○
佐々木(良)
委員 だからおそらく理屈をつけるとするならば、今大臣が言うたように、新しく長期療養制度というものをこしらえて、今後のやつは何とかそれで
補償していかれるのだから、従ってここで雇用
関係は何とか切りたいという政策論だと私は思う。それを当然のごとくに八十四条を援用してこういうふうな理屈をつけられるということになると私は
承知できぬ。先ほどからいろいろ承っておっても、あまりに理屈にこだわって答弁をし過ぎると思う。先ほどの船員保険の問題でも、すらすらっと逃げておりますけれ
ども、もし私が意地悪くいって——今のあなたの答弁は、はっきり言うならば、私
どもがこの
改正をやっておるときには、それがわからなんだということを言わないための別な答弁がされた。御
承知のように、船員保険の障害年金の
改正というものは、今
改正したものじゃない。ずっと前からあったものだ。だから今度の
改正は、あなた方がこの
労災保険でやるときは、当然六級から年金になったことを知っておらなければいかぬ。ほんとうは気がつかなかったのでしょう。気がつかなかったら、知らなかったと答えさえすればいい。それを何とかへ理屈を言って逃げられた。しかし私は悪いと思って、それはす通ししょうと思った。そういう過失があったら過失でかまやしない。知らないなら知らないでかまやしない。今度の解雇制限だって、これは理屈の問題じゃない。正直に言って松野大臣が一番困っている。日経連から責められるし、労働組合から責められる。要するにこの問題はそういう
意味で、
法律解釈の問題ではない。ただ理屈をわれわれが立てるならば、ほかのところではあくまでも打ち切り
補償の分割払い的な
考え方が進んでいるじゃないか。しかもこれだけについては、どうして打ち切り払いの全額を払わないのにかかわらず払った顔をするのだ。だからこういう理屈を言えるのが当然なんだ。それはそうであろうけれ
ども、給付の
内容は足らぬにしても、今のように、建前は今後年金化で何とか
考えようと思っておるので雇用
関係は切りたいと思っているのだと言えばいいじゃないか。あまりへ理屈を言わないようにしてもらいたい。
厚生年金との併給の問題についても私は述べたいことがあります。二重払いなんて言われるけれ
ども、これもへ理屈であって、それを理屈であると言われれば私も理屈を立てたくなる。厚生年金の完全併給をされなければならぬという建前は——これはあなたの答弁を求めぬ。あまり腹が立つから、私も勝手なことを言ってやめる。あなたの
考え方を見ると、保険制度という建前でものを言わなければならぬときに、ある場合には国家で
補償しておる制度である、今
補償を行なっているという国家
補償の理屈をもって、二重払いになるからというものの言い方をされる。従って私に言わせると、その場合には保険制度というものと、それからこういう
職業病的なものはある
程度国家が
補償して何とか変えなければならぬという
考え方との明らかな混同なんだ。しかしそれにもかかわらず、あまりよく
政府から金が出ないから仕方がないと言われればそれでいいと思う。そう理屈
通りのこともできぬ
状態にあるから……。それを
一つずつあまり理屈を立てられ過ぎておる。これが二重に併給されたら何が悪い、二重払いされたら何が悪い。そうして
労働者の出したもの以外に、国からあるいは
使用者の出したものを保険給付として受けたら何が悪い。保険というものはあたりまえの話だ。もともと自分が出したもの以上にプラス・アルフアとして戻ってくるというのが保険制度の
基本だ。保険の二つ
三つ一緒に加入してもかまわぬ、そうして数個の給付が戻ってくるというのが普通の建前だ。それが何が悪い。保険制度からいうなら、ちっとも悪いことじゃない。それをいかにも払ってやるのが悪いような
考え方に立っておる。二重払いみたいな
考えに立っておられる。二重払いという
考え方には、
一つでもって完全な給付を行なって、完全な医療
補償を行なっておるという建前が立てられているならば、もう
一つのやつが二五ということになり得る。
