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小坂国務大臣 最初に、日韓会談がこの春の最大の
課題だと私が語ったということでありますが、他にもいろいろ問題がございます。特に私は最大というふうにも言うたわけはないのでありますが、最大のものの一つだろうというふうに
新聞社の方が御判断になったかと思うのであります。しかし、この日韓間の問題というものは、木原
委員御
承知のように、非常に変則な形であるわけです。たとえば韓国の代表部というものが
日本にあって、これは通称公使という形で現在おるわけでありますが、当然
日本の方の代表も先方におっていい。これは国交が正常化すれば大使の交換ということになるわけでありますが、双互の
関係にあっていいと思う。
それから李承晩ラインというものを公海上に設けて排他的な権利を一方的に行使する、これも非常に妙な形でありますけれ
ども、これに関連いたしまして、
終戦以来常に同胞があそこでつかまったとか、返せとかいう話だけやっておる。非常に近い国としてそういう
関係だけにあるということは望ましくないことでございますから、それを正常化したい、これが私の日韓会談に対する基本的な
考え方であります。これに関して両
国民の間に存在する非常な相互理解不足というものを解消する。ことに韓国人の側においても、今若干お触れになりましたが、
日本の統治
時代にありましたころのことについて非常に激しい感情の残滓もある。こういうものはやはり近い国同士の間に氷解ずることが国際的に必要でないか、こういうことであるわけでございます。
そこで後段のお問い合わせの問題でございますが、これは御
承知のように一九四五年に軍令によりまして、韓国にありましたわが方の財産については取得し所有するということに、米軍がいたしておるわけであります。四八年にこれが韓国へ引き渡されておるのであります。一九五一年に平和条約ができまして、その四条(b)項におきまして、引き渡されておるという現状を認めたのであります。そこで一九五二年に日韓の交渉が最初に行なわれましたときに、ただいま木原さんが言われたような趣旨をもって、わが方から、
占領軍は
戦時国際公法に認めたことしか行なえないのであるから、これは私有財産には及ばない、従って四五年の軍令においては、これは管理したにすぎないから、管理権の移転というものはあったけれ
ども、それを認めたにすぎないのだという主張をしたわけでありますが、これがもとになりまして、これはいたく韓国側を刺激いたしまして、先方が激高して、それ以来交渉がとだえた、こういうのであります。
そこで、この解釈についていろいろその後も研究いたしました結果、一九五七年、いわゆる
アメリカの解釈というものがあるわけでありますが、その
アメリカの解釈というものに対して、
日本は、この解釈は妥当なものである、かように認めておるわけであります。この点は先般田中織之進
委員に対してもお答えしたことでありまして在韓の
日本財産というものはさように先方に譲り渡したのであるけれ
ども、そうした事実は頭に置いて請求権の交渉の際には
考えるようにする、かようなことになっておるわけであります。
そこで、そうした解釈でございますが、従来一度そういうことを主張したのに、なぜ五七年にさようなふうなことを認めたかという問題でありますが、今次の
戦争におきまして、従来の国際法で認められなかったような異例の措置が連合国によってとられまして、その結果が平和条約によって承認されたことは、他にもそうした例があるわけでございます。たとえば連合
国内にあります
日本国民の財産は、私有財産であるにかかわらず没収されております。これは平和条約の第十四条によってでありますが、また中立国にあります
日本財産も、赤十字国際
委員会に引き渡されるものとされておるのであります。これは平和条約の第十六条であります。さようなこともございますし、平和条約第四条(b)項による解釈というものは、こういう解釈をするのがすなおな解釈である、こういうことになりまして、一九五七年にさようなことは
日本も認めておるわけなのであります。
ただ繰り返して申し上げますが、在韓の
日本の財産はそのときに先方の所有になったということを認めるということは、その認めるという事実を頭に入れて、次の財産請求権の交渉があります際には考慮をするという建前になっておるわけであります。