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天田参議院議員 私は、提案者を代表して、ただいま議題となりました民主社会党の
農業基本法案について、提案の趣旨と
法案の概要を御
説明申し上げたいと存じます。
わが国の農業が曲がりかどに来ていると識者によって指摘されて以来、十年になんなんといたしておりますが、歴代
内閣が農業問題に真剣に取り組まず、いわゆる三割農政のまま今日に至りましたことは、まことに遺憾のきわみであります。すなわち、今日各位の関心事であります所得格差の問題
一つを見ましても、わが国が戦後
最初の好況に見舞われました昭和二十六年における農林業就業者一人当たりの年所得は六万二千四百円でありますが、同年における非農林業一人当たりの所得は十七万五千四百円であったのであります。この当時すでに抜本的農業
対策を樹立しなければならなかったのであります。
かつて保守党内部においてさえ、赤城農相によって農業に関する五つの赤信号が指摘され、日本の農業の危機が警告されたのでありますが、言葉だけの指摘にとどまって、何ら
対策は立てられなかったのであります。その後、日本経済の成長は目ざましく、わけても鉱工業生産の伸びは世界の驚異と相なったのでありますが、農業の伸びは他産業と歩調を合わせることができず、昭和三十四年における所得格差を見るならば、農林業就業者一人当たりの所得は九万二千円、非農林業就業者一人当たりの所得は三十万四千円と、格差は拡大したのであります。すなわち、八年間に他産業就業者所得が十三万円伸びる間に、農林業就業者所得はわずか三万円伸びたにすぎません。その結果、非農林業一人当たり所得を一〇〇とするならば、農林業一人当たり所得は三〇・三%にすぎないのであります。かかる状態から、義務教育を終えた若者であって農業にとどまる者は、この五年間に半減いたしたのであります。もしこのまま放置いたしますならば、わが国の農業は老人の惰性農業から崩壊の道をたどるでありましょう。
そもそも、いずれの国といえ
ども、農業国から近代的工業国に発展する当初には、存在しない工業から税収を得て国の財政をまかなうわけにはいかないのでありますから、財政は農業者に依存しつつ、工業を育成して参るのであります。特に、わが国のごとく、封建時代、長い問鎖国政策によって諸外国との通商の道を閉ざされて、商業資本の蓄積も十分でないまま明治新政権の誕生と相なったのでありますから、明治新政権の財政は地租に依存し、この財政の支えによって、殖産興業の名のもとに、官業財産払い下げを柱として鉱工業を育成する一方、政商に暴富を積ませてきたことは明かな事実であったのであります。さらに、わが国の特徴は、商業資本から産業資本への自然の発展ではなく、産業資本への地主資本の動員であると思うのでありまして、明治当初における鉄道の建設、銀行の普及はその代表的なものであります。
このような地主の租税負担と資本動員は、あげて耕作農民の肩に転嫁され、つい十数年前まで比類なき高額小作料の収奪として存在したのであります。
かくして、農村は、長い間常に貧しく捨ておかれ、国民食糧、その他農畜産物の供給者としてのみならず、産業の発展につれて低賃金労働者の供給源として、また、下級兵士の供給源として国のための美名のもとに動員せしめられて参ったのであります。私は、わが国近代産業の形成に、このように寄与して参りました農業従事者に対し、今や国は償いをしなければならないときが立ち至ったと思うのであります。以上の歴史的事実を全国民に理解していただき、その協力を得てこの
法案により画期的施策を実現し、これによって農業発展の障害となる経済的、社会的諸要因を除去し、農業従事者の所得を他産業従事者のそれと均衡させ、農業生産性を向上し、かつ農業従事者の地位を向上せしめようと存ずるのであります。
次に
法案の
内容について申し上げます。
第一に、国等の責任を明確にしたことであります。われわれは、ただいま趣旨
説明において申し述べました
通り、この画期的大事業を遂行することは国の責任であるとの観点立つのでありますから、
政府による報告事項、
計画事項を除き、他は全条文にわたって国の責任を規定したのでありますが、総則中に概括して、まず、目的の条において、この
法律の趣旨の実現を国の責任において行なうことを目的とする旨を明らかにし、次いで、法制、財政、税制、金融等、施策全般の責任を規定し、地方公共
団体もこれに準ずることによるほか、農業従事者の協同組織の助長、地域性の配慮、必要予算の計上、資金供給等の責任を明らかにしたのであります。