考え方としては一応
政府が出すみたいなことになっておっても、片一方においては保険制度というものの建前がはっきりある。それを他の理屈は一切いれられぬというような
考え方で、あなた方理屈をこしらえてある。その
意味で私は非常に不満だ。これから言い出すと腹が立つから、あと滝井さんに譲ってやめますけれ
ども、スライドの問題にしてもしかりだ。私、スライドの問題を、わからぬものだから一生懸命調べてみた。今度の
条文というものは、一体何で
改正後の改訂ということが書いてないのか。私は当然これは含んでおるものと思っておった。スライドの
改正した後の改訂というものが当然含んでおるものだと思った。ところが
条文を一生懸命調べてみると、どこに書いてあるかわからぬようなものであったけれ
ども、なるほどこの十六条というところに、この
基準法の七十六条の二項と同じ建前のごとくに誓いてあって、しまいの改訂後の額の改訂も準用するという
部分だけ抜けておる。私から見ると、虫めがねで見なければわからぬようにこっそり抜いてある。これは悪質だ。そういうものはほんとうに悪いよ。そういうことであるなら、ここだけ違っておりますと、初めのときにはっきり
指摘すべきである。私はこの
内容、スライドの
条文の立て方を見ても、非常に不愉快に思いました。何で
基準法と違ってこれだけ、改訂後の額の改訂を初めから抜いてあるのか。この理屈は、おそらくいろいろな理屈が立つだろうと思うけれ
ども、ほんとうは金が困るからやめたんだと言われれば、それでもまたその
意味の筋が通ると思う。そういう悪質なことはやめてもらいたい。
それから七十九日分の減額
措置の根本についても同じことが僕は言えると思う。七十九日分というのは、これはまたどうですか。今のこの
根拠の計算によると、十一年までずっと生きておったとする。それから先はそうすると払い損になるね。この
考え方でいくと取られ損になるね。そうなるでしょう。これまで打ち切り
補償で支払った分をずっと順繰り順繰り返させたい、その平均寿命が十年くらいだという算定に立っておられる。だから十年でちょうど死ねばとんとんになるでしょう。しかし十二年、十三年、十四年と生きておれば、十二年、十三年、十四年の
部分は、引いてもらったら困る分をさっ引かれることになるのじゃないか。それは酷じゃないですか。取られる分だけは厳格にやっておるけれ
ども、それでは算術が合わぬよ。先ほどのように吐き出す分を吐き出せというなら、余った分を返すということにならなければそろばんが合わぬ。従ってこういう
考え方に私はもう少し——これは特別
保護だ。人間の中で一人前でない者に対する特別な
保護の手を差し伸べようとする
立法趣旨である。その
立法趣旨を生かそうと思うならば、
法律では半分くらい禁止ではないけれ
ども遠慮されておるような制限
規定でもなるべく甘くなにして、何とかあたたかい手を差し伸べようというのが
行政当局の
基本的なあり方でなければならぬと私は思う。ところがこの
法律の立て方というのは、ほんとうに一文も損しまい、理屈のつくだけ、寄せたり引いたりできぬような別個の給付を完全にプラスマイナスして、これだけは払い過ぎになっているから取りましょうというみたいなことが書いてある。そして今度は逆向きに引き出しになる方は知らぬ顔をしてほおかぶりしようというのが今の経済
措置に出てきておる。私は非常に不親切な
考え方だと思う。松野大臣はあまりこまかいことをこの辺は聞かせられておらないかもしれないけれ
ども、もう一ぺん
考え直してごらんなさい。大臣は
基準局長その他からいろいろ説明を受けておられて、これまでよりよほどいい
法律ができると思っておられるに違いないが、
内容は決してそうではない。
一つ一つが今のような、私に言わせると相当悪質な制度、
内容さえ加味しておると言わざるを得ない
状態になっておる。そういう感じでありますことをこの質疑を通じて一そう深めたことを労働大臣に特別に申し上げまして、本日のところ
質問を打ち切りたいと思います。大へんどうも勝手なことをしゃべりました。