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田中(伊)
委員 どうもその善後措置が悪い。それから一つ前にさかのぼると、前内閣の現職
内閣総理大臣の岸さんが刺されたという
事件、その岸さんが刺された
事件についての善後措置はできておるか。現職総理大臣が白昼刺された
事件は、ああいう場面では歴史にないのです。これは当時の新聞にも、朝日か何かに書いてあった。
犯人が突いた部所が一、二寸間違っておれば岸は即死しておる。これは大へんな
事件なんです。私は伺いたいが、何もやっておるかおらぬか聞かぬ間に、やっておらぬということはおかしいようだが、やっておらぬと僕は思う節がある。表に現われた節がある。それはどういうことかというと、まあ何にしたところがこれは
警備の
手落ちでしょう、どうです。現職
内閣総理大臣が刺されたのです。その当時岸さんの身辺を護衛をしておった
護衛官が一人も改まらないでそのままそっくり――あぶない話だが
池田さんの
護衛官になっておる。これは
池田さん
本人は
御存じないのだ、知っておったらあぶなくてやれない。その岸の
護衛官が
池田の
護衛官にそっくりそのままきておるので、更迭もなければ何もない。
警備内容というものは、
警備の
配置ということに
反省がないのじゃないか。こういう現象に現われたところを見ると、また紙に書いた訓戒程度で、大したあのときの処分もしてないじゃないか。一体このような重大
事件に対してどういう
内容の訓戒をしたのかと
国民代表から尋ねられて、これこれ、これこれの
内容の訓戒でございますということが記憶にない程度の訓戒しかしておらぬ、そんなべらぼうなことがありますか。訓戒の
内容が記憶にないなんていう訓戒があるか。現職総理大臣が刺されたという
事件ですよ。野党第一党の党首がいやしくも御不幸になったという
事件だ。そういう不始末はよくない。私はいかぬと思う。これは
国民に対して申しわけない。こういうことをやっておったのでは、
警察に対する不信の観念というものは――第一線の
警官というものはほんとうに命をかけて働いてくれておる。それが幹部、首脳部のものの
考え方というものが実に不徹底だ。その善後処置というものを完全にやることは何に
意味があるかというと、第二の
事件が起こらないようにすることに効果がある。それに善後措置を加えるということは、第三の
事件が起こらないことに
意味がある。あなたの在職中に起こっておる
事件を見ても、河上先生の
事件が起こっておる。これはしかしあなたばかりの
責任じゃない、半分は衆議院議長が
警察権を持っておる構内の一部もその原因である、こういうことだから、あなたの
責任は三分の一くらいしかないのでしょう。何にしたって起こっておるじゃないですか。岸の
事件が起こっておる。
浅沼さんの
事件が起こっておる。これは何回目だ。数えると四回目の
事件でしょう。これは一つしっかりお
考えを願わなければならぬのではないか。しかし私は大事なことを申し上げることがきょうは
目的でございますから、その前提になることをくどく言っておって時間をかせぐゆとりはない。あなたは前提になることで、
警察の
責任は絶無でない、
警察でも大事な
責任を自覚をしておるというお
言葉がいやしくもある以上は、このことは二度と触れない。一歩前進をして話を進めます。現在の
警察制度というものは政治的に中立が許されておる。そういう法律はだれが作ったのかというと、この国会で作った。
国民を代表する私
たちが、不当な政治から
警察を独立させておくことが必要だというので、憲法上独立機関ではないけれども、同じ行政府の内部において、とにかく政党色、政治色というものから中立的存在に置いておくことが望ましいということで、ここにその中立を確立しておることが、御
承知の
通り、大ざっぱに申しまして、
警察のわが国における地位であります。これはおわかりになっておりますね。そういう立場をとらしておる
警察という制度のもとにおいてこういう
事件がひんぴんとして起こってくる。その
責任をとる
責任の
とり方についてはどういうことが大事なのか、こういうのです。国会が言うんじゃない。独立の許されておる、中立の許されておる
警察の部内においてお
考えを願いたいことを僕が言うのです。どういう
考え方に立って