第二は、農業近代化に
計画性を貫いたことであります。わが党は、立ちおくれた農業を急速に近代化するためには、
計画的に遂行することが必要であると考え、そのため、
計画を、農業基本
計画、農業
年度計画、長期生産
計画の三つといたしました。農業基本
計画は、一、農業生産基盤の整備拡充
計画、二、農用地の造成
計画、三、農畜産物の生産及び
需給計画、四、農業用資材の
需給計画、五、協同組織の拡充
計画、六、農業経営の近代化
計画、七、所得格差の解消
計画、八、生活環境の整備
計画の八
計画といたし、農業
年度計画は右の基本
計画に基づいて毎年次
年度の農業
年度計画を立てることにいたし、長期生産
計画は主要農畜産物のおのおのについて立てることにいたしたのであります。
以上の八
計画は、その名称によってほぼ御理解いただけると存じますので、一々の
説明は省略いたしますが、その二、三について申し述べます。わが国の山林原野のうち、農用地に転換可能なものが五百万町歩と称せられるのでありますが、これらは現在の機械と技術をもってするならば容易に農用地になし得ると思うのであります。もちろん、すべてを田畑に造成することは不可能でありますが、わが国の高温多湿の気候は、北欧酪農国における牧草収獲年間二回に対し、わが国の平地においては八回の収獲でありまするから、酪農地帯として大いに期待し得ると思うのであります。零細過小農、手労働の解消はわが国農業の宿命的課題でありますが、貧農切り捨てに陥らず、零細協同化に終わらせないためにも、国費による
計画的農用地造成は最も重視すべきものであると信ずるものであります。次に、所得格差解消の問題は、本法の眼目ともいうべきでありまするから、曖昧な言葉を避け、そのものずばりと規定いたしたのであります。
第三の特徴は、農業協同組合及び他の農業従事者の
団体の役割につてであります。これらの
団体を重視すべきことはすでに述べたところでありますが、わが党はその役割を九カ条について規定いたしたのであります。そのおもなるものは、農業協同組合をして長期生産
計画の
実施に当たらせるほか、農畜産物の流通の面、農業用資材の生産、
輸入の面、あるいは市場のコントロール、組合貿易等に主導的役割を果たさしむることにいたしました。また、わが党が各種の農業従事者の
団体を農業協同組合と同様に扱ったのは、農業の近代化、協同化または所得の増大のためにあらゆる農業従事者の
団体を動員することが実際的であると考えたからでありまして、
団体の名称、
内容のいかんを問わないことにいたしたのであります。
第四の特徴は、農畜産物の
価格と流通についてであります。農業従事者の不利は流通面においてはなはだしいのでありまして、売り値も買い値も先様次第であります。われわれは、まず、主要農畜産物については生産費及び所得補償の原則によることとし、さらに、農業協同組合及び農業従事者の
団体によって、販売、貯蔵、保管、加工の事業を推進せしめるとともに、市場を三つに分けて、生産地市場は農業協同組合または他の農業従事者の
団体の専管とすることにし、消費地市場は生産者、消費者を運営参加せしめて公共性を強め、さらに主要都市に国営モデル市場を設けて農業者の
団体と消費者
団体の連携を強化することにいたしたのであります。
第五は、兼業農、零細農及び僻地農業
対策であります。これらに関して特別の
対策を持たなければ、農業の近代化はもちろんのこと、所得格差の解消は不可能であります。まず、兼業農家が協同事業に参加する場合、従前の農業所得が確保される
措置を講じ、零細農家は協同化により専門農業として育成しようとするものであります。さらに、僻地農業は、他産業との所得格差のみならず、農業従事者間においても格差ははなはだしいのでありますから、全般にわたって特別
措置を講じて、農業の地域的所得格差とともに他産業に対する所得格差解消をいたそうとするものであります。
その他、農業災害については、完全補償の
方向を明らかにし、また、生活環境の整備、農業従事者の団結権、
団体交渉権を規定し、農政
審議会に建議権を付与するなど、所要の規定を行なったのであります。
これを要するに、農地所有の権利は改変せず、農業従事者が喜んで協同組織に参加する方途を講じながら、国の責任において、農業の近代化と農業従事者の所得が他産業のそれと均衡するように諸施策を講じ、農村と農業従事者の地位の向上をはからんとするものであります。
何とぞ御
審議の上御賛成賜わりますようお願いいたします。
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