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矢嶋三義君
防衛庁の発足当時の
項目のまま膨張した現在やっているところに無理がある。この点は
注意を喚起しておきますから十分検討していただきたい。
そこで
質問を進めますが、各
大臣にまたがりますので
関係大臣はよくお聞きをいただいて御
答弁願いたいと思います。
先ほど
防衛庁、
官房長官から御
説明ありましたように、三十三
年度の
予算の
編成の際には、三十一年末から急激に
悪化をした
国際収支を立て直す、
輸出の伸張に
努力をする、
経済基盤強化基金を設けてその
基盤を培う、いろいろの柱を立てて
予算が組まれたわけです。その点については、
外貨受取超過一億五千万ドル、当初目途としたのは……結果として五億四千万ドルの
受取超過があった、三十一年末以来
国際収支が
悪化しておったにかかわらず、三十三年末に
外貨準備高が九億七千四百万ドルまで到達した。このことは世界の
情勢も幸いしたでしょうし、また
施策を要する点もあったでしょうし、
国民の
協力もあってその点は私認めます。そこで、これを前提として承りたい点は、
東南アジア開発協力基金五十億を
経済基盤強化基金の中に見込んで、
輸出入銀行にこれを持っていったわけですね。これはその後私はねむっていると思う。これは大きな
一つの蹉鉄を来たした点だと思うのですが、これについては
原因をどう
考え、今後
いかようにしようとしているのか、それが
一つ。
それから
すし詰め学級解消、
圧縮学級の
解消、
父兄負担軽減というのは大きな
予算編成の柱になっていたわけですが、どの
程度圧縮できて
負担の
軽減が
金額にしてどのくらいできたのか、これを私は明示してもらいたいと思う。これは当初の公約と相当私はずれていると
考えるわけです。
次は、
大蔵大臣と
厚生大臣に参りますが、先ほど申し上げましたように、三十三年の中ごろから
経済は持ち直して、
経済成長率は二・七%まで参りました。
外貨の
準備高は先刻申し上げましたように九億七千四百万ドルまでいったわけです。これを
基盤として三十四
年度経済成長は一六%になり、
外貨の
準備高は現在十億ドルまで参っております。ところがこの
報告書を見ますと、そういう
情勢にかかわらず
生活保護実人員というものは、三十三
会計年度の始まった当時に比べますと、三十三
会計年度の終った三十四年三月には約五%ふえております。こういう点から私は低
所得階層への
施策、
社会保障政策というものを強力に推し進めなくちゃならぬという結果が、この
決算の
報告書を見た場合に、
数字から出て参ると思うのです。これについて今後の
社会保障政策、低
所得階層を対象とする
施策について、どういう
決意と
構想を持っているかということについて私は
厚生大臣に承りたいと思う。
大蔵大臣にもその点承りますが、と同時に、税金の問題でありますが、御
承知のごとく、
昭和九年から十一年ごろは
国民の
税負担は
国民所得の一二・九%であります。そうして
昭和三十四年は一九・九%であったわけですね。本
年度は御
承知のごとく二〇・五%になっています。その間における税の動きを見ますと、
昭和三十三
年度において一
萬田大蔵大臣は平
年度において三百七十三億円の
減税をやっております。この
決算書において……。そうして二・七%
経済は成長し
外貨準備高は伸びた。これを足がかりに
昭和三十四
年度の
予算が組まれてこれが
執行された結果、
昭和三十四
年度の後半期において
昭和三十五
年度の
予算を組むときに、二千百五十四億の
自然増収を見たわけですね。しかも
経済の
成長率は一六%であったにもかかわらず、
昭和三十五
年度に
減税をやらなかった。これは非常に批判された。これは
数字的にはっきり出てくる問題です。しかもなお本
年度千三百億円の
自然増があるというわけでしょう。こういう
要素と
昭和九—十一年ごろの
国民の
税負担率の一二・九%、これと
考える場合に、あなた方もときどきいわれておりますが、税の
負担率を二〇%以下に下げたい、これはごもっともだと思う。そういう立場から本
年度の
減税というものはなさなければならない、
国民の
努力に対して報いなければならない、またできる、こういうことに相なると私は思うのです。それで
大蔵大臣にお答え願いたい点は、
減税か社会保障か、こういう言葉がいわれておりますが、私は
昭和三十二、三十三、三十四年、この動きを見て、この
決算の動きからこれからの
施策を
考える場合に、
減税か社会保障かでなくて
減税も社会保障も私はやらなければならぬと思う。しかもそれは即座にやらなくちゃならぬという
数字が明確に出て参っていると思う。
それともう一本の公共投資の拡大ということをいわれているわけですが、現在
経済は順調に向上のカーブをとっているし、これを維持するにあたって公共投資も強めて参りたい。これは一応わかるところです。しかしきょうの新聞を見ますと、昨日もあなた方議論をされて、
経済成長率一〇%でやったらどうか、こういうふうに
総理が
発言をされたということがきょう報ぜられております。で、承りたいことは、
大蔵大臣は
昭和三十三年の
決算、それからその後の動きから、現時点を
考えた場合に、
減税と社会保障と公共投資をどういうふうにウエートを持っていくお
考えなのか。私見を申して
答弁を承ることにすれば、
減税も社会保障もことしからでもやっていかなければならない、特に
減税は
臨時国会からでも提案してやっていかなければならぬ。それから公共投資の拡大については
池田さんは私が冒頭に申しましたように、
昭和三十一年十二月に
石橋内閣の
大蔵大臣となって、そうしてちょうど
石橋内閣が解散をぶつ前ですから一千億
施策、一千億
減税という拡大
予算を組んだわけです。それは公式の面もありました。しかしまずい面も出てきたわけです。かかるがゆえに、
昭和三十三年に苦しくなって、一
萬田大蔵大臣にかわって、総合金融
調整というものをやってしりぬぐいをして参った。そうしてここに出ているような
数字が出て参ったわけです。だから公共投資の拡大、
経済成長率の見積りという点は、それは一〇%、あるいは一一%、九%、数が多いほど勇ましうございましょう。しかしよほど慎重でなければならない。もしそれをするならば、それ以上にさっき私が
厚生大臣に伺った低
所得階層に対する
施策、
社会保障政策というものを強力に推し進めないと
国民の所得差というものはだんだん開いて参る。だから今の
施策の中心というものはこの所得差を縮めるという角度から
考えるということが、非常に私は重要ではないかとかように思うものです。何がゆえにこういう私は
質問をしたかというと、三十三
年度の
予算案の提案理由を見ると、そうして
検査報告、主計局から出されたもの、
検査院から出されたものをずっと読んだ場合、そういう
質問をせざるを得ないという感じを持ちましたので、
関係大臣に簡にして要を尽した明快な
答弁を
一つ願いたいと思います。