責任を明らかにすることが大切かというと、他人から言われるまでもなく、高度の道徳観、高度の良識によって
国民の声に耳を傾け、そしてあくまでも
警察に対する
国民の信頼ということが失われないように、自主的、自律的――人に言われずという
意味は、
警察部内以外の人に言われないように、公安
委員長以下公安
委員、
警視総監以下の役人、そういう
意味において広く
警察の部内において、自主的、自律的な
責任を明らかにせられるということが、制度本来の真義に立脚をすると大事なんです。これを忘れちゃいかぬ。これを忘れちゃならぬというところまでこれを国会は言わなくてはならぬ。妙な話をするが、かりにそのことを忘れて、おれは政府から任命を受けておるのじゃない、国会の承認を得ているものじゃないんだ、
警視総監の地位というものはそういうものでないのだから、中立という看板のうしろに隠れてとるべき
責任をとらぬでいいんだ、明らかにすべき
責任を明らかにせぬでいいんだ、やるべきことをやった以上は
手落ちはないんだ、みずからがおのれのことを判断すれば事は足りるんだというような無
反省なことがありとするならば、国会はわが国の
警察制度の存在なるものに対して検討を加えなければならぬと私は思うので、非常に大事なことだと思う。人に言われずに、
警察全体として国家公安
委員長以下の
人々が深刻に
反省をしてみてとるべき措置をとることが、国家
国民のために大事なことではなかろうかということが私の
意見であります。くどくは申しません。私はあなたに何月何日までに辞表を出すべし、これはやめなさい、やめるだけの価値があるじゃないか、なぜ一体やめぬのかなんというようなことは言わない。それは言うたことになるかもしれないが、そういうことは言わない。あくまでも自主的、自律的に
責任ありということをお認めをいただいた以上は、これ以上のことを言うことはない。言うことは国会の行き過ぎであります。みずから作った制度に対する反逆である。私はそれは言わない。
そこで私はあらためて安井公安
委員長たる国務大臣に、政府から派遣をされておる担当大臣でありますから、大事なことを聞いてみたい。あなたにものを聞くというても、制度以上のことは聞けないので、あなたが制度の上でどういう地位の上に乗っかっておるかをちゃんと調べた上でないと、制度にないことを言えというたって答えができてますまいから、あなたが制度上答えざるを得ない義務のあることを大事なことで聞いてみたい。それはどういうことかというと、国家公安
委員長は国家公安
委員じゃない。
委員でない、
委員長だ。
委員長というものは議長になる資格があって、何を議題にするかということをきめる資格があって、何月何日何時何分に会議を招集するかということをきめる権限があるだけで、わかりやすく言うと、発言権はあるが、表決権がない。五人の
委員がおって、五人のうちで一人が欠席をするか、病気をするか、沈黙を守るか、棄権をしたときに、可否同数となりたるときにそれに対してこれを決定する権限があるだけのことである。本件に関してこれを申せば、こういうことがあなたの権限
内容であります。そこで、あなたの権限
内容に属する事柄について私はものを聞いてみたいと思うが、自主的、自律的に
責任を明らかにすることをこの席で
国民を代表して要望をするのだが、その結果――仮定の話じゃないですよ、その結果、もし
警視総監の辞意が表明せられる、
警察署長の辞意が表明せられる、だれの辞意が表明せられるか僕は知らぬ、知らないが、重要なポストにある人が深く私の言うことを聞いて
反省をして、自主的、自律的な
自分の意思によって何人かがここに辞意の表明をせられ、辞表というものを提出せらるるに至った場合においては――前回の例もある。出した辞表を持って下がれと言った。あなたの方が言った。あなたはかわっておるが、公安
委員会が必要なしと言った。そういう前回の例にこだわらず、すみやかにその辞意の表明もしくは提出された辞表を取上げて、これを議題とし、複雑な
事情がありましょうから簡単には参りますまいが、可及的すみやかに
委員会を招集して慎重審議をしてもらいたい。それをする意思があるかどうか。前回の例にならって、持って下がれというようなことを言うのかどうか。それは言うというかもしれないというなら、今聞いておかなくてはならない。あなたにものの言いようがある。おどすわけではないけれども、これはしっかりと頭に入れて、この点について御答弁を願いたい。