基準によって片やは、
激甚地の
高率適用を受ける、いわゆる
特例法の
適用を受ける、それ以外のものは、在来の
負担法によっての
災害復旧をおやりなさい、
補助率は三分の二ですよ、こっちは四分の三ですよ、こういうのだけれ
ども、問題は
補助率の
相違ではないのです。どこに非常に大きな制約があるかということは、これは
大臣もお認めになっておられると思いますけれ
ども、私は絶えずこのことを申し上げておるのです。前の
伊勢湾のときにも、
参議院からその声が強く起き上がりましたけれ
ども、
伊勢湾の際にはそれを是正するに至らなかった。幸い、今
大臣が私の
質問に答えて、
現行の
復旧費の
負担法を恒久化したいというお話が述べられましたので、それに合わしてぜひともその点を改めてもらいたいということを私は
要求するわけでありますが、その改める点というのは、
現行法の第五条の中に「
経費の
算定基準」がありますが、その「
経費の
算定基準」の中に、「前条に規定する
工事費は、
政令で定める
基準により、
当該公立学校の
施設を
原形に
復旧する」云々とある。この文字だけを見ますと、あたかも
原形復旧を認めておるかのようにこれは見えるわけです。ところが、
施行令の第五条によって、これは厳格なる
制限が、加えられておる。それは要するに、
生徒数と
基準の
坪数というものを、これは
大蔵、
文部の話し合いによってきめておるのでありましょうけれ
ども、その
基準をオーバーする分については、これは認められないという
趣旨のものが規定されておるわけであります。そういたしますと、大体
学校というものは、
かなり古い歴史を持っておる。今
大蔵省と
文部省の間で主として財政上の理由から定めておる
基準などというものは、これは何人が考えても
現状に合っておらない。一例を百人の
学校にとってみれば、こういう結果になります。百人の
学校で、小
学校の場合には、一人当たり〇、九坪あればよろしいという
計算に
文部省の
政令はなっておる。ところが百人の
学校ではたして九十坪の
学校というものが
現実に存在するかといえば、これはおそらく私はないだろうと思う。しかし、その百人の
学校で、現在二百五十坪の校舎を持っておった。これががくんとやられた。ところが、たまたま先ほど申したように、その
地方は
公立学校の
被害が他にほとんどなかった。遺憾ながら、
高率適用が受けられなかったとした場合に、これは三分の二でやらなくちゃならぬが、
補助率はしんぼうするとしても、今度いよいよ
復旧の場合に、九十坪しか認められぬということになれば、一体これははたしてかゆいところに手が届く
災害復旧なりやいなやというところに、重大な疑問があるわけであります。だから、こういう
災害というものは、累年だんだんと
大蔵省あたりの
考え方も改まって参っておりますが、やはり
現実のものを
復旧するということと、同時に、大事なことは、今後少々の
災害にあっても、それに耐えられるものを作らなければならぬ。いわゆる、
改良復旧、これが最近において強調されているところでもありまするし、われわれ国の政治に携わる者としても、その点を大きく
留意するということが、
災害復旧の場合の重要な任務なりと私は考えておるわけです。そうするならば、
原形までも
復旧できないような
災害負担法というものは、今日の
社会の
要求にマッチするものであるかどうか、いささか陳腐にすぎやしないか、こういうことを私は強く感ずるわけなんです。従って、この際、
恒久法を作られるならば、当然これらの
制限は撤廃をすべきだ、ないしは一段下がって
——そこに
大蔵政務次官もすわっておられるが、
大蔵省等のいろいろな
物入り等も考えて、かりに十歩下がるといたしましても、
災害については
——他のいろいろな
補助法等の
関係は、
基準を再検討にとどめるというようなことであってもやむを得ないと思うが、
事災害については、やはり
原形に
復旧するということの
原則だけはきちっと守るべきではないか、
原則はそこに置くべきではないか。従って、
政令等による、こういうような
現状にそぐわない
基準を設けて、裏で縛ってしまうような
——復旧する方からいえば、これはまことにと
そくな
手段です。
法律を表面から読めば、何もそういうことはありませんけれ
ども、裏から読めば、そこできっちり首根っこを、押えられておる。こういう
やり方は改めるべきである。、だから、私
どもが
委員会なり
国会で、
原形復旧をやれ、
改良復旧をやれと言うと、
仰せの通りいたしますと、必ず各
大臣とも答えられるわけです。ところが、
仰せの通りできないように、ちゃんと裏ではなっておるのです。ですから、
恒久法の場合、これははずすべきであると私は
要求しておるわけです。同時に、今度のように、一方において
特例法を作る、一方においてその他は
災害負担の
一般法でいくという場合に、
特例法の場合にはその
制限がないのです。
特例法の場合には、二百坪が倒れたならば二百坪まで、二百五十坪なら二百五十坪まで、その
制限がないのです。だから、
補助率の四分の三と三分の二の差だけではなくて、
現実には非常に大きな差がここに出てくるのだから、
特例法を
適用した場合においては、
現行法においても、その点は私は
特例として修正すべきであると思います。こういう点についてはどういうふうに考えられますか、
一つお答えを願いたい。